2004年夏 中欧旅行 (ブダペスト・ウィーン・チェコ)20日間

旅先のおみやげシリーズその17──チェコで買ったもの

チェコは、2004年7月の約2週間の旅行でめぼしいところはかなり回りましたが、また行きたいですねぇ。
日本のガイドブックに紹介されていないだけで、知られざる魅力のスポットはまだまだありますしねぇ。

首都プラハは、西欧に劣らぬ観光都市です。
2004年7月のチェコ旅行の締めと、2005年7月に再訪しました。
よって夏のハイシーズンしか知りませんが、西欧の観光都市に劣らず観光客にあふれ、観光インフラも遜色なく、博物館などの見どころも多く、コンサートや劇なども豊富で、いかにも観光客向けのエンタテイメントも充実しています。
西欧の観光都市を訪れるのとほとんど変わらぬ気楽さでめいいっぱい楽しむことができます。

あ、これは、いかにも観光客向けのエンタテイメントと便利さを肯定する立場の感想ですので、あしからず。

一方で、地方都市は、女1人で公共交通機関だけを利用し、チェコ語は知らず、英語を頼りに回るには、やや不便を感じます。
というか、今やインターネットでバスや列車の時刻表を、日本出発前に、いや旅程を立てるときにあらかじめ調べられるからこそ、実現できたといえるでしょう。

チェコの地方都市は、博物館目当てでどちらかというとシティ派の私が観光するにはやや物足りなく、半日もあればめぼしい見どころは見終わってしまうところも多かったです。
いつもせわしなく、たくさん観光ノルマを果たしたがっていた私にとっては、時間を持て余したところもあります。
ひらたく言えば、東欧の地方都市は、いかにも観光を惹きつけ、酔わせる見どころが西欧の地方都市ほどにはぎっしりであると言い難いと思います。

でも、逆に、のどかな田舎でゆっくりと楽しむことを覚えたかもしれません。
観光先で何を期待するか、という視点も変わったと思います。

そんな、なるべくたくさん見てやろうとあわただしく過ごす都会と、焦っても仕方がなくて、のんびり過ごす地方、というメリハリのある観光スタイルがより楽しめるようになったのも、私が今、東欧にはまっている理由のひとつかもしれません。

んー、でも一番の理由は、高校生のときに初めて接した世界史、とくにヨーロッパ史が、日本にいると西欧に偏ってしまうのが不満に思えるようになったからでしょうか。
西欧側から見た歴史と東欧側から見た歴史のギャップが面白いです。

なぁんて、私にとっての東欧の魅力を挙げるときりがないし、あくまで主観的な感想であり、独断と偏見まじりのこじつけになりそうですから、このくらいにしておきましょう。

2004年と2005年に回ったところをまず、列挙します。

2004年
ウィーンからICでブルノに3泊→うち日帰りでオロモウツ
→テルチに1泊
→チェスケ・ブデヨヴッツェに2泊→うち日帰りでチェスキー・クルムロフ
→プラハ5泊→うち日帰りでカルロヴィ・ヴァリ(現地ツアー参加)とクトナー・ホラ

2005年
プラハ4泊
→うち現地ツアーでコノピシュチェ城とカルルシュテイン城見学

チェコで買ったものを、写真を撮るために集めてみたら、意外、あまり民芸品っぽいおみやげはほとんどありませんでした。
むしろ、同時に行ったハンガリー(2004年)やポーランド(2005年)の方が、いかにも民芸品らしい、あるいはその国のおみやげらしいおみやげを買っていました。

では、何が多かったかというと───それはまた例によって、アクセサリーでした、へへへっ@

なにしろ、チェコといえば、ガーネットの国なのですよ@

ボヘミアガーネットは、パイロープ・ガーネットが主流です。
日本で売られているのはアルマンディンが主流のようですが、パイロープ・ガーネットはガーネットの中でもさらに色が濃く、血のように赤いものが多いです。

そして、モルダバイト(またの名をブルタヴィン)というモルダウ川の名産の貴石も、チェコ固有のものです。

モルダバイトは、簡単にいえば、隕石から出来た天然ガラスと言われています。
でも、きれいな緑色をしていて、アクセサリーにはうってつけの宝石(貴石)です。
宝石の条件は、希少性と美しさと耐久性ですから。
このへんのウンチクは、長くなってしまうのでこのあたりにしておきましょう@

写真は15枚撮りました。
それから、2004年の旅行中に買ったもの(チェコに限らず)を撮った写真がプラス1枚の計16枚です。
どんどん枚数が増えるみたいです@

ただし、今回あらためて撮った15枚のうち1枚は、2004年にブダペストで買ったものです。
チェコに行けばガーネットは買い放題!と分かっていたのに、ボヘミアガーネットの店を見つけて、我慢できずに買ってしまったのです。
ガーネットのアクセサリー仲間ということで、一緒にご紹介したいと思います。

まずは、2004年の旅行中に撮った、ブダペスト、ウィーン、チェコで買ったものの写真です。
最後の目的地のプラハ入りした初日の晩に撮りました。

2004_czech_gifts00

この写真は実は以前に紹介しています。
「写真による2004年夏の中欧旅行記(チェスキー・クルムロフその1)」です。

この写真は、買ったものの全部を陳列せず、アクセサリー中心にまとめています。
ただ、ちょっとアクセントをつけるためにマスコットなどを並べています。

緑の帽子のカワボーイのコルク栓は、ブダペストで買ったものです。
ハンガリアン・カワボーイ@
ただし、コルク栓が欲しかったわけではなく、いかにもハンガリアンな民族人形っぽい小物が欲しかったのです。
ちなみに、これを買った後で、ハンガリアンな民族衣装の男女の塩・コショウ入れを見つけて買いました。
そちらを先に見つけていたら、コルク栓は買わなかったでしょうね。

2004年の旅行先は、ブダペスト・ウィーン・チェコですが、この写真のアクセサリーを見ると、ほとんどチェコで買ったものばかりです。
チェコの旅行期間が一番長かったせいと、ウィーンはその前年に引き続いての再訪だから、とこともありますが、やはりガーネットとモルダバイトの存在が大きいでしょう。

次からは、このシリーズのためにデジカメで撮った写真です。
まずはアクセサリー以外の小物からいきましょう。

2004_czech_gifts01

いろいろ写っていますが、チェコで買ったものは、たった1個しかありません。
プラハの街のイラストの磁石です。

モルダウ川を見下ろすように聖ヴィート教会と王宮の丘があり、川には船が浮かんでいるデザインですね。

値段は149チェコ・コルナ。
円換算を円安めに1チェコ・コルナ=約5円で計算しましょう(2004年は実際には約4.1円でした)。約745円となります。

実は、これは、カレル橋沿いにあったギフトショップで、店内の写真を撮らせてもらう代わりに買ったものです。
写真を撮る代わりに、一番安いのでいいから磁石の1つでも買って、と言われたのですが、どうせ買うなら一番安いものといわず、気に入ったものを買うことにしました。
だから、もう少し安い磁石もありました。

その詳しいエピソードはこちらで紹介しています。

「旅先の店内シリーズ」のカテゴリーの「旅先でお邪魔した店内シリーズ(12)――プラハのカレル通りで」

撮りたかった店内の写真はこれです。

この記事をアップしているときにはまだデジカメを持っていなかったので、実際に買ったのはどんな磁石か、というのを、1枚目をサイズダウンさせずにトリミングしたズーム写真を使って、苦しい説明をしています。
いまや、デジカメのおかげで、そのものが気軽にバッチリ撮れます@

さっきの写真で、プラハの磁石以外について。
マンボウの消しゴムとクマちゃん磁石は日本で買ったワン・ポイント・ジャパニーズです。
丸い磁石は友人からのおみやげで、ニューヨークのメトロポリタン美術館だったかな、そのあたりのグッズです。

次の写真は、おみやげを撮るつもりが、背景に使ったハンドタオルの方が目立ってしまいました@

2004_czech_gifts02

チェコの高級温泉リゾート地であるカルロヴィ・ヴァリで買ったものを撮りたかったのですが、ジャパニーズばかりが目立っています。
ハンドタオルに、黄色の子ブタちゃんに、それから牛の斑点のデザインのマグカップ!

撮りたかったのは、銘酒ベヘロフカの小さなボトルと、温泉を飲むための専用カップです。
そう、ヨーロッパの温泉って、ドイツとかチェコは、浸かる温泉ももちろんありますが、どちらかというと飲む温泉の方が多い気がしますね。
カルロヴィ・ヴァリにも温泉水のプールだか風呂だかの施設はありましたが、飲む温泉が主流です。

ちなみに牛のマグカップを添えたのは、大きさ対比のためです。

次の写真は、撮りたかった本来のボトルと温泉カップだけにしました。

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下に敷いてあるのは、ハンガリーのブダペストで買ったカロチャ刺繍のテーブルクロスです。

カルロヴィ・ヴァリへはプラハ発の現地ツアーを利用して日帰りしました。
そのレポートはこちらにあります。
「写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリのプロローグ)」
「写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリ本編)」

直接記事に飛ぶリンクをつけられないので、「写真による2004年夏の中欧旅行記」というカテゴリーをクリックして、ずずずーっと下へスクロールさせてくださいませ。

カルロヴィ・ヴァリには体によい源泉が12箇所ありますが、ベヘロフカは、100種類もの薬草が入った薬効のあるお酒で、13番目の源泉との別名があります。
どんな薬草が入っているのか───レシピは企業秘密だそうです@

旅の途中で瓶ものは取扱いに気を遣うのでなるべく買わないようにしていましたが、これは10ccのボトルで小さかったので、母へのおみやげに買いました。
このボトル自体も、なかなか魅力でした。
ボトルもラベルも特徴的ですし、手のひらに乗るサイズも可愛いですし、フタがそのままお猪口になっていて面白いです。

値段は60チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約300円です。
試しに買うにはちょうどよい値段です。

中身はワインのような真っ赤な色をしていて、母いわく、養命酒のような味がするそうです。
私も試飲してみましたが、アルコール度数が約38度もあるだけあって、アルコールを飲んでいるようなかんじがしました。
お酒ではなく、アルコール!

温泉カップは、次の写真でご紹介しましょう。

2004_czech_gifts04

この温泉カップは、ラーゼンスキー・ポハーレックというそうです。
取っ手が吸い口になっているのが面白いです。
でも、あんまり熱いのは、取っ手も熱くなってしまうので飲みづらかったです。

まあ、はじめはこのカップは買うつもりはありませんでした。
ところが、せっかく飲む温泉が名物のカルロヴィ・ヴァリに行っておいて、汲んで飲むにちょうどよい容器がなかったのです。
なので、そんなに高くないし、小さいものはかさばらないので、1つ、買ってみました。
これは一番小さくて一番メジャーなタイプです。
80チェコ・コルナ(約400円)です。

ところで、カルロヴィ・ヴァリは、チェコの中でもドイツとの国境に近い西ボヘミア地方にあります。
あのあたりにはカルロヴァ・ヴァリだけでなく、マーリアンスケ・ラーズニェのような、同じく高級温泉リゾート地があります。
ドイツに近いのでドイツからの観光客……というよりは、温泉水を飲んで治療のために滞在する客がたくさんいます。
また、チェコはかつてオーストリア・ハプスブルグ帝国の一部でした。
なので、たいていの町にドイツ語名があります。
なので、ここは、いまでもドイツ語名も有名なのかもしれません、日本で。

ドイツ語名は、カールスバート。

つい先日、デパートのヨーロッパ雑貨部門でフェアをやっていたので、覗いてみました。
陶器が主でした。
その中に、マイセンだのウェッジウッドだのリチャードジノリだのバカラだのロイヤルコペンハーゲンだのボヘミアクリスタルと一緒にありました、カールスバート。
ブランド名?
でも、この温泉カップと同じデザインのシリーズが陳列されていました。
その名も、「カールスバートのブルーオニオン」!

ブルーオニオンは、マイセンだけのものではなかったのですねぇ。
確かにこの温泉カップのデザインも、ブルーオニオンに似てるなぁとは思っていましたけれど。

一緒に写っている革製の小箱は、次の写真でご紹介しましょう。

2004_czech_gifts05

さきほどは小箱を上から撮りました。フタにも、中身にもステキな模様があったのをご覧いただけたと思います。
今度は真横から撮ってみました。横も可愛いでしょう。
丁寧に作られていますよね。

おとなりは、カルロヴァ・ヴァリの温泉カップです。
吸い口である取っ手の側から撮ったものです。

小箱はプラハで買いました。
旧市街広場と通りを1つほど隔てたハヴェルスカー通りの雑貨市のようなところで買いました。
おみやげの屋台もたくさんありました。

小箱のお値段は、250チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約1,250円です。
作りが丁寧だけあって、ちょっと値が張りました。

買ったのは2004年度です。母へのおみやげに1つしか買いませんでした。
気にいったので、2005年度のプラハ再訪のときにもう1つくらい買おうかなぁと思ったのですが……ハヴェルスカー通りは通ったと思うのですが、同じ雑貨市に出会うことなく、縁がありませんでした。

次の写真には、黄色い子ブタちゃんを再登場させました@

2004_czech_gifts06

ブルノの本屋さんで見つけた、銃のミニチュアです。
いろぉんなのがあったので、なぁぁんとなく気に入ったを選びました。
これって別に、チェコでなくても買うことができたと思いますが……初チェコの都市ブルノで本屋さん見物をしているときに見つけて、なんか欲しくなってしまったんですもの。

黄色い子ブタちゃんで、ほんわかムードを加えてみました@

ラベルには、「Fusil Dragunov 1963」とあります。
お値段は、29チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約145円です。

次の写真からはアクセサリーだらけになります。

2004_czech_gifts07

ちょっと暗かったかなぁ。

どれも2005年にプラハを再訪したときにプラハで買ったアクセサリーです。
主にガーネットのアクセサリーと、それから市民会館のギフトショップで買ったアールデコ調のペンダント。
ちらっと見えている青い模様の小箱は、日本のエスニック系の雑貨店で買ったものです。ワン・ポイント・ジャパニーズ@

このうちガーネット・アクセサリーだけを並べたのが次の写真です。

2004_czech_gifts08

ガーネットのアクセサリーが5つもありますねぇ。しかも、再訪なのに@

私の誕生日石はガーネットなので、ガーネットにはなんとなく思い入れがあります。
さらにチェコのガーネット・アクセサリーは、細かい粒のガーネットをたくさん使った、どこかアンティークなデザインも魅力なので、つい、いろいろ買ってしまいました。

ブローチ兼ペンダントは、シルバーに金メッキです。
お値段はたしか、2,620チェコ・コルナ。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約13,100円です。
しかし、これとほぼ同じタイプのもの、六本木(東京)で売られているのをたまたま見つけたときは、4万円近くでしたよ~@

リングは4つあります。
同じ日に2箇所でいっぺんに買ったので、旅行ノートには値段のメモがありますが、どれがどれの値段だかわからなくなってしまいました。
なので羅列します。
1,250チェコ・コルナ(約6,250円)と、1,810チェコ・コルナ(約9,050円)と、1,040チェコ・コルナ(約5,200円)と、1,450チェコ・コルナ(約7,250円)でした。

次は、プラハの市民会館で買った、アールデコ調のペンダントです。

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これ、同じブランドのアクセサリーを、2004年のチェスキー・クルムロフの城内のギフトショップでも見かけました。
そのときは、モルダバイトのアクセサリーに夢中だったので手を出すのをやめておきましたが、気になってはいたのです。
再訪した2005年に市民会館のギフトショップで見つけて、これは何かの縁に違いない!?───と、飛びついてしまいました@

いろんなデザインがありました。1つとして同じものはなかったです。
石はたぶん、縞メノウではないかと思います。
でも紫の縞メノウってきいたことがないですし、メノウは微細な石英が集まった鉱物なので染色しやすいので、たぶん、これも染色されたものではないかと思います。

お値段は、1,529チェコ・コルナ(約7,645円)です。

次は、2004年の初チェコ旅行で買ったガーネット・アクセサリーです。

2004_czech_gifts10

うーん、これもちょっと暗くなってしまいましたね。

ペンダントが4つにリングが1つ。

私は、つけていても自分でもよく見えるリングの方が好きなのですが、粒をたくさん使ったアンティーク調のデザインとなると、やはりペンダントの方が豊富です。
2004年はこんなにペンダントを買ったので、2005年の再訪の時は、リング、リング、リング……と探しまくったのです@

