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2005年夏 プラハとポーランド旅行20日間

旅先のおみやげシリーズその18──ポーランドで買ったもの

今年、2006年度の旅行に出かける前に、なんとか去年2005年のおみやげまでたどり着きました。

2004年にブダペストで買ったものを飛ばしましたが、今年の旅行先はハンガリーとルーマニアなので、ハンガリーで買ったものを帰国後のシリーズ開始第1段としましょう。
私自身も、自分は何を買って来ることになるかなぁと楽しみにしています。

話を戻して、今回のポーランドみやげ。
このブログに載せるため、新たに写真を20枚も撮ってしまいました。また記録を更新!

ところで、2005年のプラハ・ポーランド旅行の記事は、結局、「博物館シリーズ」があと一息で終わるところでこの「旅先のおみやげシリーズ」を開始したため、「写真による旅行記」を始めることができませんでした。ううむ。

旅先でつけた日記をもとに、きちんと旅行記をまとめようと思っていたのですが、あまりに詳細に書きすぎて3日目分あたりで止まってしまいました。ううむ。

撮った写真とそのコメントという構成でざっと作成したブログは、こちらにアップしました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/

二足わらじは大変!

で、こちらのポーランドみやげの記事では、新たに撮った20枚のほかに、いままでこのブログに載せた写真からも関係あるものをピックアップしてきました。
8枚あります。
なので、今回、ご紹介したい写真が計28枚にもなってしまいました。
うおーっ!

というわけで早速参りましょう。
まずは、旅先で買ったものをディスプレイして撮った写真です。

初出は、ヴィエリチカ岩塩坑の鼓笛隊を紹介した記事
「博物館シリーズその11──クラクフのヴィエリチカ岩塩坑(その2:ちょっと珍しいかもしれない写真)」
です。

こうしてディスプレイして撮るのは楽しいのですが、このときはフィルムカメラでしたし、なによりも旅先でしたから、これだけで何枚も写真を撮るわけにはいかず、勢揃いさせています。
1つ1つの品物をこのブログで紹介するときは、トリミングしたズーム写真を載せればいいや、と思って。

でもデジカメなら、アクセサリーのような小さいものは、マクロモードで近寄って撮れますし、しかもとっくに帰国した後ならメモリの残りを気にしなくていいので、どんどん撮ってしまいました。
それで20枚!

では、まずはデジカメで撮ったおNEWの写真のうち、ある程度の勢揃いさせた写真から。

2005_poland_gifts01

ポーランドではぜひ買おうと思っていた、「可愛い」タイプの民芸品と、琥珀のアクセサリーが中心です。

ただし、一番左端にいる人形は、ワン・ポイント・ジャパニーズです。
友人の北海道土産なのですが……この人形とペアの男の子、っつーかおじさん、っつーか、おじいさんの人形は、なくしてしまいました(泣)。
正確には、壁際にぴったり寄せてあるアップライトピアノの後ろに落としてしまいました(泣)。
いまでもあそこでほこりだらけになっていると思います(泣)。

次の写真は、さきほど並べたもののうち、アクセサリーだけを集めたものです。

2005_poland_gifts02

これはまたそれぞれ近影写真を撮っていますので、そのときにあらためてご紹介しましょう。

その前にまずは、さきほどの写真の「可愛い」タイプの民芸品のアップ写真から。

2005_poland_gifts03

上から見たところです。
お花っぽいモチーフ。
民芸品は花のモチーフが多用されますね。

ちなみに、とある本の著者によると、ハンガリー・チェコ・ポーランドの中では、民芸品や衣装で一番「可愛い」タイプなのはポーランドなのだとか@
私がポーランドに惹かれた理由の1つにはそれがあります。

この小箱は、ポーランドきっての観光都市、言うなればポーランド版京都のような町クラクフの、これまたハイライト中のハイライトである織物会館のお店で買いました。
ただし中の屋台ではなく、外側の民芸品ショップみたいなところです。

織物会館は、これです。

クラクフの織物会館についてはすでにこのブログでも記事を書いています。
参考までに、「2005年 プラハとポーランド旅行20日間」あるいは「旅先の店内シリーズ」のカテゴリーに分類された「旅先でお邪魔した店内シリーズ(8)――クラクフの織物会館」です。

お値段は33.00ポーランド・ズウォティ。
1ズウォティを2005年7月のレートを元に円安めに約40円として換算すると、約1,320円です。

この小箱は、たしかミドルサイズでした。
もっと大きいものはかさばりすぎるし、これより小さいと、模様がちょっと物足りなかったものですから。
ただ、側面の板がわりと分厚いので、ミドルサイズでもあまりたくさん物は入りません。
今は、東京ミネラルフェアで買ったルース(裸石)をしまってあります@

次の写真からは、しばらく琥珀のアクセサリーが続きます。
ほとんどが、ポーランド国内で琥珀を買うならここ!という町、グダンスクで買ったものです。
この町は、犬も歩けば棒に当たる、ではなく、観光客も歩けば琥珀の店に当たる、ってかんじでした@

2005_poland_gifts04

買ってきた琥珀のアクセサリーの中では、お気に入りトップ3です。
でも、敢えていうなら、ってところ。どれも気に入っていますので。
赤い琥珀のペンダントとリング、それから黄色から赤までの琥珀をグラデーションさせたペンダントです。
素材はどれもシルバーですね。

どれもグダンスクの琥珀通りとも言えるマリアツカ通りで買いました。
マリアツカ通りは、琥珀の買い物目当てだけでなく、ちょっと古風なメルヘンチックな雰囲気のあるところですので、散策のためだけに行くのでもOK!
しかし、そのうちに街頭にずらっと並ぶ琥珀に目が惹きつけれられてしまうかもしれません。私のように@

お値段は、この赤い琥珀のアクセサリーは高めです。
デザインもなかなか洒落てますしね。

赤い琥珀のペンダントは246.00ズウォティ。1ズウォティ=約40円で換算すると、約9,840円です。
赤い琥珀のリングは106.00ズウォティ。約4,240円です。
それからグラデーション・ペンダントは、169.00ズウォティ。約6,760円です。

実はこの赤いリング、私の左の薬指には小さすぎるのですぅ(泣)。
同じデザインのものは他にありませんでした。
あきらめきれず、ピンキーとして小指につけることにして買いました。
ピンキーとしては派手ですけど@
同じくらい大きなリングを薬指にもすれば、なんとかなるかなぁってかんじです。
でも、派手@

次はもうちょっとお値段が手頃な琥珀のアクセサリーたちです。

2005_poland_gifts05

琥珀のリングが2つに、ペンダントトップが1つ。
それから、琥珀ではないのですが、歪んだハートのようなリングが1つの計4つです。

琥珀は、もちろん、グダンスクで買いました。マリアツカ通りではないところのお店でしたけど。

お値段は、左のカラフルな一文字リングが64.00ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約2,560円です。
右の赤・黄・緑の琥珀の粒がそろったペンダントトップは、48.00ズウォティ。約1,920円です。
右上の緑とオレンジの琥珀のリングは、116.00ズウォティ。約4,640円です。

やはり値段は、琥珀の粒の大きさや美しさに左右されます。

歪んだハートのような面白いリングは、ワルシャワの旧王宮近くの露店で買いました。
お値段は5.00ズウォティ。約200円です@

次も琥珀です。
母にプレゼントしたものも含まれています。

2005_poland_gifts06

手前にある2つは、緑の琥珀です。
奥の2つが母へのおみやげで、手前のは、母へのおみやげとして緑の琥珀を買ったら、自分も欲しくなってしまったので追加で買ってしまったものです@

お値段は、手前のペンダントトップが352.00ズウォティ。
琥珀の粒が大きいですし、内包物がきらきらきれいなので、これが一番高いです。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約14,080円となります。

この3つの琥珀のアクセサリーを並べ替えました。

2005_poland_gifts07

緑の琥珀のペンダントも豪華ですが、3色そろったペンダントもステキでしょう@

次は、ポーランド民芸品の1つ、切り絵です。

2005_poland_gifts08

ニワトリの切り絵の小さい方と、鳥の切り絵は、ワルシャワの民俗博物館のギフトショップで買いました。
展示を見たあとで、おお、こういうのもポーランドの民芸品か、と分かったため、ぜひ欲しくなったのです。
民芸品のおみやげの中では、お値段も手頃でしたしね。

お値段は、ニワトリの切り絵(小)は10.00ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約400円です。
鳥の切り絵は、15.00ズウォティ。約600円です。

ニワトリの切り絵の大きい方は、ワルシャワの後で出かけた地方都市ルブリンの民芸品ショップで買いました。
Cepeliaという全国チェーンの民芸品ショップです。
フォークロア芸術は、ポーランドでも例外なく、近代化の波と共に消えゆく傾向にあったのですが、その保存のための団体がかかわっているようです。

実は、ルブリンという地方都市だからか、あるいはCepeliaの商品だからか、ワルシャワの民俗博物館のギフトショップで買うよりずっと安かったです~(泣)。
なのでもう1枚買ってしまったわけで。

ニワトリの切り絵(大)のお値段は、9.00ズウォティでした。約360円です。
小さいのよりも安かったんですよぉ。

そうそう、右手に写っている渦巻き型のペンダントは、ドイツとの国境に近い町ポズナニの露店で買ったものです。
よくありますよね、自作っぽいアクセサリーを路上で売ってる店。
そんなところで買いました。
お値段は、22.00ズウォティ。約880円です。

ピカチュウと北海道の木彫りのお人形さんは、もちろん、ワン・ポイント・ジャパニーズ@

次もポーランドの民芸品です。
私は他の国ではこういうのを見たことがないです。

2005_poland_gifts09

「オーストリアで買ったもの」で登場したギズモ、再登場です@

これは、古都トルンのCepeliaで買いました。なんか可愛い~!と思って、自分用とおみやげ用に。
一番最初の写真のうち、男の子と羊がいる牧歌的なやつがそうです。
おみやげにあげてしまったので、すでに手元にはありません。

これのアップ写真も撮りました。

2005_poland_gifts10

キノコちゃんが愛らしいでしょ@

これはステンレス製の網に、紙や布の破片が貼られています。
これがどうやらポーランドの民芸品らしいとわかったのは、ワルシャワ民俗博物館で展示を目にしてからです。

お値段は、23.00ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約920円です。

次は同じ種類の民芸品で、ヨットの浮かんだ夏らしいシーンです。

2005_poland_gifts11

これもトルンのCepeliaで買いました。
お値段は、19.00ズウォティ。約760円です。

その近影写真。

2005_poland_gifts12

縁はレースが使われています。

次は、グダンスクの運河沿いの露店で買った磁石です。

2005_poland_gifts13

絵がとても洒落ていたし、いろんなパターンがあったので、ばらまき用のおみやげとしてもたくさん買ってしまいました。
お値段は、1つ6ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約240円です。

近影写真でデザインを紹介しましょう。

2005_poland_gifts14

どちらもグダンスクの町のイラストが描かれています。
黄色い方には、市庁舎の塔や、階段状の破風屋根の建物が見えます。
青い方は、Zlata Bramaと書かれてあります。黄金門です。これもグダンスク名物の1つです。

次は赤い磁石。

2005_poland_gifts15

これもグダンスクです……が。
こんな風に地面にドイツ騎士団かな、こんなのが地面に書かれた広場なんて、あったかしら。
市庁舎の塔なども見えるので、たぶんグダンスクの中心とも言うべきドゥオーギ広場だと思うのですけれど。

おとなりのクマちゃん磁石とメロンの消しゴムは、ワン・ポイント・ジャパニーズ@

この磁石のイラストは、グダンスクだけでなく、いろいろありました。
グダンスクと特に関係ないのもありました。ネコが多かったかな。
いっぱい買ってきましたが、おみやげとしてばらまいてしまいました。

実は、これらの磁石には、こんなURLが書かれています。
http://www.tralala.pl/

どうやらこの絵のイラストレーターさんの他の作品を販売しているサイトのようです。
Jakub Maliszewskiさんという方のようです。

上記のサイトには、他にもこんなかんじの幻想的なステキなイラストがたくさん掲載されていました@
ポーランド語と英語とドイツ語しかないですが、イラストを見るだけなら言葉はなくても大丈夫!

次は、クラクフのヴィエリチカ岩塩坑内のギフトショップで買った、ヴィエリチカ岩塩坑の鼓笛隊のマスコットです。

以前にも
「博物館シリーズその11──クラクフのヴィエリチカ岩塩坑(その2:ちょっと珍しいかもしれない写真)」
で紹介しています。

鼓笛隊の実物はこれです。

赤い羽根付のシルクハットが、チャームポイント@
そして坑道見学を終わったところにあったギフトショップで、この制服を着たマスコットを見つけたので、つい手を出してしまいました。

勢揃い写真からそのマスコットを中心にトリミングした写真がこちら。

で、今回デジカメで改めて撮った写真がこちら。
せっかく記念写真を撮るのだから、ケースから出しました。

2005_poland_gifts16

曲がったおヒゲとタレ眉がチャームポイントです@

背景には、2005年のプラハ・ポーランド旅行のプラハで買ったイラストをおきました。
前回、紹介し損ねてしまったのです。
モルダウ川にかかる夕日の下のカレル橋です。

プラハで買ったイラストはもう1枚ありますので、ヴィエリチカのマスコットと一緒にもう1枚撮りました@

2005_poland_gifts17

おくるみのような下半身を見せるために、ひっくり返してみました@

背景に使ったプラハのイラストは、黒塔ですね。

マスコットのお値段は、15.00ズウォティです。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約600円です。

次は、旅先で撮った最初の勢揃い写真には写っていないおみやげです。

2005_poland_gifts18

カックイイでしょ@

背景は、ワルシャワのポストカードです。
ふつうのハガキサイズよりも一回り大きいポストカードです。
第二次世界大戦終戦直後の廃墟と化したワルシャワと、現在のワルシャワの両方の写真が載っています。

騎士を馬から下ろしてみました。

2005_poland_gifts19

馬にまたがるため、騎士は中腰で股をおっぴろげた、ちょっとかっこ悪い姿勢です(笑)。
でもそのかっこ悪さがあんまり目立たないように配置したつもり。

騎馬姿の近影。

2005_poland_gifts20

ところで、ポーランドは、中世、北部はドイツ騎士団の勢力下にありました。
グダンスクから日帰りできるマルボルクには、ドイツ騎士団の城が残っています。世界遺産に指定されています。
なので、これと同じ人形は、マルボルク城内のギフトショップでも売られていました。
そのときから、ドイツ騎士団チックなこの人形に目をつけていました。
まだ旅の途中なので、マルボルクでは買いませんでした。

なので、最終地のワルシャワで見つけたときには、これ幸いと買ってしまいました。
買ったお店はイェロゾムリスキェ大通りにあった、子供専門用品店Smykです。

そのお店と店内のこの騎馬人形の写真は、
「旅先でお邪魔した店内シリーズ(11)――ワルシャワのお土産の露店と子供専門用品店Smyk」
で紹介しています。

Smykの中のこのシリーズの販売コーナー。

しかし、後でこの人形の箱をよく見たら……メーカーはSchleich社。ドイツのメーカーですよねぇ。
ドイツ騎士団をモデルにしたかもしれませんが、これはふつうにヨーロッパ中世の人形シリーズのようでした@。

お値段は、46.90ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約1,876円です。

ちなみに、赤い騎士と黒い騎士を買ったのですが、赤い騎士の方はおみやげにあげてしまいました。
よって残念ながら赤い騎士の写真を改めて撮ることはできませんでした。
なので、代わりに黒騎士だけで3枚も撮ってしまいました。

最後に、すでに「旅先のおみやげシリーズその5──愛用のマグカップたち」で紹介しましたが、ポーランドで買ったものなのでもう一度ここで紹介したものがあります。
ワルシャワのCepeliaで、午後は出国だという最終日に買った、ポーランド民芸品らしい可愛い花柄のマグカップです。

この中の真ん中のマグカップです。
↓これです。

一緒に写っているのは、2004年のウィーン再訪のときに買った、フンデルトヴァッサーのマグカップです。

花柄のマグカップのお値段は、63.00ズウォティ。
1ズウォティを円安めに約40円として換算すると、約2,520円です。

この花柄のデザインは、ポーランド旅行を開始してもまなく、ヴロツワフのCepeliaのショーウィンドウで見つけたときからずっと欲しいなあと気になっていました。

「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」で紹介した写真をもう一度載せましょう。

このショーウィンドウでこれを見かけたときは閉店後でたしたし、磁器はかさばるので、後ろ髪をひかれながらもあきらめました。
かえってよかったです。ワルシャワのCepeliaでマグカップを買うことができたのですから。
私は紅茶はほとんど飲まず、もっぱらコーヒーなので、マグの方が飾りと化すことなく、愛用することができるのです。

以上で、18回連載したおみやげシリーズは、これで一段落しました。

でも、冒頭に書いたとおり、今年2006年はこれからハンガリーとルーマニア旅行に出かけます。
帰ってきたら、ハンガリーみやげとルーマニアみやげの最低2回分は掲載できます。
自分でも楽しみです@

たとえば前回もハンガリーではカロチャ刺繍のものを買っていますが、そのときは白地に赤い花がメインのオーソドックスなデザインのものに限定しました。
あのときに手を出すのをやめた、黒地のちょっとハイソな雰囲気の刺繍、今度はあれを買っていいかも~と思ったり。

それから最近知ったことですが、ルーマニアのおみやげには、なんと、ジェロピタールという皺とりクリーム(皺が取れるというか、肌の老化防止クリーム)が人気らしいのです。
女性であれば、飛びつきますわよね、むふふ。

