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1995年春 南イタリア:マルタとシチリアをめぐる旅15日間

旅先のおみやげシリーズその10──マルタで買ったもの

1995年の春に、南イタリア・マルタとシチリアをめぐる旅15日間、というツアーに参加しました。
2006年6月現在までの私の延べ21回の海外旅行で、唯一、添乗員のつくツアーでした。

これは豪華なツアーでした。
まずホテルは、ほとんど五ツ星。たまたま一ヶ所だけ三ツ星ホテルになったとき、ものすごーくグレードダウンしたように感じたくらい、贅沢に慣れてしまいました。
そして、添乗員だけでなく、講師の先生も同行されました。
旅行関係の著者をたくさん書かれている紅山雪夫先生です。

参加者は、リピーターや年輩の方が多かったです。
代金もなかなか豪華でしたし、紅山先生ファンのリピーターの方もいらしていました。
計15人ほどの参加者の中で、私と同年代は私を含めて3人しかいませんでした@

なぜツアーにしたかというと、この旅行の一番目当てはシチリアに残る古代ギリシャの遺跡だったからです。
廻ろうと思えば個人で公共交通機関を乗り継いで廻ることはできたでしょうが、あちこちに散らばり、時には町はずれにある遺跡を効率よく見て回るには、ツアーが便利です。
それから、シチリアの古代ギリシャ文化にあこがれがありましたが、私自身、当時、イタリア美術に熱心だったとはいえ、南イタリアや古代文化については疎いと自覚していました。
できればしっかりしたガイドさんの解説が欲しかったのです。

あとは、シチリアというとマフィアの国という連想がありました。
ローマ以北は1人でひょいひょい旅行しましたが、南イタリアの治安については非常に懸念していました。
2001年のアメリカ同時多発テロ以前の話ですから、今に比べると、心配のレベルやしどころがちょっと違いましたね。
もちろん、いつだって油断は禁物@

それで、ツアーに参加しました。
ただし、シチリアが目当てなのですが、ツアーにはマルタ島の観光も含まれていました。

マルタって、どこ?
何があるところ?
観光地なの、それ?

確か当時はそんな感覚でしたね。

いまでは、マルタ共和国は観光地としてもよく目にするようになりました。
あるいは、自分が行ったことがあって関心があるから、旅行サイトやパンフレットなどで見かけると、ピピッと反応してしまうだけかな。

少し調べてみたら、マルタは、ヨーロッパに残る巨石文化よりも更に昔の巨石遺跡がある国と分りました。
もっと現代史でいえば、1989年、東西冷戦を終わらせたマルタ会談が行われた場所でしたね。
また、地中海の要所に位置しているため、ヨーロッパ史上では、派手に取り上げられることはないにしても、重要な軍事拠点として常に列強から狙われていたところにある島でした。

しかし、当時の下調べ手段はほとんどがガイドブックなどの書籍。
まだインターネットは開通してないですよね。1995年なら、Windowsが出た年でしたっけ@

下調べの資料で、日本語のものはあんまりなかった気がします。
いまでは、日本のガイドブックとしては重宝している地球の歩き方シリーズに、「南イタリアとマルタ」があります。
1995年に私がマルタへの旅行を決めたときには、ありませんでした。
あるいは、1995年の旅行の一番目当てはシチリアであって、マルタはおまけ感覚だったので、ちゃんと調べなかったのかも。

でも、少なくとも、当時はあまり知られていないマルタということで、ツアー主催者から(あるいは紅山先生からかな)、マルタについての資料が送られてきました。
英文のおそらくどこかのガイドブックのコピーです。
それを必死になって読んで理解しようと努めた覚えがあります。

だって、「退屈が怖い」じゃないけれど、海外旅行において、トラブルを除き私にとって一番怖いことは、自分の下調べ不足で現地の見どころを逃したり、意味や価値がわからないまま通り過ぎたりすることなんですもの。

実際にマルタに行ってみて、私にとって───あくまで私にとってですけど、思わぬ儲けものだと思ったのは、マルタが思った以上に、あこがれのアラブチックな街並みだったことです@
中世にある約200年にわたるアラブ支配の遺産です。

