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1997年春 ローマとナポリ・チュニジア旅行20日間

旅先のおみやげシリーズその9──チュニジアで買ったもの(追加)

すでに1997年の秋のチュニジア旅行で買ったものについてはアップしましたが、2つばかり入れ忘れたものがあったので、追加で写真を撮りました。

モノは2つですが、写真は4枚撮りました@

1つは道路地図。

この「旅先のおみやげシリーズ」では、書籍やパンフレットの類は特に含めていないので、別にこの道路地図だけなら、あらためて追加して写真を撮ることもないなぁと思っていました。

でも、実は、旅のクチコミサイト「フォートラベル」(http://redirect.4travel.jp/traveler/traveler-mami/)で掲載中の旅行記で、チュニジア編の最終回の写真としてアップしたくなったので、やはり撮ることにしました。

チュニジア最終日は、サハラ砂漠のオアシスの町ドゥーズから長距離バスで一気にチュニスまで北上しただけで終わった1日でした。
時間にして10時間かかりましたよ~。
バスの出発は朝6時台だったので、夕方の4時半には予約していたチュニスのホテルにチェックインできました。
9月のチュニジアは7時まで明るいので、その後、セントラルに遊びに出るくらいはできるはずでした。
私もその予定でした。

しかし、10時間のバス旅行って、伊達じゃありませんねぇ~~。
途中1~2回、トイレや昼食タイムがあったとはいえ、後はずっとバスに座りっぱなし。
いやぁ、座ってるだけなのに、なぜあんなに疲れたのでしょう。
それはすでに若くないから!?
……あるいは3週間近くの旅の疲れがたまっていたせいか、その日の朝は4時起きで睡眠不足だったせいか。

チュニスのホテルにチェックインした後、ちょっと体を休めるためにベッドに横になったら、とてもじゃないけれど、すぐに起きられませんでした。
結局、そのまま3時間ほど仮眠を取ってしまったため、最後のチュニス観光をする時間はなくなってしまいました。

という1日だったので、写真は撮っていないのです。

でもバスの道中は、それなりに日記として書くことがあったので、フォートラベルの旅行記としては成り立ちます。
でもそのサイトはもともと写真がメインで、それにコメントをつける構成になっているので、このブログにもアップしているチュニジアお土産写真を代わりにアップするつもりです。
すでに撮ったチュニジア土産の写真───ラクダのぬいぐるみや、額絵やクルミ材の小箱や、アクセサリーやキーホルダー───で十分だと思ったのですが、ふと、10時間のバスの旅がメインなら、現地で買った道路地図の写真はぴったりではないか!と思いつきました。

その道路地図は、これからご紹介しますけど、ちゃんとした道路地図ではなく、絵地図っぽいんです。
この道路地図では、運転できないと思います@
あるいは、道路番号は書かれているから可能なのかな。ペーパーの私にはよくわかりません@

でも、お土産の写真としてはただの道路地図より楽しいです。
買った動機も、絵地図っぽかったからこそ。

ただ、道路地図1枚っきりを被写体にするのではモノ足りません。
いくらワン・ポイント・ジャパニーズを添えるといっても。
なにかイイもの、ないかなぁ……と思ったら、思い出しました。チュニジアで買ったもので、写真を撮り忘れたもの、もう1つ。

というわけで、その2つで、これからご紹介する4枚の写真を撮りました@

1997_tunisia_gifts5

おわかりになりますかしら。
左下にあるのが、もちろん、道路地図。
その背景にあるのは、黒地に金の模様が入った、チュニジアの民族衣装なんですぅ!

どんな衣装か、もう少しわかりやすい写真も撮りました。

1997_tunisia_gifts6

ドレスと帽子のセットです。
背景が障子の扉というのが、ミスマッチ!?

襟のあたりにかけた丸いのが帽子です@
Aラインの雨合羽みたいに、びよーんと伸びるので、丈さえ合えば、どんなサイズの女性でも着ることができます(笑)。

でも、あまりにエキゾチックなので、外に着ていく機会なし……。
友人の結婚式の披露宴の二次会にでも着ようかと思ったこともありますが、花嫁さんより目立ちそうなのでやめました(笑)。
忘年会とか……と思ったけれど、そもそも私はこういうのを堂々と着てウケを狙う(?)キャラではないので、着ていく勇気は出ませんでした。

おかげで、買ったことを忘れかけてましたよ@

次の2枚の写真は、道路地図の中身の一部です。
1枚に全部収めるのではなく、撮りたいエリアをだいたい定めて、敢えてファインダーの外からはみ出させています。

まずは、10時間のバス旅行の出発地のあるドゥーズを中心とした、チュニジア中部です。

1997_tunisia_gifts7

ペーパーウェイト代わりにしているフクロウちゃんたちは、ワン・ポイント・ジャパニーズです@
ただ、買ったのは日本でも、イタリア製品だったような……。

水色の部分は塩湖です。このあたりはオアシスの町が点在している以外は、すべてサハラ砂漠です。
ドゥーズ(Douz)の町は、イヌを2匹連れた砂漠の隊商っぽいイラストが描かれたすぐそばです。
さすがにこれはズームしないと分りませんね。

1997_tunisia_gifts7_zoom1

キツネのイラストもありますね。砂漠のキツネでしょう@

次は、「スターウォーズ」のルークが育った家としてロケされた地中の洞窟の家があるマトマタ(Matmata)近辺。

1997_tunisia_gifts7_zoom2

このあたりはイラストがなかなかにぎやかです@

このあたりはベルベル人の村があって、チュニジアの観光ハイライトの1つといえますが、公共交通機関が発達していないので、私のようなレンタカーを使わない個人旅行者にとっては周りづらいところです。
実際、私もあきらめてしまいました。

