2011年夏 コーカサス3国旅行15日間

2011年夏のコーカサス旅行と秋のウズベキスタン旅行のフォートラベル版ハイライト旅行記@

海外旅行の合間に、毎週末のように花中心の撮影散策に出かけては、フォートラベルに旅行記をアップしているため、海外旅行のフォートラベル旅行記は、どうしても後手後手に回ってしまいます。

やはり、国内の旅行記は、花中心だけあって、なるべく旬のうちにアップしたいと思うもの。
でも、海外旅行記の場合は、こうやってこちらのブログに先に全体の感想やハイライト写真の記事を載せているので、フォートラベル版の詳細旅行記は、来年行こうと思う人がゆっくり参考にしてくれればいいな~と、のんびりペースで作成しています。

でも、フォートラベル版も、テーマ別のハイライト旅行記はなるべく早くアップするようにしました。
コーカサス旅行版とウズベキスタン旅行版、どちらも完成しています@

「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその1:ホテルと朝食編<アゼルバイジャンのバクー編>」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその2:ホテルと朝食編<グルジア編>」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその3:ホテルと朝食編<アルメニア編>」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその4:国際・国内・市内交通編・前編」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその5:国際・国内・市内交通編・後編」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその6:食べ物編(ホテルの朝食以外)<アゼルバイジャンのバクーとグルジア編>」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその7:食べ物編(ホテルの朝食以外)<アルメニア編>」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその8:動物編──旧市街のイヌ・ネコたち」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその9:動物編──牧畜の国らしいコーカサス」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその10:植物編──野花にあふれたコーカサス」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその11:植物編──コーカサスの教会や街角で」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその12:グルジアとアルメニアの教会のステキなろうそく立て」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその13:グルジアの風情ある(!?)ひなびた街角」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその14:ゲットしたものゲットしたところ」
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその15(完):写真だけ撮ったコーカサスみやげ」

「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその1:ホテルと朝食編<前編:近代西欧的な三つ星ホテルに泊まったタシケントとサマルカンドにて>」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその2:ホテルと朝食編<後編:ブハラにて───旧市街のエキゾチックで可愛らしいホテル・コミル>」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその3:朝食以外の食べ物とレストラン編<前編>」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその4:朝食以外の食べ物とレストラン編<後編>」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその5:ちょっとだけ撮れた動物編」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその6:笑顔を向けてくれたウズベキスタンの人々」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその7:ゲットしたもの───チケット半券もおみやげも」
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその8:写真だけ撮ったウズベキスタンみやげ(完)」

フォートラベル旅行記で、海外旅行の旅行記をこうやってテーマ別のハイライト旅行記と、時系列の本体に分けるようになったのは2008年のブルガリア旅行編からです。
ハイライト旅行記の構成も、だいたいパターンができてきました。

ホテルや交通、食べ物、それからおみやげはどの旅行でも共通テーマです。
おみやげは締めとして最後にもってきています。
でも、最近は買わずに写真だけ撮ったおみやげをラストにしています。海外旅行先でおみやげを見るのも、その写真を撮るのも、いつも楽しみにしていますから。

そして、あとは国によって、違ってきます。
撮ってきた写真全体を見渡して、まとまったハイライト旅行記ができそうな写真をピックアップして決まります。
たいていは、動物編や植物編が来るのですが、そんなにたくさん動物や植物写真を撮らないときもあります。
コーカサス旅行中では、植物や花、そして動物写真もたくさん撮りましたが、ウズベキスタンでは、植物の写真は撮りませんでした。
町中には花壇がきれいに整備されていて9月でも花はあったのですが、あまり撮るチャンスはなかったのです。
ウズベキスタンの動物編の写真も、なんとかかき集めてきたってところです。
旅行形態が、コーカサスでは車をチャーターして田舎を走り抜けて郊外に行くことが多かったけれど、ウズベキスタン旅行は都会中心だったということもありでしょう。る

そして残りは、それぞれの国の場合の特徴的な旅行記です。
世界でキリスト教を国教化したのが1番・2番であり、現在も熱心なキリスト教国であるアルメニアとグルジアでは、教会のろうそく写真を集めました。
2008年にロシアと5日間とはいえ戦争をした爪痕があるせいか、グルジアでは崩れたままの街角なども目につきましたので、それでひとつ「ひなびた街角」というテーマで旅行記を作成してしまいました。

ウズベキスタンの場合は、なんといっても、現地の人々が喜んで、進んで写真を撮らせてくれたのが大きいです。
シャイな私に、あんなにたくさん現地の人の写真を撮る機会があったのは、ウズベキスタンが初めてです。

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2011年コーカサス3カ国旅行の1日ごとの感想──振り返れば何かと感想がある出国日

【2011/07/03日 成田発モスクワ経由バクー着(7/04の0時45分)】

飛行機移動で一日つぶれた一日です。
成田空港でも乗継のモスクワでも、外は良い天気で、良き撮影日和でした。
でも、無事に乗継をこなすことに神経の大半を注いでいたので、ふだんなら悔しく思うけれど、この日はそういう感覚は麻痺していました。

この日の試練(!?)は、モスクワでのシェレメチェボ空港での乗継。
とはいえ、昔に比べてずっと機能的になったシェレメチェボ空港。
かつて私がロシア旅行したときは、国際線から国内線に乗り換えるために、シェレメチェボ1から2、あるいはその逆だったかな?───その移動が試練でした。
その二つを結ぶ路線バスがあったのですが、結局、成田からのフライトで隣の席になった日本人の男の子とタクシーをシェアして移動しました。
2人とも個人旅行でロシアは初めてで互いに不安だったから協力しあったわけです。

今回、フライトが遅れました。よくあることですが。
私が乗るアエロフロートが成田空港に到着したのは、出発予定時刻でした。

もっとも今回はロシアに入国しないし、荷物は目的地のバクーまで送るので、シェレメチェボ空港で荷物を受け取る必要はありません。
しかも、シェレメチェボ空港でのターミナル間移動、すなわち新ターミナルDからターミナルEへの移動は、自力で歩いて移動が可能でした。
写真を撮りながら移動しても、10分とかかりませんでした。
ただ、モスクワ到着は30分ほど遅れたので、乗継には十分時間があるとわかっていても、ひやひやしました。

このモスクワでの乗継は逐一写真を撮って、フォートラベルですでに一つの旅行記に仕上げています。

2011年コーカサス3カ国旅行第1日目:モスクワのシェレメチェボ空港で新ターミナルDからターミナルEへ

このフォートラベル旅行記に特に盛り込んでいない感想としては……。

成田空港で出国審査カウンターでもらった、美しい日本・がんばってる日本をアピールするための無料のポストカードは、現地で誰かにあげるタイミングを逸し、持って帰ってきちゃいました~。

成田空港でのセキュリティ・チェックでは、この日、家を出る直前にジーンズにつけてきたベルトが引っかかってしまって、ボディチェックを受けました。
ベルトの金具がいけなかったんです。

海外旅行用にしていたジーンズの腰回りが緩かったので(去年よりやせたのかしら、うふん!───と思ったけど、去年もゆるかったんでした)、急に思いついてベルトをつけたのですが、そういう土壇場にやることって、失敗することが多いのに、やめればよかったです。
とはいえ、成田空港で引っかかっせいで、その後、モスクワのシェレメチェボ空港や、帰りのアルメニアの空港などで、ちゃんと事前にベルトをはずすのを忘れずにすみました。

それから、シェレメチェボ空港の国際便・国内便の乗り換えの前に通らなくてはいけないConnecting Internaionional Filghtデスクのところでは、往路も帰路も思いっきり横入りしてしまいました。
……だってシェレメチェボ空港では、きちんと行列に並んでいたら、どんどん横入りされてしまうし、シェレメチェボ空港というのはとても要領が悪いところなので、乗り継ぎに余裕がない人は、お行儀よく行列に並ばないのが、もはや常識!と思っていたからです。
私はさほど乗り継ぎに余裕がなかったわけではなかったのですが、フライトが遅れたので、気持ちの上では余裕はあまりありませんでした(苦笑)。

しかし、これはあのときだけの印象からの感想ですが、ああいうところで、日本人や韓国人はきちんと並ぶのかもしれません。
中国人はそういうイメージはないですけど。
欧米人は、きちんと並ぶ人もいるけれど、堂々と横入りしたり行列を無視をする人が多かったです。
上記のようなシェレメチェボ常識(!?)を知っていたからかしら。
私はそういう欧米人の後にくっついて、いっしょに横入りしてしまったんでした。
赤信号、みんなで渡れば怖くない!?
心の中できちんと並んでいた人たちにお詫びをしながら。
そしてそんな私もしっかり横入りされました。

それにしても、シェレメチェボ空港、いちいちあんなところにConnecting Internaionional Filghtデスクを設けて、そこを通らなければ乗り継ぎできないようなことはしたりせずに、最終目的地までの航空兼を持っている客はさっさと通せばいいのに。
そうじゃなくてもセキュリティ・チェックで混むんだから。

一日ごとの感想、つづく。たぶん。

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コーカサス旅行の復習(旅行記やココログ記事の作成)の現状報告

前回の記事で、次は一日ごとの感想を、まだ記憶が新しいうちにざっとまとめる予定だ、と宣言したのですが、そのあとフォートラベルでハイライト旅行記を作成しはじめたら、そちらにかかりきりになってしまいました。
二足わらじだと、どうしてもどちらかに作業が偏ります。

フォートラベルのまみの旅行記ページ
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/

それと、1日ごとの感想を書こうと思っても、なにしろ感想のほとんどは写真に撮った行動と、ガイドとのやりとりなどが中心です。
後者はともかく、観光ターゲットはせっせとカメラに収めたし、その途中の経路も、向かう途上に目に留めたものなどを含め、写真になると思ったらせっせと撮ってきました。
そういう写真の、フォートラベル旅行記がすでに書いた、あるい書く予定のコメントをつなげたら、それで一日の感想として書きたいと思っていたことがほとんど網羅されてしまうでしょう。
実際、すでに作成したフォートラベルのハイライト集の移動編やホテル編などに、一日の感想のかなりの部分が盛り込まれてしまっています。

