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2018年夏 シベリア・ヤクーツクとサハ共和国7日間

ヤクーツク旅行で撮った写真分析と各日のお気に入り写真

まずは、1日に何枚撮ったか、ひととおり挙げたいと思います。

EOS=キャノンの一眼レフEOS Kiss x9iです。
PS=キャノンのコンデジPower Shot 720ISです。

今回、予備の機材としてEOS Kiss x7iを持参しましたが、x9iが不調になったりしなかったので、一眼レフはx9iのみを使いました。
レンズは、ふだん使いの広角ズームレンズ(タムロンの16-300mm)の他に、交換レンズとして超広角レンズ(キャンノンの10-22mm)と単焦点シンデレラレンズ(Cannon EF50m F1.8 STM)を持参しました。
でも、超広角レンズはなんとか使うチャンスはありましたが、シンデレラレンズの方は使うチャンスはありませんでした。

2018/07/09月:成田発ウラジオストック経由ヤクーツク着
EOS:なし/PS:93枚

2018/07/10火:市内観光1日目
EOS:312枚(そのうち展示の説明写真22枚)
PS:207枚

2018/07/11水:市内観光2日目
EOS:454枚(そのうち絵の札の写真10枚)
PS:163枚

2018/07/12木:ブルウスの谷エクスカーション
EOS:171枚
PS:203枚

2018/07/13金:動物園&市内観光
EOS:623枚(そのうち動物説明写真20枚)
PS:128枚

2018/07/14土:ソツィンツィ・エクスカーション
EOS:422枚/PS:81枚

2018/07/15日:朝方ヤクーツク出発ウラジオストク経由で昼頃に成田到着
EOS:なし/PS:18枚

合計:EOS:1,982枚+PS:893枚=2,875枚
1日の平均:約411枚
初日と最終日を除いた5日間(2,764枚)の平均:約553枚

日数が短いので、過去の写真枚数と比較はしないですが、観光先で撮る1日の枚数として、私の中では妥当な内数でした。
というのも、最近、ふだんの週末の撮影散策先は動物園がメインになり、動物は連写もしますから、日帰り圏内でよく行く動物園でも1日500枚くらい撮りますし、なかなか行けない遠征先や、お目当てのレッサーパンダのシャッターチャンスが多いときや、赤ちゃんが公開されたばかりの時などは、2,000枚近く撮ってしまうこともあるのですが、花撮影散策だと、春先など花が多いときでも200〜300枚くらいなので、町歩きや博物館での撮影がメインの海外旅行先なら、だいたいこのくらいだろうなと思っていたレベル感だったわけです。

ただ、これまでの海外旅行写真に比べると、コンデジで撮った撮影枚数が、一眼レフで撮った枚数にかなり肉薄していました。
一眼レフとコンデジでの使い分けはいつもの通りでした。
写真を撮るぞ~と構えて撮る時は一眼レフ、一眼レフを取り出すと大げさな場面やさくっと撮りたいとき、記録的に撮るとき、それからほんとは一眼レフで撮りたいけれどコンパクトなコンデジの方が撮りやすいときなどは、コンデジで撮りました。
なので、写真を撮るぞ~と構えて撮るチャンスが、相対的に少なかったことになります。
よそから来た人がいかにも観光したり記念写真を撮りたくなりところでは、一眼レフで撮るぞ~とやっていても気恥ずかしさが少ないので、そういうところがあまり多くなかったともいえそうです。

次に、各日ごとにどんな写真が多くなったかふりかえりつつ、お気に入りの写真をピックアップしたいと思います。

―――――――――――
2018/07/09月
成田発ウラジオストック経由で真夜中すぎにヤクーツクに到着
EOS:なし/PS:93枚
―――――――――――

写真を撮ったのは主に成田空港やウラジオストク空港なので、一眼レフは使っていません。
昔のロシアだと、空港での撮影はもっと厳しく禁じられていたと思いますが、最近はすこーしゆるくなったのをいいことに、ぱちぱち撮りまくってしまいました。
なので、空港移動だけの日だったわりには、よく写真を撮ったと思います。

成田空港にて、オーロラ航空に搭乗。
Img_07095371
係員さんが、まるでオレの飛行機だぞ、と言わんばかりに手をかけている様子と、この航空機の搭乗者30人程度のコンパクトさが気に入っています。

ウラジオストク空港の中から見た空港前の様子
Img_07095408
この段階では20時を過ぎていたけれど、この明るさでした。

―――――――――――
2018/07/10火
市内観光1日目(ヤクート博物館など)&午後はガイドと旧市街・宝物展示博物館を見学
EOS:312枚/PS:207枚
―――――――――――

初日、ヤクーツクはあまりフォトジェニックなところはなさそうだ、と思ったわりには、よく撮った方だと思います。
いや、そう思ったのは思い上がりだったと、2日以降に思いました。ほんとに郊外のエクスカーションを入れて良かったです。
この日に一眼レフで撮ったのは、ヤクーツクで1番のヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館で撮ったものが多いです。
コンデジで撮った写真も多いですが、初日なのでホテルや、燃料パイプが地上に出た工事現場みたいなヤクーツク市内、それからホテルの隣のスーパーマーケット散策の時にコンデジが活躍したためです。

花いっぱい飾られていたオルジョニキーゼ広場のなにかの碑の前
Img_07103600

勝利広場の手前の通り沿いにあった折り鶴の飾り
Img_07103899
なにやら日本との関係を示唆していそうです。

―――――――――――
2018/07/11水
市内観光2日目:マンモス博物館、国立美術館、ギャラリーなど
EOS:454枚/PS:163枚
―――――――――――

終日1人で観光したので、撮影枚数は、動物園に行った日の次に多くなりました。
もし国立美術館が撮影可能であったら、あと100枚から200枚くらい増えたかもしれません。
でも代わりに、宝物展示博物館の建物の2階のギャラリーに入って、2人のサハ人の女流画家の作品をじゃんじゃん撮ったり、国立美術館の廊下に展示されていた子供の警察のテーマの絵も撮ったりしなかったかもしれないので、やはりこのくらいの枚数におさまったかな。
その子供の絵の方はコンデジで撮りました。
それから、旧市街の内装がステキなレストランで3回も夕食をとったのですが、1回目でしたから、そういうのもじゃんじゃん撮りました。

ヤクーツク大学のそばにあった廃屋が雰囲気あって
Img_07113955
その前にレールが2本ありました。
何に使われていた建物かしら。

マンモス博物館にて
Img_07114122
これって復元された剥製かしら。
永久凍土の中から出土するマンモスは、肉も毛も新鮮なまま残されていることも多いといいます。

マンモス博物館にて、さきほどのマンモスの後ろにいた子供のマンモス
Img_07114175

旧市街にあるスパソ・プレオブラジェーンスキー聖堂を柵ごしに眺めて
Img_07114436

雨上がりのレーニン広場のレーニン像
Img_07115779

―――――――――――
2018/07/12木
ブルウスの谷エクスカーション(ガイドと車付き)
EOS:171枚/PS:203枚
―――――――――――

この日は一眼レフよりコンデジで撮った写真の方が多くなりました。
それは、一眼レフで撮ったのは、ブルウスの谷で過ごした2時間余りの写真がほとんどだったためです。
片道3時間以上かかった往復では、車窓の外の景色やフェリーからのレナ川の景色などをじゃんじゃん撮りましたが、コンデジが活躍しました。
ブルウスの谷では、はじめ一眼レフは広角ズームレンズを使っていましたが、せっかく持参した超広角レンズを使うチャンスがやっと到来したと気付き、超広角レンズでももう一度撮りました。

ブルウスの谷に向かう車窓から
Img_07125976a
堂々と車道を占領して歩くウシの群れにユーモラスを感じました。

氷が残るブルウスの谷にシベリアらしい景色を見出して
Img_07124571a

Img_07124584

Img_07124604

ブルウスの谷から戻る大型フェリーから
反対方向に行く同じタイプの大型フェリーとすれ違いました。
渡り橋の先にカモメが並んで留まっているところが気に入って。
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Img_07126079

Img_07126080

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2018/07/13金
動物園&市内観光:旧市街の人形博物館
EOS:623枚/PS:128枚
―――――――――――

動物園では、動く動物を連写するし、ポーズや表情がちょっと違うだけでもどんどん写真を撮るので、必然、多くなります。
動物は、ほとんどは一眼レフで撮りましたが、檻のすきまから撮ったり、光学ズームでうんとズームして撮りかった時などに、少しだけコンデジも使いました。
他にコンデジは、動物園往復に利用した乗り合いシャトルタクシーやバスターミナル、それからシャトルタクシーの車窓からの撮影でも活躍しました。
一眼レフは、動物だけでなく、動物園で花の写真も撮りましたし、バスの停留所1つ分歩いて、ポクロフスクの町の夏至祭りの会場の写真も撮りました。会場の写真そのものは多くないのですが、歩いているときに車の中からではぶれぶれ写真にならざるを得なかったまわりの景色の写真も撮りました。
また、ヤクーツク市内に戻った跡、旧市街で人形博物館を見つけたので、その写真も一眼レフで撮りました。ただし、ガラスケースの映り込みが激しかったので、なかなかうまく写真が撮れずにあきらめた人形も多かったです。

動物の赤ちゃんはほんとに可愛い!
フォトジェニックだったクロギツネの赤ちゃん
Img_07134864

楽しみにしていたホッキョクグマ
たぶんコルィマーナさんの方
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こっちむいた足のうらとぼってりお腹がキュートです。

プールの中でブイで楽しそうに遊んでいた方は、たぶんロモノソフくんの方
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ロモノソフくんの写真はたーくさん撮りました。
見やすい展示場でしたし、動きも極端に激しくはなく、一眼レフで十分追えたのです。

動物園で撮った花
Img_07135376

旧市街の人形博物館にて
Img_07135515

Img_07135540

ガラスの映り込みをいかに少なくして、人形をステキに撮るかが課題でした。
でも、撮りやすかったら、記録写真みたいになったかも。

―――――――――――
2018/07/14土
ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車付き)
EOS:422枚/PS:81枚
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ソツィンツィの野外建築博物館は、ほんとうに写真の撮り甲斐があるところでした。
館員さんがずっと説明のために付き添ってくれて、現地ガイドのジーナさんが通訳してくれて、案内される客は私1人でしたので、ゆっくりペースで、写真を撮りたいときもいつでも撮り放題でした。
それに、自然にあふれ、見晴らしの良いところもあったのです。
ああ、天気が良ければ!
ほとんどの見学が屋外でしたので、天気予報と違って雨でなかったのは幸いでしたが、針葉樹林(タイガ)の火事の煙で、あたりが濃霧に包まれたようになった日だったのです。
天気が良ければ、もっとたくさん写真を撮ったでしょう。撮れた写真は色合いもきれいに出たでしょう。
残念ながら、霧の中に浮かんだような景色や、白濁した写真ばかりになったし、少し先が真っ白で見えないので、景色の写真はそんなに撮りようがありませんでした。
でも、野外建築博物館ではチェラプチャ村出身の人たちの夏祭りも見学し、その様子も撮ることができました。
また、超広角レンズを使うチャンスもありました。
ただし、説明はたくさんしてもらえたので、途中でほいほいレンズ交換しづらく、富豪の室内展示などは、超広角レンズのままで、ちょっと撮りづらかったりしました。
コンデジの方は、ボートでレナ川を渡ったときや、ボートや船着き場の写真を撮るのに活躍しましたが、窓の外のレナ川沿岸の景色はあまり変わりばえがしなかったし、窓は薄紫っぽくなってしまったので、そんなにたくさん撮れたわけではありませんでした。

濃霧の中に浮かぶサハ人の夏のテント、彼方に木造教会のシルエットあり
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霧の中の木造教会をどのように撮るか
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木造教会の鐘楼から
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霧に包まれた見晴らし
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白飛びする空の部分をなるべくフレームインさせないように撮らなくてはなりませんでした。

チェラプチャ村出身の人たちの夏祭りにて
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夏祭りというといろんなコンクールがつきものですが、その賞品を掲げている姿です。
背後は垂れ幕の写真。

帰りの車窓から見た馬の親子
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―――――――――――
2018/07/15日:朝方ヤクーツク出発、ウラジオストク経由で、昼前に成田到着
EOS:なし/PS:18枚
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この日は帰国日でしたので、写真はあまり撮っていません。
ヤクーツク空港で予定どおりにチェックインできていたら、係員の目を盗んでヤクーツク空港の写真を少しは撮ったかもしれませんが、ソツィンツィでたくさん撮ったその日の深夜にチェックインでしたので、そんなに気力はなかったかもしれません。
実際は、ウラジオストク行きのフライトは大幅に遅延し、そもそもウラジオストクから飛び立たなかったので、運行のめどがたたず、なかなかチェックインできませんでした。
ヤクーツク空港で待たされていた間は、ウラジストクでの乗り継ぎに間に合うか心配でたまらなかったので、そのへんの撮影しようという気になれませんでした。
なので、撮った写真は、無事に乗り継ぎの便に乗れて、ウラジオストクから日本に向かうときの窓から撮った景色がほとんどです。
なので、お気に入り写真として紹介できるほどの写真は、ありません。

ちなみに、写真を選定しながら、お気に入りの写真になる要素は、これまでもそうだったのですが、主に2つ挙げられると思いました。
1つは、風景であれ博物館の展示物であれ、被写体そのものがとても気に入り、その気持ちを損なわれないよううまく写真が撮れた場合。
もう1つは、被写体そのものの魅力よりも、自分なりに工夫したり、撮るのに苦労したけど、これなら良しと満足できるものが撮れた手応えが得られたり場合。
その両方から選べる写真がベストですが、どちらかであることも多いです。
ちなみに、見る側にとっては、どっちでも良いことかもしれません。
そもそも、海外旅行先の写真で、あまり面白くなさそうな被写体を、よくぞここまでステキに撮れたな、という写真は、あまりないと思いますから。
ただ撮る側は、それほどめずらしくない被写体でも、撮ってやろうという気分になるのは、海外旅行先でテンションが上がっているせいということもあります。

実は、お気に入りの写真というのは、時間がたつと変わるようです。
海外旅行からまだ間もない時は、撮ったときの気持ちが鮮明ですから、しばらくたってからだと、もう少し冷静な目で見られることもありますし、見方は変わるはずです。
だからこそ、写真メインのブログは、早めに作成しなくちゃなと思います。
こちらのブログ記事は、書こうと予定していた記事はあと1本で終わりですが、フォートラベル旅行記版はがんばらなくっちゃ!

