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2001年秋 ドイツ旅行:ベルリン~ミュンヘン縦断18日間

旅先のおみやげシリーズその15──ドイツで買ったもの

一週間に一回は記事をアップしようと思っているのですが、ここのところとどこおりがちです。

10月に今年の旅行を予定していて、8月になったらオンラインでホテル検索を始めよう!と思っていたため、ネットアクセスできる時間がホテルを始めとする旅行情報検索で始終しているせいもありますが……一番の原因は、いっぺんに紹介しようと思うからですねぇ。

ブログの日記性やネットの特性を考えたら、少しずつでもこまめにアップする方がいいとわかっちゃいるんですけど~。
まあ、いいや@

というわけで、前回のロシアで買ったものも盛りだくさんでしたが、今回も盛りだくさんです。
写真は17枚もあります@

といっても、同じものをアングルを変えて撮ったり、接写したりしているうちにこの枚数になってしまったので、モノが多いかというと、うーん。

ただし、今回のドイツで買ったものは、2001年と2002年の2回の旅行を対象にしています。
日程にして計38日。
少ないはずがありません@

ドイツのお土産といえば、私にとってすぐに思い浮かぶのはおもちゃです。
実際に買う買わないは別にしても、おもちゃ博物館におもちゃ屋さんを積極的に覗きました。
行く前に、「ドイツおもちゃの国の物語」(東京書籍。川西芙沙・文/一志敦子・絵)も読みました。

でも実際に、写真を撮るために家中からドイツで買ったものをかき集めてみたら……意外なことに、アクセサリーが多かったです。
なぜ意外かというと、ドイツのアクセサリーって、ほら、素朴っていうか、シンプルというか、悪く言うとどこか無骨なかんじがなきにしもあらずですから(独断と偏見が入ってますので、あしからず@)、そうほいほい買わないと思っていたんです。
でも、38日間はやはり大きかったですわ@

写真がいっぱいあって、その説明文も長くなるので、今回はドイツへの思いなどを前書きでつらつら書いたりせずに、早速、本題に入りましょう。

でもやっぱりその前に、訪れた都市の羅列だけはしておきたいと思います。

<2001年秋のドイツ縦断旅行18日間>
ベルリン(再訪)→ポツダム→ドレスデン→ニュルンベルク(&日帰りでヴュルツブルク、バンベルク)→アウグスブルク(再訪)→フュッセン→ヴィース教会→ミュンヘン(再訪)

<2002年秋のドイツ横断旅行20日間>
ベルリン(再訪)→ハノーファー(&日帰りでブラウンシュヴァイク、ヒルデスハイム)→カッセル(&日帰りでハン・ミュンデン)→フランクフルト(&日帰りでローテンブルク、イーダー・オーバーシュタイン、マインツ)

2001年の行き先に再訪とあるのは、ドイツは、1989年と1991年のヨーロッパ旅行の際にもドイツを訪れているためです。
今回ご紹介するお土産は、1989年と1991年のものはありませんが、それぞれの旅行で訪れたドイツの都市は列挙しましょう。

<1989年春のヨーロッパ旅行30日間のうちのドイツ>
レーゲンスブルク、アウグスブルク、ウルム、ノイシュヴァンシュタイン城(アウグスブルクからフュッセン経由で日帰り)、ケルン、西ベルリン、東ベルリン(ベルリンの壁が崩壊する前でしたからね)

<1991年秋のヨーロッパ美術紀行25日間のうちのドイツ>
ケルン(再訪)、リューベック、ハンブルグ、ミュンヘン、レーゲンスブルク(再訪)

ドイツは観光魅力が首都偏重でなく、珠玉のような町があちこちに散在していますが、こうやって振り返ってみても、気に入ったところ、観光し足りないと思ったところは再訪する、という、我ながら、なかなかに贅沢な旅程の組み方をしています@

では、そのうち2001年と2002年の旅行で買ったお土産の紹介、と参りましょう。

ちなみに、今回は旅行ノートをちゃんとひっくり返しましたので、値段もご紹介します。

2001年度はまだドイツ・マルクでした。1DM=55~56円くらいで換算しています。
2002年からついにユーロの導入です。でも当時の換算レートは、1Euro=約120円です。

20012_germany_gifts01

配置が楽しくて、ぎっしり並べてしまいました@
ところが、この中で目立つものは、ドイツで買ったものではなく、日本で買ったものだったりするんですよねぇ。
純粋にドイツで買ったものだけを並べると、きっともっと地味になります(笑)。

まず、フクロウの額縁。これは木象嵌の絵なのです。
自然の木の色や木目を生かし、木をはめ込んで作られた絵なのです。
箱根・小田原地方に伝わる伝統工芸で、約100年の歴史があるそうです。
作者は高橋貞夫さん。

思いっきりジャパニーズです@

それから、小箱の左隣と写真の中央とその左隣にある石の結晶も、日本で買いました。鉱物化石フェアで買ったものです。
私の中で眠っていた石好きの気持ちを再びよみがえらせたきっかけが、ミュンヘンのニンフェンブルク宮の庭園内にあった自然博物館だったので、その縁から、ドイツで買ったものの写真の中に入れたくなりました。

小箱の左隣は、紫水晶です。水晶の中でも紫水晶は大きな結晶に成長しやすいです。自然博物館の鉱物コーナーではよく見かけますし、あるいはどこぞのビルや店のレセプションのようなところに、巨大な紫水晶が飾られたりしているのを目にすることがあるでしょう。

中央の結晶は、アポフィライト(魚眼石)です。
名前くらい知っていましたが、ウンチクはこの際横において、見た目が気に入ったし、お値段も安かったので買いました@

アポティライトの左隣は、ダグウェイ(Dugway)という鉱石です。
内側にびっしりと微小な水晶が生えていて、ミクロのキラキラな世界が広がっています。無骨な外側からとのギャップが面白い石です。

花柄の敷物は、ハンガリーのカロチャ刺繍。

以上がドイツ以外で買ったものです。
残りが、ドイツで買ったものです。

同じ小物たちを対象に、背景と配置を変えて、もう一枚写真を撮りました。

20012_germany_gifts02

今度の背景の写真は、ドイツです。お気に入りの写真を2Lサイズに焼増ししました。
ドイツらしい木組みの家が見られますでしょ@
どちらもハン・ミュンデンで撮りました。

これら2枚の写真に登場したドイツのお土産ですが、まずは右端の丸い木箱は、ローテンブルクで買いました。フタの裏には、その場で名前を焼き付けてもらいました。
お値段は16ユーロ。
当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約1,920円です。

ローテンブルクはフランクフルクから現地ツアーで出かけました。
この小箱、実はそのときに案内された、リースリング・ワインのお店で買いました。

ワインの店で、ワインを買わずに木の小箱@

だって瓶モノは重いですもの。
買うとしたら最終日か、最後の空港で、って決めてましたから。
でも、試飲したリースリング・ワインは甘くて口あたりがよくてとっても美味しくて、1本くらい買ってしまおうかなぁという誘惑にかられそうになりました。

真ん中にあるミニチュア食器は、買ったところは思い出せません~。
当時の旅行ノートをひっくり返したのですが、メモが見あたらず。
ただし、こういうのがたくさんあるお店は、店内を見て回るだけでもとても楽しかったことは覚えています。

手前の三つの丸いのは磁石です。フランクフルトで、ドイツらしい図柄のものを、ばら撒き用のお土産としてたくさん買っておきましたが、そのうちこれらが手元に残りました。
とはいえ、ドイツらしい図柄、と思った磁石ですが、建物といい、鷲の紋章といい、むしろフランクフルト限定かもしれませんね。
ま、それもドイツには変わりないですけど@

お値段は、1つ4.50ユーロ。
当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約540円です。

次は、ドイツで買ったものを盛りだくさんにファインダーに収めてみました。
ワン・ポイント・ジャパニーズもちゃんとあります@

20012_germany_gifts03

もっとばらけて撮った写真もありますので、説明はそちらで。

ちなみに、敷物にしているのは、友人からもらったベトナム土産です。布製のコースターです。
そして、ワン・ポイント・ジャパニーズは……さあて、どれでしょう@

20012_germany_gifts04

この写真には、さっきの盛りだくさんに入れ損ねたものが一点加わっています。

左端にいる、サンタクロースは、Rauchermann、すなわち喫煙人形です。
このサンタさん、中にお香(あるいはそんなようなもの)を入れるところがあって、口から煙が出てくる仕組みになっているのです。

このサンタさんは、ドレスデンの路上の土産屋で買いました。
かの有名な、「君主の行進」の壁画に近いところで店を構えていました。
お値段は15.70ドイツ・マルク。
当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約864円となります。