1つずつご紹介しましょう。

バッテンがいくつもくっついたデザインのペンダント?……ネックレス?
これは、プラハ城に向かう坂道の1つ、たしかネルドヴァ通りだったと思いますが、そこのガーネット・ジュエリー店で買いました。
この中では最後に買ったものです。
すでにいくつも買ってあったのに、ショーウィンドウで見つけて、また惚れてしまったのです@

お値段は、4,800チェコ・コルナでしたが、私は朝一番の客ということで、4,000チェコ・コルナに値引きしてくれました。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、約20,000円です。

代わりに、というか、店員さんたちが、日本語で自分たちの名前を書いて~!と言うので、書いてあげました@

上の左から。チェーンのないペンダントトップは、プラハの旧市街広場近くのガーネット・ジュエリー店で買いました。
お値段は、1,079チェコ・コルナ(約5,395円)です。

2番目のしずくっぽいデザインのペンダントは、プラハの国立博物館内のギフトショップで買いました。
日本式に数えて2階の回廊にあった店です。
これもステキなデザインでしょう。
お値段は、4,980チェコ・コルナ(約24,900円)です。

一番右のペンダントは、リングとセットで、プラハではなく、チェスキー・クルムロフのガーネット・ジュエリー店で買いました。
翌日からプラハだというのに、ガーネットはプラハで買おうと思っていたのに、お店を見かけたら、待ちきれなくなってしまったんです。

お値段は、ペンダントが800チェコ・コルナ(約4,000円)、リングが680チェコ・コルナ(約3,400円)です。

次はチェコ特産の緑の石モルダバイトのアクセサリーです。

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やや暗いせいで黒っぽい緑になっていますが、実際の石は、もっときれいな透明の緑ですよ。
ガーネットのアクセサリーも再登場させました。

モルダバイトのアクセサリーは、3つ並んだうち両脇のペンダントトップ2つは、2004年のチェスキー・クルムロフの城内ギフトショップで買ったものです。

なにしろ、とんだ失敗をしたので、時間が余ってしまいましたからねぇ。かなりゆっくりギフトショップで時間をつぶしました。

よろしければ、そのエピソード、詳しくはこのタイトルの記事で!
「写真による2004年夏の中欧旅行記(チェスキー・クルムロフその1)」

左のペンダントトップは、1,905チェコ・コルナ(約9,525円)です。
右のペンダントトップは、1,670チェコ・コルナ(約8,350円)です。

なかなかイイ値段なのですが、それはこの石の希少性のためでしょう。
台座はシルバーでもなく、メタリックな、もっと安い素材ですから。
値段の差は、大きさより色の濃さのせいでしょう。
黒くなってはダメですが、やはり緑がはっきり出ている方が、いい石とみなされます。

真ん中のペンダントトップは、プラハの国立博物館のギフトショップで買ったもので、上下にガーネットがくっついています。
1,290チェコ・コルナ(約6,450円)です。

次は……チェコでも買ってしまいましたよ、このリング~@

2004_czech_gifts12

M. Freyのエナメル・リングです。
前回、オーストリアで買ったものとしてM. Freyリングをみんな載せたと思ったのですが、まだありましたっ!
ほんと、好きですねぇ、私@

それまで縁がイエローゴールドのものばかり狙っていましたが、ホワイトゴールドの清楚さがに好みが偏ってきました。
メインのエジプトチックなデザインも、水色系で清楚で涼しげなイメージでしょう。

お値段は……メモが見あたりませんでした~、あらら。

ガーネットは、前の写真にも出てきています。再登場です。

次は、2004年にオロモウツで買ったシルバーリングです。

2004_czech_gifts13

たまたまショーウィンドウで見かけて気に入ったのがあり、しかも安かったので(日本円にして1,000~2,000円くらいでした)、店の中に入りました。
エネメルで小さな花もようのテキスタイルにように描かれたリングでした。
M. Freyのものに比べると、量産タイプでした。だから安かったのでしょう。

ところが、ショーウィンドウで気に入ったリングは、サイズが小さいものばかりだったのです!
ゲルマン系やスラヴ系の人の方が体が大きいから、むしろ日本で買うよりは大きいものが多いかと思っていたのに(泣)。
私のサイズに合うリングは少しだけありましたが、それはどれもデザインが気に入りませんでした。
あきらめて店を出ようとした私の目に、店員さんの背中のショーウィンドウにあるアクセサリーが目に入りました。

それが、これです@
その中で、この2つのリングを買いました。

お値段は、太い方が140チェコ・コルナ、細い花もようの方が170チェコ・コルナだったと思います。
たしか、花もようの方が高かったはずです。
1チェコ・コルナ=約5円とすると、それぞれ約700円と約850円です。
地方都市なので物価も多少、安かったかもしれませんねぇ。

背後の見えているのは、これも日本のエスニック系の雑貨店で買った小箱です@

次は、実は撮り忘れたので後で撮った写真です。

2004_czech_gifts14

緑の石のリングは、モルダバイトです。
さきほどのモルダバイトのアクセサリーと一緒に撮るのを忘れてしまいました。
これはチェスキー・クルムロフの城内のギフトショップで、他の2つのペンダントトップと合わせて買いました。
3つも買いましたから、あきれたなって雰囲気がちょぉぉっとあった気がします、店員さんに。

お値段は、1,905チェコ・コルナ(9,525円)です。

しずく型が垂れ下がったクリスタルガラスのリングは、スワロスキーです@
チェコで買うなよ~、ってかんじ?

これは、2005年にプラハからポーランドのクラクフに移動するために利用した空港の出国手続き後に買いました。
空港でぶらぶら時間をつぶしているとき、本当はチェコのメーカーのボヘミアンガラスのアクセサリーなりちょっとした置き物なりを探していたんですよ。
ところが、どうもボヘミアンガラスのそういうものは素朴すぎて……アクセサリーとはあんまり洗練されているように見えなくて……お隣のスワロスキーのアクセサリーの方に目移りしました。

お値段は2,750チェコ・コルナ(約13,750円)です。
余ったチェコ・コルナをこれで使い切り、足らない分はクレジットカードで支払いました。

チェコで買ったものの写真は以上です。

最後の1枚は、最初に予告したとおり、チェコではなく、ハンガリーの首都ブダペストで買ったものの写真です。
同じくガーネット・アクセサリーということで、ここで一緒にご紹介します。

2004_hungary_gifts01

ブダペストの王宮の丘にあったボヘミア・ガーネット・ジュエリー店で買いました。
ペンダントトップとリングとペアで@
金メッキです。

プラハもそうでしたが、同じボヘミア・ガーネット・ジュエリー店でも、おいてあるものは店によって少しずつタイプが違っていました。当然でしょうけどね。

これらを買ったブダペストの店では、プラハのガーネット・ジュエリー店ほどにはぎっしりガーネットを使ってはいませんでしたが、こんなかんじに可愛いデザインのアクセサリーがあったのをよく覚えています。

今年2006年の海外旅行では、ブタペストを再訪します。
王宮の丘もまた行くでしょう。
このアクセサリーを買ったまだお店があったら、覗いちゃうかもしれません。
覗いてしまうと、気に入るのを見つけて、また買ってきてしまうかもしれません。
自分に自信が持てません。
というか、買ってしまう自分には自信が持てるかも!?

次回は、去年の2005年の旅行のメインターゲット、ポーランドで買ったものをご紹介したいと思います。

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旅先のおみやげシリーズその16──オーストリアで買ったもの

また、たくさん写真を撮ってしまいました@
そしてそれをいっぺんにご紹介しようとしています。
長い記事になると、引かれちゃうかな。

このおみやげシリーズ用に、オーストリアで買ったものの写真は14枚撮りました。
それから、オーストリア旅行中にオーストリアで買ったものを撮った写真がプラス1枚の計15枚です。

オーストリアには2006年8月末の現在に至るまで、3回行ってます。
初オーストリアは、1991年のヨーロッパ美術紀行(一人旅)のときのウィーン2日間。
2回目が、2003年7月のオーストリア旅行約2週間。
3回目が、翌年のチェコ中心の中欧旅行のときの再訪2日間。

2003年にオーストリアに行くことに決めたのは、こういってはなんですが、切り捨て方式で残ったんですよね。
それまでは旅行は9月に行っていました。
ところが仕事の都合で、9月は忙しい月となり、ならばハイシーズン直前の7月に行けや!
と、いつもより2ヶ月早めました。
海外旅行は私にとってほぼ一年に一回の大イベントなので、いつも下調べに時間をかけます。
2ヶ月早まった分、あまり慣れていない地域はやめて、西欧に絞りました。

そして、覚えてらっしゃるでしょうか。
2002年の冬から2003年の夏になるまで、SARSが世界中を震撼させていたことを。

もし旅先でかかったりして、帰国後、私と接触した家族や友人もろとも隔離されるようなことになったらどうしよう、と真剣に悩みました。
だって旅先では、日本にいるときほどニュースをキャッチできませんもの。
なので、ターゲットを決めるとき、ちょっとでもSARSニュースがあった国は外しました。
残った国の中で一番興味のあるところを選んだら、オーストリアになったのです。

でも、暖かくなるにつれて、SARSの勢いも弱まってくるのが、ニュースから感じられました。
そして私がオーストリア旅行に出発した2003年7月6日。
飛行機の中で読んだ新聞に、SARS終焉の記事が載っていてホッとしたことを、いまでもよく覚えています。

というわけで、選んだきっかけはしょーもなかったオーストリアですが、10年以上ぶりに再訪し、その魅力を思い出し、すっかりまいってしまいました。
なので、せめてウィーンだけでも!と翌年も再訪したというわけです。チャンチャン!

2003年の旅程は2週間ですが、ウィーンとザルツブルグにゆっくり滞在したので、それほどあちこち回っていません。

ウィーン(現地ツアーでヴァッハウ渓谷やらウィーンの森やら)
→リンツ
→ザルツブルグ(現地ツアー等でザルツカンマーグートやらベルヒテスガルテンやら)
→グラーツ
→ウィーン
主たる訪問都市は以上の4都市です。

これがチケットをウィーンINインスブルックOUTにでもすれば、もうちょっとあちこちに足を伸ばせたかなぁ、と後で思いましたっけ。
でも、ウィーンもザルツブルグも、それからグラーツだってリンツだって、まだ見損ねたところがあるし、もう一度行きたいところがあるくらいです@

という旅の思い出話はそろそろきりあげて、オーストリアで買ったものの写真に移りましょう。
まずは、オーストリアで撮った、オーストリアで買ったものの写真です。

2003_austria_gifts00

旅程半ばのリンツのホテルで撮りました。
カーテンが爽やかなエメラルドグリーン色のイビス・ホテルにて@

実は、この写真が初めてなのです。
こんな風に、自分の手元にあるものを配置させて写真を撮るというのは。
ショーウィンドウのディスプレイを気取ってみました。

でも、こんな写真を撮ってみよう、と思いついたきっかけは、そこに写っている枝付のプチトマトです。
リンツ駅前の屋台の野菜売りでビタミンCの補給に!と思って一枝だけ買ったのですが、それがとても可愛らしかったので、食べてしまう前に記念に写真を撮りたくなったのです。
それがこんな写真になったというわけで@

まだ旅の半ばでしたので、この後に買ったものもありますし、この中には家族や友人へのおみやげもあるので、いまはもう手元にないものもあります。

次からは、このおみやげシリーズにアップするためにデジカメで撮った写真です。

2003_austria_gifts01

勢揃い!
と言いたいところですが、オーストリアで買ったものはアクセサリーが多いので、この中には入れていません。

やっぱりねぇ、ハプスブルグ家のお膝元だったウィーンを首都に抱くオーストリア。
その前年と前々年の旅行先のドイツやその前の年のロシアに比べると、洗練されたアクセサリーがたくさんなんだなぁって思いましたよ@

この写真の中で先に説明しておいた方がよいものは、敷物にしているTシャツですね。
……袖無しでも、Tシャツって言うんでしたっけ?

これは、リンツの近現代美術館LENTOSで買ったものです。
背中の首のところのタグに、LENTOSと書かれてあるのが見えるでしょうか。

おやや~っ!
Lサイズってタグまで見えてしまってるぅ。
隠したはずなのに~っ。カメラを構えながらの微調整のときにずれたかなぁ。

値段は、18.00ユーロ。
2003年の夏の換算レートは確か1ユーロ=130円くらいに値上がりしていたので(でも今よりまだ円高ですよね~!)、約2,340円というところです。

やや高いですが、ま、美術館のギフトショップで買ったものですからね。
現代アーティストのデザインを取り入れたものですからね。
それが誰かはチェックしなかったので知りませんけど@

この写真の中にはワン・ポイント・ジャパニーズが3つも入っています。
左上のお菓子の箱は、一応、本の形をしています。
東京六本木でアメリカのフィリップス・コレクション展をやっていたときに買ったもので、絵はルノアールものです。

それから真ん中のレッサーパンダと黒いテディベアのマスコットも、日本で手に入れたものです。

次からはアクセサリーが主役の写真が続きます。

2003_austria_gifts02

ドイツでも買ったし日本でも通販で買った、M. Fray社のエナメル・リングです。
本店はウィーンにあるので、ウィーンではぜひ買おうっ!と楽しみにしていました。

本店はシュテファン寺院のある広場にありました。裏の方です。
他にも、アルベルティーナやモーツアルト・カフェのあるすぐ近くに支店がありました。

2003年と2004年でご覧のとおり、計4つも買っています。
2003年はウィーンカードのおかげで5%引きでした。なので、3つも買ってしまいました。
とはいえ、いっぺんに3つ買ったんではないです。
1日に一個ずつ、つまり3日も通ってしまったんですね~。
ウィーンカードは3日有効でしたから、3つとも5%引きで買えました。

右から、エーデルワイスを始めとするアルプスの花シリーズのリング。
これは2004年に買ったので、割引なしの125ユーロ(1ユーロ=約130円で換算すると、約16,250円)です。

右から2番目は、幾何学チックな高層ビルのデザイン。
2003年に買ったので、125ユーロのところ、ウィーンカードの5%引きで118.70ユーロ(約15,431円)となりました。

左から2番目は、クリムト・シリーズのリング。
これは一番高かったです。天下のクリムトのデザインが使われているからでしょうか。
150ユーロのところ、5%引きで142.50ユーロ(約18,525円)となりました。

一番左が、マンハッタン・シリーズ。でも、モンドリアンの「ニューヨーク・ブギウギ」のデザインですよねぇ。縁はホワイト・ゴールドです。
135ユーロのところ、5%引きで128.50ユーロ(約16,705円)となりました。

真ん中のエーデルワイスの磁石は、また後で登場します@

次の写真もM. Frayリングです。デザインがもっとよくわかるように接写しました。

2003_austria_gifts03

うん、これだとデザインがちゃんとわかりますよね?
エーデルワイスの白い花とか、お隣の青い花とか。
金地に渦巻きのクリムトのデザインとか。

ピアノ型のクリップは、また後で登場します@

次は、M. Frayのリング、違うデザインが見られるアングルに転がしたうえで、スワロスキーのアクセサリーを加えました。

2003_austria_gifts04

インスブルックの近くにスワロスキー・クリスタルワールドという、スワロスキー・クリスタルのテーマパークがあると知ったときは、旅程にインスブルックをどうにか入れたいと本気で思いました。

でも、フライトの都合でいったんウィーンまで戻らなければならないことを考えると、あまり移動に時間をとられたくなかったので、あきらめました。
ウィーンとインスブルック、オーストリアの端と端なんですもの。

でもウィーンのスワロスキーの店に行きましたものね。

もっとも今では、私がよく観劇や美術館目当てに行く東京渋谷文化村にスワロスキーの店があるので、スワロスキーはわりと身近になっています。
新作も、がんばってオーストリアまで行かなくても、ちょっと待てばわりとすぐに日本でも発売されるようですしね。
といっても、お値段がそう安いわけではないので、日常でそうほいほい買いはしませんけど。

写真のスワン・ペンダントは、57.00ユーロ。
1ユーロ=約130円で換算すると、約7,410円です。
水色のリングは、アジアン・リング。53.00円ユーロ(約6,890円)です。

次もアクセサリーがメインです。

2003_austria_gifts05

ハンドペインティングのペンダントが2つ。なかなかステキでしょう。
これはウィーンの王宮内のギフトショップで見つけました。
かの有名な、プチポワンの店の向かいだったと思います。
プチポワンを買おうと思ってお店に行き、結局気に入ったのがこちらだったのです。

