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シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その2~帰宅便の大幅遅延と初のロストバゲージ

ヤクーツク行きを決めたとき、ヤクーツクの空港は、気候状態によっては、フライトの運休や遅延が多いというのは、頭の片隅にありました。
覚悟していたつもりでしたが、せめて往路は、極端な遅延や運休はありませんようにと思いました。じゃないと観光できる日が減ってしまいます。
だから、帰りなら、まだましだと思いました。
もちろん予定日に帰宅できないとほんとは困りますが、仕事は、休みを延期できないわけでもなかったです。
そうは言っても、実際に大幅な遅延があり、運休の恐れもあって、帰宅が1日ずれていたかもれしないと思うと、ひやひやでした。

最終日の7月14日(土)、ヤクーツク近くの針葉樹林で火事があり、風向きが悪くて、ヤクーツク広域にわたり、煙が濃霧のように広がってしまいました。
この日は、野外博物館で、すばらしい景色も見られたはずのソツィンツィ観光の日でしたが、残念ながら濃霧のような煙のせいで、少し先の前方が見えない程でした。

いやはや、それで残念に思っていたのは、可愛いものでした。
この日、夜中すぎの1時40分にヤクーツクを出発するフライトでウラジオストクに向かい、ウラジオストクで4時間の乗り継ぎ時間の後、9時50分発のフライトで成田に向かうことになっていました。
4時間もあったのは、ヤクーツクとウラジオストク間は国内便で、ウラジオストクと成田間は国際便なので、ウラジオストクでいったん機体預け荷物を受け取って、もう一度チェックインし直してから、出国手続きをする必要があったからです。

ところが、煙のせいで、ヤクーツク空港が封鎖されていたらしく、ウラジオストク行きのフライトは4時間遅れました。
正確に言うと、ウラジオストク行きのフライトというのは、ウラジオストクから来た飛行機がウラジオストクに帰る便なのですが、行き先のヤクーツク空港が封鎖されていたため、4時間もウラジオストクにとどまったままだったのです。
あのままでは、成田行きのフライトには完全に乗り損ねていました。
でも今回は、空港送迎で現地ガイドさんがついていてくれたので、非常に心強かったです。
両方の便が同じ航空会社運行だったし、空港が閉鎖してどのフライトも大幅に遅延したので、こちらからあれこれ事情説明せずとも、現地の職員の方で乗り継ぎの調整をやってくれたと思いますが、一人だったらすごく心細かったと思います。
なにしろ、以前、ウズベキスタンを旅行したとき、タシケント航空は、成田からタシケント行きの国際便が大幅に遅れた上、荷物がなかなか出てこなくても、成田空港にいたタシケント空港の日本人職員もタシケント空港にいたウズベキハタン人の職員も、なんにもしてくれなかったので、国内便は私を置いてさっさと出発してしまったことがありました。
それに比べると、さすがアエロフロートと言うべきでしょうか。
それに、まわりで職員たちがロシア語でわいわいやっている様子を、ガイドさんが説明してくれたおかげで、事情が分かり、乗り継ぎ便が待ってくれるし、ウラジオストク空港で優先的に手続きが行えるよう職員が案内してくれると請け合ってくれました。
荷物も、本来ならウラジオストクで一度受け取ってから、預け直すことになっていましたが、ヤクーツクから成田までスルーで運んでくれることになりました。

同じ便に乗り継ぎするのは、私の他に日本人男性1人と、日本にはトランジットで最終的にフィリピンに向かうフィリピン人の4人の若者グループがいました。
4時間遅れでヤクーツクを出発したフライトがウラジオストクに着陸したのは9時35分。
9時40分発の成田行きのフライトは、私を含めた6人を待ってくれました。
私たちのために、アエロフロートのチェックインカウンターや、セキュリティチェックや出国審査のカウンターが特別に準備されていたため、ヤクーツクからの飛行機から優先的に降りてシャトルバスで先に空港の建物に連れて行ってもらい、最終的に成田行きの飛行機に乗り込むまで、出国審査も含めて20分程度と、驚異的なスピードで乗り継ぎができました。
そして成田行きのフライトは、出発が30分ほど遅れましたが、到着は5分早かったです。
結果的に、ウラジオストクでの4時間の待ち時間が、全部ヤクーツクでの待ち時間になったようなものでした。

ところが、私のスーツケースはいくら待ってもターンテーブルに出てきませんでした。
同じ乗り継ぎだったもう一人の日本人男性の荷物は、すぐに出てきたのに。
初ロストバケージです。
冗談じゃないと思いました。
しかも、この日は、モスクワから成田へのアエロフロートで、システムの故障により、100個以上の荷物がロストしていて、ロストバゲージのカウンターは、気付いたときには大行列ができていたのです!
はじめその手続き待ちの列は全然進まず、スーツケースの行方を調べてもらうまで何時間もかかるしかもれないとうんざりしました。
それでも、アエロフロートの職員は応援も呼んだらしく、だんだんと対応がスピーディになり、30分待ったところで、スーツケースの行方を調べてらうことができました。
それで、ウラジオストクで私が乗っていたフライトに積み損ねた私のスーツケースは、その次に一番早くに成田に着くS7航空で成田に向かっているところだと分かりました。午後4時頃に到着するだろうと(その時点では午後1時)。
なので、うまく本日の午後6時までに、私の自宅への配送手続きがとれれば、翌日の16日(月)の海の日の祝日の午前中に届くかもしれない、と知り、ほっとしました。
ただし、S7航空は成田の第2ターミナル利用なので、第2ターミナルから第1ターミナルに荷物を送ってもらい、通関手続きを取った上でのことなので、本日の午後6時に間に合うか分からず、家に届くのは1日遅れの17日(火)になるかもしれない、とも言われました。
でも、その頃には、だいぶ待たされて、その間にいろんな人たちも困っている様子や、そのくらい時間がかかるのが仕方がないことを耳にしていたので、もう多少遅くなっても、無事にスーツケースが私のもとに戻ってくるなら、それでいいやと思うようになっていました。