このマルタがきっかけで、その後、どうしても旅行先はアラブ系の国にしたくなり、1997年のチュニジア旅行と1998年のイスラエル旅行へと続くわけですが……。

マルタ騎士団が残した豪華なバロックの遺産も、予想外でした。
大聖堂には、かのバロック絵画の巨匠カラバッジョの絵がありました。
カラバッジョのことは絵のことしか知りませんでしたが、彼が殺人を犯したあとの逃亡先がこのマルタ島だったとは、この時初めて知りました@

さて、そろそろ本題に行きましょう。

マルタで買ったお土産。
マルタはガラス細工の名産地でもありました。
ガラス細工に興味はあれど、重いしかさばるし、それなりのものが欲しければ値がはる!───ということで、私はたいてい旅先の買い物対象から外しているのですが、それでも買ってくるときは買ってくるものです。
小さなガラスのコップと置物の2つを買いました。
その他には、観光地土産として、まあオーソドックスなもの。マルタ共和国のものだとわかるモチーフの入った小物。すなわち壁飾りと栞でした。
計4点です。

まずは、それらマルタで買ったものの勢揃い写真をご紹介しましょう。

1995_malta_gifts1

背景のカードは、ガラス細工を買ったお店のカードです。
敷物に使っているのは、このお土産シリーズの写真に華やかさを加えるためにおなじみの、ハンガリーのカロチャ刺繍です。

これ一枚でマルタで買ったものの写真は完結してしまいましたが、それぞれ別々にまた写真を撮ってみました。

栞と壁飾り。

1995_malta_gifts2

壁飾りは、マルタ島でたいてい観光客が訪れる漁村マルサシュロックです。
そのはずです@(記憶が薄れてきてしまって……(泣く)。)
マルサシュロックでは、舳先のあたりに、魔よけの目玉が描かれている、青と黄色のカラフルなボート漁船が目玉でした。
でもこの壁飾りのボートは、赤一色……。ううーん。

次の写真は2つのガラス細工を主役にしました。

1995_malta_gifts3

金粉がまき散らされた黒いコップと、リンゴの置物です。

コップのきらきらを写真に入れたいぞ。

1995_malta_gifts4

どうでしょ@

それから栞を主役にした写真も撮りました。モチーフがよくわかるように@

1995_malta_gifts5

マルタでは、この緑の市内バスも名物と言えるでしょう。
ロンドンのバスといえば、赤い二階建てのダブルデッカーを思い出すように@

それからバスの下に、白と赤のマルタ騎士団の十字架のマークもあるのがわかりますか?
このお花のような変わった十字架の形は、マルタ十字というのだそうです。

さて次回は……あれっ、よく考えたら、時系列順に言ったら、1995年の前に1994年のトルコ旅行があったんでした@

さきほどアラブ系の国に行きたくなったきっかけがこのマルタと書きましたが……じゃあ、トルコは?
といっても、トルコ旅行を決めたときは、カッパドキアが一番の目当てでしたので、当時の私にとって、アラブ系の国というよりは、奇岩のある国、という認識でした。
だから、間違っていないのです@

旅先のおみやげシリーズその7──6回のイタリア旅行で買ったもの

イタリア旅行で買ったもの───やはり、アクセサリーが多いです。

……いや、どこへ行っても、やっぱりアクセサリーが多いんですけどね、私の場合。
まぁ、値段はともかく、かさばらず、重くないのは、旅先のおみやげとしては好都合です。

今までイタリアには、単純に数えて6回旅行しています。
最近はご無沙汰なのですが、一時期は、旅行先といえば、まずイタリアが頭から離れませんでした。
年度でいうと、1989年、1991年、1992年、1993年、1995年、そして現段階のラストが1997年です。