最後の写真も道路地図の一部で、10時間のバス旅行で経由したガフサから首都チュニスにかけての部分です。

1997_tunisia_gifts8

ズームします。
まずはガフサ(Gafsa)付近。

1997_tunisia_gifts8_zoom1

少し縦長に切り取りましたが、下のナツメヤシの絵のあるサハラ砂漠から、絨毯の絵のあるガフサまで、バスでだいたい1時間ちょっとでした。

ガフサに絨毯のイラストがあるのは、絨毯の産地でもあるからです@
ほかに、イスラム第4の聖地であるケルーアンもそうです。

このガフサを過ぎたとたん、車窓の外の景色は、いままでナツメヤシばかりだったのが、いきなりオリーブ畑だらけに変わりました。
そしていままでの土色の乾いた大地から、一気に緑が濃くなったのを覚えています@

次にチュニス付近。

1997_tunisia_gifts8_zoom2

ちょっと地図がよれてしまっていますが、チュニス(Tunis)はわかりますでしょう。
さすが首都近辺、道路網が「濃い」です@

丸い盾のイラストがあるのはバルドー(Bardo)ですね。チュニジア一のコレクションを誇るバルドー博物館があるところだからかな。

チュニジア・ブルーの扉の美しいシディ・ブ・サイード(Sidi Bu Said)や古代ローマ帝国に滅ぼされたフェニキアの拠点カルタゴ(Carthage)の文字も見えます@

でも、バルドーもシディ・ブ・サイードもカルタゴもチュニスの一部のはずですが。ここだけ妙に地図が詳しいです@

そして飛行機のイラストも見えます。近くに空港があるからでしょう。
チュニスの空港は、チュニス・カルタゴ空港といいます。

私はこのときはアリタリア航空を使っていましたので、10時間のバス旅行の翌日にはチュニス空港からローマに発ちました。

次回はいよいよマルタで買ったものをご紹介しましょう。
でも、次回って、いつになるかな……。

旅先のおみやげシリーズその7──6回のイタリア旅行で買ったもの

イタリア旅行で買ったもの───やはり、アクセサリーが多いです。

……いや、どこへ行っても、やっぱりアクセサリーが多いんですけどね、私の場合。
まぁ、値段はともかく、かさばらず、重くないのは、旅先のおみやげとしては好都合です。

今までイタリアには、単純に数えて6回旅行しています。
最近はご無沙汰なのですが、一時期は、旅行先といえば、まずイタリアが頭から離れませんでした。
年度でいうと、1989年、1991年、1992年、1993年、1995年、そして現段階のラストが1997年です。

初めてのイタリアは、友人と2人で旅行した1989年の春のヨーロッパ旅行のとき。
最初に8日間フランスを回ったあと、イタリアのメジャーな都市、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアを1日ずつ訪れました。
余談ながらその後の旅程をご紹介しますと、まずは西ドイツを9日間。
当時まだ、ベルリンの壁が健在でした。西ベルリンからツアーでベルリンの壁を越え、当時の東ベルリンを見学しています。
壁が崩壊するのは、私が初めてベルリンを訪れた9ヶ月後の1989年11月です。そのニュースを知ったときは、事態の急変もさることながら、あの壁がなくなったのか!───と、驚いたやら、感慨深かったやら。
その後はイギリスへ渡る前にアムステルダムに1日、それからイギリスを8日間でした。

2回目のイタリア訪問は、1991年の秋。1人でヨーロッパ美術紀行と洒落てドイツ以西・フランス以東を回ったとき。
イギリス→ベルギー→ドイツ→ウィーン→ドイツと移動した後に、イタリアに5日間。
イタリア・ルネサンス美術にとても興味があるので、フィレンツェに3日間滞在して、うち1日はツアーでシエナとサン・ジミニャーノを訪れました。その後はフェラーラとラヴェンナを訪れています。
イタリアの後はフランスを回って帰国。

3回目のイタリア訪問は、1992年の春。4月の半ばに出発して、ゴールデンウィークが始まる頃に帰国という日程でした。その日程ですと、格安航空券の値段がピークに向けて跳ね上がる前だからです。
イタリア出国日の5月1日はメーデーで、たしかストライキの影響で、帰国便の出発が大幅に遅れましたっけ。
私はローマからの搭乗なので空港で待たされましたが、先にミラノで搭乗していた乗客は、飛行機の外に出させてもらえずに4時間も閉じ込められていたとか。

その3回目のイタリア旅行は、16日間まるまる中部イタリア、すなわちローマとフィレンツェ間を回りました。
訪問都市を羅列すると、ローマ(再訪)、オルヴィエト、フィレンツェ(再訪)、ルッカ、ピサ、シエナ(再訪)、ペルージャ、アッシジ、グッビオとなります。

4回目のイタリア訪問は、翌年の1993年の春。また同じように四月の半ばに出発して、ゴールデンウィークの始まりに帰国という16日間。
今度はフライトをミラノ往復とし、北部イタリアを中心に回りました。
訪問都市を羅列すると、ミラノ、ヴェネツィア(再訪)、ヴィンツェンツァ、パドヴァ、ヴェローナ、マントヴァ、ジェノヴァ、ベルガモ、パヴィア、そしてマッジョーレ湖となります。

5回目は、私の今までの旅行で、唯一、日本からの添乗員付きの団体旅行で行った、マルタとシチリアと南イタリア15日間です。
いやぁ、ツアーに申し込んだ理由は、シチリアを回りたくても、マフィアが怖かったのです。

じゃなくて!

