2018年夏 シベリア・ヤクーツクとサハ共和国7日間

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その4~食べ物について

ロシア人も昔からそうだったのですが、サハ共和国でもサハ人をはじめとする北方民族も、外食の歴史は非常に浅いです。まだまだ家庭料理の方が主流で、レストランはいまいちでも、家庭料理はとても美味しいようです。
それでも、レストランで食べるロシア料理もけっこう美味しくて、好みです。
ただ、できれば現地の料理といえる、サハ人の料理を食べたいと思っていました。
ただし、本格的なサハ料理は、馬肉とかならともかく、馬の血が入ったようなスープとか、外国人の私には強烈すぎるものもあると思ったので、レストランで外国人向けに出されている料理は、ほんもののサハ料理とはいえないかもしれないけれど、それで十分だと思っていました。

ヤクーツクのレストラン情報は、前の記事で紹介した昔の「地球の歩き方」とこちらのWikitravelのサイトを参考にしました。
https://wikitravel.org/en/Yakutsk

Wikitravelの方では、レストランについては辛口評価でした。
はっきり言って、私もそう思いました。味にアバウトな私が断言します。レストランで食べるヤクーツクの料理はあんまり美味しくありませんでした(苦笑)。
レストランや料理のチョイスの仕方も悪かったと思います。
そこそこの値段であれば、そこそこ美味しければ好印象だったと思うのですが、値段の高めなレストランに行って、期待が高かったのに、口に合わなかったので印象悪くなったわけです。

5回の夕食で、ホテル併設のアジア料理のレストランを2回、旧市街にあるガイドさんのおすすめの「マフタリ」というレストランを3回利用しました。
ランチは、1人歩きのときは省きました。
エクスカーションはランチ付きでしたが、それは美味しかったです。1回目はホテル併設のレストランが作ってくれたお弁当で、そのレストランがアジア料理レストランなので、ランチも中華っぽかったです。
2回目は、行き先のソツィンツィの野外建築民族博物館で用意してくれたものですが、ロシア料理でした。でも、これも美味しかったです。

※ブルウスの谷へのエクスカーションで食べた、ホテル併設のレストランが用意してくれたランチ
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※ソツィンツィへのエクスカーションで、ソツィンツィの建築博物館で、サハ人の伝統的な冬のテントの「バラガン」の中でいただいたランチ
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楽しみにしていた夕食を、ほとんど同じところで食べたのは、他のレストランが、レストランといってもブュッフェ形式ばかりだったのです。トップクラスのホテル「トゥルグーン・ダルハーン」併設のレストランは、ガイドさんがすすめてくれたところの1つでしたが、そこすらも、ブュッフェ形式でした。
私は、多少高くても、できたての温かい料理が食べたかったのです。

旧市街の「マフタリ」は、2階はレストランで1階はブュッフェ形式のカフェでした。
今にして思えば、1階であれば、そこそこの値段で、冷めていてもそこそこ美味しいと感じて、不満は少なかったかもしれません。
でも私は、3回とも2階のレストランで夕食を取りました。

※マフタリの建物。もしかしたら古い「地球の歩き方」では「インデルギーガ」と紹介されていたレストランだったかも。
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※2階のレストランの内装。これがステキだったので、料理がいまいちでも通ったかもしれない私はミーハーです。
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サハ人にとって、レストランで食事をするのは、誕生日とか長寿祝いとか、何かのお祝いのときが多いようです。
そして実際、「マフタリ」では毎回、予約席が設けられていて、ちょっとした家族・親族パーティをやっている席が複数ありました。
その様子は傍で見ていて、ほほえましかったです。

「マフタリ」でも、ボルシチとかウハーとか、ロシア料理代表のスープは美味しかったです。
ところが、メイン料理として選んだ、肉料理は固かったです。焼きすぎ!
馬肉を食べてみたけれど、固いのははじめ、馬はよく走るから筋肉質なせいかと思っていました(苦笑)。でも、3回目に食べてみた牛肉も固かったです。ちっとも美味しくありませんでした。

※ロシアでボルシチは外れがないと思います。そして各家庭・レストランで味が違うのです。
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※ウハーという魚のスープも美味しかったです。
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※馬肉料理2品。メニューの写真は美味しそうでしたが、焼きすぎで固く、汁気もなくて、私には食べにくかったです(私はステーキでもやわらかい方が好きですし、料理全般、どちらかというと汁気がある方が好きなのです)。
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ホテル併設のレストラン「バンブスク」は、ロシア料理でもサハ料理でもないのですので利用しないつもりでました。
初日の夕食に利用したのは、日没が夜10時なのをいいことに、いったんホテルで休んだあと、夕食に出かけるのが遅くなったせいもあります。
ホテルからそう遠くないTamerlanというウズベキスタンなどの中央アジア・レストラン(ただしWikitravelでは非常に辛口評価でした)で食べるつもりでしたが、そこはブュッフェ形式だった上、夜遅かったのであまり料理も残っていなかったのです。
その段階では1日の観光疲れでそれ以上レストランめざして遠くに歩く気力もなく、ホテル併設のレストランで食べることにしただけでした。

ホテル併設のレストラン「バンブスク」は、総じて美味しかった方だと思います。先ほど写真で紹介したランチも美味しかったです。
夕食は、私がチョイスしたものも悪かったと思います。日本で、ちょっとかしこまった中華料理店で食べればすむようなのを、なぜわざわざサハ共和国で食べているんだろう、と自己嫌悪のようなものが(苦笑)。
「バンブスク」で食べた寿司は、思いっきりアメリカ・バージョンでしたが、美味しかったです。
カリフォルニアロールとか、チーズが含まれているようなお寿司は、日本ではめったに食べられないから、これは良かったです。ただし、別にサハ共和国でなく、ロシア全土でも食べられます。

※カリフォルニアロール。クリームチーズが、お魚とごはんに、意外に合います!
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※カラフルなシュウマイ。しかし、これをサハ共和国で食べる必要があったか?
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問題だったのは、最終日に(余ったルーブルを使いたいせいもあって)奮発した北京ダック。まずかったです。がっかりです。肉も固くて、包む皮も、ぱりぱり、でなく、ばりばりに固かったです。たれも、薬草が強烈だったのか、薬っぽい味がほんのりして、好みではありませんでした。
私が北京ダックを食べたことはこれまで2回程度しかなかったですが、どちらもドイツとかのヨーロッパの海外旅行中に中華料理レストランで食べただけでしたが、とても美味しかった記憶があったので、非常にがっかりしました。

※問題の北京ダック。ルーブルの現金をできるだけ使いたいと思って、奮発したりしなければよかったです。
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───というわけで結論。
・奮発すれば奮発するほど、不満足。安い料理の方が美味しく食べられたかもしれない。
・レストランと言いつつもビュッフェ形式ところが多かった。むしろそういうところで食べて、できたての料理にこだわらない方が、結果的には満足できたかもしれない。
・レストランの肉料理は焼きすぎ。スープは別として、料理全般、汁気も少なかったので、食べづらかった。
・サハ料理というより、ロシア料理/スイーツであれば、美味しいものが食べられた。ただし、家庭料理を食べるチャンスがあったなら、サハの家庭料理もとても美味しかったろうと思う。

というのも、アイスクリーム(マロージュナヤ)は、街頭の立ち食いもレストランのデザートでも、とても美味しかったです。
おみやげに買ったチョコ菓子も、とても美味しかったです。
Travelers Cafeというガイドさんおすすめの外資っぽいカフェでは、ケーキもコーヒーもとても美味しかったです。
ホテルの朝食は、同じレストランで出していると思いますが、ロシア風のパンケーキなどがあって、美味しかったです。
サハの家庭料理が美味しかろうというのは、ソツィンツィ野外建築博物館で、夏祭りをしていたチェプロスク村の人たちが分けてくれたパンと馬肉ソーセージと牛乳酒がとても美味しかったことから伺い知れたためです。

※レーニン広場のミニバンの屋台で食べたアイスクリーム。
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※レーニン広場のバス停留所の近くにあったTravelers Caféで食べたケーキセット。店内はおしゃれで、モスクワのカフェと全くひけをとりません。
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※ホテルの朝食で一番もりもりに食べた日のもの。
ロシア風パンケーキ2種にミルククリームをかけたら絶品。ちょっと甘い「カーチャ」という、ロシアの定番の朝食のおかゆも、すっかり口になじんでいたので、美味しくいただけました。
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※チェプロスク村の人たちが分けてくれたパンと馬肉ソーセージと牛乳酒。
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ちなみに、馬肉に使われるのは1才足らずの子馬のようです。
車窓から、可愛い子馬たちの写真を撮るチャンスがあるときに、ガイドさんが言っていました。
私も、日本でも動物園で子牛や豚を可愛いといいながら、牛肉や豚肉は食べるし、今回も現地料理が食べたいと馬肉を何度も口にしたので、複雑な気分になりました(苦笑)。

※ソツィンツィの帰り道の車窓から撮った親子馬。子馬はふつう春に生まれるのですが、この子はまだ生まれたばかりだろうとのことでした。
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※通常の春生まれの子馬たちが、たわむれていました。
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私が車窓から馬や牛がいる光景を狙っていたので、このソツィンツィの帰り道では、ガイドさんが運転手さんに車を止めてもらうように言ってくれました。
私が可愛い、可愛いと喜んで写真を撮っていたときに、現地ガイドさんと野外博物館のガイドさんが、春生まれの子馬は秋/冬には食べられちゃう~と、ドナドナのように歌っていました。
私が食べた馬肉も、子馬だったんでしょうね。ああ、やっぱり複雑。

全体の感想ネタはまだまだあるので、つづきます。

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シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その3~参考にしたガイドブックなど/インターネット環境

思い付くままにいろんな話題/感想を、何回かに分けて書いていこうと思います。

<参考にしたガイドブックなど>
前の記事にも書いたのですが、「地球の歩き方シベリア」の最新版では、ヤクーツクの章は、博物館などの住所・開館時間・料金など、実用的で重要な情報が書かれた両脇の帯の部分が全部カットされていましたので、図書館で借りた2013~2014年版の「地球の歩き方シベリア」を参考にしました。
ほんとは最新版が出るまで、それを参考にしようと思ったわけですが、むしろ最新版の方が全然参考になりませんでした(苦笑)。
おそらく、日本人旅行者でサハ共和国へ旅する人はマイナーなので、ガイドブック編集の方で、その手間を省いたのでしょう。
「地球の歩き方」の情報が足らなければ、いつもLonely Planetを当てにしていたのですが、今回はLonely Planetも全然当てになりそうになく、最新版を購入するのをやめました。
むしろ、ネットでいろいろググって、Wikitravelというところのヤクーツクの案内が、とても頼りになりました。
https://wikitravel.org/en/Yakutsk

あとは、観光みどころのそれぞれの公式サイトを参照しました。ほとんどのサイトがロシア語オンリーだったので、ブラウザの自動翻訳機能を使って英語に翻訳したものを参考にしました。
いまは本当に便利になりましたね!