これらはショーウィンドウにありました。
でも、営業時間中なのにお店が閉まっていました。
どうしても欲しかったので、隣近所のお店の人に聞いてみたら、「昼食をとりに出てるだけなので、すぐ戻ると思うよ」と教えてもらい、待ちましたっけね。

どちらも27.50ユーロ。
1ユーロ=約130円で換算すると、約3,575円です。

クリスタルガラス付の透明なリングは、ザルツブルグで買ったものです。
実は、最初に目をつけたのは、リンツの街角でした。
でもそのときには店はとっくに閉まっていました。そしてリンツは一泊しかせず、翌日にはザルツブルグに移動することになっていました。
あきらめていたら、ザルツブルグの街角で、同じものを見つけたというわけです。
これは運命の出会いでしょう。
なんて、また言ってます@

水色の方は26.00ユーロ(3,380円)、白っぽい半透明の方は52.00ユーロ(約6,760円)です。
白っぽい方は、Nijoiというブランドのものみたいです。

クジラのクリップは、実はドイツで買ったものです。
前回の「ドイツで買ったもの」に入れ忘れてしまったので、混ぜました@

次もアクセサリーですよ~。

2003_austria_gifts06

水色の透明リングはさっきご紹介したのと同じです。
近くで撮ってみました。

手前のヘビのペンダント・トップは、ウィーンの地下構内の商店街で見つけました。
アールヌーヴォー風!
といえるような豪華なものではありませんが、ヘビは嫌いでも、アールヌーヴォーに影響されてか、ヘビのアクセサリーは洒落てるなぁと思えます。

5.00ユーロです。高くないでしょ。
1ユーロ=約130円で換算すると、650円です。

その奥の三色のリングは、琥珀です。
3年前の2000年にロシアに行って琥珀のアクセサリーを買っているのに、また買ってしまったわけです、えへへ。
というのも、ザルツブルグに、「地球の歩き方」にも紹介されている琥珀専門店があるんですよ。
Rdzeniewskiという店だと思います(「歩き方」ではなく、アクセサリーの袋を見て言ってます@)。
その店は、ホーエンザルツブルグ城へ行くケーブルカーの駅のそばにありました。
となれば、アクセサリー好きで琥珀にも関心のある私、寄らないわけがありません@

琥珀はこんな風に、赤いもの、黄色いもの、緑のものとがあります。
このリングはその色のコントラストがはっきりしているし、比較的安かったので手が出ました。
お値段は、37.00ユーロ(約4,810円)です。

次も新たなアクセサリーが登場します。

2003_austria_gifts07

黄色いクリスタルガラスのペンダントと赤いクリスタルガラスのペンダントがそうです。
光が反射するように撮るのには、ちょっと苦労しました。特に赤い方。
ほんのちょっとのアングルの差で、平坦に写ってしまいますからねぇ。

これはウィーンの滞在ホテル内のギフトショップで買いました。
最終日の朝食後でした。
もう最後だというので、やや衝動買いしてしまったわけですが、結構気に入っています。

使われているのは、スワロスキーのクリスタルガラスです。
スワロスキー以外のブランドも、こんな風にスワロスキーのクリスタルガラスを材料に使ってアクセサリーを作ったりするんですねぇ。

お値段はどちらも28.00ユーロ。
1ユーロ=約130円で換算すると、3,640円です。

アクセサリーは以上です。
次からは、アクセサリー以外のものです。

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ミニチュアのバイオリンに、ミュージーアムショップで買ったコースター。

さすが音楽の都。ウィーンにザルツブルグ。
こういうミニチュアを見たら、買いたくなってしまいます。
バイオリンのミニチュアは13.00ユーロです。
1ユーロ=約130円で換算すると、1,690円です。

コースターは6枚入りでした。でもデザインは2種類しかありませんでした。
なので、手元に2枚だけ残し、残りは友人に配ってしまいました。

お値段は、6枚入りで15.50ユーロ(約2,015円)でした。
1枚あたり、約2.58ユーロ(約336円)というところですかしら。

誰の絵か分かります?
クリムトなんですよねぇ、これも。

2枚目のコースターは、こちら@

2003_austria_gifts09

ピアノ型のクリップとエーデルワイス磁石とミニチュアのバイオリンを一緒に配置してみました。

うーん、意図していなかったのですが、こうして見ると、なんだか、「サウンド・オブ・ミュージック」の世界を連想してしまいます。
えっ、しないですか?

映画版「サウンド・オブ・ミュージック」は、行く前に見ましたよ。
ものすごーく久しぶりに。前に見たのは子供の頃だったと思います。
ザルツブルグ近辺の山々、まさしく冒頭のシーンの青い山々、そのものでした。

映画には、観光客が行くようなザルツブルグ市内の名所がぽんぽん背景に使われていましたが、行く前は分かりませんでした。
帰国してからもう一度ビデオを見て、やっとピンと来ました。
だって本当にあちこちの名所が使われていたんですもの。
特に「ド・レ・ミの歌」を歌っているときは、背景がめまぐるしく変わります。
まるでプロモーションビデオみたいに!
テレポーテーションでもしない限り、あの歌を歌っている間にあんなにあちこち回れません!

という背景の使い方は、別に珍しいことではないでしょう。
単に私がそれら名所めぐりでザルツブルグ市内を歩いていたとき、ものすごーく暑さが厳しくて、しかもちょっと体調を崩していて、歩き回るのがかなぁりしんどかったことを思い出したものですから@
あんな風にぽんぽんと移動できるかいっ!
ってね。

ピアノ型のクリップは、ザルツブルグのホーエンザルツブルグ要塞内のマリオネット博物館のギフトショップで買いました。
お値段は、2.00ユーロ。
1ユーロ=約130円で換算すると、約260円です。

エーデルワイスの磁石は、たしかザルツブルグ市内のギフトショップで買いました。
背景は、オーストリアの国旗ですね。
上下に赤、真ん中に白い帯のシンプルなデザイン。
この磁石のお値段は、4.75ユーロ(約618円)です。

次の写真は、前に一度紹介したものも含まれています。

2003_austria_gifts10

ミニチュアの食器セット。
これはドイツで買ったものかと勘違いして、前回ご紹介しました。
実はザルツブルグで買ったものだったんですよ。
どおりで、ドイツ旅行のノートをひっくり返しても、メモが出てこないはずでした。
でも、ドイツ製って書いてあります@

お値段は9.30ユーロ。
1ユーロ=約130円で換算すると、約1,209円です。

フンデルトヴァッサーのマグカップも、実は前にご紹介しました。
このシリーズのその5「愛用のマグカップたち」です。

これは2004年にウィーンのみ再訪したときに買いました。
フンデルトヴァッサーの美術館であるクンストハウス・ウィーンのギフトショップで。
2003年に惜しくもぎりぎりの時間にたどりついたために入り損ね、2004年の再訪時に堂々とリベンジを果たしたときに買いました。
お値段は、49.00ユーロ(約6,370円)です。
換算レートは、2004年にはさらに円安が進んでいましたが、1ユーロ=約130円のままにしておきます。

ポストカードもフンデルトヴァッサーの作品で、同じギフトショップで買いました。
ただし、2003年に美術館に入り損ねて、ギフトショップだけ寄ったときです。

真ん中のおもしろい顔つきのマスコットは、2004年のウィーン再訪のとき、MAKこと応用美術館のギフトショップで買いました。
Moody Dollというらしいです。

お値段は、8.00ユーロ(約1,040円)です。
8ユーロ出すくらいなら自分で作れそう、と思わなくもなかったですが、気に入ったので買ってしまいました。

こんな風に、MAKのギフトショップには、美術館のギフトショップで売るもの?と首を傾げるような面白いものがちらほらありました。
さすが、現代部門には家具とかが並んでいた応用美術館ならではでしょう。

このマスコットは、翌年の2005年から旅のおとも第2号となっています。
第1号は、一緒に写っているヒヨコ。これは成田空港で買ったので、この中ではワン・ポイント・ジャパニーズになります。
今年2006年の旅のおともにも、この2つを持っていこうと思います@

次の2枚は、いまの写真に登場したものの一部を接写しました。

2003_austria_gifts11

2003_austria_gifts12

次の2枚は、実は1991年の初ウィーンで買ったものです。
ウィーンのお特産の1つに挙げられる、プチポワン。刺繍製品です。

2003_austria_gifts13

なにかオマケを入れずにはおれない私は、今度はギズモを加えてみました。

ギズモの大きさは10cmちょいというところです。
カバンも小さいです。お財布とハンカチくらいしか入らないでしょう。
だって大きいカバンは、細かさが勝負のプチポワンの刺繍が少し大きすぎて、あまり繊細に感じられなかったんですもの。
このくらいのサイズのカバンの方が刺繍が細かい分、値は張りましたよ。

これは母へのお土産に買ったものなのですが、物があまり入らないので、あまり使われていません。
なので、10年以上たつ今も、かなりきれいです。
嬉しいような、嬉しくないような……。

次はプチポワンのアップ。最後の写真です。
刺繍の目の細かさを写したかったのですが……。

2003_austria_gifts14

プチポワンのアップだけだと面白くないので、ギズモの手を入れてみました。
うん、手だけでも可愛いぞ@

次回は、旅行した順番で行くと、2004年がブダペスト・ウィーン・チェコ旅行なので、ブダペスト、すなわちハンガリーで買ったものなります。

でも、実は、今年2006年の旅行先はハンガリーとルーマニアなんですよ~@
予定は10月ですけどね。

2004年度のブダペスト5日間では飽きたらず、再訪したいと思っていたんです、ハンガリー。
1年おいて、2006年の今年に再訪を果たします@
当初はハンガリーだけのつもりでしたが、ちょっと欲を出して、最後の方にちょっとルーマニアに寄る予定です。

というわけで、次回は今年の旅行できっと何かしら買ってくるハンガリーを飛ばし、チェコで買ったものにしましょう。

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旅先のおみやげシリーズその5──愛用のマグカップたち

この旅先のおみやげシリーズでは、順番としては、過去の旅先順に載せたかったのですが、楽しいとはいえ、家のあちこちに飾ったりしまってある小物をかき集めて、なるべくかっこつくようにならべて撮影!───って、意外と時間がかかるんですよ。

前回と前々回の英米で買ったものと韓国・中国で買ったものを並べて撮影していたら、あっという間に3時間。
昼ご飯を食べる前に、思いついたが吉日!と思ってやりはじめたら、昼ご飯でなく、おやつの時間になってしまいました@

というわけで、すぐにかき集められるマグカップたちの写真を先に撮っていたので、今回はこれにします@

まずは勢揃いの写真です。

Gifts_cups1

ちょっと配置を換えて、もう一枚!

Gifts_cups2

おいおい、いくつあれば気がすむの?───ってかんじですね。
いや、自分でもそう思います。
1個あれば十分ですもの。いくら1日に何杯もコーヒーを飲むとはいえ。

この中で、背景に使っているテーブルプレートと、茶系の四角い枠の模様のDunoonのマグカップ、それから花柄のマグカップの下にあるタイル製のコースターは、日本で買ったものです。

いま、「現役」のカップは、この中でも一番の新顔、2005年の夏のポーランド旅行で買ってきた花柄のカップです。
それと、2001年の秋のドイツ旅行で買ってきたスズのカップも、これは水専用ですが、「現役」です@
下敷きにしているクロスは、2004年の夏の中欧旅行のとき、ブダペストで買ったカロチャ刺繍です。

個々のマグカップのみなさんのご紹介は、もっとよく見えるように少数で撮った写真の方ですることにしましょう。

Gifts_cups3

フンデルトヴァッサーのデザインのマグカップです@
フンデルトヴッサーが設計した集合住宅のデザインです。

フンデルトヴァッサーは、2003年の夏にオーストリア旅行に行こう、ってときに知った建築家です。このブログでも何度か紹介していますが、ひじょーーにぶっちゃけて言うと、「オーストリアのガウディ」みたいな建築家さん。
でも、このカップのデザインを見ると、ガウディを引き合いに出したくなるの、わかりますよね。

写真のマグカップは、ウィーンのフンデルトヴァッサーの博物館「クンスト・ハウス」のギフトショップで買いました。
この博物館は、2003年の夏のオーストリア旅行のときは、やっとたどり着いたときに閉館時間30分を切っていて入れなかったのです。泣く泣く、ポストカードと本を買って帰りました。

背景においたポストカードは、そのときに買ったものです。これは、フンデルトヴァッサーの絵です。
フンデルトヴァッサーは絵心もあり、「クンスト・ハウス」にはとても興味深い絵がたくさんありました。

クンスト・ハウスの見学は、翌年の2004年の夏の中欧旅行で、ブダペストとチェコの間にウィーン再訪を日程に入れたときに果たしました。

このマグカップは、そのときに買いました。
2003年度は、一応、こらえたんですよ。カップなんていっぱいある、きりがない、荷物になる、割れやすい、かさばる、値段もそれなりにする!
ってね。
でも、2003年度にあきらめた反動か、2004年度には、つい手を出してしまいました@@

このあたりのエピソードは、
「博物館シリーズ6──フンデルトヴァッサーのクンストハウス・ウィーン」
「ショーウィンドウ特集その11――ウィーンとザルツブルグで」
でも書きましたので、よかったら覗いてください。

サイドバーにあるカテゴリー、それぞれ「旅先の博物館シリーズ」「旅先のショーウィンドウ特集」よりアクセスして、ぐぐーっと目当ての記事までスクロールしてくださいませ。
(リンク貼る手間を省いてすみません。でも、貼っても、カテゴリーのトップに飛ぶだけなんだもん……。)

このときに、2004年に買ったマグカップと同じシリーズのティーカップやミニチュアを、2003年のオーストリア旅行でザルツブルグの街角のショーウィンドウで見つけて撮った写真も紹介しています。
これです。

2003-hundertwasser-cups.jpg

2003年度にこの写真を撮ったときは、翌年、もう一度ウィーンに行って、このカップを買うとは予測していませんでした。
ああ、でも、このデザインが特に気に入ったので、無意識ながら、予感はあったのかなぁ~。
というか、2003年度に写真を撮ったりしたから、2004年度には我慢できなくなっちゃった、というのが一番近そう。

次はこちら。

Gifts_cups4

大きい方のカップは、さきほど書いたとおり、日本で買いました。
東京の有楽町にある東京国際フォーラム内の展示室で、「人体の不思議」という企画展を見に行ったときに、同じ建物内のショップで買いました。
ちょっとアートなカトラリーとか文房具とかあって、ついついマグカップに手を出してしまったのです。

このカップは、平べったい取っ手が特に気に入っています。ま、持ちづらいですけどね。

右側のスズのカップは、2002年のドイツ旅行のときに、ミュンヘンで買ったものです。
ワインにちなんだデザインです。葡萄のデザインに、ワイン収穫の風景。
収穫した葡萄を摘んだ荷車の模様が浮彫チックになっているのですが……見づらいかな。

スズのコップというのは、冷たい水が、より冷たく、美味しく感じられるそうです。
なので、ミネラルウォーターを飲むときは、これに汲みます@

背景にあるのは、東京の六本木で開催された、印象派の傑作ぞろいの「フィリップス・コレクション」展のときに買ったお菓子のボックスです。
行ったのは去年こと2005年の冬だったかなぁ。
単に写真のムードを出すために、背景においただけ@

次は、これらのコップたちの中でも一番値段の高い、お嬢さまカップです@

Gifts_cups5

1人では寂しいので、スズのカップを添えました。

なぜ、お嬢様カップか。
これは、ウェッジウッドのブルーエレファント・シリーズなのです。
高級なんですよ~~。
こんなのを日常使いにしているなんて、ハイソな気分@

買ったのは、2001年のドイツ旅行のときです。
英国航空を利用したので行も帰りもロンドン経由でしたが、その帰りのロンドン・ヒースロー空港で買いました。
もう、お値段、覚えていません。
ポンドで買ったし、旅の終わりで気が大きくなっていたから、金銭感覚は少し鈍っていたかも知れません。
日本ではいくらで売られているのかなぁ。

でも、ティーカップはよくあるけれど、マグカップっていうのは、なかなかおいてないんですよね。なんでぇ?
そりゃ、形からして、寸胴なマグカップより、ソーサーというパートナーとともに佇むティーカップの方がずっと優雅ですけど。