初めてのイタリアは、友人と2人で旅行した1989年の春のヨーロッパ旅行のとき。
最初に8日間フランスを回ったあと、イタリアのメジャーな都市、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアを1日ずつ訪れました。
余談ながらその後の旅程をご紹介しますと、まずは西ドイツを9日間。
当時まだ、ベルリンの壁が健在でした。西ベルリンからツアーでベルリンの壁を越え、当時の東ベルリンを見学しています。
壁が崩壊するのは、私が初めてベルリンを訪れた9ヶ月後の1989年11月です。そのニュースを知ったときは、事態の急変もさることながら、あの壁がなくなったのか!───と、驚いたやら、感慨深かったやら。
その後はイギリスへ渡る前にアムステルダムに1日、それからイギリスを8日間でした。

2回目のイタリア訪問は、1991年の秋。1人でヨーロッパ美術紀行と洒落てドイツ以西・フランス以東を回ったとき。
イギリス→ベルギー→ドイツ→ウィーン→ドイツと移動した後に、イタリアに5日間。
イタリア・ルネサンス美術にとても興味があるので、フィレンツェに3日間滞在して、うち1日はツアーでシエナとサン・ジミニャーノを訪れました。その後はフェラーラとラヴェンナを訪れています。
イタリアの後はフランスを回って帰国。

3回目のイタリア訪問は、1992年の春。4月の半ばに出発して、ゴールデンウィークが始まる頃に帰国という日程でした。その日程ですと、格安航空券の値段がピークに向けて跳ね上がる前だからです。
イタリア出国日の5月1日はメーデーで、たしかストライキの影響で、帰国便の出発が大幅に遅れましたっけ。
私はローマからの搭乗なので空港で待たされましたが、先にミラノで搭乗していた乗客は、飛行機の外に出させてもらえずに4時間も閉じ込められていたとか。

その3回目のイタリア旅行は、16日間まるまる中部イタリア、すなわちローマとフィレンツェ間を回りました。
訪問都市を羅列すると、ローマ(再訪)、オルヴィエト、フィレンツェ(再訪)、ルッカ、ピサ、シエナ(再訪)、ペルージャ、アッシジ、グッビオとなります。

4回目のイタリア訪問は、翌年の1993年の春。また同じように四月の半ばに出発して、ゴールデンウィークの始まりに帰国という16日間。
今度はフライトをミラノ往復とし、北部イタリアを中心に回りました。
訪問都市を羅列すると、ミラノ、ヴェネツィア(再訪)、ヴィンツェンツァ、パドヴァ、ヴェローナ、マントヴァ、ジェノヴァ、ベルガモ、パヴィア、そしてマッジョーレ湖となります。

5回目は、私の今までの旅行で、唯一、日本からの添乗員付きの団体旅行で行った、マルタとシチリアと南イタリア15日間です。
いやぁ、ツアーに申し込んだ理由は、シチリアを回りたくても、マフィアが怖かったのです。

じゃなくて!

一番の理由は、シチリアで目当ての古代ギリシャ遺跡を効率よく回るには、ツアーの方がよいと思ったためです。
それから、旅行関連の著者をたくさん書いてらっしゃる紅山雪夫先生が、講師として同行されるツアーだったからです。先生のお話をぜひ現地で聞きたかったんです@

旅程は、アリタリアでローマ直行でしたので、フライトの都合からかマルタ島に移動する前に、オスティアの遺跡を見学。
その後、3日間のマルタ島巡りの後、シチリア巡り。具体的には、パレルモ、モンレアーレ、セジェスタ、エーリチェ、モツィア島、セリヌンテ、アグリジェント、ピアッツァ・アルメリーナ、タオルミーナ、シラクサ。
そしてカターニャの空港から南イタリアのバーリへ移動し、バーリ、アルベロベッロ、マテーラ、パエストゥムを観光後、最後はナポリへ。
ただし、ナポリ滞在中の観光はもっぱらカプリ島で、ナポリはバスの中から市内を見たっきりでした。ツアーバスから下ろさせてくれませんでした。
きっと団体でぞろぞろ移動するには、治安が心配だったのでしょうね。引退後に海外旅行を楽しむという年輩の方がほとんどの団体でしたから。15人ほどの参加者のうち、私と同世代は私を含めて3人だけでした。
ただし、その方たちのほとんどがリピーターで、紅山先生が同行する旅行に以前も出かけてらっしゃる旅慣れた方たちばかりでした。