次の記事は、フォートラベルの方で展開する旅行記のことを話題にしたいと思います。
途中から同時並行で進めていたので、すでにアップしているものもあります。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の詳細旅程とハイライト写真

まずは旅程全体を、前の記事で紹介した簡潔版に少し色をつける形で挙げたいと思います。

2018/07/09月:昼に成田発(ウラジオストック経由)
    真夜中すぎにヤクーツクに到着
2018/07/10火:午前フリー(市内観光)&午後はガイドと宝物展示博物館見学
2018/07/11水:1日フリー(市内観光)
2018/07/12木:ブルウスの谷エクスカーション(ガイドと車を手配)
2018/07/13金:1日フリー(動物園&市内観光)
2018/07/14土:ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車を手配)
    夜、出国(ウラジオストック経由)
2018/07/15日:午前中に成田着

そして実際はどのようなところを回ったか、詳細旅程を展開したいと思います。
1日ごとに、どんなところを見て回ったかという意味でのハイライト写真を一緒に挙げたいと思います。

ちなみに、詳細旅程には町歩きや行程や食事などのメモも含まれているので、冒頭に◎や○と記したところが、実質的な観光スポットです。

<詳細旅程>
2018/07/09月 成田第1ターミナル発ウラジオストク経由ヤルクーツク到着
・成田空港第1ターミナルからウラジオストクまでオーロラ航空12:55発(3639便)16:50着
・ウラジオストクで荷物の預け直し&ロシア入国手続き
・ウラジオストクからヤクーツクまでアエロフロート22:05発(5646便)翌00:15着

ウラジオストク空港での乗り継ぎ。
国内線のセキュリティチェック前のエリアで見つけた日本の商品を売っている店の看板
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ウラジオストクからヤクーツク行きの国内線のゲート前近くの売店のキャラクター
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―――――――――――
2018/07/10火 市内観光1日目&ガイド付きで宝飾展示博物館
・オルジョニキーゼ広場
◎ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館(ヤクート博物館)(11:50-13:10)
○戦勝広場
・15時にホテルのロビーでガイドと合流(この時市内は停電)
・徒歩で旧市街まで向かう
○旧市街散策&スパソ・プレオブラジェーンスキー聖堂
◎宝飾展示博物館(16:05-16:50)(要予約・ガイドによる通訳付き)
・ホテルで休んだ後、隣のスーパーマーケット「グルマン」散策(19:10-19:40)
・再びホテルで休んだ後、オルジョニキーゼ広場へ
・ホテル併設のアジア料理レストランBAMBSKで夕食(21:55-22:40)

ホテルの目の前の通り。
マンモスの彫刻と、永久凍土ゆえに地上を走る燃料パイプを覆いで隠していた道路。
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ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館の第一室目にどーんとあったマンモスの全身骨格を中心に。
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ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館に展示されていたサハ人の伝統的な宝飾品
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ホテルからさほど遠くなかったので行ってみた、ソ連の町らしい戦勝広場
Img_07103901

コサック時代を復元させた旧市街。
永久凍土の上に丸太の杭を何本も打った上に造られたヤクーツク市の当時の道路は、このように杭の丸太が見えていたそうです。
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夕方買い物&散策をしたホテルの隣のスーパーマーケットにて。
一見、シャンプーやホディソープか液体洗剤の詰め替えのお得サイズに見えたこのパッケージは、なんと牛乳でした!
Img_07105582

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2018/07/11水 市内観光2日目:マンモス博物館&国立美術館ほか
・ホテルの前から路線バス17番でヤクーツク大学へ
○博物館開館時間まで周辺散策
◎ヤクーツク地方考古学民俗博物館(1~3階)(10:40開始)
◎マンモス博物館(4階)(11:45終了)
・路線バス17番でレーニン広場まで戻る
○レーニン広場
◎国立美術館(撮影禁止)(12:40-13:45)&子供の絵のギャラリー
・宝飾展示博物館の窓口でカタログを買う
◎宝飾展示博物館の建物2階の2人の女流画家のギャラリー
・百貨店でショッピング
・旧市街のレストラン「マフタル」で夕食(17:55-19:45)
○旧市街散策~レーニン広場~オルジェニキーゼ広場(徒歩でホテルに帰宅)

ヤクーツク地方考古学民俗博物館の第一室目にもマンモスの見事な全身骨格あり。
Img_07113975

ヤクーツク地方考古学民俗博物館の上のフロアにあったマンモス博物館。
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マンモス博物館で見た、発掘の様子のVTR。
発掘されたマンモスの氷漬けは、解凍したらそのまま食べられてしまいそうなくらい、お肉の状態が新鮮!!
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国立美術館で、廊下に展示されていた子供たちによるポリスをテーマにした絵より。
Img_07115741

宝飾展示博物館があった建物の2階のギャラリーの絵より、サハ共和国をテーマにした絵。
Img_07114252

国立美術館で撮影不可だった分、さきほどの子供の絵やこちらのギャラリーでじゃんじゃん写真を撮ってきてしまいました。

―――――――――――
2018/07/12木 ブルウスの谷・エクスカーション
・08:00にホテルを出発
・09:00発のフェリーに乗船-10:30頃対岸のニジニベスチャフに到着
◎ブルウスの谷(12:00-14:00頃)
・ニジニベスチャフから16:00発のフェリーに乗船
・17:45頃 ヤクーツクに戻る
・旧市街のサハ人工芸品のおみやげ屋「クダイ・バフシィ」で買い物
・旧市街のレストラン「マフタル」で夕食(19:00-20:45)
・レーニン広場のバス停近くのTravelers Caféでケーキセット(20:55-21:10)
・バスでレーニン広場からホテルに戻る

ブルウスの谷・エクスカーションのために、車ごと乗り込める大型フェリーでレナ川を渡る
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真夏でも氷が張っているブルウスの谷へ、この階段で降りる
Img_07124488

真夏に氷の上を散歩@
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ブルウスの谷の水はそのまま飲むことができて、ミネラルウォーターより美味しかった!
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旧市街のレストラン「マフタリ」での夕食後、レーニン広場の近くのTravelers Caféにて
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―――――――――――
2018/07/13金 ヤクーツク動物園&市内観光
・バスターミナルから乗り合いシャトルタクシーで動物園へ向かう
◎ヤクーツク動物園(Orto Doidu)(10:10-14:05)
◎ポクロフスク町の夏至祭り会場散策(14:30-14:40)
・乗り合いシャトルタクシーでヤクーツクに戻る(15:50)
・バスターミナルと周辺散策
・路線バス20番でレーニン広場まで戻る
◎旧市街の人形博物館(16:55-17:40)
・旧市街のレストラン「マフタル」で夕食(17:50-19:30)
・バスでレーニン広場からホテルに戻る

ヤクーツク動物園に行くためにバスターミナルでこういう乗り合いシャトルバス(マルシュルートカ)を利用する
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ヤクーツク動物園に向かうマルシュルートカの車窓の外の景色
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なかなかすばらしい見晴らしが楽しめたマルシュルートカでの移動
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ヤクーツク動物園にて、ラーテルに並ぶ最強動物のグズリも、あくびしているところは可愛い@
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ヤクーツク動物園の1つ手前のバス停は、ポクロフスク市の夏至祭り会場
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旧市街にあった、現地ガイドのジーナさんも知らなかった人形博物館
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ここは「人形サロン」と書かれてあったので、てっきり人形がいろいろ展示されているカフェのようなところかと思ったものです。

―――――――――――
2018/07/14土 ソツィンツィ・エクスカーション&ヤクーツク出発
・08:00にホテル出発予定が11:10出発に変更
・12:05 ボート乗り場に到着
・ソツィンツィ行きのボート12:30出航-13:00頃到着
◎ソツィンツィ「ドルュージュバ(友愛)」野外建築博物館(13:30-19:00すぎ)
・ソツィンツィ発20:00(実際は20:20頃)の最終ボートで対岸に到着20:50頃
・21:45頃ホテルに戻る
・ホテル併設のレストランBAMBSKで夕食(21:50-23:00)
・23:00空港に向かう

ソツィンツィ・エクカーションのためにレナ川を渡るのに利用したボート
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ソツィンツィ近くの船着き場に着いたボート
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私たちが乗ってきたボートであり、今度はヤクーツクに向かう人たちが乗車していところです。

レナ川の氾濫になやまされ、現在では廃村化しかけているソツィンツィ村を車窓から見たところ
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ソツィンツィの野外博物館の展示の1つで、昔のサハ人のテント
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そのテントの中の様子
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ソツィンツィの野外博物館の木造教会
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本物の木造教会はレナ川の氾濫から守るためと、研究目的のため、ノボシビルスクの郊外に移転されたそうなので、こちらはいわばレプリカ。
でも、現役の教会として聖別され、機能していました。

ソツィンツィの野外博物館にあった、ヤクーツクの発展に寄与した資産家の家
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ソツィンツィの野外博物館にて
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針葉樹林(タイガ)の火事の煙が濃霧のようにたちこめていなかったら、すばらしい見晴らしが楽しめたはずでした。

ソツィンツィの野外博物館で夏祭りを行っていたチェラプチャ村の人々
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見学者が30人足らずの、ごくごく小さな夏祭りでしたが、見学させてもらいました。

赤ちゃん松の木がたくさんあった松林で、これもソツィンツィの野外博物館のエリア内。
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ソツィンツィの野外博物館では、サハ人の昔の墓も見学
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―――――――――――
2018/07/15日 ウラジオストク経由で成田到着
・ヤクーツク発01:40のアエロフロート(5647便)は大幅遅延で05:35出発に出発
・ウラジオストク05:50到着のはずが09:30に到着
・ウラジオストク発09:50のオーロラ航空(3638便)は10:10離陸
・成田空港着陸はほぼ定刻(11:15着陸)
・ロストバゲージの手続きが終わったのは13:35
・14:10着のS7航空に積まれた荷物を第2ターミナル到着フロアで待つ
・14:55に荷物を受け取る
―――――――――――

写真と共に紹介した詳細旅程おわり。
次は、どんな写真を撮ってきたか分析するとともに、それぞれの日に撮った写真の中からお気に入り写真を選ぼうと思います。
ただ、すでに記事にアップした写真の中に、お気に入り写真があるので、お気に入り写真としての選定はなかなかむずかしかったです。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行~観光ハイライトで気に入った順

今回の旅行に出発する前に、市内観光のフリータイムには何を見たいと思っているのか、候補を挙げた記事をこちらに書きました。
「ヤクーツクでの楽しみ~フリータイムに観光する候補など」

また、主な旅程はこちらの記事に書き込ましたが、もう一度書くと、以下の通りです。
「サハ共和国ヤクーツクの旅程と出発日の荷物の話」

前の記事では日付を明確にしていませんでしたが、今回は日付を入れました。

2018/07/09月:昼に成田発(ウラジオストック経由)
    真夜中すぎにヤクーツクに到着
2018/07/10火:午前フリー&午後はガイドと宝物展示博物館見学
2018/07/11水:1日フリー
2018/07/12木:ブルウスの谷エクスカーション(ガイドと車を手配)
2018/07/13金:1日フリー
2018/07/14土:ソツィンツィ・エクスカーション(ガイドと車を手配)
    夜、出国(ウラジオストック経由)
2018/07/15日:午前中に成田着

ちなみに上記の旅程で、7月10日の予定は、現地ガイドさんの都合で直前で午前と午後が入れ替わりました。
ガイドさんは午前中、100人もの子供たちのガイドをしなければならなくなったそうです。
ちょうどこの週、ヤクーツクでは、子供のための国際科学産業博覧会のようなものが開催されていて、外国から100人ほどの子供たちがヤクーツクに招待されていたそうです。
子供たちはおそらく最初だけ全員一緒にいて、そのあとは少人数のグループに分かれて、あちこち見学して回ったようです。
もしかしら、レナ川クルーズが政府関係者を招待したせいで一般観光客に対しては閉鎖されてしまったというのは、このためだったかもしれません。

そんな子供たちを載せた専用バスを動物園のバス停留所のそばで見かけました。
表に「子供たち(ジェツィ)」と書かれてあったので、いったい何だろうと思ったものでした。

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話を戻し、行く前にヤクーツク観光ハイライトとして楽しみにしていた主なスポットは、2ヶ所のエクスカーション、それから市内観光で楽しみにしていたトップ3の宝物展示博物館、ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館、国立美術館でした。
そして自力で行くヤーツク動物園も楽しみにしていました。

