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2010年夏 バルト三国旅行17日間

2010年バルト3国旅行の1日ごとの感想(写真付き)エストニア編・後編(タリン)

フォートラベル版の旅行記の作成に力を入れ始めてしまったので続きの記事のアップまで少し時間がたってしまいましたが、やっと続きがアップできます。
これで2010年バルト3国旅行の感想の記事はラストです。
フォートラベル版ではハイライト旅行記16本、完了しました。

(13)2010/07/16金 タリン(エストニアの首都)観光1日目

バスターミナルからタクシーを降りて目に飛び込んできたホテル・バロンズは、今回の旅行の最後の滞在地ということで奮発した甲斐がありました。
旧市街の中の老舗の貫禄がある落ち着いた三ツ星ホテルです。
10時40分にチェックインしたところ、部屋の準備がまだできていないというので、スーツケースを預けて早速観光を始めようと一歩外に出たら。
そこにはタイムスリップしたかと思わせるような中世の世界が広がっていました。

───正確にいうなら、ヨーロッパ中世の街並みのテーマパークですね。
だって中世のイメージにしては、からっと晴天の下の街並みは、まるで舞台照明で照らされたかのように非常に明るかった上に、私のような観光客がひしめいていましたから。
あっちこっちでカメラを構えていたり、ガイドに先導された団体が散りかけては固まってぞろぞろ移動したり。
その間を、中世風のコスプレの人々たちが蝶のようにひらひらと舞っていました。

でも、ほんの数歩移動するだけでいちいちカメラを構えたくなるような絵になる街角ばかり!
それも、例えば誰が撮っても似たような写真しか撮れないような観光スポットと違って、同じところでカメラを構えても1人1人が全く違う写真を撮れそうなところばかり!
アマチュア・カメラマン冥利に尽きる街並み!?

タリン観光は、まずは行く前からネットで目をつけていたCityBikeというサイクリング中心の旅行会社のツアーを申し込んでから、と思っていました。
でも、そこにたどりつくまでに旧市街を突っ切っただけで、もう十分タリン観光をした気分になれました@

タリンの旧市街は可愛い街並みだと聞いてはいました。
おみやげも、バルト3国の首都の中では一番物価が高いらしいけれど、私好みの可愛いものが1番あふれていそうだと思っていました。
まさしくその期待を裏切らず、いや期待以上でした。
暑いのに閉口しつつも晴天のまぶしさが、もともと美しい旧市街の街並みをさらに美しく見せ、人々の顔をさらに明るくしているように見えました。
要するに初っ端から、来てよかったとウキウキ!

CityBike社は、旧市街の端の方の「ふとっちょマルガリータ」近くにある、ホステルも経営している自転車専門の旅行会社です。
旧市庁舎のある旧市街中心のラエコヤ広場のそばのホテルからそこへ向かう途中で、中世のテーマパークのよう!と思ったよそ行きの街並みも、次第に普段着の下町っぽいところや、荒れた姿も見せ始めたのですが、今度はそれすらも物珍しくなって、やっぱりカメラを構えてしまいました。

CityBike社のツアーは、ホテルでは予約できませんでした。
いや、してくれたもかもしれないけれど、私が申し込もうとしていた2つのツアーのうちの一つは、2人からの参加という条件がついていました。
一人旅の私はもちろん、もう1人の参加者の当てはありません。
でも、私以外の誰か観光客がすでにそのツアーに申し込んでいれば、1人参加でもねじ込ませてもらえるかもしれません。
そういう事情だったので、ホテルのレセプションの人に電話で確認してもらったものの、直接CityBike社のオフィスに行って申し込んだ方が確実だといわれたわけです。
でもおかげで無事に、2つのツアーを申し込むことができました。
1つは自転車で回るタリンツアーをタリンに到着した本日の夕方5時から。そしてもう1つは明日のためにラヘマー国立公園ツアーです。
このラヘマー国立公園ツアーが2人からでなければ申し込めないツアーでしたが、ハイシーズンのタリンなら他に参加者がいるだろうと予測したとおりでした。

夕方5時のツアーを無事に予約できたので、午前11時すぎから午後3時くらいを目安に、タリンの旧市街を観光しました。
ツアーの前の観光を3時で切り上げることにしたのは、自転車ツアーの前にはいったんホテルに戻り、部屋に案内してもらってもっと軽装になりたかったからです。
ところが、旧市街のミュージーアムで一番楽しみにしていた国立博物館は、2011年5月まで修復中で閉館でした。
また、旧市街にはいっぱい撮影意欲がそそられる魅力的なスポットが目白押しの代わりに、ガイドブックで説明されているような、とりわけ歴史ある注目すべき建物ほど写真が撮りにくく、気に入った写真がゲットできなかったのは皮肉でした。