全23日間の旅程のうち、ほぼ1日飛行機に乗っているはずの初日を含め、最初の16日間はハンガリーの予定です。
そして残り5日半がルーマニア。

もともとはハンガリーのみのつもりでしたが、約3ヶ月ほど前、フライトを予約する直前になって、ルーマニアにも色気を出し、ブダペスト往復ではなく、ブダペストINブカレストOUTのオープンジョーにしました。
というわけで、メインはあくまでハンガリーです。

でも、みやげ物というのは、旅程の最後の方になるにつれて、どんどん買ってしまうものではありませんか。
旅先ゆえに財布の紐が緩んで来ますし、都市間の移動の回数が残り少なくなれば、多少かさばるものでも買ってもいいいかも、という気になりますからね。
それにハンガリーは再訪ですが、ルーマニアは初めて訪れる国です。
だから、案外、ルーマニアの方がいろいろ買い物してくるかもしれません。

旅先のおみやげシリーズその17──チェコで買ったもの

チェコは、2004年7月の約2週間の旅行でめぼしいところはかなり回りましたが、また行きたいですねぇ。
日本のガイドブックに紹介されていないだけで、知られざる魅力のスポットはまだまだありますしねぇ。

首都プラハは、西欧に劣らぬ観光都市です。
2004年7月のチェコ旅行の締めと、2005年7月に再訪しました。
よって夏のハイシーズンしか知りませんが、西欧の観光都市に劣らず観光客にあふれ、観光インフラも遜色なく、博物館などの見どころも多く、コンサートや劇なども豊富で、いかにも観光客向けのエンタテイメントも充実しています。
西欧の観光都市を訪れるのとほとんど変わらぬ気楽さでめいいっぱい楽しむことができます。

あ、これは、いかにも観光客向けのエンタテイメントと便利さを肯定する立場の感想ですので、あしからず。

一方で、地方都市は、女1人で公共交通機関だけを利用し、チェコ語は知らず、英語を頼りに回るには、やや不便を感じます。
というか、今やインターネットでバスや列車の時刻表を、日本出発前に、いや旅程を立てるときにあらかじめ調べられるからこそ、実現できたといえるでしょう。

チェコの地方都市は、博物館目当てでどちらかというとシティ派の私が観光するにはやや物足りなく、半日もあればめぼしい見どころは見終わってしまうところも多かったです。
いつもせわしなく、たくさん観光ノルマを果たしたがっていた私にとっては、時間を持て余したところもあります。
ひらたく言えば、東欧の地方都市は、いかにも観光を惹きつけ、酔わせる見どころが西欧の地方都市ほどにはぎっしりであると言い難いと思います。

でも、逆に、のどかな田舎でゆっくりと楽しむことを覚えたかもしれません。
観光先で何を期待するか、という視点も変わったと思います。

そんな、なるべくたくさん見てやろうとあわただしく過ごす都会と、焦っても仕方がなくて、のんびり過ごす地方、というメリハリのある観光スタイルがより楽しめるようになったのも、私が今、東欧にはまっている理由のひとつかもしれません。

んー、でも一番の理由は、高校生のときに初めて接した世界史、とくにヨーロッパ史が、日本にいると西欧に偏ってしまうのが不満に思えるようになったからでしょうか。
西欧側から見た歴史と東欧側から見た歴史のギャップが面白いです。

なぁんて、私にとっての東欧の魅力を挙げるときりがないし、あくまで主観的な感想であり、独断と偏見まじりのこじつけになりそうですから、このくらいにしておきましょう。

2004年と2005年に回ったところをまず、列挙します。

2004年
ウィーンからICでブルノに3泊→うち日帰りでオロモウツ
→テルチに1泊
→チェスケ・ブデヨヴッツェに2泊→うち日帰りでチェスキー・クルムロフ
→プラハ5泊→うち日帰りでカルロヴィ・ヴァリ(現地ツアー参加)とクトナー・ホラ

2005年
プラハ4泊
→うち現地ツアーでコノピシュチェ城とカルルシュテイン城見学

チェコで買ったものを、写真を撮るために集めてみたら、意外、あまり民芸品っぽいおみやげはほとんどありませんでした。
むしろ、同時に行ったハンガリー(2004年)やポーランド(2005年)の方が、いかにも民芸品らしい、あるいはその国のおみやげらしいおみやげを買っていました。

では、何が多かったかというと───それはまた例によって、アクセサリーでした、へへへっ@

なにしろ、チェコといえば、ガーネットの国なのですよ@

ボヘミアガーネットは、パイロープ・ガーネットが主流です。
日本で売られているのはアルマンディンが主流のようですが、パイロープ・ガーネットはガーネットの中でもさらに色が濃く、血のように赤いものが多いです。

そして、モルダバイト(またの名をブルタヴィン)というモルダウ川の名産の貴石も、チェコ固有のものです。

モルダバイトは、簡単にいえば、隕石から出来た天然ガラスと言われています。
でも、きれいな緑色をしていて、アクセサリーにはうってつけの宝石(貴石)です。
宝石の条件は、希少性と美しさと耐久性ですから。
このへんのウンチクは、長くなってしまうのでこのあたりにしておきましょう@

写真は15枚撮りました。
それから、2004年の旅行中に買ったもの(チェコに限らず)を撮った写真がプラス1枚の計16枚です。
どんどん枚数が増えるみたいです@

ただし、今回あらためて撮った15枚のうち1枚は、2004年にブダペストで買ったものです。
チェコに行けばガーネットは買い放題!と分かっていたのに、ボヘミアガーネットの店を見つけて、我慢できずに買ってしまったのです。
ガーネットのアクセサリー仲間ということで、一緒にご紹介したいと思います。

まずは、2004年の旅行中に撮った、ブダペスト、ウィーン、チェコで買ったものの写真です。
最後の目的地のプラハ入りした初日の晩に撮りました。

2004_czech_gifts00

この写真は実は以前に紹介しています。
「写真による2004年夏の中欧旅行記(チェスキー・クルムロフその1)」です。

この写真は、買ったものの全部を陳列せず、アクセサリー中心にまとめています。
ただ、ちょっとアクセントをつけるためにマスコットなどを並べています。

緑の帽子のカワボーイのコルク栓は、ブダペストで買ったものです。
ハンガリアン・カワボーイ@
ただし、コルク栓が欲しかったわけではなく、いかにもハンガリアンな民族人形っぽい小物が欲しかったのです。
ちなみに、これを買った後で、ハンガリアンな民族衣装の男女の塩・コショウ入れを見つけて買いました。
そちらを先に見つけていたら、コルク栓は買わなかったでしょうね。

2004年の旅行先は、ブダペスト・ウィーン・チェコですが、この写真のアクセサリーを見ると、ほとんどチェコで買ったものばかりです。
チェコの旅行期間が一番長かったせいと、ウィーンはその前年に引き続いての再訪だから、とこともありますが、やはりガーネットとモルダバイトの存在が大きいでしょう。

次からは、このシリーズのためにデジカメで撮った写真です。
まずはアクセサリー以外の小物からいきましょう。

2004_czech_gifts01

いろいろ写っていますが、チェコで買ったものは、たった1個しかありません。
プラハの街のイラストの磁石です。

モルダウ川を見下ろすように聖ヴィート教会と王宮の丘があり、川には船が浮かんでいるデザインですね。

値段は149チェコ・コルナ。
円換算を円安めに1チェコ・コルナ=約5円で計算しましょう(2004年は実際には約4.1円でした)。約745円となります。

実は、これは、カレル橋沿いにあったギフトショップで、店内の写真を撮らせてもらう代わりに買ったものです。
写真を撮る代わりに、一番安いのでいいから磁石の1つでも買って、と言われたのですが、どうせ買うなら一番安いものといわず、気に入ったものを買うことにしました。
だから、もう少し安い磁石もありました。

その詳しいエピソードはこちらで紹介しています。

「旅先の店内シリーズ」のカテゴリーの「旅先でお邪魔した店内シリーズ(12)――プラハのカレル通りで」

撮りたかった店内の写真はこれです。

この記事をアップしているときにはまだデジカメを持っていなかったので、実際に買ったのはどんな磁石か、というのを、1枚目をサイズダウンさせずにトリミングしたズーム写真を使って、苦しい説明をしています。
いまや、デジカメのおかげで、そのものが気軽にバッチリ撮れます@

さっきの写真で、プラハの磁石以外について。
マンボウの消しゴムとクマちゃん磁石は日本で買ったワン・ポイント・ジャパニーズです。
丸い磁石は友人からのおみやげで、ニューヨークのメトロポリタン美術館だったかな、そのあたりのグッズです。

次の写真は、おみやげを撮るつもりが、背景に使ったハンドタオルの方が目立ってしまいました@

2004_czech_gifts02

チェコの高級温泉リゾート地であるカルロヴィ・ヴァリで買ったものを撮りたかったのですが、ジャパニーズばかりが目立っています。
ハンドタオルに、黄色の子ブタちゃんに、それから牛の斑点のデザインのマグカップ!

撮りたかったのは、銘酒ベヘロフカの小さなボトルと、温泉を飲むための専用カップです。
そう、ヨーロッパの温泉って、ドイツとかチェコは、浸かる温泉ももちろんありますが、どちらかというと飲む温泉の方が多い気がしますね。
カルロヴィ・ヴァリにも温泉水のプールだか風呂だかの施設はありましたが、飲む温泉が主流です。

ちなみに牛のマグカップを添えたのは、大きさ対比のためです。

次の写真は、撮りたかった本来のボトルと温泉カップだけにしました。

2004_czech_gifts03

下に敷いてあるのは、ハンガリーのブダペストで買ったカロチャ刺繍のテーブルクロスです。

カルロヴィ・ヴァリへはプラハ発の現地ツアーを利用して日帰りしました。
そのレポートはこちらにあります。
「写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリのプロローグ)」
「写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリ本編)」

直接記事に飛ぶリンクをつけられないので、「写真による2004年夏の中欧旅行記」というカテゴリーをクリックして、ずずずーっと下へスクロールさせてくださいませ。

カルロヴィ・ヴァリには体によい源泉が12箇所ありますが、ベヘロフカは、100種類もの薬草が入った薬効のあるお酒で、13番目の源泉との別名があります。
どんな薬草が入っているのか───レシピは企業秘密だそうです@

旅の途中で瓶ものは取扱いに気を遣うのでなるべく買わないようにしていましたが、これは10ccのボトルで小さかったので、母へのおみやげに買いました。
このボトル自体も、なかなか魅力でした。
ボトルもラベルも特徴的ですし、手のひらに乗るサイズも可愛いですし、フタがそのままお猪口になっていて面白いです。

値段は60チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約300円です。
試しに買うにはちょうどよい値段です。

中身はワインのような真っ赤な色をしていて、母いわく、養命酒のような味がするそうです。
私も試飲してみましたが、アルコール度数が約38度もあるだけあって、アルコールを飲んでいるようなかんじがしました。
お酒ではなく、アルコール!

温泉カップは、次の写真でご紹介しましょう。

2004_czech_gifts04

この温泉カップは、ラーゼンスキー・ポハーレックというそうです。
取っ手が吸い口になっているのが面白いです。
でも、あんまり熱いのは、取っ手も熱くなってしまうので飲みづらかったです。

まあ、はじめはこのカップは買うつもりはありませんでした。
ところが、せっかく飲む温泉が名物のカルロヴィ・ヴァリに行っておいて、汲んで飲むにちょうどよい容器がなかったのです。
なので、そんなに高くないし、小さいものはかさばらないので、1つ、買ってみました。
これは一番小さくて一番メジャーなタイプです。
80チェコ・コルナ(約400円)です。

ところで、カルロヴィ・ヴァリは、チェコの中でもドイツとの国境に近い西ボヘミア地方にあります。
あのあたりにはカルロヴァ・ヴァリだけでなく、マーリアンスケ・ラーズニェのような、同じく高級温泉リゾート地があります。
ドイツに近いのでドイツからの観光客……というよりは、温泉水を飲んで治療のために滞在する客がたくさんいます。
また、チェコはかつてオーストリア・ハプスブルグ帝国の一部でした。
なので、たいていの町にドイツ語名があります。
なので、ここは、いまでもドイツ語名も有名なのかもしれません、日本で。

ドイツ語名は、カールスバート。

つい先日、デパートのヨーロッパ雑貨部門でフェアをやっていたので、覗いてみました。
陶器が主でした。
その中に、マイセンだのウェッジウッドだのリチャードジノリだのバカラだのロイヤルコペンハーゲンだのボヘミアクリスタルと一緒にありました、カールスバート。
ブランド名?
でも、この温泉カップと同じデザインのシリーズが陳列されていました。
その名も、「カールスバートのブルーオニオン」!

ブルーオニオンは、マイセンだけのものではなかったのですねぇ。
確かにこの温泉カップのデザインも、ブルーオニオンに似てるなぁとは思っていましたけれど。

一緒に写っている革製の小箱は、次の写真でご紹介しましょう。

2004_czech_gifts05

さきほどは小箱を上から撮りました。フタにも、中身にもステキな模様があったのをご覧いただけたと思います。
今度は真横から撮ってみました。横も可愛いでしょう。
丁寧に作られていますよね。

おとなりは、カルロヴァ・ヴァリの温泉カップです。
吸い口である取っ手の側から撮ったものです。

小箱はプラハで買いました。
旧市街広場と通りを1つほど隔てたハヴェルスカー通りの雑貨市のようなところで買いました。
おみやげの屋台もたくさんありました。

小箱のお値段は、250チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約1,250円です。
作りが丁寧だけあって、ちょっと値が張りました。

買ったのは2004年度です。母へのおみやげに1つしか買いませんでした。
気にいったので、2005年度のプラハ再訪のときにもう1つくらい買おうかなぁと思ったのですが……ハヴェルスカー通りは通ったと思うのですが、同じ雑貨市に出会うことなく、縁がありませんでした。

次の写真には、黄色い子ブタちゃんを再登場させました@

2004_czech_gifts06

ブルノの本屋さんで見つけた、銃のミニチュアです。
いろぉんなのがあったので、なぁぁんとなく気に入ったを選びました。
これって別に、チェコでなくても買うことができたと思いますが……初チェコの都市ブルノで本屋さん見物をしているときに見つけて、なんか欲しくなってしまったんですもの。

黄色い子ブタちゃんで、ほんわかムードを加えてみました@

ラベルには、「Fusil Dragunov 1963」とあります。
お値段は、29チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約145円です。

次の写真からはアクセサリーだらけになります。

2004_czech_gifts07

ちょっと暗かったかなぁ。

どれも2005年にプラハを再訪したときにプラハで買ったアクセサリーです。
主にガーネットのアクセサリーと、それから市民会館のギフトショップで買ったアールデコ調のペンダント。
ちらっと見えている青い模様の小箱は、日本のエスニック系の雑貨店で買ったものです。ワン・ポイント・ジャパニーズ@

このうちガーネット・アクセサリーだけを並べたのが次の写真です。

2004_czech_gifts08

ガーネットのアクセサリーが5つもありますねぇ。しかも、再訪なのに@

私の誕生日石はガーネットなので、ガーネットにはなんとなく思い入れがあります。
さらにチェコのガーネット・アクセサリーは、細かい粒のガーネットをたくさん使った、どこかアンティークなデザインも魅力なので、つい、いろいろ買ってしまいました。

ブローチ兼ペンダントは、シルバーに金メッキです。
お値段はたしか、2,620チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約13,100円です。
しかし、これとほぼ同じタイプのもの、六本木(東京)で売られているのをたまたま見つけたときは、4万円近くでしたよ~@

リングは4つあります。
同じ日に2箇所でいっぺんに買ったので、旅行ノートには値段のメモがありますが、どれがどれの値段だかわからなくなってしまいました。
なので羅列します。
1,250チェコ・コルナ(約6,250円)と、1,810チェコ・コルナ(約9,050円)と、1,040チェコ・コルナ(約5,200円)と、1,450チェコ・コルナ(約7,250円)でした。

次は、プラハの市民会館で買った、アールデコ調のペンダントです。

2004_czech_gifts09

これ、同じブランドのアクセサリーを、2004年のチェスキー・クルムロフの城内のギフトショップでも見かけました。
そのときは、モルダバイトのアクセサリーに夢中だったので手を出すのをやめておきましたが、気になってはいたのです。
再訪した2005年に市民会館のギフトショップで見つけて、これは何かの縁に違いない!?───と、飛びついてしまいました@

いろんなデザインがありました。1つとして同じものはなかったです。
石はたぶん、縞メノウではないかと思います。
でも紫の縞メノウってきいたことがないですし、メノウは微細な石英が集まった鉱物なので染色しやすいので、たぶん、これも染色されたものではないかと思います。

お値段は、1,529チェコ・コルナ(約7,645円)です。

次は、2004年の初チェコ旅行で買ったガーネット・アクセサリーです。

2004_czech_gifts10

うーん、これもちょっと暗くなってしまいましたね。

ペンダントが4つにリングが1つ。

私は、つけていても自分でもよく見えるリングの方が好きなのですが、粒をたくさん使ったアンティーク調のデザインとなると、やはりペンダントの方が豊富です。
2004年はこんなにペンダントを買ったので、2005年の再訪の時は、リング、リング、リング……と探しまくったのです@

1つずつご紹介しましょう。

バッテンがいくつもくっついたデザインのペンダント?……ネックレス?
これは、プラハ城に向かう坂道の1つ、たしかネルドヴァ通りだったと思いますが、そこのガーネット・ジュエリー店で買いました。
この中では最後に買ったものです。
すでにいくつも買ってあったのに、ショーウィンドウで見つけて、また惚れてしまったのです@