ただし、自動翻訳でロシア語から直接日本語に翻訳すると、笑っちゃうような日本語しか出てきません。
実をいうと、旅行中にも、現地でちょこっと話す機会があった人が、スマフォかなにかで自動翻訳してくれたのですが、そちらもへんてこな日本語でした。

観光みどころの公式サイトにたどり着くには、ふつうにググる場合には、ロシア語か、英語のスペルを調べた上でなければ無理だったと思いますが、そこの部分については、Trip Advisorが役に立ちました。
Trip Advisorの日本語版で、ヤクーツクのみどころをチェックしたのですが、公式サイトがあるようなところは、そのリンクから飛ぶことができました。
ただし、Trip Advisorのみどころは、おすすめ順にしても、上位の方に挙がっていたのが、広場とか記念碑ばかりで、全くそそられないものばかり。
あれはクチコミのおすすめ順だからでしょうか。博物館はなかなか表示されませんでした。
クチコミも、外国人旅行者は少なそうでした。どちらかというと現地の人か、ロシア国内の人がメインのような気がしました。正直、外国人旅行者が、ヤクーツクの偉大な人の碑などをそんな見どころのトップに挙げるとは思えません。
先に上記のWikitravelに気付いていたら、Trip Advisorははっきり言って必要なかったです。

というわけで、Trip Advisorは、海外からのクチコミが多くないと、あまり参考にならないようです。
でも、日本人旅行者がほとんど行かなくても、周辺の海外旅行者が多く行くのであれば、かなり有益だろうと思います。

<インターネット環境>
これまで通り、ホテルのWIFIがつながれば問題ないと思っていましたが、ドコモの海外パケットパックでなら、ロシアは1日980円と、これでも大幅に値下がりしたので、念のために申し込んでおきました。
ホテルではスマフォとタブレットの両方使っていましたが、どちらもとても快適でした。

ただ、公共の無料WIFIは、私にとって不便になっていました。
2年前までは、そのまま「ネットに接続」という画面でクリックすればすんだのですが、いまはロシアの電話番号を入力しなければ、使えないところが大半でした。
往路のウラジオストクでの乗り継ぎの待ち時間の間は、セルフレストランのWIFIがそのまま使えました。
でも、空港のWIFIや、他の市内のレストランのWIFIも、電話番号を入力するサイトが表示され、当たり前ですが、自分の日本の電話番号を入力しても、拒否されました。
ロシアの電話番号さえあれば、無料で使えます。
なので、帰路のフライトをヤクーツク空港で予定より4時間も長く待っていた間、現地ガイドさんにお願いして電話番号を入力してもらいました。おかげで、自分でもインターネットでいろいろ調べたり、あるいは気分転換にインスタグラムなどを見ていることができました。

ヤクーツク市内のWIFI事情は全く問題なさそうでしたが、現地ガイドさんが使っているのを見ていた限りでは、やはり郊外に出ると、電波がつながりにくく、つながらなかったりしたようです。
サハ共和国は人口密度が非常に低く、郊外に出ると人家もほとんどないので仕方がないでしょう。

海外パケットパックは、初日だけ使いました。
私は非常に方向音痴なので、ホテルから迷わなければ徒歩10分程度だった博物館にたどり着くまで、方向が全く分からず、1時間近くかかってしまいました(苦笑)。
最近は日本国内でもよく旅行するようになったので、駅からちょっと離れたホテルなどは地図アプリをけっこう頼りにしていましたが、あれはとても狭い範囲で、半ば分かっていたからこそ使えていたようです。
無料の地図アプリだと、縮尺が変わると表示される目印の建物や道路の名前がころころ変わるのが、非常に使いづらかったです。
やはりハードでころころ表示が変わらない、紙の地図の方が、私にはまだまだ使い勝手がよいと思いました。
せっかく1日980円もかけて使ってみた海外パケットパックですが、一番使いたかった、行きたい場所への移動のためには、むしろ現地ガイドさんが手書きで書いてくれた地図の方が頼りになったくらいです。
地図アプリで分かったのは、全く反対方向に進んでいたことに気付いたことと、「地球の歩き方」の小さな地図には載っていなかった隣の教会の名前がその場で分かったことくらいです。
でも、反対方向に進んでいたことは、地図アプリでなくても、しばらくしたら気付いたと思います。それに、教会の名前も、事前に日本で自分のパソコンからホテル周辺の地図をプリントアウトしておいた中にも書かれてあったことに後で気付きました。
日本でアプリを使いこなしていなければ、海外でも使いこなせないはずだという自説を確認しただけになりました(苦笑)。

ちなみに、現地ガイドさんは、とても便利なアプリを活用していました。
ガイドさんに1人歩きの際に行きたいところへのアクセス方法をいろいろ質問したとき、ガイドさんは、そのアプリを使って、バスの路線番号を調べ、何番目のバス停で降りれば良いか、周辺に何か目印になるものはないか、確認していましたし、見せてくれました。
SIMフリーのスマフォを持っていたら、そのアプリをダウンロードさせてもらう価値はあったと思いますが、あいにく私はSIMフリーを使ったことがなく、今回も実質たった5日間、そのうち1人で歩き回るのは2日半程度だったということもあり、今回SIMフリーにチャレンジしよう、とまで思い付きませんでした。
ただし、そのアプリについては、ロシア語版しかなかったろうと思うから、あんまり使えなかったかしもしれません。

ロシアの他都市は知りませんが、ヤクーツクではSIMカードはとても安く、200ルーブル足らず(日本円にして400円程度)で買えるようです。
ヤクーツク空港に到着した段階では真夜中だったのでSIMカードを売っていたとしても営業していなかったと思いますが、乗り継ぎのウラジオストク空港では買うことができたろうと思います。店舗の前にはけっこう行列ができていたけれど、乗り継ぎの待ち時間は長かったので、買う時間は十分あったろうと思います。
そして、SIMカードに電話番号がひもづけされていたら、公共の無料のWIFIも問題なくアクセスできたのだろうと思います。

もろもろの感想、つづく。

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シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その2~帰宅便の大幅遅延と初のロストバゲージ

ヤクーツク行きを決めたとき、ヤクーツクの空港は、気候状態によっては、フライトの運休や遅延が多いというのは、頭の片隅にありました。
覚悟していたつもりでしたが、せめて往路は、極端な遅延や運休はありませんようにと思いました。じゃないと観光できる日が減ってしまいます。
だから、帰りなら、まだましだと思いました。
もちろん予定日に帰宅できないとほんとは困りますが、仕事は、休みを延期できないわけでもなかったです。
そうは言っても、実際に大幅な遅延があり、運休の恐れもあって、帰宅が1日ずれていたかもれしないと思うと、ひやひやでした。

最終日の7月14日(土)、ヤクーツク近くの針葉樹林で火事があり、風向きが悪くて、ヤクーツク広域にわたり、煙が濃霧のように広がってしまいました。
この日は、野外博物館で、すばらしい景色も見られたはずのソツィンツィ観光の日でしたが、残念ながら濃霧のような煙のせいで、少し先の前方が見えない程でした。

いやはや、それで残念に思っていたのは、可愛いものでした。
この日、夜中すぎの1時40分にヤクーツクを出発するフライトでウラジオストクに向かい、ウラジオストクで4時間の乗り継ぎ時間の後、9時50分発のフライトで成田に向かうことになっていました。
4時間もあったのは、ヤクーツクとウラジオストク間は国内便で、ウラジオストクと成田間は国際便なので、ウラジオストクでいったん機体預け荷物を受け取って、もう一度チェックインし直してから、出国手続きをする必要があったからです。

ところが、煙のせいで、ヤクーツク空港が封鎖されていたらしく、ウラジオストク行きのフライトは4時間遅れました。
正確に言うと、ウラジオストク行きのフライトというのは、ウラジオストクから来た飛行機がウラジオストクに帰る便なのですが、行き先のヤクーツク空港が封鎖されていたため、4時間もウラジオストクにとどまったままだったのです。
あのままでは、成田行きのフライトには完全に乗り損ねていました。
でも今回は、空港送迎で現地ガイドさんがついていてくれたので、非常に心強かったです。
両方の便が同じ航空会社運行だったし、空港が閉鎖してどのフライトも大幅に遅延したので、こちらからあれこれ事情説明せずとも、現地の職員の方で乗り継ぎの調整をやってくれたと思いますが、一人だったらすごく心細かったと思います。
なにしろ、以前、ウズベキスタンを旅行したとき、タシケント航空は、成田からタシケント行きの国際便が大幅に遅れた上、荷物がなかなか出てこなくても、成田空港にいたタシケント空港の日本人職員もタシケント空港にいたウズベキハタン人の職員も、なんにもしてくれなかったので、国内便は私を置いてさっさと出発してしまったことがありました。
それに比べると、さすがアエロフロートと言うべきでしょうか。
それに、まわりで職員たちがロシア語でわいわいやっている様子を、ガイドさんが説明してくれたおかげで、事情が分かり、乗り継ぎ便が待ってくれるし、ウラジオストク空港で優先的に手続きが行えるよう職員が案内してくれると請け合ってくれました。
荷物も、本来ならウラジオストクで一度受け取ってから、預け直すことになっていましたが、ヤクーツクから成田までスルーで運んでくれることになりました。