実際に行ってみて気に入った順番がどうなるか、考えてみました。

もしソツィンツィに行った日に、針葉樹林(タイガ)で火事が発生せず、ヤクーツク全域が濃霧のように視界が悪くなったりせず、天気が良ければ、断然、ソツィンツィをトップに挙げたと思います。
ソツィンツィ・エクスカーションは、昔のヤクーツクの発祥の地である昔ながらの雰囲気が残るソツィンツィ村を散策するのではなく、訪れたのは野外建築博物館でした。
(ソツィンツィ村は毎年レナ川が氾濫するので、廃村になりかけていました。)
そこは車がなければ回るのは大変なほど広く、ランチタイムを含めた5時間半、私1人のために館員さんと通訳してくれた現地ガイドさんと車を出してくれた運転手さんと広報活動(?)の撮影担当者さんが付き添ってくれた、まさにVIP待遇で、復元された昔の家や教会や船舶や墓地を見学し、チェラプチャ村出身の人たちによる小さな夏祭りを見学し、とても盛りだくさんで、有意義でした。
そして、高台からの見晴らしはすばらしかったはずなのです。
その見晴らしが、霧に覆われて残念なことになっていた悔しさのせいで───うっすら見えた様子や、リーフレットにある写真から、さぞやステキな景色が見られたことが想像されたので、余計に悔しくなり、1番お気に入りのトップの座から転げ落ちてしまいました(笑)。

そして、さほど規模は大きくなく、旧態然とした展示が多かったヤクーツク動物園が、レッサーパンダはいなくても、思った以上に楽しくて、写真の収穫もたくさんで、とても気に入ったため、トップに浮上しました。

ブルウスの谷は、真夏に氷結している雪の川と針葉樹林がある景色はシベリアらしくてとても気に入りました。
自然のままの美味しい水が飲める、景色のいいところなんだろうな、くらいに思っていて、実際そうでしたが、思った以上に気に入りました。
水もほんとに美味しかったです。販売されているミネラルウォーターと比べてみても、よく分かりました。
そこへの行き来の車ごとの乗るフェリーでのレナ川航行や車窓の外の景色も気に入りました。
ただ、レナ川航行自体は、川沿いの景色(途中は海みたいでした)はあまり変化がなかったので、片道1時間半近かった航行の間、ずっと面白かったわけではありません。
座るところがないので、帰りはほとんど車内にいて、現地ガイドのジーナさんとおしゃべりしたりしていました。
それに比べると、田園風景や山の方が、たとえ針葉樹林が延々と続いていてみ、車窓の外の景色が楽しめました。
時々、草を食む馬や牛がいて、シャッターチャンスを狙ったのも、楽しかったです。結果、失敗写真の方が圧倒的に多くても。

市内観光では、宝物展示博物館は市内では特に人気の観光スポットなので、7月のハイシーズン、私がヤクーツクに到着してから予約しようと思っても、もう週末まで予約がいっぱいでしたから、入れなかったでしょう。あらかじめ旅行代理店を通じて予約しておいて良かったです。
そしてガイドのジーナさんに通訳してもらうことにしておいて良かったです。館員さんの案内がなければ見学できないところなので、その説明のロシア語が全く分からなかったら、残念な気持ちが強まったろうと思います。
館員さんの話はそれほど難しい内容ではなく、何が展示されているかという説明程度でしたが、それすら分からないのは、大好きな貴石や宝飾品のことだけあって、フラストレーションがたまったろうと思うのです。
ただ、もっとゆっくり見たかったです。20人くらいのグループで周り、何が展示されてあるか、全員確認できたら、すぐに次に向かう、っていうペースは、私にとってあまりに慌ただしすぎました。
それから、見学者が私だけではなく、私以外の見学者はみんなロシア語が分かったので、館員さんが、現地ガイドのジーナさんが通訳する間を開けるはずもなく、ジーナさんが通訳しきれなかったのも残念でした。
でも、翌日、窓口で買ったカタログが、写真がきれいだっただけでなく、英語も表記されていて、とても立派なものでした。素人なりにそこそこ貴石や宝飾品に詳しい私にちょうど良い程度に説明があって、それを見て、思い出すことができます。

というわけで、市内観光での1番は、自分のペースでゆっくり見学できて、私の興味を引く展示がたくさんあり、好きなだけ写真が撮れたヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館の方になりました。
展示の意味が分からないものもあったのですが、1階の考古学や自然や民俗展示といった、私にとって関心の高いジャンルでは、展示室で見張っている館員さんが、かたことのロシア語で説明してくれたりしたので、1人で見学していたら気付かなかったところも指摘してもらえました。

同じ意味では、マンモス博物館の下のヤクーツク地方考古学民俗博物館も、こちらは別に館員さんの解説付きではありませんでしたが、自分のペースでゆっくり見学できて、私の興味を引く展示がたくさんあり、好きなだけ写真が撮れたという意味では、とても気に入りました。
実は、こちらはあまり期待していなくて、どうせマンモス博物館に行くのだから、ついでに見学しようか、などと思っていたくらいだっただけに、余計に気に入りました。

国立美術館は、写真撮影が可能であれば、ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館や宝物展示博物館を上回ったかもしれません。
宝物展示博物館もそうでしたが、国立美術館は残念なことに撮影は不可でした。
期間限定の企画展は不可なところが多いにしても、常設展示もダメだったとは。
国立美術館では、サハ人によるサハ共和国のものらしい自然やサハ人をテーマとした絵画や、復元された民族衣装や宝飾品の展示もあったし、近現代絵画もなかなか良かったし、彫刻も面白かったので、写真に撮っておきたくてたまりませんでした。
それに、絵画の写真を自分で好きにフレーミングして撮るのも、楽しいのに。
売店にカタログはあったのですが、カタログは美術館の展示をまんべんなく紹介しているので、あまり興味がわかなかった18世紀くらいの皇帝女帝貴族の肖像画などが多すぎるように感じてしまったし、私の気に入ったものがほとんど掲載されていなかったし、カタログ写真なので仕方がありませんが、私ならこうは撮らないな、と思ったし、カタログにありがちですが、色も濃すぎて、原画の良さが損なわれてしまっているように思えたので、買いませんでした。

というわけで、エクスカーションと市内観光をあわせて気に入った順番を決めるとしたら、こうなりました。

1位:ヤクーツク動物園
2位:ソツィンツィの「ドルージュバ(友愛)」野外建築博物館
3位:ブルウスの谷
4位:ヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館
5位:宝飾展示博物館
6位:ヤクーツク地方考古学民俗博物館

他にも良かったところはありますが、それは続きの詳細旅程編の記事で、回ったところをかいつまんだという意味でのハイライト写真とあわせて紹介したいと思います。

(ほんとは詳細旅程とハイライト写真も一緒に掲載するつもりでしたが、そうすると相当長い記事になってしまいそうなので、記事は2本に分けることにしました。)

1位のヤクーツク動物園
クロギツネの赤ちゃん
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日本の動物園にはなかなかいないグズリ。
毛づくろい中に顔をあげた面白ポーズ。
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2位のソツィンツィの「ドルージュバ(友愛)」野外建築博物館
ロシアからはじめてヤクーツクに到着した船(ただしレプリカ)
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要塞のような教会のゲート
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3位のブルウスの谷
真夏に氷の上を歩く楽しさ@
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ブルウスの谷の水はそのまま飲めて、美味しい!
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4位のヤロスラフスキー北方民族歴史・文化博物館
古代のサハ人の生活の展示
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サハ人にとって大事な馬についての展示も豊富
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5位の宝飾展示博物館は内部撮影は不可だったので、カタログの写真から。
金塊の展示もたくさんでも、そのままの自然が作った彫刻のように名前がついているものもありました。
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宝石をたっぷり使った工芸品やも多く、デザイン大学の卒業作品の展示もありました。
これはサハ人の子供をかたどったもの。
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6位のヤクーツク地方考古学民俗博物館
世界遺産のレナ川渓谷にあるものと思われる古代人の壁画のレプリカ
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民芸品の展示
主に祭りのときに使われる容器だと思いますが、プリミティブな土器を見るのも好きなのです。
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ちなみに、市内観光で見に行きたいと思っていた候補を2段階に分けて挙げていましたが、ぜひ見に行こうと思っていた候補のうち、世界民族口琴(ホムズ)博物館は行けませんでした。
ヤクーツク市内の主なみどころが徒歩圏内とはいえ、歩いて回るには、私の足とペースではちょっと広すぎでしたし、動物園に行った日の夕方に行こうと思えば行けたかもしれませんが、疲れて気力が回復するまで時間がかかってしまいました。
ホムズは、現地ガイドのジーナさんが小さい頃に習っていたそうなので、ブルウスの谷の帰りにフェリーで車内にいたときに、実演してくれました。
また、ホムズの天才演奏者のコンサートの動画も、スマフォで見せて聞かせてくれました。
それで満足してしまったのも確かでした。
やっぱり楽器は、そのもののアート的な美を追究するより、実際に音と音楽が聴ける方が1番です。

行けたら行こうかなくらいに考えていいた2ヶ所、オイウンスキー文学博物館とヤクーツク音楽民俗博物館も行けませんでした。

代わりに、行く前までは知らなかった、国立美術館付属のギャラリー(宝飾展示博物館のある建物の2
階)と旧市街の人形博物館は面白かったです。
どちらもじゃんじゃん写真が撮れたことも楽しかったです。
旧市街の人形博物館の方は、ヤクーツク市民であるガイドのジーナさんもその存在を知りませんでした。

楽しかったヤクーツク動物園(Yakutsk Zoo Orto Doidu)訪問&思わぬ収穫あり

ヤクーツク動物園にレッサーパンダがいないことは、公式サイトをチェックしたら予測がつきました。
でも今の私は、レッサーパンダ以外にも目当てにできる動物がいるので、レッサーパンダがいない動物園でも楽しめます!
そして、日本国内でいくつもの動物園に行くようになって、海外の動物園はまた、同じようでいて日本の動物園と違うところもあるので、その意味でもなかなか楽しいと思っているこの頃です。

ヤクーツク動物園「オルト・ドイドゥ」(Yakutsk Zoo Orto Doidu)公式サイト
http://zoo.ykt.ru/

Orto Doiduというのは、シベリア民族の言葉で(どこの民族か不明。ふつうに考えたらサハ人?)「真ん中の世界」という意味のようですが、動物園を含むエリアの地名かもしれないですし、動物園で意図的にその名を付けたかどうか分かりません。

ヤクーツク動物園での目当ては、ひとまずホッキョクグマでしたが、いざ行って見れば、気に入る動物がいると思いました。
それは、可愛い姿や面白い姿を見せてくれたり、日本のレッサーパンダ動物園めぐりの最中にはなかなか出会えなかった動物だったりしますが、いい写真が撮らせてもらえたら、テンションが上がります!

そして、今回の旅程で動物園も訪れることにして、思わぬ収穫もありました。
サハ共和国の交通インフラは、ロシア語ができない外国人にはハードルが高いので、今回、郊外へのエクスカーションは車とガイドを手配していました。
なので、ヤクーツク動物園だけが、自力で郊外に出かけたチャンスとなりました。自力で出かけるときは、無事に行って帰って来られるかという心配をいつもしますが、やはりわくわく体験です。
それに、ヤクーツク市内は、思いっきり旧ソ連らしい町並みなので、2年前の黄金の環の都市のようなフォトジェニックさはなかったのですが、郊外に出ると、なんと豊かな自然にあふれていたことか。
動物園までは、悪路でもビュンビュン飛ばす乗り合いタクシーで片道1時間近くかかりましたが、郊外の車窓の景色を楽しむことができました。私はああいう景色が好きだなぁとつくづく思いました。
それに、動物園の停留所で降り損ねないよう、現地ガイドさんがくれたヒントも、思わぬ収穫でした。
動物園そのものも楽しかったけれど、そういった思わぬ収穫のおかげで、動物園に行くことにしてほんとによかったと思っています!