隣のクリスマスの木の飾りも、ドレスデンで買いました。今度は路上ではなく、おもちゃや木細工などがたくさん売られた専門の店で買いました。
大半がクリスマスの飾りでした。
ドレスデンに行ったのは9月でしたが、すでにクリスマス・グッズのセールが始まっていました。
前年度のものが少し安売りされていたようです。
お値段は48ドイツ・マルク。セール価格です。
当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約2,640円となります。

背景にぶら下がっているのは、ステンレス製かしら。錫かしら。
こういう浮彫チックな壁飾りです。
ニュルンベルクの中世職人広場のお土産屋で見つけました。ちょっと重かったのですが、とても気に入ったので、重量はこの際、目をつぶることにしました。

右端のパトカー。これはワン・ポイント・ジャパニーズではなく、れっきとしたドイツ土産です@
まあ、このSikuのミニカー・シリーズが日本のデパートのおもちゃ売り場にいくらでもあることを知ったのは、帰国した後でしたけれど……。
でも、ほら、警察という文字はちゃぁんとドイツ語でPOLIZEIと書いてあります。

お値段は、2.99ユーロ。3ユーロと言い切らない値段のつけ方に、売り手の世界共通の小技を感じます@
当時のレート(1Euro=約120円)で円換算し、端数を切り上げると、約360円となります。

Sikuシリーズのミニカーはいろいろありましたが、この警察のバンに惹かれたのは、何日か前にたくさん目にしからです。
実は、2度目のベルリンの時ですが、首相か誰かの選挙期間と重なっていました。
ベルリンのツォー駅近く、オイローパーセンターのすぐそばに、候補者の演説会場のようなものが準備されていました。
その周りを、たくさんの警察のバンが囲んでしました。
へぇ~っ、こっちのパトカーって、白地に緑か。爽やかな色彩~っ!
って印象に残りました。
それで、次の町、ハノーバー駅構内の店でこのおもちゃを見かけて、つい、記念に欲しくなってしまったんですね@
同じものを当時2才になる甥にも買ってあげました。

ちなみに、この写真の中でワン・ポイント・ジャパニーズは、そのパトカーの上に乗っかっているおじいさん顔のペンダントです。
おじいさん妖精、みたいなものかなぁ。
でも、可愛いでしょ@

次は、もっとすっきりとした写真です。

20012_germany_gifts05

サンタさんは、こんな風に白い基部が外れるようになっています。真ん中のステンレスっぽいところに、お香のようなものを乗せます。
やったこと、ないですけど。

右のくるみ割り人形。これは確かドイツで買ったと思ったのですが、どの都市で買ったか忘れました~@
旅行ノートをひっくり返してもでてきませんでした。
ひょっとして翌年2003年のオーストリア旅行のときに買ったものだったかしら。

次の写真は、ニュルンベルクのステンレス製の壁飾りを近くで撮影したものです。
それにアクセサリーを添えてみました。

20012_germany_gifts06

おわかりでしょうか、実はこの飾りは四季を描いているんですね。
手のひらを広げたくらい大きさです。これより大きいのも小さいのもありましたが、中くらいのものを買いました。

お値段は72ドイツ・マルク。
当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約3,960円です。

この図柄がもっとよく分かるように撮った写真をご紹介しましょう。

20012_germany_gifts07

まずは、春の図柄です。
野や木々に花がいっぱいです。

赤いハートのチョーカータイプのペンダント(クリスタルガラス付)は、ドレスデンで滞在したホテルのギフトショップで買いました。
正確には、レセプションの入口近くに、ギフトショップではこういうのがあるよ、とケースに展示されていたものを、レセプションの人にお願いして出してもらったのです@
お値段は、57ドイツ・マルク。
当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約3,135円です。

黒に白い模様が入っているのは、石のペンダントです。
石は、スノーフレーク・オブシディアンといいます。
和名が黒曜石であるオブシテディアンに、雪片(スノーフレーク)のような白い模様が入っているためについた名前です。
お値段は、2ユーロ。
当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約240円です。
黒曜石自体、それほど高価な石ではありませんが、これは店の外に陳列された商品で、プレートにじゃらじゃらと入っていたものなので、安いです。

この石は、イーダーオーバーシュタインという町で買いました。フランクフルト・アム・マインから日帰りで行けます。
もともとはイーダーとオーバーシュタインという2つの町が合併して出来た町です。かつてアゲート(メノウ)の有名な産地であり、ほとんど採れなくなった後でも、カッティング技術で栄えました。
現在でも装飾デザイン高等学校あり、中央宝石学養成所があり。
また「ダイヤモンド宝石取引所」には世界中のバイヤーが集まる、宝石の集積地でもあります。日程さえあえば、そこの見本市に行ってみたかった~。

しかし、なんといってもこの町の目当ては、宝石博物館ですっ!
イーダーとオーバーシュタインそれぞれにありました~!!
また、博物館のそばのとある通りは、ずらりと鉱物・宝石専門店が並んでいました。
言うなれば、「鉱石通り」ってかんじでした~~@
この石のペンダントは、その中の1つで買いました。

20012_germany_gifts08

次は、夏の図柄です。
ヒマワリと太陽が目立ちます。

一緒に写したアクセサリーは、どれもイーダーオーバーシュタインで買ったものです。

内側の空洞に微少な水晶が張り付いているアゲートを輪切りにして、アクセサリーに仕立てたものです。
黒っぽい方のペンダントのその空洞には小さな水晶の柱が、白っぽい方のペンダントのその空洞には黒いトルマリンの結晶の柱が接着されています。人工的にね。

こういうアクセサリー、ドイツで、あるいはイーダーオーバーシュタインではよくあるみたいです。
というのも、その後、東京池袋で開催された東京ミネラルフェアの会場で、ドイツからやってきた業者がほぼ毎年、この手のアクセサリーを売っていましたから。

お値段は、どちらも8ユーロ。
当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約960円です。

20012_germany_gifts09

次は、秋の図柄です。
リンゴとブドウ。
ひょろ長い黄色い果物は、ナシかな。

一緒に写したのは、アクセサリーが3つと、コイン。

下から、ラピスラズリのペンダントトップ。
フランクフルトののみの市っぽいところで買いました。

ラピスラズリの深い青色は大好きです。
ラピスラズリの中でも、金粉のように見える黄鉄鉱がちりばめられているものの方が人気があり、高価です。

その基準からすると、これはほぼ青一色、しかも、のみの市のようなところだったのでそんなに高くありません。
12ユーロ(当時のレートで1Euro=約120円とすると、約1,440円)だったのを、2つ買ったので1個9ユーロ(約1,080円)に負けてもらいました。
でも、最近、1つ、なくしてしまいました~。シクシク。

その上は、シルバーリングを2つ、重ねておきましたが、わからりづらくなってしまったので、また別の写真で改めて撮り直しました。

その上のコインは、イーダーオーバーシュタインの小物の石のアクセサリーをいくつかまとめて買ったお店で、おまけとしてもらったものです。
これもまた、別の写真で改めて紹介しましょう@

20012_germany_gifts10

最後に、冬の図柄です。
サンタさんとトナカイがいます。
と思ったのですが、よく見ると違いますね。
男の子は、サンタさんにしては、髭はないし、若すぎます。
なにより、青いマフラー、青い手袋、青いズボンが、サンタらしくないですよね。
でも、これらの青、なかなかのチャームポイント@
動物たちも、トナカイにしては……角がなかったですわ。

一緒に写したアクセサリーは、緑がマラカイト(クジャク石)のペンダントトップ。
イーダーオーバーシュタインで買いました。
16ユーロ(当時のレートで1Euro=約120円とすると、約1,920円)。

マラカイトは、結晶がブドウのように、あるいは腎臓のような形で成長する石です。
巨大な結晶もがとれます。
緑は鉱物の成分そのものからの色(自色)であり、粉にしても色が変わらないので、ラピスラズリ同様、顔料にも使われました。
マラカイトをふんだんに使った絵画だの建築物だの装飾を目にしたことがあります。建物や装飾では、この特徴的な縞々模様がよく活かされていました。

腎臓の形そのままのマラカイトを見たのは、イーダーオーバーシュタインの宝石博物館が初めてでした。
本当に、巨大な腎臓みたいなんです。
あるいは、火山のマグマの水泡が水面にぼこほごと浮かんでいるところを思い浮かべてください。
マラカイトの結晶は、あれを緑にして、瞬間的に固めたようなものなのです。
初めて見たときは、気持ち悪くて、衝撃的でした~@
あのぼこぼこの断面が、黒と緑のきれいな縞模様を作るのですけどね。