この昼間の観光中には、ついつい買い物もしてしまいました。
ショーウィンドウで通りの観光客を眺めている可愛い民芸品や雑貨たちが、私を捉えて離してくれなかったんですもの。
ただし、ホテルのそばは旧市街のど真ん中なので物価が高かろうと思って、そこでは手を出すのをなんとか我慢しました。
買い物をしたのは結局旧市街の中のギフトショップなのですが、少しは中心から離れたところに入ったつもりです。
同じものがあちこちで売られていたので、物価比較も一応した上で。

夕方5時からの自転車ツアーは、私の他の参加者は男性2人だけでした。
そしてガイドは専門のガイドというよりは、CityBike社を経営しているメンバーの1人と思われるまだ若い兄ちゃんでした。
ツアーの感想としては、良くもあり残念な点もあり。
ガイドの兄ちゃんは金髪で北欧系の整った顔立ちで背が高いのでとてもほっそりしていました。私よりずっと(苦笑)。
ただし、兄ちゃんの英語が聞き取りづらかったのが非常に残念でした。
ところどころで自転車を停めては説明してくれたのですが、場所によっては風や道路を走る車の音で声が届きにくかったり、私の英語力と背景知識の欠如のせいで、何が話題にされているのがピンとこなかったり。
また、楽しみにしていた、無形文化遺産の歌と踊りの祭典の会場の「歌の原」は、舞台までは行かず、入場ゲートをチラリと見ただけなど、場所によっては期待はずれのところもありました。
でも、宮殿がある郊外の高級住宅地区カドリオルクや、そのカドリオルク宮殿と花壇のある中庭、大型船の停泊する港、港沿いのピリタ海岸のサイクリング・コースを回れたのはとても良かったです。良かったところの方がずっと多いです。
それにこれらは徒歩ではとても回れやしません。
かといって観光バスの車窓から見ただけではとっても物足らなかったでしょう。
Fanaticに写真を撮る私にとって、参加者の男性2人もガイドもペースが早く、説明が終わったらすぐに次に移動するようなかんじでしたので、写真をゆっくり撮れないのがちょっと残念でした。
でも、自転車を走らせる場所によっては、あたりに人はいなくて悠々と片手で走れるくらいでしたので、自転車に乗ったまま胸ポケットのデジカメを取り出して片手で撮る、という芸当もやってのけることができました。
カメラの手ぶれ補正機能で十分手ぶれをカバーできるくらい、とてもよい天気であたりが明るかったせいもあります。
日本の秋空のように天高く広々とした空に曇がすばらしいドラマを演出していたので、なにげない景色でも、むしょうに写真を撮りたくなったものです。
同時に、自転車の片手運転をひそかに楽しんだ子供の頃の気分にちょっと浸れました。

Img_4731
どーんと旧市庁舎が存在感のあるタリンのラエコヤ広場

(14)2010/07/17土 ラーヘマー国立公園サイクリング・ツアー

さあ、今日は1日、ツアーバスでラヘマー国立公園です!
東京12地区よりひとまわり広い広大なラヘマー国立公園には、パルムセに別荘のような宮殿もあるし、昔の漁村を観光向けであれ復活させたような見どころが散財しているらいので、きっとそういうところをバスで回る、ラクなツアーでしょう。

と思っていたのですが、これが大間違いでした!

予約したCityBike社のラヘマー国立公園ツアーにはサイクリング・コースとバスツアー・コースの2つがあるのですが、なんと私以外の参加者7人は全員、自転車ツアーの方で、バスツアーは私1人っきりとのこと。
しかも、ガイドの男の子は自転車を積んでいるバンを指して「公園まではあのバンで他の人たちと一緒に行くんだよ」とのこと。

この時点で、いやな予感がしました。
このバスツアーはどうも、私が思い描いていたような、エアコン完備のバスでらくらく回るツアーではなく、他の人たちがサイクリングしている間、若い兄ちゃんガイドと2人でハイキングするツアーらしいのです。

そんなこととはつゆほども思わなかったので、私はハイキングできる準備をしてきませんでした。
そして、この日も、北欧に近いエストニアの夏にしては気温が高くなりそうで、いくらラヘマー公園が森林だらけでも、ハイキングには重過ぎる荷物を持ってハイキングなんてしていたら、暑くて根を上げてしまいそうです。