一番の理由は、シチリアで目当ての古代ギリシャ遺跡を効率よく回るには、ツアーの方がよいと思ったためです。
それから、旅行関連の著者をたくさん書いてらっしゃる紅山雪夫先生が、講師として同行されるツアーだったからです。先生のお話をぜひ現地で聞きたかったんです@

旅程は、アリタリアでローマ直行でしたので、フライトの都合からかマルタ島に移動する前に、オスティアの遺跡を見学。
その後、3日間のマルタ島巡りの後、シチリア巡り。具体的には、パレルモ、モンレアーレ、セジェスタ、エーリチェ、モツィア島、セリヌンテ、アグリジェント、ピアッツァ・アルメリーナ、タオルミーナ、シラクサ。
そしてカターニャの空港から南イタリアのバーリへ移動し、バーリ、アルベロベッロ、マテーラ、パエストゥムを観光後、最後はナポリへ。
ただし、ナポリ滞在中の観光はもっぱらカプリ島で、ナポリはバスの中から市内を見たっきりでした。ツアーバスから下ろさせてくれませんでした。
きっと団体でぞろぞろ移動するには、治安が心配だったのでしょうね。引退後に海外旅行を楽しむという年輩の方がほとんどの団体でしたから。15人ほどの参加者のうち、私と同世代は私を含めて3人だけでした。
ただし、その方たちのほとんどがリピーターで、紅山先生が同行する旅行に以前も出かけてらっしゃる旅慣れた方たちばかりでした。

このときのナポリ観光に不満が残ったため、いまのところ最後のイタリア訪問6回目の1997年に、メインはチュニジア旅行でしたが、最初にナポリ観光を日程に入れました。
1997年秋のイタリアとチュニジア旅行20日間のうちイタリアは、ナポリ3日間、ローマ2日半(うち1日は終日バチカン)です。

と、まあ、旅程のご紹介でまた前置きが長くなってしまいましたが、本題のお土産の話に移りましょう。

手元に残る6回のイタリア土産を写真に撮ろうとかき集めたところ、アクセサリーとぬいぐるみや人形ばかりになりました。

他にも、キーホルダーや写真入りの街の紹介本、美術館のパンフレットもたくさん買っています。でも、本もキーホルダーも、今回は撮影対象から外しました。
そうでなくてもアクセサリーという小さいものばかりで、陳列が大変ですから。なるべく美しく、写真として面白く撮るには。

アクセサリーやキーホルダーのような小さなものを美しく撮るのは難しいです。
単体で撮ったら少しは違うかもしれませんが、私はカタログが作りたいわけではないんですもの。

まずは、ぬいぐるみや人形を集めた写真から。
勢揃い@

Italy_gifts1

1つだけ人形ではないのも入れました。
手前にあるのがそうですが、おそらく粘土製の置き物。ブドウがぎっしりの籠に、ワインが挟まっています。それからラッキーコイン。
1995年のシチリア旅行のとき、たしかタオルミーナで買いました。

さきほどの勢揃い写真だとみなさん少し窮屈そうなので、小分けにして撮り直しました。

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ライオンと男の子。
特にライオンが可愛いでしょ~。
どちらも帰国か経由に利用したイタリアの空港で、イタリア・リラが中途半端に余っていたので買ったものです。
ただ、いつ買ったかは、忘れました~。
間にワン・ポイント・ジャパニーズ。奈良で買った鹿のキーホルダーです。

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ヴェネツィアで買った、カーニバル人形。
ですよね。
買ったのは、たぶん、2度目のヴェネツィア。1993年に再訪したときだと思います。
足下は、お土産でもらった、沖縄のシーサー。

次に、アクセサリーたち、勢揃い!

Italy_gifts4

配置を考えて、アクセサリー以外のものも入れました。

そのうち、手前にある2つの石は、石です。
すごくきれいな石なので、買ってしまいました。
旅先で石を買って帰るなんて……酔狂なことをしました。重いだけですよねぇ。
日本でも、鉱物フェアとか石の専門店に行けば簡単に手に入ると今ならわかっていますので、なおさら。
買った場所は、ピサです。
斜塔のある広場の前はお土産屋のマーケットのようになっていて、そこで買いました。
でも、その屋台のお土産屋の中に、なんで石屋さんがあったのでしょう。ピサとあんまり関係ない気がしますけどね。
そういう私は、単に、きれいで気に入ったから買いました@
卵の形に整えられているところも、可愛らしくて気に入りました。イースターエッグ代わりに見えたんで

勢揃い写真で、イタリアで買ってきたアクセサリーがいかにたくさんあるか、ということを披露できましたが、1つ1つはよく見えないので、また小分けにして撮り直しました。

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ブドウ籠の置物の手前の3つは、モザイクのアクセサリーです。
ペンダント1つにブローチ2つ。

モザイクといえば、ラヴェンナ!
確か町中にモザイクのアクセサリーを扱っている店が点在していた気がします。
1つずつ買ったか、いっぺんにいくつも買ったかは、忘れましたけど、私ならどちらでもあり得る@
ただ、ヴェネツィアでもモザイクのアクセサリーを買った覚えがあります。
ほら、聖マルコ教会には、すばらしいモザイクの壁画があるじゃないですか。

奥のケースに入ったペンダントは、ヴェネツィアン・ガラスです。
その前の青いカメオは、1997年にナポリで買いました。ナポリは、カメオの街でもあるのです@
使われている石は、ブルーレースメノウかなぁ。白と青の縞々がすごくきれいで、レースのようなのでこの名前がついた石です。
イタリアのカメオといえば、貝を使ったものが多いのですが、最近(といっても1997年当時)は石のカメオも作られるようになった、比較的新しいタイプと店の人に説明されました。
ま、説明を聞くまでもなく、いくつかアクセサリーの店を回った後で、ちょっと見慣れないブルーのカメオなので、すぐに目が惹かれたんですけどね。