同じ便に乗り継ぎするのは、私の他に日本人男性1人と、日本にはトランジットで最終的にフィリピンに向かうフィリピン人の4人の若者グループがいました。
4時間遅れでヤクーツクを出発したフライトがウラジオストクに着陸したのは9時35分。
9時40分発の成田行きのフライトは、私を含めた6人を待ってくれました。
私たちのために、アエロフロートのチェックインカウンターや、セキュリティチェックや出国審査のカウンターが特別に準備されていたため、ヤクーツクからの飛行機から優先的に降りてシャトルバスで先に空港の建物に連れて行ってもらい、最終的に成田行きの飛行機に乗り込むまで、出国審査も含めて20分程度と、驚異的なスピードで乗り継ぎができました。
そして成田行きのフライトは、出発が30分ほど遅れましたが、到着は5分早かったです。
結果的に、ウラジオストクでの4時間の待ち時間が、全部ヤクーツクでの待ち時間になったようなものでした。

ところが、私のスーツケースはいくら待ってもターンテーブルに出てきませんでした。
同じ乗り継ぎだったもう一人の日本人男性の荷物は、すぐに出てきたのに。
初ロストバケージです。
冗談じゃないと思いました。
しかも、この日は、モスクワから成田へのアエロフロートで、システムの故障により、100個以上の荷物がロストしていて、ロストバゲージのカウンターは、気付いたときには大行列ができていたのです!
はじめその手続き待ちの列は全然進まず、スーツケースの行方を調べてもらうまで何時間もかかるしかもれないとうんざりしました。
それでも、アエロフロートの職員は応援も呼んだらしく、だんだんと対応がスピーディになり、30分待ったところで、スーツケースの行方を調べてらうことができました。
それで、ウラジオストクで私が乗っていたフライトに積み損ねた私のスーツケースは、その次に一番早くに成田に着くS7航空で成田に向かっているところだと分かりました。午後4時頃に到着するだろうと(その時点では午後1時)。
なので、うまく本日の午後6時までに、私の自宅への配送手続きがとれれば、翌日の16日(月)の海の日の祝日の午前中に届くかもしれない、と知り、ほっとしました。
ただし、S7航空は成田の第2ターミナル利用なので、第2ターミナルから第1ターミナルに荷物を送ってもらい、通関手続きを取った上でのことなので、本日の午後6時に間に合うか分からず、家に届くのは1日遅れの17日(火)になるかもしれない、とも言われました。
でも、その頃には、だいぶ待たされて、その間にいろんな人たちも困っている様子や、そのくらい時間がかかるのが仕方がないことを耳にしていたので、もう多少遅くなっても、無事にスーツケースが私のもとに戻ってくるなら、それでいいやと思うようになっていました。

ところがそれで手続きが終わった段階で、私が搭乗していたのはアエロフロートと共同運行だけどオーロラ航空の方なので、対応をするのはオーロラ航空のはずだ、と、対応してくれた係員の上司が手続きを止めたのです。
その上司の態度は、オーロラ航空の乗客の分まで我々がやるべきことではない、という態度がありありで、たしかにそうかもしれないけど、これまでロシアでの手続きはすべてアエロフロートがやってくれていたので、正直、その態度にはムッとしました。
その上司も、モスクワからのジャンボの乗客全員の荷物がロストして、手一杯だったのかもしれませんが、対応してくれた若い女性職員以外は、私がオーロラ航空の乗客だと分かると、なんだか冷たくなったような気がしました。
まあ逆にいうと、私がオーロラ航空の乗客だと分かっても、態度を変えずにすまなそうにしてくれた若い女性職員の方が、とても日本的であって、世界の標準でいうとかなり希有といえるのでしょう。
ただ、私にしてみれば、ちゃんと書類もすべて記入し、これで手続きが終わって、もしかしたら明日の午前中に荷物が届くかもしれないと希望が見えてきた矢先だったので、すべて書類の記入からやり直しと分かって、いらっとしました。
記入した書類はアエロフロートのものだったので、オーロラ航空のものに書き直す必要があったのは仕方がなかったかもしれません(そして一度記入したアエロフロートの書類はゴミ箱行きになりました)が、通関でもし荷物を開けるように指示された時のためにスーツケースの鍵も預けたのですが、鍵につけたタグですら、すでに私の名前がペンで書かれてあった紙製のものなので再利用できるわけでもないのに、別の少し年齢が上の女性職員に、アエロフロートのものだと取り上げられそうになったのです。
そのくらいはいいでしょう、と主張したら、手渡してくれましたが、無言でこちらを見ようともしませんでした。
まあ、私がアエロフロートの乗客ではないので、自分の客ではないと分かった段階で丁寧に接する必要はないと思った程度で、悪気が会ったわけではないかと思いますけどね。それまで100人近い乗客の文句を聞きながらロストバゲージの対応をしていたので、私で最後でしたから、もう気が緩んでしまったのもかれしません。
件の上司も、実は、ロストバゲージのカウンターにオーロラ航空の人はいなかったので、連絡は取ってくれました。
たしかに、私は、共同運行であってもよその航空会社の客というのなら、それで十分といえば十分なのでしょう。

結果的には、そこでまた時間がたったせいもあったかもれしませんが、オーロラ航空でロストバゲージの手続きをやり直していた段階で、私がアエロフロートの人に調べてもらったスーツケースの行方を説明して食い下がることができたので、私はスーツケースはS7航空にすでに積んであり、成田空港に向かっていて、午後2時10分には第2ターミナルに到着予定だという、さらに詳しい情報が得られました。
その時点で午後1時を過ぎていたので、最初にアエロフロートの人に聞いた午後4時頃到着だと思っていた段階では待てないと思いましたが、あと1時間だったので、第2ターミナルに向かって荷物を持つことができました。
実際に荷物が出てきたのは午後2時50分でしたが、その間に、第2ターミナルに移動し、冷たい缶コーヒーを飲んで一息つき、余ったルーブルや昔の紙幣のユーロを再換金したり、ANA AMEXカード会員の特典で無料で手荷物を宅配してくれるカウンターを探したり、帰りのリムジンバスの時刻と乗り場を調べたり、など、いろいろやっておけることをやっておいたので、それほど時間を持て余すことはありませんでした。
おかげで、3時間ほどの時間のロスがあったけれど、無事にスーツケースを受け取り、予定通り翌日の午前中に自宅に着くように宅配の手続きができました。
ロストしたのがウラジオストクであり、ウラジオストクから成田に向かう便が意外にあったので、当日中に取り戻せたのは、不幸中の幸いでした。

というわけで、大幅遅延もロストバゲージも、まあ、結果オーライ。
ヤクーツク・ウラジオストク間のフライトは、森林火事の煙の影響が夜中にマシにならなかったら、最悪、運休になっていた可能性もありました。
そうなっていたら、15日中にロシアを出国できなかったでしょう。
ロシアのビザは、なじみの旅行代理店さんが念のために1日多く16日まで取っておいてくれたので、出国手続きでもめることはなかったろうと思いますし、たとえビザの日数が足らなくても、本人のせいではないし、アエロフロートの方で証明書類が出るので、大きな問題にはならなかったかもしれませんが、ビザの日数が足りているにはこしたことはないです。
帰宅が1日延びてしまったとしても、有給休暇は延期できたと思いますが、やはりそれはしたくなかったので、12時すぎに成田空港を出られるはずが15時過ぎになっただけですんで、ほんとうに良かったです。

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シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その1~観光や町歩きについて

去年2017年は海外旅行をキャンセルしたので、2年ぶりとなった2018年の海外旅行。
今回は、7月9日(月)から7月15日(日)までの短期で、観光したのは7月10日(火)から7月14日(土)までの実質5日間です。
サハ共和国は、豊かな観光資源はたくさんあると思いますが、ロシア語がろくにできない外国人向けの観光インフラが整っていないので、サバイバルはしないふつうの旅行者である私が一人で観光できるところはとても限られてしまいます。
一人歩きにはやはりガイドブックが見どころを探すべースになりますが、そんなにたくさん紹介していません。
しかも「地球の歩き方」は、ヤクーツクのチャプターを郊外エクスカーション扱いにし、開館時間や住所や料金や撮影可不可・公式サイトなどの実用的な情報が書かれた欄外をなくしていました! 最新情報を確認する手間を省いたのでしょう!
なので、おなじみの旅行代理店の担当者さんと相談して、現地ガイドと車を手配したエクスカーションを2つ入れることで、メリハリのついた旅程にすることができました。
ほんとは、ヤクーツク観光として最大の見どころと言われているレナ川渓谷クルーズ(1泊)を入れかったのですが、代わりにブルウスの谷のエクスカーションを入れました。
そして実際に行った後で言えることですが、レナ川クルーズ1泊よりは、ブルウスの谷の1日エクスカーションの方が、ずっと私好みだったかもしれないです。
というのも、クルーズ泊そのものは初体験なので面白かったと思いますが、ハイライトの石柱群が見られるのはクルーズの一部であり、その他は延々と同じような針葉樹林帯(タイガ)が続き、風景にあまり変化がなかったかもしれないからです。
とはいえ、実際に行って見て比べたのではないので、ほんとのと
ころはどっちの方が気に入ったか分かりません。