シルバーのペンダントトップと指輪は、おそろいです。
これはドレスデンのシルバージュエリーショップで買いました。
クリスタルガラス付です。
なんだかとてもドイツらしいデザインに思えて、気に入りました。

指輪は110ドイツ・マルク。
当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約6,050円。
ペンダントトップは145ドイツ・マルク。
約7,975円です。

ペンダントは、シルバーのチョーカーもついていた分、少し高めです。
ただし、そのチョーカー、全くコーティングがされていないのです。
なのですぐに酸化して真っ黒になってしまいます。
つける前には毎度、シルバー磨きのくっさ~い液体に浸して洗わなくてはならならず、面倒くさいです。
指輪やペンダントトップ部分は、デザインの必要性からコーティングされているらしく、問題ないんですけどね。

次の写真では、アクセサリーをずらっと並べてみました@

20012_germany_gifts11

ビーズのネックレスは、一応、限定品だと思います。
フュッセンのノイシュバンシュタイン・ミュージカル・シアターのギフトショップで買いました。
2001年のドイツ旅行のハイライトの1つ、ミュージカル「ルードヴィッヒ2世」を鑑賞しに行ったときのものです。
金の部分は、向き合う二羽の白鳥をあしらったものです。
このデザインが、ミュージカル「ルードヴィッヒ2世」のシンボルでもありました。

このネックレス、ショーケース越しで、とてもきらきらして見えました。
値段は57ドイツ・マルク。当時のレート(1DM=約55円)で円換算しても、約3,150円。
アクセサリーとしては安い部類に入ります。
このときの私には、ずっと見たいと思っていたミュージカル劇場にいる、という高揚感もありました。
しかも、実は風邪をひいてしまって、微熱がありました。
そんな熱に浮かされているうちは良かったのですが……よく見たら、やっぱり安物ってかんじでした。
というか、お値段どおりってところですね。このミュージカルのためのものということで、著作権料のようなものが加算されているかもしれませんけれど。
でも、まあ、遠目には、そんな安物に見えないから、OKね~っ。

次に目立つ赤っぽいペンダントトップと指輪は、実はドイツ土産ではなく、日本で開催された東京ミネラルフェアの会場で買ったものです。
ただし、制作者はドイツ人なので、入れてみました@
タヒチで活躍している人らしく、ドイツ人の実直性に、タヒチの開放感が加わり、豊富なジュエリー素材を使った、独特なジュエリーになっているのではないかと思います@
繊細とは言うには厳しい大ぶりなデザインだけれど、どこか面白いの@
ちなみに、赤い部分は、コーラル(珊瑚)です。
コーティングされているから、アクセサリーとしても扱いやすいです。

他は、ドイツで買ったシルバーリングが3つと、イーダーオーバーシュタインのコインです。
シルバーリング、これでも見づらいですが、とりあえず説明を。

一番手前が、ドレスデンで買ったクリスタルガラス付のやつ。
二番目が、フュッセンのシルバージュエリーショップで買ったものです。絵文字チックな模様が刻まれています。
45ドイツ・マルク。当時のレート(1DM=約55円)で円換算すると、約2,475円です。

赤いコーラル・リングの台になっているリングは、実はこれ、ムードリングというやつです。
イーダーオーバーシュタインで買いました。
指にはめると、体温で色が青から緑に変わる、不思議なリングです。
でも、カラーチェンジって、あんまりうまく写真に収めることができないので、こんな風に、コーラル・リングを引き立たせるための台にしてしまいました@
お値段は、4ユーロ。当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約480円です。

次の写真は、主役がなんだか、絵本の方になってしまいました@

20012_germany_gifts12

もともと、くるみわり人形と、黒と白の輪っかのペンダントを撮ろうと思ったのですが、背景に、一番最近買った絵本を使ってみたくなったのです。
だって、ぴよちゃん、可愛いんだもんっ!

絵本の上に乗せた輪っかのペンダントは、たしかベルリンのポツダム広場のアルカーデンというショッピングモールで買った気が……うーん、違ったかな。
ティーンエージャーが入りそうなおしゃれショップで買ったことは覚えています。
値段は7.95ユーロ。当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約954円です。
この安さとシンプルさが気に入っています@

Sikuシリーズのパトカーは、前にも書いたとおり、一応、ドイツで買ったものです。
その向こうのワンちゃんは日本の100円ショップで買ったストラップですけどね。

ちなみに絵本は、「ぴよちゃんとひまわり」いりやまさとし作・絵
です。

次は、イーダーオーバーシュタインでもらったコインに焦点を当ててみました。

20012_germany_gifts13

市の紋章と思われるデザインの周りには、
Idar-Obersteiner Chip
Parken und mehr
と書かれてあります。

ん?
Parkenって、駐車するって意味では……!?

一緒に写っているのは、スノーフレーク・オブシディアンのペンダントトップです。

イーダーオーバーシュタインのコインを裏返すと、こうなります。

20012_germany_gifts14

水車小屋みたいなのがわかりますかしら。

イーダーオーバーシュタインはアゲート(メノウ)の研磨で発展した町ですが、その当時の研磨の動力源は、水だったのです。
このように水車のある小屋の中で、水力で動く研磨機で研磨していました。
いまはほとんど使われていません。
でも、その様子を再現させた、ちょっとした明治村みたいなところに行って、見学してきました。

一緒に撮ったシルバーリングは、フュッセンで買ったものです。
絵文字っぽい模様が、少しはわかりますかしら。

次は、クリスマスの木の飾り、再び登場です~!
それからSikuのパトカーも。

20012_germany_gifts15

これを撮りたかった一番の理由は、背景に、このドイツで撮った写真を使いたかったからですねぇ。
ベルリンの、コーミッシュ・オーパー(喜劇オペラ座)の隣の、アート系の家具やグッズが売られているショーウィンドウです。
このブログのショーウィンドウ特集で、前に一度紹介しましたけどね@
こうやって、写真の写真を撮るのも、なかなか楽しいものです。

次の写真も、アクセサリーです。
まだ写しそびれたアクセサリーがありました。

20012_germany_gifts16

でも、この中で一番目立つシルバーチョーカーは、日本で買ったものです。
JR池袋駅構内でドイツフェアをやっていたときに、ドイツ旅行から帰ってきたばかりの私はふらふらと引き寄せられてしまいました~@

鳩時計ペンダントは、ローテンブルクで買いました。
どこか、ローテンブルクらしいところがあるでしょうか?
いや、私にも見あたりません(笑)。
でも、なんか妙に気に入ったので買ったのです。
こんな風にこまこまと、ついつい無駄遣いをしてしまう私。
って言っても、気に入ったんだからいいじゃん~~!
旅先は財布の紐が緩みます。

ただ、この時計(ちゃんと動きますよ@)、時計盤が上下逆なのです。
おそらく、ペンダントをした状態で持ち上げて見やすいように、わざと逆にしたのではないかと思います。失敗作ではなくってねっ!

お値段は29.50ユーロ。当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約3,540円です。

左手前の白い布コースターの上にあるのは、エジプトの「オシリスの目」といわれるデザインのペンダント・トップです。
ベルリンのペルガモン博物館のギフトショップで買いました。
お値段は、33ユーロ。約3,960円です。この値段なので、金メッキでしょう。
でもポイントはやっぱり、このエジプチアンなデザインですよっ!

それから、時計の奥の青いケースの上にあるのは、ブドウのデザインのシルバー・ペンダント。これは特に気に入っている1つです。
ヒルデスハイムで買いました。世界遺産の大聖堂とミヒャエル教会がある町です。
といっても、町とアクセサリーはあんまり関係ないですね。

ただし、買ったときのエピソードはまだよく覚えています。
その日は、ハノーバーからブラウエンシュヴァイクとヒルデスハイム、1日で両方行こうとしたのですが、失敗したのは、日曜日に出かけたことです。
ハノーバーとブラウエンシュヴァイク、あるいはハノーバーとヒルデスハイムをつなぐ交通は頻繁にありました。日曜日でも、まあ本数があったと思います。
でも、ブラウエンシュヴァイクとヒルデスハイムをつなぐ交通は、もともと本数が少なかった上に、日曜日でしょう。

2002年の当時はまだ、行く前にインターネットで細かく時刻表を調べて行きませんでした……。せいぜい長距離路線だけ……。

おかげで、ブラウンエンシュヴァイク見学をすませた後、駅前でかなり時間をつぶすハメになりました。
そして、ヒルデスハイム行きは、遠回りするバスしかありませんでした。
ドイツの田舎町をゆっくり回れた、という点は良かったのですが……。