次は、ちょっと盛りだくさんですが、残りのアクセサリーたちの写真。

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額縁は、写真でははっきりしませんが、これはモザイクです。1991年のラヴェンナで買いました。
たしか、ガッラ・プラチディア廟の壁画モザイクに、こういうモチーフがありました。メインではなく、ちょっとした脇っちょにありました。そのレプリカなのです@

一番右端の時計のモチーフのペンダントは、1997年にカプリ島で買いました。
カプリ島のシンボル的な時計塔の時計です。
真ん中の、花のモチーフのカメオのペンダントがありますが(ちょっと目の形に似ているやつ)、これは1997年にタオルミーナで買ったと思います。
そして残りが、モザイクかヴェネチィアン・ガラス@

ワン・ポイント・ジャパニーズは、そう、キティちゃんです。

先ほどの写真は、アレンジは楽しかったのですが、1つ1つのアクセサリーはわかりにくいので、モザイクとヴェネツィアン・ガラスのアクセサリーたちだけで、また撮りました。
少しでも模様の繊細さが伝わるでしょうか。

Italy_gifts7

いかが@
この写真を撮るにあたって、特に一番左の、木のモチーフのヴェネツィアン・ガラスのペンダントに苦労しました。
角度を工夫しないと、天井の蛍光灯が反射して、光って白くなってしまうんですよ。

さらに厳選してズームアップした写真が、こちらです。

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ヴェネツィアン・ガラスの白っぽいペンダントは、特にお気に入りです。
縁はレースのようで、真ん中の絵は、葉っぱの上にテントウ虫。
このレースの部分がきれいに写らないかなぁとトライしてみたかったのです。

他にも木のモチーフのペンダントとカプリ島の時計塔のモチーフのペンダントも再度並べました。
時計のモチーフのペンダントは、他のアクセサリーがほとんど金めっきなのに対して、これは18金……いや、14金くらいかな。でもちゃんとゴールドなのです。ペイントはエナメル。
ただし鎖は、安物の金メッキです@

次回は、年度順から言うと1995年のマルタで買ったものの写真をアップしたいところですが……そんなに数がないから、1枚っきりで収まってしまいそうです。
何かオマケをつけるかなぁ……と思案中。

旅先のおみやげシリーズその6──チュニジアで買ったもの

チュニジアを旅行したのは、1997年9月。もう9年にもなるんですねぇ。

おみやげシリーズとしては、1997年より前の旅行、たとえばイタリアとかトルコとかマルタとかのものを先にご紹介したかったのですが、かき集められるときに撮っておいた写真で、先にチュニジアのものが集まりましたので、今回はそれをご紹介しようと思います。

先に撮っておいた理由は、いま、9年もたってやっとチュニジア旅行記を書き上げ、それを「旅行のクチコミサイト フォートラベル」に現在、掲載しているせいです。

アドレスはこちら。サイドバーにはリンクがあります。
http://redirect.4travel.jp/traveler/traveler-mami/

そのサイトは写真紹介がメインなのですが、私はすっかり、旅行記のHPのような使い方をしています。
写真のコメントに、旅行記を織り交ぜていってます。

ところが、チュニジア最終日は、サハラ砂漠オアシスの町ドゥーズから首都チュニスへ、10時間のバス移動で終わってしまったため、特に写真を撮っていないのです。

そのサイトの旅行記の特徴上、写真なしで延々と文章だけ、というのもなんなので、それなら買ったおみやげの写真をアップしようと思いつき、それで先にチュニジアのおみやげの写真を撮った、というわけなのです。

撮った写真は次の4枚です。
今回は、随時、ズーム写真を混ぜましょう。

まずは、これ。

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クルミ材の手作り小箱と額縁の絵とガラスの香油入れ。

小箱とガラスの香油入れにズーム!

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これらの小箱と香油入れはチュニスのメディナ(アラビア語で「町」の意味。すなわち、旧市街)のおみやげ屋で、額縁の絵はローマに戻るときのチュニス空港で買いました。

チュニジアでは香油はお買い得なようです。おみやげリストに加えていいと思います。
少なくともチュニスのメディナには、香油がズラッと売られていました。

でもこのときの私は、香水を、出国のときの成田空港、それからチュニスに飛ぶときのローマの空港の免税店で、1瓶ずつ、計2瓶も買っていたので、チュニスで香油に食指が動きませんでした。ううーん、残念!

実は、買わなかったけど、見本として少しもらいました。
それをつけるたびに、パルファムやオードトワレとは違う感触や長持ちする匂いに、買ってくればよかったなぁと後悔しました。

写真のガラスの香油入れは、友人に配るおみやげとして買っておいたのですが、ガラスなんて、旅行中に壊れないかと神経を使うので、そんなにいくつも買いませんでした。

2005年に世界万博「愛・地球博」の様子をテレビやネットで覗き、チュニジア・パビリオンのギフトショップでこの香油入れが売られているのを見て、あーっ、どうしてチュニスでもっと買ってこなかったんだろうと後悔しました。

……といっても、いまこの写真に写っている1瓶も、香油が入っているわけでなく、結局はただの飾りと化してるので、いくつもあっもしょーがないといえばしょーがないですねぇ。
一度香油を入れたら匂いが残ってしまうので、買い足せない限り、入れられないっ、と思ってしまったせいです。

次は額絵です。

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これは、チュニス空港内のギフトショップの店頭で見つけました。一目ぼれしてしまいました。