お値段は、4,800チェコ・コルナでしたが、私は朝一番の客ということで、4,000チェコ・コルナに値引きしてくれました。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約20,000円です。

代わりに、というか、店員さんたちが、日本語で自分たちの名前を書いて~!と言うので、書いてあげました@

上の左から。チェーンのないペンダントトップは、プラハの旧市街広場近くのガーネット・ジュエリー店で買いました。
お値段は、1,079チェコ・コルナ(約5,395円)です。

2番目のしずくっぽいデザインのペンダントは、プラハの国立博物館内のギフトショップで買いました。
日本式に数えて2階の回廊にあった店です。
これもステキなデザインでしょう。
お値段は、4,980チェコ・コルナ(約24,900円)です。

一番右のペンダントは、リングとセットで、プラハではなく、チェスキー・クルムロフのガーネット・ジュエリー店で買いました。
翌日からプラハだというのに、ガーネットはプラハで買おうと思っていたのに、お店を見かけたら、待ちきれなくなってしまったんです。

お値段は、ペンダントが800チェコ・コルナ(約4,000円)、リングが680チェコ・コルナ(約3,400円)です。

次はチェコ特産の緑の石モルダバイトのアクセサリーです。

2004_czech_gifts11

やや暗いせいで黒っぽい緑になっていますが、実際の石は、もっときれいな透明の緑ですよ。
ガーネットのアクセサリーも再登場させました。

モルダバイトのアクセサリーは、3つ並んだうち両脇のペンダントトップ2つは、2004年のチェスキー・クルムロフの城内ギフトショップで買ったものです。

なにしろ、とんだ失敗をしたので、時間が余ってしまいましたからねぇ。かなりゆっくりギフトショップで時間をつぶしました。

よろしければ、そのエピソード、詳しくはこのタイトルの記事で!
「写真による2004年夏の中欧旅行記(チェスキー・クルムロフその1)」

左のペンダントトップは、1,905チェコ・コルナ(約9,525円)です。
右のペンダントトップは、1,670チェコ・コルナ(約8,350円)です。

なかなかイイ値段なのですが、それはこの石の希少性のためでしょう。
台座はシルバーでもなく、メタリックな、もっと安い素材ですから。
値段の差は、大きさより色の濃さのせいでしょう。
黒くなってはダメですが、やはり緑がはっきり出ている方が、いい石とみなされます。

真ん中のペンダントトップは、プラハの国立博物館のギフトショップで買ったもので、上下にガーネットがくっついています。
1,290チェコ・コルナ(約6,450円)です。

次は……チェコでも買ってしまいましたよ、このリング~@

2004_czech_gifts12

M. Freyのエナメル・リングです。
前回、オーストリアで買ったものとしてM. Freyリングをみんな載せたと思ったのですが、まだありましたっ!
ほんと、好きですねぇ、私@

それまで縁がイエローゴールドのものばかり狙っていましたが、ホワイトゴールドの清楚さがに好みが偏ってきました。
メインのエジプトチックなデザインも、水色系で清楚で涼しげなイメージでしょう。

お値段は……メモが見あたりませんでした~、あらら。

ガーネットは、前の写真にも出てきています。再登場です。

次は、2004年にオロモウツで買ったシルバーリングです。

2004_czech_gifts13

たまたまショーウィンドウで見かけて気に入ったのがあり、しかも安かったので(日本円にして1,000~2,000円くらいでした)、店の中に入りました。
エネメルで小さな花もようのテキスタイルにように描かれたリングでした。
M. Freyのものに比べると、量産タイプでした。だから安かったのでしょう。

ところが、ショーウィンドウで気に入ったリングは、サイズが小さいものばかりだったのです!
ゲルマン系やスラヴ系の人の方が体が大きいから、むしろ日本で買うよりは大きいものが多いかと思っていたのに(泣)。
私のサイズに合うリングは少しだけありましたが、それはどれもデザインが気に入りませんでした。
あきらめて店を出ようとした私の目に、店員さんの背中のショーウィンドウにあるアクセサリーが目に入りました。

それが、これです@
その中で、この2つのリングを買いました。

お値段は、太い方が140チェコ・コルナ、細い花もようの方が170チェコ・コルナだったと思います。
たしか、花もようの方が高かったはずです。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、それぞれ約700円と約850円です。
地方都市なので物価も多少、安かったかもしれませんねぇ。

背後の見えているのは、これも日本のエスニック系の雑貨店で買った小箱です@

次は、実は撮り忘れたので後で撮った写真です。

2004_czech_gifts14

緑の石のリングは、モルダバイトです。
さきほどのモルダバイトのアクセサリーと一緒に撮るのを忘れてしまいました。
これはチェスキー・クルムロフの城内のギフトショップで、他の2つのペンダントトップと合わせて買いました。
3つも買いましたから、あきれたなって雰囲気がちょぉぉっとあった気がします、店員さんに。

お値段は、1,905チェコ・コルナ(9,525円)です。

しずく型が垂れ下がったクリスタルガラスのリングは、スワロスキーです@
チェコで買うなよ~、ってかんじ?

これは、2005年にプラハからポーランドのクラクフに移動するために利用した空港の出国手続き後に買いました。
空港でぶらぶら時間をつぶしているとき、本当はチェコのメーカーのボヘミアンガラスのアクセサリーなりちょっとした置き物なりを探していたんですよ。
ところが、どうもボヘミアンガラスのそういうものは素朴すぎて……アクセサリーとはあんまり洗練されているように見えなくて……お隣のスワロスキーのアクセサリーの方に目移りしました。

お値段は2,750チェコ・コルナ(約13,750円)です。
余ったチェコ・コルナをこれで使い切り、足らない分はクレジットカードで支払いました。

チェコで買ったものの写真は以上です。

最後の1枚は、最初に予告したとおり、チェコではなく、ハンガリーの首都ブダペストで買ったものの写真です。
同じくガーネット・アクセサリーということで、ここで一緒にご紹介します。

2004_hungary_gifts01

ブダペストの王宮の丘にあったボヘミア・ガーネット・ジュエリー店で買いました。
ペンダントトップとリングとペアで@
金メッキです。

プラハもそうでしたが、同じボヘミア・ガーネット・ジュエリー店でも、おいてあるものは店によって少しずつタイプが違っていました。当然でしょうけどね。

これらを買ったブダペストの店では、プラハのガーネット・ジュエリー店ほどにはぎっしりガーネットを使ってはいませんでしたが、こんなかんじに可愛いデザインのアクセサリーがあったのをよく覚えています。

今年2006年の海外旅行では、ブタペストを再訪します。
王宮の丘もまた行くでしょう。
このアクセサリーを買ったまだお店があったら、覗いちゃうかもしれません。
覗いてしまうと、気に入るのを見つけて、また買ってきてしまうかもしれません。
自分に自信が持てません。
というか、買ってしまう自分には自信が持てるかも!?

次回は、去年の2005年の旅行のメインターゲット、ポーランドで買ったものをご紹介したいと思います。

旅先のおみやげシリーズその5──愛用のマグカップたち

この旅先のおみやげシリーズでは、順番としては、過去の旅先順に載せたかったのですが、楽しいとはいえ、家のあちこちに飾ったりしまってある小物をかき集めて、なるべくかっこつくようにならべて撮影!───って、意外と時間がかかるんですよ。

前回と前々回の英米で買ったものと韓国・中国で買ったものを並べて撮影していたら、あっという間に3時間。
昼ご飯を食べる前に、思いついたが吉日!と思ってやりはじめたら、昼ご飯でなく、おやつの時間になってしまいました@

というわけで、すぐにかき集められるマグカップたちの写真を先に撮っていたので、今回はこれにします@

まずは勢揃いの写真です。

Gifts_cups1

ちょっと配置を換えて、もう一枚!

Gifts_cups2

おいおい、いくつあれば気がすむの?───ってかんじですね。
いや、自分でもそう思います。
1個あれば十分ですもの。いくら1日に何杯もコーヒーを飲むとはいえ。

この中で、背景に使っているテーブルプレートと、茶系の四角い枠の模様のDunoonのマグカップ、それから花柄のマグカップの下にあるタイル製のコースターは、日本で買ったものです。

いま、「現役」のカップは、この中でも一番の新顔、2005年の夏のポーランド旅行で買ってきた花柄のカップです。
それと、2001年の秋のドイツ旅行で買ってきたスズのカップも、これは水専用ですが、「現役」です@
下敷きにしているクロスは、2004年の夏の中欧旅行のとき、ブダペストで買ったカロチャ刺繍です。

個々のマグカップのみなさんのご紹介は、もっとよく見えるように少数で撮った写真の方ですることにしましょう。

Gifts_cups3

フンデルトヴァッサーのデザインのマグカップです@
フンデルトヴッサーが設計した集合住宅のデザインです。

フンデルトヴァッサーは、2003年の夏にオーストリア旅行に行こう、ってときに知った建築家です。このブログでも何度か紹介していますが、ひじょーーにぶっちゃけて言うと、「オーストリアのガウディ」みたいな建築家さん。
でも、このカップのデザインを見ると、ガウディを引き合いに出したくなるの、わかりますよね。

写真のマグカップは、ウィーンのフンデルトヴァッサーの博物館「クンスト・ハウス」のギフトショップで買いました。
この博物館は、2003年の夏のオーストリア旅行のときは、やっとたどり着いたときに閉館時間30分を切っていて入れなかったのです。泣く泣く、ポストカードと本を買って帰りました。

背景においたポストカードは、そのときに買ったものです。これは、フンデルトヴァッサーの絵です。
フンデルトヴァッサーは絵心もあり、「クンスト・ハウス」にはとても興味深い絵がたくさんありました。

クンスト・ハウスの見学は、翌年の2004年の夏の中欧旅行で、ブダペストとチェコの間にウィーン再訪を日程に入れたときに果たしました。

このマグカップは、そのときに買いました。
2003年度は、一応、こらえたんですよ。カップなんていっぱいある、きりがない、荷物になる、割れやすい、かさばる、値段もそれなりにする!
ってね。
でも、2003年度にあきらめた反動か、2004年度には、つい手を出してしまいました@@

このあたりのエピソードは、
「博物館シリーズ6──フンデルトヴァッサーのクンストハウス・ウィーン」
「ショーウィンドウ特集その11――ウィーンとザルツブルグで」
でも書きましたので、よかったら覗いてください。

サイドバーにあるカテゴリー、それぞれ「旅先の博物館シリーズ」「旅先のショーウィンドウ特集」よりアクセスして、ぐぐーっと目当ての記事までスクロールしてくださいませ。
(リンク貼る手間を省いてすみません。でも、貼っても、カテゴリーのトップに飛ぶだけなんだもん……。)

このときに、2004年に買ったマグカップと同じシリーズのティーカップやミニチュアを、2003年のオーストリア旅行でザルツブルグの街角のショーウィンドウで見つけて撮った写真も紹介しています。
これです。

2003-hundertwasser-cups.jpg

2003年度にこの写真を撮ったときは、翌年、もう一度ウィーンに行って、このカップを買うとは予測していませんでした。
ああ、でも、このデザインが特に気に入ったので、無意識ながら、予感はあったのかなぁ~。
というか、2003年度に写真を撮ったりしたから、2004年度には我慢できなくなっちゃった、というのが一番近そう。

次はこちら。

Gifts_cups4

大きい方のカップは、さきほど書いたとおり、日本で買いました。
東京の有楽町にある東京国際フォーラム内の展示室で、「人体の不思議」という企画展を見に行ったときに、同じ建物内のショップで買いました。
ちょっとアートなカトラリーとか文房具とかあって、ついついマグカップに手を出してしまったのです。

このカップは、平べったい取っ手が特に気に入っています。ま、持ちづらいですけどね。

右側のスズのカップは、2002年のドイツ旅行のときに、ミュンヘンで買ったものです。
ワインにちなんだデザインです。葡萄のデザインに、ワイン収穫の風景。
収穫した葡萄を摘んだ荷車の模様が浮彫チックになっているのですが……見づらいかな。

スズのコップというのは、冷たい水が、より冷たく、美味しく感じられるそうです。
なので、ミネラルウォーターを飲むときは、これに汲みます@

背景にあるのは、東京の六本木で開催された、印象派の傑作ぞろいの「フィリップス・コレクション」展のときに買ったお菓子のボックスです。
行ったのは去年こと2005年の冬だったかなぁ。
単に写真のムードを出すために、背景においただけ@

次は、これらのコップたちの中でも一番値段の高い、お嬢さまカップです@

Gifts_cups5

1人では寂しいので、スズのカップを添えました。

なぜ、お嬢様カップか。
これは、ウェッジウッドのブルーエレファント・シリーズなのです。
高級なんですよ~~。
こんなのを日常使いにしているなんて、ハイソな気分@

買ったのは、2001年のドイツ旅行のときです。
英国航空を利用したので行も帰りもロンドン経由でしたが、その帰りのロンドン・ヒースロー空港で買いました。
もう、お値段、覚えていません。
ポンドで買ったし、旅の終わりで気が大きくなっていたから、金銭感覚は少し鈍っていたかも知れません。
日本ではいくらで売られているのかなぁ。

でも、ティーカップはよくあるけれど、マグカップっていうのは、なかなかおいてないんですよね。なんでぇ?
そりゃ、形からして、寸胴なマグカップより、ソーサーというパートナーとともに佇むティーカップの方がずっと優雅ですけど。

最後は、これです。

Gifts_cups6

2005年の夏のポーランド旅行のときに買った花柄カップに、フンデルトヴァッサーのカップを添えてみました。

この最後の写真が一番、華やかですね~@
ロンドン拠点のブランド「リバティ」のコースターと、ハンガリーのカロチャ刺繍のテーブルクロスを背景にしました。
リバティのコースターは、東京の渋谷の渋谷文化村美術館のギフトショップで、美術展を見た帰りに買いました。

あれっ。
日本で買ったものって、なんか、美術展とか企画展の帰りに買いました、っていうのが、多いですね。
展示をいろいろ見て、いいなぁ、と現実を離れて別世界にトリップするからでしょうか。それでつい、記念に、あるいはその余韻で、余分なものを買ってしまう……。

この花柄のカップは、2005年度の旅程最後に、ワルシャワのCepelia(簡単に言えば、ポーランド全国チェーンの民芸品専門店)で買いました。

いや、その前に、ヴロツワフのCepeliaでこの花柄の一連のカトレリーをショーウィンドウで見かけたとき、非常に、非常に気に入ってしまい、閉店だったのが残念でならなかったことがありました。
ヴロツワフではマグカップはありませんでしたが、ワルシャワではマグカップを見つけて、飛び上がりたくなるほど嬉しかったです。
なにしろ、マグカップ以外だと、カトレリーといっても飾りになってしまう可能性が大なのです。
やはり、デザインを愛でながら、愛用したいですよねぇ。

いやぁ、可愛いでしょ。
手書きですよ、これ。だって1つとして、全く同じ花は描かれていませんもの。
パターンかさせるように描かれていますが、似た花同士を比べても、全く同じではありません。
背景のリバティの洗練した花柄とは、ひと味違います。素朴な味が売りです@

ヴロツワフでこのシリーズのカトレリーを見つけたときのことは、
「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」
にあります@

ついでですので、「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」でご紹介した、同じシリーズのカトレリーの写真を、もう一度ここにご紹介しましょう。

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2

ズーム写真も@

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom1

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom2

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom3

いままで、買ってきたものを「これと同じシリーズのもの」という形でしかご紹介できませんでしたが、今年こと2006年の3月下旬にデジカメをついに手にしたおかげで、こうして実物も気軽に写真に撮って紹介することができるようになりました。
嬉しいな@

博物館シリーズその13──クラクフ市歴史博物館のショプカたち

ちょっと季節はずれですが、クリスマスの話題。
クリスマスの飾りというとクリスマスツリーが真っ先に思い浮かびますが、ヨーロッパでは他に、キリスト生誕の場面の人形たちの置き物や、そのジオラマも優勢のようです。

いままでの海外旅行で縁のあったキリスト生誕場面の人形たちは、イタリアの「プレゼピオ(presepio)」、ドイツの「クリッペン(Krippen)」、それからポーランドの「ショプカ(Szopka)」です。
このように各国でそれぞれ呼び名があるようです。

語源は、イタリア語はプレゼピオはラテン語の「飼い葉桶」の意味のpresepiumらしいです。
ドイツ語の場合は、Krippeで辞書を調べると、やはり「飼い葉桶」とありました。
ついでに、託児所もKrippeと呼ぶこともあるようです。赤ちゃんイエスが収められていた場所という連想からでしょうか。

案外、ポーランドのショプカも、実は「飼い葉桶」という意味だったりして。
とすると、キリスト生誕場面のクリスマス飾りのことはヨーロッパ各地で色々呼ばれているでしょうが、単に言語の違いだけで、訳せばどれも、飼い葉桶、飼い葉桶、飼い葉桶、飼い葉桶……だったりして@

最初にキリスト生誕場面の飾りに縁があったのは、1990年代によく旅行したイタリアです。
クリスマス時期ではなくても、教会の秘蔵品が見られる機会は幾度とありました。
また、覚えている限りでは、ナポリの聖エルモ城にあるサン・マルティーモ修道院附属博物館に、すばらしいプレゼピオのコレクションがあります。
天使の人形をワイヤーで宙づりにして、天使が降りてくる様子まで模型化されていました。
照明も、朝焼けから昼間、そして夕方になり、真っ暗な夜……という風に演出がなされていました。