やっぱりねー、旅行先の感想なんて、宿泊場所がどうだったか、移動に苦労したか、スムーズにいったか、それから観光ターゲットのことに尽きます。
現地の人との交流がもっとあれば、そういうのはいちいち経過を写真に残せるようなものではないので、写真対象外の貴重な旅のみやげ話になるはずですが、現地の言葉はあいさつ程度しか覚えていないし、現地でしたいこと・知りたいことはなるべく事前に手配したり調べたりして、現地でスムーズにすむようにしっかり準備しているから、あんまり交流はないです。
それはそれでちょっと寂しい旅のスタイルだなぁと思わなくもないけれど、観光は充実します。
最近の私の海外旅行先で一番の楽しみといえば写真撮影なのですが、それもとても充実します。
写真を撮っているときは実はほとんど孤独な作業。同じカメラ仲間でもない限り、他人を拒絶する側面があります。

というわけで、これから一日ごとの感想をまとめるとしても、もうすでにどこかで書いたことを、表現や構成を変えて文章を組み立て直すだけになりそうです。
そう思ったらちょっと意欲が減退してしまいました。
でもできれば、一日ごとの感想まで書いて、このブログでのコーカサス旅行記のまとめとしたい……。

ただ、実は去年に続き、今年も、2回目の海外旅行を秋に計画しているので、夏の旅行の復習と秋の旅行の予習(準備)と、二足わらじどころか、四足わらじで、慌ただしいこの頃。
秋の旅行の話は後日。

ちなみに、フォートラベル旅行記のハイライト・シリーズは続投中ですが、現段階ではここまで完成しています。

2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその1:ホテルと朝食編<アゼルバイジャンのバクー編>
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその2:ホテルと朝食編<グルジア編>
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその3:ホテルと朝食編<アルメニア編>
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその4:国際・国内・市内交通編・前編
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその5:国際・国内・市内交通編・後編
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその6:食べ物編(ホテルの朝食以外)<アゼルバイジャンのバクーとグルジア編>
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその7:食べ物編 (ホテルの朝食以外)<アルメニア編>
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその8:動物編──旧市街のイヌ・ネコたち
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその9:動物編──牧畜の国らしいコーカサス
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその10:植物編──野花にあふれたコーカサス
2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその11:植物編──コーカサスの教会や街角で

この続きとしては、

・アルメニアやグルジアの教会のろうそく立てだけをまとめた旅行記、
・被写体としていいじゃない、と思ったひなびた街角の写真を集めた旅行記、
・ゲットしたもの(旅先で買ったおみやげ)とゲットしたところ(そのみやげを買ったギフトショップ)、
・買いたかったけれど買わずに写真を撮るだけでぐっと我慢したおみやげ類の写真を集めた旅行記

を予定しています。

というわけで、以上、ひとまず現状報告。

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2011年コーカサス3カ国旅行ハイライト写真集:アルメニア編

ハイライト写真集の最後はアルメニアです。
今回の旅行ではグルジアとアルメニアの教会も見たかったというのもあります。
どちらもシンプル美と古典美とエキゾチズムを満喫させてくれましたが、強いて言えばアルメニアの教会の方が気に入ったかもしれないです。
とくにハチュカル(十字架柱)や、ケルトチックな文様が多用されていたアルメニアの方かなぁ。

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2011/07/12火 エレヴァン(アルメニアの首都)市内観光
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首都エレヴァンで一番新しくて一番大きな聖グリゴル・ルサヴォリチ大聖堂

エレヴァンのホテル最寄りの地下鉄駅のそばにあったのでここから観光を開始しました。
ここで今年の5月、東日本大震災の被害者のために、アルメニア正教の総本山のエチミアジン大聖堂から僧侶達がやってきて祈りを捧げてくれたそうです。

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聖グリゴル・ルサヴォリチ大聖堂の礼拝堂前で、はいっ、ポーズ@

アルメニア正教の教会は、ロシア正教のように主祭壇と信者の空間をイコンの壁のイコノスタシスが遮っている教会と、このようにカトリックやプロテスタントのように主祭壇がむき出しになっている教会の両方がありました。
ただ、後者の教会もこのように王座が礼拝堂のすぐそばにありました。

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バラ色の凝灰石の建物が美しい首都エレヴァン

エレヴァンの中心ともいうべき共和国広場にて。
ここには中央郵便局や、 ATMのすぐ後ろに係員の窓口がある銀行、それから国立歴史博物館と国立美術館があります。
しかも地理的にエレヴァンのセントラルのど真ん中なので、なにかと足を運びました。

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斜光を受けてうっすら黄色く染まったエレヴァンのオペラ座

ソ連時代らしい幾何学的な無機質な建物ともいえるし、古代ローマの建物を連想させるところもあるともいえます。

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エレヴァン市内の見晴らしを見るために行ったカスケード前の公園には彫刻がいっぱい

カスケードは左右の階段を上って行くか、内部のエレベーターを使って上ることができます。
ここに来るまで、私としては相当歩いていたのでくたくたでしたから、当然、エレベーターを使いました。
下りは階段を使いました。

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カスケードを上っている途中

途中途中で踊り場みたいになっているところがあり、こんな彫刻もあったりしました。

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カスケードの上から眺めた、カスケード前の広場とエレヴァン

バラ色の凝灰石の建物が並んでいる様子が見られました。
残念ながらアララト山は見られませんでしたけど。
カスケードの上の方は一部が花壇になっていました。
カップルもいっぱいいて、ちょっぴり目の毒、いや目の保養!?

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2011/07/13水 エチミアジン日帰り&エレヴァン市内観光
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エレヴァンのブルーモスクの前では干した絨毯をたたんでいた最中

エチミアジンに行く前に寄ろうと思ったブルーモスクは修復中で入れませんでした。

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エチミアジン大聖堂とバラ

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アルメニアの教会は地味だって誰が言った?

と思ったくらい、すばらしい装飾に固められたエチミアジンの大聖堂でした。
でもガイドブックをよく読んだら、美しい装飾で固められたのは近代のようです。

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グルジアやアルメニアの教会では美しいろうそく立てにすっかり夢中になった私

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ろうそくの光と祈る人々

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外の礼拝堂を見学して戻ってみたら、ミサの最中でした@

アルメニアの教会らしい、黒ずくめの司祭さまたち!
ちなみに、特別の日のミサの場合は、ほかの東方教会の司祭さまたちのように金糸の刺繍のあるような豪華な衣装を着るそうです。

エチミアジンは大聖堂だけでいいやとエレヴァンに戻ってしまいましたが、残念ながら宝物庫を見学し損ねました。
鎖がかかって通せんぼされていたので、見られないのかとあきらめてしまったのですが、どうも外の建物に切符売り場があって、そうすれば見学できたはずでした。
キリストの脇腹を刺したと伝えられるロンギヌスの槍や、ノアの箱船の破片といった秘宝が見られたはずでした。
……まあ、それとしらなきゃ、ぼろぼろの槍といまにも崩れそうな破片があるだけでしょうけどね。
と悔し紛れに言いたくなるのは、すっぱいぶどうを前にしたキツネと同じ……。

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エレヴァンに戻ってさっと見学した自由市場にて

エレヴァンのエキミアジン行き場のバス乗り場が自由市場のそばなので、帰った後、覗いてみました。
これはきれいに飾られたドライフルーツです。
おみやげにちょうどよいと思ったのですが、ずっしりと重いのでやめました。

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エレヴァンの民族芸術博物館にて、絨毯を作るところを少しだけ見学する

横糸を縦糸に一本一本結びつけています。
図柄の下絵にあわせて色を変えて。
これは一枚の絨毯が出来上がるまでに何ヶ月かかるのもうなづけます。

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2011/07/14木 ロリ地方のアラベルディ周辺の教会巡り(車とガイドチャーター)
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ロリ地方に向かう途中で見た、氷の残るアラガツ山の雄姿

前日にバスでエチミアジンに向かったとき、うっすらと雪山が見えて、アララト山に違いないと喜んだものです。
あれはこのアラガツ山だったに違いありません。
アララト山はいま現在トルコ領土にあるので、アルメニアでの最高峰はこのアラガツ山です。
旅行人のガイドブックによると4090m。
アララト山は5165m。
このアラガツ山は、前日に国立美術館を鑑賞したときに、アルメニア美術のテーマになっていた絵が何枚もあったおかげで、なじみになっていました。

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アルメニアで車とガイドをチャーターした本日と翌日にお世話になったベンツ

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最初の訪問地のオズン教会の敷地は子供の遊び場にもなっていた@

ロリ地方に向かうまでは天気がよかったのに、スピタク峠をわたってロリ地方にさしかかった後はすっかり曇ってしまって残念でした。

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世界遺産の11世紀のサナヒン修道院

列柱が美しくてうっとりしました。
このあたりは地震が多いので、教会と鐘楼の間をこのような建物で支えにしたようです。

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「美しい壁=建物」という意味を持つ世界遺産のハグパット修道院

ガイドによると、ハグパット修道院を造った技師はサナヒン修道院を造った技師の息子で、父と息子は意見が合わずに仲違いしてしまったそうです。
父は息子が隣村に修道院を造っていると聞いて、息子が造るものなんて、すぐに地震でやられてしまうようなやわなものでたいしたことがないとたかをくくっていたところ、出来上がった修道院を見に行ったその父親は、あまりの美しさに「ハグパット!」と叫んだそうです。
それがハグパットの名の由来だそうです。
父子はその後、仲直りしたとのこと。

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サナヒン修道院の壁の美しい文様の浮彫り

こんな風に美しい文様の浮彫りや文字が彫られていて、実にすばらしかったです。

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最後に訪れたアフタラ城塞の13世紀のスルプ・ゲヴォルグ教会

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アフタラ城塞のスルプ・ゲヴォルグ教会の入口のそばにあった浮彫り文様