最後は、これです。

Gifts_cups6

2005年の夏のポーランド旅行のときに買った花柄カップに、フンデルトヴァッサーのカップを添えてみました。

この最後の写真が一番、華やかですね~@
ロンドン拠点のブランド「リバティ」のコースターと、ハンガリーのカロチャ刺繍のテーブルクロスを背景にしました。
リバティのコースターは、東京の渋谷の渋谷文化村美術館のギフトショップで、美術展を見た帰りに買いました。

あれっ。
日本で買ったものって、なんか、美術展とか企画展の帰りに買いました、っていうのが、多いですね。
展示をいろいろ見て、いいなぁ、と現実を離れて別世界にトリップするからでしょうか。それでつい、記念に、あるいはその余韻で、余分なものを買ってしまう……。

この花柄のカップは、2005年度の旅程最後に、ワルシャワのCepelia(簡単に言えば、ポーランド全国チェーンの民芸品専門店)で買いました。

いや、その前に、ヴロツワフのCepeliaでこの花柄の一連のカトレリーをショーウィンドウで見かけたとき、非常に、非常に気に入ってしまい、閉店だったのが残念でならなかったことがありました。
ヴロツワフではマグカップはありませんでしたが、ワルシャワではマグカップを見つけて、飛び上がりたくなるほど嬉しかったです。
なにしろ、マグカップ以外だと、カトレリーといっても飾りになってしまう可能性が大なのです。
やはり、デザインを愛でながら、愛用したいですよねぇ。

いやぁ、可愛いでしょ。
手書きですよ、これ。だって1つとして、全く同じ花は描かれていませんもの。
パターンかさせるように描かれていますが、似た花同士を比べても、全く同じではありません。
背景のリバティの洗練した花柄とは、ひと味違います。素朴な味が売りです@

ヴロツワフでこのシリーズのカトレリーを見つけたときのことは、
「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」
にあります@

ついでですので、「ショーウィンドウ特集その17──クラクフのギフトショップとヴロツワフのCepelia」でご紹介した、同じシリーズのカトレリーの写真を、もう一度ここにご紹介しましょう。

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2

ズーム写真も@

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom1

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom2

2005_Wroclaw_SW_Cepelia2_zoom3

いままで、買ってきたものを「これと同じシリーズのもの」という形でしかご紹介できませんでしたが、今年こと2006年の3月下旬にデジカメをついに手にしたおかげで、こうして実物も気軽に写真に撮って紹介することができるようになりました。
嬉しいな@

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写真による2004年夏の中欧旅行記(プラハのユダヤ地区)最終回

今年2005年7月のプラハ・ポーランド旅行までカウントダウン開始、私の中では着実に準備をすすめているところで、やっと今回、去年の2004年7月の中欧旅行(ブダペスト・ウィーン・チェコ)の最後の報告ができます。

すでに1年遡るわけですが、一人旅ゆえに旅先で自省の時間はたっぷりあり、日記をつらつら書いて帰ってきますので、それを読み返せば、まだまだ、旅行の思い出が鮮やかによみがえります。
まあ、鮮明に思い出せるのは印象の強い順なので、観光したところの細かい薀蓄はだいぶ忘れちゃっているんですけどね。

その旅先での日記は、A5版のルーズリーフノートに、たいてい1日2~4ページくらい書きます。去年は20日間の旅行で66ページ。平均3ページちょいです。

旅先では、こまごました土産物をたくさん買ってしまう方ですが、やはり自分にとっての一番の土産は、この日記です@
それから、写真ですね。

では、前置きはこのくらいにして、2004年の旅行の最終日に、プラハのユダヤ地区を回ったときの写真をご紹介しましょう。
ちなみに、この日は、プラハ発20時45分のエールフランスで出国する予定になっていましたので、観光は、余裕をみて16時に終わらせました。

ホテルをチェックアウトした後、荷物を預けて最後のプラハ観光としてまわったところは、次のとおりです。

・クラウスシナゴーグ
・儀式の家
・旧新シナゴーグ
・ピンカスシナゴーグ
・旧ユダヤ墓地
・スペインシナゴーグ
(※以上6ヶ所あわせて、いわゆるプラハの「ユダヤ博物館」です。)
・美術工芸博物館

ただし、この中で写真があるは、「儀式の家」と「旧ユダヤ墓地」だけです。被写体として面白いな、撮りたいな、と思ったのは、この2つくらいでしたので。
とどのつまりは、どれも博物館として、中身の展示の方が印象深かったからですね。

私のオートフォーカスのフィルムカメラでは展示の内容はあんまりきれいに写らないし、展示品は写真にするとプロが作成したカタログでも見劣りしてしまうので、あまり撮りないようにしています。
と、わかっちゃいても、撮ることもあるんですけどね。

ただし、スペインシナゴーグは、写真がうまく撮れそうであれば、撮りたかったです。
なにしろ、その外観は、華麗でアラブチックで、私のミーハー心を大満足させてくれる建物だったのです。「スペインシナゴーグ」という名も、スペインのグラナダのある半ぶる宮殿に似ているからだ、ということですし。そういわれるだけのことがあると私も納得しました。

ですが、あいにく、建物がうまくファインダーに収まるよい地点が見つかりませんでした。

なによりも、この日の午前、ユダヤ博物館をまわっていたときは、曇り時々晴れという天気でして、スペインシナゴーグに向かったときは、ものすごい勢いのにわか雨に降られてしまったのです。写真どころではありませんでした。

それに、実は旧ユダヤ墓地で何枚も写真を撮り、36枚フィルムの10本目が終わってしまいました。
もちろん、どうしても撮りたかったら、また新しいフィルムを出すことはできました。

でも、この後に、プラハで最後に訪れるところは「美術工芸博物館」と決めていたので、スペインシナゴーグの写真を撮るために新しいフィルムを出しても、今度は余ってしまいそうでしたので、まあ、いいや、と撮りませんでした。

前置きはこのくらいにして(また使ってますね、このフレーズ……)、写真の紹介にいきましょう。

まずは、「儀式の家」です。

2004-JewishQuarter

ここは、儀式のためのホールで、死体置き場でもあったそうです。そのゆかりからか、中はユダヤの伝統に関する展示、特に病気や死、墓に関する習慣にかかわる展示が中心でした。

それゆえにでしょう、「地球の歩き方」には、「見学コースの最後」と書かれてありました。

しかし、実は、私は、ユダヤ博物館の共通券を買うことができる予約センターに「近い」順に回りました。
それほど広い地区ではないとはいえ、6ヶ所にも散らばっているんですもの。効率よく回るには、見つけた順番に見るのがてっとり早い!

なので、「儀式の家」は2番目に回りました。

途中で「地球の歩き方」をひっくり返してみたら、先に見学し終わった「儀式の家」が「見学コースの最後」とあって、「あらっ」と思いました。
でも、別に、見学するコースの順番なんて、どっこにも書いてなかったもーん。

次に旧ユダヤ墓地の写真を紹介します。
まずは、「儀式の家」の2階の窓から見下ろしたときの写真です。
旧ユダヤ墓地は、儀式の家の裏手に広がっていました。

2004-JewishCemetery-01

2004-JewishCemetery-01_zoom

もっとも、方向音痴な私は、旧ユダヤ墓地が「儀式の家」の裏手にあるという位置関係を、この時に把握していたわけではありませんでした。
この旧ユダヤ墓地は、「あの」と上に冠詞をつけたくなるくらい、私の中ではこの博物館の中のハイライトでしたので、窓の外を見て、ピンときたというわけで。

なので、この墓地はもちろん、もともと写真に撮るつもりでしたが、「儀式の家」の2階の窓からのアングルも面白かろうと思って撮りました@

旧ユダヤ墓地は中に入って見学できますが、歩けるコースは決まっています。
「儀式の家」の窓から見たところは、見学できない部分でした。写真に撮っておいて、ちょうどよかったです@

それにしても、墓標の立ち方がすごいですよね。乱立しています。
墓地というよりは、小人の石の森というかんじです。

こういう乱立状態になったのは、ユダヤ教では古い墓標を掘り返したり移動させてはいけないことになっているので、斜めになろうが倒れようがそのままで、次から次へと墓標が立てられた結果のようです。

次は、旧ユダヤ墓地の見学コースを歩きながら撮った写真です。

「旧」とあるのは、この墓地は1787年を最後に埋葬されなくなり、その後はプラハ郊外の新しい墓地に埋葬されるようになったからです。
そちらの新墓地も、一応、観光ポイントの一つとして挙げられています。

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2004-JewishCemetery-03_zoom

ちなみに、ユダヤ教では、墓標にお花を添えず、お墓参りにきた人は、墓石に小石を乗せます。
あいにく今回ご紹介する写真の中には、その例はありませんが。

なにしろ、このプラハの旧ユダヤ墓地の墓標は、細い板状のものが多く、しかも真っ直ぐ立っているのはほとんどなかったので、小石が乗っている墓標は、皆無ではなかったですが、あんまり見かけませんでした。

でも、かつてイスラエルに旅行したとき (1998年9月)、エルサレムの新市街めぐりの現地ツアーでVIPの墓地のある「ヘルツェルの丘」を歩いたときに、彼らの墓にぎっしりと小石が乗っかっているのを見たことがあります。この小石の話は、そのときの現地ガイドが教えてくれました。

次の写真は、旧ユダヤ墓地と、さきほどの儀式の家の両方をファインダーに収めたものです。

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意匠のステキな墓標にズーム。

2004-JewishCemetery-04_zoom

ところで、冒頭にも書きましたが、今年はまもなく、プラハとポーランド周遊の旅行にでかけます。
ポーランドには、かの悪名高いアウシュヴッツ収容所が博物館として残っています。ここは、ポーランドに行くとしたらワルシャワよりもハイライトとなる古都クラクフから日帰りできるところにあります。
クラクフに行くのであれば、アウシュヴッツ収容所は外せないと思いました。
それで、ポーランドの歴史とともに、このあたりのことも併せて自分なりに少しは調べました。

そうして、いま、これらのユダヤ博物館を回ったときのことを振り返ってみますと、ユダヤ人の歴史について、いかに知らず、展示内容を半分も理解していなかったのでは、と思わずにはいられません。
頭ではわかったつもりでいても、ほとんどピンときていなかったことに気付かされました。

かつてナチスが作った収容所は、ヨーロッパのあちこちにありました。ナチスは連合軍に敗れて後退する際に、収容所での所業を隠蔽するために、それらを破壊していきました。
現存する収容所は、負の歴史に対する人類への戒めとして、博物館として公開されているところがほとんどです。

その一つが、プラハから日帰りで行けます。テレジーン収容所です。
ユダヤ博物館(ピンカスシナゴーグ)には、このテレジーン収容所に収容された子どもたちの絵も展示されていました。

子どもの絵がたくさん展示されていた意味について、私はよくわかっていませんでした。
ごく普通に、子どもの絵として微笑ましい、などと思いながら見学していた気がします。

とんでもないことでした。

ユダヤ人を殲滅しようと考えていたナチスは、子どもをこそ虐殺のターゲットにしていました。だからこそ、子どもの犠牲も多かったのです。
テレジーンには、ことさら15歳以下の子どもたちが大勢収容されていたそうです。もちろん、親から引き離されて。

なので、ナチスの目をかすめるようにして子どもたちに教育を施していた大人は、大人でも未来に希望を持つことはできず、絶望に陥りそうな中で、少しでも子どもたちの心の慰めになれば、生き延びるための心の支えになれば、という思いで、子どもたちに絵を描くことを薦めました。

そんな状況だったので、紙やペンや絵の具を手に入れるのが、どんなに困難だったか。ゴミ箱に捨てられた紙をこっそり拾うのすら命がけでした。
子どもたちも、手に入らぬ絵の具やペンの代わりに、布切れだの自分の髪の毛だのを貼り付けて使ったり。
しかも、そんな困難をくぐりぬけ、切実な思いが込められた絵の大半は燃やされて、残っているのはほんのわずかなのです。

こういうことは、このときユダヤ博物館を回ったときには、何も知りませんでした。
今年のポーランド旅行の下調べのために本を読んで、初めて知りました。

下調べでは、本やHPを調べるほかに、ポーランドを舞台にした映画もなるべく見るようにしました。

私はどちらかというと、気晴らしで映画を観るので、お気軽なコメディや、サスペンス・スリラー、B級ホラーやSFばかりを手にとり、こういう深刻な映画は避ける傾向にあります。

でも、今回は、ポーランド旅行の下調べ!ということで、いままで名画とわかっていても手に取る気にならなかった、「戦場のピアニスト」や「シンドラーのリスト」をビデオで観ました。
それから、ロバート・ドーンヘルム監督「アンネ・フランク」も見ました。「アンネの日記」は数多く映画化されていますが、これは、アンネたちがナチに見つかった後の壮絶な収容所生活まで克明に映画化されていました。
「アンネ・フランク」公式サイト

映画のインパクトは大きいですよね。
私は、いままで、プラハのこのユダヤ博物館はもちろん、イスラエルのホロコースト記念館などを訪れたときも、特にこういったナチスの犠牲になった人々の展示について、ちゃんと見て読んできたはずなのに、まだまだ全然ピンときていなかったことに気付きました。
いまでも、もちろん、わかってるとは、到底、言えないでしょう。

また、ナチスの残虐行為に唖然とするだけでなく、特に非常時下にむき出しになる人の悪意と善意とは、勇気と臆病さ、賢さと愚かさとは何か、ということを考えさせられました。
自分がこの立場だったら、どう行動しているだろうか、ということも。
残念ながら、周りが悪意に満ちた中で、信念や善意を貫く勇気、何が真実かを見定め、自分の行動の意味を冷静に判断できる賢さをもてる自信は、全くありません。

こういうことを知ろうとしたり考えることになったきっかけは、チェコやポーランド旅行を計画したためです。
あくまで自分が楽しみたくて重ねるお気軽な海外旅行ではありますが、それをきっかけにこういう負の歴史の一面を知り、自分なりに考える機会を持つことができました。

締めが重くなりましたが、この次は、ぜひ、これから行く旅行から帰ってきてから、その話をしたいと思います。
お気楽・深刻とりまぜて。

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写真による2004年夏の中欧旅行記(クトナー・ホラ)Revised

クトナー・ホラでの圧巻というかハイライトは、やっぱり骸骨教会でしょう!

プラハから日帰りで行ったクトナー・ホラは、14世紀から17世紀にかけて銀鉱山と、そこから採れる銀での銀貨鋳造で栄えた街です。
その銀貨は中世ヨーロッパのどこでも使えたので、当時はヨーロッパきっての最先端の街であるプラハに次いで、繁栄を謳歌したそうです。
しかし、16世紀には銀は採り尽くされ、さらに17世紀のヨーロッパ史上の大宗教戦争である三十年戦争で荒廃し、そのあとは近代化の波から取り残されてしまいました。

ゆえに昔の街並みが残った、静かな、わりと観光穴場といえそうな街です。

いや、この街にはゴシック様式のすばらしい、世界遺産の教会「聖バルバラ大聖堂」などがあったりしますし、プラハから列車でもバスでも1時間あまりで日帰りにちょうどよいので、穴場といっても、観光客を切らさない街でしょうね。

しかし、チェスキー・クルムロフとクトナー・ホラの二者択一、と言われたら、やはり大半の人は……そして私も、チェスキー・クルムロフを選びますなぁ。ふむ。

この日、たくさん撮った写真は、やはり私にとってのハイライトの骸骨教会です。
それと、かろうじて聖バルバラ大聖堂。外観が気に入りましたので。
ゴシック様式でありながら、どっしりとして、フライング・バットレスがステキで、3つのとんがり屋根がとても特徴的で、やはり自分のカメラで撮りたくなる教会でした。

聖バルバラ大聖堂は、クトナー・ホラ見学の最後のハイライトとして楽しみにしていました。

ところが、なんと!