まずは、写真を中心に、動物園レポートからです。
バスの停留所は入口のすぐそばにありましたので、乗り合いタクシーを降りたら、入口はすぐ目の前によありました。
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ヤクーツク動物園では、設備は全体的に古かったですが、ホッキョクグマは2010年に新しく加わったらしく、動物園でも力を入れていました。
入口に入る前からこんな風に、ホッキョクグマについての解説看板がありました。
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去年2017年11月までは、子グマがいました。
1才になってすぐ、父親が生まれたレニングラード動物園に引き取られました。残念!
子グマの権利は、その動物園にあったからだろうと思います。
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私が訪れた2018年7月現在だと、1才8ヶ月だったと思いますが、まだ一回り小さくて、子グマらしさがあったし、まだ親離れする年令ではないので、母グマに甘えたりするところもきっと見られて、とても可愛らしかったろうと思います。

公式サイトにもあったのとほぼ同じ園内マップ。
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動物はシルエットで示されていました。
でも、動物の展示場所が変わっても、地図はリアルタイムに変更されるわけではないようなので、シルエットの動物と実際に見られる動物が一致しないことがあります。
2015年に初めて訪れたモスクワ動物園では、ジャガーかピューマあたりのシルエットがあったあたりにレッサーパンダがいたりしましたが、ヤクーツク動物園では、そういうサプライズはありませんでした。

規模はそれほど大きくなく、展示されている動物数もそう多くなさそうでしたので、回り始めた最初の鳥のケージも、国内動物園めぐりではスルーすることが多いのですが、きちんと回りました。
写真の方は、いいシャッターチャンスがあったら撮ろうというくらいで。

平日の朝10時、まだ来園者がほとんどいなかったからか、鳥たちはひとなつっこく、すぐ手前にやってきてくれました。
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実は、奥にいてくれるほうが、ズームすることで檻が消せるんですけどネ。
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この子は、クロライチョウでした。日本の動物園では、見たことがないです。
こんな風にロシア語と英語併記の説明がある動物が多かったので、見た事がなかった動物でも名前が分かりました。
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私が近寄ったら、くわーっと鳴いて威嚇していたヨーロッパツル。
タンチョウみたいに頭のてっぺんが赤かったです。
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真っ白なインドクジャクは日本の動物園でも見たことがありますが、白樺との組み合わせは、ロシアならでしょう。
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鳥のケージにある止まり木や丸太も、みんな白樺でした。

この子が留まっているのも、白樺の枝の上です。
この子は説明がなかったので、種類は分からないのですが、真っ白なカラスに見えるのは私だけ?
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この子たちも説明がなかったですけど、ウズラかな。
もこもこと可愛らしかったです。
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キツネ類のケージで、まず出会った珍しい動物。
体は小さいのに最強といわれる、グズリです。日本の動物園で見たことがありません。
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お掃除しにきた飼育員さんに起こされたせいか、すごいうなっていて、おそろしかったです。
(この子の部屋は2部屋あり、飼育員さんが掃除するときには、もう一方の部屋に移動していもらわなければならないからでした。)
でも、毛づくろいしている時や、昼過ぎにもう一度見に行ったとき(トイレはキツネ類のケージの近くだったので)、骨付き肉を頬張っていたところは、なかなか可愛らしかったです。

この写真のグズリは険しそうな姿のものを選びましたけど。
なんてったって、ラーテルとグズリ、どちらが強いか、なんて議論されるくらいの、大型肉食獣でもひるむ動物ですからね。
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キツネ類のケージは、見どころたっぷりでした。
クロギツネの赤ちゃんが、特に可愛くて、今回の動物園訪問で1番気に入りました!
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解説はないケージにいましたが、クロギツネだろうと思います。
はじめは双子かと思いました。
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2頭の赤ちゃんのうち1頭は、ひとなつっこいのか、あるいは警戒心が強かったのか、何度も私の方を見てくれて、とてもフォトジェニックでした。
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親はこちらかな。別のケージにいました。
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この子はどこかタヌキチックなので、ちょっと自信ないです。

あの赤ちゃんは、双子かと思ったら、あとでまた見に行ったら、4つ子でした。
最初に見に行ったときは、残りの子たちは小屋の中にいたのかもしれません。
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しかも、お隣のケージには、この子たちより少し大きいけど、まだ子ギツネたちが、折り重なって寝ていました。
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こちらは、ラクーン・ドッグことタヌキ。
でも日本のホンドタヌキはもっと黒っぽいので、違うタヌキかもしれません。
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種類は分からなかったけれど、女王さま然としたとても美しいキツネもいましたる
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こちらはホッキョクギツネ。
夏バージョンなので顔が黒っぽいです。
円山動物園や旭山動物園など北海道の動物園にはいますが、ここまでじっくり見ることはできませんでした。
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園内にはこんな風に、撮影スポットもありました。
これはアイラブズーで、英語ですね。
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そして、格段に見やすかったホッキョクグマの展示場。
展示場全体を、上からガラスも檻もなしに見るとができました。
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子グマのハールチャーナちゃんがレニングラード動物園に移動してしまったので、母熊のコルィマーナさんと父親のロモノソフくんが同居していました。
オスのクマは子グマを殺してしまうことがあるので(子育てをしないので、我が子を認識できるかわかりません)、ハールチャーナちゃんがいたら、ロモノソフくんとは別々だったと思います。

ペアのうち、片方はプールの中でおもちゃで豪快に遊んでいて、片方は参加せず、つまらなそうにしていただけでした。
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ホッキョクグマは遊び上手なので見ごたえあり、見ていてとっても楽しかったです!
写真映えもしました!
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私はホッキョクグマの個体判別はできないのですが、遊んでいたのはロマノソフくんではないかと思います。
レニングラード動物園生まれで、まだ若い男の子だったと思います。

それに対して、コルィマーナさんは、野生で生まれた個体で、たしか母親が殺されてしまったので保護されたんだと思います。
推定で6才で、たぶん姉さん女房。
だから、遊ぶ相手を見ていただけで、プールにも入らず、遊ばなかった方が、コルィマーナさんではないかと推測。
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暑かったらプールには入ったかもしれませんが、この日のヤクーツクは、日本でいうなら10月初旬のまだ暖かい日くらいの涼しさでしたから@
(その頃の日本は関東でも35度越えの猛暑でしたね。)

ヨコになるコルィマーナさんのおなかはぼっこり@
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このポーズも可愛い@
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ホッキョクグマ展示場はきっと動物園の中で一番新しい施設で、見やすかったし写真を撮りやすかったですが、他の猛獣の檻は、がっつりとした旧態然としたものでした。
なので、シベリアオオヤマネコとかオオカミの写真はうまく撮れませんでした。
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檻越しですが、ヒグマの写真は撮ってみました。
おなか空いていたのかな。しぐさはとても可愛らしかったです。
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中央にある水鳥の池。日本の動物園にもありそうでいて、たぶんない景色。
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すごい毛が長いヤギさん。はじめ後ろ姿を見たとき、ポニーかと思いました。
ヤクーツクの寒い冬を越すのに必要なんだろうと思います。
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この季節でももこもこのヒツジたち。
ヤクーツクのヒツジ(がいるかよく分かりませんが)ではないと思います。
日本の動物園では(たぶん牧場などでも)、暑い夏にそなえて、たいてい5月頃にヒツジの毛刈りをしてしまいます。
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盆地にあたるヤクーツクは夏は35度越えもあり、冬はマイナス50度にもなるという1年の寒暖差はすごいのですが、暑い時期は7月だけです。
それに、35度越えになるような日はそう多くないですし、日照時間が20時間近くある中で、気温が高い時間帯はそう長くなく、朝晩は涼しかったです。

サハ共和国ではメジャーな動物であるトナカイたち。
真ん中の子は子供かな。
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トナカイは日本の動物園でも見られますが、私は赤ちゃんや子供を見るチャンスに恵まれていませんでした。

フタコブラクダは、サハ共和国ではなく、出身はモンゴルとかでしょう。
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シカの仲間では一番大型なワピチ。
これも日本の動物園で全く見ないわけでもないですが、ちょっと面白いポーズをしているところが撮れました。
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こちらはおなじみ、ニホンジカ。
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とても大柄だけど、顔を見ると可愛かったヤク。
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なかなかこっちを向いてくれなかったので、全体の写真は顔が写っていなくて、あしからず。

動物園内にちょこっとだけあった遊戯場に隣接した囲いに、ヤギの赤ちゃんたちがいました!
どこ産のヤギか分からなかったけれど、やっぱり赤ちゃんは可愛いです!
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それから昼過ぎから出てきたらしいモルモットたちの中には、赤ちゃんがいました!
日本の動物園では、ふれあいコーナーなどでモルモットはよく見ることができますが、モルモットの赤ちゃんを見る機会はあんまりないです。すぐに大きくなりますしね。
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ほかに、ここで紹介していない動物もいましたし、は虫類・両生類がいた部屋は、ざっと見学しましたが、写真は撮りませんでした。
は虫類・両生類は、子供、特に男の子が大好きですよね。

ヤクーツク動物園は、ヤクーツク市とポクロフスク市を結ぶ国道沿いにあり、位置的にはずっとポクロフスク寄りでした。
そしてその隣の敷地には、夏至祭りの会場があったのです。
バスを利用したとき、ヤクーツク動物園で降りる目印として、これが見えて来たら、次がそうだよ、と現地ガイドさんがインスタグラムあたりの写真を見せてくれました。
それが、ポクロフスク市の夏至祭りの会場でした。
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これを見せてもらったとき、できれば近くまでこれを見に行って、写真を撮りたいとひそかに思ったものです。
隣のバス停とはいえ、歩いて15分かかりましたが、ヤクーツク市に戻り午後2本目のバスより1時間早く動物園散策を切り上げていたので、その足で見に行くことができました。

さきほどのものをズームしたところ。
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会場の中のゲートらしきものがあった一角。
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夏至祭りは、サハ共和国では最もポピュラーで最も盛大な祭りだと思います。
ガイドさんからはヤクーツク市の方の夏至祭りの話を聞いたのですが、夏至にかかる週末2日間にかけて行われ、祈りや歌や踊りもするし、それらのコンクールや、腕自慢や競技なども行われて、盛りだくさんみたいです。
たいていのサハ人は、会場のそばにテントを張って泊まって、2日間めいいっぱい楽しむそうです。
でも、あの不思議な渦は、ポクロフスクの夏至祭り会場特有のものみたいです。

動物園レポートおわり。

次の記事は、詳細旅程(実際の行動や観光したところの一覧)を話題にしようと思います。

シベリアのサハ共和国ヤクーツクで買って来たおみやげの話

マトリョーシュカに木の人形、細密なラッカート塗りの小箱や、白樺細工、ホフロマ塗りの雑貨や琥珀など、ロシアのおみやげの魅力は尽きることがありません。
もういくつもあるのに、数年ぶりに行くと、たとえば同じマトリョーシュカでも流行があるらしく、店頭にたくさん並んでいるのが以前とはずいぶん違っていることもあって、また欲しくなります。
もともとどれも手作りなので、1つ1つ微妙に違います。
それに、アクセサリーなども、昔に比べるとどんどん洗練されてきていると思います。

というわけで、すでに何度ロシアを旅行しても、おみやげを買うのはいつも楽しみなのですが、今回は、行き先はロシアはロシアでも極東シベリアのサハ共和国なので、できればサハ共和国らしいのをゲットしたいと思っていました。
ロシアらしいおみやげは、モスクワやサンクトペテルブルクなど、ヨーロッパロシア方面の方にきっとまた行くことがあると思うので、そのときに買えばよいです。同じロシアでも、サハ共和国でマトリョーシュカを買うのは何か違うなぁと思いました。

でもふりかえれば、今回、私が買って来たおみやげは、そんなにサハ共和国っぽいかどうか分かりません。
はじめのうちは、むしろ全然関係ないのを買っていました。
そもそも、おみやげを買うのを控えるつもりでした。
でも、そのうち、余ったルーブルを日本で再換金すると、非常にレートが悪くなるので、それくらいならせっせとおみやげに使った方がいい、という心境になったので、結果的には今回もいろいろ買ってしまいました。
人にあげるおみやげはお菓子ですませたので、それ以外はみんな自分の分のつもりで買いました(笑)。

お菓子のおみやげは、ホテルの隣のスーパーマーケットで買いました。
空港で買えるお菓子となると、免税店だと、メイドイン・ロシア製品を探すのが大変ですし、日本でも輸入品を扱っているような店あたりで手に入りそうなものが多くて、選択肢が減ります。
なので、スーパーマーケットで買えるようなお菓子の方が、ロシアらしいものが買えると思うし、そういうのはなかなか日本で見かけるものでもないでしょうから。

というわけで、まずは、人にあげるおみやげとして買ったお菓子です。

チョコレート・コーティングで中がクリームっぽい、コンフェッティというお菓子の箱詰めタイプです。
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お菓子はスーツケースに詰めてしまいたかったので、箱詰めが好都合でしたし、この方がちょっと高級感があります。
コンフェッティは、日本でもどこかで売っていて食べる機会がないわけでもないと思いますが、ロシアほどメジャーではない気がします。

向かって左は、ロシアのお菓子メーカーのキャラクターとしては有名なアリョンカちゃんシリーズです。

こちらは、滞在中に自分で食べました。
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向かって右はアリョンカちゃんチョコで、左はお菓子ではなく牛乳です。
ロシアの牛乳は美味しいのです。
ホテルの冷蔵庫が使えたのと、滞在中、2度ほど、朝食を、ボックスにつめてもらったものを部屋で食べることになったので、ボックスに入っていたサンドイッチを牛乳といっしょに食べました。

こちらはもっと気さくな相手に渡すおみやげとして。
包み紙の可愛らしさに惹かれたところがあります。
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向かって右は、ミルクチョコ味のコンフェッティでした。
向かって左は、ただのキャラメルでした(苦笑)。でも、包み紙のネコが可愛らしいし、いかにもロシアのお菓子らしいです。

次に買ったのは、撮影不可だった宝飾展示博物館のカタログやリーフレットやポストカードです。
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サハ共和国には豊富な鉱物資源があり、ロシアのダイヤモンドや金というとほとんどがサハ共和国産です。他にも、いろんな宝石が採れます。
また、チャーロアイトというロシアだけで発掘される紫の宝石は、サハ共和国でしか採れません。
実際に宝石の発掘や研磨の現場までは見学できなかったけれど、そのほとんどがサハ共和国で行われている事実こそ、私がサハ共和国に興味をもったきっかけです。

この写真の中で、紫に白いマーブル模様が入っているのは紙の手提げですが、チャーロアイトがデザインされたものです。
カタログは、とても豪華な装丁で、ロシア語と英語が併記されています。
リーフレットの方は、ロシア語だけでしたが、撮れなかった写真代わりです。