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フレスコがきれいに残っていたアフタラの教会

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2011/07/15金 エレヴァン周辺とセヴァン湖巡り(車とガイドチャーター)
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修復されたために世界遺産登録から外された、もとは紀元前一世紀に建てられたヘレニズム様式のガルニ神殿跡

土台の補強のための鉄筋は、オスマントルコが兵器を製造するために抜き取ってしまったため、1679年の大地震で崩壊してしまったそうです。
これは1960〜70年代の修復後の姿ですが、ミーハーな私としては、崩壊したごろごろの石が残っている状態よりもこの方が分かりやすくてよかったりします。

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世界自然遺産に登録されているという、ガルニ神殿周辺の地形と花

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ゲガルト修道院にて、神殿に捧げられる犠牲の羊の屠殺現場

羊はばたばた暴れていましたが、声をいっさいたてずに息絶えました。

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一枚岩をくりぬいてできた、ゲガルト修道院の始まりの洞窟教会の内部

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ゲガルト修道院で見かけた浮彫りの十字架

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セヴァン湖に向かう車窓の外には

あの土レンガみたいなのは何だろうと思っていたら、なんと牛のフンだそうです。
あのように乾かして、冬の燃料にするんですって。

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セヴァン湖近くのノラドゥズ村の墓地のハチュカル群

セヴァン湖にいたときには天気がよかったのに、ノラドゥズ村に近づいたときにはどんどん曇って雨が降ってしまったので、ノラドゥズのハチュカルはゆっくり見学できませんでした。

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ものすごく年季の入ったハチュカル群

ノラドゥズ村に目をつけたきっかけは雑誌「旅行人」でした。
ここにはとりわけ芸術性の高いハチュカル群があるというので興味を抱いたのですが、実はここに来るまですばらしいハチュカルをあちこちの教会で見ていて、正直言って、ここのハチュカルはちょっと私の好みよりは古すぎるかなぁと思わなくもありませんでした。
ただ、すべてのハチュカルのデザインは異なり、同じものは一つとしてないそうです。

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あまりじっくり撮影散策できなくて残念だったセヴァン湖

この日もガイドと車チャーターで回ったのですが、セヴァン湖訪問はノラドゥズ村見学しか入っていなくて、セヴァン湖で景観のよいところで撮影するというのはプログラムに含まれていなかったようです。
これは帰りに、このままではセヴァン湖の写真を撮る前に離れてしまうと気づいたので、車をとめてもらって撮りました。

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2011/07/16土 エレヴァン市内観光&午後出国
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腰痛の痛みを我慢して出かけた、マテナダラン(古文保管所)

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マテナダランではとにかく写真を撮りまくった一枚

マテナダランの展示は細密画や装飾文字が美しい聖書の写本が中心でしたが、中には歴史書や天文書、それからこの本みたいな植物の解説本もありました。

ハイライト写真集おわり。
次は一日ごとの感想を、まだ記憶が新しいうちにざっとまとめる予定です。

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2011年コーカサス3カ国旅行ハイライト写真集:グルジア編

グルジアは7日分あるので、ここに載せたい写真を絞るのは大変でした@
どんなところを回ってきたか様子が分かる写真を選ぶか、ポストカードみたいな写真を狙った写真を選ぶか、一部だけに注目した写真的な面白さを追求してみた写真を選ぶか、お遊び写真を選ぶかでいろいろ迷いましたが、結局、ポストカードみたいな写真を狙った写真が多くなったかも。

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2011/07/05火 トビリシ(グルジアの首都)市内半日観光
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トビリシで合計4泊したティフリス・パレス・ホテルと公衆浴場の屋根

ホテルの位置はメテキ橋のそば、ナリカラ要塞の下にありました。

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ハムマのオルベリア浴場

ホテルのすぐそばです。

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美しいテラスのある古いグルジアらしい民家が並ぶホテルの近辺

バクーの旧市街でもよく見た、アラブチックな民家です。
ブルガリアでも見たことがあります。
オスマントルコ支配を受けた東欧の民家の特徴なのかもしれません。

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美しいテラスのある古いグルジアらしい民家が並ぶホテルの近辺

本当に早速、トビリシの中でも美しく興味深いエリアを見ることができました。
建物はペイントがはげたりして古さびていましたが、それがまた情緒をそそるものです。

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旧市街の目抜き通りのレセリゼ通りと合流する通りとの一角

ノラシェン教会とジュヴァリス・ママ教会のすぐ手前です。
読めないエキゾチックなグルジア文字にグルジアの古い民家らしいテラスのある家。
そそられる一角でした@

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旧市街でもおしゃれなカフェが並んでいた一角

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新市街の目抜き通りのルスタヴェリ通りにて

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メトロのルスタヴェリ駅のすぐ近くの科学アカデミーの建物の前の露店のお土産屋さん

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2011/07/06水 ムツヘタへ日帰り観光&トビリシ市内観光
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一部が修復中で外観の写真を撮るには残念だった、ムツヘタのスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂

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グルジアとアルメニアの教会のろうそく立ての美しさに惹かれた最初のもの

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スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂の中庭にて

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女子修道院のサムタヴロ教会にて

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サムタヴロ修道院の墓場にて

あの小さい素焼きのものはろうそく立てです。
日本のお墓のお線香立てを連想しました。

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トビリシの新市街のバラタシヴイリ通りにて

旧市街を囲む城壁が残っている一部で、近くに人形博物館がありました。

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旧市街の時計塔のタイル

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2011/07/07木 グルジア軍道(車とガイドチャーター)
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オセチアから避難してきた難民の仮設住宅

2008年のロシアとグルジアの戦争のきっかけとなった南オセチア紛争のときの難民の仮設住宅です。
当然、ここだけではなく、何か所かあるそうです。

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ジンヴァリ貯水湖のほとりに建つアナヌリ教会

こんなに絵になる景色が見られるとは思ってもいませんでした@

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おみやげに山岳の民の帽子はいかが?

アナヌリ教会前にて
夏で暑くて買う人はなかなかいなくて、私のように観光客は冷やかし半分で関心を示すばかりだろうと思いますが、グルジアの山岳地方なら夏でも寒くて必須のようです。

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アナヌリ教会のイコノスタシス

白く塗りつぶされてしまった壁は、ソ連時代の名残だそうです。
本当ならフレスコがぎっしり描かれていたはず、とのこと。

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ガズベキ山脈がちらりと見える渓谷にて

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十字架のある家と美しい景色

あの建物は教会かと思ったら、屋根に十字架がないので違うそうです。
でもこんな風に十字架の模様のある家やレストランは時々見かけました。

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ジュヴァリ(十字架)峠にて

ロシアのエカテリーナ2世がこの峠に十字架を立てるように命じたそうです。

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ガズベキの町のすぐ近くの山頂にあるツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会

ここがグルジア軍道のいわばハイライトです。
ここまでふもとからトレッキングかと思っていたのですが、そのまま車で上ってしまいました。
四輪駆動でなくては難しい? と思われた砂利だらけの坂道で20分くらいでしたが、慣れない私が徒歩で上っていたら、何時間かかったでしょう。

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ツミンダ・サメバ教会前から見た、5000メートル級のガズベキ山(グルジア最高峰)

天候によっては、このガズベキ山も雲に隠れてみられないこともあるそうです。
少し雲がかかっているものの───いや、少し雲がかかっているおかげでよりドラマチックに、しっかりと雄姿を眺めることができて本当によかったです。

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2011/07/08金 クタイシ郊外の寺院めぐり(車とガイドチャーター)
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クタイシ郊外のサタプリア国立保護公園のゲート

ここは、恐竜の足跡の化石が発見されたことで一時期とても有名になったそうです。
恐竜の足跡の化石の写真も撮ったことは撮ったけれど、証拠写真?としてはともかく、写真としてはいまいちなものとなってしまいました。

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サタプリアの鍾乳洞

色とりどりにライトアップされていたので、洞窟の自然に近い色では撮れませんでした。
でも、見やすくてきれいでしたけどね。
ライトの色によっては光度が高くなるのか、ぶれの少ない写真もゲットできましたしね。

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世界遺産のゲラティ修道院の聖マリア教会(手前)と聖ゲオルギ教会(奥)

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フレスコがすばらしかったゲラティ修道院の聖マリア教会

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夕方のクタイシ一人歩きにて、手前の建物はオペラ座

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逆立ちするピエロの像?

クタイシの自由広場にて。

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2011/07/09土 ガイドとクタイシ(グルジア第二の都市)半日観光
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ペキシ公園で観覧車に乗った@

クタイシ市内を見下ろす小高い丘の上にあるペキシ公園で、さらに観覧車に乗って町を見下ろしました。
この観覧車は窓などがなく、乗り降りするところもチェーンがかかっているだけで、日本では考えられないタイプでしょう。
案内してくれたガイドさんが一緒に乗ってくれたのですが、本当は怖がっていたみたいでした。

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2011/07/10日 ダヴィド・ガレジャ修道院(車とガイドチャーター)&トビリシ市内観光
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トビリシで一番大きいツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会の鐘楼と、グルジアの国旗がたなびく街灯

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ミサの最中だったツミンダ・サメバ教会

この3人は司祭ではなく、まだ少年の助祭役でした。

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正教会にしては巨大なツミンダ・サメバ教会を横から見たところ

正面から仰ぎ見るアングルは逆光でしたから、横からの方がよく撮れました。

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歯医者さんの看板!?