イタリアのプレゼピオは、そんな風に博物館のコレクションでも教会でも、イエスの生誕場面だなぁというのがわかるようなものしかお目にかかりませんでした。
ところが、残りのドイツとポーランド。
私が見たイエス生誕場面のジオラマは、主役は誰?───ってかんじでした(笑)。

ドイツで見たイエス生誕場面のジオラマこと「クリッペン」でとてもよく記憶に残っているのは、ミュンヘンのバイエルン国立博物館のコレクションです。
それはそれは見事な……ドイツらしい中世の町のジオラマなのです。
生き生きとした庶民たちの姿に、陳列された商品まできっちり整ったお店。なつかしのお人形さん遊びがしたくなりました。

そう、ドイツといえば、おもちゃ博物館を回るのがとても楽しかったのですが、ドイツで初めてクリッペンを見たとき、これはドールハウスの街並みバージョンかな、って思ってしまったくらいです。

たぶん、もっと家庭用の規模の小さいものなら、まさしく聖書から連想されるイエス生誕場面───飼い葉桶の中の赤ちゃんイエスに、聖母マリアと大工ヨセフ、なのでしょう。
人形だけでなく背景も加わるのであれば、まずは厩で、そこに馬や牛たちが加わるでしょう。
もうちょっと豪華になると、星に導かれてメシア(救世主)の誕生を知って拝みに来た羊飼いや東方三賢者、ってあたりも加わる、といったところでしょうね。

……なんだか、雛壇を連想してしまいました。
まあちょっと前までその季節でしたからね。
最近は、デパートなどを覗くと、男雛・女雛2人だけのものもよく見かけますが、豪華になっていくと、そこに三人官女に五人囃子……と、段が増えていきますよね。
しかし、日本の雛壇では、さすがに都市のジオラマまでは見たことがありません(笑)。

ドイツのイエス生誕場面は、豪華なものは中世都市のジオラマかと勘違いするようなものを見てきましたが、それでもちゃんと、厩があって、赤ちゃんイエスとマリアとヨセフはいました。
目立つ位置にいるかどうかは、別として……。

ところが、ポーランドで私が見たイエス生誕場面こと「ショプカ」では、イエスたちは、ちっともわかりませんでした!
もうちょっとわかりやすければ、イエス生誕場面の飾りのポーランド版とわかったでしょうに。
後で知って「あれのどこがイエスの生誕場面!?」と驚いたくらいです。

ま、撮った写真をじっくり見てみたら、全体の豪華さにくらべると、むしろ「おまけ?」ってかんじで、それらしきものがチョロっとあったりしましたけれど@

実際に目にしたのは、クラクフの歴史博物館です。
実は、クラクフの歴史博物館のショプカについては、すでにこのブログでご紹介しています。

「旅先でお邪魔した店内シリーズ(8)――クラクフの織物会館」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2005/12/post_da47.html

クラクフでは、毎年12月初旬、歴史博物館主催でショプカ・コンクールがあるようです。
私が見たのは、たぶんその歴代の優勝作品。

ショプカ・コンクールについては───。
「60年以上も続く、クラクフの中世、ルネッサンスやバロック時代の歴史的な建物の模型のコンテスト。クラクフでは13世紀よりクリスマスの時期にこの種の模型を作ることが伝統となっている」
だそうです。
出典はこちらです。ショプカ・コンクールでなく、「最も美しい模型小屋コンテスト」ってありますけど。
http://www.big-tour.com/tour/this/event/pola_event.html

クラクフ歴史博物館のショプカ・コレクションは、チケット売り場のすぐ後ろのスペースに展示されています。
博物館の扉を開けたら、すぐに目に入ります。

歴史博物館もいいかもしれない、と気付いて出かけたのは、クラクフ滞在2日目、ヴィエリチカ岩塩坑から戻ってきて、残りの半日を再び市内観光にあてていたときでした。

しかし、博物館に到着したときには、すでに閉館時間の5時。
「明日また来てください」と言われても、明日はアウシュヴッツ・ツアーを予約しています。その次の日は、朝早くクラクフを去るという日程。
すんごくすんごく面白そうな展示なのに、このまま見ることも叶わず、クラクフを後にしなければならないのか、と、そのときは非常に後ろ髪ひかれる思いで立らざるをえませんでした。

ところが、幸か不幸か、翌日のアウシュヴッツ・ツアーは午後2時頃には終わってしまったので、この博物館を見学する時間がとれました(代わりにビルケナウの見学は物足りなかった!)。

入場料は3.50ズウォティでした。1ズウォティを2005年7月のレートを元に円安めに約40円として換算すると、約140円です。
そして写真代は10ズウォティで、約400円。
安くありません。入場料に比べたら、割高感がひしひしです。

でも、ぜひぜひあの面白い展示の写真を撮りたかったので、写真代も払うのに躊躇しませんでした。
ポストカードより上手な写真が撮れるとは思っていませんでしたし、実際に、現像からあがってきたのを見てがっかりしましたが……しかし、自分のカメラで撮っておけば、こうしてブログで紹介できると思いました。
やっとその目的が果たせます。

ちなみに、その歴史博物館で目を引いた最初に展示が「ショプカ」、つまりイエス生誕場面のクリスマス飾りの置き物だと知ったのは、後日です。
展示作品の前にあるプレートに必ずSzopkaと書かれていて、それからおそらく作者名と年代があったところから、どうやらコンクールの優勝作品ではなかろうか、というのは見当つきました。
しかし、見学中は、Szopkaって、そのコンクールを主催する企業か団体かの名前かとずっと思って見てたんですよ。

ショプカとは何ぞや───クラクフで買った英語のポーランド・ガイドブック(KD Eyewitness Travel Guidesシリーズの「Poland」)や、イラスト満載の会話集「旅の指さし会話帳」の欄外にありました。
列車の待ち時間に、それまでゆっくり読むヒマのなかった会話集をひっくり返したときに気付き、それでやっと謎が解けました。

でも、これから撮ってきた写真をご紹介しますけれど……あのクラクフの歴史博物館のショプカ・コレクションは、むしろ、ファンタジーの世界のお城や教会の模型みたいです。

2005_Krakow_Szopka_Castle1

ステキなお城の模型ですよね。1984年の作品だそうです。
こんな風に煌びやかなものが多かったです。

ああ、でもこれは、よく見ると、イエス生誕場面がありますね。

2005_Krakow_Szopka_Castle1_zoom1

下は、人形が回転して顔見せしていました。
王様が姿を見せたところです@

2005_Krakow_Szopka_Castle1_zoom2

跳ね橋の両サイドには見張りの兵隊さんたちがいます@

次は、ショプカとドラゴンです。2001年の作品。

2005_Krakow_Szopka_Dragon

クラクフには、ドラゴン伝説があります。
そのドラゴン伝説についてもすでにこのブログで説明していますが、もう一回ここにまんま引用してしまいますと……。

昔、ヴァヴェル城に、クラックまたはクラウスという賢い王子様が住んでいたときのことです。そのヴァヴェル城の地下洞窟にはドラゴンが住みついていて、家畜を食糧にし、人々に恐れられていました。そこで王子は、ドラゴン退治のために罠をしかけることにしました。羊の腹に硫黄を詰めて、その羊がドラゴンに食べられるよう、しむけたのです。硫黄のせいで、ドラゴンは喉がカラカラ。ヴィスワ川の水を飲んでも飲んでも喉の渇きは満たされず、とうとうお腹が裂けてしまいましたとさ。

情報源は、日本でもよく手に入りやすい英文ガイドブックLonely Planetです。

詳しくはこちら。
「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/cat1836109/index.html

このドラゴン伝説があるがゆえに、ドラゴンにショプカを持たせる、というモチーフが出てきたのでしょう。

ズームします。
このドラゴンは、愛嬌があって可愛い顔をしています。

2005_Krakow_Szopka_Dragon_zoom1

首のところだけ切り離してみると、ちょっとカエルっぽいかも(笑)。

ドラゴンが手にしているショプカにフォーカス!

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これは、どう見ても見あたりませんよねぇ、聖母子たち。

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こちらは、またしても煌びやかなお城……いや、教会ですね。2000年の作品。

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これもよく見ますと、真ん中のドームの下に、イエス生誕場面があるような……。

2005_Krakow_Szopka_Church_zoom1

青いドレスに赤いマントの聖母マリアがいます。
その後ろにいるのは、きっとヨセフ。
天使たちもいますし、両サイドに見られる冠を被った人たちは、おそらく三賢者です。
三賢者は、よくキリスト教美術では、三人の王様の姿で描かれることがありますから。

その上もズームしてみましょう。

2005_Krakow_Szopka_Church_zoom2

白地に十字の聖職者が見えますね。
両脇の窓ガラスがステキです。一応、ステンドグラスでしょう。

その上もズームしてみましょう。

2005_Krakow_Szopka_Church_zoom3

こちらもステンドグラス窓がステキです。
青地に白い人の姿は、教会のファッサード(表)によく装飾のように設置されている、人物の彫像だと思います。

白い、清楚なお城です。いや、教会かな。1998年の作品。

2005_Krakow_Szopka_Castle2

これもよく見ると、いましたよ、赤ん坊のイエスにマリアたち。

2005_Krakow_Szopka_Castle2_zoom1

ちょっとわかりづらいですが、揺り籠……ならぬ飼い葉桶が見られます。

上へ上へと区切ってズームしていきます。

2005_Krakow_Szopka_Castle2_zoom2

バルコニーにいる人たち。旗を持ったり、星印のなんかを持ったり……。
最初、「4」という符号から、4人の福音書記者かなぁと思ったのですが、違うみたいですね。

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楽器を持った天使が2人います。

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おお、ドームが格好いいです@
てっぺんのワシは、ポーランドの国旗にも使われているワシからモデルをとったのかしら。

最後の写真は、実はすでに一度、このブログで、さきほどのショプカの話を紹介したときに紹介済みなのですが───クラクフの織物会館内の土産屋の屋台の中に、ショプカらしき売り物がありましたからね───ここでもう一度、ご紹介したいと思います。

2005_Krakow_Szopka_Lajkonik_zoom1

ショプカとライコニック(Lajkonik)です。
入口に一番近いところに展示されていました。

「ライコニック」は、クラクフの春の祭りで、キリスト聖体祭後の第一木曜日に行われるそうです。伝統衣装を来た人々のパレードが行われるようです。
この馬にまたがった赤い服の御仁は、かつてポーランド人と争うことのおおかったタタール人のリーダーのようです。
情報源はLonely Planet。クラクフの章に、ライコニックについての囲み記事があります。

その囲み記事も、気付いたのは後日です。
歴史博物館見学中は……いや、クラクフ滞在中は、ポストカードでこの派手なおじさんの写真を見ても、せいぜい何かのお祭りの扮装だろうなぁ、くらいしかわかりませんでした。
妙にアラブチックというか、ヨーロッパ人らしくないとは思っていましたが、タタール人といえば、トルコ系。まあ、ぎりぎりアラブチック!?

ポーランドやハンガリーといった中欧諸国は、タタール人といい蒙古といいオスマン・トルコといい、東からのアジア系民族進入の防波堤の役割を果たしてきました。
そしてそういった戦いを通じ、あるいは国土の半分以上が占領されたり蹂躙されたりの歴史のせいでしょうね、東欧には西欧にないエキゾチックさがあって、それがいまの私をとても惹きつけています@

写真に戻りますが、さきほどの写真は、実は少しトリミングをしています。
元の写真はこんなかんじです。

2005_Krakow_Szopka_Lajkonik

ショプカにフォーカス!

2005_Krakow_Szopka_Lajkonik_zoom2

このショプカにも、もしかしたら真ん中の金のドームの下あたりに、聖母子がいらっしゃるのかしら。

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ううむ。赤いチョッキの髭のおじさんしか、わかりませんねぇ。

今度はライコニックおじさんにフォーカス!

2005_Krakow_Szopka_Lajkonik_zoom3

なんか、目が白目でこわい……。

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よっく見ると、ちゃんと黒目があるみたいですけど、でも、やっぱ、こわい顔……。

次にライコニックおじさんの足下の紋章にフォーカス!

2005_Krakow_Szopka_Lajkonik_zoom4

枠の文字では「クラクフ市歴史博物館(MUZEUM HISTORYCZNE MIASTA KRAKOWA)」って書かれてありますが、真ん中の紋章は、クラクフの市紋でしょうね。

それにしてもショプカはカラフルですよね。
ご紹介した中には、白いお城もありましたが、どちらかというとキラキラと煌びやかなのが、ポーランド風「イエス生誕場面の模型」なのでしょうか。

ポーランドの教会や宮殿はこんなにカラフルではないです。
どちらかというと、まるでロシアの教会みたいです。

たとえば、2000年度のロシア旅行で撮った写真をお見せしましょう!
サンクト・ペテルブルクのスパース・ナ・クラヴィ教会です@
視覚的予備知識なしに現地で初めてこの教会を目にしたときは、お菓子の家かと思ってしまったものです。

2000_SPeterburg_Church1

テイストは同じですが、もう2つ。
ピョートル大帝の夏の離宮があるペーターゴフ市で見かけた教会です。

2000_Petergof_Church

それから、モスクワの赤の広場にあるワシリー教会です。
これが一番、写りがいいかな。

2000_Moskow_WasiliChurch

この教会は、あまりに美しかったため、その設計者は、時の皇帝で残忍なことで有名なイワン雷帝によって目をくりぬかれた、という伝説があります。他でこれ以上に美しい教会を造らせないためです。
もっともあくまで伝説で、事実ではないみたいですけどね。

ちなみに、クラクフの歴史博物館の展示はショプカだけではないです。もちろん。

逆にショプカは、チケット売り場の後ろの1階のエリアにしかありませんでした。
ショプカが1番の目当てでしたので最初はがっかりしたのですが、ほかにも興味深い展示品がたくさんありました。

たとえば、城壁が残って残っていてバルバカンの回りが堀となっていた頃のクラクフの絵やミニチュア模型、旧市庁舎が今のように塔(時計塔)だけになる前の完全な姿(1820年の都市改造計画で本体は取り壊された。)の絵、歴史画や版画、イラストなどなど。

説明プレートには、英語でも簡単な説明が併記されていたので、絵の説明から、1850年に大火災があって、1813年には大洪水もあったんだなぁとわかりました。1848年のクラクフにおける大蜂起の様子を描いた大きな絵もありました。
1848年といえば、パリの2月革命から始まり、ヨーロッパ中で革命の嵐が吹き荒れた年ですね。
絵は、写真がない当時にとってはドキャメンタリー写真の代わりですよね。

また、かつてマーケットで使われていた硬貨や秤と分銅、樽、木おけなども面白かったです。
昔のコスチュームを着たマネキン人形もいましたよ。

クラクフの歴史についてもっと詳しければ、もっと面白かったんでしょうけど、私の感想としてはこのへんが限度でした@
ブログの1回分の長さとしても、いい加減このへんが限度でしょう@

博物館シリーズその12──クラクフのヴィエリチカ岩塩坑(その3:併設の博物館)

ヴィエリチカ岩塩坑について3回にわけて書きましたが、やっと博物館の話題です。

ヴィエリチカ岩塩坑併設の博物館も、岩塩坑同様、専門のガイドと一緒に見学します。
博物館の入場料は、岩塩坑見学の入場料に含まれています。

ただし、博物館見学は、オプショナルです。
時間がなかったり、岩塩坑の見学で疲れてしまって気力がなかったりしたら、割愛することができます。

実は、私も、岩塩坑の見学の後、気力がなくなってしまい、割愛するつもりでした。

岩塩坑の見学は約1時間半かかりました。
ガイドブック等からの情報からすると、これでも短いようなのですが、この間、どこも座るところがなく、ほぼずっと歩き回っているせいか、結構、疲れました。
順路は、上り階段はなく、下りばかりだったのは幸いでしたけれどね。

それに、坑道見学が終わった時点でさっさとクラクフ市内に戻れば、残り半日、市内のまだ見ていないけど興味深い博物館を回る時間がとれます。

坑道見学後、博物館に行かない人は、エレベーターで一気に地上へ出られます。そこで、ヴィエリチカ岩塩坑の見学はおしまい。
ちょっと休んで元気になったから、やっぱり博物館も見学しようかなぁ、と思っても、たぶん後の祭り。
そのまんま外に出てしまうと思います。

ちょっと休むのなら、地下にもカフェがあって、飲み物やサンドイッチ程度の軽食を取ることができます。
お土産屋のスタンドを物色することもね。

坑道見学ですっかり疲れた私は、ひとまずその地下のカフェでココアを飲んで英気を養いました。
というか、そのココア1杯が、その日のお昼です@

疲れ切った上に、真夏とはいえ涼しい地下にずっと潜っていたので、あったか~くて、あっま~いココアは、五臓六腑に染み渡りました。

ちょうど、その時です。
博物館見学の英語によるガイドツアーがもうすぐ始まりますよ~、と放送が流れたのは。

絶妙のタイミングでした。
一息ついて、気力が戻っていました。
こうなれば、どうせなら坑道見学の仕上げに、博物館も見学してから帰ろうではないか、という気になります。
もっとも、根っこのところにあったのは、「チケット代に含まれているのに、見学しないで帰るなんて、もったいない!」というケチ根性でしたけどね@

もし、1人で坑道博物館を回るのだとしたら、おそらく展示物とかの意味がよくわからなくて、きっと私にはあまり楽しめないでしょう。ほぼ素通りで、単にノルマを果たしたような達成感しか得られないだろうことが容易に想像つきます。
しかし、これがガイドの説明付であるなら、話は別です。
そういう博物館の楽しみ方を、また1つ教わることにもなります。

博物館のガイドツアーにかかった時間は、約1時間でした。
しかし、実は英語ツアーに参加したのは2人ぽっちだったので、かなりペースが早かったと思います。標準は1時間半くらいではないかしら。

では、その博物館の展示からの写真をご紹介しましょう。

ちなみに、英語ツアーに参加したもう1人の男性は、一眼レフ・カメラで、私よりももっと熱心にパチパチやっていました。なので遅れがちで、一度など姿が見えなくなったとき、英語ガイドは、「私のツアーの50%が行方不明だ!」と冗談半分に言ったりしてましたっけ@

私はそんなにパチクリやらずに、ちょっと気になったのを2枚ぽっち、撮ったきりです。
展示のうち、塩の結晶のすごさがわかるものを撮りました。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum1

こんな風に、道具が結晶だらけ。どのくらいの時間、放置していたらこうなるのでしょう。

ズームします。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum1_zoom1

梯子というより、荷物運搬用の台かしら。木製ですよ。石器だの金属製だのより、古くないはずです。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum1_zoom2

ほうきが、こんななっちゃって……。
底の地面も、結晶でガチガチです。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum1_zoom3

奥にあった壺みたいなもの。
大きな結晶が張り付いています。現代アート!?