旅程の最初はヤクーツク市内観光でした。
実をいうと、はじめはそんなにテンションが上がりませんでした。
というのも、この旅行に出かける前に、未完成だった2016年のフォートラベル旅行記をとりあえず表紙と写真だけでも編集してアップしたのですが、それが、ただでさえ町歩きそのものに見どころがあった黄金の環めぐりの旅行の中で、一番町歩きが充実していたスズダリ2日目編だったのです。
2年前に撮った写真をつくづく眺めて、やっぱりスズダリは、どこもかしこもフォトジェニックで夢のような町だったなぁと記憶を新たにしてしまったのです。
それに比べると、はじめから分かっていたものの、ヤクーツク市内は、いかにも旧ソ連らしい、フォトジェニックとは言いがたい町並みでした。
それでも、初日は、それこそ物珍しさが先立って、あちこち写真を撮りながら歩くのは楽しかったです。
写真好きな私にとっては、あまり写真映えしそうにないところにいい被写体やテーマを見いだすことも楽しいからです。
でも、海外旅行先で、あまり絵にならないところで、被写体を見いだすのが楽しいのは、せいぜい1日目だけ。
市内散策は、一眼レフや交換レンズを重い思いをしながら持ち歩き、ふだんの日常生活よりもたくさん歩き回ってくたくたになるのです。スズダリのようなステキな景色が常に目の前に広がるのであれば、荷物の重さも疲労も吹っ飛びますが、頑張って被写体を見つけなければならないような街並みでは、やはりテンションが下がってしまいます。

※永久凍土の上に建つヤクーツク市内は、燃料パイプ等が地上に出ているのですが、こういう写真を撮りまくるのが楽しかったのは、初日だけ(苦笑)。
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※こういう旧ソ連らしい広場撮影が楽しかったのも、やはり最初のうちだけ。

オルジョニキーゼ広場の作家であり政治家でもあったオイウンスキーの像
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オルジョニキーゼ広場にて
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第二次大戦の戦勝広場にて
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雨あがりのレーニン広場にて
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戦勝広場は別として、オルジョニキーゼ広場とレーニン広場は町歩きの拠点になったので、何度も通りかかったせいもあります。
そうでなくても、少し時間が余ったからといって、また散策しに行こうと思えるほどの魅力ある町並みとはいえず、一度見れば十分!
結局、中途半端に余った時間は、ショッピングに励んだり、レストランで夕食時間をうんととったり、あるいはホテルの部屋でくつろいでいました。

コサック時代の町並みを再現した旧市街はなかなか魅力的でした。
それでも、何度も行くことになったのは、どちらかというとショッピングやレストランに行くついででした。

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ヤクーツクは、サハ共和国の首都だけあって、市内にミュージーアムは充実していました。
ただし、ヤクーツク市内最大の博物館と言われていたところや国立美術館でも、それほど規模は大きくありませんでした。
(ただし、比較対象は、エルミタージュ美術館とか、モスクワのトレチャコフ美術館とか、何日通っても見終わらないようなところとか、写真を撮りながらだと半日から1日かかるようなところだったりします。)
でも、ゆっくりと撮影しながらでも1時間程度というのは、規模は思ったより大きくないと拍子抜けしつつも、最後まで気力や体力に限界がこなくてちょうど良かったのは確かです。

国立美術館では、ふつうに鑑賞するだけでなく、写真を撮るのもとても楽しみにしていたのですが、残念ながら撮影不可でした。
撮影しながらだったら、半日はかかったような気がします。
なのしろ、他では見る機会がなさそうなサハ人の絵がたくさんあって、サハの人々の暮らしやサハ共和国の景色、行けなかったレナの石柱群などをテーマにした興味深い絵が目白押しだったのですから。
私の大好きな民族衣装の展示もたくさんありました。復元されたものなので、きれいで真新しく、ガラスケースの中に保存されていなくて、写真も撮りやすそうだったのに、残念でした。

なので、ヤクーツクの外に出るエクスカーションを旅程に入れてほんとうに良かったと思います。
行き先のブルウスの谷やソツィンツィの野外建築博物館もとても良かったですが、そこへ向かうまでの車窓の外に広がるサハ共和国の田園風景に魅了されました。

それから、ヤクーツク動物園にも行ったのですが、これは実はヤクーツクから車で1時間近くかかるポクロフスクという町の近くにありました。
往復とも、乗り合いタクシーで行ったのですが、ぼこぼこでコンデションの悪い道路をがんがん飛ばすタクシーの中で、完全に腰が浮いてジェットコースターに乗っているような乗り心地で、それも楽しかったですが、車窓から眺める郊外の田園風景はほんとうに素敵でした。

ほんとに、ほんとに、ちょっと郊外に出てみたら、なんて魅力的なところだらけだったことか!
いまさらですが、私は、広大な緑や森林や池が見られる景色や、寂れた村があり、馬や牛がのんびり草を食み、道路を横切って車を停めてしまうような田園風景は、いくら見ても見飽きないくらい惹かれるようです。
それはあくまで、旅行先としてであり、そういうところで生活したいとまでは思わないのですけど(苦笑)。

それと、動物園の近くには、ポクロフスク町のための夏至祭りの会場がありました。
その存在を知ったのは、現地ガイドさんに動物園への行き方をいろいろ相談していたときに、バスを降りるタイミングの目印として教えてもらったからでしたが、なかなか興味深かったので、車窓から眺めるだけでなく、自分でも写真を撮りに行きたくなりました。
なので、動物園散策を終えた後、片道15分くらいですが、その会場を見に行って、自分でも写真を撮ってくることができました。

こういう会場でした。
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夏至祭りはとっくに終わってていましたが、ガイドさんからどんなかんじか様子を聞くことができました。
実は、ヤクーツクに興味をもったきっかけの、過去に放映していたNHKロシア語会話シベリア編でも、ヤクーツクの夏至祭りを紹介していて、その記憶とガイドさんの話と、こういう会場を見ることができたおかげで、だいぶ想像がつくようになりました。
ついでに、その会場まで動物園から歩いた往復でも、車内からではゆっくり撮れなかった田園風景を撮りまくることができて、大満足でした。
動物園に行くことにして、動物園そのものも楽しかったけれど、こんな思いがけない収穫があるとは思いませんでした。

※動物園に向かう乗り合いタクシーの窓から撮れた写真
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※ブルウスの谷に向かう途中にて
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全体の感想、つづく。

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ヤクーツクでの楽しみ~フリータイムに観光する候補など

来る来月に予定しているサハ共和国ヤクーツクの日程は、下記のとおりです。

1日目:昼に成田発(ウラジオストック経由)
    真夜中すぎにヤクーツクに到着
2日目:午前中はガイドと宝物展示博物館見学
    午後フリー
3日目:1日フリー
4日目:ブルウスの谷エクスカーション(ガイドと車を手配)
5日目:1日フリー
6日目:ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車を手配)
    夜、出国(ウラジオストック経由)
7日目:午前中に成田着

交通公共機関で自力で行くには時間がかかりそう/私にとってハードルが高い郊外エクスカーションを2ヶ所入れており、どちらもガイドと車を手配済みです。
ヤクーツク観光でハイライトというべきレナ川峡谷を楽しむクルーズは、この日程中、政府関係者を招待するとのことで一般観光客は立ち入れなくなってしまい、日程に入れられませんでしたが、他に郊外エクスカーションとしてはメジャーなブルウスの谷と、それから次くらいにメジャーなソツィンツィを入れました。

でも、私がより楽しみにしているのは、ソツィンツィです。
昔ながらの村が残るところのようです。
インターネットで検索したサイトの説明によると、屋外建築民俗博物館のようなかんじみたいです。
完全に博物館となっているのか、あるいはふつうに現在も人々が生活しているけれど、保存区域のようになっているのかまでは分かりません。
でも、昔ながらの生活を垣間見られるらしいので、博物館のように昔の民具などが展示されているところもあるのだろうと思います。
これまで東欧の民俗博物館や屋外建築博物館は好んで回ってきましたが、ほとんど1人で回りました。
解説などはほとんどなく、あってもロシア語だけでしたから、民具などはどうやって使われるのか想像しながら見ていました。
今回はガイドさんがいることで、使用法や何に使われているかよく分からないようなものは、教えてもらえると期待しています。
それを含め、今まで1人で回っていただけでは分からなかったことや気付かなかったが、いろいろ分かるようになるのではないかと思っています。あるいは私の想像どおりだったと確信もてるものもあるかもしれません。

ブルウスの谷では、レナ川クルーズであったように、車ごといかだのような船(?)に乗って川を渡ったりするのは、ちょっとレアな経験ができるかもしれません。

ブルウスの谷とソツィンツィ・エクスカーションでは、郊外に出ること自体も楽しみです。
自力で観光できるのはほぼ市内に限られてしまいますし、ヤクーツクはレナ河畔に展開している町とはいえ、川岸から自然公園のようになった森林地帯が広がっているので、街中を歩いて川岸が見られるわけではないようです。
でもたとえ街中から川岸が見えるとしても、2年前の黄金の環めぐりの旅の時のように、川沿いに自然画の凝り、古い民家が連なり、教会があったりするような絵になる景色が見られるとは思えず、あくまで街景色になるりでしょう。
市内に湖と森林のある自然公園もありますが、そこまで足を伸ばせるか分かりませんし、遊園地があるようなので、おそらくソ連時代らしい市民の憩いの公園になっているだろうと思います。ソ連時代らしいノスタルジックさはけっこう面白いと思いますけどネ。