このときのナポリ観光に不満が残ったため、いまのところ最後のイタリア訪問6回目の1997年に、メインはチュニジア旅行でしたが、最初にナポリ観光を日程に入れました。
1997年秋のイタリアとチュニジア旅行20日間のうちイタリアは、ナポリ3日間、ローマ2日半(うち1日は終日バチカン)です。

と、まあ、旅程のご紹介でまた前置きが長くなってしまいましたが、本題のお土産の話に移りましょう。

手元に残る6回のイタリア土産を写真に撮ろうとかき集めたところ、アクセサリーとぬいぐるみや人形ばかりになりました。

他にも、キーホルダーや写真入りの街の紹介本、美術館のパンフレットもたくさん買っています。でも、本もキーホルダーも、今回は撮影対象から外しました。
そうでなくてもアクセサリーという小さいものばかりで、陳列が大変ですから。なるべく美しく、写真として面白く撮るには。

アクセサリーやキーホルダーのような小さなものを美しく撮るのは難しいです。
単体で撮ったら少しは違うかもしれませんが、私はカタログが作りたいわけではないんですもの。

まずは、ぬいぐるみや人形を集めた写真から。
勢揃い@

Italy_gifts1

1つだけ人形ではないのも入れました。
手前にあるのがそうですが、おそらく粘土製の置き物。ブドウがぎっしりの籠に、ワインが挟まっています。それからラッキーコイン。
1995年のシチリア旅行のとき、たしかタオルミーナで買いました。

さきほどの勢揃い写真だとみなさん少し窮屈そうなので、小分けにして撮り直しました。

Italy_gifts2

ライオンと男の子。
特にライオンが可愛いでしょ~。
どちらも帰国か経由に利用したイタリアの空港で、イタリア・リラが中途半端に余っていたので買ったものです。
ただ、いつ買ったかは、忘れました~。
間にワン・ポイント・ジャパニーズ。奈良で買った鹿のキーホルダーです。

Italy_gifts3

ヴェネツィアで買った、カーニバル人形。
ですよね。
買ったのは、たぶん、2度目のヴェネツィア。1993年に再訪したときだと思います。
足下は、お土産でもらった、沖縄のシーサー。

次に、アクセサリーたち、勢揃い!

Italy_gifts4

配置を考えて、アクセサリー以外のものも入れました。

そのうち、手前にある2つの石は、石です。
すごくきれいな石なので、買ってしまいました。
旅先で石を買って帰るなんて……酔狂なことをしました。重いだけですよねぇ。
日本でも、鉱物フェアとか石の専門店に行けば簡単に手に入ると今ならわかっていますので、なおさら。
買った場所は、ピサです。
斜塔のある広場の前はお土産屋のマーケットのようになっていて、そこで買いました。
でも、その屋台のお土産屋の中に、なんで石屋さんがあったのでしょう。ピサとあんまり関係ない気がしますけどね。
そういう私は、単に、きれいで気に入ったから買いました@
卵の形に整えられているところも、可愛らしくて気に入りました。イースターエッグ代わりに見えたんで

勢揃い写真で、イタリアで買ってきたアクセサリーがいかにたくさんあるか、ということを披露できましたが、1つ1つはよく見えないので、また小分けにして撮り直しました。

Italy_gifts5

ブドウ籠の置物の手前の3つは、モザイクのアクセサリーです。
ペンダント1つにブローチ2つ。

モザイクといえば、ラヴェンナ!
確か町中にモザイクのアクセサリーを扱っている店が点在していた気がします。
1つずつ買ったか、いっぺんにいくつも買ったかは、忘れましたけど、私ならどちらでもあり得る@
ただ、ヴェネツィアでもモザイクのアクセサリーを買った覚えがあります。
ほら、聖マルコ教会には、すばらしいモザイクの壁画があるじゃないですか。