目の覚めるような美しい青一色に、ちょうど二日前まではどっぷり浸かっていたサハラ砂漠(といっても、3日間ですけどね)と、先史時代の遺跡の岩絵か何かをモチーフにしたイラスト。
手にとって眺めて、そのままお別れするのに忍びなく、迷った挙句、買ってしまいました。

この丸と三角の組み合わせで人をかたどっているようなモチーフは、チュニジアでおみやげとして、ちらほら見かけました。
でも、一体、どこから来たのか、何のレプリカなのか、残念ながら未だに分らないままです。

次は、これ。

1997_tunisia_gifts2

ラクダのぬいぐるみです@
これはワン・ポイント・ジャパニーズ入りです。ピカチュウの貯金箱@

ラクダのぬいぐるみは全部で4頭いますが、チュニス(Tunis)のメディナとモナスティール(Monastir)のメディナで2頭ずつ買っています。
左右2頭ずつ、少しテイストが違うの、おわかりでしょうか。

1997_tunisia_gifts2_zoom

向かって左がチュニスで買ったもの、右がモナステイールで買ったものです。

チュニスで買ったのが先です。
チュニスで買ったラクダの方が顔がはっきりしてますが、モナスティールで買ったラクダは顔がモコモコしていて、もっと可愛く見えたので、また買いたくなってしまったのです。

当時は、小さな子供がいる友人のお土産にしようと思っていました。だからこそ、後で2頭、買い足したんです。
でも、よく見ると、縫製というか作りが、日本のぬいぐるみよりもちょっと雑ですし、外に陳列されていたりしたので、衛生面も気になり、幼児向けとしては不適切かもしれないと思い、結局、4頭とも自分の手元に残しました。

しかし、チュニスもモナスティールも、チュニジア旅行の途上でした。
この先、スーツケースを持ってのフル装備の移動がまだあったのに、私ってば、こんなかさばるぬいぐるみを買ってるんですよ。
おみやげ屋に並んでから、つい欲しくなったからといって、我ながら物好きというか、物欲が強いというか……。
つぶれてしまいそうなのでスーツケースには詰められず、仕方がないので買ったときにもらったビニール袋に入れたまま、スーツケースの取っ手にくくりつけて移動しました。
ビニール袋からラクダの顔が見えていたのが愛嬌@

ちなみにモナスティールとは、チュニジア共和国初代大統領ハビブ・ブルギバの故郷の都市で、彼の故郷ゆえか、20世紀初頭にメディナを含めて町はきれいに整備されたようです。
地中海に面する町で、チュニジアというアラブの国にいるのを時々忘れそうになるような、ヨーロッパ風のリゾートタウンです。
そうはいっても、アラブ風の街並みやモスクはもちろん、健在ですけどね。

次はこれ。チュニジアで買ったキーホルダー・コレクションです。

1997_tunisia_gifts3

結構、たくさんあるでしょ@
友人へのお土産で配った後も、これだけ手元に残っています。
というか、数個ずつ買って、1個は手元に残るようにしたんです。

キーホルダーのデザインは、ズーム写真と共にご説明しましょう。

1997_tunisia_gifts3_zoom1

おそらくメディナの城壁とモスクの塔ですね。

どこの町かは不明です。様式化されたものではないかと思います。
それとも、このキーホルダーを買った町、スース(Sousse)がモデルかな。

と思ったら、よっく見たら、「Jerusalem」って書いてますねぇ。ありゃりゃ!

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「ファティマの手」という手の形のお守りの形の中にチュニジア国旗デザイン。
これは大丈夫! チュニジアものです。

ファティマとはイスラム教の始祖マホメッドの娘です。貧しい女性のために力を貸したりなど、慈悲深い女性として慕われていたようです。4代目カリフのアリーの奥さんでもあります。

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砂漠に生息するサソリが使われています。オモチャじゃなくホンモノです。

チュニジア旅行後にはずっとこれに家の鍵などくくりつけて使っていたのですが、まわりのプラスチックが少し取れかけてしまいました。
死骸とはいえ、財布の中にサソリがポロンと落ちたらイヤなので、今は他の使っていないキーホルダーと一緒に小箱にしまっておいてます。

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上はラクダ。下はは三日月とナツメヤシとラクダ。
どちらも、サハラ砂漠をイメージしやすいデザインです。

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星形の中にアラビア文字かな。
でも、アラビア文字にこういうのはなかったはず。私の目にはむしろ、ヘブライ文字に見えてしまいます。
そして星形といえば、「ダビデの星」が思い浮かびます。
でもそんなこと言ったらも、イスラエルのデザインになってしまいますね。

あれ~っ、これも、まさかイスラエルで買ったものかなぁ。
すでに最初のキーホルダーがイスラエルのものと判明してますから、これもそーかもっ!
いや、そーに違いありません。

まあ、いいや@

というわけで、チュニジアで買ったキーホルダー・コレクションなどと言いながら、実は翌年に行ったイスラエルのものが、2個も混ざっていました。
そういう記憶の混同って、よくあるさっ!