残りの日程の市内観光は、基本的に自力でする予定です。
ヤクーツクには地下鉄などはありませんが、見どころはほとんど徒歩圏内です。

到着翌日の2日目と3日目と5日目が、市内観光の日です。
ただし、そのうち2日目の午前中については、日本語ガイドをやとって、宝石展示博物館に行く予定です。
というのも、ここは博物館のガイドの案内なしには中に入れないのです。
私が雇った日本語ガイドさんは、あくまで一般のガイドさんですが、ロシア語でしか案内しない博物館のガイドのロシア語を通訳してくれるはずです。

実をいうと私は宝石や鉱石が大好きなので、本をたくさん買って読み、素人なりに勉強しました。
そして海外旅行先で可能な限り鉱物・宝石の博物館をせっせと訪れて実物にふれ、国内では、ミネネラルショーや宝飾展にはよく行っています。
日本の博物館でたまに行われる宝飾品の特別展示もできるだけ見に行きましたし、以前は、ジュエリーツツミのような、手が届く価格の宝飾品がある店にもよく足を運んでいました。
なので、ロシア語ガイドが全く理解できなくても、展示の意味はかなり分かるのではないかと思っています。
ロシア語のスペルは読めるし、読めればたいていの石の名前は共通ですし、見た目からピンと来るでしょう。
分からなくても、きらきらと美しい宝石は、それだけで見ごたえあります。

でも、ヤクーツクに行きたいと思った最初のきっかけがこの宝飾展示博物館なので、どうせなら博物館ガイドの話もちゃんと内容が知りたいと思いました。
それは、2年前の黄金の環めぐりの旅行のときに、パレフのラッカート・アート博物館で、博物館ガイドさんの話を英語ガイドさんに通訳してもらいながら見学したときに、博物館ガイド付きの場所では、できればガイドさんの説明を理解したいとしみじみ思ったからです。
当たり前ですが、博物館の館員さんがもつ情報は、ものすごく豊富なのです。

ちなみに、この宝飾展示博物館は、撮影不可です。
博物館での写真撮影も大好きな私には残念ですが、まあ、展示内容からしても、当然でしょうね。
それに、宝石のキラキラは、動画ならともかく、とてもとても写真には撮れないので、不可と言われれば、さっぱりあきらめがつきます。

残りの2日半のフリータイムで観光する候補は、以下のとおりです。
楽しみにしている順番に挙げました。

・ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館
・国立美術館
・動物園
・マンモス博物館とヤクーツク地方考古学民俗博物館(ヤクーツク大学内)
・旧市街散策(おみやげやレストランも含む)と市内の主なロシア教会2つ
・世界民族口琴博物館

行けたら行こうかなくらいに考えているところ
・オイウンスキー文学博物館
・ヤクーツク音楽民俗博物館など

ロシアを含む東欧観光では、豊かな民族/民俗文化に触れることが楽しみなので、「ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館」は必須です。
それに市内で1番メジャーな博物館のようです。
次に国立美術館ですが、ここにはヤクーツク絵画や工芸品もあるようなのです。
国立美術館というだけあって、やはりサハ共和国が誇る美術館のようです。

動物園は、市外から50キロほどのところにあり、バスで行くつもりです。
いまの私はレッサーパンダをきっかけに動物園めぐりが楽しくなっていますから、海外の動物園も、あればぜひ行きたくなります。
動物たちは同じですが、展示の方法や、見学者が違うので、なじみの日本の動物園と比べるとなかなか興味深いのです。
それに、動物たちの写真を撮るのにもハマっているので@
実は2年くらい前にホッキョクグマの赤ちゃんが生まれたようですが、あいにくいまはサンクトペテルブルグのレニングラード動物園に移動したようです。うーん、残念!

マンモス博物館や世界民族口琴博物館は、ヤクーツクならではの博物館であり、ほかでは見られないので、ぜひ見に行きたいと思っています。
マンモス博物館は、ヤクーツク大学内にあるらしく、1階から3階はヤクーツク地方考古学民俗博物館になっているようなので、これもわりと興味があります。
私は、考古学はさっぱりなのですが、出土品を工芸品として鑑賞するのが楽しいのです。

次に、行けるようだったら、という1ヶ所目の「オイウンスキー文学博物館」ですが、ハウス・ミュージーアムになっているので、当時の生活がしのべるところが面白そうだと思いました。
でも、オイウンスキーという作家の名も知らなかったし、作品を読んだことも、どんな作品があるかも知らないので、ものすごく興味があるというわけでもないです。

ヤクーツク音楽民俗博物館の方は、ネットで見た一部の展示がちょっと面白そうだったからです。
市内の比較的アクセスしやすいところにあるので、ついでに(?)、回れるかもしれないと思いました。

それに対して、オイウンスキー文学博物館はちょっと離れたところにあるので、その周辺のレストランやショッピングでも行きたいのでなければ、行かないかもしれないです。
とはいえ、机上での予測と、現地ではどうかというのは、ころっと変わるものなので、候補に挙げておいたわけです。
それに、博物館の休館日はチェックしていますが、万が一、臨時休館とかで入れないところがあったりしたら……?
見学に思ったより時間がかからなくて、時間が余ったら……?
思ったより近くて、あっさりアクセスできたら……?
などと考えられますが、最後の「思ったより近い」というのは、たぶんあり得ないと思っています。
地図上で見る印象よりも、思ったより遠く感じられ、ふだん以上に歩き回ることで疲れてしまうから、机上のプランほど歩き回れないだろうと思いますからね。

ちなみに、「地球の歩き方」や他のネットでのヤクーツク市内観光で紹介されていた見どころのうち、ここは行かないだろうなと決めているところがあります。
「永久凍土研究所」と「永久凍土王国」です。

研究所の方は、もともとグループ対象で予約が必要そうなので、どうしても行きたいというわけでもないので別にいいやと思いました。
王国の方は、永久凍土を味わえる……というか、ミーハーに氷の洞窟が楽しめるところのようです。
いわばロンドンでマダムタッソー博物館に行くような気持ちで(?)、気軽に楽しめそうですが……なにしろ氷点下の世界。
私が見たブログでは、見に行った人はコンデジが故障してしまったようです。
いやいやいや、それはちょっと、いや、とってもイヤだな。
王国ではなく、研究所の方だったかもしれませんが、とにかく、即座に行きたい候補から外してしまいました(笑)。

旅行のイメージを膨らませるのに、日本語のブログでは、こちらが参考になりました。
「JIC トピックス ~ ロシア・旧ソ連の情報あれこれ ~ヤクーツク・サハ共和国」

ヤクーツク行きを決めたばかりの4月と、もうすぐ行くっていう今とだと、このブログを見て、印象も変わったきがします。
いまは、実際に行く目で見ているから、情報を仕入れようとする構えがまるで違っているからでしょう。
そして、旅行代理店に手配をお願いしたことで、間は他の楽しみを追いかけ、特に下調べなどをそれほど熱心にしていたわけではなかった時期もあったわけですし、もしかしたら今回も中止しなければならないかもしれないという心配事もあったのです。

下調べとしては、日程をどう使おうかというのは最大関心事だったので、見どころとそのアクセス方法や地図については、折に触れて調べ、ネットの地図などを眺めて頭に入れるようにしていました。
でも、おみやげや食事については、漠然とイメージしていましたが、具体的に考えるのはこれからです。
できればヤクーツク料理が食べたいですし、ヤクーツクらしいおみやげが買いたいです。

とはいえ、おみやげの買い物は全然心配していないです。予算と自分の好みも大きく反映されるから、どんなにヤクーツクらしくったって、欲しくならなければ買わなくても構いません。
でも、食事の方は、私はレストラン選びがそんなに上手だと思っていないのです。
というか、ロシアのショップやレストランは、店構えと中身のギャップがあるので、道を歩いて良さそうだと見つけてふらっと入れるようなところなんて……あからさまにそういう看板があるファーストフードや軽食系ばかりでしょうから。
なにしろヤクーツクもそうですが、旧ソ連圏の人は、あまり外食の習慣がなく、レストランといえば、なにか特別なお祝いのときに利用するようなところだったようなのです。
食べずにはすませられないから、簡単な店で良しとするかもしれないですが、たまには内装もステキな、ちゃんとしたレストランで、ちゃんとヤクーツク料理といえるものを食べたいと思います。
とはいえ、ヤクーツク料理といえるのは、ヤクーツクの人が日常的に食べていた伝統料理であり、ヤクーツクの人たちはレストランであまり食べる習慣がなかったとなれば……レストランでありつけるヤクーツク料理というのは、もちろん、ヤクーツク料理ですよと外国人に提供するものであるとは分かっています(苦笑)。

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サハ共和国ヤクーツクの旅程と出発日の荷物の話

2年ぶりになる今年2018年夏の海外旅行が来月にせまりました!
正味たった5日間。されど5日間。
時差は1時間と、これまでの私の旅行の中では日本と物理的距離は近いですが、フライトは、そう頻繁に便があるわけでもない上、乗り継ぎの途中で出入国の手続きが必要なために余裕を持たせているため、ヨーロッパに行くのと同様、半日かかります。
それに行き先は、言葉が通じない未知の土地(私のロシア語はあいかわらず、言葉を覚え始めた幼児並み)。
最新の「地球の歩き方シベリア」では、きちんとしたチャプターではなく、おまけ記事扱いに格下げされてしまったサハ共和国ヤクーツク。
広大なサハ共和国に見どころはたくさんあり、ヤクーツク市内は徒歩圏内でも、郊外の見どころは外国人観光客にとってインフラが整っているわけではなさそうで、個人で公共交通機関で行くには困難ですし、距離もあります。
というわけで、旅程は、なじみの旅行代理店の担当者さんと相談して、郊外エクスカーションもあらかじめ手配し、充実したものになりそうだ、と期待できるものにしました。