その日に限って、映画のロケをやっているということで、聖バルバラ大聖堂は見学させてくれなかったんです。うらめしや~。

入ろうとしたら、遠せんぼされてしまったものだから、近くにあるインフォメーションに飛び込んで、「どうして入れないんですか?」と、しょぼんと聞いてみたら、そう教えてくれました。
「明日なら入れるわよ」と、インフォメーションのお姉さんは一応、慰めて(?)くれましたが……明日って、明日って、プラハを出国する日だったのです。慰めになりやしませんでした。

哀しくて、哀しくて……せめて写真だけは、と思って、正面に回って撮った写真が、これです。

2004_KutonaHora_St_Barbara-01

フライング・バットレスのところが、見事です。

2004_KutonaHora_St_Barbara-01_zoom

ついでに、まだ聖バルバラ大聖堂には入れないってことを知らず、ワクワクと楽しみにしながら、近付いている途中で撮った写真もあります。
右隣に写っているのは、旧イエズス会大学です。

2004_KutonaHora_St_Barbara-02

2004_KutonaHora_St_Barbara-02zoom1

2004_KutonaHora_St_Barbara-02zoom2

こちらは、ちょっと良さそうなので寄り道した小道から撮った写真です。

2004_KutonaHora_St_Barbara-03

もっとも、このあとも、見学できるところは何箇所かありましたので、この日一日はそれなりに充実した時間を過ごすことができました。

それに、聖バラバラ大聖堂というハイライトは、中に入れずにおじゃんでしたが、他のハイライト、冒頭に書いた骸骨教会と、それから銀鉱山博物館の坑道跡見学はできました@

というわけで、クトナー・ホラの1日、うしろから紹介してしまいましたが、訪れたところはこうなります。

クトナー・ホラ・セドレツ
・聖マリア教会(修復中でほとんどカラ)(写真なし)
・骸骨教会

クトナー・ホラ(セントラル)
・パラツキー広場とインフォメーション(写真なし)
・錬金術博物館(インフォメーションの地下)(写真なし)
・聖ヤコブ教会(入れず)
・バルホルスカー通りのギャラリーめぐり(坑道跡見学の予約時間を待つ間の時間つぶし)(写真なし)
・フラーデク鉱山博物館の坑道跡見学(写真なし)
・聖バラバラ大聖堂(入れず)
・聖ヤン・ネポムク教会(写真なし)
・石の家(という名の博物館)(写真なし)

うーん、こうしてみると、写真なしのところばかりです。まんべんなく、ではなく、集中しちゃったんですね。特に、骸骨教会に。

この中で、私が1番楽しみにしていたのが、最初の骸骨教会です。その次が、鉱山博物館の坑道跡見学。聖バルバラ教会は、実は、3番目に楽しみにしていたハイライトでした。

ロケーションの関係から、この日は1番の楽しみを1番最初に味わってしまいました。
(いえね、実は私は、好物は最後に食べるタイプでしてね……。)

骸骨教会のあるセドレツは、クトナー・ホラ市ではあるのですが、その中では郊外に当たる、というか、もとは別の街だったのが、合併したのではないかと思います。

もっとも、鉄道駅はセドレツにしかなく、セントラルまで市内バスが通っています。
プラハからバスで行けば、クトナー・ホラのバスターミナルは、鉄道駅よりはずっとセントラル寄りです。
骸骨教会は別に見学しなくてもいい、と思う人は、真っ先にクトナー・ホラのセントラルに向かうでしょう。
鉄道を利用した場合でも、駅前のバス停から、さっさとセントラル行きのバスに乗ってしまうに違いありません。

事実、私が到着したとき、ちょうどセントラルに向かうバスも到着していて、私と同じ列車に乗ってきた観光客たちは、みんなそのバスに乗って行ってしまいました。
接続はよいみたいですよ。

このときバスに乗らなかったのは、私だけ。
私は骸骨教会に行きたかったので、バスはあきらめました。

「地球の歩き方」によると、鉄道駅からクトナー・ホラのセントラルまで歩いて30分くらいだそうなので、そのくらいならがんばって歩こうと思いました。
骸骨教会を見学したあと、その残りも歩くか、あるいは可能なら途中でバスを拾おうと思いました。

実際には歩いて1時間、かかってしまいました。なんと、2倍!
……私って、歩くのが遅いのかしら?(へんだなぁ。そんな自覚はなかったんですけど。)

1時間って、もちろん、教会の見学時間を除いてです。

そりゃあ、道端で草花の写真を撮ったりして、多少、足を止めたりしましたけれど……別に、遠回りしたわけでもなく、歩いていたそのままの歩道で撮ったわけですし、花の写真を1枚や2枚撮ったからといって、そんなに時間がかかるものではないですしね。

ちなみに、このあたりの話は、すでに一度、「旅先の植物シリーズ」でしていたりします@
夏の中欧 花・草花 特集――クトナー・ホラの道端で

そのときに撮った植物の写真。

KH_flowers_1.jpg

KH_flowers-2.jpg

本当に、ただの植物です@
どうして撮りたかったか、という話は、つらつらと「夏の中欧 花・草花 特集――クトナー・ホラの道端で」でしておりますので、ここでは繰り返すのはよしましょう。

クトナー・ホラ・セドレツからセントラルへは、こんなかんじの大通り(マサリコヴァ通り)沿いを行けばよかったので、方向音痴の私でも道にほとんど道に迷わなかったです。

2004_KutonaHora_mansion

これをわざわざ写真に撮ったのは、チェコの都市郊外にはこういうマンションがあちこちで見られたからです。記憶のよすがに、ぜひ写真に撮っておきたかったんです。

いままで、バスの車窓から、あるいは高いところから街の眺望を楽しんでいるときに、郊外にうっすらと、何度も目にしていました、こういう、昔の公営住宅みたいな構造でいながら、妙に中途半端にカラフルなマンションを!
だからなんだかとても気になってしまいました。

それに、こういう、なんでもないところだけれど、あきらかに日本ではない街角っていう写真は、ぜひ撮りたかったんですよ。

それにしても、窓枠がシンプルすぎ~。駐車している車も、いかにもってかんじではないですか。

2004_KutonaHora_mansion_zoom

道に迷いやすかったのは、むしろセントラルの旧市街に入ってからですねぇ。
昔の街並みが残っているだけあって、道がストレートでなく、曲がったり、いろんな角度で交差したりしていますから。

でも、ワン・ブロックが短いので、曲がり角にはすぐ着きますし、多少、間違えて遠回りしても、1番の近道がもともとストレートではないので、それほど遠回りしたかんじはせず、それはそれで、よい散策ができた@ って気になれるくらいでした。

次の写真は、鉱山博物館へ向かう途中で見かけた聖ヤコブ教会の塔です。

2004_KutonaHora_St_Jakuba

ズームすると、表面にある紋章の模様がよく見えます。炭鉱で栄えた街らしい紋章です@

2004_KutonaHora_St_Jakuba_zoom

この教会は、回り道というわけではなかったのですが、ほかに近道はありました。あわよくば教会の中をぜひ見学したくて回ったのは確かです。あいにく、半ば予想していたとおり、扉は閉ざされていて、中には入れませんでした。
でも、この塔は、シンプルですがカッコよくて気に入ったので、写真に収めました。

さて、最後は、いよいよ、私が一番、楽しみにしていた骸骨教会の写真です。見学したのは、この日のほぼ、1番最後ですが。

骨による装飾という寺院は、以前、ローマで見学したことがあります。
そのときには、そうとあまり意識せずに行ったものですから、なおさら、衝撃と、そして、ある種の感動を覚えました。
ぶっちゃけ、よーやるなぁ、と。

そして同じような骸骨寺がヨーロッパにあるらしいとわかり、行けるチャンスがあるのなら、ぜひ足を運びたいと思うようになりました。

ただ、ポーランドにもあるようなのですが、残念ながら、今年2005年のこれからの旅行に組入れることはできませんでした。
レンタカーでもない限り、公共交通機関に頼って行くには不便そうなところでしたし、あらかた旅程を決めた後で初めて知ったものですから、もう、骸骨寺院中心の旅程に組みなおすのは大変になってしまい……去年、クトナー・ホラで十分堪能したから、今年は、まあ、あきらめることに…。

これからご紹介する骸骨寺院の写真は、写真としては、どうでしょう。
公式サイトで紹介されていたり、ほかの旅行者のみなさんが撮った写真と、そう大差ないものとなっているかもしれません。

いままで紹介してきた他の写真はそうじゃないと言い切れるのか、という議論は脇において、思ったより小さい寺院でしたし、その限られた空間でのハイライト・スポットはだいたい決まりますからね。

クトナー・ホラの墓地教会

しかし、やはり自分のカメラで撮る楽しみというのはあります@

それに小さいといっても、その寺院の装飾に釣鐘型オブジェ(ピラミッド)に、天井のシャンデリアに、祭壇や聖体顕示台、そしてなぜか、シュヴァルツェンベルク家の楯型の紋章など、空間すべてが人骨のオンパレードでできているのです。約4万人の骨。
それを考えたら、十分広かったです、はい。

その人骨の出所は、その教会が建つ墓地です。というか、もともとそこは納骨堂でした。
13世紀後半に、セドレツの修道院長が、エルサレムにある聖墓から持ち帰ったひとにぎりの土をまいたため、この教会は聖地とみなされて、みんながここに埋葬してほしいと中欧各地から遺体が集まってきたそうです。
14世紀ペスト大流行の際には約3万人が埋葬され、されに15世紀のフス戦争でなくなった人々もたくさん埋葬されました。

この墓地の上にゴシック教会が建てられた1511年から、半盲のお坊さんによって、納骨堂の骨はピラミッドのようみ積み上げられました。なぜわざわざそんなことをしたのか、というところまでは、手持ちの資料には残念ながらありません。
そういうところをこそ、知りたいところですが、史実には残らない部分ですね。

また、18世紀に墓地の上に建つ教会ばがバロック様式に改築された際、その建築家ヤン・サンチーニという人が、地下の納骨堂にも、彼独特のバロック・ゴシック折衷の様式でアレンジを加えたそうです。
骨のシャンデリアなどは彼のデザイン。
現在に残るアレンジメントの大半は、1870年からチェコの木彫士フランテーシェック・リントが手がけたそうです。特に一番の大作であるシュヴァルツェンベルク家の縦型の紋章は彼の作品です。

これらには、人体のあらゆる骨がムダなく使われたそうです。いやぁ、すでに何世紀も前の骨が土に返るのでなく、こうして納骨堂を美しく飾るのも、ある意味、骨冥利につきる!?――――かしら。

入場料は35チェコ・コルナ(約175円)でした。ただし、写真撮影代は別途、30チェコ・コルナ(約150円)かかりました。もちろん、迷わず、写真撮影代を払いました。

これからご紹介するよりも写真は多く撮っていますが、とりあえず見栄えのよい写真(骨なのに?―――という突っ込みはナシね)を選びました。

料金を払ったら、すぐに地下へ行く階段があります。階段は、螺旋階段などではなくまっすぐで、そこそこ広さもあり、日の光もよく入って、明るかったです。

でも、下りようって階段の両脇や頭上から、さっそく骨の作品に迎えられました。でも、なかなか見事。巨大な「聖杯」あるいはゴブレットです。

2004_KutonaHora_Kostnice-01

2004_KutonaHora_Kostnice-01zoom

天井の装飾も……ふつうだったら、これはカーテンの縁飾りですよね。それも、骨です。

2004_KutonaHora_Kostnice-02

(※Revised このカーテンの縁飾りの写真が抜けていました。)

縦横3メートルサイズの釣鐘型のオブジェです。4ヶ所ありました。
まずは全体の写真。上に見られるのは、木製の王冠です。これは、ヤン・サンチーニが後から付け加えたものです。

2004_KutonaHora_Kostnice-03

近付いて撮った写真です。ぎっしり骨です、骨。

2004_KutonaHora_Kostnice-04

これらには、接着剤のようなものは一切使われていなくて、さきほどの写真でおわかりのとおり木枠の中にゆるく積み重ねられているそうです。
1511年から半盲のお坊さんがコツコツと作ったのは、このオブジェ。

ちなみに、このオブジェはもともと6つあったそうです。
そのうちの2つは、18世紀にフランティシェック・リントが、さきほどのカーテンの縁飾りのような装飾を作るために使ってしまったそうです。

次は、シャンデリアです。ちょっと端が切れてしまっていますが。
ヤン・サンチーニのデザインによるものです。
これを見ると、人骨のあらゆる部位を使ったんだなぁということがよくわかります。

2004_KutonaHora_Kostnice-05

2004_KutonaHora_Kostnice-05zoom

次は、ハイライトともいうべき、シュヴァルツェンベルク家の楯型の紋章です。
フランティシェック・リントの作品です。

2004_KutonaHora_Kostnice-06

2004_KutonaHora_Kostnice-06zoom

うーん、よくやるなぁというかんじ。ここまでくると、一つ一つが骨であることを忘れてしまいそうです。

シュヴァルツェンベルク家は、ボヘミアの大貴族です。共産党政府にチェコを追い出されるまで、チェスキー・クルムロフやフルボカーをはじめとするお城をたくさん持っていました。
1784年に、この教会と近くの修道院を含めて買取り、自分の所領にしました。縦型紋章のモチーフに選ばれたのは、その縁でしょう。
クトナー・ホラにも所領があったなんて、びっくり。ほとんど王家並みですね。

次回は2004年中欧旅行の最終日、プラハのユダヤ地区のユダヤ博物館を回ったときの写真をご紹介しましょう。それでこのシリーズは最後になります。

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写真による2004年夏の中欧旅行記(プラハ城エリア)

プラハ観光、正味3日目です。

プラハ観光のいままでの内容は……。

2004.7.17(土)プラハ到着日で、観光開始は午後から。
・国立博物館(写真なし)
・旧市街広場
・イメージ・シアターでブラックライトシアター「ザ・ベスト・オブ・イメージ」鑑賞(写真なし)

2004.7.18(日)一日プラハ
・ムハ(ミュシャ)美術館(写真なし)
・ろう人形館(写真なし)
・旧市街広場
・聖ミクラーシュ教会
・旧市庁舎の塔と内部のガイド付見学(写真なし)
・「水に沈んだプラハ」展(写真なし)
 ※2002年8月の大洪水のときのドキュメンタリー写真展です。
・カレル橋(途中まで)(写真なし)
・聖フランティシェク教会(写真なし)
・マリオネット「フィガロの結婚」観劇(写真なし)
・ブラックライト・オールカラー・シアターでブラックライトシアター「ファウスト」観劇(写真なし)

2004.7.19(土)カルロヴィ・ヴァリ日帰りツアー
・聖心教会
・テレビ塔の展望台
・エステート劇場でオペラ「ドン・ジョヴァンニ」鑑賞(写真なし)

そして今回の話題の正味3日目は、こうなりました。

2004.7.20(火)
・マナー・ストラナの聖ミクラーシュ教会(写真なし)
・プラハ城第一の中庭の衛兵交代式(写真なし)
・旧王宮(写真なし。ただし、テラスからのプラハ眺望の写真あり)
・聖ヴィート教会の内陣と塔
・黄金小道
・ダリボルカ(写真なし)
・プラハ城内のおもちゃ博物館(写真は以前、紹介済み)
・聖イジー教会のトランペットと弦楽四重奏コンサート(写真なし)
・カレル橋(写真なし)
・タ・ファンタスティカ・シアターでブラックライトシアター「アースペスト・オブ・アリス」観劇(写真なし)

このうち、今回は、聖ヴィート教会や、旧王宮・聖ヴィート教会から眺めたプラハの街、それから黄金小道の写真を新たにご紹介できます。

ちなみに、この後の旅程は、こうなりました@

2004.7.21(水)クトナー・ホラ日帰り旅行
(ゆえにプラハ観光は特になし)

2004.7.22(木)ユダヤ人地区を中心に。夕方、出国
・クラウスシナゴーグ(写真なし)
・儀式の家
・旧新シナゴーグ(写真なし)
・ピンカスシナゴーグ(写真なし)
・旧ユダヤ墓地
・スペインシナゴーグ(写真なし)
・美術工芸博物館(写真なし)

では、はじまり、はじまり。

まずは、最初に入った旧王宮のテラスから撮ったプラハ眺望の写真です。

2004_Praha_from_OldPalace-01

左奥にかすかにテレビ塔が見えます。

カレル橋付近をズームします。ヴルタヴァ(モルダウ)川沿いの建物の中に、修復中の緑の覆いのあるものがあるのが、ちょっとばかり興ざめではありますが…。

2004_Praha_from_OldPalace-01zoom

同じく旧王宮のテラスでも、違うアングルから。

2004_Praha_from_OldPalace-02

マナー・ストラナの聖ミクラーシュ教会が中心の写真となっております。

ちなみにマナー・ストラナとは、訳せば「小地区」。プラハ城のすぐ下にある城下町のような地区です。
プラハには聖ミクラーシュの名を持つ教会が2つあります。

一つがヴルタヴァ川の対岸の旧市街広場にあります。これです。

2004_Praha_fomOldCityHall-02zoom

(旧市庁舎の塔から撮ったもの)