カタログの中の写真より。
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この写真は実物大より大きくなっていますが、宝飾展示博物館には、何十、何百カラットの大きなダイヤの原石がたくさんありました。
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ジュエリーもたくさん展示されていました。垂涎の的。

宝飾展示博物館のポストカードより。
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次に手を出したのは、アクセサリーです。
今回の旅行は、ヤクーツクの宝飾展示博物館でダイヤモンドを見ることが目的の1つでした。
そのことと、ダイヤモンドをはじめとする貴金属で有名なサハ共和国という事実が私の頭にあったせいか、街中では、ジュエリー店がたくさん目につきました。
はじめは、ぜひサハのダイヤモンドを買おうかと、ちらっと思いました。
日本円に換算して数万円の予算があれば、小さなダイヤモンドの指輪くらい買えそうでした。

でも、ジュエリー店でショーウインドウの中のダイヤモンドのリングを見ていたら、日本のジュエリー店で見ているような気がしてきました。
そもそも私には、サハ共和国のダイヤモンドだろうが、他の国のダイヤモンドだろうが、区別はつきません。
ダイヤモンドのカッティングやリングのデザインも、日本で作られているダイヤモンド・ジュエリーとそう変わらない気がしてきてしまいました。

それよりもむしろ、もっと安い、シルバー製品のアクセサリーの方が、サハ人の民族衣装を飾るジュエリーに似せたものがいろいろありました。
実は、サハ人は、昔からシルバーを好んでいたので、博物館などでも、たくさんのシルバー・アクセサリーを見ることができました。
固いダイヤモンドは昔の人にとって細工が難しかったので、伝統的な衣装のアクセサリーとして使われている例はほとんど見られませんが、サハ人もそうでした。金と銀は昔からよく手に入ったようですが、サハ人は、金は魔を引き寄せると考えていたようです。それに対して、銀、つまりシルバーは、魔除けになると考えていたようです。

そんなわけで、はじめはなめるようにショーウインドウのダイヤモンドを眺めていた私ですが、その視線はやがてシルバー・アクセサリーに移りました。
そうしたら、日本円にして数千円くらいの値段で、とてもステキな私好みのアクセサリーがたくさんあったのです。
しかも、なぜか分からないけれど、多くのアクセサリー店で割引をしていていたので、値札よりも30%引きとか50%引きしてくれました。
やっぱり、値の張ったものをどーんと一個買うよりは、それほど高くないものをいくつも買いたいのが、女心@

というわけで、まずはアクセサリーにしても、サハ人の民族衣装に使われていたアグサリー・モチーフに近いものを探しました。

ペンダントトップ2つ。
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現地ではガイドさんにお世話になったのですが、ガイドさんは実にステキなピアスをしていました。
まさに博物館で見たようなデザインのものでした。
ピアスの方が、そういった伝統的なアクセサリーのデザインの品揃えが多かったですが、私はピアスはしないのです。耳に穴をあけたことはないです。
海外でよくあることですが、ピアスは多いけれど、イヤリングはほとんど見かけませんでした。

サハ人の女の子をデザインしたペンダントトップ。
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スカートのすその部分が揺れます。

そのうちに、小さなペンダントトップではなく、博物館で見たようなネックレスも買ってしまいました。

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これらはいまでも祭りの時に着る民族衣装のアクセサリーとして実際に身につけられていると思います。だから、レプリカとはいえないと思います。

民族衣装を着たチェラプチャ村の人々
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こちらは空港で見つけた宣伝ですが、今でも夏祭りの本格的な民族衣装はきっとこんなかんじ。
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私が買ったのはここまで大げさなものではないです。
シルバーで軽く、首が凝らない程度であることは確認済み。
一見、かなりハデですが、無地のセーターの上などに着るとちょうど良いのではないかと思っています。

でも、買ったアクセサリーは、サハ共和国らしいものばかりではありません。
安かったのと、日本ではあまり見かけないデザインで気に入ったものがあったので、いくつも買ってきてしまいました。
私は、身につけていて自分でもよく見える指輪が好きなのですが、指輪にはこういうサハっぽいデザインのものはなかったので、もうこだわらなくなってしまったのです。

エナメル彩色の金魚のデザインの指輪
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エナメル彩色による桜のデザインの指輪
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アメジストや緑のトルマリンが使われたクジャクのデザインの指輪(上から見たところ)
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よこから見るとクジャクの顔が見えます。
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カエルのデザインで2本の指につける指輪
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シトリンやトルマリンやクオーツといった準貴石が使われた指輪
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こういうのは、日本ではあんまり見かけないと思います。
たぶん私が、ハデ好みなのでしょう。ちっちゃかったり、シンプルな指輪だと物足りないのです(苦笑)。

値札を見ると、モスクワでデザインされたもの等でしたが、すくなくともロシア産のようなので、日本みやげと思って買ったらメイドイン・チャイナだったような気まずさはなく、私としては全然オッケー!

でも、サハ共和国らしいおみやげも買いました。
ほんとは人形がほしかったけれど、ロシアでよく売っているような木の人形ではなく、布製のやわらかい人形しかなかったので、人形はあきらめました。

馬のしっぽで作った伝統的なおまもり。
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これはいまは車に吊しています。

マンモスの牙の彫刻の置物。
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マンモスの彫刻自体はいろいろありましたが、親子マンモスにしました。
大きさとしては10センチに満たない、小さなものです。
背景にある岩のようなものは、マンモスの歯だそうです。

材料はちゃんとマンモスの牙であるという、証明書(ロシア語と英語併記)がつきました。
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もっとも証明書はカラーコピーでしたけどネ。

象牙は、ワシントン条約で輸入禁止にされていますが、マンモスの牙はだいじょうぶなのかしら、とはじめは心配になりました。
でも、象牙が禁止なのは、絶滅が危惧されているゾウの保護のためです。
ゾウは、象牙がなくても死ぬわけではないですが、野生のゾウがほいほいと象牙を差し出すわけはないので、象牙を採るために殺されてしまうのがふつうですから。
でもマンモスはすでに絶命しています。
サハ共和国ではマンモスがたくさん発掘され、博物館に展示されていますが、それ以上に、おみやげとして細工を施して売れるほど採れるんだろうなと推測。

あとは、布で作られた飾り。
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ヤクーツクでなじみのトナカイのデザインで、そのトナカイの中にはサハ人の冬のテント(バラガン)と子供たちがデザインされています。
マンモス・バージョンもありましたが、このデザインの方が気に入りました。

最後に、こちらはホフロマ塗りのナプキン立て。
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バスターミナルの売店にあって、安かったのですが、一応、ホフロマ塗りでいいのかな。
なんちゃってホフロマ塗りかな。

我が家では食卓にナプキン立てを置くなんておしゃれな習慣はないので(ティッシュペーパーや布巾で十分ですからね)、これはA5サイズのクリアフォルダに挟んだメモ書き立てにしています。

買って来たおみやげは以上です。
次はヤクーツク動物園についてレポートしたいと思います。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その5~ヤクーツクの人々の話とトイレ事情など

<ヤクーツクの人々について>
ヤクーツクにはいろんな民族が住んでいますが、現在多く済んでいるのはサハ人です。ヤクート人とも言われますが、それは別の北方民族のエヴェンキ人が呼んでいた言葉が由来という説があり、サハ人自身は自らをサハ人と呼ぶことが多いようです。
サハ人はテュルク系なので、言語はトルコ語に似ていて、ロシア語と全く違うそうです。ただし、文字はソ連時代からキリル語を使っています。
その次に多いのはロシア人で、ここまでが多数派。
あとは少数派になるようですが、次に多いのは北方民族のエベェンキ人やエヴィン人で、モンゴル系だそうです。

成田空港からウラジオストク行きのフライトでは、ロシア人らしい人たちや日本人も多かったですが(とはいえ乗客は総勢30人程度)、ウラジオストク空港でヤクーツク行きのフライトを待っていたあたりから、サハ人と思われる人が多くなったのに気付きました。
サハ人は、顔付きを見ると、日本人にもいそうでした。
老若男女、目がくりっとしていて、丸っこい顔付きの人が多かったように思います。
赤ちゃんは、日本人の赤ちゃんみたいに、鼻よりもほっぺが高かったです。
もちろんロシア人をはじめとしていろんな民族と混血も進んでいるので、一概には言えません。あくまで私が見てきた限りと、旧市街にあった人形博物館でサハ人の人形からの印象と推測です。
顔が細めで、目が細くてつり上がっていて、昔のヨーロッパの人々が描いた中国人にそっくりタイプの人も、ちらほら見かけました。たぶんエヴェンキ人。それが分かったのも、旧市街の人形博物館で館員さんが説明してくれたおかげです。

ただし、日本人にもいそうだと思った日本人にそっくり(?)なサハ人は、雰囲気で日本人ではないことは分かりやすかったです。
特に男性は、大人も子供もほぼみんな坊ちゃん刈りでした。
でも、街中にはそんな日本人に似たタイプの人が多かったせいで───特にサハ人男性が坊ちゃん刈りで目が丸く童顔に見えたせいか、ヨーロッパ系の人々が多くいる都市への旅行に比べると、なんとなく感じる威圧感(苦笑)は少なかった気がします。
思えば、ウズベキスタンやキルギスを旅行したときも、そんな感覚があった気がしますが、ウズベキスタンやキルギスの方が、アジア系でももっと顔が濃ゆめな人が多かった気もします。

※ウラジオストク空港のゲート前でヤクーツク行きのフライトを待っていたときにむじゃきに遊んでいた赤ちゃんの1人。日本にもこういう赤ちゃんがいそうです。
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そして大人の男性も、この赤ちゃんと同じ髪形の人ばかりでした。

※ヤクーツク旧市街の人形博物館にて。向かって右の子がサハ人の女の子の民族衣装を身につけた人形。
奥の子の女性の人形は別の北方民族。
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※サハ人の民族衣装を着た女性の人形。お世話になったガイドのジーナさんにどことなく似ています。
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※こちらの女の子もサハ人だったかなぁ。サハ人に目が細めな子もいたようです。
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※民族衣装を身につけたサハ人の人形。
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※これもサハ人の女の子の人形。春の民族衣装。
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※サハ人の子供たちの人形。
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※昔の武具を身につけたサハ人の兵士の人形。
たぶん、ヤクーツクで有名な時代ものの話とか伝説とか口承の物語とかの登場人物ではないかと思います。
(人形博物館の館員さんはロシア語の説明だったので、分かったのはごく一部でした。)
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※目が細くてつりあがったタイプのエヴェンキ人の人形。
このお人形さんでは、それほど目が細くつりあがっているようには見えないかもしれないですが、昔のヨーロッパの絵などによく出てくる中国人そっくりさんが、街中にちらほらいました。
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<トイレ事情>
水洗トイレは、流す水の力が弱くてパイプがつまりやすいのか、使用したトイレットペーパーはトイレに流してはいけなくて、備え付けゴミ箱に入れることになっていました。
これまでロシアを始めとした東欧諸国を旅行していたときに、そういうトイレはたしかによくありましたが、三ツ星クラスのホテルに泊まっていた限りでは、使用済みトイレットペーパーはふつうにトイレに流すことができました。
でも、今回宿泊した三ツ星クラスのホテルでもそうだったので、はじめはショッキングでした(笑)。
さらにランクが上のホテルではどうだったか分かりませんが、同じだったかもしれません。
というのも、旧市街にあった「マフタリ」では、ビュッフェ形式で安く食べられる1階のカフェと、地元の人がお祝いパーティなどで利用するような2階の豪華なレストランでは、トイレの内装が格段に違っていましたが、そんな2階のレストランのトイレでも、使用済みのペーパーはゴミ箱に入れるようになっていたからです。
ヤクーツクのインフラ事情で仕方がなかったのかもしれません。

また、ミュージーアムなどでは、手を洗うところにエアタオルはあるのに、トイレにトイレットペーパーがないところが多く、テッシュペーパーは必携でした。
ただし、その話を現地ガイドのジーナさんにしたときは、個室に入る前にトイレットペーパーが用意されていて、そこで必要なだけちぎってから個室に入るところも多いはずだと教えてくれました。
最終日の帰路のヤクーツク空港で、個室にトイレットペーバーがなかったとき、その話を思い出して、個室に入る前によく見回してみたら、確かに手洗いスペースにトイレットペーパーがありました。私は観察力が良いとはいえないので、スルーしたようです。
とはいえ、ミュージーアムにも手洗いスペースにトイレットペーパーがあったら、用をすませて手を洗っているときに気付いた気がします。日本での習慣で、自分のハンカチを出す前に、ペーパータオルかエアタオルがないか、見回すからです。

ただ、使用済みペーパーをゴミ箱に入れるくらい、まだましでした。
郊外のトイレは、完全にぼっとんトイレでした(苦笑)。
周囲から見えないように個室のかっこをしていただけましか。いやいや、みんなが使うせいで足元が汚くなっていたところもあったので、むしろ草むらとか茂みとか木陰で、周辺に人がいないのをガイドさんに見張ってもらって用を足した方がましではないかと思ったところもありました。
ブルウスの谷エクスカーションでは、自然の見どころが、入園料を取る観光地としてちょこっと整えられた程度のところでしたので、そんな汚いトイレでも仕方がないと思いましたが、ソツィンツィの野外建築博物館も、そこまで汚くなかったし、珍しく個室内にペーパーがあったとはいえ、個室の中は、穴の上に板を張っただけのぼっとんトイレに変わりありませんでした。
そして、その穴の形がトルコ式で、日本の和式のトイレのように扉に対して後ろを向くのではなく、前を向くことに、はじめは気付きませんでした(苦笑)。