次はガラスケースに展示されていたこちら。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum2

まるで雪祭り──ならぬ結晶祭りかなにかで、はじめから結晶を使って彫刻されでもしたみたいです。

ズームします。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum2_zoom1

これで水を汲んだりしたら、しょっぱくなりそうです。

2005-WieliczkaSaltMine_Muzeum2_zoom2

ファンタジーか何かの登場人物の、きらきらの武器ってかんじ!───でも形がスコップでは、武器としてはあまりかっこよくないですね。

というわけで、博物館めぐりの全般的な感想は、といいますと、やはりガイド付でなければ楽しめなかったと思います。
まあ、写真に撮ったものは、特に説明がなくとも一目瞭然で面白かったですけどね。
道具も、ガイドがひとこと説明してくれたおかげで初めて、何に使うのかわかったのも多かったです。
博物館には、今はもう存在していない坑道内や塩の彫刻のデッサンもありました。
今はないものだ、というのも、ひとこと言ってもらえたおかげでわかりました。

最後に追加情報。
坑道の地下にはサナトリウムもまであります。
ガイドから聞いた話は半ば以上忘れてしまったので買った冊子から補足しますと、地下135mのところにあって、「ヴェッセルの部屋(Jezioro Wessel)」というのだそうです。
塩湖による清浄で体にいい成分が含まれた空気が、気管支・喘息・アレルギー・皮膚病の治療に良いそうです。

サナトリウムの情報は、ヴィエリチカ岩塩坑の公式サイトにもありました。
英語サイトですがこちらを。

http://www.kopalnia.pl/site.php?action=site&id_site=162&id_language=2&site_location=&deparment_change=true&

このサイトは、この記事を書いている2006年3月現在は、腹にボールのようなものを乗せて寝っ転がっている女性たち(男性もいるのかな?)の写真が載っています。まるでラマーズ法か何かを指導している教室みたいに見えます(笑)。

でも動画を見ると、そのボールを使って運動するみたいです。
指導員に合わせて体を動かす子供たちも可愛いし、子供だけに言うとおりに動かず、我関せず、と動き回っている子がいたりするのが、さらに笑みを誘われます。
大人たちも、まるで盆踊りを教わっているみたいに見えるもあって楽しいです@

サナトリウムや岩塩坑については、局地的な浸水のせいで閉鎖の可能性があるようですが、いまのところ、上記のサイトを見る限りでは、2006年度のイベント予定などが掲載されていて(アドレスは下記)、とりあえずは大丈夫そうです。
たぶん、まじで支障をきたすような大規模な浸水でも起きないかぎり。

http://www.kopalnia.pl/site.php?action=site&id_site=236&id_language=2&site_location=&deparment_change=&

また、ヴィエリチカには博物館がほかにも、城のそばにもう1つあるようです。
どちらかというと岩塩坑を中心に発達してきたヴィエリチカ自体の郷土博物館みたいなところのようです。
といっても、私はそちらには行かなかったので、これはあくまでもLonely Planetの記述ぶりからの推測です@

博物館シリーズその11──クラクフのヴィエリチカ岩塩坑(その2:ちょっと珍しいかもしれない写真)

前回は、ヴィエリチカ岩塩坑について自分なりに調べた解説や脱線を含め、自分のカメラで撮った写真の中でも、ネットやガイドブックや書籍でよく見かけそうなものを中心にご紹介しました。

今回ご紹介する分は、どうでしょう。あまり見かけないかもしれませんよ。期間限定のもあります。

まずは、坑道の鼓笛隊です。
そうです、坑道専任ガイドに案内されての坑道見学中、あるエリアでこのような鼓笛隊に迎えられました。

2005-WieliczkaSaltMine_Band

私ら観光客を前にして、マーチのような一説を演奏してくれました。

坑夫たちは、塩の彫像を作るアーティストのほかに、このようにアマチュア音楽家もいたということでしょうか。
あるいは、坑道の歴史ぢょうに別にそのようなものはなく、単に現代の観光地化に伴って、坑夫とは関係ない人々で結成されたバンドかしら。

坑道内には、バスケットボールのスタジアムがあったり、そのスタジアムを利用してコンサートが行われたりするのだそうです。もしかしたらここはそのスタジアムだったかもしれません。

と言いつつも、この鼓笛隊のみなさんがいたエリアの様子は、実はよく覚えていません。
場所は、写真を撮った順番から、順路でいくとコペルニクス像やキンガ王女の伝説場面の像の後、キンガ礼拝堂よりは前です。
スタジアムと呼べるほどの空間はなかった気も……。ううーん。

この鼓笛隊は、制服がとても印象的でした。
おじさんの1人にズーム@

2005-WieliczkaSaltMine_Band_zoomJPG

イスの上の帽子にご注目くださいませ。
赤い羽根付のシルクハット。なかなかステキでしょう。

というわけで、坑道内のギフトショップで、この制服を着たマスコットを見つけたので、買ってしまいました。

こちらの写真にいます。

2005-WieliczkaSaltMine_Doll_zoom

人形だけにズーム。

2005-WieliczkaSaltMine_Doll_only

可愛いでしょ@
金ボタンが制服らしさを出していますが、手足がふにゃふにゃの、まるで赤ちゃんのおくるみのような体つき。
そしてとりわけ、タレ眉に浮かんだ、ちょっとヘタレな笑顔。

お値段は15ズウォティ(1ズウォティ=約40円として、約600円)。
でも、買うのにちっとも迷いませんでした@

ちなみに、さきほどの写真は、ポーランド旅程半ばすぎたグダンスクのホテルで、買ったものを陳列して撮った写真の一部です。

元の写真はこちら。

2005-SOUVENIRS_All

せっかくここでこの写真をご紹介したので、写っているものを簡単にご説明しましょう。
まずは左から。

2005-SOUVENIRS_zoom1

右上と下にある白いレースの縁取りのあるやつは、トルンのCepelia(全国チェーンの民芸品専門店)で買った、ハンドメイドの壁かけです。
ポーランドの民芸品の1つではないかと思うのですが……ワルシャワの民俗博物館に展示されているのを見ましたから。
台はステンレスの網で、刺繍がほどこされていたり、切り絵が貼り付けられています。
安くて軽くて可愛らしい図柄だったので、お土産分も含めて、いくつか買ってしまいました。

真ん中は、クラクフの織物会館の外側のギフトショップで買った、ポーランドの伝統的な模様の施された木箱。ちっちゃな鍵つきです。

風車の絵の壁かけの下、マスコットの左隣には、プラハで、店内の写真を撮らせてもらう代わりに買ったマグネットがチラッと見えています。
その詳細は、「旅先の店内シリーズ」のカテゴリーの「旅先でお邪魔した店内シリーズ(12)――プラハのカレル通りで」にて!
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2006/01/12_ebca.html

ちっちゃな麻袋のようなものは、グダンスクの琥珀ジュエリー店で、包み紙としてもらったやつです。袋にまで、ちょこんと琥珀のサービス付です。

2005-SOUVENIRS_zoom2

真ん中は、同じくトルンのCepeliaで買った、民芸品の切り絵の壁掛け。このキノコが、サイコーにキュートです@

左は、プラハ空港の免税店エリアで買った、スワロスキーの店のアクセサリー(指輪)です。
プラハからポーランドのクラクフへフライトしたときです。

スワロスキーはオーストリアに本店を持つクリスタルのお店です。日本にも支店がいくつもあるし、世界中で有名ですよね。
チェコにももちろん、自国のクリスタルの店はありました。なにしろ、ボヘミアン・ガラスのお国ですもの。
プラハ空港の免税店エリアにも、スワロスキーの店のまさしくお隣にあったりしました。

でも、ううーん、アクセサリーやちっちゃな置物に関しては、デザインの洗練さ、おもしろさ、お洒落さでいくと、私の目には、チェコのクリスタルの店のものは少しやぼったく感じられてしまいました。
なので、オーストリアのスワロスキーを買ってしまいました。チェコでわざわざ、スワロスキー!
でも、ホントにデザインが気に入ったんですもの。ちょっとこの写真ではわかりづらいですが。

2005-SOUVENIRS_zoom3

プラハやポーランドのグダンスクで買ったアクセサリーたちです。
ガーネット(赤)はプラハで。琥珀はグダンスクで。
琥珀は、黄色、赤、緑と3色あります。
その色を生かしたデザインがツボです。

日本でもジュエリー店を好んで回る私。
その私から見ると、ポーランドのアクセサリーは洗練されていたり凝っているとは言い難かったですが、求めたのは琥珀のシルバー・アクセサリーです。
シルバーも琥珀も、比較的安いアクセサリー素材なので、たとえばプラチナだのダイヤだのと違って、むしろ素朴っぽいデザインの方が合うかも、って思えました。
それに、中には、文句なしにステキなものもありました@

紫のペンダントは、プラハの市民会館のギフトショップで買った、アールヌーヴォー・チックなデザインのペンダントです。
石は瑪瑙だと思うのですが、これだけ鮮やかな紫となると、たぶん染色されていますね。まあ、瑪瑙は、飾り石にせよアクセサリーにせよ、ほとんどの場合、染色されてしまいますからねぇ。その色の面白さも、デザインの一部ということで。

一番下は、グダンスクの土産屋で買ったマグネットです。ちょっと洒落たデザインが気に入って、お土産分を含めていくつか買い込みました。写真以外にも何枚もあります。

さて、ヴィエリチカに話を戻しましょう。

私がポーランドに行った2005年7月は、愛・地球博の会期中でした。
私は足を運ばなかったのですが、ネットなどで見ると、ポーランド館にはこのヴィエリチカ岩塩坑の展示等があったようですね。

それを記念して、ヴィエリチカ岩塩坑の方でも、愛・地球博の出典記念の日本コーナーが臨時に設けられていました。
坑道見学の最後の方、昔の坑道のスケッチや写真が展示されているコーナーの一角にありました。
こんなかんじ。

2005-WieliczkaSaltMine_JapanCorner

日の丸のデザインで、ひと目で日本がらみのコーナーだとわかりました。

2005-WieliczkaSaltMine_JapanCorner_zoom1

ま、ご覧のように、日の丸の中に鳥居が描かれていたりますけれど。

うーん、どこの鳥居かな。厳島かな。
旅行というと海外ばかりに目が向いて日本国内はほとんど出歩かない私には、日本の歴史史跡とか観光情報には、めっちゃうとかったりします……。

竹のついたてに展示された写真を見てみましょう。

2005-WieliczkaSaltMine_JapanCorner_zoom2

うーん、これも、どこの写真か、全くわからない……。

2005-WieliczkaSaltMine_JapanCorner_zoom3

刀です。本物かな?

ちなみに、坑道見学の英語ツアーは1グループ確か20人くらいで、日本人は私の他にあと1人いました。しかし、この日本コーナーに興味を示したのは、我ら日本人のみでした。
他の国籍の方々は、一顧だにせず。興味なし、っていうのがあからさまでした。
単に日本コーナーっていうわけでなく、愛・地球博という大イベントがらみの展示ですよ。それでも日本人以外は全然興味もたないのか、と思うと、ちょっぴり哀しかったです。

ま、かくいう私も、人のことを言えません。
他国で開催中のイベントがどんなに国際的規模であろうと、興味がなければ気に留めないでしょうから。

坑道ガイドも、ジャパン・コーナーのことをひとこと付け加えてくれたのは、私ら日本人がいたからだったかもしれませんけどね。

坑道見学は所要約2時間半、とLonely Planetやその他の書籍に書かれていましたが、実際には約1時間半でした。
10時30分出発の英語ツアー・グループに加わり(でも前のグループが詰まっていたらしく、実際の出発は10時40分頃)、終了したのが12時10分でした。
繁忙期ゆえに、もしかして少し見学順路を割愛されたかしら?

しかし、見学に1時間半~2時間半かかるところが、ヴィエリチカ岩塩坑全体のたった3%なのです。
うーん、確かにその規模たるや、想像つきませんね!

次回は、併設の博物館で撮った写真をご紹介したいと思います。
やっと、「博物館シリーズ」らしい内容になるかしら。

博物館シリーズその10──クラクフのヴィエリチカ岩塩坑(その1:坑道見学)

押入れの中をいじるのは、冬に限りますね。
いや、もう春なので、「まだ寒いうち」と言い換えましょうか。
なぜなら、ムダに汗をかかないから。

なにせ私の部屋の押入れの場合、押入れの前に本が積んであるので、それをよいこらしょ、とどかさなくてはならないのです。

なぜ押入れの話からし始めたかというと……先月の2月、押入れの中から、なつかしのアルバムを取り出したんです。
1997年度のイタリア・チュニジア旅行のときのもの。20日間で、36枚撮りフィルム10本分。

この旅行は、特にチュニジアは、女1人のイスラム圏の旅行、いまほど旅行情報が得られなかったときに思い切って行っただけあって、失敗談もエピソードの多さも私の旅行歴の中では今でもトップに挙げられます。
ですが、残念ながら、きちんとした旅行記をまとめようと勇むあまり、結局、チュニジア編は頓挫してしまったのです。

去年(2005年)の8月から、このブログの他に、「旅のクチコミサイト4 for Travel」に登録して旅行記を作り始めています。
(そのサイトでの名前も同じく「まみ」です。このブログの脇にもリンクがあります@)
そちらで、ちょっくらこのチュニジア旅行を加えたくなり、押入れからアルバムを取り出したら……しばらく、そちらの旅行記をまとめるのに夢中になってしまいました。

というわけで、こちらのブログ、すっかりご無沙汰してしまいました。
という、言い訳の前ふりでした@

しかし、実はおかげで、1997年の写真で博物館シリーズに入れ損ねていたものがあったことに気づきました。ナポリの国立考古学博物館とチュニスのバルドー博物館です。
それをシリーズに追加するか、先に2005年度の旅行記を終わらせるかは、まだ決めていません。
なにしろ、4 for Travelの方もあるせいか、ブログの方がペースダウンしてしまいましたからね。
2月には一回書いたっきりで、いつのまにやら、もう3月。あらら。

さて、やっと本題。
2005年度ポーランド旅行の写真からの博物館シリーズは、ヴィエリチカ岩塩坑です。
なぜ博物館シリーズでヴィエリチカ岩塩坑か、というと、坑道見学だけでなく、併設の博物館にも行ったからです。
それに博物館は、どちらかというと坑道の一部を博物館セクションにしたというかんじでした。なので、一緒に紹介しようと思いました。
観光用に公開されている坑道自体も、博物館みたいなものですから。

ただし、なっが~くなりそうですので、3回に分けます。

ヴィエリチカへは、クラクフから日帰りしました。足は、直行のミニバスを使いました。
2005年7月はクラクフ駅前が工事中だったため、ミニバス・ステーションはガイドブックや行く前に仕入れた情報とは違う場所に移動されていて、探すのにえらく時間かかってしまいました。

そして、やっと見つけたミニバス・ステーションで、やっと見つけたヴィエリチカ行きのミニバス。
あいにく、そのミニバスは、ヴィエリチカ行きであっても岩塩坑直行ではなかったらしく、入口前まで行ってくれませんでした。

方向音痴の私、途中で人に道を聞きながら、こっちでいいのかなぁと不安になりながら、あたりになにもない田舎の県道のような道を歩きました。
手がかりとして思い出していたのは、「地球の歩き方」のヴィエリチカのページの欄外にあった、「工場か学校のような門が見えたら、それが採掘場だ」というアドバイス。

ところが、覚えていたのは「工場のような」というところまでだったので、最初に見えてきた工場がそうかと思ってしまいました。
「本当に工場みたいだ!」と思いながら(本当に工場だったんですもの、当たり前!)、それらしき看板か入口を探しましたが、見あたらない。ぐすん。

もしかしたらこれは、本当に工場かもしれない、と思い直し、もう少し歩き続けることにしてみたら目の前を横切る高架道路の柵に、でかでかと「Kopalnia Soli “Wieliczka”」という看板が……!