ではなく、むしろ薬局の看板のようでした。
アルメニアでもこういう看板を見ました。

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2011/07/11月 トビリシ市内観光
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旧市街のおみやげ屋さんのショーウィンドウにて

グルジアの兵士たちの人形がとってもキュート@

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ナリカラ要塞から見下ろしたトビリシ市内

手前がトビリシのシンボル的なメテキ教会、奥がツミンダ・サメバ教会です。

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ナリカラ要塞から見下ろしたスニト・モスクとトビリシを囲む山

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子猫の遭遇率が高かったトビリシ旧市街

アルメニア編へとつづく。

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2011年コーカサス3カ国旅行ハイライト写真集:アゼルバイジャンのバクー編

お次は写真でざっくりと振り返るハイライト写真集です。
本人としては気に入った写真ばかりのつもりなので(もちろん、こんなのがあった、という、百聞は一見にしかずで人に説明するために撮ったものもあります)、ハイライトといっても写真のピックアップに悩みます。
せっかくのハイライトなので、似たような写真が並んでしまっても……とも思いますから。

まずは出国日とアゼルバイジャンのバクー編。
たった2日分なので、あまり深く悩まずにぱぱっと選んでみました。

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2011/07/03日 成田発モスクワ経由バクー着(7/04の0時45分)
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日暮里駅から成田空港に向かうスカイライナーの中でもLonely Planetで直前の予習中

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成田空港の巨大なコカコーラの自動販売機

床のシルエットにも注目@

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2011/07/04月 バクー(アゼルバイジャンの首都)市内観光
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旧市街(イチェリ・シャハル)内にある滞在ホテルの最上階の5階の朝食レストランのテラスから見たカスピ海

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アラブチックな香りたっぷりの、ベランダのある建物が並ぶ旧市街

私の記憶の中では、マルタ島のヴァレッタにこんなかんじの家がたくさんありました。

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歴史のなにかをテーマにしたっぽい浮彫の壁の下で、絨毯屋さんが開店準備中@

シェマハ門を入ってすぐのところです。

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ああ、ホント、イスラムの国に紛れ込んだよう!

って、アゼルバイジャンってイスラムの国でした。

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宝物箱みたいな露店のみやげ屋が旧市街のあちこちに

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外側に階段がある面白い建物と少年たち

確か旧市街のキチック・ガラ通りでした。

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オイル・リッチの建物が並ぶ、新市街でも旧市街の城壁のすぐ外側のワヒド公園公園にて

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外側から見た、旧市街を囲む城壁とバラ

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新市街の目抜き通りは交通大渋滞!?

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紫のタクシーがずらり!───VIP用!?

タクシーはたくさん走っていたけれど、こんな紫のタクシーを見かけたのはここだけで、街中でバンバン走っているのを見かけたわけではないので念のため。
場所は、サービル像のある公園や科学アカデミーのあるすぐそばでした。

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新市街の歩行者天国ニザーミー通りの新しい建物もどこかアラブの香りあり

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ただ歩いて写真を撮っているだけでも楽しかった@

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夜間のライトアップはさぞかしい美しいでしょう!

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工事中の看板(?)も、とってもキュートでチャーミング@

「今日の一枚!」と言いたくなるくらい、このあいらしさ。
とってもお気に入りです。写真が、というよりは、被写体が@

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新市街もおしゃれな建物が多くて、シャッターを切る手がとまらない

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時間と曜日が合えば入りたかった、国立歴史博物館と、水がでていなかった噴水

臨海公園から、カスピ海を背に撮りました。

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カスピ海臨海公園にて

海岸沿いにはちょっとゴミが浮かんだりしていて、決して泳ぎたくなるようなきれいな海ではありませんでした。
でも、遠くに目をやると、まるで湖のように澄んだ美しい青い海でした。
って、カスピ海はほとんど湖なんですよね。
海、海と主張されているのは、確か湖とするか海とするかによって、臨海国にとって沿岸の油田の利権が変わるせいもあったとか、本で読んだ覚えが。

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あちこちにある噴水の水が町に清涼感を与える

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旧市街にあるキャラバンサライ(シルクロードの隊商宿)風のレストラン「キャラバンサライ」で夕食を

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挽肉を包んだブドウの葉で包んだ「トルマ」と野菜サラダの夕食

トルマのブドウの葉はとろけるようにやわらかく、絶品でした。
野菜サラダは、香草がそのままどばっと皿にもられたものでした。
延々と香草を食べるのもなかなか乙なもので、おなかの中まで香りがよくなりそうでした(苦笑)。
マスコットは私のいつもの旅のお供です。

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レストランでアゼルバイジャン音楽(?)の生演奏も

グルジア編につづく。

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2011年コーカサス3カ国旅行こぼれ話

アゼルバイジャンのバクーの旧市街で、お札を崩そうと露店のおみやげ屋に寄ったとき。
売り子の兄ちゃんに、「カザフスタン人?」と聞かれました!

「チャイニーズ?」と聞かれることはよくあるし、場所によっては「コーリア?」と聞かれることもありましたが、カザフ人と聞かれたのは初めてで、とても新鮮でした。
さすがアゼルバイジャン!?

ただし、今回の旅行でもその後は、「チャイニーズ? ヤポーニヤ?」としか聞かれることはありませんでした。

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カザフスタン人かと聞いた兄ちゃんがいたみやげ屋

* * * * *

私のハンドルネームの「まみ」は本名です。
「まみ」は、英語圏では、小さい子が母親を呼ぶときの「ママ」ですから、外国人にとっても覚えやすい名前のようで、海外でガイドさん他、名前を教え合う相手には、おもしろがられつつも、すぐに覚えてもらえます。
かわりに、街中で小さい子が「マミー」と呼ぶたびに、私が呼ばれたのかと、いつも一瞬ドキッとしてしまいます。

しかし、グルジアでは、マミは「パパ」の意味だと言われて……びっくり!
一瞬、からかわれたのかと思ったくらいです。
ほんと? と何度も聞いてしまい、では「ママ」はなんて言うの? と聞くと、「デダ」と教えてもらいました。

パパのことを英語圏では「ダディ」とDDの音が入ることを考えると、グルジア語ってパパとママって、英語圏と反対なんですねぇ。

そういえばトビリシの巨大なグルジアの母の像は、「カルトゥリス・デダ」でした。
グルジアのホテルで流し見ていたテレビのドラマでも、母親に「デダ」って呼びかけていました。

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カルトゥリス・デダの横姿

旅行人のガイドブック「シルクロード」には、「銀色に輝く実写版マグマ大使のようなカルトゥリス・デダ」とあって笑ってしまいましたが、なかなかの美人ママです。

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カルトゥリス・デダの真下から

カルトゥリス・デダの前にはあまりスペースがないので、こんなアングルでしか撮れませんでした。
でも、その足下からのトビリシの見晴らしはとてもステキでした。

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旧市街から見た、三日月と見つめ合うカルトゥリス・デダのシルエット

アルメニアの首都エレヴァンにも、巨大なアルメニアの母の像が、高台からエレヴァンを見下ろしていました。
そういえば、ブルガリアでも、さほど巨大ではなかったけれど、ブルガリアの母という像を見かけました。

旅行人のガイドブック「シルクロード」によると「第二次大戦の際、ソ連では祖国を母親に擬人化してナショナリズムを昂揚させた経緯があり、その後も各地で「~の母像」を建てるのが流行した」とありました。

* * * * *

グルジアでヒンカリ(グルジア版の水餃子)を食べました。

食べ物の写真もいつも撮影しているのですが、外側だけでなく、中味も割って写真を撮りました。
汁がぱーっと皿に広がりましたが、はじめはあまり気にしていませんでした。

ところがあとでバイブルのように持参していた、ネットの旅行記のプリントアウトを読んでみたら、ヒンカリは中味の汁も味わうものだったんですね。
次回からは、写真を撮るためは仕方がないけれど、汁もきちんとすすりました。

でも……。
ヒンカリってとっても大きいんです。
そして箸でなく、フォークとナイフ。
それであんなに大きくて、表面がつるつるしているものを支えて中味の汁を飲むことがどうしてもできず、手を使ってしまいました。

ヒンカリの汁をすするコツってどういうのかしら。フォークとナイフを使わずに手でつかんでいいのかしら。
それとも単に私が不器用なだけ?

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はじめはヒンカリのことを忘れていて、なんだったか忘れたけれど、びっくりするほど安いから、とにかく注文しちゃえと注文してみたら、これが大当たりでした。
もともと餃子は大好きなんです。

ちなみに安かったのは当然でした。メニューにあったのは、1個あたりの価格だったんですもの。

注文の際にウェイターさんに「何個?」と聞かれて、「大きいの? 小さいの?」と聞いたら、ウェイターさんは「小さい」と言ったので、メイン料理は別に頼むつもりでしたので、とりあえず3個注文しました。
餃子に比べると、とっても大きいです。

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最初に注文したのはベジタリアン向けのマッシュルームのヒンカリ。肉は使われていないのだと思います。


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次回からはふつうに挽肉のヒンカリ

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少し具に変化をつけたらしい、別バージョンのヒンカリ。でも挽肉は挽肉。

* * * * *

教会に入るとき、ノースリーブや半パンはダメとか、撮影や録画はダメというのが、イラストで示されていることがあります。
ところがグルジアのムツヘタのジュヴァリ(十字架)教会では、なんと、ピストルはダメというイラストがありました。
さすがグルジア!?