最後は、チュニジアで買ったアクセサリー・コレクションです。

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アラブチックなデザインのオニキスのシルバーペンダントと、左右に金メッキと銀メッキのペンダントヘッドです。

ズームします。

1997_tunisia_gifts4_zoom1

金メッキのペンダントヘッドを、オニキスのシルバーペンダントの一部と一緒に収めてみました。
金メッキのペンダントヘッド。モチーフは「ファティマの手」です。

1997_tunisia_gifts4_zoom2

銀メッキのペンダントヘッドのモチーフは、いまいち不明。
鳥かごにも見えるし、モスクのドームかもしれません。
でも、チュニジアでおみやげなどのモチーフによく使われていたデザインです。

アクセサリーについては、「チュニジアで買った」というところが特にポイントです。

もちろん、このブログの今回の副題がそうですが、要するにこの時の旅行では、チュニジアの前に回ったイタリアでも、ちゃんとアクセサリーを買っているからです@
それはいずれ「イタリアで買ったもの」として、いずれまとめてご紹介したいと思います。

それにしてもアクセサリーって、いままで撮ってきた小物と違って、撮りづらいですねぇ。写真にすると、なんかパッとしなくなります。
ディスプレイも難しいですわ。

今回のアクセサリーは光の反射がポイントの透明の石のジュエリーはありませんが、光の反射をうまく写真に捉えるのは私の腕ではとっても無理でした。
反射って、光がキラキラ動かないと魅力半減しますからね。
一眼レフカメラだと、夜景用にそういうキラキラを残すフィルターがあるみたいですけど。

実は、このあいだ、試しにダイヤの指輪の写真を撮ろうとしました。
でも、ファインダーにはキラキラの一部しか捉えられず、「キラキラッ」のはずが、「キラ」あるいは、「キ」(ともに「ッ」なしで発音を止めるかんじ)くらいになってしまうので、あきらめました。

アクセサリーもキーホルダーも、どれもチュニジアのスース(Sousse)という町で買いました。
イスラエルで買ったやつは、もちろん違います@

スースはチュニジア第3の都市であり、現在は、ヨーロッパから大勢のリゾート客が訪れる地中海沿岸のリゾートタウンでもあります。
そこの外国人観光客向けの国営のギフトショップで買っています。
だから、値段交渉はしてなくて、価格札にあるとおりで買い物してます。

アラブ式の値段交渉しながらの買い物って、ちゃんと相場を勉強しなければならないので、そういうのが楽しめない私にとってはちょっと苦痛。
っつーか、旅先では、他のことに時間をかけたいですもの。
というわけで、外国人観光客向けの店なので値段的におトクということはなかったろうと思いますが、まあ、少なくとも極端なボッタクリや値段に見合わない低品質なものをつかまされるという心配はないだろう、と安心して買い物ができました。

実は最初は、このキーホルダーとアクセサリーは一緒にディスプレイして撮ろうと思いましたが、なんかチマチマと煩い写真になりそうだったので、別々に撮りました。

買った品物そのものを紹介するだけが第一目的なら、一個一個アップ写真の方がいいかもしれませんが、ディスプレイの仕方、要するに演出もお見せしてるつもりなので@@

代わりに今回はズーム写真も混ぜてみました。
ブログに載せるにあたって、元のJPEGデータを圧縮させてますからね。うんとトリミングすれば、サイズの減少率は抑えられます。

これらの2枚の写真のワン・ポイント・ジャパニーズは、プレゼント小箱の形をした時計です。
ジュエリー・ツツミで、オマケでもらったやつです。

ごちゃごちゃ並べても煩い写真になるだけ……と思っても、ワン・ポイント・ジャパニーズを入れずにはおれぬ私でした。

デジタル化した写真のある過去の旅行――1995年と1997年

こちらの方は、写真を交えて旅の思い出やエピソードをご紹介したくなるときがあると思いますので、今回はなるべく簡単に旅程の紹介だけにしておくことにします。
(旅程を載せておきたいだけとも言う@)

1995年以降の海外旅行の一覧は、このブログのサイドバーのカテゴリーを見ればひと目でわかるように設定してあります@

――――――――――――――――――――――――
1995年 春 マルタ島とシチリア・南イタリア旅行
――――――――――――――――――――――――
3/15水 成田発 ローマ着
  ローマ泊
3/16木 ローマ郊外オスティアの遺跡観光後、マルタ島へ飛ぶ
  ヴァレッタ泊
3/17金 ヴァレッタ観光【マルタ共和国】
    (市内観光&巨石遺跡タルクシエンほか)
  ヴァレッタ泊
3/18土 ゴゾ島観光
  ヴァレッタ泊
3/19日 ムディナ観光後、パレルモへ飛ぶ
  パレルモ泊
3/20月 パレルム&モンレアーレ観光【シチリア】
  パレルモ泊
3/21火 セジェスタ、エーリチェ、モツィア観光後、セリヌンテ着
  セリヌンテ泊
3/22水 セリヌンテ&アグリジェント観光
  アグリジェント泊
3/23木 アグリジェント、ピアッツア・アルメリーナ観光後、
      タオルミーナへ移動
  タオルミーナ泊
3/24金 タオルミーナ&シラクサ観光
  タオルミーナ泊
  (ただし、朝4時にホテルを出て早朝フライトでバーリへ飛ぶ)
3/25土 バーリ&アルベロベッロ観光【南イタリア】
  アルベロベッロ泊
3/26日 マテーラ、パエストゥム観光後、ナポリ着
  ナポリ泊
3/27月 カプリ島観光(青の洞窟、アクセル・ムント氏の別荘ほか)
  ナポリ泊
3/28火 ナポリからローマへ飛び、ミラノ経由で成田へ
3/29水 成田着
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このときの旅行が今のところ唯一の団体旅行で、添乗員と、講師の先生として紅山雪夫先生とご一緒させていただきました@

紅山先生は「ヨーロッパが面白い」など、旅行に関するたくさんの著書があります。
その昔(もう大昔ですけど)、一般旅行主任者の資格をとる勉強をしているときに参考にした本で最初に先生のお名前を見つけ、以来、ファンになりました。
講師の先生が紅山先生だからこそ、この旅行に参加したわけです。