でもそのため、ヒルデスハイムに着いたときは、目当ての大聖堂もミヒャエル教会も閉まっていました。
傷心の私の目にとまったのが、旧市街にあったジュエリーショップのショーウィンドウの、このブドウです。

ちなみに、ヒルデスハイムの世界遺産の大聖堂とミヒャエル教会はあきらめたか、ですか?
幸い、まだあと1日、ハノーバーから日帰り旅行をしようと日程をあけていました。
ブレーメンあたりを予定していたのですが……ヒルデスハイムまでいったん足を延ばしておきながら、このハイライトの大聖堂とミヒャエル教会を見学しないなんてやはりバカらしいので、ブレーメンの方をやめて、ヒルデスハイムを再訪しました。
それにヒルデスハイムの旧市街の街並みは思ったより素敵だったので、旧市街をもう一度ゆっくり散策するのもいいなぁと思ったせいもあります。

写真は次で最後です。やっとです。いやぁ、長かったぁ@
さきほどのアクセサリーのうち、特にお気に入りを集めてもう一枚撮りました。

20012_germany_gifts17

まずは、ブドウのデザインのシルバー・ペンダント。
お値段は、50ユーロ。当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約6,000円です。

黒いケースに入ったリングは、実はドイツのものではないのです。本社がオーストリアにあるM.Frayというエナメル・デザイン・メーカーのものなのです。
初めて目にしたのは通販のカタログでした。日本で、です。
すっかり気に入っていたので通販で2つも買っています。
写真に写っているのは、もちろん、ドイツで買ったものです。
実はM.Frayのリングは、2003年のオーストリア旅行のとき、2004年の中欧旅行でのウィーン、それから2005年のチェコ(正確にはプラハの空港で)でも買っていたりします。あはは。

左側は、ブルー・ロータス(蓮)というデザインの指輪です。
これは実は、帰りのヒースロー空港で買いました。ドイツに行くのに、どちらも英国航空を利用したためです。厳密に言うと、ドイツで買ったことにはなりませんねぇ。
確か、大英博物館のギフトショップの関連ショップだったと思います。そういう美術館グッズばかり売っていました。

お値段は97.87ポンド。当時の換算レートは1ポンド=約196円でしたので、端数は切り上げて約19,182円です。
ええい、要するに約2万円です。

右側もロータス(蓮)のデザインの指輪です。
これは、ベルリンのエジプト博物館のギフトショップで買いました。
エジプチアンなデザインだからって、オーストリアのジュエリー・メーカーの物を置くなんてねっ!
おかげで私のような人が買ってしまうのです@

お値段は、120ユーロ。当時のレート(1Euro=約120円)で円換算すると、約14,400円です。

いやぁ、実はこの記事「ドイツで買ったもの」は、何日にも分けて書きました。
それくらいなら小分けに載せろ、って思わなくもなかったのですが、まだあと、オーストリアで買ったもの、ハンガリーで買ったもの、チェコで買ったもの、ポーランドで買ったものが残っています。
今年の秋の旅行に出発するまで、ぜひそこまでたどり着きたいと思ったもので、いっぺんに載せてしまいました@@
しかし、この調子で、はたして間に合うかなぁ。

写真による2004年夏の中欧旅行記(テルチその2)ザハリアーシュ広場

テルチ編2回目ですが、今度こそ写真だらけの記事になること請け合いです!
写真撮影散策を第一目的に掲げて訪れた街ですし、幸い、完璧とまでいかなくても、曇りの間に晴れ間がやってきて、写真を撮るにはかろうじて合格点な天気に恵まれましたから。

もともとこのシリーズ「写真のよる2004年夏の中欧旅行記」は、こんな文章を長々書く予定はなく、本当に写真中心で、それにカンタンに解説をつけるだけのつもりだったんですよ。

なにしろ、これとは別に、ちゃぁあんと旅行記を書いているんですもの。
旅先で詳細につづった日記を補足するような形で、ではありますが。
そっちの方が文章が長いの。
こんなにあちこち話は脇道にそれてなくて、一応、旅先で見てきたこと・感じたこと・考えたことをも体験順に書いていています。

ただ、そういったまとまった旅行記はブログには載せづらいので、それとは別に書くようになってしまったわけで。

なので、こっちのブログでの旅行記は、同時並行で進めている旅行記とは別に、わりと気ままに、本当に日記風に書いてます。
(本格的な旅行記の方は、現在、ニフティのワールドフォーラムの路地裏に掲載中@)

こういう風に別仕立てとして分けてしまえばいいや、と思ったら、とたんに、こちらはこちらでも書くことが長くなってしまって。

前置きはこのあたりにしておきましょう。

テルチのザハリアーシュ広場の写真と、ザハリアーシュ広場にある聖ヤコブ教会の塔から見下ろした写真を紹介します。
元の写真は10枚あって、それに適宜、ズーム写真を織り込んでいるため、全部で18枚もご紹介できます@
対比としてテルチ以外のおまけ写真も含めると23枚です。

テルチはザハリアーシュ広場だけでなく旧市街、というか歴史地区全体が、1992年にユネスコの世界遺産に登録されています。
ザハリアーシュ広場は、16世紀に火事で焼け落ちたあと、当時のザハリアーシュ市長の主導のもと、広場に面する建物はすべてルネサンス様式に建て替えられました。
今に残る美しい広場はその当時からのものだそうです。

ザハリアーシュ広場の説明はこのくらいにしておきましょう。

観光を始めたのはちょうど正午から。
最初は天気が曇りで、広場の写真をあまり撮る気にはならなかったのですが、ベンチで休んで日記を書いたり、こづかい帳をつけたりしているうちに日が射してきたため、それーっと撮りました。

一番自慢の写真は、前にも紹介したこの写真です。

テルチのザハリアーシュ広場

天は雨雲がもこもこで暗いのに、地上の家並みは日に照らされて明るい―――意図せずにできたこのコントラストが気に入っています。

また、私はファインダーに入る空や足元の余白を植物で埋めるのが好きなのですが、この写真も花壇の花を近影にうまく収めることができたので、なおさら、自慢の一枚なのです。

次の写真はザハリアーシュ広場の入口方面の写真です。

2004_Telc_Zacharias02

こうやって見ると広いですねぇ。
確かに長細く広い広場ではありましたが、これには多少、写真のマジックがかかっています。
こういう写真を完璧に鵜呑みにすると、「思ってたより小さいじゃん!」と第一印象がマイナスになるのです。
今回の私のように@

あまりにも写真から期待しすぎたせいでしょう。
ザハリアーシュ広場はやっぱりいいじゃん!と思えるようになるまで、一息入れる必要がありました。

奥に見える塔は、聖ドゥハ教会の塔です。
このアングルを入口方面と呼んだのは、聖ドゥハ教会の塔が見えるあたりに、広場への入口にあたるホルニー門から続くパラスケホー通りがあるからです。

2004_Telc_Zacharias02zoom1

駅やバスターミナル方面からこの広場にやってくる場合は、この通りから入ることになります。

でももしかしたら、城のある反対側から入った方が、広場がぐーんと広く見えてよかったかもしれませんね。
なにしろ私は、ひと目見て、思ったより広くないじゃん、と思ったんですから。こちらの通りから入ってきたときには。

広場を美しくしている家並みの写真をいくつか撮りましたが、その前に、さきほどの写真の中になかなかステキな家があるのでズーム。

2004_Telc_Zacharias02zoom2

向かって一番左の家は、レンガ風にボコボコ飛び出たように見える装飾がステキですね。

この家の装飾を見たとき、イタリアのフェラーラのPalazzo dei Diamanti(ダイヤモンド宮殿)を思い出しました。
あちらは大理石なのですが、角錐型の、いわゆるピラミッド型のトゲトゲが外壁をぎっしり覆っている宮殿で、それがまるでダイヤモンドのようなので、そのような名前がついているのだそうです。

フェラーラのダイヤモンド宮殿に触れているサイトを見つけました。そのトゲトゲの外壁の写真もあります。

イタリアオタク旅行記Tutti Borgia

さきほどのズーム写真ですが、真ん中の建物の装飾も、向かって右の建物の装飾も、壁にそれらが施されているというよりは、壁を彫って、そういう模様をつけたものです。
向かって一番右手の家は、レンガを積んだのではなく、積んだように見せかけた装飾です。