奥のケースに入ったペンダントは、ヴェネツィアン・ガラスです。
その前の青いカメオは、1997年にナポリで買いました。ナポリは、カメオの街でもあるのです@
使われている石は、ブルーレースメノウかなぁ。白と青の縞々がすごくきれいで、レースのようなのでこの名前がついた石です。
イタリアのカメオといえば、貝を使ったものが多いのですが、最近(といっても1997年当時)は石のカメオも作られるようになった、比較的新しいタイプと店の人に説明されました。
ま、説明を聞くまでもなく、いくつかアクセサリーの店を回った後で、ちょっと見慣れないブルーのカメオなので、すぐに目が惹かれたんですけどね。

次は、ちょっと盛りだくさんですが、残りのアクセサリーたちの写真。

Italy_gifts6

額縁は、写真でははっきりしませんが、これはモザイクです。1991年のラヴェンナで買いました。
たしか、ガッラ・プラチディア廟の壁画モザイクに、こういうモチーフがありました。メインではなく、ちょっとした脇っちょにありました。そのレプリカなのです@

一番右端の時計のモチーフのペンダントは、1997年にカプリ島で買いました。
カプリ島のシンボル的な時計塔の時計です。
真ん中の、花のモチーフのカメオのペンダントがありますが(ちょっと目の形に似ているやつ)、これは1997年にタオルミーナで買ったと思います。
そして残りが、モザイクかヴェネチィアン・ガラス@

ワン・ポイント・ジャパニーズは、そう、キティちゃんです。

先ほどの写真は、アレンジは楽しかったのですが、1つ1つのアクセサリーはわかりにくいので、モザイクとヴェネツィアン・ガラスのアクセサリーたちだけで、また撮りました。
少しでも模様の繊細さが伝わるでしょうか。

Italy_gifts7

いかが@
この写真を撮るにあたって、特に一番左の、木のモチーフのヴェネツィアン・ガラスのペンダントに苦労しました。
角度を工夫しないと、天井の蛍光灯が反射して、光って白くなってしまうんですよ。

さらに厳選してズームアップした写真が、こちらです。

Italy_gifts8

ヴェネツィアン・ガラスの白っぽいペンダントは、特にお気に入りです。
縁はレースのようで、真ん中の絵は、葉っぱの上にテントウ虫。
このレースの部分がきれいに写らないかなぁとトライしてみたかったのです。

他にも木のモチーフのペンダントとカプリ島の時計塔のモチーフのペンダントも再度並べました。
時計のモチーフのペンダントは、他のアクセサリーがほとんど金めっきなのに対して、これは18金……いや、14金くらいかな。でもちゃんとゴールドなのです。ペイントはエナメル。
ただし鎖は、安物の金メッキです@

次回は、年度順から言うと1995年のマルタで買ったものの写真をアップしたいところですが……そんなに数がないから、1枚っきりで収まってしまいそうです。
何かオマケをつけるかなぁ……と思案中。

デジタル化した写真のある過去の旅行――1995年と1997年

こちらの方は、写真を交えて旅の思い出やエピソードをご紹介したくなるときがあると思いますので、今回はなるべく簡単に旅程の紹介だけにしておくことにします。
(旅程を載せておきたいだけとも言う@)

1995年以降の海外旅行の一覧は、このブログのサイドバーのカテゴリーを見ればひと目でわかるように設定してあります@

――――――――――――――――――――――――
1995年 春 マルタ島とシチリア・南イタリア旅行
――――――――――――――――――――――――
3/15水 成田発 ローマ着
  ローマ泊
3/16木 ローマ郊外オスティアの遺跡観光後、マルタ島へ飛ぶ
  ヴァレッタ泊
3/17金 ヴァレッタ観光【マルタ共和国】
    (市内観光&巨石遺跡タルクシエンほか)
  ヴァレッタ泊
3/18土 ゴゾ島観光
  ヴァレッタ泊
3/19日 ムディナ観光後、パレルモへ飛ぶ
  パレルモ泊
3/20月 パレルム&モンレアーレ観光【シチリア】
  パレルモ泊
3/21火 セジェスタ、エーリチェ、モツィア観光後、セリヌンテ着
  セリヌンテ泊
3/22水 セリヌンテ&アグリジェント観光
  アグリジェント泊
3/23木 アグリジェント、ピアッツア・アルメリーナ観光後、
      タオルミーナへ移動
  タオルミーナ泊
3/24金 タオルミーナ&シラクサ観光
  タオルミーナ泊
  (ただし、朝4時にホテルを出て早朝フライトでバーリへ飛ぶ)
3/25土 バーリ&アルベロベッロ観光【南イタリア】
  アルベロベッロ泊
3/26日 マテーラ、パエストゥム観光後、ナポリ着
  ナポリ泊
3/27月 カプリ島観光(青の洞窟、アクセル・ムント氏の別荘ほか)
  ナポリ泊
3/28火 ナポリからローマへ飛び、ミラノ経由で成田へ
3/29水 成田着
――――――――――――――――――――――――