こちらにトラベルジャーナル社から出版された先生の著書の紹介があります。

トラベルジャーナル社の紅山雪夫先生の著書

「シチリア・南イタリアとマルタ」では、このときの旅行の経験も参考にされているようです。
だって掲載されている写真に載っている人に、見覚えがありましたもの@
もちろん、それ以上の情報・エピソードが満載ですし、この旅程以外の街、たとえばアマルフィなども掲載されていました。

一般旅行主任者の資格はどうなったかって?
うふふ。通信講座のみで、一発で合格しました@
ただし、現在は、宝の持ち腐れになっています。
他の人の旅行のお世話をするよりは、自分が楽しみたくて。
ああ、いや、自分の個人的な楽しみには、とても役立ちましたね。

それから、このときのホテルは、一番グレードが低くて三ツ星が1箇所、後は五ツ星クラスのホテルぞろいでした@

それまで一ツ星か二ツ星のホテルやペンションやユースホステルを利用し、三ツ星ホテルで奮発かな!という旅行をしてきた私は、この経験を通じてすっかり贅沢になってしまったように思います@
実際に贅沢なホテルを利用するかどうかは別として、少なくとも感覚が……。

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1997年 秋 ローマ・ナポリとチュニジア旅行
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9/07日 成田発 ミラノ経由 ローマ着
  ローマ泊
9/08月 ナポリ観光
  ナポリ泊1
9/09火 ナポリ観光
  ナポリ泊2
9/10水 ナポリ観光
  ナポリ泊3
3/11木 ローマ観光
  ローマ泊1
3/12金 ローマ観光(バチカン市国)
  ローマ泊2
3/13土 チュニスへ飛ぶ。チュニス市内観光
  チュニス泊1
3/14日 チュニス観光(バルドー美術館ほか)
  チュニス泊2
3/15月 カルタゴ&シディ・ブ・サイード
  チュニス泊3
3/16火 鉄道でスースへ。スース市内観光
  スース泊1
3/17水 モナスティール&マーディル観光
  スース泊2
3/18木 ケルーアン観光
  スース泊3
3/19金 スース市内観光&エル・カンタトゥイ港
  夜行バスでドゥーズへ
3/20土 ドゥーズ市内観光&サハラ砂漠(徒歩の範囲)
  ドゥーズ泊
3/21日 ラクダでサハラ砂漠へ
  ドゥーズ泊
3/22月 トズール観光
  ドゥーズ泊
3/23火 チュニスへ10時間のバス旅行
  チュニス泊
3/24水 ローマへ移動。ローマ観光
  ローマ泊
3/25木 ローマ発
3/26金 成田着
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このときの旅行は、最初の予定は20日ではなく17日くらいでした。
ところが航空券とチュニジアでのホテルの手配をお願いしていた旅行会社から、旅の一週間くらい前という直前になって、帰りの便が手配できない!と連絡がありました。

ショーック!

別の日であれば手配できるということになり、日程を縮めるよりは延ばす方を選びました。
それで、チュニジアに行くといってももともと予定していなかったサハラ砂漠に足を伸ばすことにしました。
日程を縮めざるをえなかったとしたら今でも恨んでいる(!?)と思いますが、結果的には、サハラ経験ができたのでよかったです。

ドゥーズのホテルは、現地でとりました。

本当は自力でホテルの予約を取りたかったんですけどねぇ。

夜行バスでドゥーズ入りする手前、予約していかないことには不安で、チュニスやスース滞在時に、日本にあるチュニジア観光案内所でもらったホテルリストをたよりにいくつかホテルに電話してみました。
でも、どこへ連絡しても、フランス語とアラビア語でだだだーっと案内のテープが流れて、電話が切れてしまうんですよ。

途方にくれた私は、結局、スースのホテルのレセプションの人に、希望のホテル名を挙げて、電話で予約してもらいました@

電話が通じなかったわけは、ホテルリストの電話番号が古かったせいでした。
電話番号制度が変更したばかりだったそうで。

それを聞いて、日本でホテルリストを手にしていたので安心していないで、チュニスの観光案内所で改めてもらっておけばよかった、って思いましたよ。

でも、チュニスの観光案内所の人って、ものすごーく無愛想だったんです。
少なくとも当時は。
でもLonely Planetにもそう書いてありましたし、他に、最近HPでチュニジア旅行記をアップしている人の中にも、同じように思った人がいましたので、私だけが貧乏くじを引いたわけではなかったようです。

おばさんが一人いただけなのですが、私が入ってうろちょろしても、マネキンじゃないかって思うくらい微動だにしなくて。
サングラスをかけていたので目の動きはわかりませんでしたから。
多少の質問をしても、首を縦にふるか横にふるかだけで一言も言葉を発しませんでした。
いやはや。

動物シリーズその4──ラクダのムスタファくん

チュニジアのドゥーズの町で撮ったラクダの写真の続きです。

ドゥーズからラクダに乗ってサハラ砂漠を散歩するツアーのときに撮ったので、ドゥーズの町というよりは、サハラ砂漠で撮りました。

サハラ砂漠を「散歩」! だなんて、とってもおこがましい言い方かもしれませんが、そうとしか言いようがなくて@

ベルベル人の男の子がガイドになって、たった二人でサハラ砂漠まで出かけて、そこで遊牧民の典型的なお昼をごちそうしてもらうというツアーでした。
私はラクダに乗り、男の子にずっとたずなをとってもらってました。男の子は徒歩。
ね、「散歩」って程度でしょ? (謙遜してるつもり)

ラクダに揺られているときには写真は撮れませんでしたが、男の子が、ぽつぽつと生えている砂漠の潅木の枯れ木を集めて火を起こし、粉を練って、砂を使った天然のかまどでパンを作り、持参した野菜でスープを作っている間、私は一人、ぼーっとサハラ砂漠を散歩したり、ときどき写真を撮ったりしていました (手伝いもしないで!―――って言わないでね)。

私を乗せてきてくれたラクダのムスタファくんも、食事休憩。
写真は、ムスタファくんが食事をしているところを撮りました。

1997-02_camel_mustafa1.jpg

首にはマスコットがぶらさがっています@

砂漠に生えているこの草は、ラクダの好物なのだそうです。

次は、草を口にした後で体を起こし、ぼーっとした顔でゆっくり咀嚼しているムスタファくんです。

1997-02_came_mustafa2.jpg

(ニフティ・ワールドフォーラム・フォトコンテスト投稿作品)

なんか、のどかでいいでしょ?