ああ、海外旅行でつらいのは、日本ほどトイレ事情が良くないところがあること。
もっとも、今回のひどいトイレがこれまでの私の海外旅行経験の中でワースト1というわけでもないです。
ウズベキスタンのトイレも、都市部であっても、場所によってはひどかったです。
またアルメニアなどでも、郊外へのエクスカーションで利用したトイレの中には、地元の人のトイレを借りたのですが、狭い個室には蜘蛛の巣が張っていたりして、ほんとに日常的にこんなところを使用しているんだろうかと疑ったところもありました(苦笑)。
また、きれいにされていたトイレでも、公衆トイレが完全に個室でなく、扉や壁が体の部分しか隠れず、顔や足元は丸見えのトイレもあったものです。
1990年代に1回だけ旅行したことがある昔の中国でそんなトイレがありましたし、もっと最近、2000年代に旅行したコーカサス地方の旅行あたりであった気があります。

※ヤクーツクではとてもレアだと思う、「マフタリ」2階のレストランのトイレ。
これは手洗いエリアで、向かって左に女性トイレ、右に男性トイレがありました。
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※エアタオルの他に、手ふきタオルまであった!
郊外のおそろしいぼっとんトイレと比べると、なんという違い!
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※こちら側が女性トイレ(個室)の扉。
個室に入る前に、必要なだけちぎって持って行くトイレットペーパーが備え付けてあったのは、後で気付きました。
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※女性トイレで、個室1つのみ。荷物置き場もあって、トイレットペーパーもちゃんとあって、中に洗面台と鏡もあって、広々としていましたが、こんなトイレでも、使用済みのペーパーは、便器に流さず、備え付けのゴミ箱に捨てることになっていました。
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<ヤクーツクの蚊やブヨ>
シベリアの夏は蚊が多いことは、どこかで注意書きで読んだ覚えがありましたが、これまで行ったことがあるのはウラジオストクやハバロフスクの都市内だけだったので、ちょっと用心すればいいくらいに思っていました。
ヤクーツクでは、まじに多かったです!

冬は極寒のサハ共和国でも7月は最も暑い月なので、観光初日あたりは気温は35度越え(ただし湿度が低いし、気温が高い時間帯は短いので、関東の夏よりは過ごしやすかったです)だったので、暑いと蚊も活動しないので気付きませんでしたが、2日目からずいぶん気温が低くなり過ごしやすくなったと思ったら、とたんに蚊の動きも活発になりました。
街中のすべてがそうだったわけではないですが、街路樹が多かったところや、郊外エクスカーションに出かけた時、そして郊外の動物園に出かけたとき、場所によってでしたが、蚊とブヨの多さに辟易しました。
まとわりつく量がハンパではありませんでした(苦笑)。

市販されている虫よけも、効果の強さが段階分けされたものが販売されていたようです。
ガイドのジーナさんは蚊が飛ぶ音が大嫌いなので、一番強い虫よけを持参していて、私にもスプレーしてくれました。

ただ、日本に留学経験のあるジーナさんに言われて気付いたのですが、日本の蚊は1匹でもいると、あっという間に何ヶ所も刺されてしまう上に、とてもすばやくてなかなか捕まえられないけれど、ヤクーツクの蚊はのんびりしていて、何匹もいてもそんなにたくさん刺さないし、退治するのは簡単だそうです(笑)。
実際私も、ホテルの部屋に入り込んでしまった蚊を簡単に退治できました。日本の蚊だったら、部屋に1匹いるのを見つけた段階で、すでに何ヶ所も刺されていたと思いますが、そのときには特にどこも刺されていませんでした。
郊外や動物園であんなに蚊やブヨにまとわりつかれたわりには、ほとんど刺されていなかったです。
上着を羽織ってもよいくらい涼しかったので、多少それで防御したとはいえ。
帰宅後の方が、顔とか耳たぶとか、いやなところに刺されてしまい、特に耳たぶに刺されて少し腫れたせいで、リンパ腺も腫れて、1~2日ほど、首を動かすとビンビンに痛かったくらいでした(苦笑)。

※現地ガイドさんが愛用していた虫よけ。
強さを何段階にも分けて販売されているのも面白いと思いました。これは一番強い6段階目。
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日本でもこれから暑さが弱まったら一気に蚊が活動しそうなので、ヤクーツクでこういうのを買ってくればよかったです。

次の記事は、買って来たおみやげの話題をしようと思います。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その4~食べ物について

ロシア人も昔からそうだったのですが、サハ共和国でもサハ人をはじめとする北方民族も、外食の歴史は非常に浅いです。まだまだ家庭料理の方が主流で、レストランはいまいちでも、家庭料理はとても美味しいようです。
それでも、レストランで食べるロシア料理もけっこう美味しくて、好みです。
ただ、できれば現地の料理といえる、サハ人の料理を食べたいと思っていました。
ただし、本格的なサハ料理は、馬肉とかならともかく、馬の血が入ったようなスープとか、外国人の私には強烈すぎるものもあると思ったので、レストランで外国人向けに出されている料理は、ほんもののサハ料理とはいえないかもしれないけれど、それで十分だと思っていました。

ヤクーツクのレストラン情報は、前の記事で紹介した昔の「地球の歩き方」とこちらのWikitravelのサイトを参考にしました。
https://wikitravel.org/en/Yakutsk

Wikitravelの方では、レストランについては辛口評価でした。
はっきり言って、私もそう思いました。味にアバウトな私が断言します。レストランで食べるヤクーツクの料理はあんまり美味しくありませんでした(苦笑)。
レストランや料理のチョイスの仕方も悪かったと思います。
そこそこの値段であれば、そこそこ美味しければ好印象だったと思うのですが、値段の高めなレストランに行って、期待が高かったのに、口に合わなかったので印象悪くなったわけです。

5回の夕食で、ホテル併設のアジア料理のレストランを2回、旧市街にあるガイドさんのおすすめの「マフタリ」というレストランを3回利用しました。
ランチは、1人歩きのときは省きました。
エクスカーションはランチ付きでしたが、それは美味しかったです。1回目はホテル併設のレストランが作ってくれたお弁当で、そのレストランがアジア料理レストランなので、ランチも中華っぽかったです。
2回目は、行き先のソツィンツィの野外建築民族博物館で用意してくれたものですが、ロシア料理でした。でも、これも美味しかったです。

※ブルウスの谷へのエクスカーションで食べた、ホテル併設のレストランが用意してくれたランチ
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※ソツィンツィへのエクスカーションで、ソツィンツィの建築博物館で、サハ人の伝統的な冬のテントの「バラガン」の中でいただいたランチ
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楽しみにしていた夕食を、ほとんど同じところで食べたのは、他のレストランが、レストランといってもブュッフェ形式ばかりだったのです。トップクラスのホテル「トゥルグーン・ダルハーン」併設のレストランは、ガイドさんがすすめてくれたところの1つでしたが、そこすらも、ブュッフェ形式でした。
私は、多少高くても、できたての温かい料理が食べたかったのです。

旧市街の「マフタリ」は、2階はレストランで1階はブュッフェ形式のカフェでした。
今にして思えば、1階であれば、そこそこの値段で、冷めていてもそこそこ美味しいと感じて、不満は少なかったかもしれません。
でも私は、3回とも2階のレストランで夕食を取りました。

※マフタリの建物。もしかしたら古い「地球の歩き方」では「インデルギーガ」と紹介されていたレストランだったかも。
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※2階のレストランの内装。これがステキだったので、料理がいまいちでも通ったかもしれない私はミーハーです。
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サハ人にとって、レストランで食事をするのは、誕生日とか長寿祝いとか、何かのお祝いのときが多いようです。
そして実際、「マフタリ」では毎回、予約席が設けられていて、ちょっとした家族・親族パーティをやっている席が複数ありました。
その様子は傍で見ていて、ほほえましかったです。

「マフタリ」でも、ボルシチとかウハーとか、ロシア料理代表のスープは美味しかったです。
ところが、メイン料理として選んだ、肉料理は固かったです。焼きすぎ!
馬肉を食べてみたけれど、固いのははじめ、馬はよく走るから筋肉質なせいかと思っていました(苦笑)。でも、3回目に食べてみた牛肉も固かったです。ちっとも美味しくありませんでした。

※ロシアでボルシチは外れがないと思います。そして各家庭・レストランで味が違うのです。
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※ウハーという魚のスープも美味しかったです。
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※馬肉料理2品。メニューの写真は美味しそうでしたが、焼きすぎで固く、汁気もなくて、私には食べにくかったです(私はステーキでもやわらかい方が好きですし、料理全般、どちらかというと汁気がある方が好きなのです)。
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ホテル併設のレストラン「バンブスク」は、ロシア料理でもサハ料理でもないのですので利用しないつもりでました。
初日の夕食に利用したのは、日没が夜10時なのをいいことに、いったんホテルで休んだあと、夕食に出かけるのが遅くなったせいもあります。
ホテルからそう遠くないTamerlanというウズベキスタンなどの中央アジア・レストラン(ただしWikitravelでは非常に辛口評価でした)で食べるつもりでしたが、そこはブュッフェ形式だった上、夜遅かったのであまり料理も残っていなかったのです。
その段階では1日の観光疲れでそれ以上レストランめざして遠くに歩く気力もなく、ホテル併設のレストランで食べることにしただけでした。

ホテル併設のレストラン「バンブスク」は、総じて美味しかった方だと思います。先ほど写真で紹介したランチも美味しかったです。
夕食は、私がチョイスしたものも悪かったと思います。日本で、ちょっとかしこまった中華料理店で食べればすむようなのを、なぜわざわざサハ共和国で食べているんだろう、と自己嫌悪のようなものが(苦笑)。
「バンブスク」で食べた寿司は、思いっきりアメリカ・バージョンでしたが、美味しかったです。
カリフォルニアロールとか、チーズが含まれているようなお寿司は、日本ではめったに食べられないから、これは良かったです。ただし、別にサハ共和国でなく、ロシア全土でも食べられます。

※カリフォルニアロール。クリームチーズが、お魚とごはんに、意外に合います!
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※カラフルなシュウマイ。しかし、これをサハ共和国で食べる必要があったか?
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問題だったのは、最終日に(余ったルーブルを使いたいせいもあって)奮発した北京ダック。まずかったです。がっかりです。肉も固くて、包む皮も、ぱりぱり、でなく、ばりばりに固かったです。たれも、薬草が強烈だったのか、薬っぽい味がほんのりして、好みではありませんでした。
私が北京ダックを食べたことはこれまで2回程度しかなかったですが、どちらもドイツとかのヨーロッパの海外旅行中に中華料理レストランで食べただけでしたが、とても美味しかった記憶があったので、非常にがっかりしました。

※問題の北京ダック。ルーブルの現金をできるだけ使いたいと思って、奮発したりしなければよかったです。
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───というわけで結論。
・奮発すれば奮発するほど、不満足。安い料理の方が美味しく食べられたかもしれない。
・レストランと言いつつもビュッフェ形式ところが多かった。むしろそういうところで食べて、できたての料理にこだわらない方が、結果的には満足できたかもしれない。
・レストランの肉料理は焼きすぎ。スープは別として、料理全般、汁気も少なかったので、食べづらかった。
・サハ料理というより、ロシア料理/スイーツであれば、美味しいものが食べられた。ただし、家庭料理を食べるチャンスがあったなら、サハの家庭料理もとても美味しかったろうと思う。

というのも、アイスクリーム(マロージュナヤ)は、街頭の立ち食いもレストランのデザートでも、とても美味しかったです。
おみやげに買ったチョコ菓子も、とても美味しかったです。
Travelers Cafeというガイドさんおすすめの外資っぽいカフェでは、ケーキもコーヒーもとても美味しかったです。
ホテルの朝食は、同じレストランで出していると思いますが、ロシア風のパンケーキなどがあって、美味しかったです。
サハの家庭料理が美味しかろうというのは、ソツィンツィ野外建築博物館で、夏祭りをしていたチェプロスク村の人たちが分けてくれたパンと馬肉ソーセージと牛乳酒がとても美味しかったことから伺い知れたためです。

※レーニン広場のミニバンの屋台で食べたアイスクリーム。
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※レーニン広場のバス停留所の近くにあったTravelers Caféで食べたケーキセット。店内はおしゃれで、モスクワのカフェと全くひけをとりません。
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※ホテルの朝食で一番もりもりに食べた日のもの。
ロシア風パンケーキ2種にミルククリームをかけたら絶品。ちょっと甘い「カーチャ」という、ロシアの定番の朝食のおかゆも、すっかり口になじんでいたので、美味しくいただけました。
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※チェプロスク村の人たちが分けてくれたパンと馬肉ソーセージと牛乳酒。
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ちなみに、馬肉に使われるのは1才足らずの子馬のようです。
車窓から、可愛い子馬たちの写真を撮るチャンスがあるときに、ガイドさんが言っていました。
私も、日本でも動物園で子牛や豚を可愛いといいながら、牛肉や豚肉は食べるし、今回も現地料理が食べたいと馬肉を何度も口にしたので、複雑な気分になりました(苦笑)。