ところがそれで手続きが終わった段階で、私が搭乗していたのはアエロフロートと共同運行だけどオーロラ航空の方なので、対応をするのはオーロラ航空のはずだ、と、対応してくれた係員の上司が手続きを止めたのです。
その上司の態度は、オーロラ航空の乗客の分まで我々がやるべきことではない、という態度がありありで、たしかにそうかもしれないけど、これまでロシアでの手続きはすべてアエロフロートがやってくれていたので、正直、その態度にはムッとしました。
その上司も、モスクワからのジャンボの乗客全員の荷物がロストして、手一杯だったのかもしれませんが、対応してくれた若い女性職員以外は、私がオーロラ航空の乗客だと分かると、なんだか冷たくなったような気がしました。
まあ逆にいうと、私がオーロラ航空の乗客だと分かっても、態度を変えずにすまなそうにしてくれた若い女性職員の方が、とても日本的であって、世界の標準でいうとかなり希有といえるのでしょう。
ただ、私にしてみれば、ちゃんと書類もすべて記入し、これで手続きが終わって、もしかしたら明日の午前中に荷物が届くかもしれないと希望が見えてきた矢先だったので、すべて書類の記入からやり直しと分かって、いらっとしました。
記入した書類はアエロフロートのものだったので、オーロラ航空のものに書き直す必要があったのは仕方がなかったかもしれません(そして一度記入したアエロフロートの書類はゴミ箱行きになりました)が、通関でもし荷物を開けるように指示された時のためにスーツケースの鍵も預けたのですが、鍵につけたタグですら、すでに私の名前がペンで書かれてあった紙製のものなので再利用できるわけでもないのに、別の少し年齢が上の女性職員に、アエロフロートのものだと取り上げられそうになったのです。
そのくらいはいいでしょう、と主張したら、手渡してくれましたが、無言でこちらを見ようともしませんでした。
まあ、私がアエロフロートの乗客ではないので、自分の客ではないと分かった段階で丁寧に接する必要はないと思った程度で、悪気が会ったわけではないかと思いますけどね。それまで100人近い乗客の文句を聞きながらロストバゲージの対応をしていたので、私で最後でしたから、もう気が緩んでしまったのもかれしません。
件の上司も、実は、ロストバゲージのカウンターにオーロラ航空の人はいなかったので、連絡は取ってくれました。
たしかに、私は、共同運行であってもよその航空会社の客というのなら、それで十分といえば十分なのでしょう。

結果的には、そこでまた時間がたったせいもあったかもれしませんが、オーロラ航空でロストバゲージの手続きをやり直していた段階で、私がアエロフロートの人に調べてもらったスーツケースの行方を説明して食い下がることができたので、私はスーツケースはS7航空にすでに積んであり、成田空港に向かっていて、午後2時10分には第2ターミナルに到着予定だという、さらに詳しい情報が得られました。
その時点で午後1時を過ぎていたので、最初にアエロフロートの人に聞いた午後4時頃到着だと思っていた段階では待てないと思いましたが、あと1時間だったので、第2ターミナルに向かって荷物を持つことができました。
実際に荷物が出てきたのは午後2時50分でしたが、その間に、第2ターミナルに移動し、冷たい缶コーヒーを飲んで一息つき、余ったルーブルや昔の紙幣のユーロを再換金したり、ANA AMEXカード会員の特典で無料で手荷物を宅配してくれるカウンターを探したり、帰りのリムジンバスの時刻と乗り場を調べたり、など、いろいろやっておけることをやっておいたので、それほど時間を持て余すことはありませんでした。
おかげで、3時間ほどの時間のロスがあったけれど、無事にスーツケースを受け取り、予定通り翌日の午前中に自宅に着くように宅配の手続きができました。
ロストしたのがウラジオストクであり、ウラジオストクから成田に向かう便が意外にあったので、当日中に取り戻せたのは、不幸中の幸いでした。

というわけで、大幅遅延もロストバゲージも、まあ、結果オーライ。
ヤクーツク・ウラジオストク間のフライトは、森林火事の煙の影響が夜中にマシにならなかったら、最悪、運休になっていた可能性もありました。
そうなっていたら、15日中にロシアを出国できなかったでしょう。
ロシアのビザは、なじみの旅行代理店さんが念のために1日多く16日まで取っておいてくれたので、出国手続きでもめることはなかったろうと思いますし、たとえビザの日数が足らなくても、本人のせいではないし、アエロフロートの方で証明書類が出るので、大きな問題にはならなかったかもしれませんが、ビザの日数が足りているにはこしたことはないです。
帰宅が1日延びてしまったとしても、有給休暇は延期できたと思いますが、やはりそれはしたくなかったので、12時すぎに成田空港を出られるはずが15時過ぎになっただけですんで、ほんとうに良かったです。

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