ヤクーツクの郊外の最大の見どころといえば、レナ川渓谷クルーズです。
当初はそれを予定していましたが、私は1人参加なのでさすがに専用の船はチャーターできず(笑)、団体向けに大型客船が出るときにもぐり込むのを予定していました。
クルーズが出るのは週2回。
ところが、私が出かける週は、政府関係者を招待するために、一般観光客は立ち入り不可になってしまいました。
最大の見どころということですし、初めてのクルーズ泊を楽しみにしていたのですが、残念です。
日程をずらしても、団体の都合やこういう事情でドタキャンを強いられる可能性はゼロでもないので、日取りは変えないまま、他にまだ選択肢があったエクスカーションを旅程に入れました。

というわけで、旅程は実はずっと前にもう決まっていましたが、レナ川クルーズを予定していたときと、それを外した現在の予定をはじめて記事にします。

<レナ川クルーズを予定していた旅程>
1日目:昼に成田発(ウラジオストック経由)
    真夜中すぎにヤクーツクに到着
2日目:午前中はガイドと宝物展示博物館見学
    午後フリー
3日目:1日フリー
    夜、クルーズ乗船
4日目:レナ石柱見学&フリータイム
5日目:ヤクーツクに戻った後、1日フリー
6日目:ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車を手配)
    夜、出国(ウラジオストック経由)
7日目:午前中に成田着

この旅程ですと、3日目の夜はクルーズ泊でした。
個室でも、ヤクーツクのホテル泊より安くなるはずでした。
ところが、レナ川クルーズはキャンセルになってしまったので、代わりにもう1つ別の日帰りの郊外エクスカーションを入れました。

そして現在予定している旅程がこちらです。

1日目:昼に成田発(ウラジオストック経由)
    真夜中すぎにヤクーツクに到着
2日目:午前中はガイドと宝物展示博物館見学
    午後フリー
3日目:1日フリー
4日目:ブルウスの谷エクスカーション(ガイドと車を手配)
5日目:1日フリー
6日目:ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車を手配)
    夜、出国(ウラジオストック経由)
7日目:午前中に成田着

変更後は、クルーズ泊がなくなり、ヤクーツクのホテルに5泊となりました。

ガイド付きのエクスカーションや博物館見学への期待と、フリーの日に何をしようと考えてるかという話題は、次に記事にしようと思います。

ちなみに、出発日は平日。
我が家から成田航空まで3時間はかかるので、どこかで朝のラッシュにぶつかります。

正味5日間の旅行なので、これまでよりは荷物を減らせるのではないかと思っていますが、私は、国内のホテルに泊まる2日程度のレッサーパンダ遠征でも、結局、機内持ち込みぎりぎりサイズのキャリーバッグを持参しています。
それはカメラ機材のせいでもあり、それ以外の荷物は着替えとちょっとだけ洗面道具、それからタブレットや充電器のようなものを足すくらいで、日本のホテルはアメニティがあるし、コンビニや駅の売店で何かを調達するのは簡単なので、少ないです。
でも、一眼レフで撮影するようになって、カメラ機材が増えたのは確かです。
キャノンのEOS Kissシリーズは一眼レフの中でも小型とはいえ、本体は予備も含めて2台、レンズは3本を持参する予定です。
カメラは手荷物にするにしても、スーツケースで平日のラッシュの電車に乗るのは、やはりハードルが高いです。
成田前泊も考えましたが(ホテル前泊はわくわくしますが)、フライトが昼すぎなので、そこまでする必要性はないです。
そこで、荷物を空港宅配で送ろうと思いましたが、そうすると1週間前には荷造りして宅配せねばなりません。

というわけで出発2週間以上前の週末に、スーツケースの方は荷造りをして宅配で空港に送り出し、カメラのような貴重品を含めた手荷物は、前日までに荷造りをすませることにしようと思います。
逆に出発直前の週末は、ゆとりがあるのではないかと思っています。

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サハ共和国とヤクーツクの情報集め

今年2018年の海外旅行先は、ロシアのシベリアのサハ共和国のヤクーツクとその郊外です。
手配はおなじみの代理店さんにお願いできたことと、もともとサハ共和国について詳しいわけではないので、短い旅程の中で要となるところや郊外は、現地ガイドを手配していることで、気持ちに余裕があります。
そもそも出発はまだ先なので、いまは情報集めといっても、ぼちぼちというかんじです。

情報集めにやはり頼りになるのは、ガイドブック。
ネットで、もっと詳しいリアルな情報が手に入るとしても、まだまだアナログな私にとって、ガイドブックが基盤(イメージはハード)となり、その上でいろいろ情報を補足するのが、ネットでゲットできる情報(イメージはソフト)です。

立案当初は、以前の旅行で使ったちょっと昔の「地球の歩き方」と「Lonely Planet」をまず参考にしたのですが、いまひとつ自分が旅行しているイメージがわかず、ネットで旅行代理店が提案する旅行プランを検索してみました。
でも、見つけることができた日本の代理店のものは、昔のプランで、今は募集されていないし、団体用でしたし、英語サイトの代理店のものは、冬のツアーか、ちょっとサバイバルチックあるいはもっと長期の旅行者向けのもので、いまひとつ参考になりませんでした。
結局、立案には、私の好みをよくご存知の、なじみの代理店の担当者が提案してくれたプランにのっかりました!

でも、フリーの日に何をするかは、できるだけ情報は集めておいて、現地で最終的に決めるつもりです。
なので、まずは、最新のガイドブックに当たろうとして、Lonely Planetの公式サイトを検索しました。
日本人があまり行かない行き先は、「地球の歩き方」よりLonely Planetの方が頼りになることが多いし、PDF版をチャプター単位でネット購入もできます。
ところが、あいにくLonely Planetは、ロシア全体版はあっても、「地球の歩き方シベリア」のような、エリア限定のものはありませんでした。
シベリア鉄道をテーマとしたガイドブックはあったのですが、サハ共和国はシベリアであっても、シベリア鉄道は通っていないので、対象外でした。

次に、「地球の歩き方シベリア」の最新版に当たることにしました。
私が参考にしたのは、2012年版だったからです。
ところが、書店で手に取ってみた最新の「地球の歩き方シベリア」では、サハ共和国の首都ヤクーツクのチャプターが、なくなっていました!
大ショック!
記述そのものはあったのですが、いわばおまけのエクスカーション先のような扱いに格下げされていたのです!
文章を読んでみると、2012年版のものと大差なかったですが、見どころが、見出しを立てて分けられていなくて、だらだらと続けられた文章の中で、太字にして目立たせているだけです!
そのため、欄外の営業日や営業時間、アクセスや公式サイトのURL情報のようなものは、すっぱりなくなっていました!
……いまどきはネットで情報が拾えるのだから、自分で調べろってことですね、まったく!!
写真もずいぶん減りました。写真集みたいなガイドブックでは困りますが、やはり写真1枚の情報量はどれほどありがたかったか!

要するに、海外旅行に行く日本人は増えても、行き先がどんどん広がっても、サハ共和国に行こうっていう日本人はあんまりいないんですねぇ。
であれば、天の邪鬼な私は、ますます萌えるかも!?

でも、もともとネットで情報を補足するつもりでした。
いまでは、公式サイトがロシア語オンリーでも、ブラウザの自動翻訳機能を使えば、ものすごーくへんちくりんな日本語ですが、それでもかなり情報が拾えます。
言葉を覚え始めた幼児程度のロシア語力しかない私にとっては、自動翻訳機能はかなりありがたいです!
たぶん、日本語に直接翻訳させるよりは、英語の方がまだましなのかもしれませんが、どんなにへんちくりんでも、日本語の方がてっとり早いです。どうしようもなかったら、英語にするかな。

そのへんちくりんな自動翻訳の日本語例をちょっと紹介しましょう。
はじめはピンと来なかったけれど、しばらくしたら気付きました。

まず休館日のことは、なぜか「衛生日」と訳されてしまいます。
サハ共和国のことは、「サクラ共和国」になっています。
ロシア語のスペルを英語のアルファベットにすると、サハはSakhaとなるせいだろうと思います。
khで、息を出しながら発音する有気音を示しているのです。
それから、首都のヤクーツクは、ロシア語のスペルを英語にすると、Yakutia、つまりヤクーチア。それが自動翻訳では、「屋久島」。
サハ共和国のヤクーツクと書かれた部分が、サクラ共和国の屋久島。
……笑えません。気付いたときは、全然笑えませんでした!