※ソツィンツィの帰り道の車窓から撮った親子馬。子馬はふつう春に生まれるのですが、この子はまだ生まれたばかりだろうとのことでした。
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※通常の春生まれの子馬たちが、たわむれていました。
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私が車窓から馬や牛がいる光景を狙っていたので、このソツィンツィの帰り道では、ガイドさんが運転手さんに車を止めてもらうように言ってくれました。
私が可愛い、可愛いと喜んで写真を撮っていたときに、現地ガイドさんと野外博物館のガイドさんが、春生まれの子馬は秋/冬には食べられちゃう~と、ドナドナのように歌っていました。
私が食べた馬肉も、子馬だったんでしょうね。ああ、やっぱり複雑。

全体の感想ネタはまだまだあるので、つづきます。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その3~参考にしたガイドブックなど/インターネット環境

思い付くままにいろんな話題/感想を、何回かに分けて書いていこうと思います。

<参考にしたガイドブックなど>
前の記事にも書いたのですが、「地球の歩き方シベリア」の最新版では、ヤクーツクの章は、博物館などの住所・開館時間・料金など、実用的で重要な情報が書かれた両脇の帯の部分が全部カットされていましたので、図書館で借りた2013~2014年版の「地球の歩き方シベリア」を参考にしました。
ほんとは最新版が出るまで、それを参考にしようと思ったわけですが、むしろ最新版の方が全然参考になりませんでした(苦笑)。
おそらく、日本人旅行者でサハ共和国へ旅する人はマイナーなので、ガイドブック編集の方で、その手間を省いたのでしょう。
「地球の歩き方」の情報が足らなければ、いつもLonely Planetを当てにしていたのですが、今回はLonely Planetも全然当てになりそうになく、最新版を購入するのをやめました。
むしろ、ネットでいろいろググって、Wikitravelというところのヤクーツクの案内が、とても頼りになりました。
https://wikitravel.org/en/Yakutsk

あとは、観光みどころのそれぞれの公式サイトを参照しました。ほとんどのサイトがロシア語オンリーだったので、ブラウザの自動翻訳機能を使って英語に翻訳したものを参考にしました。
いまは本当に便利になりましたね!

ただし、自動翻訳でロシア語から直接日本語に翻訳すると、笑っちゃうような日本語しか出てきません。
実をいうと、旅行中にも、現地でちょこっと話す機会があった人が、スマフォかなにかで自動翻訳してくれたのですが、そちらもへんてこな日本語でした。

観光みどころの公式サイトにたどり着くには、ふつうにググる場合には、ロシア語か、英語のスペルを調べた上でなければ無理だったと思いますが、そこの部分については、Trip Advisorが役に立ちました。
Trip Advisorの日本語版で、ヤクーツクのみどころをチェックしたのですが、公式サイトがあるようなところは、そのリンクから飛ぶことができました。
ただし、Trip Advisorのみどころは、おすすめ順にしても、上位の方に挙がっていたのが、広場とか記念碑ばかりで、全くそそられないものばかり。
あれはクチコミのおすすめ順だからでしょうか。博物館はなかなか表示されませんでした。
クチコミも、外国人旅行者は少なそうでした。どちらかというと現地の人か、ロシア国内の人がメインのような気がしました。正直、外国人旅行者が、ヤクーツクの偉大な人の碑などをそんな見どころのトップに挙げるとは思えません。
先に上記のWikitravelに気付いていたら、Trip Advisorははっきり言って必要なかったです。

というわけで、Trip Advisorは、海外からのクチコミが多くないと、あまり参考にならないようです。
でも、日本人旅行者がほとんど行かなくても、周辺の海外旅行者が多く行くのであれば、かなり有益だろうと思います。

<インターネット環境>
これまで通り、ホテルのWIFIがつながれば問題ないと思っていましたが、ドコモの海外パケットパックでなら、ロシアは1日980円と、これでも大幅に値下がりしたので、念のために申し込んでおきました。
ホテルではスマフォとタブレットの両方使っていましたが、どちらもとても快適でした。

ただ、公共の無料WIFIは、私にとって不便になっていました。
2年前までは、そのまま「ネットに接続」という画面でクリックすればすんだのですが、いまはロシアの電話番号を入力しなければ、使えないところが大半でした。
往路のウラジオストクでの乗り継ぎの待ち時間の間は、セルフレストランのWIFIがそのまま使えました。
でも、空港のWIFIや、他の市内のレストランのWIFIも、電話番号を入力するサイトが表示され、当たり前ですが、自分の日本の電話番号を入力しても、拒否されました。
ロシアの電話番号さえあれば、無料で使えます。
なので、帰路のフライトをヤクーツク空港で予定より4時間も長く待っていた間、現地ガイドさんにお願いして電話番号を入力してもらいました。おかげで、自分でもインターネットでいろいろ調べたり、あるいは気分転換にインスタグラムなどを見ていることができました。

ヤクーツク市内のWIFI事情は全く問題なさそうでしたが、現地ガイドさんが使っているのを見ていた限りでは、やはり郊外に出ると、電波がつながりにくく、つながらなかったりしたようです。
サハ共和国は人口密度が非常に低く、郊外に出ると人家もほとんどないので仕方がないでしょう。

海外パケットパックは、初日だけ使いました。
私は非常に方向音痴なので、ホテルから迷わなければ徒歩10分程度だった博物館にたどり着くまで、方向が全く分からず、1時間近くかかってしまいました(苦笑)。
最近は日本国内でもよく旅行するようになったので、駅からちょっと離れたホテルなどは地図アプリをけっこう頼りにしていましたが、あれはとても狭い範囲で、半ば分かっていたからこそ使えていたようです。
無料の地図アプリだと、縮尺が変わると表示される目印の建物や道路の名前がころころ変わるのが、非常に使いづらかったです。
やはりハードでころころ表示が変わらない、紙の地図の方が、私にはまだまだ使い勝手がよいと思いました。
せっかく1日980円もかけて使ってみた海外パケットパックですが、一番使いたかった、行きたい場所への移動のためには、むしろ現地ガイドさんが手書きで書いてくれた地図の方が頼りになったくらいです。
地図アプリで分かったのは、全く反対方向に進んでいたことに気付いたことと、「地球の歩き方」の小さな地図には載っていなかった隣の教会の名前がその場で分かったことくらいです。
でも、反対方向に進んでいたことは、地図アプリでなくても、しばらくしたら気付いたと思います。それに、教会の名前も、事前に日本で自分のパソコンからホテル周辺の地図をプリントアウトしておいた中にも書かれてあったことに後で気付きました。
日本でアプリを使いこなしていなければ、海外でも使いこなせないはずだという自説を確認しただけになりました(苦笑)。

ちなみに、現地ガイドさんは、とても便利なアプリを活用していました。
ガイドさんに1人歩きの際に行きたいところへのアクセス方法をいろいろ質問したとき、ガイドさんは、そのアプリを使って、バスの路線番号を調べ、何番目のバス停で降りれば良いか、周辺に何か目印になるものはないか、確認していましたし、見せてくれました。
SIMフリーのスマフォを持っていたら、そのアプリをダウンロードさせてもらう価値はあったと思いますが、あいにく私はSIMフリーを使ったことがなく、今回も実質たった5日間、そのうち1人で歩き回るのは2日半程度だったということもあり、今回SIMフリーにチャレンジしよう、とまで思い付きませんでした。
ただし、そのアプリについては、ロシア語版しかなかったろうと思うから、あんまり使えなかったかしもしれません。

ロシアの他都市は知りませんが、ヤクーツクではSIMカードはとても安く、200ルーブル足らず(日本円にして400円程度)で買えるようです。
ヤクーツク空港に到着した段階では真夜中だったのでSIMカードを売っていたとしても営業していなかったと思いますが、乗り継ぎのウラジオストク空港では買うことができたろうと思います。店舗の前にはけっこう行列ができていたけれど、乗り継ぎの待ち時間は長かったので、買う時間は十分あったろうと思います。
そして、SIMカードに電話番号がひもづけされていたら、公共の無料のWIFIも問題なくアクセスできたのだろうと思います。

もろもろの感想、つづく。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その2~帰宅便の大幅遅延と初のロストバゲージ

ヤクーツク行きを決めたとき、ヤクーツクの空港は、気候状態によっては、フライトの運休や遅延が多いというのは、頭の片隅にありました。
覚悟していたつもりでしたが、せめて往路は、極端な遅延や運休はありませんようにと思いました。じゃないと観光できる日が減ってしまいます。
だから、帰りなら、まだましだと思いました。
もちろん予定日に帰宅できないとほんとは困りますが、仕事は、休みを延期できないわけでもなかったです。
そうは言っても、実際に大幅な遅延があり、運休の恐れもあって、帰宅が1日ずれていたかもれしないと思うと、ひやひやでした。

最終日の7月14日(土)、ヤクーツク近くの針葉樹林で火事があり、風向きが悪くて、ヤクーツク広域にわたり、煙が濃霧のように広がってしまいました。
この日は、野外博物館で、すばらしい景色も見られたはずのソツィンツィ観光の日でしたが、残念ながら濃霧のような煙のせいで、少し先の前方が見えない程でした。

いやはや、それで残念に思っていたのは、可愛いものでした。
この日、夜中すぎの1時40分にヤクーツクを出発するフライトでウラジオストクに向かい、ウラジオストクで4時間の乗り継ぎ時間の後、9時50分発のフライトで成田に向かうことになっていました。
4時間もあったのは、ヤクーツクとウラジオストク間は国内便で、ウラジオストクと成田間は国際便なので、ウラジオストクでいったん機体預け荷物を受け取って、もう一度チェックインし直してから、出国手続きをする必要があったからです。

ところが、煙のせいで、ヤクーツク空港が封鎖されていたらしく、ウラジオストク行きのフライトは4時間遅れました。
正確に言うと、ウラジオストク行きのフライトというのは、ウラジオストクから来た飛行機がウラジオストクに帰る便なのですが、行き先のヤクーツク空港が封鎖されていたため、4時間もウラジオストクにとどまったままだったのです。
あのままでは、成田行きのフライトには完全に乗り損ねていました。
でも今回は、空港送迎で現地ガイドさんがついていてくれたので、非常に心強かったです。
両方の便が同じ航空会社運行だったし、空港が閉鎖してどのフライトも大幅に遅延したので、こちらからあれこれ事情説明せずとも、現地の職員の方で乗り継ぎの調整をやってくれたと思いますが、一人だったらすごく心細かったと思います。
なにしろ、以前、ウズベキスタンを旅行したとき、タシケント航空は、成田からタシケント行きの国際便が大幅に遅れた上、荷物がなかなか出てこなくても、成田空港にいたタシケント空港の日本人職員もタシケント空港にいたウズベキハタン人の職員も、なんにもしてくれなかったので、国内便は私を置いてさっさと出発してしまったことがありました。
それに比べると、さすがアエロフロートと言うべきでしょうか。
それに、まわりで職員たちがロシア語でわいわいやっている様子を、ガイドさんが説明してくれたおかげで、事情が分かり、乗り継ぎ便が待ってくれるし、ウラジオストク空港で優先的に手続きが行えるよう職員が案内してくれると請け合ってくれました。
荷物も、本来ならウラジオストクで一度受け取ってから、預け直すことになっていましたが、ヤクーツクから成田までスルーで運んでくれることになりました。

同じ便に乗り継ぎするのは、私の他に日本人男性1人と、日本にはトランジットで最終的にフィリピンに向かうフィリピン人の4人の若者グループがいました。
4時間遅れでヤクーツクを出発したフライトがウラジオストクに着陸したのは9時35分。
9時40分発の成田行きのフライトは、私を含めた6人を待ってくれました。
私たちのために、アエロフロートのチェックインカウンターや、セキュリティチェックや出国審査のカウンターが特別に準備されていたため、ヤクーツクからの飛行機から優先的に降りてシャトルバスで先に空港の建物に連れて行ってもらい、最終的に成田行きの飛行機に乗り込むまで、出国審査も含めて20分程度と、驚異的なスピードで乗り継ぎができました。
そして成田行きのフライトは、出発が30分ほど遅れましたが、到着は5分早かったです。
結果的に、ウラジオストクでの4時間の待ち時間が、全部ヤクーツクでの待ち時間になったようなものでした。

ところが、私のスーツケースはいくら待ってもターンテーブルに出てきませんでした。
同じ乗り継ぎだったもう一人の日本人男性の荷物は、すぐに出てきたのに。
初ロストバケージです。
冗談じゃないと思いました。
しかも、この日は、モスクワから成田へのアエロフロートで、システムの故障により、100個以上の荷物がロストしていて、ロストバゲージのカウンターは、気付いたときには大行列ができていたのです!
はじめその手続き待ちの列は全然進まず、スーツケースの行方を調べてもらうまで何時間もかかるしかもれないとうんざりしました。
それでも、アエロフロートの職員は応援も呼んだらしく、だんだんと対応がスピーディになり、30分待ったところで、スーツケースの行方を調べてらうことができました。
それで、ウラジオストクで私が乗っていたフライトに積み損ねた私のスーツケースは、その次に一番早くに成田に着くS7航空で成田に向かっているところだと分かりました。午後4時頃に到着するだろうと(その時点では午後1時)。
なので、うまく本日の午後6時までに、私の自宅への配送手続きがとれれば、翌日の16日(月)の海の日の祝日の午前中に届くかもしれない、と知り、ほっとしました。
ただし、S7航空は成田の第2ターミナル利用なので、第2ターミナルから第1ターミナルに荷物を送ってもらい、通関手続きを取った上でのことなので、本日の午後6時に間に合うか分からず、家に届くのは1日遅れの17日(火)になるかもしれない、とも言われました。
でも、その頃には、だいぶ待たされて、その間にいろんな人たちも困っている様子や、そのくらい時間がかかるのが仕方がないことを耳にしていたので、もう多少遅くなっても、無事にスーツケースが私のもとに戻ってくるなら、それでいいやと思うようになっていました。