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いくつかの禁止事項の中にさりげなく混ざっていた、ピストルはダメというイラスト

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この教会です。

ちなみにこの教会は、入口のあの表示によると、女性はズボンではダメということになっていますが、私がジーンズで入っても断られませんでした。
信者ではない見学者の場合、少しは融通がきくというか、大目に見てくれることもあるようです。

もちろん、女性がズボンをはいていたら入れてくれないところもありました。
そういうところは、ズボンの女性訪問者のために、ちゃんとスカートが用意されていました。
そのスカートも、足首まで届くものでなくてはいけない、という厳しいルールでした。
グルジアの教会に女性が入るときの本来のスカートの長さが、そうなのだそうです。
その教会前にはだぼだぼの大きいサイズのスカートばかりあって、脚がすっぽり隠れるので、ジーンズの上から身につけてもおかしくありませんでしたが、はじめ少し短めなスカートをはこうとしたら、一緒にいたガイドさんが、それではダメだと教えてくれました。

* * * * *

今回の旅行では、3回寝台車を利用しました。
それまでの東欧旅行でも、よく寝台車を利用したことがあるので、私としては慣れたものです。

寝台車には、少なくとも東欧圏の寝台車には、車両ごとに車掌さんがいます。
車掌さんはたいてい乗客一人一人の行き先を把握しています。
少なくとも人数が少ない一等車両はそうでした。
あるいは私が外国人だから気をつけていてくれたのかな。

車掌さんは、降りる駅が近づいてくる30分くらい前に、一人一人の乗客にきちんと知らせしてくれます。
これは別に外国人相手のサービスというわけではありません。
たぶん、乗客は寝ていることが多いからでしょう。

いつもなら私は、その車掌さんのお知らせだけを当てにせず、目覚まし時計をつけて、自分で早めに起きて、準備しておきます。

でも、トビリシからエレヴァンに向かったとき。
二人用の一等車両を一人で専用していて、車掌さんが起こしてくれるだろうと目覚ましをつけずに寝てしまいました。

朝、電車が止まったときも、車掌さんが教えてくれないから、きっとまだエレヴァンに着いていないのだろうと惰眠をむさぼっていたら……。
車掌さんはやってきたけれど、「もうエレヴァンに着いた!」と怒られてしまいました(苦笑)。

東欧圏の寝台車の車掌は女性率が高かったけれど、その車掌は、ちょっと怖いおばちゃん車掌でした。
英語はいくつかの単語のみで、いつもロシア語をまくしたてていました。
でも、サービス、とか言って、水とかお菓子をどっちゃりくれて、にっこり笑ったときは、かわいらしいおばちゃまでした。
(そのサービスは、ほんとにいわゆるサービスで、無料でした。)

慌てて支度をして下車したから、自分の忘れものがないのは必死に確認しましたが、そのお菓子はおいてきてしまいました。残念@

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トビリシからエレヴァンに向かったときの一等寝台車両の個室

このくらいのスーツケースなら座席の下にすっぽり入るので邪魔になりません。

* * * * *

結果オーライとはいえ、いくつかのハプニングがあった今回のコーカサス旅行。

(ただし、これまでの私の海外旅行で、結果オーライ・レベルのトラブルやハプニングがなかった旅行というのは全くありません。風邪をひいたり、おなかを壊したり、小さな忘れ物をしたり、なにかしらあるものです。)

その中で、ホテルに設置されたATMからお金を下ろせなかったトラブルがありました。
カードはちゃんと戻ってきて、Thank you と書かれたレシートは出たのに、お金だけは出てこなかったのです。
その口座での返金手続きは、まずは日本のカード会社側から調査してもらうしかないと言われました。

私のメールアドレスを、対応してくれたホテルのレセプションの人経由で銀行に知らせていたのですが、帰国したら銀行から事情を説明するメールが届いていました。
そのメールを、カード会社から請求書が来たときに、カード会社に訴えようとあらためてきちんと読んでみたら……。

どうも、トラブルの原因は、私がもたもたしていたせいだったようです(涙)。
なかなかお金を取り出さないので、防犯のため、ATMの方でお金を引っ込めてしまったらしいです。

……だってそのATMのお金の取り出し口ってわかりにくかったんだもん!

つまり、ここからお金が出てくるんだ!
と気付いたときには、もう遅いって判断されて、いったん出たお金が引っ込まれてしまった後だったんでしょう。
日本のATMみたいにピービー慣らしたり、取り出し口をチカチカさせたりしてちょうだいよ。
と文句は言えません……。

グルジアのATMに対して不信感を抱いてしまい、その後、カードキャッシングが怖くなってしまいましたが(でも現地代理店への支払があったのでキャッシングしないわけにはいきませんでした)、ただ私が悪かっただけのようです。
あーバカみたい。

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2011年コーカサス3カ国旅行で撮ってきた写真の分析(写真付き)

おととしの2009年のウクライナ旅行と去年2010年のバルト3国旅行の旅行日数は全部で17日、正味15日半でした。
今年のコーカサス3カ国旅行は、15日で正味12日半です。

だけど撮影枚数の合計は、ウクライナ旅行は2,708枚、バルト3国旅行ではちょっとだけ減って2,695枚だったのに対して、コーカサス3カ国旅行は2日少なくても2,537枚でした。

2日少なかったわりには158枚少ないだけでした。私にしてみればこれは1日の撮影枚数。

平均をとると、撮影枚数は記録を更新しています。
空路移動だけの初日と午前中に1か所だけ出かけられた出国日を除くと、1日の撮影枚数で100枚を下回った日はありませんでした。
いや、今日は100枚いかないかな~と思った日がなかったわけでもないのですが、結果的には軽く100枚を超えていました。

ちなみにバルト3国では後で復習するために撮った説明やマップの写真が94枚もあったのですが、今回は38枚でした。
バルト3国では町中の観光スポットに説明看板が丁寧にあったためです。
でも、説明を除く実質的な撮影枚数はバルト3国では2,601枚になり、それに対してコーカサス3カ国は2,499枚になります。
さらに枚数が近づきました。

写真をたくさん撮ったのは、コーカサスの国々に、同じヨーロッパであってもいままで以上にエキゾチズムを感じたことが、やはり大きいと思います。
特にアゼルバイジャンの首都バクーは、久しぶりのイスラムの香りたっぷりの町でしたから、1日300枚を超すという快挙でした!
お花の撮影散策だと丸1日でなくても300枚を超えたことがたまにありましたが、それは同じ花であってもアングルを変えたりズームを変えたり背景のイメージを変えたりして、少ししつこく撮るせいもあるからです。

ただ、それを言うなら、昔に比べてだんだんと、同じ被写体でも念のためにいろんなアングルで撮るくせはついてしまったように思います。
ホテルの部屋の写真や、なるべく現地で撮っておくことにしている買ったおみやげの写真は、前は1枚で満足できたのですが、全部とは言わないけれどアングルを変えて何枚も撮ったものもあります。

ほかに撮影枚数が増えた原因は、グルジアやアルメニアでは教会内部の撮影が可能なところが多かったせいでしょう。
しかもグルジア正教やアルメニア正教の教会はほとんど初めて。
1日に続けて同じような教会をいくつも見学していても、ちっとも飽きずにまた何枚も写真を撮ったりしました。

また、地方にエクスカーションに出かけたおかげで、花や動物の写真も、2008年のブルガリア旅行のときほどではないですが、ウクライナやバルト3国に比べるとずっとたくさん撮れたと思います。
ただ、ミュージーアムの展示品の写真はぐっと減っているはずです。
撮影が禁止のミュージーアムが多かったし、見学できたミュージーアム自体も多くなかったので。

〈出国日〉
7/03日 37枚
〈アゼルバイジャンのバクー〉
7/04月 330枚 うち説明7枚
〈グルジア〉
7/05火 245枚
7/06水 244枚 うち説明7枚
7/07木 207枚
7/08金 177枚 うち説明4枚
7/09土 123枚
7/10日 165枚 うち説明9枚
7/11月 200枚 うち説明2枚
〈アルメニア〉
7/12火 117枚
7/13水 168枚
7/14木 275枚 うち説明と地図10枚
7/15金 168枚 うち説明7枚
7/16土 81枚 うち説明1枚&3枚は空港や機内食
合計2,537枚

・一日平均は約181.21枚。
・空路移動のみの初日と観光は午前のみの最終日を除いた一日の平均は201.58枚。
・アゼルバイジャンは7月4日のバクーだけなので330枚。
・グルジア7日間の平均は194.42枚。
・アルメニア4.5日間の平均は178.88枚。

2011/07/03日【37枚】成田発モスクワ経由バクー着(7/04の0時45分)

この日の写真は、モスクワのシェレメチェボ空港での新ターミナルDからターミナルEへの移動の経路を撮ったものがメインになりました。
新ターミナルDができてから、ターミナルEとFは徒歩で移動できるようになりました。(前もそうかな?)
ただ、その前にInternational Connetionデスクで余計な時間がかかります。
係員は何人かいるけれど窓口が一つだから、ここが行列になるんです。
乗継便の搭乗券を持っている乗客は、スルーさせてくれればいいのに。
ゲートなんて空港にあちこちにある表示を自分で確かめるからいいのにさっ!
その後のパスポート・コントロールはほとんどスルーでした。
セキュリティ・チェックは靴も脱がなくてはならなかったりして多少時間がかかるのは仕方がないけれど、マシンは2台は動いていたので、まあまあスムーズでした。

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ターミナルDからEやFへの道筋が通路にわかりやすく表示されていました@

2011/07/04月【330枚】バクー(アゼルバイジャンの首都)市内観光

中に入って見学したのは乙女の塔くらいで、旧市街(イチェリ・シャハル)から、旧市街の城壁のすぐ外まわりのオイルリッチの街並み、そしてカスピ海沿岸と、美しく整備されたところをざっとひととおり歩き回りましたから、たくさん写真が撮れました。
それに初日でテンションが上がっているうえに、街角のごみ箱すら美しく見えるようなすばらしい青空でしたから@
旧市街では工事中の瓦礫や覆いまでも、美しく見えました。少なくとも、被写体として興味深く思えました。

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カスピ海で桟橋の回りを飛ぶカモメに注目しながら

2011/07/05火【245枚】トビリシ(グルジアの首都)市内半日観光

トビリシ初日もまだまだテンションが上がっていたので、なにげないところでもどんどんシャッターを切りました。
ホテルが旧市街の入口にあったので、旧市街とその先の新市街の両方を突き抜けて歩き、帰りは地下鉄で戻りました。
19世紀にタイムスリップしたような旧市街よりも、新市街の方がカメラが進んだかもしまれません。
トビリシには寝台車で昼過ぎに到着したため、観光開始は午後過ぎからとなったのですが、日照時間が長いのは、撮影散策に本当に有利です。
日没が20時半頃で、21時半近くなるまで暗くなりませんでした。
ホテル最寄りの地下鉄駅を出たときは21時近くなってしまつたのですが、21時を過ぎたあたりから町の名物がパチッと一斉にライトアップされて、思いがけず夜景撮影散策もできました。

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日没後にライトアッブが始まったトビリシ市内にて、市内を流れるムトクヴァリ川沿いの崖上に立つメテヒ教会とヴァフタング・ゴルガサリ王の像