それでも、行きたいところで、昔の「地球の歩き方」にも見どころとして情報が載せられていないところ───国立美術館とか、動物園とかの情報を拾うには、自動翻訳機能は助かっています。
何が書かれてあるか見当がつくだけでも───そこに欲しい情報はないと分かって情報源を絞り込むことができるだけでも、雲をつかむようだったネット検索においては、ずいぶん助かります。

それから、ネットの地図と航空写真で、ホテルからの道筋などのイメージがつけられそうです。
これは、ふだんどこか行くとき、絶対迷いたくないときの下調べでも活用する方法です。

あと大事なことは、行きたい場所のロシア語を頭に入れること!
少なくても書かれたメモを用意しておいた方がいいでしょう。

なにしろ、ロシアのミュージーアムなどは、どうも物々しい名前がついているところが多く、日本語の表記はいわゆる……ってことになることも多いようなのです。
もちろん、有名なマンモス博物館とか、民族楽器ホムズの博物館などは、通称でも通じそうですし、マンモスやホムズさえきちんと発音できれば、そこにミュージーアムをくっつければ、現地の人に通じるでしょう。
動物園も、ヤクーツク市にいくつもあるわけではなさそうなので、動物園という単語1つ覚えておけば大丈夫です。ヤクーツクで動物園に行きたいと口にしたときに、他都市の動物園のことだと思う人は、まずいないでしょう。
でも、国立美術館ははじめわけが分からなかったです。いくつかの分室があって、すべてひっくるめて国立美術館となっていたし、分室の名前には、コレクションのもととなった寄贈者の名前がついているので、なんのコレクションか分かりにくかったです。
自動翻訳した日本語もへんちくりんで、文章になっていないし、わけわからなくて、はじめはさじをなげそうになりしました。
でも、1回目はそうでも、2回目、3回目と見ていくうちに、だんだんと見えてきました。

それからネットの地図では、レストラン情報などが拾えそうです。
以前は、「地球の歩き方」やLonely Planetの数少ないレストラン情報を当てにして向かったらも、もうそこに店はなかった、ということがありました。
同じシベリアのウラジオストクとかハバロフスクだったか。
1日の観光でくたくたに疲れ、現地食材の夕食を楽しみにしていたのに、たどり着いたらそれらしき店が見当たらなかったときのショックと言ったら!
あるいは、住所と地図の表示がずれていたこともありました。通りが1本違ってしまうと、方向音痴で土地鑑のない私には、到底見つけられません。

ネットの地図を拡大していくと、ホテルの周辺や、徒歩圏内などで、レストランの記号がわりと出てきました。
ただ、それがイタリアンとかばっかりだったら、ちょっとつまらないかな。わざわざロシアでマクドナルドに入りたくない気持ちと同じです(たとえマクドナルドはロシアにとって外資レストランとして日本のファーストフードのイメージよりもずっと格が高くても)。
でも、日本食レストランなら、行く甲斐があります。ロシア人向けにめちゃくちゃアレンジされた日本料理は、面白いし興味かあるからです@
そしてヤクーツクはどうか知りませんが、少なくとも近年のロシアは、日本食レストランが圧倒的に多い国なのです。

こんな風に、今は少しずつ、現地で自分がどう楽しめるか、イメージしながら、ぼちぼちと情報を集めているところです。

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最近は海外旅行立案でちょっとラクしている私~過去の旅行スタイルをふり返りながら

社会人になった後、1900年代から2000年代の私は、今よりもっと海外旅行命でした!
仕事をするのは海外旅行に行く資金稼ぎのためと思うと、当時はかなり過重労働でしたが、励みになりました。
海外旅行好きが多い、比較的小規模な職場で、繁忙期と閑散期が極端な仕事でもあったし、管理職でもなかったので、長期休暇も取りやすかったです。
そして今より若かった分、ずっと健康に自信があり、無茶が出来たので、風邪で休んだことはなくはないけれど、有給休暇のほとんどを海外旅行のためにとっておくこともできました。
そして当時の私は、年に一回の海外旅行に行けなかったら、仕事もなにもかもやめてしまう!と思いつめたことがあったくらいでした。
ただ、仕事をやめてしまうとお金がなくなるので、やめませんでした(苦笑)。それに仕事自体は性に合っていたので@
1900年代、イタリアに夢中だったときは、イタリアへ語学留学を考えたこともありました。
でも、私は観光旅行をしたかったのであって、イタリアで生活したいわけでも、留学を活かしたいキャリアの希望も目的もあったわけではなかったので、ちょっと検討して、すぐにやめました(笑)。

2000年代くらいから、ロシア旅行をきっかけに東欧のエキゾチズムと自分にとって未知なエリアに惹かれるようになりました。
このくらいからインターネットで旅行情報を拾ったり、海外の代理店に直接メールで連絡をとって旅の手配をするのもだいぶ一般的になっていたこともあり、立案に1番時間を割いたのはこの頃だったと思います。
というのも1900年代はイタリアとか西欧で日本でもメジャーな行き先が多く、「地球の歩き方」、補足としてLonely Planetさえあれば、そんなに念入りに下調べしなくても、見どころはいくらでもありました。
1900年代は、ホテルも現地の観光案内所に相談して取ったものです。
私は急な変更に弱いので、行きたいルートは考えてあり、だいたいその通りに旅行してはいましたが、現地で急に予定を変えたことがないわけでもないです。
また、今ほど事前準備はしなくも、行った先で決めれば間に合うことが多かったと思います。それに1900年代は、今ほど現地の情報がリアルタイムでは手に入りませんでした。

でも、2000年代くらいから丁寧に旅程を組み立てるようになり、事前にしっかり手配をしておいて、現地でホテルや移動のチケットの調達に時間をかけず、その分、観光や撮影散策に充てる楽しさに目覚めました。
そしてこの頃から、海外旅行のうち、現地でホテルを探したりチケットを取ったりすることは、旅先の楽しみの要素ではなくなったように思います。期待が膨らむので、立案中の楽しみにはなりましたけど。
まあ、行き先が東欧メインになり、英語がよく通じないところばかりになりましたし、旧社会主義国の旅行インフラは西欧より整備されていなかったし、観光資源も西欧ほど分かりやすく開発されていなかったせいでもありました。
それと、先にホテルが決まっていれば、市内観光ルートや最寄りの駅への行き方などをあらかじめ確認し、ある程度シミュレーションしておくことができます。

2010年代に入ってから、今の旅行代理店をよく利用するようになりました。
と同時に、コンデジから一眼レフに移行して、国内での撮影散策にどんどん夢中になってきました。
海外旅行先の方が、写真ネタはケタ違いに多いですが、撮影目的だけであれば、日常生活の中にも探せばいくらでも転がっています。
また、観劇趣味にハマり出し、去年からちょっと控えるようにしたものの、それでも今も週に1回くらいの頻度で見に行っています。
それから、当然ですが、昔ほど若くなくなりました(苦笑)。
昔は風邪を引いたときか、年に1回の歯科検診、そして腰痛対策で週末の整体くらいしか医者通いをしていなかったのですが、今では2ヶ所も月1回の通院が増えてしまいました。
また、私だけでなく、母親も年老いてきました。月1度の母のための病院送迎も加わりました。
そしてプライベートだけでなく、仕事上の予定も、IT化が進んだことで、昔よりも細かく、せわしなくなった気がします。
ついでにいうと、会社が合併して大規模になり、必ずしも海外旅行好きの社員ばかりではなくなりました。また、チーフ程度ですが役職についてしまい、自分の仕事だけでなく、チーム全体の予定も考えなくてはならなくなりました。
というわけで、今の私は、毎日のように手帳を開いたり、予定を書き込んだ壁掛けカレンダーを何も見ては、今日一日、これから一週間、一か月、数ヶ月単位でのスケジュールの調整と確認をしなければならなくなり、時々、頭がパンクしそうになります!

そんなわけで、昔に比べると、海外旅行の立案にゆっくり時間をかけていないです。いや、時間の問題ではなく、気持ちのゆとりの有無かもしれません。
そのことに、ちょっぴり後ろめたさを感じます。
なにしろ、いまでは海外旅行のいろんなパーツを、どんどん1人で手配できる時代になったからです。
そして、昔はできるだけ1人でやろうとしていて、そこに海外旅行の楽しみを見いだしていたのに、いまではすっかり代理店さんに頼っているからです。

でも、自分に言い訳をしてみましょう。
昔の私も、海外旅行以外にいろいろと考えることやスケジュール管理しなければならないことがあったとは思いますが、上述のとおり、やはり今の方が管理しなければならないスケジュールが増えて、私の小さな頭は飽和状態になりやすくなりました。
それから、今の私が惹かれる海外旅行先は、どちらかというと日本ではあまりメジャーではないところが多いです。
インフラが整っていて旅行しやすいところは、もっと年を取ってから再開するのでもいいと思っているからです。今は。
メジャーでないところで自分の思い通りの観光をしたいと思うと、現地ガイドや送迎の手配も考えるので、なにかと割高になります。
フルタイムで働いていて、ドカーンと大きな出費のない今なら、まだそういう旅行がしやすいです。
それに、自分でやる手間や苦労、それから安全の確保を、お金で換算して考えるようになりました。
たとえば、ロシアはビザが必要です。
今では個人でもとろうと思えばとれる時代になったと思いますが、平日にロシア大使館に行くとしたら仕事を休まなければなりません。
仕事を休んで自分で出かけるのと、慣れない私がする手続きの手間や苦労を考えたら、お金を出して手配してもらった方が確実ですし、給料から自分の時給を考えて、仕事を休んだ分と手間や苦労もお金に換算したら、十分に割にあうと思います。
そんな風に、無理してできるだけ自力でチャレンジするよりは、一定のお金を出してプロにお任せした方が、ずっと良いと考えるようになりました。
社会的にもいろんな便利屋が出現し、インターネットで探せるようになったので、そういう風潮になっていると思います。
というか、そもそも私はDIYは好きではないし、向いていないんですね(苦笑)。

それから、この点が大きいですが、何度も同じ旅行代理店さんを利用し、同じ担当者さんと立案してきたので、私のやりたい傾向もよくご存知で、アイデアや情報をお願いすると、かなりどんぴしゃりな好みや条件のものを提供してもらえるのです。
そういうアイデアや情報の価値は、代理店への手数料分や、直接手配するより割高になる分を十分上回ると思っています。
そんなわけで、今回はとりわけ、漠然と興味はあったけれど、旅行インフラや具体的な観光資源がどのくらいあるか、あまりよく分からない段階で、相談してみました。
今年も7月に旅行するに当たって、3月中か4月の頭には航空券だけでもおさえておきたかったからです。

なので、今回のたった7日間(正味5日間)の旅程は、代理店のおなじみの担当者さんに提案してもらった、ほとんどそのままなのでした~!