Kopalnia Soli(コパルニア・ソリ)、これがポーランド語で「岩塩坑」です。

実は、私が1番頼りにしていたガイドブックはLonely Planetだったので、英語のSalt Mineで覚えていました。ポーランド語が併記されてはいましたけれどね。
ですが、道を聞くときに英語の話せない現地の人に聞かなくてはいけない可能性を考えて、ポーランド語でも覚えているといいでしょうね。

別に英語の話せない人相手でも、道は聞けます。「プロシェ(=Please)」と「ジェンクイエ(=Thank you.)」さえ覚えていれば、あとは、「コパルニア・ソリ?」って聞けばいいんですから。
でも私は、Salt Mineしか思い出せなかったので、ちょっと苦労しました。
だいたい、ヴィエリチカにいるんですから、「ヴェエリチカ(はどこですか)?」とは聞けません(笑)。

というわけで、ヴィエリチカ最初の写真は、坑道見学のチケット売り場の建物です。

2005-WieliczkaSaltMine_Building

この建物を見て、「まあ、確かに、小さな工場と見えなくもないなぁ」と思い、一度は本物の工場を勘違いしそうになったことを記念!?──して、写真を撮っておきました。

でも、「歩き方」のアドバイスは、あくまで「工場か学校のような門」であって、工場のような建物、とは書いてなかったんですよね。
単なる早とちり、やんなっちゃう。

写真の建物の中は、切符売り場兼ツアー出発待ちの控え室になっていました。
そして、唯一観光用に公開されている「ダニウォビチ立坑(Danilowicz Shaft)」(lはwと発音させるポーランド語独特の文字)への入口があります。

7月のハイシーズンだからか、その部屋は、観光客でぎっしり、むんむんでした。
でもおかげで、外国語ツアー、すなわち英語ツアーは頻繁に出ていました。
これがオフシーズンだと、1日に数回、ってことになってしまいます。タイミング悪いと、辛いかも。

英語ツアーの入場料は、55ズウォティ(約2,200円)でした。ちなみにポーランド語ツアーは確か45ズウォティ(約1,800円)。
(円換算は、2005年7月当時のレートを元に、計算の便宜上と買いレートの低さから、円安めで1ズウォティ=約40円とします。)

写真撮影には追加料金が必要です。

ポーランドに行く前の下調べのときに、ヴィエリチカ岩塩坑の塩の彫像や人形による採掘現場の再現、それから内装が全部塩で出来たキンガ礼拝堂などの写真は、ネットやガイドブックや世界遺産がらみの書籍でよく見ました。
私のフィルムカメラでは、室内、それも照明が十分でなさそうな地下でどれくらいの写真が撮れるかはわかりませんでしたが、でもやっぱり自分で写真を撮りたいものです。迷わず写真代も支払いました。10ズウォティ(約400円)。

ヴィエリチカ岩塩坑は、少なくとも700年以上前から採掘されているヨーロッパ最古の岩塩坑です。
世界遺産に登録されています。
と、世界遺産を引き合いにすれば、インパクトもひと塩でしょう。
(一応、洒落のつもり……。)
登録されたのは1978年です。早いです。第一次登録の1つだそうです。

ヴィエリチカ岩塩坑は、その規模と、坑夫たちによる塩の結晶による彫像などの作品群や大規模な礼拝堂で名高いです。

塩の結晶自体は、坑道専任のガイドがsandy saltと言っていたとおり、砂まじりの黒っぽいものです。
岩塩坑見学といえば、2003年ザルツブルグから日帰りしたベルヒテガルテンを思い出しますが、あちらに比べると、ヴィエリチカの岩塩結晶は、質も美しさも劣ります。

ベルヒテガルテン、いやザルツブルグ周辺で採れる岩塩の結晶は、それはも~ぉも~ぉ美しかったです。透明度は高く、ほんのり赤やオレンジに染まり、まるで宝石のようでした。

しかし、規模は、圧倒的にヴィエリチカの方に軍配があがります。
ヴィェリチカの岩塩層はとても頑丈だったため、長い歴史の中で、どんどん掘り進めることができた結果です。
具体的な数字をいうと、迷路のような坑道が300km、9層もあり、深さ327m。
観光用に公開されているのはそのうちの上部3層、地下64m~135mです。全体のほんの3%だとか。

それから、ヴィェリチカの方が、観光客を迎えるエンタテイメント要素は、たっぷりでした。
ただ、ちょっとやらせっぽいなぁと思ったものもありましたし、坑道跡でする必要があるか?──と思ったのもありましたけどね。

塩の彫像は、代表的なものについては坑道ガイドが製作年度を教えてくれたのですが、思ったより古くなく、せいぜい数10年というところでした。

でも、それは仕方がないみたいです。塩の結晶は自然に溶けてしまうので、100年以上もたないみたい。
それを視覚的に示す展示もありました。同じ年代に製作された木の彫像は200年でも全然ぴんぴんしているのに、塩の彫像の方は、使い始めてしばらくたった石鹸みたいに、角がとれてしまって、もとの彫像がどんなだったか、ほとんどわからなくなっていました。

ヴィエリチカで塩がとれることは、先史時代、紀元前5世紀頃から知られていました。
ただし、先史時代の塩の採取方法は確か、湧き出る塩水を蒸発させた程度でした。

穴を掘って岩塩を取り出す、いわゆる採掘は、10世紀頃には始まっていたようです。
ただし、現在発見されている最古部分「ゴリシェフスキ立坑(Goryszowski Shaft)」は、13世紀にできたもの、と坑道内で買った冊子にあります。

最盛期の14世紀は、ポーランド王家の3分の1がヴィエリチカで採れる岩塩でまかなわれていたようです。

14世紀といえば、ポーランドは、輝かしきヤギェウォ朝の黄金時代。
後にヨーロッパ史を埋め尽くす列強が、その頃はまだ、中世の「暗黒の時代」とも呼ばれるにふさわしい、未開で田舎の国だった頃。
ポーランドはリトアニアと連合してドイツ騎士団を追い出して騎士団領を取り込み、版図をバルト海まで広げ、ヨーロッパ屈指の大国となりました。
そんな時代の王朝の予算3分の1ですか。たいしたものですね@

岩塩坑として衰退し始めた時期については、すでに17世紀から、という説もあれば、18世紀の列強3国によるポーランドの分割直前まであいかわらず国家予算の3分の1をまかなっていたという説もありました。ううむ。

そういう場合に最も信憑性があるのは、坑道で買った冊子でしょう。
ですが、残念ながらごくごく簡単なやつしか買わなかったので、そういうのは詳しく載っていませんでした。
買った冊子はB6サイズくらいの小さなもので、全部で22頁。値段は5ズウォティ(約200円)。
あんまり詳しくったって帰国後に読み切れないので、これくらいでちょうどよいと思ったんです。
写真が満載で、それに解説がポーランド語と英語と日本語でついています。
でも、このブログを書くためにひっくり返してみると、あきらかに日本語だけ、訳が足らないところがありました。おや~ぁ。

いずれにしても、諸説出てしまうのは、本格的採掘にせよ、衰退にせよ、生産量やポーランド経済の依存度の変化など、それまでと比較してどのあたりからそう呼ぶか、という解釈の違いでしょうね、きっと。
衰退が始まっていても国家予算の3分の1という数字は変わらなかったかもしれませんし。

この「ポーランドの国家予算の3分の1」については、どれも一致していました。

もっともそれは、当時の塩の価値にも支えられています。
冷蔵庫などない時代、塩は食料保存に欠かせないため、同じ重さの金と同じ価値があったのですから。

採掘は、ヴィエリチカの岩塩坑に限りませんが、とても危険な仕事でした。
相当な重労働の上、浸水や灯りの火による火事もよく発生したでしょう。
ですが、人権が重んじられていない時代にあっては、地下に閉じこめられている坑夫たちの非常時の脱出路が確保されていたとは思えません。
そんな危険を冒してまでも、中世は黄金と同じだけの価値のある塩の採掘に携わっていた坑夫たちは、村の英雄であり、エリートだったそうです。

しかし、英雄はともかく、エリートと言われても……。
1日中、日の射さないところで、体をぼろぼろにするほどの重労働に携わっていて、それでエリートですか。ううむ。
実際、厳しい労働条件の代わりに、村の他の職業よりは実入りがよかったのかもしれません。
でも、なんというか、疑うことを知らない民衆をおだてて働かせて、その成果は横取りする支配階級に踊らされている悲哀のようなものが、かえってひしひしと感じられてしまいました。

岩塩見学は昔から行われていたようです。
なんといっても、15世紀に生きたポーランドの有名人、地動説を唱えたコペルニクス(1473~1543年)が、アカデミー時代の1493年に来訪しているというのですから。

それを記念して、コペルニクスの塩の彫像もありました。
地下64.4mのところ、像の高さは4.5m。1973年ブワデスワフ・ハペク(Wladyslaw Hapek)作。
(lはどちらもwと読ませるポーランド語独特の文字)

2005-WieliczkaSaltMine_Kopernik

いまいち写りの悪い写真で、何が写っているのかわかりづらかったので、試しに白黒にしてみました。

ニコラウス・コペルニクス。ポーランド名はミコワイ・コペルニク。
この写真ではわかりづらいですが、彫像の下にMikolaj Kopernikと書かれてあります(lはwと発音させるポーランド語独特の文字)。
地動説を唱え、太陽を中心とする惑星の動きの構想を初めて発表したことにちなんで、像が手に掲げているのは、たぶん、どこかの惑星だと思います。もしかしたら地球かもしれません。

塩の彫像はたくさんあれど、やっぱりこれの写真は撮っとかなくちゃね!──と思ったのが、キンガ王女の伝説にちなんだ次の写真です。
これも、あんまり写りがよくなくてごめんなさい。白黒にしてみました。

2005-WieliczkaSaltMine_Kinga_BalckWhite

地下63.8mのところにあります。1967年ミエチスワフ・クルチェク(Mieczyslaw Kluzek)作。
(lはwと読ませるポーランド語独特の文字)

元のカラー写真と比べてどうでしょうか。

2005-WieliczkaSaltMine_Kinga_collor

うーん、どっちが見やすいかしら。
塩の結晶自体がもともと砂混じりの灰色っぽいものなので、透明さとか色の美しさというのは、実物にもあんまりありませんでした。

でも、これはまだカラー写真の方がいいかもしれませんねぇ。
ただ、白黒だと、記事かなにかの写真のようで、ドキュメンタリー風で気に入りました@

キンガ王女は、ポーランドにお輿入れしたハンガリー王女で、ベーラ4世(在位1235~1270年)の娘です。
ヴィエリチカ岩塩坑はキンガ王女の持参金で、このときにハンガリーのものからポーランドのものになったそうな。

もっとも、伝説では、彼女が岩塩層を見つけたことになっています。
彼女がポーランドにお輿入れする途中でお告げを受けて井戸を掘らせたら、岩塩が採れて、そこに彼女の婚約指輪が埋もれていた、とか、あるいは、道中の泉に自ら婚約指輪を投げて入れて掘らせたら、岩塩層が見つかった、とか。
伝説なので多少のヴァリエーションがあるようです。
(でも、わざわざ指輪を投げ入れる必要があったのかな。ここ掘れ、ワンワン、でいいじゃないですかねぇ@)

この彫像は、坑夫が、見つけた指輪を王女に返す場面です。

ズームしてみましょう。
キンガ王女と付き添いの騎士です。

2005-WieliczkaSaltMine_Kinga_collor_zoom1

騎士の兜は、アールパード王朝時代のハンガリーっぽいかんじがします。ちょっとバイキング・チックなの。
こんなかんじの兜をかぶっている人物が、たとえばハンガリーの首都ブダペストの英雄広場のアールパードら族長たちの像の中にいた気がします。

次に、王女に指輪を捧げる坑夫にズーム。

2005-WieliczkaSaltMine_Kinga_collor_zoom2

当時の坑夫のスタイルがよくわかりますね。頭を保護するために頭巾を被っています。
王女に向かって差し出す手には指輪。でっかい指輪だな~、これホントに指輪?
もしかしたら指輪が入っていた岩塩の固まりと一緒の図なのかもしれませんが……いやいや、普通はちゃんと指輪を取り出してから返しますよねぇ。

背後の坑夫。

2005-WieliczkaSaltMine_Kinga_collor_zoom3

タオルを広げて何をしてるのかなぁと思ったら、これはどうやら、採れた岩塩を持っている図のようです。タオルではなく、きっとそれ用の器でしょう@

ちなみに、キンガ王女の父であるベーラ4世は、ブダペストの観光情報を調べれば、ほぼ間違いなくヒットします。
なにしろ、ブダの丘陵を王宮の丘として整備したのは、この王様なのですから。
また、この王様は、王妃や一族の守りのために、ドナウ川の中でも風光明媚なドナウベントの町ヴィシェグラードに城を造らせました。
そのヴィシェグラード城は今では廃墟しか残っていないようですが、城跡から見下ろす風景は、ドナウベントの観光ハイライトの1つです。

ヴィシェグラードのちょっとステキな写真集を見つけたので、URLをメモしておきます。
http://www.bibl.u-szeged.hu/oseas/visegrad.html

ハンガリー史との関係でいえば、ベーラ4世はモンゴル襲来のときの王様です。モンゴルの軍勢を、ハンガリーで食い止めました。
というか、本当は負けてしまったのですが、モンゴル側の指導者のオゴデイ・ハーンが死亡してしまったので、モンゴル軍が自ら引き上げのです。
でも、おかげで、ドイツ以東の西欧史では、モンゴルの話はほとんど出てきませんね。

さて、次が、坑道見学ハイライトのキンガ礼拝堂です。
キンガ王女は岩塩層を発見した伝説から、彼女はヴィエリチカ岩塩坑の守護聖人とされています。
その彼女を奉った礼拝堂です。

この写真もあんまり写りは良くありませんが、ご容赦くださいませ。

2005-WieliczkaSaltMine_Chapel_color

天井が地下91.6m、床が地下101.4mのところにあります。
幅15~18m×奥行き54m×高さ10~12m。

白黒だと、こうなります。

2005-WieliczkaSaltMine_Chapel_BlackWhite

新聞か雑誌の記事の写真のようで、自分が実際に行ったところではないような、不思議な感じがします。

この礼拝堂は、シャンデリアから祭壇から周りのレリーフや装飾、すべて塩でできています。
塩による内装もそうですが、これだけの空間の土を外に出すのも大変だったでしょう。
礼拝堂としては17世紀末に使われていますが、完成に30年は要したそうです。
すなわち1895~1927年。完成年度は、坑道の歴史からすると、意外に新しいです。
でも、今でもミサに使われる礼拝堂です。500人は収容できるそうです。

礼拝堂の壁のレリーフ(浮彫り)の写真も撮りました。
レオナルド・ダヴィンチによる「最後の晩餐」です。
1936~1945年、アントニ・ビロデク(Antoni Wyrodek)作。

2005-WieliczkaSaltMine_Chapel_Relief_LastSupper

坑道ガイドいわく、図柄は模写かもしれないけれど、全て塩でできているなんてここにしかなくて、その意味ではこれはオリジナルと呼べるでしょう、とのことでした。なるほど。

残念ながらこの写真は、白黒にしないと見れたものではありませんでした。

もう一枚は、やはり新約聖書の場面で、12才の少年イエスが神殿でラビ(ユダヤ教の律法学者)と問答をして、ラビたちをうならせたという場面です。
1928年、これもアントニ・ビロデク作。

2005-WieliczkaSaltMine_Chapel_Relief_12yearJesues

この写真も、白黒にしないと見れたものではありませんでした。というか、白黒にしても、あんまり見れたものではありませんね(泣)。

右手に見えるのが、少年イエスです。左手はラビたち。

このように坑夫アーティストたちは、アマチュアとはいえ、近代の人たちは名前が知られています。
でもやっぱりアマチュアである証拠に、たとえばキンガ礼拝堂のレリーフの1つ「聖母子のエジプトへの逃避」でマリアが乗る馬の足は、解剖学的には正しくないそうです。坑道ガイドいわく。

あ~、その写真、撮っておけばよかったなぁ。
解剖学的にどう正しくないか、あとで調べようがあったかもしれないです。

さて、キンガ礼拝堂が坑道見学のハイライトですが、あくまでハイライトの1つにすぎません。
坑道内にある礼拝堂も、キンガ礼拝堂だけではなく、規模は小さくてもいくつもありました。

キンガ礼拝堂には行程の半分くらいでたどり着きますから、これで終わりと思ったら大間違い。
坑道見学はこの後もまだまだ続きます。
人造の地底湖もあります。塩分濃度の高い塩湖です。2ヶ所は見ました。

1ヶ所目は、かつてはその上をボートで向こう岸に渡れたようです。しかし、20世紀初頭だったか、ボートがひっくり返ってたくさんの死者が出たひどい事故があってから、ボート乗りは廃止されてしまったそうです。
うーん、残念。

でも、いいもーん、坑道の地底湖のボート乗りなら、ベルヒテスガルテンやウィーンの森の観光ハイライトの1つゼーグロッテ(これは岩塩ではなく石膏鉱山)で経験してるもーん。

正直、ヴィエリチカは、岩塩の結晶もそうですが、これらの地底湖も、ベルヒテスガルテンやゼーグロッテには全然及びませんでした。
もっとも、地底湖は、観光客に公開されていない部分にもあるでしょう。
ただ、ヴィエリチカではボート乗りがなかったので、それが私の中の減点ポイント。

もう1ヶ所の地底湖は、それまでにも増してエンタテイメント要素、満載でした。
観光客が湖の周りに集まった後、いったん明かりが落とされて真っ暗になり、それからショパンの音楽と共に光のスペクタクル。
ちょっと、やらせっぽいなぁと思いました。湖の周りの彫像が、ディズニー・チックだったから、ますます……。
でも、そういったあちこちにある塩の彫像と天井が水面に写り、とても幻想的で美しかったことは確かです。