もう一つが、さっきのです。屋根しか見えませんが。
どちらもバロック様式ですね。やはり、かんじがどことなく似てます。

そのマナー・ストラナの聖ミクラーシュ教会を中心にさらにズームします。ヴルタヴァ川も入っています。

2004_Praha_from_OldPalace-02zoom

ちなみにこの旧王宮。私がこれらの写真を撮ったテラスはちょっと違いますが、この旧王宮のこの方角にある小部屋は、ある歴史的事件の発端の地なのです。

なんと、ヨーロッパ史に悪名高い、一大宗教戦争である「三十年戦争」です。

この話は、プラハに行こうって人がちょいと下調べすると、すぐに当たると思います。
でも、それまでは、かの「三十年戦争」の発端がこのプラハで、それも考えようによっては滑稽なエピソードからだったなんて、思いもしませんでした。

どこが滑稽か?
(もちろん、当時の人々にとっては、決して滑稽ではありませんが。)

その事件は、窓外放擲事件とでも仮に呼ばれているようですが、時は1618年5月23日、カトリック派であるハプスブルグ家の皇帝の政策に、プロテスタントが主流のプラハの有力貴族が腹を立てて、口論した相手である皇帝の使者を、この旧王宮の小部屋の窓の外から放り投げてしまったのです。

腹が立ったあまりの、おそらく後先考えない衝動的な行為。

いやはや、後々「三十年戦争」などと呼ばれるような大事件の発端になるなんて、当事者は夢にも思わなかったでしょう。
それも、使者たちは、15mもの城壕に落ちたのですが、底に重なる落ち葉がクッションの役割を果たして、軽傷ですんだのです。
使者はすたこらさっさとウィーンへ逃げ帰ったでしょう。

発端の事件がこんな風に、衝動的で、しかもとりあえず血を流さずにすんだあたりが、私には滑稽というかユーモラスに感じられました。

。。。たぶん、時代があまりに遠いために、こんなのん気な感想を抱いているのだと思います。あしからず。

次は、聖ヴィート教会です。
正面ではなく、南側にある塔です。

2004_Praha_StVitCathedral

この塔には昇りました。そこからの眺望写真も後で載せますね。

この聖ヴィート教会の写真は、正面からのは撮りませんでした。偉大すぎて、私のカメラのファインダーに入るかどうか、自信がなかったの…。
(デジカメでなく、あいかわらずフィルムカメラなので、その場で出来を確認できず。)

どっちにしろ、聖ヴィート教会の写真は、チェコ旅行の下調べに集めた本や、チェックしたサイトにたくさんあります。だから別にいまさら、自分のカメラで撮らなくてもいいと思っていました。

でもこの南側に回ったとき、教会の前にある像と塔にフォーカスする形でなら、写真を撮りたくなってしまったんですね。

像を中心にズームします。

2004_Praha_StVitCathedral_zoom

像と一緒にフォーカスしたいと思って撮ったわりには、配色のせいで、像がいまいち目立たないのは、ちょっと誤算@

ところで、竜を退治する騎士の像―――といえば、聖ジョージです。

ちなみに聖ジョージが退治する竜といっても、中国起源の想像上の竜(あるいは、アニメ「ドラゴンボール」の竜かなーっ!)をすぐに思い浮かべる私たち日本人(東洋人?)からすると、ヨーロッパの竜は、トカゲかワニを大きくしたような、いまいち迫力の欠ける竜であることが多いです。
でもそれは竜なのです。

たとえば、前にご紹介した、チェコ第二の都市ブルノの伝説のドラゴン。

2004Brno_06_alligator

2004brno_06_alligatorzoom

旧市庁舎への入口アーチに飾られていたのですが……やっぱり、ワニですね。

同じくブルノですが、新市庁舎のあるドラゴン意匠のガーゴイル(怪物や想像上の動物をかたどった雨どいの水落とし口)。

2004Brno_novaradnice5

さきほどの聖ジョージの足元で、聖ジョージに槍を突き刺されて退治されている竜は、角度が悪いため写真ではわかりませんが、このガーゴイルにかんじが似ていました。

ちなみに、聖ジョージといえば、イギリスの守護聖人です。たしか国旗にもこの聖人の象徴が反映されていたはず。

ところが、ジョージは英語名で、ドイツ語だとゲオルク。そしてチェコ語だと、なんと、イジーとなってしまうのです。ドイツ語はともかく、チェコ語を知らない私には、この名前の変化にびっくり!

だから、この像は、聖ジョージではなく、聖イジーと呼ぶべきなのですね。

ついでにいうと、チェコでよく聞く名前「ヴァーツラフ」は、ドイツ語ではヴィルヘルム、英語ではウィリアムでしょう。
カレル橋などの名前の由来となっているカレル王は、ドイツ語ではカール、フランス語ではシャルル、そして英語ではチャールズになります。
こうやって並べると、なんとなく納得できるのですが、英語名だけを耳にすると、とっさに連想できません。

実際、前々日の旧市庁舎内のガイドツアーで、英語のガイドに「チャールズ・ブリッジは、もう行きましたか」と聞かれたとき、すぐにはカレル橋とはわかりませんでした。
へぇ、カレル橋のほかに、チャールズ橋っていうのもあるのか、知らなかったなぁ、と思った私は、「まだ行っていない」と答えました。

いやはや。

英語で話しているので、カレル橋を、カレル・ブリッジなどと言わないのは当然なんですけどね。
でも、あのときは実際にカレル橋へはまだ行っていなかったので、答えはウソにはなりませんでした。

さて、聖ヴィート教会は、南側の塔とその前の像をファインダーに収めて、とりあえず満足してしまいましたが、後で出来た写真を見て、惜しいことに気付きました。

実はいまでは正門となっている西側の門が完成するまでは、この南側がこの教会への入口だったのです。
その名も、とってもありがたそうな、「黄金の扉」。

。。。って、どれ?

さきほどの写真を再びここに載せます

2004_Praha_StVitCathedral

右下にちょっと切れかかっているところがそうなのです。惜しいッ!

今年2005年の夏にもう一度プラハに行って、もう一度プラハ城に行くことがあったら、今度はこの黄金の扉をフォーカスして写真を撮りたいと思います―――ただし、覚えていたらね。

では、次は、さきほどの聖ヴィート教会の塔から撮った写真をご紹介しましょう。

2004_Praha_from_CathedralTower-01

マナー・ストラナとヴルタヴァ川と川向こうの旧市街。旧王宮のテラスからの写真より高い位置からの写真になっています。

聖ミクラーシュ教会を中心にズームします。

2004_Praha_from_CathedralTower-01zoom1

聖ミクラーシュ教会の全体像は、こんなかんじになっています。
回廊と合わせて、いかにもヨーロッパらしい建物ですね。

教会部分は、この部分です。バロックらしいファッサード(正面)が、わかりますかしら。

2004_Praha_from_CathedralTower-01zoom1A

今度は、カレル橋とマナー・ストラナ地区のうちヴルタヴァ川に近い付近をズームします。
左にあるとんがり屋根の教会は、トマーシュ教会と思われます。

2004_Praha_from_CathedralTower-01zoom2

次の写真は、ゴシックらしいフライング・バットレス(飛び梁)と、美しい幾何学模様のタイル屋根と、それからニワトリの造形になっているポールが面白くて撮りました。同じく、聖ヴィート教会の塔からの写真です。

2004_Praha_from_CathedralTower-02

フライング・バットレスって、わかりますかしら。

ゴシック教会において、外の光をできるだけ内部に取り込もうと、細長い大きな窓が取り付けられるようになりましたが(その窓はしばしばステンドグラスで飾られています)、窓が大きくなった分、重い屋根を支える壁を力が弱まってしまうので、その補強として付けられた外から「支え」です。

フライング・バットレスは、そんな、建築構造上の必要物だったのですが、いまや、もう、ゴシック教会といえば、この見事なフライング・バットレスを切り離して考えられません。「支え」であるその存在理由以上に、建築の装飾として見事ですもの。

たぶん、有名でわかりやすいフライング・バットレスの例は、パリのノートルダム寺院かしら。
スキテですよねぇ。なんか、貴婦人の「クリノリン」ってかんじ!

(クリノリン姿は、要するに下着姿なんですけど……ほら、「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リー演じるスカーレット・オハラの、舞踏会前のシーンなどを連想してくださいませ。華やかじゃないですか。―――もしかして、はずしてますか、私?)

聖ヴィート教会に話を戻しましょう。
屋根は、ブダペストの王宮の丘にあるマーチャーシュ教会のものに似ています。
ブダペストは、この2004年の夏の中欧旅行の最初に訪れています。

2004-Budapest-0706h.JPG

2004budapest0706hzoom.JPG

ブダペストの王宮の丘にあるマーチャーシュ教会に、プラハの城の王宮の敷地内にある聖ヴィート教会。
似たもの同士!?

でも、ちょっと色違いですね。
ウィーンの聖シュテファン寺院の屋根の方が似ているかな。
(あいにく、写真がないです、すみません。)

でもこの写真で一番撮りたかったのは、ニワトリでした@

2004_Praha_from_CathedralTower-02zoom

なんかお茶目じゃないですか?

聖ヴィート教会の塔から撮ったもう一枚の写真も、プラハの眺望というよりは、こういうアングルで撮ると面白いかな、と思って撮りました。
塔の一部を入れて、構図的に遊んでみたかったんです@

2004_Praha_from_CathedralTower-03

それでも、遠くに見えるオレンジ屋根の街並みは、やはり魅力的です。

2004_Praha_from_CathedralTower-03zoom

本日最後の写真は、黄金小道です。

作家フランツ・カフカが仕事場として使った家を中心にした写真となりました。
お約束ってかんじ?

2004_Praha_GoldenLane-01

でも、この家がカフカの家であることを忘れていても、きっと注目してしまうと思います。このハッとするような青の壁のせいか、目立つんです。
実際、私がここを歩いていたときは、この家がカフカの家ってことを忘れていました@

黄金小道もプラハ城内のハイライトではありますが、ここですることといえば、散策くらいしかなかったです。この西欧版・長屋のような、でも可愛らしい家並みを眺めながら歩くのは、なかなか楽しいのですが。
思ったより小さくて(だから可愛らしい)、思ったより狭い閉鎖された空間で、そういうのも実際に足を踏み入れてみないと、ピンときませんね。

中世武具や衣装を展示したちょっとした博物館はありました。しかし、あとは家の中はみな、お土産屋です。
でも15軒ほどしかないですし、ショッピングを楽しむというには、店の数は少なめですし、ヴァラエティに富んでいるとはいえないでしょうね。

というわけで、あんまりゆっくりしていてもすることがさほどないところなので、私はざっと歩いてわりとすぐに出てきてしまいました。
黄金小道に入るのは有料でしたから(プラハ城セットチケットに込み)、ちょっともったいないと思いましたけどね。

そしてこの後、おもちゃ博物館に入りました。
おもちゃ博物館は、「旅先の博物館シリーズ」で、「博物かシリーズその1――プラハ城内のおもちゃ博物館」で、展示のバービー人形の写真を紹介済みですので、よろしければそちらもご覧くださいませ。

おもちゃ博物館は、この黄金小道の家並みの反対側の建物の中にありました。

というわけで、次の黄金小道の写真は、おもちゃ博物館の2階の展示室(地上から数えたら実際には3階以上だったと思います)の窓から撮った写真です。

2004_Praha_GoldenLane-02

おもちゃ博物館は、別途、入場料が取られるとわかって入るのを辞めた人は何人もいたようなので、このアングルで黄金小道の写真を撮れた観光客は、意外に少ないのでは!?
(でもないかな。)
だから、この写真は思わぬ収穫だと思っています。
(もちろん、おもちゃ博物館自体も、とても面白かったです@)

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写真による2004年夏の中欧旅行記(プラハの聖心教会とテレビ塔)

今回は、プラハのハイライト中のハイライトというのを少し外したスポットをご紹介できるかもしれません。

でも、知る人ぞ知る、っていうほどの秘所ではなくて、片方は、読者投稿でしたが、ちゃんと「地球の歩き方」に載っていたりします。

それに、もう片方も、その建築の妙味からか、旅行の下準備のときに読んだ、「建築・街並みガイド5 オーストリア/ポーランド/チェコ/スロヴァキア/ハンガリー/ルーマニア」(エクスナレッジ社)や、「読んで旅する世界の歴史と文化 中欧」(新潮社)という本にはちゃんと紹介されています。

でも、やはり、ハイライト中のハイライトではないので、時間がなければ予定から簡単に割愛されてしまう場所でしょう。あるいは、最初っから関心を向けないかも。

私も、どちらも旅行に出かける前には頭の隅にひっかかっていた場所ですが、実際にプラハの滞在ホテルからセントラルへ向かう途上のトラム(市電)の窓から、目にしなければ、忘れていたかもしれません。

現物を目にしてしまうと、俄然、欲が出て、近くで見て、写真を撮りたい!と思いました。
でも、あいにく、場所的に他の観光スポットと離れたところにあるので、なかなか行きづらく、行く時間はないかもしれない、と半ばあきらめていました。

そうしたら、プラハからカルロヴィ・ヴァリへ、現地ツアーを使って日帰りで出かけたその日、プラハに戻ってから、夜のエステート劇場でのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」鑑賞まで、約1時間半くらい、時間が中途半端に余ってしまいました。
プラハに戻った時間は夕方5時半頃でしたが、ミュージーアムなど閉館時間に縛られるところは、6時閉館が多く、しかもふつうは最終入館は30分前です。
これから入れそうなところは、思いつきませんでした。

本来なら、こういう時間帯は、優雅にディナーをとっていればいいんでしょう。これだけ時間があれば、ヨーロッピアン・スタイルののんびりとしたディナーでも、オペラの開演時間を気にせず、ゆっくり楽しめるはずです。

しかし、エステート劇場に近いムーステク付近は、立ち食いの軽食スタンドがたくさんあります。
その美味そうな匂いには惹かれていましたので、1人ではレストランに入りづらいこともあり、その日の夕食は立ち食いスタンドですませるつもりでした。

そこで、この中途半端な時間に行こうと思い出したのが、今回ご紹介する、イジーホ・ス・ポディエブラット広場の聖心教会とテレビ塔です。

テレビ塔の展望台は夜8時まで開いています。
教会は……これまでチェコを旅行してきて9日目、観光客を自由に入れてくれず、ミサ以外はしまっているところが多いのは学習してきました。
ミサでもやっていて中が覗ければ、それでめっけものでしょう。

この2ヶ所はすぐそばです。
最寄りの駅は、地下鉄A線のイジーホ・ス・ポディエブラット。同名のトラム停留所もあります。実は、それは、私が毎朝、ホテルからセントラルへ向かうのに利用する路線なのです。

聖心教会は、初めてトラムの窓から見たときは、その変わった外観に、「ええっ!」と驚きました。
結構、インパクトがあります。

この教会が、上記の「建築・街並みガイド」や「読んで旅する世界の歴史と文化」で紹介されていることを思い出したのは、もっと後のことです。

教会は、望みどおり、近くで写真を撮ることができましたが、写真としては、私が撮ったものよりこれらの本に掲載されている写真の方が、特徴がわかりやすいかもしれません。
もっと写真写りのよいアングルはないかな、と探している余裕は、あいにくなかったので。

なにしろ、1時間半くらいあるといっても、やっぱり開場前には劇場に戻っていたかったですし、次に行こうと思ったテレビ塔で、行くまでにどのくらいかかるか、展望台でどのくらいゆっくりしたいと思うかわからなかったんです。
時間の余裕、というより、気持ちの余裕がありませんでした。

まずは、聖心教会。正面から撮りました。

2004_Praha_seishinkyokai-01

ねっ、なかなか面白い教会でしょう。
ズームします。

2004_Praha_seishinkyokai-01zoom

表面の杭だか鋲だかを打ち付けたような装飾も、なかなか変わっているなぁと思いました。

ちなみに、時間は午後6時ごろでしたが、昼間以上に空は爽やかに青々と晴れました。
空模様が、まるでイラストのようにのどかそうなのも気に入っています。

真正面からの写真ではわからないですが、この教会は、実はとても長細いのです。
そして、丸いガラス張りの時計があるのは、いわば塔にあたります。
この教会、特にこの塔が印象的ですよね!