ところがそれで手続きが終わった段階で、私が搭乗していたのはアエロフロートと共同運行だけどオーロラ航空の方なので、対応をするのはオーロラ航空のはずだ、と、対応してくれた係員の上司が手続きを止めたのです。
その上司の態度は、オーロラ航空の乗客の分まで我々がやるべきことではない、という態度がありありで、たしかにそうかもしれないけど、これまでロシアでの手続きはすべてアエロフロートがやってくれていたので、正直、その態度にはムッとしました。
その上司も、モスクワからのジャンボの乗客全員の荷物がロストして、手一杯だったのかもしれませんが、対応してくれた若い女性職員以外は、私がオーロラ航空の乗客だと分かると、なんだか冷たくなったような気がしました。
まあ逆にいうと、私がオーロラ航空の乗客だと分かっても、態度を変えずにすまなそうにしてくれた若い女性職員の方が、とても日本的であって、世界の標準でいうとかなり希有といえるのでしょう。
ただ、私にしてみれば、ちゃんと書類もすべて記入し、これで手続きが終わって、もしかしたら明日の午前中に荷物が届くかもしれないと希望が見えてきた矢先だったので、すべて書類の記入からやり直しと分かって、いらっとしました。
記入した書類はアエロフロートのものだったので、オーロラ航空のものに書き直す必要があったのは仕方がなかったかもしれません(そして一度記入したアエロフロートの書類はゴミ箱行きになりました)が、通関でもし荷物を開けるように指示された時のためにスーツケースの鍵も預けたのですが、鍵につけたタグですら、すでに私の名前がペンで書かれてあった紙製のものなので再利用できるわけでもないのに、別の少し年齢が上の女性職員に、アエロフロートのものだと取り上げられそうになったのです。
そのくらいはいいでしょう、と主張したら、手渡してくれましたが、無言でこちらを見ようともしませんでした。
まあ、私がアエロフロートの乗客ではないので、自分の客ではないと分かった段階で丁寧に接する必要はないと思った程度で、悪気が会ったわけではないかと思いますけどね。それまで100人近い乗客の文句を聞きながらロストバゲージの対応をしていたので、私で最後でしたから、もう気が緩んでしまったのもかれしません。
件の上司も、実は、ロストバゲージのカウンターにオーロラ航空の人はいなかったので、連絡は取ってくれました。
たしかに、私は、共同運行であってもよその航空会社の客というのなら、それで十分といえば十分なのでしょう。

結果的には、そこでまた時間がたったせいもあったかもれしませんが、オーロラ航空でロストバゲージの手続きをやり直していた段階で、私がアエロフロートの人に調べてもらったスーツケースの行方を説明して食い下がることができたので、私はスーツケースはS7航空にすでに積んであり、成田空港に向かっていて、午後2時10分には第2ターミナルに到着予定だという、さらに詳しい情報が得られました。
その時点で午後1時を過ぎていたので、最初にアエロフロートの人に聞いた午後4時頃到着だと思っていた段階では待てないと思いましたが、あと1時間だったので、第2ターミナルに向かって荷物を持つことができました。
実際に荷物が出てきたのは午後2時50分でしたが、その間に、第2ターミナルに移動し、冷たい缶コーヒーを飲んで一息つき、余ったルーブルや昔の紙幣のユーロを再換金したり、ANA AMEXカード会員の特典で無料で手荷物を宅配してくれるカウンターを探したり、帰りのリムジンバスの時刻と乗り場を調べたり、など、いろいろやっておけることをやっておいたので、それほど時間を持て余すことはありませんでした。
おかげで、3時間ほどの時間のロスがあったけれど、無事にスーツケースを受け取り、予定通り翌日の午前中に自宅に着くように宅配の手続きができました。
ロストしたのがウラジオストクであり、ウラジオストクから成田に向かう便が意外にあったので、当日中に取り戻せたのは、不幸中の幸いでした。

というわけで、大幅遅延もロストバゲージも、まあ、結果オーライ。
ヤクーツク・ウラジオストク間のフライトは、森林火事の煙の影響が夜中にマシにならなかったら、最悪、運休になっていた可能性もありました。
そうなっていたら、15日中にロシアを出国できなかったでしょう。
ロシアのビザは、なじみの旅行代理店さんが念のために1日多く16日まで取っておいてくれたので、出国手続きでもめることはなかったろうと思いますし、たとえビザの日数が足らなくても、本人のせいではないし、アエロフロートの方で証明書類が出るので、大きな問題にはならなかったかもしれませんが、ビザの日数が足りているにはこしたことはないです。
帰宅が1日延びてしまったとしても、有給休暇は延期できたと思いますが、やはりそれはしたくなかったので、12時すぎに成田空港を出られるはずが15時過ぎになっただけですんで、ほんとうに良かったです。

シベリアのサハ共和国ヤクーツク旅行の全体の感想・その1~観光や町歩きについて

去年2017年は海外旅行をキャンセルしたので、2年ぶりとなった2018年の海外旅行。
今回は、7月9日(月)から7月15日(日)までの短期で、観光したのは7月10日(火)から7月14日(土)までの実質5日間です。
サハ共和国は、豊かな観光資源はたくさんあると思いますが、ロシア語がろくにできない外国人向けの観光インフラが整っていないので、サバイバルはしないふつうの旅行者である私が一人で観光できるところはとても限られてしまいます。
一人歩きにはやはりガイドブックが見どころを探すべースになりますが、そんなにたくさん紹介していません。
しかも「地球の歩き方」は、ヤクーツクのチャプターを郊外エクスカーション扱いにし、開館時間や住所や料金や撮影可不可・公式サイトなどの実用的な情報が書かれた欄外をなくしていました! 最新情報を確認する手間を省いたのでしょう!
なので、おなじみの旅行代理店の担当者さんと相談して、現地ガイドと車を手配したエクスカーションを2つ入れることで、メリハリのついた旅程にすることができました。
ほんとは、ヤクーツク観光として最大の見どころと言われているレナ川渓谷クルーズ(1泊)を入れかったのですが、代わりにブルウスの谷のエクスカーションを入れました。
そして実際に行った後で言えることですが、レナ川クルーズ1泊よりは、ブルウスの谷の1日エクスカーションの方が、ずっと私好みだったかもしれないです。
というのも、クルーズ泊そのものは初体験なので面白かったと思いますが、ハイライトの石柱群が見られるのはクルーズの一部であり、その他は延々と同じような針葉樹林帯(タイガ)が続き、風景にあまり変化がなかったかもしれないからです。
とはいえ、実際に行って見て比べたのではないので、ほんとのと
ころはどっちの方が気に入ったか分かりません。

旅程の最初はヤクーツク市内観光でした。
実をいうと、はじめはそんなにテンションが上がりませんでした。
というのも、この旅行に出かける前に、未完成だった2016年のフォートラベル旅行記をとりあえず表紙と写真だけでも編集してアップしたのですが、それが、ただでさえ町歩きそのものに見どころがあった黄金の環めぐりの旅行の中で、一番町歩きが充実していたスズダリ2日目編だったのです。
2年前に撮った写真をつくづく眺めて、やっぱりスズダリは、どこもかしこもフォトジェニックで夢のような町だったなぁと記憶を新たにしてしまったのです。
それに比べると、はじめから分かっていたものの、ヤクーツク市内は、いかにも旧ソ連らしい、フォトジェニックとは言いがたい町並みでした。
それでも、初日は、それこそ物珍しさが先立って、あちこち写真を撮りながら歩くのは楽しかったです。
写真好きな私にとっては、あまり写真映えしそうにないところにいい被写体やテーマを見いだすことも楽しいからです。
でも、海外旅行先で、あまり絵にならないところで、被写体を見いだすのが楽しいのは、せいぜい1日目だけ。
市内散策は、一眼レフや交換レンズを重い思いをしながら持ち歩き、ふだんの日常生活よりもたくさん歩き回ってくたくたになるのです。スズダリのようなステキな景色が常に目の前に広がるのであれば、荷物の重さも疲労も吹っ飛びますが、頑張って被写体を見つけなければならないような街並みでは、やはりテンションが下がってしまいます。

※永久凍土の上に建つヤクーツク市内は、燃料パイプ等が地上に出ているのですが、こういう写真を撮りまくるのが楽しかったのは、初日だけ(苦笑)。
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※こういう旧ソ連らしい広場撮影が楽しかったのも、やはり最初のうちだけ。

オルジョニキーゼ広場の作家であり政治家でもあったオイウンスキーの像
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オルジョニキーゼ広場にて
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第二次大戦の戦勝広場にて
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雨あがりのレーニン広場にて
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戦勝広場は別として、オルジョニキーゼ広場とレーニン広場は町歩きの拠点になったので、何度も通りかかったせいもあります。
そうでなくても、少し時間が余ったからといって、また散策しに行こうと思えるほどの魅力ある町並みとはいえず、一度見れば十分!
結局、中途半端に余った時間は、ショッピングに励んだり、レストランで夕食時間をうんととったり、あるいはホテルの部屋でくつろいでいました。

コサック時代の町並みを再現した旧市街はなかなか魅力的でした。
それでも、何度も行くことになったのは、どちらかというとショッピングやレストランに行くついででした。

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ヤクーツクは、サハ共和国の首都だけあって、市内にミュージーアムは充実していました。
ただし、ヤクーツク市内最大の博物館と言われていたところや国立美術館でも、それほど規模は大きくありませんでした。
(ただし、比較対象は、エルミタージュ美術館とか、モスクワのトレチャコフ美術館とか、何日通っても見終わらないようなところとか、写真を撮りながらだと半日から1日かかるようなところだったりします。)
でも、ゆっくりと撮影しながらでも1時間程度というのは、規模は思ったより大きくないと拍子抜けしつつも、最後まで気力や体力に限界がこなくてちょうど良かったのは確かです。

国立美術館では、ふつうに鑑賞するだけでなく、写真を撮るのもとても楽しみにしていたのですが、残念ながら撮影不可でした。
撮影しながらだったら、半日はかかったような気がします。
なのしろ、他では見る機会がなさそうなサハ人の絵がたくさんあって、サハの人々の暮らしやサハ共和国の景色、行けなかったレナの石柱群などをテーマにした興味深い絵が目白押しだったのですから。
私の大好きな民族衣装の展示もたくさんありました。復元されたものなので、きれいで真新しく、ガラスケースの中に保存されていなくて、写真も撮りやすそうだったのに、残念でした。

なので、ヤクーツクの外に出るエクスカーションを旅程に入れてほんとうに良かったと思います。
行き先のブルウスの谷やソツィンツィの野外建築博物館もとても良かったですが、そこへ向かうまでの車窓の外に広がるサハ共和国の田園風景に魅了されました。

それから、ヤクーツク動物園にも行ったのですが、これは実はヤクーツクから車で1時間近くかかるポクロフスクという町の近くにありました。
往復とも、乗り合いタクシーで行ったのですが、ぼこぼこでコンデションの悪い道路をがんがん飛ばすタクシーの中で、完全に腰が浮いてジェットコースターに乗っているような乗り心地で、それも楽しかったですが、車窓から眺める郊外の田園風景はほんとうに素敵でした。

ほんとに、ほんとに、ちょっと郊外に出てみたら、なんて魅力的なところだらけだったことか!
いまさらですが、私は、広大な緑や森林や池が見られる景色や、寂れた村があり、馬や牛がのんびり草を食み、道路を横切って車を停めてしまうような田園風景は、いくら見ても見飽きないくらい惹かれるようです。
それはあくまで、旅行先としてであり、そういうところで生活したいとまでは思わないのですけど(苦笑)。

それと、動物園の近くには、ポクロフスク町のための夏至祭りの会場がありました。
その存在を知ったのは、現地ガイドさんに動物園への行き方をいろいろ相談していたときに、バスを降りるタイミングの目印として教えてもらったからでしたが、なかなか興味深かったので、車窓から眺めるだけでなく、自分でも写真を撮りに行きたくなりました。
なので、動物園散策を終えた後、片道15分くらいですが、その会場を見に行って、自分でも写真を撮ってくることができました。

こういう会場でした。
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夏至祭りはとっくに終わってていましたが、ガイドさんからどんなかんじか様子を聞くことができました。
実は、ヤクーツクに興味をもったきっかけの、過去に放映していたNHKロシア語会話シベリア編でも、ヤクーツクの夏至祭りを紹介していて、その記憶とガイドさんの話と、こういう会場を見ることができたおかげで、だいぶ想像がつくようになりました。
ついでに、その会場まで動物園から歩いた往復でも、車内からではゆっくり撮れなかった田園風景を撮りまくることができて、大満足でした。
動物園に行くことにして、動物園そのものも楽しかったけれど、こんな思いがけない収穫があるとは思いませんでした。

※動物園に向かう乗り合いタクシーの窓から撮れた写真
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※ブルウスの谷に向かう途中にて
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全体の感想、つづく。

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