また、後半では、エリアの名称や塩の彫像から、大戦中や社会主義時代などの現代史を彷彿とさせるところもありました。
坑道ガイドいわく、かつてはここにスターリン像があったけれど、取っ払われた、とか。
労働者としての坑夫を象徴しているような彫像もありました。社会主義っぽいですよね。
ただし、写真も記録もとらなかったので、それが実際に社会主義時代に制作されたものかどうか、確認できないですが……。

ピウスツキの名のついた一画もありました。像もあったかな。

ヨゼフ・ピウスツキ(1867~1935年)は、行く前に初めてまともに触れたため記憶もあやふやなポーランド現代史において、二大大戦間に軍部による独裁を強いた人として記憶していました。
なので、わざわざその像が造られていたので、ちょっとびっくり。
つまり、ポーランド人にとって彼は、単なる独裁者として単純にくくられるものでもなかったんですねぇ、と、こんなところで知ったり。

あ、ちなみにこの方のお兄さんのブロニスワフ・ピウスツキ(1866~1918年)は人類学者で(しかし、象牙の塔の学者ではなく、弟と一緒に、当時まだポーランドがロシア帝国支配下にあった時に皇帝アレクサンドル3世暗殺未遂事件を起こして流刑されたりしています)、アイヌ研究で有名らしいですよ。

掘り起こせば意外に随所にちりばめにられている、日本とポーランドの関係@

というわけで、あちこち脱線したために、ブログとしてはめちゃくちゃ長くなってしまいました。

今回は、ヴィエリチカ岩塩坑の紹介としてよく見かける写真を中心にまとめたつもりです。
よく見かけるがゆえに、写りの悪さが際だってしまった気がしなくもありません(泣)。

次回は、坑道で撮った写真の中でも、ちょっと変わったものをご紹介しましょう。

博物館シリーズその9──プラハの市民会館のカレル・チャバ(Karel Chaba)展

2005年度の旅行は、プラハ再訪から始めました。
そして2004年度には行きそびれた市民会館を見学することができました。
こういうのって、一度、涙を呑んであきらめただけに、嬉しさはひとしおですね。

しかも、2004年度って、市民会館は見学できないところなのかと勘違いしていたんですよ。後でガイドブックをひっくり返したら、そんなことはないと、すぐに勘違いに気づきましたけれど。

その勘違いをした2004年度、その日はカルロヴィ・ヴァリに行く日帰りツアーに参加する予定でした。
でも、ホテルピックアップがかなり早かったので、ツアー開始までそのへんをぶらぶら散歩していました。
そして市民会館までやってきて、外観の写真を撮りました。
どうやら「写真による2004年度旅行記」シリーズでは紹介しそびれてましたので、ここでご紹介します。

2004praha_obecni_dum

プラハのアールヌーボー様式の建物の1つです。それだけでも一見の価値ありですね。
そしてハプスブルグ家統治下にあったチェコにとっては、自分たちの民族の象徴というか、粋を極めた建物です。

もっと全体像が入る写真を撮れればよかったのですが、これがせいいっぱいでした@

ところで、このときの私は、ガイドブックにあった市民会館の説明が、すっぽり頭から抜けていました。
なので、市民会館って、アールヌーヴォ様式で有名なホテルの1つだっけ?と思ってしまいました。
外からみる限り、左手はホテル、右手はカフェ・レストランに見えました。
だから、特段の用のない観光客はあんまり出入りする建物ではないのかと思ってしまいました。

でも、せっかくのプラハのアールヌーヴォーの代表作です。ついでにこの建物の内装も、ちらっとでもよいから見たいと欲をかきたてられました。
入口には、背広を着て身だしなみがよいけれど強面のおっちゃんがなんか見張りをしているようですが、中に入ってもとがめられなかったので入ってみました。
エントランスのところまではうろうろできました。でも先に進もうとしたら、見張りのおっちゃんに引き留められました。
なので、やっぱり用のない人は入ってはいけないところだったのね、と、そのときは思ってしまいました。

でもよく考えたら、その先はチケットがなければ入れない有料エリアだったのですね。
それに早朝で、まだ開館時間ではありませんでした。

ちなみに、市民会館の内装はアルフォンス・ミュシャも手がけている、とガイドブックに説明があったのですが、私はてっきり、この外装のモザイク画がミュシャの絵かと、またそれも勘違いしてましたっけ。

さきほどの写真、ズームします。

2004praha_obecni_dum_zoom1

外壁のモザイクは、実はカレル・シュピラルという方が手がけました。
うーん、残念ながら私の知らないお人。

絵のテーマは寓意画っぽいですね。タイトルは「プラハ賛歌」だそうです。
額のようになっている半円部分の金字は、何かきっと、チェコの民族意識を鼓舞するようなフレーズが書かれているんだと思います。

また、市民会館の中には、プラハの有名な音楽祭「プラハの春」が開催される「スメタナ・ホール」があります。
それも必見だそうですよ。

スメタナ・ホールの方は、2005年度でも見学しそびれてしまいました。
実は、2005年度のプラハ再訪では、プラハ出国日の夕方、ちょうどそのスメタナ・ホールでコンサートがあったんですよ。
行きたかったけれど、夜はフライトでポーランドのクラクフ入りが決まっていました。残念でした。

でも、念願の、ミュッシャが手がけた「市長の部屋」を始めとして、豪華な部屋を見学できる市民会館ツアーには参加することができました。
チェコ民族の誇りをかけて、その象徴として建てられただけあって、内装にもチェコ民族の象徴や願いがたっぷり込められてましたよ。
ガイドツアーでなければ、そういうのには全然気づかなかったでしょう。

市民会館の見学は英語ツアーでしたので説明は英語でしたが、日本語の説明書も貸してくれました。
ミュッシャの巨大な絵が何枚もあるだけでなく、カーテンのデザインとか、内装のトータルコーディネートをした部屋もありました。それがハイライトといえますね。
チェコ民族の威信をかけての建築であったため、ミュシャは、祖国のため、と、一切無償で引き受けています。その時点ではすでに世界中に名の知れた有名人になっていたにもかかわらず。えらいです。
ミュシャって、パリでデビューしたようなものなので、パリで手がけたポスターが有名ですが、とっても愛国心にあふれている人だったんですよ。
ミュシャの生涯を考えたら、故郷のチェコをモチーフにした作品や、祖国のための活動の方が、日本でよく知られているパリ時代の作品よりも重要だと思います。
かく言う私も、そのことは、2004年度にプラハのミュシャ美術館に行って初めて知りましたっけ。

「市長の部屋」は、建物の真ん中にあり、市長のデスクの背後がテラスになっていました。
外から見ると、このテラスの内側がその部屋ということになります。

2004praha_obecni_dum_zoom2

テラスに表れた市長が、市民会館前に集まった市民を前にして、にっこり手を振っているような図が思い浮かびます。
ううーん、それってどこかの王族が庶民の前に顔を出すときのシーンみたい!?
(実はこの発想の出所は、「ベルバラ」でマリー・アントワネットが初めてパリへ出かけたときのシーンだったりします@)

でもガイドツアーで見学したのは、1フロア分の10室ほどです。
市民会館の中はもっと色々盛りだくさんでした。
1階には確かにカフェ・レストランがありました。地下にもありました。
アールヌーヴォーの内装に惹きつけられ、何も飲み食いせず写真撮影だけする観光客がたくさんいるせいか、「写真撮影のみの入室はお断り」と入口に掲げられているカフェもありました。
地上階はいろんな企画展がありました。
これに加えてスメタナ・ホールがあるわけでしょ。要するに、今やほとんど文化施設ですね。

市民会館の公式HPはこちらです。
プラハの市民会館(Obecni dum)
これはチェコ語のサイトですが、英語サイトもあります。

その企画展の中で特に興味を覚えたのが、表題の「Karel Chaba」展です。
市民会館の階段にポスターが貼られていましたし、チラシもおいてあり、写真になっていた代表作に猛烈に惹かれました。
ものすごーい私の好みの絵でした。

ま、知らないアーチストの美術展に行こうかな、って気になる理由って、たいていチラシですね。チラシに載っている代表作に惹かれます。
ただ、それはあくまで代表作なので、展示作品がみんなそういう、期待したようなのばかりとは限らない、というところがつらいところですが。

しかし、このKarel Chaba展は、わたし的には大当たりでした@
展示作品がどれも、チラシ・ポスターにされていた作品と同じ傾向のものばかりでした。
どれもステキな絵でしたので、ちょうど、展示作品の写真と画家のプロフィールだけが載っている、比較的薄いカタログが市民会館の売店に売られていましたので、飛びつきました@

展示の主題はあくまでプラハ市内が中心でした。
そのことだけでも、プラハで思わず見つけた美術展、ということでポイントが高いです。
必見といわれる観光ポイントや、これはプラハだ!とすぐにわかるようなスポットだけではなく、ガイドブックにいちいち取り上げられることはないけれど、なかなか味のある路地裏や町の一角、みたいなところの絵もありました。

それで絵の傾向も好みといえば、申し分ないです@
言われてみればそうかも……と分かる限度まで、大胆にデフォルメされた絵でした。
そういうのって好みなのです@
色づかいは明るく、ポップで楽しそうなものが多かったです。一方で、しっとりしたのもあり、絵心をかき立てるような、うーん、いいじゃん!っていうかんじのもありました。

具体的にはこんな作品です。

2005_paraha_museum_karel_chaba_karelbridge

これはどこかわかりますかしら。カレル橋ですよ。

実際のカレル橋の写真。

2005_Praha_KarelBridge

7月の観光ハイシーズンは混雑がひどいと言われるカレル橋ですが、このときは、夕方のせいか、あるいは少し前まで雨が降っていたせいか、それほどではありませんでした。

ズームします。

2005_Praha_KarelBridge_zoom

この写真は、旧市街側の橋塔から見下ろして撮った写真です。
この、カレル橋の橋塔からこうやってカレル橋を見下ろす写真を撮る、というのも、2004年にやり残してしまい、2005年にリベンジ(実現)できたものの1つです@

で、比べてみていかがでしょう。

カレル橋の欄干に並ぶ聖人像のデフォルメの仕方が面白いですよね。
対岸に見える王宮と聖ヴィート教会の位置関係も、ぐぐっと橋の方へずらされています。

次は、どこかわかります?

2005_praha__museum_karel_chaba_loretta

答えはロレッタ教会です。
教会の前の、花のような植物のような捻れたモノは、これも聖人像のデフォルメです。
空に裸体が舞っているところなどは……なんだかシャガールの絵を連想してしまいました。

実際のロレッタ教会の写真はこちらです。

2005_Praha_Loretta1

いかにもバロックらしい教会ですが、とっても気に入ったので、接近してもう1枚撮っています。

2005_Praha_Loretta2

これらの写真自体も、私のお気に入りです@

そして、このロレッタ教会もすばらしかったですよ~。
これも、2004年に行きそびれて、2005年にリベンジ(実現)できたものの1つです@

Karel Chabaの簡単なプロフィール。
1925年8月セドレツ生まれ。
セドレツという地名はあちこちにあるようですが、Sedlec u Benesovaというところらしいです。
彼は第二次大戦後まもなくプラハに上京し、プラハで活躍しました。

この市民会館での特別展は、彼の60才の誕生日を記念したものだそうです。

プロフィールは、買って来たパンフレットからも拾えましたが、このようなHPを見つけました。

Karel Chabaのギャラリー(英語版サイト)

http://www.sazka.cz/v_zprava_2003/en/galerie.htm

さきほどご紹介したのと少しバージョンが違うカレル橋の絵もありますね。

こうやって、日本で紹介される西欧美術史ではなかなか取り上げられない国々で、日本であまり知られていないけれど、自分の好みじゃん!という画家を現地で発見するのも、その国を旅する醍醐味であり、期待していました。
前年度の2004年度のチェコ旅行でも、Jan Zrazvyというチェコの近代画家を発見しています@

いまやネット検索すれば、日本語サイトに限定すると無理ですが、英語サイトまで広げれば、なんとかこれら現地で知った画家の情報や作品の写真を探ることができるので、ありがたいです。

それにしても、いやぁ、再訪って、前に訪れたときにたいていすでに必見のところは一通り見た後でしょう。
なので、もう一度みたいところを見に行くにしても、見損ねたところのリベンジを図るにしても、なんだか心の余裕があるんですよ。

どうしても日程ぎちぎちの海外旅行ばかり繰り返しているので、あれもこれも見てやれ、と欲張りがちですが、そうすると、見れなかったらどーしよー、とあせったり、行けば見れるのが当たり前のように思っていた分、見れなかったら損した気分になるので、どうしても気持ちがせかせかしてしまいがちです。
(そうでもないですか?)

そんなときに、心の余裕をもって観光できるなんて、とっても贅沢!

って思ってしまいました。

とは言いつつ、前夜、あるいは朝、ホテルを出る前に1日の予定を決めた段階で、たとえ再訪であっても、あれも見たい、これも見たいとリキんでるときは、やっぱり気持ちがせかせかとして切羽詰まったような気分になりますけどね。

でも、このプラハ再訪のときは、それでも時々ふっと力が抜けて、心の余裕を取り戻せるときがありました。

旅先でお邪魔した店内シリーズ(12)――プラハのカレル通りで

プラハのカレル通りは面白いです。
車1台、やっと通れるか、という狭い道の両側には、観光客を誘う店が並びます。
そんな店の建物によく目を凝らすと……特に、おのぼりさんよろしく2階以上を見上げながら歩くと……へえっ、と感心したくなる写真栄えのしそうな一角を見つけることができます。

これは別にカレル通りに限りません。
でも、カレル通りの場合、ウィンドウショッピングと家並み鑑賞散策の先には、プラハ名物、ブルタヴァ川(モルダウ川)にかかるカレル橋があります。
そのゴールも楽しみです。

2005年の旅行からの店内シリーズで今回ご紹介する写真は、そんなカレル通りを、カレル橋に向かって歩いているときに撮ったものです。
お土産屋でしたが、売り物として目についたのは、プラハ土産というよりは、どちらかというとロシア……!?
って思いましたけどね。

一枚は、実は、通りからこっそり撮ってしまいました。
でも、中に入って、ちゃんと撮りたいと思ったので、お店の人に断って、撮らせてもらいました。
ただし、何か1つ、マグネットの一番安いものでいいから、買ってね、と条件をつけられました。ちゃっかりしてます。
いや、お互いさま、ですか。

写真を撮る代わりとはいえ、どうせ買うなら気に入るやつを買った方がいいです。一番安いやつはそれほど気に入らなかったで、ちゃんと選びました。

それでは写真紹介に入りましょう。
今回はなるべく前置きを短く、すっきりさせたつもりです@
これでもね。

まずは、中に入らず、通りから撮った店内写真です。

2005_Praha_InsideShop1

これって、数の威力ですよね。
これだけ並んでいるところが、よいのです@

ズームしましょう。
手前のマグネットを上から。

2005_Praha_InsideShop1_zoom1

ちょっと光線の具合が悪くてわかりづらいですが、店内の写真を撮るために買ったマグネットは、上から3列目と6列目に並んでいるやつです。
聖ヴィートを含むプラハの王宮と、その下にはボートが浮かぶヴルタヴァ川がマンガチックに描かれています。
値段は149チェコ・コルナ。
円換算を円安めに1チェコ・コルナ=5円として、745円ってところです。

下の方に並んでいる、サイズの小さい、マトリョーシカっぽい人形のマグネットあたりが、この一番安いマグネットだったと思います。
でもでも、マトリョーシカなら、ロシアを旅行したときに買ってますもん。

マグネット、下の方。

2005_Praha_InsideShop1_zoom2

ミニ・マトリョーシカもどき(入れ子式になっていないので、「もどき」)が、ぎっしり並んでいます。
こういうのも、1個だけじゃ物足りないんですよねぇ。こういう陳列を見てしまうと!