「読んで旅する世界の歴史と文化」では、塔が「この教会全体が聖櫃であるかのように、記念碑の形にして内陣の後ろの壁にくっつけて置かれ」と表現されています。
「建築・街並みガイド」では、「最後部に墓石のように立ち上がる高さ42mの塔」と表現されています。

テレビ塔へ向かうときに、この教会をふりかえって背後から撮りました。

2004_Praha_seishinkyokai-02

異様で威容な教会です。結構、大きくて威厳がありますよ。
前方に駐車している車と比べてみてください。

ズームします。

2004_Praha_seishinkyokai-02zoom

天辺に十字架を抱いた天球がなければ、教会とは思わないかもしれないです。

次に、プラハの街の眺望を違うアングルで楽しみたいために、テレビ塔へ向かいました。

テレビ塔の外観は、いかにも旧共産系です。これは、もう、百聞は一見にしかず。
実は、旧市街広場の旧市庁舎の塔から眺めたときの写真に、このテレビ塔が見えています。
再びここに掲載しましょう。

2004_Praha_fomOldCityHall-01

ねっ、いかにも、ですよねっ!

テレビ塔は、聖心教会から1ブロック先程度でした。
これから向かうというアングルで撮ったテレビ塔。

2004_Praha_TVtower-01

もっと近付いて撮ったテレビ塔。

2004_Praha_TVtower-02

ズームします。箱のようなものが二段ありますが、1番下がレストラン、真ん中が展望台です。
(※最初、1番下を展望台と書いたのを訂正します。)

2004_Praha_TVtower-02zoom01

さらにズーム。

2004_Praha_TVtower-02zoom02

窓が、なんだか、銀色の箱に水色のペイントをしただけのフェィクに見えませんか?
本物の窓なのに不思議です。

ところで、このテレビ塔の表面には、変わった装飾があります。

2004_Praha_TVtower-02zoom03

わかります?
四つんばいの赤ん坊なんですよ。なんでーっ??

テレビ塔という、おそらく当時にとっての先端技術と、赤ん坊の輝かしい未来とを引っ掛けているつもりかな?

赤ん坊の像は、こうして写真を見ると小さそうですが、実際には大人よりひとまわり大きいくらいのサイズがあります。
可愛い、っていうより、ちょっと不気味でした@

テレビ塔の展望台の入場料は150チェコ・コルナでした。1チェコ・コルナを5円で換算すると、約750円です。

展望台から撮った写真です。

2004_Praha_fromTVtower-01

展望台は93mだそうですが、思ったより高くないなぁと感じました。
すぐワンブロック先の建物が大きく見えます@

しかし、家並みを、こうしてすぐ頭上から眺めるようなアングルは、なかなかな良いなあっと思いました。
中庭を囲んで四角く並んでいる様子がよくわかります。

その付近をズーム。

2004_Praha_fromTVtower-01zoom

上の方に聖心教会があるのがわかります?

別のアングルから撮った写真です。ちなみに、逆光となる旧市街方向に斜め加減に背を向けた方向です。

2004_Praha_fromTVtower-02

ズームします。
まだまだこのあたりも、オレンジ屋根の家みが並んで、素敵です。

2004_Praha_fromTVtower-02zoom

また別のアングルから撮った写真です。こちらも旧市街方向に斜め加減に背を向けた方向です。
公園の緑が目立ちます。

2004_Praha_fromTVtower-03

こちらも家が四角く並んで建っている様子がよくわかります。

2004_Praha_fromTVtower-03zoom01

この方面は、オレンジ屋根の建物だけでなく、一昔前の公団住宅のような、ちょいと無味乾燥な建物もあります。

2004_Praha_fromTVtower-03zoom02

この建物を見ていると、ドイツを連想するんですけどね、私@

テレビ塔の展望台からは四方八方見渡せるようになってはいましたが、さきほどちょっと書いたとおり、あいにく旧市街方向(モルダウ川が見える方向)は完全な逆光でしたので、写真を撮りませんでした。

しかし、150チェコ・コルナかけて昇ったわりには、展望台はサウナのように蒸し暑くて息苦しくて……10分程度でさっさと降りてしまいました@

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写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリ本編)

プラハからのカルロヴィ・ヴァリ日帰りツアーでは、先に本社がカルロヴィ・ヴァリにあるボヘミア・ガラスの老舗モーゼル社へ行きました。
ガラス工芸を作る過程を展示したミュージーアムが1室ありましたが、やっぱり買い物目当ての案内です。ツアーではこういうのはお約束ですけど。

でも、チェコでボヘミア・ガラスを買いたいと思う人は、モーゼル社の本社でじきじきに買えるので、店頭ではおいそれと見かけないようなたくさんの品揃えの中から、良い品を良い値段でお買い物ができたのでしょう。たぶんね。
ツアーに参加した人の中には、買っている人もいたようですから。

その後は、いよいよ、街の観光です。

モーゼル社から再びバスに乗った後、バスはスメタナ広場のあたりで我々を下ろしました。
そして、テルマルというホテル兼総合文化施設のような巨大な建物の脇を通り抜け、ドヴォジャーク公園に至るまで、ゆったりと歩いていましたから、何分かなぁ。
自由時間の後の帰りに集合場所までさっさか歩いたときは10分程度でスメタナ広場まで戻れたような気がします。
途中で、こんなに急がなくても、集合時間に十分、間に合う、と思ったから、テントのような出店の喫茶で、同じくツアーに参加した人とコーヒータイムを設けてしまったので、正確なところはわからず@
スペイン人夫婦でね、私と互いに、カルロヴィ・ヴァリはぜひ再訪したいね、やっぱりゆっくり滞在してこその街だね、と感想を言いながら、旦那さまの方は、「でも、チェコはコーヒーがまずいのがねぇ」と、こぼしてましたっけ。

ちなみに、カルロヴィ・ヴァリって、温泉ゆかりで、日本の草津と姉妹都市だ、って知ってました?
テルマルのそばに、カルロヴィ・ヴァリの姉妹都市をリストした立て看板がありました。

まずは、ガイドのタチアナさんに引率されて、みんなでテプラー川沿いのメインストリートを歩きました。

ツアー・メンバーは私を含めて全部で14人。人数的には、多すぎず、少なすぎず、手ごろですかね。
ちょうど、説明を英語で聞くグループとスペイン語で聞くグループとが半々でしたから、常に固まるのは7人ずつ。
ランチタイムも7人ずつで1つのテーブルを囲いましたから、ちょうどよいくらいの人数でした。

ガイドのタチアナさんは、そのロシア系の名前からわかるとおり、一家はおばあさんの時代まではロシアに住んでいたようです。
という話がきけたのは、自由時間に希望者のみ、ロシア教会への見学に連れて行ってくれたときです。
ロシア教会の中でも、たくさんのイコンに描かれた聖人を、ざっと説明してくれました。

カルロヴィ・ヴァリの写真は順番にご紹介しましょうね。

天候は、午前中は、やや曇っていました。
メインストリート沿いの美しい街並みに感嘆したのですが、カメラを構えると、自動的にフラッシュマークが点灯します。
うーん、と思いつつも、ツアーという時間制限のある中で、写真を撮りたいから、とそうそう勝手に行動はできませんから、撮りました。

2004_KarlovyVary-01

テプラ川にかかる橋のあたりで、後述するムリーンスカー・コロナーダに向かい合うあたりです。

メインストリートには、カルロヴィ・ヴァリの景観をより一層ひきたてている「コロナーダ」と呼ばれる屋根つきの歩廊があります。
温泉水の蛇口は、コロナーダの屋根の下にあります。
タチアナさんに案内されながら、5つあるコロナーダを5つとも廻りました。

ドヴォジャーク公園のすぐそばのT字型の美しいサドヴァー・コロナーダ。
円屋根のパビリオン風の可愛らしいラーズニェII・コロナーダ。
列柱が連なる様がかっこいい、1番長いムリーンスカー・コロナーダ。
カルロヴィ・ヴァリを紹介する本にはよく写真が掲載される、私も一番美しいと思ったトルジニー・コロナーダ。
最後のヴジーテルニー・コロナーダは1番大きくて、5つのコロナーダの中でもハイライトでしょう。温泉が間欠泉となって12mも高さまで噴き上がっています。シュボシュボと物凄い勢いで、物凄い熱気でした。
そこだけがガラス張りの個室になっていたので、暑くてすぐに出て来てしまいましたけど@
間欠泉といっても、いつストップするのやら、まるで噴水のように、ずっとお湯が噴き上がりっぱなしでした。

ツアーメンバーに限らず、観光客はみんな、湯気を立てながらシュボシュボ噴き上がる間欠泉を背景に記念写真を撮っていましたが、私はそういう食指は動きませんでした。

ところで、街並みもコロナーダもどれも素敵で、被写体としてはとても良かったのですが、天気が冴えないので、写真撮影意欲がちょっと減退し、シャッターをあまり切らないでここまできてしまいました。
なので、上記のコロナーダの紹介に写真が付いていないのでした。

しかし、メインストリートを再びドヴォジャーク公園のところまで戻るときになって、晴れてきました。
適度に白い雲が散らばる澄んだ青空が広がりました。一番写真映えすると私が思う空模様です。
ああ、天は我を見捨てず!―――なんちゃって。

では、早速、天気が良くなってから撮った、トルジニー・コロナーダです。

2004_KarlovyVary-02_Trzni

2004_KarlovyVary-02_Trzni_zoom

レース模様のような装飾ですよね。

テプラー川沿いのカラフルな建物群。

2004_KarlovyVary-03

2004_KarlovyVary-03zoom

列柱が連なるムリーンスカー・コロナーダ。

2004_KarlovyVary-04_Mlynska

ランチタイムの後は自由時間となりましたが、ガイドのタチアナさんは、希望者を募って、ロシア教会まで案内してくれました。

実は、ツアー・バスが行きにカルロヴィ・ヴァリへ近付いたとき、谷間に街が広がる中で、山の中腹にこのロシア教会がポツンと建っているのが見えて、その優美な姿にいたく感激した私。
ぜひぜひ近くで見たい!って思っていたところだったのです。渡りに船!

バスの車窓から見たときは、あんな山の中にあるのでは、行くのは大変そう、と思ったロシア教会でしたが、そんなことは全然ありませんでした。
メインストリートからいくつも延びる脇道の一つを行けば、すぐでした。
その付近は、高級な別荘や個人宅のある「ウエスト・エンド」と呼ばれる地区だということは、この日に買った「Karlovy Vary」という写真入りの冊子で知りました。

2004_KarlovyVary-05

2004_KarlovyVary-05_zoom

高級住宅地といっても、門から屋敷まで距離のある豪邸ではなく、建物は通りを歩きながら拝むことができます。
これらの建物を眺めながら歩いているだけでも、ワクワクしました。

ロシア教会が見えてきました。
正式名は、聖ペテロ聖パウロ教会です。ちなみに、この2人の聖人の名前はペアで教会の名前になることが多いですね。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-01

2004_KarlovyVary-RussianChurch-01zoom

近道できる階段がありました。ここからは行かなかったですけれど、違うアングルから見上げるロシア教会。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-02

2004_KarlovyVary-RussianChurch-02zoom

ロシア教会とその周辺。隣の建物はレストランですけれどね。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-03

上の写真で、ロシア教会にフォーカス。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-03zoom

正面に周ります。隣の建物はホテルです。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-04

上の写真で、ロシア教会にフォーカス。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-04zoom-01

さらにズーム。

2004_KarlovyVary-RussianChurch-04zoom-02

いやぁ、カルロヴィ・ヴァリは、街並みの写真は、どこを切り取っても絵になるので、逆にキリがなくてあんまり撮りませんでしたが(名物のコロナーダだって、そんなにいっぱい撮っていません)、ロシア教会はこだわって、こんなに撮ってしまいましたよ。

まあ、コロナーダを含む美しい写真は、手元にある本、たとえば、前回チラッと触れた、日経BP社旅名人ブックス「プラハ・チェコ 中世の面影を残す中欧の町々」(文・沖島博美/写真・武田和秀)や、新潮社「東欧の郷愁」(菊間潤吾・監修)とか、今回購入してきた「Karlovy Vary」の冊子(英文)とか、プロのものがあるので、それで満足できると思ったのも確か。

ちなみに、カルロヴィ・ヴァリの話題は、「旅先の植物シリーズ」でも取り上げています。

チェコのバラとして、ドヴォジャーク公園の、1株もので、じかに地面に植えられている珍しいバラ!を紹介したときと、あとで、どうやらそれはバラではなく、球根ベゴニアと判明したときのものです。

旅先の植物シリーズ
最初の記事「夏の中欧 花・草花 特集――チェコのバラ」
4番目の記事「夏の中欧 花・草花 特集――カルロヴィ・ヴァリの球根ベゴニア」

最初の記事「チェコのバラ」で、最後の方にカルロヴィ・ヴァリの簡単な紹介と、実際に温泉水を飲んだときの感想をチラッと書きました。

はっきり言って、ゲロマズ……。
吐くかと思いました。
高温であれば、薬だと思えばなんとか飲めるかなぁ、というかんじでした。

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写真による2004年夏の中欧旅行記(カルロヴィ・ヴァリのプロローグ)

カルロヴィ・ヴァリ。はじめは全然、行くつもりはありませんでした。なのに、急にプラハで「魔がさして!?」行くことになった───それが、今回のカルロヴィ・ヴァリです@

ホテルのレセプションや繁華街のナ・プジーコピエ通りで現地ツアーのパンフレットをもらってよさそうなツアーはないかなぁ、と眺めていたときでした。

どこのツアー会社のパンフレットも似たようなものなので、どれにもカルロヴィ・ヴァリのツアーが毎日催行でありました。その説明を読んでいるうちに、ふと、予定していたカルルシュタイン城とコノピュチュ城めぐりより、カルロヴィ・ヴァリの方が行きたくなってしまったのです。

おかげで、カルルシュタイン城とコノピュチュ城は、行くひまがなくなってしまいました。
よって、今年の夏の旅行ではトライしようと思っている筆頭です@

しかし、現地でひょいと気の向くまま予定を変えられるのは、個人旅行の魅力です。

これが、友人と2人くらいで行っていて、カルルシュタイン城とコノピュチュ城めぐりのツアーを探しているときに、いきなり「ねぇ、お城はやめて、カルロヴィ・ヴァリにしない?」と言ったら、ヒンシュクを買うこと必須です。ずっとずっとカルルシュタイン城とコノピュチュ城に行くことに決めていたとしたら。

まあ、それって単なるワガママって気がしなくもないですが……。

私の旅程は、最近は特に、ホテルはなるべく日本から予約していってラクしようという都合上、出発前から訪問都市はがっちり固めてしまう傾向にあります。
でも、計画どおりに旅行していると、まるで一人で行くツアーのようだなぁと思うときも、時々あるのです。

まあ、その立案自体が楽しいのだし、やはりコースを念入りに下調べしておく方が、効率よく動けます。移動の足には公共交通機関を頼らざるを得ない身としては。

だから、多少は旅先での「気まま」を発揮すると、なんだか個人旅行らしいって気分になるものです。

まあ、そうでもして個人旅行の利点をリストアップしないと、いろいろある不利な点に負けてしまいますからねぇ。
特にホテルのシングル料金が割高であることと、荷物持参の移動のときに誰か一人が荷物番になれないこと。

たとえば、トイレに行きたいときは、スーツケースごと個室に入らなくてはならないんですよ。たとえその中に食べ物が入っていても……いやはや、そういうことはあまり考えないようにするしかないのです。
また、個室の扉が内開きだったりすると、もう大変!
スーツケースを押し込んで、自分の体も押し込んで扉を閉めるのに、ひと苦労します。

話を戻しましょう。

カルロヴィ・ヴァリは、高級温泉リゾート地です。
「美しい街で、絶対、お薦めよ!」と、数年前にチェコに行った友人は絶賛していました。

でも、実は、「高級」で「温泉」で「リゾート地」というのは、私に一番、縁遠いところだなぁ、と思いました。

「高級」ねぇ。───Tシャツとジーパンで歩き回る私には、残念ながら、ガラじゃないです。

「温泉」ねぇ。───実は、旅先で「脱ぐ」の、あんまり好きじゃないんです。というか、慣れていないです。
なにより、肌身離さず持ち歩いているパスポートと航空券を預けるのが心配です。滞在ホテルのセーフティ・ボックスなどが利用できるならまだしも、「脱ぐ」のが日帰り先だとしたら、そういった貴重品をちゃんとしたところに預けられるの? って心配になります。

「リゾート地」ねぇ。───だめだめ、私はミュージーアムや城や教会めぐりが好きなんだから、リゾートでのんびりなんて、時間がもったいない。アツアツの恋人と2人で行くのでもない限り、飽きてしまうに決まってます。っていうか、そんなの、いないし……。

……と、こう思ったからです。

でも、実は、カルロヴィ・ヴァリの街並みには惹かれていました。

まだ旅先をチェコに決めたけれど訪問都市を絞っていなかったとき、旅名人ブックス「プラハ」でカルロヴィ・ヴァリの街の写真を見て、友人が絶賛していただけのことはあるなぁと思いました。

「高級」といっても、かつては、王侯貴族がリゾート地に利用したハイソな街でしたが(いや、別にいまは訪れないとも、ハイソでないとも言いませんが)、今ではたくさんの観光客が訪れます。だから、街並み自体の敷居が、別に高いわけではないですよね。通行料がいるわけでもなし。

ま、敷居が高いホテルや設備はあるかもしれませんけれど。

高級な別荘など、買ったり借りたりはとてもできないですが、幸い、門から建物までがものすごく遠い豪邸ぞろいの街というわけではないので、その美しい建物が通りに沿って並んでいるところは見ることができます。

それに「温泉」ですが、ヨーロッパで温泉で名高い街というと、実は飲む温泉が主流のところが多いです。カルロヴィ・ヴァリも例外ではありませんでした。
つまり、脱がなくて、いいんです!