このときの旅行が今のところ唯一の団体旅行で、添乗員と、講師の先生として紅山雪夫先生とご一緒させていただきました@

紅山先生は「ヨーロッパが面白い」など、旅行に関するたくさんの著書があります。
その昔(もう大昔ですけど)、一般旅行主任者の資格をとる勉強をしているときに参考にした本で最初に先生のお名前を見つけ、以来、ファンになりました。
講師の先生が紅山先生だからこそ、この旅行に参加したわけです。

こちらにトラベルジャーナル社から出版された先生の著書の紹介があります。

トラベルジャーナル社の紅山雪夫先生の著書

「シチリア・南イタリアとマルタ」では、このときの旅行の経験も参考にされているようです。
だって掲載されている写真に載っている人に、見覚えがありましたもの@
もちろん、それ以上の情報・エピソードが満載ですし、この旅程以外の街、たとえばアマルフィなども掲載されていました。

一般旅行主任者の資格はどうなったかって?
うふふ。通信講座のみで、一発で合格しました@
ただし、現在は、宝の持ち腐れになっています。
他の人の旅行のお世話をするよりは、自分が楽しみたくて。
ああ、いや、自分の個人的な楽しみには、とても役立ちましたね。

それから、このときのホテルは、一番グレードが低くて三ツ星が1箇所、後は五ツ星クラスのホテルぞろいでした@

それまで一ツ星か二ツ星のホテルやペンションやユースホステルを利用し、三ツ星ホテルで奮発かな!という旅行をしてきた私は、この経験を通じてすっかり贅沢になってしまったように思います@
実際に贅沢なホテルを利用するかどうかは別として、少なくとも感覚が……。

――――――――――――――――――――――――
1997年 秋 ローマ・ナポリとチュニジア旅行
――――――――――――――――――――――――
9/07日 成田発 ミラノ経由 ローマ着
  ローマ泊
9/08月 ナポリ観光
  ナポリ泊1
9/09火 ナポリ観光
  ナポリ泊2
9/10水 ナポリ観光
  ナポリ泊3
3/11木 ローマ観光
  ローマ泊1
3/12金 ローマ観光(バチカン市国)
  ローマ泊2
3/13土 チュニスへ飛ぶ。チュニス市内観光
  チュニス泊1
3/14日 チュニス観光(バルドー美術館ほか)
  チュニス泊2
3/15月 カルタゴ&シディ・ブ・サイード
  チュニス泊3
3/16火 鉄道でスースへ。スース市内観光
  スース泊1
3/17水 モナスティール&マーディル観光
  スース泊2
3/18木 ケルーアン観光
  スース泊3
3/19金 スース市内観光&エル・カンタトゥイ港
  夜行バスでドゥーズへ
3/20土 ドゥーズ市内観光&サハラ砂漠(徒歩の範囲)
  ドゥーズ泊
3/21日 ラクダでサハラ砂漠へ
  ドゥーズ泊
3/22月 トズール観光
  ドゥーズ泊
3/23火 チュニスへ10時間のバス旅行
  チュニス泊
3/24水 ローマへ移動。ローマ観光
  ローマ泊
3/25木 ローマ発
3/26金 成田着
――――――――――――――――――――――――

このときの旅行は、最初の予定は20日ではなく17日くらいでした。
ところが航空券とチュニジアでのホテルの手配をお願いしていた旅行会社から、旅の一週間くらい前という直前になって、帰りの便が手配できない!と連絡がありました。

ショーック!