2011/07/06水【244枚】ムツヘタへ日帰り観光

ムツヘタの目当ての大聖堂では中でかなりしつこく撮影してしまいました。
だって教会って本当に惹かれる被写体の宝庫なんですもの。それにとても豪華でしたから。
ムツヘタの町自体は小さいので、半日くらいでめぼしいところは回り終えてしまうと思うのですが、私はゆっくり撮影散策していました。
道に迷ったので似たようなところをぐるぐる回ってしまった、とも言います(苦笑)。
ただ、ムツヘタだけだったら200枚は超えなかったかもしれません。
ムツヘタに戻ったあとも、まだ十分明るくて、教会見学は大丈夫だろうと思ったので、前日にトビリシ市内観光で行きそびれた、トビリシ最古の教会であるアンチスハティ教会を求めて少し歩き回りました。
一度道を間違えてしまい、あきらめてホテルに帰ろうとしたのですが、そうしたら見つけることができました。

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ムツヘタのスヴェティ・ツホヴェリ(命を与える柱)大聖堂にて

2011/07/07木【207枚】グルジア軍道(車とガイドチャーター)

日本の代理店経由で申し込んだオプショナルツアーでしたが、内容は代理店のサイトでの紹介と実際では少し違っていました。
どうもムツヘタ見学も含まれていたようで、私がすでに一人でムツヘタに行ったと言ったら、ガイドさんは「どーしよう、時間が余ってしまうかもしれない」と。
なので、道々景色のいいところでせっせと写真撮影させてもらうことにしました。
でも、あんまりにも頻繁に車を停めたので、最後の方では、急がないと時間がなくなる……と言われてしまいました(苦笑)。
200枚以上撮っていたんですもの。
もちろん、もともと車を停めて見学するところででもたくさん撮ったのですが……私ってば何回車を停めたのかしら。

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車をストップさせてもらって撮った、ジンヴァリ貯水湖の湖畔に立つアナヌリ修道院

2011/07/08金【177枚】クタイシ郊外の寺院めぐり(車とガイドチャーター)

クタイシのホテルの人は、一昨日は土砂降りだったけど今日は雨ではないのでラッキーだと言っていました。
確かにラッキーでしたけど、曇天はやはり少し撮影意欲が減退します。
この日は、予定していたガイドと合流できなくて、あらためて探してもらうのに三時間もかかりました。
結果的に観光できたのは半日です。
とはいえ、予定していたところは、もともと半日もかからないで回れるくらいだったようです。
この日のガイドさんたちは、翌日も市内を案内してくれると言ってくれたので、夕方、先に一人でセントラルの一部だけぐるっと回りました。
だってガイドさんが「そんなところを撮って何になるの?」と思うようなスポットこそが、意外に撮影意欲をそそられて、チャレンジしたくなるものなんですもの。
というわけで、午後から観光を開始し、曇天と残念な天気だったわりには、撮影枚数は稼げました。

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夕方一人で回った時に撮った、クタイシの町の中心のダヴイト・アグマシェネベリ広場

2011/07/09土【123枚】ガイドとクタイシ半日観光

クタイシでは歴史博物館をとても楽しみにしていました。
そこが撮影可能だったら、撮影枚数はもっと増えたでしょう。
ただ、ガイドさんが一緒に回ってくれたので、グルジア語しかないラベルの説明も教えてくれましたし、館員のおばさんたちも、実際にはいろいろ見せたいもの、自慢したいコレクションがあるんですよね。
ガイドさんがちょっと話をふると、立て板に水のごとく、たくさん話をしていました。
もしかしたらコレクション以外のおしゃべりも混ざっていたかもしれませんけどネ。
でも、私たちがスルーしかけたけど、これはぜひ見せたいんだという展示も教えてくれました。
結果的には、半日観光で(午後は4時間かけてマルシュルートカでトビリシに戻ったため)、曇天で撮影意欲が減退しがちで、ガイドさんと一緒なのであまり撮影に時間をかけていられなかったわりには、たくさん撮ったと思います。

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丘の上にあるペシキ公園の観覧車から見下ろしたクタイシ市内

2011/07/10日【165枚】ダヴィド・ガレジャ修道院(車とガイドチャーター)&トビリシ市内観光

楽しみにしていたダヴィド・ガレジャ修道院は少し期待外れでした。
というのも、ガイドブックで絶賛していたところは、危険すぎて行ってはいけないことになってしまったようなのです。
見学できたのは狭いエリアでした。
肝心の聖人ダヴィド・ガレジャのお墓のある教会は見学できたのですが、なんでも被写体として見る私にしてみたら、聖人のありがたさはあまり分からず、お墓だけでは物足りません。
ただ、修道僧が暮らしていた洞窟などはいいかんじで残っているエリアでしたので、同じところでアングルを変えてしつこく撮影しました。
天気もとても良かったので、晴天に洞窟修道院は映えました。
それに、実は向かう道々は半沙漠のエリアなのに、たくさんの野花にあふれていたんです。
でも、本日の撮影枚数をここまで稼いだ原因は、ダヴィド・ガレジャ修道院は半日観光ですんでしまったので、午後またトビリシ市内を観光したおかげでしょう。
ミュージーアムは2つ入れたのですが、撮影不可でした。
もっとも、トビリシ市内を見下ろしたくて、行く予定のなかったムタツミンダ山に行ったことで、撮影枚数が増えました。
ただ、ムタツミンダ山の公園は、展望台があるだけの、ふつうの静かな公園かと思っていたので、思いっきり遊園地で、バスから降りたときには、文字通り、あんぐり口が開いてしまいました。

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トビリシ全市が見渡せるというムタツミンダ山の遊園地の展望ポイントの一つから見た景色

2011/07/11月【200枚】トビリシ市内観光

てっきり本日の寝台車は16時35分発で、代理店からそう連絡を受けていたのですが、切符をよく見たら20時35分でした。
なので予定していたよりゆっくりと最後のトビリシ観光ができました。
ただ、ホテルから徒歩圏内しか出かけるつもりはなかった上、ミュージーアムが軒並み休みの月曜日だったので、若干、時間が余ったかんじはしました。
トビリシで最も大きくて新しい、黄金ドームのツメンダ・サメバ教会ではミサの最中でしたが、とてもゆっくり時間をかけてあちこち撮影してしまいました。
さらにその後、ナリカラ要塞もゆっくり見学しましたし、時間がないだろうなぁと思っていたグルジアの母の像のところまでも行けました。
ゆっくり見学していると、なんだかんだと撮影チャンスを見つけてシャッターを切ってしまうものです。

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ナリカラ要塞から見下ろしたトビリシ市内
(奥の金ドームはツメンダ・サメバ教会で、左手の教会はトビリシのシンボルともいえるメテヒ教会)

2011/07/12火【117枚】エレヴァン市内観光

正直エレヴァンは、どなたか旅行者が感想をもらしていたとおり、バクーやトビリシを見てきたあとでは、町歩きはあまりそそられない新しい町でした。
ただし、新しい町なので整備されていて歩きやすいんですけどね。
もっとも、この日はエレヴァン初日ですし、とても美しい青空でしたので(時々曇ってしまったけれど)、それなりに撮影意欲は刺激されました。
ああ、いかにも共産主義時代らしい建物だなぁと感心して、証拠写真?を撮るような気分で撮った写真もあります。
なので、楽しみにしていたメインの観光ターゲットは歴史博物館で、ここは撮影不可だったわりには、結果としてこの日の撮影枚数は多くなったと思います。
それには、Lonely Planetのお薦めWalking Tourのコースを、一部アレンジしながらがんばってまわり、エレヴァン市内を見下ろすカスケードまで行ったせいもあると思います。
さらにカスケードからアララト山が見られたらもっと感動できたでしょうが、残念ながら、冬の空気がもっと澄んだときでないと、エレヴァンからは見られないそうです。

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共和国広場の地下鉄駅を出たところ

2011/07/13水【168枚】エチミアジン日帰り&エレヴァン市内観光

エチミアジンでは、目当ての大聖堂だけゆっくりしつこく撮影した後、半日でエレヴァンに戻ってしまいました。
エチミアジン・ツアーになら含まれているような他の2つの教会も回ろうと思ったのですが、回らずじまい。
そのうちの一つは2kmくらい離れた町の郊外にあり、机上でガイドブックの地図を眺めていたときにはその気になれば歩けると思ったりしていたのですが、往路、バスの車窓で見かけたとき、セントラルまでの距離の長さにその気が失せてしまいました。
暑かったですしね。
なのでさっさとエレヴァンに戻り、気になっていたミュージーアムを回ることにしました。
民族芸術博物館では写真代を払えば撮影OKなので、前日の国立博物館ですごく気に入ったフォークアートの作品をたくさん撮ることができました。

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民俗芸術博物館にて、とても気に入ったアルメニア独特(?)の、おなかに穴のあいた人型の壺

2011/07/14木【275枚】ロリ地方のアラベルディ周辺の教会巡り(車とガイドチャーター)

3ヶ国目のアルメニアでは一日に200枚を越える日はないかもしれないと思ったのですが、北部の美しい山岳地帯のロリ地方の教会巡りでは、軽く200枚を越えました。
これで晴天だったなら、300枚は越えて、ひょっとしたらアゼルバイジャンのバクーの日の枚数を超えたかもしれません。
4つの修道院と教会を回ったのですが、それらがあるどの村も、防衛のために山の上にあり、さらに教会は村の中で一番高いところに造られるのが普通でした。
つまり、周辺の見晴らしがすばらしいのです。
だけどロリ地方ではずっと曇天でした。
実はチャーターした車に問題があったらしく、この日は出発が一時間遅れたので、グルジア軍道のときみたいに、道々車をストップさせることはあまりしませんでした。
ただし、助手席に座っていたので、帰りは車を停めずとも、パチパチと車窓からの景色を撮影していました。
もちろん手ぶれしやすく、失敗率は高かったです。
でも、車を停めてもらったとしても、撮りたいっ!と思って声をかけた瞬間に車が停まるわけがないし、車の中と外に出てみたときとでは、風景の印象が違ってしまい、私が撮りたいと思ったのはこれだったかなぁ、と首を傾げることがないこともないです。
それに比べると、座席に座ったままパチパチやっている方が、撮りたいと思った瞬時に、撮りたいと思った位置でシャッターを切っているし、さらに走っている車の中から撮るという難関にチャレンジしているせいか、ゲットできた写真に対する愛着度は、わざわざ車を停めてもらってちゃんと構えて撮ったものよりも増すことが多い気がします。