これらは、いわゆるスグラフィート技法というやつでしょう。
スグラフィート技法については、後述します。

ザハリアーシュ広場、こちらの家並みも華やかです。

2004_Telc_Zacharias03

2004_Telc_Zacharias03zoom

次の写真は、さきほどの聖ドゥハ教会があった方向ですが、それより左に寄ったアングルです。
手前に噴水、奥にマリア像の柱が見えます。

2004_Telc_Zacharias04

マリア像の柱にズーム。

2004_Telc_Zacharias04zoom

これもペスト終焉を祝って作られた柱で、オーストリアの各地で見られるペスト柱と同じです。
形も似てますね。バロック様式らしいモコモコの雲の形が。

比較のために、2003年度オーストリアのリンツで撮ったペスト柱の写真を載せます。
(もっとてっとり早いところでは、ウィーンの旧市街の中心、聖シュテファン寺院広場にほど近いところにもあるのですが、あいにくそちらの写真は撮らなかったので。)

2003_Linz_pestcolumn

こうやって見ると、同じペスト終焉を祝って建てられた柱というか碑でも、オロモウツのものが桁外れなのがよくわかります。
碑だけで世界遺産に登録されてしまうのも、納得です。

オロモウツの聖三位一体の碑

2004_Olomouc_TrinityColumn_zoom1

それにしても、2003年度の夏は天気がよかったです。
青空が広がっていて、いつなんどきでも写真の撮り甲斐のある天気でした。
さきほどのリンツの写真も、きれいな青空が垣間見られましたでしょ。

もっとも、2003年度の夏のヨーロッパは例年にない猛暑で、死者も出たほどのひどさでしたけれどね。
夏でも日陰にいれば涼しいヨーロッパは冷房があまり普及していません。
省エネになるのでよろしいのですが、おかげで、店とかレストランとか博物館とか、建物の中に入ると暑くてたまらなかったのも確かです。

2004年度は、20日間の旅程でウィーン入りしてからチェコ地方都市めぐりしてプラハに入るまでの真ん中の1週間ほどが曇りがちで天気にいまひとつ恵まれませんでしたが、代わりに涼しくて過ごしやすかったです。

ただし、そのせいで、一晩では洗濯物が乾かなかった……。
(ホテルで手洗いしただけで、脱水機だの乾燥機だのにかけてませんでしたから。)

ザハリアーシュ広場の写真に戻りましょう。

次の写真は、マリア像の柱の側から広場を見渡すように撮った写真です。
ベンチで休んでいたところ、日が射してきたので、今のうちにっ!と慌てて撮った写真です。

2004_Telc_Zacharias05

建物は明るいけれど、空は暗雲たちこめていますね@

次は、さきほどの家並みをもう少し離れた位置で撮った写真。

2004_Telc_Zacharias06

ピンクの家にズーム。

2004_Telc_Zacharias06zoom

パステルカラーに白い漆喰が、お菓子の家のような可愛らしさを演出していますね。

この家を含んだアングルが気に入ったので、もう一枚撮っています。

2004_Telc_Zacharias07

あたりが明るくなったので嬉しくなり、勇んで撮りまくったわけですが、空はまだ暗雲立ちこめたままであることに、このとき全然気付いていませんでした。

広場の見学の後、城見学をしました。
ザハリアーシュ広場を除けば、城はテルチの唯一の見どころといってよいでしょう。

チェコの他のいくつかの城もそうですが、ここの城は一年中公開されているわけでなく、10月から3月の冬季は閉まっています。
夏に行かなくてはだめなんですねぇ。
まあ、城見学ができないとなったら、広場だけを目当てにさっと観光をすませて、すぐに次の町へ向かうという旅程を立てればよいでしょうけど。

しかし、このサイトを見たら、城を見逃すのはやっぱり惜しいと思うにちがいありません。
ほとんどチェコ語のサイトですが、写真はなかなかです。

Zamek Telc

英語のページはありますが、チェコ語のページが全部英語のページに翻訳されているわけではないので、写真を見るだけならチェコ語のページがよいです。

とはいいつつも、私は、テルチで城には行く予定でしたので、旅行に行く前にはこのサイトの写真をしっかり見ることはしないで行きました。
だってねぇ、楽しみにしたいじゃないですか。
先に見ちゃったら、実物を見たときのインパクトが減りそうで。

城はガイド付ツアーでしか見学できず、チケット売り場のところでツアーの予約をします。
ツアー開始を待ってる間、少し中庭を散歩しました。

中庭への入口の写真です。

2004_Telc_toCourtyard

ちなみにさきほどのサイトで紹介されていたGallrieこと「ヤン・ズラザヴィー美術館」とMuzuemは共に城の敷地内にあって、城見学とは別料金ですが、なかなかよいです。
特に前者のギャラリーはお薦めです@

料金は、ギャラリーは30チェコ・コルナ(約150円)、博物館は20チェコ・コルナ(約100円)で、安いです。
首都プラハはなにやかやと物価高ですが、地方都市はとても安いです。
プラハでは同じくらいの規模のギャラリーでも100チェコ・コルナくらいするのではないかしら。
(かなぁーり大雑把な比較ですけれど。)

ちなみに城見学は、ツアーAとツアーBがあって、私は「黄金の間」など城のハイライトを廻るツアーAだけにしましたが、料金は70チェコ・コルナ(約350円)です。
(ツアーBは、20世紀まで城の所有者が住んでいた部屋を案内してもらえるようです。)

城見学のあと、いったん広場に出たら、まだ晴れていましたので、そのまま晴れててくれよ、と願いながら、聖ヤコブ教会の塔に登りました。
聖ヤコブ教会自身には入れないのですが、塔は公開されています。
となれば、上からの写真を撮りたくなります。

しかし、上に着いたときには、日は翳っていました。悔しい~。
でも、あんまり広くない塔の上に、日が再び射し込むまで……それもいつ射し込むかわからないのに待ってはいられなかったので、仕方がないので曇り空でも諦めて、写真を撮りました。

まずは、絶対散歩するんだ!と決めているウリツキー池方面です。

2004_Telc_fromJakuba01

こうして出来上がった写真を見ますと、確かに空は曇り空なのですが、それなりに写っていますね。
でも、池が鏡の役割を果たすくらいに晴れていたら、もっとステキな写真が撮れたんでしょうね。

手前の池がウリツキー池で、奥の方は、シュテプニツキー池です。

シュテプニツキー池にブーム!

2004_Telc_fromJakuba01zoom1

この池はテルチを囲む3つの池の中で一番大きな池です。
とはいえ、歴史地区よりは外れるので、時間がなかったら、あるいは体力・気力がもたなかったら、そっちまで行かなくてもいいや、と思っていました。

結果的には行きましたけどね。
なんだかステキな道があるぞ!と思いながらズンズン歩いていったら、たどり着いてしまった、という形で。
そして遠くに赤いとんがり帽子の塔の教会が見えたら、もう少し近づいて写真を撮りたい!と思ってしまって。

そうやって気にかかるままに歩けるのは、気ままな一人旅ゆえですねぇ。
いつも、たとえ気ままなはずの一人旅でもぎちぎちに予定を立ててしまうのですが、このテルチの一日は、とにかく写真撮影散策をしたかったので。

その赤いとんがり帽子の塔は、さきほどのズーム写真の中央にちょっと見えています。その少し手前まで歩きました@

2004_Telc_fromJakuba01zoom2

次は、同じく聖ヤコブ教会の塔から見下ろしたスタロムニェスツキー池の方向の景色です。

2004_Telc_fromJakuba02

中洲島がある池なのは、わかりますかしら。
手前は、城の中庭が写っています。
向かって右の中ほどにある二つの塔は、聖ヤコブ教会のものです。

ところが天気は皮肉なことに、この塔を降りる途中で、燦々と晴れ出したのです。
くやし~っ!