別の日であれば手配できるということになり、日程を縮めるよりは延ばす方を選びました。
それで、チュニジアに行くといってももともと予定していなかったサハラ砂漠に足を伸ばすことにしました。
日程を縮めざるをえなかったとしたら今でも恨んでいる(!?)と思いますが、結果的には、サハラ経験ができたのでよかったです。

ドゥーズのホテルは、現地でとりました。

本当は自力でホテルの予約を取りたかったんですけどねぇ。

夜行バスでドゥーズ入りする手前、予約していかないことには不安で、チュニスやスース滞在時に、日本にあるチュニジア観光案内所でもらったホテルリストをたよりにいくつかホテルに電話してみました。
でも、どこへ連絡しても、フランス語とアラビア語でだだだーっと案内のテープが流れて、電話が切れてしまうんですよ。

途方にくれた私は、結局、スースのホテルのレセプションの人に、希望のホテル名を挙げて、電話で予約してもらいました@

電話が通じなかったわけは、ホテルリストの電話番号が古かったせいでした。
電話番号制度が変更したばかりだったそうで。

それを聞いて、日本でホテルリストを手にしていたので安心していないで、チュニスの観光案内所で改めてもらっておけばよかった、って思いましたよ。

でも、チュニスの観光案内所の人って、ものすごーく無愛想だったんです。
少なくとも当時は。
でもLonely Planetにもそう書いてありましたし、他に、最近HPでチュニジア旅行記をアップしている人の中にも、同じように思った人がいましたので、私だけが貧乏くじを引いたわけではなかったようです。

おばさんが一人いただけなのですが、私が入ってうろちょろしても、マネキンじゃないかって思うくらい微動だにしなくて。
サングラスをかけていたので目の動きはわかりませんでしたから。
多少の質問をしても、首を縦にふるか横にふるかだけで一言も言葉を発しませんでした。
いやはや。

動物シリーズその2──マルタ島のムディナと南イタリアのチステルニーノの犬

これも1995年のの春に行った、南イタリア:マルタ島とシチリアをめぐる旅で撮った写真です。
ワンちゃんの写真です。

でも、その前に、このときの旅程の話をしましょう。

この旅行では、最初にローマ経由でマルタ島に行き、3泊しました。
マルタ島では、ヴァレッタ市内観光ほか、古代エジプトより古い時代の巨石遺跡を回ったあと、ゴソ島やマルタの古都ムディナを回りました。

その後、再びローマ経由でシチリアの中心都市パレルモに渡り、パレルモ市内観光とモンレアーレの大聖堂を見学した後、ツアー専用バスで、セジェスタ、エーリチェ、モツィア島(島へは船を使いましたよ、もちろん)、セリヌンテ、アグリジェント、ピアッツァ・アルメリーナ、タオルミーナ、シルクサと回りました。

いやぁ、今、ひっくり返しても、団体ならではの展開の早い旅程ですねぇ。
最近の私の旅行の傾向は、一人旅で移動は現地の公共交通機関を利用するしかないので、都市を中心に、できるだけ移動時間は少なくすむように旅程を組んでいます。
そうせざるをえないところがあります。
一人旅の気軽さに慣れてしまいましたが、団体旅行のこの専用バスを利用したハイライトをたくさん盛り込んだ旅程は、団体旅行ならですねぇ。

その後、シチリア島から南イタリアのバーリに飛びました。
バーリ行きの飛行機は7:05発だったので、ホテル出発は4時、なのでモーニングコールは3:30ですよ!
おかげでバーリには8:10に到着し、午前中半日バーリ市内見学のあと、チステルニーノに寄ってアルベルベッロにその日の夕方には入れたのですが……いやぁ、ホテル出発4時、起床は3時半。
一人だったらとってもできない日程ですよ、こりゃ。