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アーチが美しく、墓石が床となっていたサナヒン修道院の回廊

2011/07/15金【168枚】エレヴァン周辺とセヴァン湖巡り(車とガイドチャーター)

ギリシャ神殿のようなヘレニズム様式のガルニ神殿は、被写体としてまあまあ。
ただし、どうやら前日そこでコンサートか何かあったらしく、ゴミがあちこちにあったのには閉口しました。
写真は正直ですから、神殿の土台のところにペットボトルや紙くずがあるのを、如実に映し出してしまいます。
世界自然遺産に登録されているというガルニ神殿の周辺の地形は見事でしたけど、似たような写真ばかりになってしまったかも。
ゲガルド修道院は、一人で回っていたとしたら、もっともっとたくさん撮影してしまったかもしれません。
ただ、観光客が多かったので、前日の、ほとんど他の観光客と会わなかったロリ地方の修道院のときみたいに、シャッターチャンスにそうそう恵まれていたとは限らないです。
セヴァン湖巡りは、湖畔の撮影ができるいいスポットに案内してもらえるかと思っていたのですが、そういうのはナッシングでがっかりしました。
湖の写真は、ほとんど走っている車の車窓から撮影したものです。
もちろん、セヴァン湖行きのメインはノラドゥズ村のハチュカル群だったので、それはしっかり撮影できましたが、あいにくそのときだけ嵐が来そうな怪しい天気でぽつぽつと雨が降られてしまったので(カサをさすほどではなかったですが)、あまりゆっくり回れませんでした。

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ゲガルド修道院で、奥の岩場が一枚岩からできた4~10世紀にかけての最初の修道院で、手前の教会らしい教会は後に造られた13世紀の聖母教会

2011/07/16土【81枚】エレヴァン市内観光&午後出国

前日の夜中に仮眠から目を覚ましたときに腰痛のせいで起き上がれなくなり、本日の午前中に行こうと思っていたマテナダラン(古文書保管所)に行くかどうかぎりぎりまで悩みました。
出発ぎりぎりまでホテルで安静にしていたとしたら、本日は写真なんて全然ゲットできなかったでしょう。
ただ、むしろ動かない方が腰が固まってしまって症状がひどくなるようだったし、そうすると余計に無事に帰国できるか危ぶまれたので、がんばって予定どおりマテナダランに行ってみました。
地下鉄を使いましたが、ホテルもマテナダランも地下鉄駅まで少し離れていたので、片道徒歩で20~30分くらいはありました。
でも、おかげで、腰痛は治らずともふつうに歩くことはできるようになりました。
そしてマテナダランでは写真代を払えば撮影OKだったので、せっせと撮影してきました。
見学するより撮影しにいったかんじ!?
この日の写真のほとんどがマテナダランのものです。

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マテナダランのホールに展示されていた、複製品と思われる古代アルメニアの壺
(撮影不可の国立歴史博物館でとても気に入ったものと同じなので、撮影しました。)

2011/07/17日 成田着10時20分

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2011年コーカサス3カ国旅行の詳細旅程(写真付き)

2011年7月3日から7月17日までのコーカサス3カ国旅行の詳細旅程はこうなりました。

2011/07/03日 成田発モスクワ経由バクー着(7/04の0時45分)
(モスクワのシェレメチェボ空港の乗り継ぎでは新ターミナルDからターミナルEへ移動)
【バクー泊:ホテル・オールドシティ・イン(Old City Inn)】

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モスクワ行きのアエロフロートの機内とフライトアテンダントさん

一昨年にウクライナ旅行で利用したときのアエロフロートは座席のうしろに液晶テレビがある新しい機種でしたが、今回は全行程通じて少し古い機種にあたったようです。

2011/07/04月 バクー(アゼルバイジャンの首都)市内観光
・キチック・ガラ通り~物見の塔の脇から旧市街を出てサービル像のある公園~シェマハ門から再び旧市街に入る
・旧市街散策(イチェリ・シャハル)(世界遺産)
・乙女の塔(世界遺産)と内部の博物館を見学&展望台
<ホテルに戻ってチェックアウト>
・シルヴァン・シャー宮殿(世界遺産)を見学
・旧市街の城壁沿いのワヒド公園(新市街)~イスティグラーリエット通り
・噴水公園からニザーミー通り(歩行者天国)
・カスピ海臨海公園
・ネフッチレル通り~旧市街に戻る
【21時発トビリシ行きの一等寝台泊】

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旧市街のシンボルである乙女の塔(左)と、鍋のふたのような公衆浴場の天井ドームの地上に出ている部分

2011/07/05火 トビリシ(グルジアの首都)市内半日観光
(寝台車でトビリシ到着12時15分)
・公衆浴場のあるアバノス通り~ゴルガサリ広場(旧市街)
・シナゴーグ見学
・ノラシェン教会見学&ジュヴァリス・ママ教会
・シオニ大聖堂見学
・ダヴィスプレビス(自由)広場(新市街)~ルスタヴェリ大通り散策
・カシュヴェティ教会見学
(地下鉄でアヴァラバリ駅へ)
・アヴァラバリ地区からホテルに戻るまで夕景・夜景を楽しむ
【トビリシ泊:ホテル・ティフリス・パレス(Tiflis Palace)】

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旧市街にある現在のグルジア正教総本山のシオニ大聖堂

2011/07/06水 ムツヘタ(世界遺産の町)へ日帰り観光
(ディドベ駅前バスターミナルからミニバスで約20分)
・スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂見学
・アンティオキア教会(入れず)
・考古学博物館見学&撮影
・タクシーでジュヴァリ大聖堂へ&見学&ムツヘタ市を見下ろす
・サムタヴロ教会見学
・考古学発掘場見学
(ミニバスでトビリシに戻る)
・タヴィスプレビス(自由)広場~バラタシヴイリ通り~ムクトゥクヴァリ川を渡ってすぐ戻る
・アンチスハティ教会(トビリシ最古の教会)見学
・旧市街のレセリゼ通り経由でホテルに戻る
【トビリシ泊:ホテル・ティフリス・パレス(Tiflis Palace)】

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ジュヴァリ聖堂のある丘から見下ろしたムツヘタの旧市街

中心にあるのが一番目当てのスヴェティ・ツホヴェリ(命を与える柱)大聖堂ですが、外観には一部、修復中の足場がかかっていて、被写体としては残念でした。
でも、内部の写真はたくさん撮れました@

2011/07/07木 グルジア軍道(車とガイドチャーター)
・アラグヴィ川とジンヴァリ貯水湖
・アナヌリ教会見学
・グダウリでランチ
(壁画のある展望台はスルー)
・ジュヴァリ(十字架)峠
~ガズベキのゲルゲティ村経由~
・ツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会見学
(帰りはノンストップでトビリシへ)
【21時30時発クタイシ行きの二等寝台泊】

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ツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会から見下ろしたガズベキ

ガズベキの町からロシアとの国境はすぐそばですが、2008年にロシアとグルジアで戦争があったせいもあり、外国人に対して国境は閉鎖されています。
現地の人も簡単に越えられないだろうと思います。

2011/07/08金 クタイシ郊外の寺院めぐり(車とガイドチャーター)
(手違いがあって午前中はホテルでガイド手配を待つ)
・サタプリア国立保護公園(恐竜の足跡の化石や鍾乳洞、他)
・ゲラティ修道院(世界遺産)見学
・モツァメタ修道院見学
(夕方一人で市内散策)
・ダヴィト・アグマシェネベリ広場~ブルヴァリ公園~ルスタヴェリ大通り
【クタイシ泊:ホテル・バグラティ1003(Bagrati 1003)】

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内部のフレスコがすばらしかった、世界遺産のゲラティ修道院の聖マリア大聖堂

2011/07/09土 ガイドとクタイシ(グルジア第二の都市)半日観光
・リオニ川を渡りウキメリオニの丘へ
・バグラティ大聖堂(世界遺産)(修復中で入れず)
・ケーブルカーでベキシ公園へ&観覧車から市内を見下ろす
・クタイシ歴史博物館見学
(午後マルシュルートカでトビリシへ戻る(所要4時間半ほど))
【トビリシ泊:ホテル・ティフリス・パレス(Tiflis Palace)】

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バグラティ大聖堂のある丘からクタイシを流れるリオニ川を背景に、市内案内してくれた2人のガイドさん

2011/07/10日 デヴィド・ガレジャ修道院(車とガイドチャーター)&トビリシ市内観光
・カヘティ地方のデヴィド・ガレジャ修道院
(いったんホテルに戻り、午後トビリシ市内散策)
・国立美術館の特別展(インドのWarli Paintings)と宝物館を見学
・人形博物館見学
・ムタツミンダ山のムタツミンダ公園(遊園地)と展望台
【トビリシ泊:ホテル・ティフリス・パレス(Tiflis Palace)】

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デヴィド・ガレジャの周辺と修道院の一部

半沙漠といわれていたわりには、前夜に雨が降ったおかげであまり暑くなく、この時期花にあふれていました。

2011/07/11月 トビリシ市内観光
・聖エチミアジン教会(アルメニア教会)見学
・ツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会見学
<ホテルをチェックアウト>
・スルプ・ゲヴォルグ大聖堂(アルメニア教会)見学
・ナリカラ城塞跡&聖ニコラス教会見学
・グルジアの母(カルトゥリス・デダ)の像の足元からトビリシ市を見下ろす
【20時35分時発トビリシ行きの一等寝台泊】