でも塔の料金徴収は、一番最後の階段―――木の梯子を登る手前にありました。
天気が晴れたから写真を撮り直したいといってもう一度戻るとしたら、もう一度料金を払わなければならないかもしれない。
そう思って、まあいいや、とそのまま降りてしまいました。

でも一番の理由は、15チェコ・コルナ(1チェコ・コルナを約5円として換算すると、約75円)の入場料をケチったわけではありません。
その木の梯子が狭くて急で、手荷物を持ったままではとても登りづらくて、ちょっと怖かったからなんです。
そう思ったら、これまで写真をたくさん撮ってるから、塔の上からの写真を撮り直さなくてもいいや、と思ってしまったんですね。

それに早くウリツキー池の散策をしたかったから。
せっかく天気がよくなったから。

といっても、散策に行く前に、いったんホテルに戻って、防寒の仕度をしました。
帰りが夕方遅くなって、気候が下がったときの用心のため。

「寒い!」と思ったときには、もう風邪をひくぞ!と用心するにこしたことはありませんからね。
それに、この日半日、天気のパターンから、たとえ曇りでも、30分くらい我慢していると晴れ間が見られるらしい、と予想がついたので。
本日はテルチに泊まりだし、時間がたっぷりあります。
だから、よい写真―――すなわち、池が鏡の役目を果たして、池のほとりの景色を水面に映し出すような写真を撮るために、辛抱強く待とうと思いました。
だから余計に、防寒の仕度が必要だったわけです。

最後にご紹介するのは、ウリツキー池に向かう前に、広場に面した建物の横に見つけた、美しいスグラフィート技法の絵が描かれた外壁です。

2004_Telc_Zacharias08

ズーム写真ですと、壁を削った凹凸が少しだけわかりますかしら。

2004_Telc_Zacharias08zoom

スグラフィート技法とは、家々の漆喰の壁をひっかくようにして模様や絵を描く装飾芸術なのですが、これが見られるのはチェコに限らないです。

凹凸があるようなだまし絵効果も見られ、しかも本当に凹凸をつけた装飾よりはるかに安くすむために、とても流行ったようです。

私はドイツでいくつか見ました。
たぶん記憶に残る限り初めて見かたのは2001年のドイツ旅行のときのドレスデンで。
あまりの美しさに、ちゃぁんとカメラに収めておりました。

2001_Dresden_Residenz

ドレスデンのレジデンツといえば、むしろ外壁の「君主の行列」というタイル画が有名ですが、これはレジデンツの中庭に面した壁です。
レジデンツ内の博物館の窓から撮りました。

2001年の時点では、まだ修復中で、中庭には修復工事のための道具がありました。
(あいにくドレスデンは、翌年の2002年8月にエルベ川の氾濫の被害を受けたんですよね。このとき以来、行ってはいませんが……。)

上の方の模様にフォーカス。

2001_Dresden_Residenz_zoom1

下の方のレンガ模様にフォーカス。

2001_Dresden_Residenz_zoom2

このレンガ模様は、本当にレンガを積んだわけではなく、レンガのように見せかけたものであることがわかると思います。
さきほどのザハリアーシュ広場に面する家のズーム写真ともう一度比べてみてください。

2004_Telc_Zacharias02zoom2

2004_Telc_Zacharias03zoom

ネットでスグラフィート技法についてちょっくら調べると、どちらかというとスイスに多く見られるようです。

実は、このザハリアーシュ広場の家の装飾、あれはスグラフィートだった!と思い出させてくれたのは、2004年の年末から2005年の正月にかけてNHK総合テレビで再放送していた、「世界遺産 青きドナウ」シリーズです。
スグラフィートが美しい家並みは、チェスキー・クルムロフのときに紹介されていました@

実は、私は、この「青きドナウ」を全部は見ることができなかったんですよねぇ。
録画のタイマーセットしておいたのに、なぜか失敗しました。

ちょうど2003年にオーストリア、2004年に中欧で、ブダペスト・ウィーン・チェコとまわってきたので、映像に写る景色はとてもなつかしかったのに。
見逃した回はどうだったんだろうなぁとすごく残念です。

ショーウィンドウ特集その4──ベルリンのオイローパセンターのみやげ屋

2001年秋のドイツ旅行のときから意識して撮り始めたショーウィンドウの写真。
ドレスデン、ニュルンベルクと続き、バンベルクやアウグスブルクでは、ショーウィンドウよりも看板に目をつけましたっけ。

まるで中世の昔から下げていたのではないかと思わせる古風な看板。
旧市街の町並みにとてもよく似合っていました。

そしてフュッセン、ミュンヘンと向かう中で、あのトラブルさえなければ、2001年度にはまだ、ショーウィンドウの写真のストックがあったかもしれません。

あのトラブルとは……。

なんと!

私はこのときの旅行で、カメラを落としてしまったのです。
30枚以上の写真を収めた5本目のフィルムと共に。

アウグスブルクの町での出来事でした。
まだ旅程半ばすぎ。
コンパクトカメラを肩からヒモでさげていたのですが、あまり重くなかったせいか、それまでも何度も落ちそうになっても気付かないでいました。

そしてやってしまったのです。

なくしたことに、しばらくは気付きませんでした。
はっ!と気付いたときにはすでに遅し!

心当たりを1時間くらい、うろうろ探しました。
最後に寄った大聖堂で、もうすでに閉まっていたにもかかわらず、司祭さんに無理を言って中を確認させてもらったりしました。

しかし、カメラは見つかりませんでした。
写真撮影をとても楽しみにしていたので、これは非常にショックでした。

2001年の秋の旅行。残りの旅程では、フュッセンでみやげ屋で使い捨てカメラを見つけたので、どうしても撮りたかったエメラルド・グリーンのレヒ川沿いの景色を収め。

あとのミュンヘンは、再訪ということもあり、またミュージーアムの方がむしろ目当てだったので、写真を撮るのをあきらめました。

手元には未使用のフィルム4本。

というわけで、ショーウィンドウ特集は、これから2002年に撮影したものへと移ります。

2002年度は、2001年度とほぼ同じ頃に、またドイツを再訪しました。
スタートも2001年度と同じく、ベルリンから。
2001年度に4泊したかったのに、フェアにぶつかって適当な宿がとれずに2泊に縮めざるをえなかったのが、とても心残りだったからです。

ベルリン観光は2001年と同じく、まずは観光の手初めてに、ツォー(動物園)駅からオイローパ・センター内の観光案内所に向かいました。

次の写真は、その観光案内所に隣接するみやげ屋のショーウィンドウです。

まずはご覧あれ。

2002-BerlinSW.JPG

この写真を撮った理由は、ズバリ、この子供の絵の信号機の模型のせいです。
模型というより、布製っぽかった記憶が……。

実は2001年度にベルリンを訪れたときには気付かなかったのですが、旧東ベルリン圏に残る信号機は、この子供のモチーフなのです。

帰国後に手にしたトラベルジャーナル社の本で知りました。
知らなかったから、気付かなかったというわけで。

2002年度にベルリンを再訪したときには、きっちり確認しました。

私が回った範囲では、特にポツダム広場が顕著でしたね。
あそこはベルリンの壁が走っていたところ。

あるブロックから信号機のモチーフが子供になったことで、ああ、ここが元東ベルリンで、あちらが元西ベルリンで、かつては壁に遮られていたんだ、と気づきました。

いまや壁があったことなど意識せずに人も車もひょいと通り過ぎてしまいます。
なのに信号機のモチーフで壁の存在を思い出すなんて……なかなか、感慨深いものがありました。

子供のモチーフの信号機は私がし限りベルリンでしか見かけませでした。
特に元東ドイツ圏のもの、というわけではなく、元東ベルリンのものだったようです。

だからいまや、ベルリン名物の一つとなっているのでしょうか。
だからこそ、みやげ屋でこうしてショーウィンドウに並んでいたのでしょう。

ちなみに、その前の年の2001年度にも、実は全くおなじみやげ屋で、ショーウィンドウの写真を撮っていました。

これです。

2001-BerlinSW.JPG

これは、ベルリンのクマということで撮りました。

背景にベルリンの代表的な建物の写真を従えているのもいいですね。

この写真ではわかりづらいかもしれませんが、茶色いクマの背後にあるのは、ジャンダルメンマルクト広場にあるるフランスドーム、白クマの背後にあるのは、カイザー・ヴィルヘルム記念教会です。

これらのクマちゃんたち、ちょっといいな、買って帰りたいなぁ、と思いましたが、まだ旅は始まったばかり。

ぬいぐるみは軽いけれど旅行中に運ぶにはかさばるので(実は経験済み。チュニジアで、どうしても我慢できずに、ラクダのぬいぐるみを買ってしまったことがあります)、写真を撮るにとどめた、というわけです。

ま、とどのつまり、ショーウィンドウの写真を撮ろうという動機の半分はそれですけどね。
買いたくても買えないから写真で我慢する。

ニュルンベルク編で紹介したこのコなど、特にそうです。
お気に入りなので、しつこく再登場。

2001owl.JPG

このコは買えたら買ったと思います。
でも、とっくに閉店後だったし、どう見てもこのコはディスプレイ用で、売り物には見えなかったので。

ショーウィンドウ特集その3――ニュルンベルグのケーニヒ通り

2001年秋のドイツ旅行で、ベルリン―ポツダム―ドレスデンの次は、ニュルンベルグに3泊しました。

当初、旅程を組んだとき、こう言ってはなんですが、ニュルンベルグ自体にはあまり大きな期待はしていませんでした。

ベルリンとミュンヘンを結ぶ途上で滞在するのは都合がよかったというのが決めたきっかけで、ヴュルツブルグ(ロマンチック街道の一都市)やバンベルク(古城街道の一都市)への日帰り旅行に一番期待していました。