アルベルベッロの後は、南イタリアはマテーラとパエストゥムを回ったあと、ナポリで最後だったのですが、ナポリ市内はバスから観光し、ナポリ滞在中はもっぱらカプリ島観光が中心でした。

と、ざざっと旅程だけつらつら述べましたが、特にこのあたりに行ったことも興味を抱いたことのない人には退屈だったかな。

これからワンちゃんの写真を紹介するつもりですが、動物は洋の東西問わず、動物は動物。どこで撮ろうと、ワンちゃんはワンちゃんなんですよね。

ま、いいや。本人にとってはどこで撮ったか、というのも思い出の一つなので、おつきあいいただきました。

では、その旅程の中で、マルタ島の古都ムディナと、南イタリアのチステルニーノで撮ったワンちゃんの写真を紹介します。

まずはムディナで撮ったワンちゃんたちです。確か、石造りの壁に囲まれたムディナのメディナ(旧市街)を出てすぐのところで撮りました。

1995_dogs2.jpg

これらのワンちゃんの写真を撮った理由は──犬好きだから? いやいや、違います。
この見事なつやつやの茶色の毛皮に見惚れてしまったのです。
○ンコみたいで!

次は迷路のような狭い道に白壁の家々が並ぶチステルニーノの街角で撮ったワンちゃんの写真です。

1995_dog.jpg

これは、かわいいでしょ〜。

これは文句なく、かわいいから撮りました。

このワンちゃんは、家の玄関で、住人の足元から顔を出していました。
すごく恥ずかしがりやのワンちゃんで、私はうまく写真が撮れたのですが、何人かが「かわいい〜」と近寄ったら、ご主人様のスカートの後ろにひっこんでしまいました。

動物シリーズその1──マルタの猫

過去の写真をひっくり返していたら、何年も過去の海外旅行まで遡れば、ここで公開したくなった動物の写真が何枚かありましたので、今度は動物シリーズといこうと思います。

まずは1995年の春に行った、南イタリア:マルタ島とシチリアをめぐる旅からです。

地中海の要所にあるマルタ島、それからシチリア島をめぐるこの旅は、ほとんど一人旅である私のこれまでの20回の海外旅行の中では、ほぼ唯一、団体旅行らしい団体旅行といえるものでした。
添乗員1名、講師1名、その他の参加者は私を含めて14名。
講師に惚れ込んだリピーターの方もいて、海外旅行に慣れている定年すぎの方が多く、平均年齢は高かったですが、とても心地よく過ごせた団体旅行でした。

ちなみに、この旅行に参加した目当ては、シチリアでした。シチリアの見どころといえば、古代ギリシャ時代に残された遺跡。しかし、これらを個人で回るにはかなり大変なのでツアーにしました。
あと本音をいうと、シチリアというとマフィアを連想したので、一人で旅行するのがちょっぴり怖かったんです。

しかし、マフィアというのは、むしろ旅行者はあんまり相手にしないらしいですね。杞憂だっかもしれません。
(これは1995年の旅行の前後で仕入れた情報なので、念のため。その後、旅行先のターゲットをイタリアから他の国にしたので、イタリアの最新情報にはあんまり詳しくありません。)

では、前ふりが長くなってしまいましたが、マルタ島で撮ったネコの写真を紹介します。

1995_cat.jpg

(ニフティ・ワールドフォーラム・フォトコンテスト投稿作品)

このコは、目つきがいいでしょう。

もう一枚。

1995_cats2.jpg

右側の黒いコはまだ子ネコですね。

しかし、これらのネコちゃんたち、マルタ島で撮った!……と声高に叫ばない限り、近所のネコ?
って言われても仕方がないかもしれませんね。

これらの写真は、朝、ホテルの近くを散歩したときに撮りました。
ホテルは、ヴァレッタを対岸に望むスリーマにありました。

私は特にネコ好きというわけではなかったのですが、なんだか人なっつこいネコがたくさんいたので、つい撮ってしまったわけです。

その後、日本の書店でもろに「マルタの猫」と題された写真集を見ました。
マルタって、もしかしてネコの天国かしら? 
いまでもそうだといいですね。

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