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トビリシの市内のどこからでも見らられる巨大なツミンダ・サメバ(聖三位一体)教会のイコノスタシス

ミサの最中だったので真ん中の「王門」が開いていて、イコノスタシス(聖なる空間と俗なる空間を分けるイコンの壁)の向こうの礼拝所が見えました。

2011/07/12火 エレヴァン(アルメニアの首都)市内観光
(エレヴァン到着7時20分)
・スルプ・グリゴル・ルサヴォリチ大聖堂(エレヴァンで最も新しく最も大きい教会)見学
~地下鉄で共和国広場へ~
・国立歴史博物館見学
・カトギケ聖母教会(エレヴァンで最も古く最も小さい教会)見学
~アボヴィヤン通り~オペラ座広場前~
・カスケードからエレヴァン市を見下ろす
~メスロプ・マシュトプ通り~
・ブルー・モスク(夕方遅くて入れず)
【エレヴァン泊:ホテル・アララト(Ararat)】

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エレヴァン市内を見下ろせるカスケードから

この後ろ姿の女性はもちろん、私ではありません@
冬で空気が澄んでいると、ここからアララト山が見えるそうなのですが、夏は無理でした。

2011/07/13水 エチミアジン日帰り&エレヴァン市内観光
・ブルー・モスク(修復中で入れず)
(エチミアジンまで路線バスで約50分)
・大聖堂と礼拝堂(世界遺産)(宝物館入れず)
(タクシー乗合でトビリシに15分ほどで戻る)
・自由市場散策
・民族芸術博物館見学&撮影
・国立美術館見学
【エレヴァン泊:ホテル・アララト(Ararat)】

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アルメニア正教の総本山であるエチミアジンの大聖堂

2011/07/14木 ロリ地方のアラベルディ周辺の教会巡り(車とガイドチャーター)
・アパランで焼き立てパン屋さん
・ヴァナゾル(ロリ地方)でコーヒーブレイクと少しだけ散策
・オズン教会
・サナヒン修道院(世界遺産)
・ハグパット修道院(世界遺産)
・アフタラ城塞跡と教会
【エレヴァン泊:ホテル・アララト(Ararat)】

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7世紀のオズン教会

エレヴァン周辺では快晴でしたが、ロリ地方ではほとんど曇天で残念でした。
どの教会も山頂にあって見晴らしがよかったのに。

2011/07/15金 エレヴァン周辺とセヴァン湖巡り(車とガイドチャーター)
・ガルニ神殿跡とローマ浴場跡
・ゲガルド修道院(世界遺産)
・セヴァン湖のノラドゥズ村の墓地のハチュカル群
【エレヴァン泊:ホテル・アララト(Ararat)】

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アルメニアに唯一残るヘレニズム様式のガルニ神殿跡

ここは1679年の大地震で崩壊していたものを1960~70年代に大規模な改修がなされて往時の姿がわかりやすくなっているのですが、改修されたせいでオリジナルではないということで、世界遺産には登録されなかったそうです。
ただし周辺の地形は世界自然遺産に登録されています。

2011/07/16土 エレヴァン市内観光&午後出国
・マテナダラン(古文書保管所)見学&撮影
(15時50分発のアエロフロートで出国)
【機内泊:ホテル・アララト(Ararat)】

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マテナダランの美しい聖書の写本

アルメニア文字はメスロプ・マシュトツという聖人によって5世紀はじめに作られた当初から、ほとんど変わっていないそうです。
グルジア文字が近代に変革を遂げたため、現在のグルジア人は昔の文字をなんとか読めるが意味が分からないといわれたのと対照的だと思いました。

2011/07/17日 成田着10時20分

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2011年コーカサス3カ国旅行のガイドさんたちと日本の話題

今回のコーカサス旅行の旅程一覧は、ほぼ予定どおりに観光ができたので、前の記事に書いたのとほぼ同じです。

「夏のコーカサス旅行の日程とルートマップ」

2011/07/03日
 アエロフロートで成田発モスクワ経由でバクーへ(7/04の0時45分に到着)(バクー泊)
2011/07/04月
 バクー市内観光&21時発の寝台車でトビリシへ(寝台泊)
2011/07/05火
 トビリシ到着12時15分&市内観光(トビリシ泊)
2011/07/06水
 自力でムツヘタへ日帰り観光(トビリシ泊)
2011/07/07木
 【車とガイドチャーターで日帰り旅行】グルジア軍道&寝台車でクタイシへ(寝台泊/早朝3時すぎに到着)
2011/07/08金
 【車とガイドチャーターで半日観光】クタイシ郊外の寺院めぐり(サタプリア公園、ゲラティ修道院、モツァメタ修道院)
2011/07/09土
 【ガイドと半日観光】クタイシ観光&夕方マルシュルートカでトビリシへ戻る(トビリシ泊)
2011/07/10日
 【車とガイドチャーターで日帰り旅行】デヴィド・ガレジャ修道院(半日)&トビリシ市内観光(トビリシ泊)
2011/07/11月
 トビリシ観光&寝台車でエレヴァンへ(寝台泊)
2011/07/12火
 エレヴァン到着7時20分&市内観光(エレヴァン泊)
2011/07/13水
 自力でエチミアジン日帰り&エレヴァン市内観光
2011/07/14木
 【車とガイドチャーターで日帰り旅行】ロリ地方のオズン教会、サナヒン修道院、ハグパット修道院、アフタラ城塞跡
2011/07/15金
 【車とガイドチャーターで日帰り旅行】ガルニ神殿、ゲガルド修道院&セヴァン湖のノラドゥズ村のハチュカル群
2011/07/16土
 午前中エレヴァン市内観光&午後出国(15時50分発のアエロフロート)
2011/07/17日
 成田着10時20分

というわけで、正味12日半のうち、全部で6日、正味4日半はガイドさんと行動したわけですが、クタイシのガイドさん以外は、みんな日本の現在の東日本大震災と原発事故の処理について心配していました。
バクーに泊まったときはホテルでBBCニュースを見ていたのですが、原発と被災地のニュースが何度も何度も放映されていました(というか、BBCは同じVTRを何度も何度も流すから同じ内容でしたけどね。)。

グルジア軍道のガイドさんは日本語ガイドでした。ファーストネームがマリコさん。彼女のプロフィールは詳しくきかなかったけれど、もしかしたら日系人かもしれません。
一昨年1年間交換留学生として神戸大学に留学していたそうです。
いまは日本にグルジアのワインなどの食料を輸出する会社の支店長をしていると言っていて(ガイドはバイトかな?)、今度はチーズなどもどんどん輸出したいと言っていました。
でも今は日本の大学院に留学するために、奨学試験を受けたばかりで、結果待ちと言っていました。
彼女は東京の放射能はもう大丈夫なのかと心配していました。
私も実はあんまり詳しいわけではないので、いま東京でふつうに日常生活を送っています、くらいしか答えられませんでした。

クタイシのガイドさんたちとした日本の話題は、ふつうに文化的なことや習慣や気候の話などでした。
前の記事に書いたとおり、クタイシのガイドさんは1日目は3人でした。
1人は英語が話せるけれど、もしかしたらガイド歴はまだ浅いようで、もう1人のガイドさんに時々アドバイスをもらっていました。
そのもう1人は英語は日常会話はできるようでしたが、観光情報の説明までは英語でできないようでした。
3人目のガイドさんはほとんど話しませんでした。
クタイシのガイドさんとは、写真を何度も撮りっこしました。

写真は3人のガイドさんと、運転手さんです。
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左から2番目が英語のガイドさんで、右から2番目が日常会話だけ英語ができたガイドさんで、この2人は、翌日1人で市内観光するつもりだったところを、ガイドを申し出てくれました。
(旅行代理店を通じて申し込んだガイドさんなので、前払いで料金は変わりません。)
運転手さんはツアーのはじめに、私と3人のガイドさんにアイスクリームをおごってくれました。

ダヴッド・ガレジャのガイドさんはグルジアの現地代理店を通じて申し込んだので、英語ガイドです。
グルジア人の女の子でした。
彼女もグルジア人はみんな日本のことをとても心配していると言っていました。
彼女は、私が何カ国も海外旅行に出かけていると知って、うらやましがっていました。
グルジア人にとってビザ免除の国が少ないのか、ドキュメントを整えるのが大変なので、彼女自身はまだ一度も外国旅行をしたことがないそうです。
陸続きで車で数時間ですぐに国境を越えられる国にいるのに。
簡単に海外旅行できる日本人は本当に恵まれていると思いました。

アルメニアでのガイドさんは、ホテル手配などをお願いした旅行代理店を経営している本人でした。
彼女は日本語がぺらぺらで、昔、3年くらい日本に留学していたことがあるようです。
今年の5月には、アルメニア人のグループを日本観光に案内したようです。詳しくは聞かなかったけれど、キャンセルした人がいたかもしれないけれど、たぶん観光は実現したのではないと思います。
5月には実際に日本に来ていたようですから。
彼女は日本は観光するのに安全だとアルメニア人にアピールするために、私よりもずっと原発処理のことや放射能のことについて詳しかったです。
彼女いわく、いまの東京の放射能のマイクロシーベルトの数値は、モスクワやアルメニアよりもずっと低いのだそうです。
でもやっぱり、5月に日本から帰国したとき、入国の検査官はいろいろとうるさくてちょっと大変だったようですし、友人達には放射能で光っているんじゃないかと心配されたのだとか。
また、とあるモスクワの番組のことを話してくれました。
ずっと福島で現地レポートをしていたモスクワのキャスターが、日本ががんばっていること、それからモスクワの方がよっぽど東京よりもマイクロシーベルト値が高いと話し、生放送でカウンターでスタジオの数値をはかってみせたそうです。
その数値を読み上げたとたん、いきなり番組が中断して20分もコマーシャルが続き、番組が再開したときは、そのキャスターはカウンターが壊れていたと言い訳したのだとか。
彼女は笑い話として披露してくれましたが、いやはや笑い話といえるのかどうか。

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