ニュルンベルグ自体も古城街道の一都市でしたけどね。

ここはいい意味で、その期待が裏切られました。

ニュンベルグの見どころは、城壁に囲まれた旧市街の中に集中しています。

ホテルは日本から手配して、城壁の外に取りました。
旧市街の外の方が値段が抑えられるからです。

城壁のすぐ外側にあって、中央駅から地下鉄1駅、歩こうと思えば20分くらい、という、ロケーション的に悪くない場所であったこともポイントが高かったです。

そしてホテルにチェックインしたあと、いざ城壁の中に入って、感激しました。

ドイツといえばファッハベルクハウス(Fachwerkhaus)という木組みの家が有名ですよね。

でもね、実はこのときはまで、ちょっとばかり、今更ファッハベルクハウスを見ても、いちいち感激しないだろうなぁと思っていました。
写真などで見慣れていましたし、10年ぶりとはいえ、前にドイツを旅行したときにさんざん堪能したので。

10年ぶりということもありましたが、ニュルンベルグの旧市街で、そのファッハベルクハウスの街並みを見て、何を思いあがったことを考えていたんだろうと思いました。

ほんとうに、いいものはいいと素直に感動できるなぁと思いました。

ちなみにドイツの都市にはよくあるとですが、ニュルンベルグも第二次大戦で街の90%が破壊されました。

しかしその前に訪れたドレスデンに比べて、復旧が早く、戦争の爪あとはほとんど感じられませんでした。
教会の内装が妙に新しい、というところくらいでしか。

さすがに旧西ドイツ圏は復旧が早いなぁと思いました。
その差だけが理由ではないでしょうけど。

さて、ニュルンベルクということでファッハベルクハウスの思い出などしてしまいましたが、このシリーズは「ショーウィンドウ」。

ご紹介する写真はファッハベルクハウスとは関係なかったりします。

観光も終わり、夕食もすませ――ニュルンベルクといえば当然、ニュルンベルガー・ブルスト(ソーセージ)に、フランケン・ワインですよ!――日はすっかり暮れた中、歩いてホテルに戻りました。

観光経路の都合上、旧市街の目抜き通りであるケーニヒ通りを、帰りに初めて通りました。

当然、店はすべて閉店していますが、ショーウィンドウは煌々と明かりが点り、きれいにディスプレイされた商品たちが、「買って、買って」といわんばかりに、きらびやかに並んでいました。

ウィンドウショッピングを楽しみながら歩いていて、ふと、どうしても写真が撮りたくなったのが、あるお菓子屋さんの店先。

おイモやリンゴやキノコの形のお菓子があまりに可愛らしくて、どんな味がするんだろうなぁと想像しながら(でもきっと、日本のお菓子から連想してしまうと、見た目を裏切る味をしているんだろうと思いながら)、シャッターを切りました。

2001-NuernburgSW-1.JPG

それから前に一度、動物シリーズで紹介した、フトン屋さんのふくろうです。
このときに写真を撮りましたので、もう一度、登場していただきましょう!

2001owl.JPG

そうそう、ニュルンベルグといえば、クリスマス市で有名ですよね。

旅行したのは9月。
まだクリスマス、というには早いのですが、ドイツのクリスマス商戦はびっくりするほど早くに開始されるようです。

さすがに9月のニュルンベルグの町がクリスマスの準備の真っ最中ということはありませんでしたが、こんなショーウィンドウのお店も見つけました。

2001-NuernburgSW-2.JPG

ズームアップしてみましょう!

2001nuernburgsw2zoom.JPG

左右に分割して、さらにズームアップしてみましょう!

2001nuernburgsw2zooma.JPG

このモミの木のおじさんが面白くて、それが写真を撮ったきっかけです。
ちなみにこの値札は、単位はユーロではなく、まだマルクです@

2001nuernburgsw2zoomb.JPG

いかにもグリム童話に出てきそうな家ですよね。

ショーウィンドウ特集その2──ドレスデンのプラーガー通り

旅先でショーウィンドウの写真を撮る面白さを覚えたのは、2001年度の秋のドイツ旅行のときでした。

このときの旅程は、ベルリンから出発して、ドイツをほぼそのまま南下し、ミュンヘンを最後としました。

この二都市を選んだのは、ミュージーアムがたくさんあるからです@

はじめと終わりにドーンと4泊くらいしたかったのですが、ベルリンの方は、あいにく国際フェアにぶつかってしまって、後半の2日は宿がとれず、滞在を縮めざるをえなかったという経緯もあります。

この間に滞在したのは、縮んだベルリンの代わりに滞在することにしたポツダム、それからドレスデン、ニュルンベルク、アウグスブルク、フュッセン。

この道筋、わかる人にはわかるかな。
「地球の歩き方」の巻末の鉄道旅行のページにあるドイツ鉄道の簡単な路線図をにらめっこして、移動しやすい幹線を結んだものです。

もちろん、ポイントとなるこれら滞在地は、旅先として魅力のある街で、定評のミュージーアムがあれば、なお良し、そして2~3日滞在するとしてたら、周辺に日帰り旅行にちょうどよい待ちがあるところ、というのを基準にしました。

これらの街を拠点に日帰りで訪れたのが、バンベルク、ヴュルツブルク (ともにニュルンベルクから)、そしてヴィース教会 (フュッセンから)です。
本当はドレスデンからマイセンを日帰りする予定でしたが、その日、ドレスデンの全パーオペラ (ザクセン州立歌劇場)でバレエのチケットが取れたので、マイセンはあきらめてしまいました。

ドレスデン。
エルベ川の氾濫で被害にあったのは、この翌年です。
2001年当時は、そんな翌年の災害など予測だにできず、2日間のドレスデン滞在を楽しみました。

といっても、天気には恵まれなかったんですけどね。

到着1日目は、乗り降り自由の市内観光バスで、まずはぐるっと一回りして大まかに街の様子をつかむことにしましたが、バスに乗っている間、ずっとではなかったですが、一時、ひどい土砂降りだったことを覚えています。

翌日、私はもともと、ツヴィンガー宮殿のミュージーアム、特にアルテマイスター絵画館と、それから何よりも垂涎の的、ザクセン王朝の財宝コレクションのアルベルティーヌムが目当てでした。

でも、雨がひどかったので外の見学をあきらめ、とにかく屋根の下に入ってきた、というかんじの観光客で溢れていましたっけ。

ショーウィンドウの写真を撮る面白さを覚えたのは、このドレスデンからです。

ドレスデンでのホテルは、駅前に近い、重いスーツケース持ちでもタクシーいらずの場所にあったホテルibisに、飛び込みで部屋を取りました。

この後のドイツ旅行でもオーストリア旅行でも中欧旅行でもお世話になった、国際チェーンホテルです。

ドレスデンの駅前、当時は大々的に工事中でしたが―――今は、どうかな?―――出てすぐのプラーガー通りは、ほとんどホテル街でした。

そのせいか旅行者になかなか便利なエリアで。

大型ホテルが林立していて、ibisもありましたし、もっと高級なメルキュール・ホテルもありました。

観光案内所もここにありましたし、大型ホテルの建物の1階は、ショッピングアーケードのようになっていました。

歩行者天国のプラーガー通りの両側に、軽食店やらいろんなお店が、ずらっと並んでいました。

あいにく、私は、これらの店が開く前にホテルを飛び出し、観光で夜遅くまで戻らない、という過ごし方をした2日間だったので、ホテル近くのアーケードのお店を利用するチャンスはありませんでした。

閉ざされた店でも、ショーウィンドウだけは客を誘うようにディスプレイがされていて、それを眺めながら2往復しました。

しかし、眺めるだけでは飽きたらず、いいな、と思ったのであれば、写真に撮ってもいいじゃないか、と思うようになりました。

ある種の発想転換のように、それは突然に!

などというと大げさですが、ショーウィンドウのディスプレイは、お店の人がきれいに効果的に手間をかけたもので、その写真を撮るのは、そのお店の人の努力をそれをそのまま拝借するようで、写真の構図を決めるのに「手を抜いている」ような気がしなくもなかったからなんですね。

でも、そのディスプレイを写真に撮りたいほど、いいな、と思った感性は私のものだ、と思いました。

まあ、そこまで難しくかんがえなえなくても、薄れゆく旅の記憶のよすがにはいいと思ったんです。
たいていのガイドブックにも載らない写真ですからね。私が撮らない限り!