といっても、ムスタファくんが一人であまり遠くに行かないように、前足がひねでくくられているんです。青いひもがわかります?

ちなみに、ムスタファくんは、このとき3才。まだ乳離れしたばかりの子供だそうです。
そんな子供に私の○○kgが乗ったのね、ごくろうさま。

それにしても。。。ラクダのムスタファくんの名前は覚えているのに、案内してくれたベルベル人の男の子の名前は忘れてしまいました。薄情な私。

あたりはサハラ砂漠。
ところで、サハラ砂漠って、音がないんです。静寂、どころか、耳がキーンとなるくらい、無音の世界。
ふつうに日本で生活をしていたら、音が全くない世界なんて、ありえません。
ということを、改めて思い知らされた体験でした。

このあたりの砂漠は、まだ草が生えている、オアシスに隣接した場所です。
(でないと、お昼ご飯の焚き火の材料がとれない。)

まるきり砂だけのところも散歩しましたよ、もちろん。

村の廃墟を見ました。砂漠がうごめくので、村は10年くらいしか持たない、と前日に町で知り合ってこのツアーを手配してくれた現地の人に教えてもらいました。
村の「モスク」跡もあったのですが、彼が英語で「モスキート」っぽく発音するので、私はでっかい蟻塚ならぬ蚊塚でもあるのか!と思ってしまいました。

すぐに勘違いに気付かれて、大笑いされてしまいました。 (だって、現地の人の英語って癖があるんだもん!)

動物シリーズその3──ドゥーズのロバとラクダ

動物は洋の東西を問わず、といっても、その土地ならではの珍しい動物の写真ならやっぱり撮ります。

実は、動物シリーズを思いついたのは、砂漠で出会ったラクダたちの写真があるからなんです。

1998年の秋、女一人でサハラ砂漠へ行ってまいりました。

ローマ経由でチュニジアの首都チュニスへ飛び、チュニジア第二の都市で地中海沿いのリゾート地であるスースから、夜行バスに揺られて、サハラ砂漠のオアシスの町ドゥーズへ。

ドゥーズには3泊して、サハラ砂漠をラクダで散歩したり、それからドゥーズより大きなオアシスの町 トズール (空港があります) に日帰り旅行に行ったりしました。

というわけで、ドゥーズの町で撮った動物の写真をご紹介します。ロバとラクダです。
どちらもペットではなく、人間のために働いている動物たちです。

まずはロバ。

1997-01_donkey.jpg

(ニフティ・ワールドフォーラム・フォトコンテスト投稿作品)

町を歩いているときに見つけました。なんだかポーズをとってくれているみたいなかんじでしょう?

でも、ひもでつながれているせいかな。

ドゥーズの町の内外では、ロバが引く荷車をよく見かけました。このロバも、主人の帰りをおとなしく待っているように見えました。

ドゥーズは、町のすぐ外がサハラ砂漠です。
砂漠の砂が町を覆っているため、道は白い砂で覆われています。

次に、ラクダです。

1997-01_camel1_1.jpg

まずは初日。ドゥーズへは、ただホテルだけを予約して、行くだけ行ってみたので、何をしたらいいのかわからなくて、ホテルのレセプションの紹介で、ラクダに乗せてもらい、1時間ほどサハラ砂漠を散歩しました。 (たぶん割高だったでしょう。)

この写真はそのときに撮った一枚です。

サハラ砂漠のラクダはこぶが一つのラクダなのですが……うーん、わかるかな。

ところでラクダって、後ろ足から立ち上がるので、乗ってすぐに前のめりで落ちそうになるんですよ。
知識としてそのことはあらかじめ知ってはいたのですが、やっぱり乗るときに前のめりになって、声を立ててしまいました@

次は、町で出会った人とサハラ砂漠に再び散歩に行き、その帰りに逢ったラクダです。

1997-01_white_camels.JPG

白いでしょう。珍しいですよね。
ラクダってまつげも長いから、かっわいい~。
背景も白いのでわかりにくいですが、横向いているラクダは、かわいい顔をしてますでしょ?

でも、ラクダの泣き声ってすごいんですよ、聞いたことがありますか?
盛大なげっぷをしてるみたいに聞えます。

ちなみに、写真のアンちゃんは、ただの通りすがり。快く写真を撮らせていただきました。
というか、このドゥーズの町では、私の方が珍獣(?)みたいでしたけどね、住民にとって。

なにしろ都会でだいぶリベラルなチュニスや、西欧人がモロ肌をさらして海岸で日光浴をしているリゾートのスースなどと違って、ドゥーズは、イスラムの国らしく、女性の外歩きはほとんど見かけませんでした。

どこを歩くにも、アラブの男たちの目が追ってきて……かなーり居心地悪かったのは確かです。いやはや、アラブの国に女性一人旅というのは、きつ~。
(もしかしたら現地の人々の常識からすると、とっても非常識だったかもしれないです。)

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