カルロヴィ・ヴァリでは、メインストリートに、温泉水が出る蛇口があちこちあります。それをひねれば、温泉水は飲み放題。つまりタダです。
そして、温泉を汲むためのカップやペットボトルを持参すれば、コスト要らず。

(だからって飲みすぎると、かえって健康によくないんですって。つまり、漢方薬や栄養剤を、規定量を無視してガバガバ飲むのがかえってよくないのと同じ、ってことですね@)

私はあいにく、カップも何も持参していかなかったので、温泉専用カップを買わなければなりませんでした。

でもね、カルロヴィ・ヴァリの温泉専用カップは、取っ手から飲むという変わったカップなんです。

一番小さいやつは、手のひらにすっぽり入るサイズです。白い陶製に青地で草花の絵が描かれていて、デルフト陶器チック。Karlovy Varyという文字もちゃぁーんと入っていて、85チェコ・コルナ(1チェコ・コルナ=約5円とすると、約425円)。
お土産としても、まあまあ手ごろです。陶器ってところがちょっとひっかかりますが、大量に買うのでなければ、一番小さいやつはそれほど重くないですし、そんなにかさ張りませんでした。
ハンカチにくるんだだけで、割らずに日本まで持ち帰ることができましたよ。まあ、さすがに、機内持ち込み荷物にはしましたけれど。

そして最後の「リゾート地」ですが……考えてみたら、片道2時間かけて日帰りで訪れて、リゾートも何もないですねぇ。
街並みの写真撮影散策だけで、時間は終わってしまいます。

それに、ミュージーアムや城や教会めぐりが好き! それがなくちゃ、飽きてしまう!───と、昔はずっとそう思っていましたが、最近の私は、そういった、いかにも観光スポットというところに入らなくても、街や公園散策を楽しめるようになりました。

そういう意味では、このときの中欧旅行でも、テルチは、はじめから写真撮影散策が一番の目当てでした。
チェスキー・クルムロフでは、それがゆっくりできないことを残念に思いながら街を後にしました。

だから美しい街並みのカルロヴィ・ヴァリを訪れるのも悪くないではないか!という気になったのです。

あと、カルロヴィ・ヴァリを絶賛していた友人に「私も行ったよ!」と言いたくなったというのも、ちょっぴりあるかなぁ。

でも、ツアーがなければ、行かなかったでしょう。
なにしろ、行くつもりのなかったカルロヴィ・ヴァリですから、交通機関のアクセスなど下調べしていきませんでした。
それに、カルロヴィ・ヴァリは鉄道駅やバスターミナルからやや距離があるので、何も準備せずにぶらっと行けば、方向音痴の私はもたもたするはめになるでしょう。

でも、ツアーなら、エアコン付の専用バスで連れて行ってくれて(エアコン付のバスってことは、ちゃんとツアー・パンフレットに書いてありました)、見どころは、ガイドが説明しながら連れ歩いてくれます。
わずかながらの自由時間の過ごし方も自分で思いつかなかったら、ガイドがヒントをくれるでしょう。
昼食も込みというのも、悪くなかったです。レストランを探す手間も省けます(1人だと、昼食時にちゃんとしたレストランを手っ取り早く探す、というのは難しいんですよね)。

一日くらい、こんなラクをしてもいいかな、って思いました。
といっても、カルルシュタイン城とコノピュチュ城だって、もともと現地ツアーを利用してラクするつもりでしたけれどね。

というわけで、「カルルシュタイン城とコノピュチュ城はやめて、カルロヴィ・ヴァリにしない?」との思いつきに、自分で反論するはずありませんので、プラハ滞在中の現地ツアーを利用した日帰り旅行は、城ではなく、カルロヴィ・ヴァリとなりました。

以上、カルロヴィ・ヴァリのプロローグでした。写真は次回のお楽しみ!

といっても、人気のカルロヴィ・ヴァリは、みんなが行って写真を撮ってHPに掲載しているので、どこかで見たことがあるような写真も混ざるでしょうねぇ。
被写体は同じですし、私がいいなぁと思ったスポットは、みんなもいいなぁと思って撮ってますでしょ。

でも、ロシア教会、正式名「聖ペテロ聖パウロ教会」は、どうでしょ。

あの金色の玉ねぎドームを抱いた美しい水色屋根の白い教会は、カルロヴィ・ヴァリの建物の中でも一番のお気に入りなので、近くで何枚も写真を撮りました@

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写真による2004年夏の中欧旅行記(プラハの旧市街広場)

しばらくインターバルのあった「写真による2004年夏の中欧旅行」シリーズですが、去年の2004年の写真は早々に紹介しなくては、と少しあせり出しました。

なにしろ、今年もプラハに行きますでしょ。

今年ももちろん、旅先での写真撮影を楽しみにしているので、去年のプラハ写真と今年のプラハ写真とごっちゃになりそうなのです。
去年の写真を紹介する気があるなら、早く紹介しなくっちゃと思いました。どうせなら去年は去年、今年は今年として紹介したいですもの。
だって、激変している街でもない限り、1年くらいでは、プラハの街並みはきっと変わりませんよね。

もっとも、プラハの写真は、滞在日数に比して少なめかな。

去年の旅程の最後のプラハ滞在は、7/17(土)にチェスケ・ブデヨヴッツェから鉄道で2時間45分で移動して昼にプラハ入りし、7/22(木)の夕方にプラハ出国するまでの、5泊5日というところです。

そのうち、美術館・博物館の休みが多い月曜日は、街中散策目当てで美しい高級温泉リゾート都市のカルロヴィ・ヴァリへ、ツアーを利用して日帰り旅行、それから、あと1日、日帰りでかつて銀鉱山で栄え、私にとっては骸骨寺での骸骨装飾の写真撮影が一番の楽しみのクトナー・ホラへ鉄道で行きました。

よってプラハ市内観光に当てたのは、2日半というところですね。

プラハ入りした初日に初めて撮った写真は、実は、「プラハのウシ」です。このブログでも、「旅先の動物シリーズ」でご紹介しています。
「プラハのウシ」とは、なんぞや?―――「動物シリーズその10──プラハのウシ」を、よろしければご覧くださいませ。

プラハ1日目は、午前中は移動でつぶれ、午後から観光開始、繁華街ナ・プジーコピェ通りで観劇のチケットを手配しまくり、カルロヴィ・ヴァリのツアーの予約を入れたり、両替したりしたり、マクドで腹ごしらえをしたりなど、必要なことだけど雑務にあたることを消化した後で、ハイライトが国立博物館の見学、夕方は旧市街広場の散策(といっても、入れるところはみんなすでに閉館時間を過ぎていましたが)、夜はプラハ名物ブラックライト・シアターのひとつ、イメージ・シアター「ザ・ベスト・オブ・イメージ」鑑賞、というメニューになりました。

この中で、ナ・プジーコピェ通りのプラハのウシ以外は、写真を撮ったのはせいぜい旧市街広場くらいなのです。その翌日2日目は、旧市街広場を中心に観光して、そのときに何枚か撮っています。なので、1日目と2日目の旧市街広場の写真を合わせてご紹介いたします!

2004_Praha_staromestske-01

これは1日目です。観劇の前の夜の7時頃に撮りました。
いやぁ、夏場のヨーロッパって、いいですねぇ、ほんと、夜遅くまで明るくて。
夏は観光客で混雑しますが、夜遅くまで女一人でうろうろと歩きまわれるおかげで、おつりが来る―――とまではいいませんが、帳消しになります。

真ん中のヤン・フス像が、逆光でシルエットになっています。フスといえば、ルターの「95ヶ条の論題」を口火にヨーロッパに宗教改革の嵐が吹き荒れる1世紀前に、同じく当時のカトリック教会の腐敗を批判したために火あぶりの刑に処せられた、宗教改革の先駆者です。チェコ人は彼をとても誇りに思っているそうです。

背後に見えるのは、ティーン教会と、たぶん、じゃないかな。可愛い宮殿ですよね。気に入りました、私。

ズーム写真を掲載しましたが、この教会を中心とした写真を撮っていないので、今年はトライしてみような。
それからティーン教会は、去年はなぜか平日昼間でも閉館中だったので(まだ改装が終わっていなかったのかもしれません)、今年は中に入れるか、トライしてみようかな。

ちなみに、ひっくり返してみたら、1日目の旧市街広場の写真は、これしかなかったですわ@
次は、2日目の昼間に撮った、フス像を中心とした旧市街広場の写真です。

2004_Praha_staromestske-02

フスの頭の上にハトが止まったので、狙いました@

2004_Praha_staromestske-02zoom

ゴルツ・キンスキー宮殿のズームです。

2004_Praha_staromestske-02zoom2

斜めになってしまっていますが、1日目の写真でズームするより、この方が好みだったので。
今年プラハに行ったら、旧市街広場を通らないってことはないと思いますので、この宮殿のもっといい写真にトライしようっかな。

観光客向けの自転車タクシーが客待ちをしていました。

2004_Praha_staromestske-03

観光に疲れると、ついふらふらと、こういうのに頼りたくなりますね。
旧市街広場は、座るところもありませんでしたから。オープン・カフェなどもぎっしり満員でした@

旧市街広場の目玉である旧市庁舎の天文時計のある塔です。

2004_Praha_OldCityHall-01

この塔の前の空間は十分ではなかったため、しゃがんでもなかなか全体像が私のカメラのファインダーに入らなかったため、思い切って斜めに撮影してみました。

次は、プラハのシンボルともなっている天文時計です。

2004_Praha_OldCityHall-02

実は私は、旅行の下準備としてプラハの本を手にし、この時計のカラー写真を見た最初のころは、この天文時計はてっきり、プラハ城内にあるのかと勘違いしていました。

プラハの大聖堂は、他のたいていの街と違って、珍しく王宮内にあって、そのため昔から王宮の敷地は市民に開放されていた、と読んだため、なんかごっちゃになったらしいです。

デザインがすばらしいので、ズームします。まずは、上の時計。

2004_Praha_OldCityHall-02zoom1

これは天動説に従って作られていて、地球を中心に回る太陽と月とその他の天体の動きを示し、年月日と時間を示しながら1年かけて一周するそうです。

2004_Praha_OldCityHall-02zoom2

下の時計は獣の十二宮と農村における四季の作業を描いた暦で、一日に一目盛り動くそうです。

いやぁ、こうやって詳細に見れるのが、画像ズームの冥利ですね。
実際にこの塔の下に立ったときは、高すぎてよく見えませんもの。同じ目線のところまで宙に浮かない限り。

この仕掛け時計は、9時から21時の毎時間ちょっきりの時間に仕掛けが動くそうです。
まずは装飾の骸骨が縄を引っ張って小さな鐘を鳴らし、持っていた砂時計を逆さにすると、時計の周りの人形たちが動く。
それから上の2つの窓からキリストの12使徒が順番に顔を見せるそうです。

つまり一日12回チャンスがあって、プラハ市内に2日半いた私は、単純計算で30回、見るチャンスがあったはずです。

なのに、タイミングを逃して、仕掛けが動くところを見ることはできませんでした───表からは。
今年は、トライしようかな。

実は、表からは見ることはできませんでしたが、裏からは、見ることはできました。

この旧市庁舎内の見学ツアーに参加したとき、ツアーの終わりがこの天文時計の上の窓のすぐ後ろの部屋で、説明が終わったのが午後3時ちょっと前だったのです。

仕掛け時計の2つの窓から顔を見せる、キリスト12使徒の裏舞台。

2004_Praha_OldCityHall-03

下半身がありませんでした!
まあ、上半身しか姿を見せないのでしたら、確かに下半身は不要ですね@

この旧市庁舎は、塔を見学して上からプラハの街の眺望を楽しむ人は大勢いるようですが、内部の見学ツアーはあまり参加する人がいないみたいですね。
ガイド付ツアーのみなので、催行の時間とか縛られるからかもしれません。

なので、私が申し込んだときは、結局、参加者は私しかいませんでした!
ガイドと1対1でした。
いやはや、シャイな日本人の私にとってはちょいとプレッシャーでしたけど、これも経験のうち!?

もっとも内部の見学中に他の団体旅行客とはぶつかったので、個人で時間をとる人はあまりいないってだけで、人気がないわけではないのでしょう。

塔には私も上り、上から見下ろした写真を撮りました。ええ、もちろん!

自分の足で、螺旋状のスロープ(だったと思う。)をぐるぐる上ることもできますが、私はラクするために、エレベーターを使いました。
螺旋スロープの中央の吹き抜けをぐるぐる回っている人を尻目に、透明なエレベーターの箱がすすーっと昇ります。
いやぁ、体力温存という名のもとで、ラク志向になったなぁって思いました。

では、上から撮った写真です。
塔の上は、エレベーターの発着のところは、いまは昔の石造りの窓枠にガラスが張られています。
ガラス越しでない写真を撮りたければ、その外に出なければなりません。
結構狭いです。7月のハイシーズンなので観光客も多く、ぐるっと一周はできるのですが、お気に入りのスポットでは順番待ちしなければならないところもあります。

というわけで、塔の上からまず真っ先に撮った写真は、テレビ塔のある方向です。テレビ塔は、観光ハイライトのセントラルよりは郊外にあります。

2004_Praha_fomOldCityHall-01

いかにも旧共産圏っぽいテレビ塔です。
このテレビ塔の展望台には、後日、上っています。もちろん、写真を撮るために。

次は、聖ミクラーシュ教会。上からだと全貌の写真を撮ることが出来ました。
実は、下からは、教会の前の空間が十分でなかったため、全体像はとれなかったんですよ。

2004_Praha_fomOldCityHall-02

ズームします。

2004_Praha_fomOldCityHall-02zoom

この教会の内部見学は、白が基調の豪華で華麗でいながらどこか清楚なドイツ・バロック風です@

好きなんですよ、このロココの入ったドイツ・バロック様式。

たぶん、今年の見学に旧市街広場を全く通らないということはないですから、今年も中に入って、記憶の感動を呼び覚ましてみようかな。
それとも、初めてみたときのインパクトと、二度目とでは、抱く感想が変わるでしょうか。

次は、プラハ城のある方向です。プラハ城内の聖ヴィート教会を中心にすえてみました。

2004_Praha_fomOldCityHall-03

同じアングルですが、縦に撮影してみました。プラハの旧市街の街並みがより広くファインダーの中に入っため、同じ場所から撮ったのでも、写真の雰囲気がちょっと変わります@

2004_Praha_fomOldCityHall-04

天文時計の正面側を見下ろしてみました。いまは、仕掛け時計が動く時間ではないので、それほど集まっていないですね。
旧市街らしく、建物に挟まれた狭い通りが魅力的です。

2004_Praha_fomOldCityHall-05

こうしてプラハの写真をひっくり返し、どこでどういうつもりで撮影したっけっかな……と振り返ると、今年への期待が増しますね。

まあ、たぶん、その半分もやる時間はないのかもしれませんが、候補はいっぱいある方がいいです@

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