……しかし、ならどんな写真を撮ったのかというと、あんまり自慢できるものではなくて。

まずはこれ。マネキンが可愛かったのですが、このブランドはすでに日本にも進出していますね。
田舎ものだから知らなかった……。

2001_DresdenSW-1.JPG

写真では背後のポスターの女性が目立っていますが、撮りたかったのはマネキンの方……。

それから、次の写真は、なんとなぁく気になってしょうがなかったので、撮りました。
メガネ屋さんのブルドックです。ラクビー選手の格好。

2001_DresdenSW-2JPG.jpg

なぜ、メガネ屋でブルドックなの?
という疑問が、私のシャッターを切らせました。

実は、このドレスデン滞在前のベルリンでも、ショーウィンドウの写真を撮ってはいます。

しかし、あのときは、欲しいけれど、買う代わりに写真を撮った、という気持ちの方が強かったですね。

動物シリーズその9──ベルリンのくま

動物シリーズ、生身の動物ではありませんが、面白いので撮った写真を披露します。

2001年の9月のベルリンで撮りました。

街角のあちこちに、なぜか陶製のカラフルなくまが、たくさんありました。

おかげで、ベルリンの街並みは、特に写真を撮らないかも、と思っていたのですが、ついつい面白いのに出会うたびに、いちいちシャッターを切ってしまいました。

そのうちの2枚を紹介しましょう。

2001berlinbare1.JPG

ちょっと分かりにくいですが、クマの全身に描かれているのは、モネの有名な「睡蓮」です。

次は後足で立ちポーズ。全身にはベルリンの街並みのイラストが描かれていました。

2001berlinbare2.JPG

なんなんでしょうね、これらのクマたち。

確かにクマは、ベルリンのシンボルです。
一説には、ベルリンの語源がベーア、つまりクマからきているからだとか。

実はこのときにベルリンを訪れたのは、約12年ぶりでした。前回かつ初めてベルリンを訪れたのは、1989年の春、ベルリンの壁が崩壊する半年くらい前でした。

なので、ベルリンの町全体、特に当時の東ベルリン地区の変わりようにはびっくりしました。

ちょうどこのときは、何かの見本市にぶつかって、ホテルは値段が軒並み何倍にも跳ね上がった上に、予約がいっぱいでとれませんでした。

仕方がないので、ユースホステルを使いましたが、それも当初の希望の4泊はとれず、2泊だけしてやむ得ず、次の訪問地のポツダムに宿を移しました。

実際にベルリンに町に訪れてみたら、見本市のほかにも、中国フェアみたいなのもやっていました。そちらはクマとはあんまり関係ないでしょうけど。

なので、はじめ、これらのクマたちは、東西統一した新生ベルリンの、新しい町の景観づくりの一環なのかと勘違いしてしまいました。まあ、違うだろうなぁというのはすぐに気付きましたが。

実際、翌年の9月にまたベルリンを訪れたときには、これらのクマはすべて、とっくに撤去されていました。残念!

動物シリーズその8──バイエルンの牛とおまけのぬいぐるみ

動物シリーズもついに、生身の動物の写真は、2001年秋のドイツ旅行で撮ったバイエルンの牛で、ネタ切れになってしまいました。

1995年度の旅行までさかのぼったので、なんとかシリーズ化できたわけなのです。
やはり動物の写真を撮るのは難しいです。
あと、旅先で出会っても、犬は犬、猫は猫。
砂漠でラクダに出会ったときには珍しくてたくさん写真を撮りましたが、その後の旅行先がヨーロッパばかりになったため、敢えて写真に撮りたいと思う動物に出会う機会は減ってしまいました。

でも、2001年度の秋、ドイツ縦断の旅(ベルリンから二ュルンベルクを経てミュンヘンへ行きました@)で、かろうじて牛の写真を撮っていました。

ミュンヘン入りの前に、フュッセンに行きました。あの、ノイシュヴァンシュタイン城の足がかりとなる町です。
私は10年以上前の卒業旅行で、友人と一緒にフュッセンを通過して、ノイシュヴァンシュタイン城へ行きました。
でも、そのときに鉄道の窓からチラッと見かけたフュッセンの町にも惹かれました。
それでこの年のドイツ旅行のときに、旅程に組み入れることができたのです。

フュッセンからミュンヘンに行く前に、世界遺産のヴィース教会へ行きました。
ヴィースとは「草原」の意味で、何もないただの草原の中にぽつんと建てられた巡礼教会です。
ドイツ紹介本でこのヴィース教会の写真を見たときに、そのあまりの豪華さに、絶対行きたいと思いました。

ただ、自力でいくには、交通手段は1時間か2時間の1本あるかないかのローカル・バスしかなく、あまりにも心もとなかったです。
タクシーで一人で行くには、ちょっとお金がかかりすぎます。非常手段として考えてはいましたが。

そこで登場したのが、心強き味方である、ネットでの現地の時刻表の検索。
3年前の当時でも、ドイツの交通機関は、ローカルバス路線の時刻表まで、日本からばっちり調べて行くことができました。
おかげで、自力で行く覚悟がつきました。
たとえ、このヴィース教会を訪れるためだけに一日費やしても、ぜひ行ってやろうという気になりました。

そして、結果は……私のドジと、たぶん下調べ不足のせいで、ちゃんと一日かかっちゃいました。

観光ツアーであれば、専用バスで行って、見学に20分から、多くても30分程度で、それからミュンヘンなり、他のバイエルンの町などに行けたろうと思います。

まずは、1時間に1本しかないのに、行きに1本、乗りそびれました。
それも、ちゃんとバス停で待っていたのに、なんと同じバス停に他のバスも停まっていたため、ヴィース教会行きのバスが横付けにされてしまい、私はそれを、ただの車庫入り待ちのバスと勘違いしたのです。

だってだってぇ、ドライバーは外でのんきにタバコをぷかぷかふかしてたしぃ。

時間になったら、ドライバーが乗り込み、そのバスがすっともの言わず発車するのを見て(バスはそもそも、もの言いませんが)、さーっと血の気が引きました。
ここで一時間のロスです(その時間でもう一度、フュッセンの街中を散歩しました。でも、ロスはロス……)。

それから帰り。
実際に、私があてにしていたバスが来ていれば、それでフュッセンに戻り、午後早いうちにミュンヘン入りできたかもしれないのです。

でも、ネットでヒットした(はず)なのに……ヴィース教会のバス停に行ってみたら、予定していた13時50分発のバスは、時刻表にありませんでした。

そのときの私のショックときたら!

なにしろ、次のバスは15時10分なんですよ! 約1時間半後!
しかも次の15時50分発が、ヴィース教会からフュッセンに戻る最終バス!

おかげで、ヴィース教会は大急ぎで20分くらいの見学ですませようと思っていましたが、2時間になっちゃいました。

いやはや、このときの旅行では、私にとってヴィース教会はハイライトのトップ3に挙がっていたので、ゆっくり見学できるのは、かえってよかったじゃないか、と思いました。

が、そんなに大きくない小さな教会一つ。さすがに時間が余ってしまいました。

というわけで、また前ふりが長くなってしまいましたが、その余った時間に周辺のヴィースこと草原を歩き回って撮ったのが、バイエルンの牛です。

(本当はヴィース教会の前の囲いに買われていた黒いポニーの写真も撮ったのですが、あんまりうまくとれていないので、残念ながら載せるのはやめました。)

バイエルン地方の牛は、よくある黒と白のブチではなく、マイルドな茶色でした。

2001cows.jpg

この子たちを正面から撮るのには、ちょっと苦労しました。
というのも、私が囲いに近付くと、「モオーッ」って近付いてくるのに(ちょっと怖かった@)、カメラを構えると、どの子もみんな、のっそりと背を向けてしまうんです。

もうっ、君たちのお尻の写真を撮りたいわけじゃないのよっ。

って内心、ぶつぶつ文句を言いながら、どうせ時間が余ってるので、辛抱してシャッターチャンスを待ちました。

次はおまけの写真です。でも私のお気に入りの写真の一つです。
同じく2001年度ドイツ縦断旅行のときに撮ったので、そのつながりで載せることにしました。

2001owl.JPG

ねっ、かっわいいでしょ?

これはニュルンベルグの旧市街の目抜き通りで歩行者天国のケーニヒ通りで撮りました。
ショーウィンドウの写真です。

たぶん、お店は布団とか寝具の売り場。
ステキなシーツのかたわらに、この子がちょこんと座っていました。

もぉーっ、すごいすごい気に入って、売り物だったら、ぜったい飛びついたと思います!
でもたぶん、売り物じゃなかったろうし、店もとっくに閉まっている時間でした。
なので写真に収めることで、我慢しました。

実は、このフクロウの写真を撮った後から、私のその後のショーウィンドウ写真の遍歴(なんちゃって!)が始まったのですが、それは今度の話にしておきましょう。

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