奥の方にズーム。

2005_Praha_InsideShop1_zoom3

白雪姫の人形、わかりますかしら。
写真を撮りたいっ!って思ったきっかけは、実はこの子。

真ん中には、イコンっぽいのが見えますねぇ。銅板かな?
下の祈りを捧げているシーンは、きっとゲッセマネの園での最後の祈りの場面ですね。
奥はイースターエッグみたいなやつかな。

下の方に目線をずらします。

2005_Praha_InsideShop1_zoom4

手前の木の人形、可愛いですよねぇ。
これ、2000年度にロシア旅行(サンクト・ペテルブルクとモスクワ)したとき、似たようなのを買ってます~。

こちらの人形たちに似ています。特に上の段の右から二番目。

2005_Praha_InsideShop1_zoom4a

さすが手作りだけあって、1つ1つのお人形さんの顔つきが違うんで、ちゃんと選んで、気に入ったのを買ってます@

私が買ったお人形さんの値段は、5年前の物価ということになりますが、14ドルでした。
モスクワのお店でしたけれど、外国人向けか、ドル表示。
というのも、モスクワでの英語による現地市内観光ツアーのときに寄ったお店だったので。
でも、ツアー割引がきいたので、実際には50%OFFの7ドルで買いました。
もちろん、そういうところは、値札の値段がもともと割高という可能性はありますけれど。

下の方には、ずんぐりむっくりした可愛らしい人形たちもいます。

2005_Praha_InsideShop1_zoom4b

さきほどの写真で、真ん中のイコン、あるいはイコンもどきなお土産。
聖書の題材ですねぇ。

2005_Praha_InsideShop1_zoom4c

一番上は、聖母子。

真ん中は、天使と、その下に横たわっているような人の姿が見えるのですが……なんの場面かな。
もとの画像を拡大して見ても、よくわからないんですよ。
ヤコブと天使の相撲の場面だとしたら……あれは確か、ヤコブが勝つんですよね。
でも、これだと勝ったようには見えませんねぇ。

一番下は、竜を退治する聖人といえば、聖ジョージです。
ジョージは、ドイツ語ならゲオルグ。フランス語ならジョルジュ。チェコ語ならイジー。
いやはや。カタカナで書いてしまうと、どうしてこれが同じ名前?!って言いたくなるくらい、印象が違いますねぇ。

ん?
戻りますけれど、よく考えたら、さっきの真ん中の絵柄、ヤコブと天使の相撲などより、イコンに使われるにふさわしい、もっとポピュラーな場面がありました。
受胎告知です。

だいたいこれが本当にイコン、あるいはイコンもどきのお土産だとしたら……。
イコンは、祈りを捧げる個人のための小さな祭壇みたいなものです。
ヤコブが天使を負かす場面に向かって、祈りを捧げたいと思うかしら。絵馬じゃあるまいし@

奥はイースターエッグみたいなやつです。黒いエッグスタンド付で、ちょっとシックで豪華。

次は、中に入って撮らせてもらった写真です。
結局、白雪姫がいる一角しか撮りませんでしたけど。

2005_Praha_InsideShop2

旅先では、後から、撮っておけばよかった~っ、と思うようなところに、意外に写真撮影の食指が沸かなかったりします。フィルムをケチっているつもりはないのですが。
きっと、いろんな珍しいものやステキなものをたくさん目にするので、おめがねにかなうレベルというものが上がってしまっているんですねぇ。

この店でも、いくらでも撮っていいですよ、と言ってもらえれたのならともかく、撮るならなんか買って、と言われたのですから、なおさら、いろいろ撮っておけばよかったと思いますよ。

撮るからには、面白い写真を撮りたい、自分らしい写真を撮りたいです。そのせいで、ピンとこない場合や、撮らなくてもいいや、と切り捨てしまいがちなところもありました。
ガイドブックや旅行記のカラー写真などでさんざん見た場面なども同様。

今度、デジカメを買ったら、記録という意味でどんどん撮るようになると思います。
ネットでアップされている旅行記などで、みなさん、そうされているのが、うらやましくなったせいもありますし。
ただし、整頓が面倒くさそう……。

話を戻しましょう。
可愛くて、丁寧に描かれた人形さんたちが並んでいるので、ズームして見ていきましょう。

2005_Praha_InsideShop2_zoom1

白雪姫。なんだか態度がでかそうに感じます……。
バンビがスカートの模様になってしまっています。

お隣の2人は、やはりロシア娘ってかんじですよね。

2005_Praha_InsideShop2_zoom2

真ん中の子は花束を抱えているのかな。

頭には、半円形の豪華なかぶりもの。「ココーシュニク」といいます。
形は違いますが、3人ともかぶっています。

ココーシュニクは、ロシアの民族衣装でしょう。
だから、これら、チェコ土産というよりは、ロシア土産ですよねぇ。

ちなみに、マトリョーシュカの女の子のほっかむりは、「バブーシュカ」というそうです。
ウェストがないジャンバー・スカート状の服は、「サラファン」。
ちょっくら調べちゃいましたよ。

こちらも豪華なロシア人形たちです。

2005_Praha_InsideShop2_zoom3

手にカゴを提げていたり、フタ付の皿を捧げている子もいますね。

2005_Praha_InsideShop2_zoom4

真ん中の子、バブーシュカを頭にかぶっていますね。

キノコのような形の置物もあります。オオカミの絵が描かれていますけれど。
隠れている側には、もしかしたら赤ずきんちゃんか、7匹の子ヤギの家が描かれているかもしれません。
森の中だから、赤ずきんちゃん説の方が優勢かな。

このキノコの形は可愛いんですけど、私だったら、プラハ土産としてわざわざ買わないなぁ。
ロシアでなら買ってますけど。
ただし、ディズニーの絵柄などではなく、キノコの笠の部分が赤い帽子て、白い髭を生やした、可愛いおじいさんの人形です。二等身……いや、1.5等身!? ほとんど顔だけで、胴体が申し訳程度に描かれています。

あれれ。
プラハの店内写真を紹介しているのに、なんだかすっかりロシアの話になってしまいました。

次回は、2005年の旅行から、「旅先の博物館シリーズ」を開始したいと思います。

旅先でお邪魔した店内シリーズ(11)――ワルシャワのお土産の露店と子供専門用品店Smyk

「こじつけ」店内シリーズ、続けまーす。
なにしろ露店ですからね。
ああ、でも、1ヶ所は、ちゃんと店内があります。

今回は、表題通り、ワルシャワです。

ワルシャワといえば、第二次世界大戦の最中のワルシャワ市民蜂起に対し、ナチス・ドイツ軍によって報復として徹底的に破壊されてしまった街です。

ロマン・ポランスキーの映画「戦場のピアニスト」の最後の方にでてきます。
主人公が廃墟ビルに隠れ住んでいるときに、外の世界では、その蜂起とドイツ軍の報復が展開していました。
そしてドイツ軍が引き上げた後の瓦礫の街の姿も。

また、ワルシャワの旧市街地区の中心、旧市街市場広場に面した歴史博物館にも、当時の破壊の有様の写真が展示されています。
博物館で上映されている15分ほどの映画も見ました。そんな瓦礫の中から、人々が立ち上がる姿のドキュメンタリ映画でした。
まるで砂場の砂山のように積みあがった瓦礫。人々はスコップでそれをすくって、道を空けたり、残っているものを掘り出していました。
あの瓦礫の山が住み慣れた家や街の惨状だと思うと、どんなにか哀しかったことでしょう。想像がつきません。

今のワルシャワは、大部分が戦後新たに作り直された現代都市となっていますが、旧市街地区については、ワルシャワっ子の不屈の努力で、旧市街と呼ばれるにふさわしい姿に再現されています。
その際には、18世紀のヴェネチア風景画家カナレットやその甥のベルナルド・ベロットの絵などが重要な資料とされたそうです。
その絵画も、歴史博物館に一室コーナーを設けて展示されています。

ちなみに、この甥のベルナルド・ベロット。彼もカナレットと呼ばれることがあり、おじのカナレットと作品も多く混同されてきたみたいです。ややこしい。
資料としてより参考にされたのは、有名なおじの方ではなく、むしろベルナルド・ベロットの絵画のようです。

ただ、ワルシャワは首都なだけに、広いですからね。
いや、ポーランドの他の観光都市も、行政区分から言えば決して狭くはないのでしょうが、さすがに首都は、観光客を惹きつける博物館などの見どころが、旧市街地区だけでなく、広い範囲に散在しています。
なので、旧市街地区は、余計にとても狭く感じられてしまいました。

しかし、その狭いエリアに、観光客にとっての魅力が凝縮されています。
そのエリアの外に出てしまったら、いにしえの街並みを楽しむことはできません。
それに、土産屋の露店や青空ギャラリーがひしめいていますから、歩いていて楽しいです。

というわけで、今回、ワルシャワで撮った写真をご紹介できるわけです。
露店の写真を2つ。可愛らしい民芸品を売っていたお店です。

なにしろ、フォークアートが可愛いらしい、というのが、私がポーランドを旅行したいと思った最初のきっかけでなのです。写真を撮らずにはいられません。

でも、実は、私が漠然と思い浮かべていたのは、フォークアートといっても、民芸品や民族衣装のような伝統的なものだけではなく、現代の日用品も店頭の商品も商業デザインも、さらにはちょっとしたデコレーションやアレンジなど、生活全般の中にある「アート」という広い範囲で考えていました。
ただし、その中で、民芸品の可愛らしさはわかりやすいです。どう可愛いかって紹介するにはちょうどよいです。

本当は、一番撮りたかったのは、ワルシャワの民族博物館に展示されていたフォークアートなんですけどねぇ。
撮れなかった代わりに、露店で同じようなものが売られていたので、撮っておいたというわけです。

あっ、そういえば、博物館の展示はダメでも、併設されたギフトショップで写真を撮ることは可能だったでしょう。なんで思いつかなかったのかな~っ!
そこで買い物してますからね。写真を撮りたい、と言っても、嫌な顔をされることはなかったでしょうに。店員さんも、愛想良かったですし。

この辺りでいい加減に写真に移りましょう。

まずは、ヴァルヴァカン門の近くのお土産の露店で撮った写真です。
お店に焦点を当てるために、トリミングしています。

2005_Warszawa_stand1

ぜひ写真に撮っておきたい!──と目を引いた売り物をズームしていきましょう。
まずは民族衣装の人形。

2005_Warszawa_stand1_zoom1

可愛いですね。
人形の顔も、昔からある顔っぽいです。どこかなつかしいかんじがします。

東欧となると民族衣装はあいにくほとんど見分けがつかないのですが、この子たちのこういう衣装は、ポーランドで売られているから、ポーランドの民族衣装っぽいのでしょう。(そりゃそーだ!)

でも、花輪をつけた黒い帽子の男の子、なんかアルプスの方……オーストリアとかスイスとかの衣装っぽい気がしてしまいます。
やっぱり、見分けがつけられてないってことでしょうね。

ワルシャワの民俗博物館の展示からすると、ポーランドの民族衣装は、縦縞ものが多かったです。
写真の人形の女の子たちのスカート部分に注目すると、エプロンはカラフルな縦縞で、その下のスカートは、黒地に鮮やかな花模様のようです。

民族衣装の可愛らしさに惹かれるのなら、一つくらい買ってきても良かったのですが……うーん、実は我が家には、その昔、初めて一人で旅行したときに、オランダとベルギーで買った民族人形が3人いるので、躊躇してしまいました。
というより、海外旅行のたびにこまごました飾り物を買って帰るものだから、狭い家の中、もう飾るところがない……。

次は、こちらに焦点を当ててみましょう。刺繍です。

2005_Warszawa_stand1_zoom2

黒地に水色や赤い花が描かれたやつは、実は帯のようなものです。
この写真だと、カバンの模様のように見えてしまうかもしれませんが、単にカバンの上に乗っかっているだけです。
また、水色の花柄のものと、赤い花柄のものは、それぞれ別々のもので、並んで垂れ下がっているだけです。

同じ刺繍で、バッグや巾着もあります。

ワルシャワ民族博物館のギフトショップでは、赤い花の巾着を一つ買いました。
帯の方が花もたくさんで華やかだったのですが、うーん、それに似合う服がワードローブには思い当たらず、着こなす自信もなかったので、やめておきました。

素敵な花模様のショールもありました。そのギフトショップにもこのお店にも。
このお店では、黄色の地に花模様のショールがチラッと見えています。

次はこちら。

2005_Warszawa_stand1_zoom3

さっきの花の刺繍の巾着も入れてみました。
花柄のショールが、下敷きになってますね。
民族人形の一部と、全頁カラー写真の「Warszawa(ワルシャワ)」本があります。
それから、なんかハート型の可愛いものもあります。
ちゃんとWarszawaと刺繍が入っています。
都市名が入った小物はよくありますが、こういうのはちょっと珍しい気がします。あるいは単に私が目にしてなかっただけかな。

次のお土産の露店は、旧王宮のそばの、城壁跡のところにありました。

2005_Warszawa_stand2

写真の奥の、王宮に近い方の露店では、アクセサリーが売られていました。安くて面白いデザインでしたので、ちゃっかり買っています、シルバー・リングを2つ@

写真のターゲットにした露店をズームします。

2005_Warszawa_stand2_zoom1

これは、とうもろこしの皮でできた、とうもろこし人形たちです。

いやぁ、可愛くって、可愛くって、買っちゃおうかと思いましたが……壊れやすそうなので、無事に持ち帰る自信なくて、というか、パッキングが面倒でやめました。
とうもろこしの皮で出来た人形自体は、別にポーランドだけのフォークアートではないので、ま、いいや、とすぐにあきらめられました。
代わりにこうして写真も撮ったことですし。

もっとも、とうろこし人形自体は世界のあちこちで見られる民芸品であっても、どんなものが作られているか、というところは、お国柄を反映しているものですよね。
ポーランドのフォークアートが可愛い!と言われのも、とても納得できる可愛らしさです。

いくつかズームします。

2005_Warszawa_stand2_zoom2

右のお日様ちゃんは、一番目を引きました。
ん? 星かな?───いやいや、お日様ですよね。
真ん中には、白い、お化けちゃんみたいな人形。
左端の女の子のスカートは、ポーランドっぽい気がします@

2005_Warszawa_stand2_zoom3

赤頭巾ちゃん、こんにちわーっ。
垂れ目が、なんともいえないです。

2005_Warszawa_stand2_zoom4

これは……。

次は、露店ではなく、まぎれもなく店内の写真です。
子供用品専門店です。ワルシャワの中央駅の正面を通るイェロゾムリスキェ大通り沿いにありました。

2005_Warszawa_SMYK_Orbis

この写真の一番奥の建物です。

2005_Warszawa_SMYK_Orbis_zoom

手前にある、てっぺんに地球儀が乗っかっている建物は、ポーランド全国に支店がある旅行会社Orbis(オルビス)本店だと思います。
少なくとも、この地球儀は、オルビスのマークなのです。

オルビスには、鉄道の列車の予約や切符を買ったり、クラクフではアウシュヴッツ行きの現地ツアーを申し込んだり、とあちこちでお世話になりましたが、そのため、地球儀マークには見慣れていました。
それが、こんな風に建物のてっぺんにドドーンとあるのを見て、思わず吹き出しそうになりましたっけ。

でも、でかでかと電光掲示の宣伝があるよりは、ずっとお洒落かなぁ。むしろ少し古臭いところが、かえってお洒落に感じられるのかもしれません。

店の名前は、SMYKというようです。「スミーク」と読むのかな。
建物の最上階の角のところに、「S」「M」「Y」「K」と1枚1枚カラフルな文字プレートが掲げられているのですが、さきほどの写真ではちょっとぼやけてしまって、文字まで判別できませんね。

このイェロゾムリスキェ大通りは、ホテルから旧市街地区やら国立博物館やらに向かうために何度も通りました。そのたびに、この店は気になっていました。
可愛いもの好きの私は、おもちゃ売り場を見るのも好きなのです。

ポーランドではどんなおもちゃが売られているのでしょう。
そういう好奇心と、幼い甥っ子のお土産を物色するために入ってみました。
結局買ったのは、大人向けのお土産でしたけれど。1つは自分用に、1つはピアノの先生用に。

SMYKは、4階ありました。
1階はテディベアっぽいクマのコレクションがたくさんありました。
3階あたりが、たしかゲームとかプラモデルがずらりで、最上階は子供服やベビーカー等が売られていた覚えがあります。
2階がおもちゃやぬいぐるみ売り場でした。

いろいろ写真を撮りたかったですが、フィルムの残りが少なかったので、買ったものが陳列されているところを撮りました。

2005_Warszawa_SMYK

これ、たぶん、ドイツ騎士団の人形じゃないかしら。
と思ったけれど、箱の説明を読む限りでは、別にドイツ騎士団というわけでなく、ヨーロッパ中世の人形のようでした。
Schleich社の製品です。

ズームします。
まずは、買った人形たちがいるあたりから。

2005_Warszawa_SMYK_zoom1

買ったのは、騎馬人形です。だって一番、派手で、見栄えがしそうでしょ?

黒騎士は、箱の解説によると、悪玉ではなく、むしろ善玉だそうです。わざわざそう書かれてあるのは、誤解を招くからかな。
赤騎士の方は、いちいちそんな断りを入れてませんもの。

まぁ、十字が描かれた盾を持つ騎士が、悪役……ってことは、ないでしょうね、やっぱ。

この黒騎士も赤騎士も、本人の1.5倍はありそうな槍を持っています。
黒騎士は垂直に、赤騎士は水平に突き出すように。
黒騎士も赤騎士も、馬が後足で立ちあがっているバージョンもあります。
どちらを買おうか迷ったのですが、槍を持たせた方が、派手で見栄えがしそうだということで決めました。

2005_Warszawa_SMYK_zoom2

バイキングのような兜の騎馬人形と、歩兵で、短刀を持っているのかな?
それから、お姫様。

2005_Warszawa_SMYK_zoom3

赤い騎馬人形ですが、こちらの騎士は3つの百合の紋章の盾を持っています。これも買ったやつです。
それから、白字に十字の服の歩兵。

ところで、これを書いているときに、Schleich社のHPを見つけました。
GmbHと続くので、ドイツの会社ですね。
これは英語ページです。
http://www.schleich-s.de/static/englisch/index.php?lang=2&SID

いやいや、箱の説明からして、まず最初にドイツ語が来ているので、ドイツの会社と見当はついていましたけれど。

おお、あのスマーフ人形を作っている会社でしたか。どおりで、どっかで聞いたような会社だなぁと思いました@
http://www.schleich-s.de/static/englisch/programm/schlumpf/index_sch.php?lang=2&SID

「Historic Figures」のカテゴリーに、この中世人形たちの写真もありました。
もちろん、騎士の人形を紹介しているページもありました。
http://www.schleich-s.de/static/englisch/programm/ritter/index.php?lang=2&SID

HP紹介はURLを貼り付けで、はしょってしまいました@
ちゃんとタグを書いてリンクするようにした方が見栄えがいいでしょうけど……なかなか覚えなくっていけませんな。
HPの開設は、夢のまた夢です。

次回は、プラハに戻ります。
この店内シリーズは、2005年度の旅行の写真はポーランド部分のクラクフから始めましたが、アルバムをひっくり返したら、プラハで撮った写真があったのを思い出しましたので、それをご紹介したいと思います。

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