でも、考えてみたら、旅行代理店が広告に出す個人向けのツアー・スケジュールを参考に立案するのも、旅程の立て方の1つです。
そして実際、1998年のイスラエル旅行はそうやって立案した覚えがありますし、2000年の初ロシア旅行のときは、1人から参加できるフライトとホテルとサンクトペテルブルクからモスクワへの片道寝台車チケット付きの個人旅行として売り出されていたものを、日程を延長する形で申し込んだのです。
それに私が最近好む行き先が日本ではあまりメジャーではなく、それほど時間をかける人も少ないから、観光資源が紹介されていないだけで、日本のガイドブックに載っていない見どころはいろいろあるはずです。
ただ、見どころがあっても、一般の観光客がほいほいと見に行けるかどうかは分かりません。
代理店が立てるスケジュールに盛り込まれているということは、少なくとも代理店経由でなら手配出来る可能性があるところになります。
自分でもどんな見どころがあるか一応調べました。「地球の歩き方」やLonely Planetのロシアではあまりにも情報が少なかったので(「地球の歩き方シベリア」で調べたらもうちょっとありましたが)、ネット検索してみました。
まず、Trip Advisorに当たりましたが、これは市内散策の見どころなら探しやすいですし、クチコミも、いまは自動翻訳で他国語でもだいたい読めるようになりましたが、郊外だとアクセス方法がよく分かりませんでした。
それに人気順で表示されるのですが、その順位が必ずしも自分の好みと一致しないし、最後まで表示させるのはけっこう面倒くさいし、市内の徒歩圏内と郊外、さらには近郊の都市のものもごちゃまぜだったので、場所とあわせて一覧できないのは、けっこううんざりしました(苦笑)。
見どころが限られているので最後までざっと確認できましたが、もっと人気のメジャーな観光地だったら、どんなことになっていたか。いや、そういうところは最後のページまで見るまでもなく、行きたいところがいっぱいになるのでしょう。
次に、日本語と英語でざっくりとキーワード検索をしてみたのですが、参考になりそうだったのは、英語圏の代理店のエクスカーションやツアー情報がいくつかでした。
ただ、どれも一人参加は想定されていなくて、グループでの申込みがあれば応じるようなところばかりでしたし、既成のツアー日程も、欧米人なら好みそうな(?)、ゆっくり滞在するアウトドア型のものばかりで、日数的にも内容的に私にはハードルが高すぎて好みではなく、これなら私も楽しめそうだという感じはしませんでした。
あるいは日本の代理店のものでも過去のツアーで、現在募集されていなかったりしました。
それか極寒の地だけあって、冬限定のものというのもありました。でも、私が行きたいのは7月なのです。

それと、東欧訪問を旅行しはじめてみて、私はそれほど、旅の楽しみ方が上手ではないんじゃないかと思うようになりました。
もちろん、旅の楽しみ方はそれぞれであり、必見なものすごいものを、ちょっと調べさえすればすぐ手の届くところにあったのに見逃して、ただぶらぶら町歩きをしていたとしても、その時間が楽しければ、旅は充実していたといえるでしょう。
ただ、私は、たとえば、なにもない遺跡を見ただけで歴史を想像できるタイプではないです。復元図とか、目に見えるものがあった方がよい、ミーハーです。
けっこう人見知りなので、現地の人とそう簡単にふれあいが持てるわけでもないです。たとえそのチャンスがあっても、もともと内向的で人付き合いが少ないので、相手があまりにひとなつっこすぎると、腰が引けてしまいます。
ほいほいと仲良くなるのもリスクを伴います。相手がやたら自分に合わせてくれてつきあいやすかったりするのは、下心があるといってよいでしょう。ちゃんとしたビジネス関係ならまだしも。
また、私はとても方向音痴なので、見知らぬ土地で、テキパキと動き回れません。1人旅なのを良いことに、たくさん迷いながら、時間をかけてゆっくり慣れてきただけです。

それに、自分の中で空白でなじみがなかった国やエリアに行って、少しでもなじみになりたい───私の今の海外旅行の目的の1つはこれです。
その意味では、アクセスも不自由な観光地で、その場所についてそれほど詳しく知らない場合は、現地ガイド付きのエクスカーションを入れたくなります。
現地の観光案内所主催のエクスカーションがあればよいのですが、最近の私の行き先では───具体的にはロシアでは、そういうエクスカーションはあっても現地の人向けで、外国人向けの英語のツアーはなかったです。今回も同じロシアなので、やっぱりないでしょう。
過去に何度か、それでもロシア人ツアーに参加したことがあります。
ロシア語の説明は全く分からなかったけれど、自力で行くのが大変なところ、あるいは全然下調べしていなかったところに連れていってもらい、由緒も歴史も観光資源である理由も全くわからないまま、ただ写真をぱちぱち撮るだけでも面白かったですが、それはあくまで結果論。
毎度そういうツアーを当てにできるわけでもないし、当てにして空白の日程を残しておくには、代わりの観光資源は少なそうですし、ガイドブックやネットで紹介されていないような観光資源や楽しみ方を現地で探し出せる自信はありません。
一昨年のロシアの黄金の環めぐりのように、美しい町歩きが楽しみにできるところは、何をしようか考えていなくても良かったのですが、旧ソ連系の都市は必ずしもそういうところばかりではないですから、あらかじめエクスカーションを手配しておくか、自力で回れる見どころの候補が日程以上にあって現地で選択できるくらいでないと……漠然と気になるだけでは、じゃあそこに行こう、という気になりませんでした。

しかし、おなじみの旅行代理店の担当者さんに相談してみて、今回もどんぴしゃりな好みの旅程を提示してもらえました。
というわけで、よっしゃーっ、それならのったーっ!
ってかんじに決めてしまいました@
正直、旅程の中で、自分で考えたところはほとんどありませんが……それもありでしょう@
まさに、おなじみの代理店さんに相談した甲斐があったと思っています。

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一年のブランクを経て

去年2017年は海外旅行をとりやめ、1年海外に出かけませんでした。
今年2018年は再開を考えています!

ただし、一年のブランクもあることだし、去年取りやめたイルクーツクとバイカル湖&ウランウデ+ソウルの動物園という案ではなく、別のプランを立てることにしました。
旅行しやすい都会であるモスクワやサンクトペテルブルグに、どこか他の都市もプラスアルファするとか、あるいは新規の訪問国としてベラルーシと組み合わせるとか、いろいろ考えてみました。
どちらかというとサンクトペテルブルグの方に、動物園もターゲットに入れて、再訪したい気持ちがありました。
ところが、今年2018年の夏は、ロシアでワールドカップが開催されるため、モスクワやサンクトペテルブルグのホテルが高騰したり、取れなかったりする可能性があるようです。
そんな時期に無理に出かける必然性は私にはないので、別案を考えることにしました。

そうして大まかなプランはだいたい決まりました。
正味5日間と短いです。
行き先は、またロシアになりますが、シベリアのサハ共和国です。

サハ共和国のことをよく知っているわけではありません。昔、NHKテレビロシア語講座のシベリア・シリーズで放映されていた内容程度です。
でも、それがきっかけ興味をもちました。
それに、ヤクーツクにあるダイヤモンド博物館は、ぜひ行きたくなりました。
私が海外旅行に掲げる目的の1つには、ちょっとしたきっかけで興味を持った国・エリアについて、立案の過程でいろいろ調べ、実際に訪れることで、身近に感じ、少しでも知りたいというのがあります。
ヤクーツクやサハ共和国にはかねてより興味がありました。一度行ってみたいと思っていました。
いつもの旅行代理店の担当者さんに相談してアイデアを伺い、期待が膨らんできました。
この段階で旅への期待が膨らまなかったら、やめておきます。
ヤクーツク以外のエクスカーションを考えたとき、交通インフラなどで不安がないわけではないのですが、今年もおなじみの代理店を通じて手配することにしたので、不安を感じても、ぜひ行きたい、確実に行きたいなら、予算との折り合いをつけながら現地ガイドなり車なりを手配しようと思います。
予算を知り、気持ちがなえたら、とりやめて、別案を考えれば良いことです。

時期は夏を予定しているので、まだまだ時間があります。
それに、旅程は短いので、そんなにたくさん決めることはないはずです。
というか、ヤクーツクやサハ共和国は、残念ながらロシア語ができない私が一人でも回れる観光対象がたくさんあるわけではないので、旅程はそれほど長く取りませんでした。
でも、最近の私の生活スタイルからすると、長すぎる海外旅行はきびしくなったので、約1週間の日程でちょうどよいくらいだと思いました。

短い日程の海外旅行を考えた場合、今の私は、観光対象がたくさんあって、一人歩きしやすい人気の都市あたりをターゲットにした、現地で気ままなフリースタイルにするか、あるいはちょっと辺境(失礼!?)で、日本人が一人で観光旅行しづらいので、日本ではあまりメジャーでない行き先で、多少経費がかかってもやや手厚くプランを立てて、あまり知らなかったところの魅力を開拓する……こんな極端な2パターンに魅力を感じるかもしれません。
前者のスタイルの旅行だったら、いまはもう、旅行代理店に頼る必要はないでしょう。
(もっとも行き先がモスクワやサンクトペテルブルクだったら、ロシアと旧ソ連諸国専門のおなじみの代理店に、豊富な情報やアイデアも当てにして、相談してしまうと思いますが、それはすでに、私の好みや旅の傾向をよく分かっているおなじみの担当者さんがいて、情報やアイデアを当てにできる関係ができているためです。)
そして後者スタイルの旅行は、まだなんとか働き盛りでしっかりとした収入もある今のうちかな、と思ったりします。
そこで私の中でクローズアップしてきたのが、ヤクーツクとサハ共和国でした!

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