兄ちゃんガイドは再度、私に聞きました。
「ほんとにハイキングする? サイクリングに切り替えても、ツアー代金は同じだよ?」

サイクリング・ツアーに参加する他の人たちは、中には1人参加の人もいたけれど、みんなカップルで、自分たちだけで走るはずです。
つまり、サイクリング・ツアーに切り替えたら、あの広大な国立公園を、たった一人で何時間も走らなくてはならなくなります。
それが心細かったから、バスツアーに申し込んだのに。

でも、やっぱりこの暑さの中、ハイキングには重すぎる荷物を持って何時間もハイキングする方がイヤだったので、サイクリング・ツアーに切り替えることにしました。

自転車は、昨日の自転車でまわるタリン・ツアーと同じ自転車を選びました。
実は昨日のそのツアーのとき、途中でギアが外れるというトラブルがありました。
この日も、バスでサイクリング・ツアー起点のパルムセに到着したとき、座席の高さを確かめるために自転車にまたがってみたら、いきなりギアが外れてしまいました。
そういうトラブルがあったときに、たった一人で対処できるか心配でした。
一応、トラブル時のためにガイドの携帯番号をもらいましたけどね。
ルートマップも、詳しい地図どころか、A4用紙半分にプリントアウトされた簡略な地図に手書きでちょっと地名が書かれただけの、とても頼りないものでした。

でも結果的に、心配する必要はちっともありませんでした。
ラヘマー国立公園のサイクリング・コースは車道となっていて、ガイドが言っていたようにほとんど一本道でした。
なので、1人でも迷う心配はほとんどなかったです。
ギアが外れるといったトラブルもありませんでした。
ガイドは自転車チェーンもキーも貸してくれなかったのですが「そんなの必要ないくらい、だぁれもいないから」と言っていたのは、冗談ではありませんでした。
途中の村などでランチをとったり、小さなミュージーアムに入ったりするときでも、チェーンをしなくても盗難の心配がないくらい、治安が良いとも言っていました。
12時40分からサイクリングを開始したあと、17時30分に最終目的地に着くまでの35kmのサイクリングは、何度も何度も写真撮影のために自転車を停めながら、とことんマイペースで楽しむことができました。

ただ、途中、交差点や三叉路で、めざす村の名前の標識がなくて、どっちに行ったらよいかとまどったところが2ヶ所ほどありました。
こういうときに自分の勘に任せて道を選ぶと「絶対に」間違えるのが、私のような方向音痴というものです。
2ヶ所目は泳げるリゾート海岸に近かったので、そのへんの観光客をつかまえて道を聞くことができました。
最初に話しかけた人は英語が苦手らしかったのですが、その人が英語が話せる他の人に声をかけててくれました。
そうしたらぞろぞろと集まってきました@
1ヶ所目は、あたりにだぁれもいないし、車がごくたまぁに走り去るだけで、道を聞く人がいなくて途方に暮れそうになりました。
それこそヒッチハイクでもするつもりで無理矢理車を止めない限り。
さすがにそこまでする気にはならなかったので、出発前のガイドの短いインストラクションの中のヒントと、出発前に寄った、パルムセ宮殿のそばの観光案内所のもっと詳しい地図を便りにとにかく進んだら、さすがに必死だったせいか、正しい道を選ぶことができました。

5時間のサイクリングの間に結果的に100枚以上の写真をゲットできました。
それだけ頻繁に自転車をとめていたので、ランチをとる余裕はありませんでした。
いや、ランチに時間を割くよりも、きりがないと分かっていても、好きなところで何枚でも写真を撮る方を優先させたのです。

ただ、車道を離れてちょっとした寄り道をすると、もとの道に戻れなくなってしまうような、過剰な心配をしていたせいで、残念ながらせっかくの見どころをいくつか逃したようです。
あとでガイドブックを読み返したり、観光案内所でもらった地図の解説を読んだりしたときに気づいて、やはり残念になりました。
パルムセやセゲディの宮殿は、はじめから外観の写真を撮るだけでいいと思っていました。ビーチだって、まあ、どうしても見に行きたいと思っていたわけではありませんでした。
でも、フォークロアを題材した彫刻公園や、集合場所のケスム(Kasmu)にあったという、エストニアで最も美しいといわれる墓地は惜しかったです。

もっとも、ケスムに着いたときは、5時間のサイクリングでもう足腰ガクガクで、歩き回れる余裕はありませんでした。
写真ばかり撮ったほかは、ひたすら車道を走っただけでしたが、総じて楽しくて、とても気持ちがよくて、満足できました。
旅は日常生活の「澱(おり)」を洗い流す心のリフレッシュの場だと思っていますが、この日1日のほとんど森林のサイクリングで、私の心はさらにきれいにクリーニングされて、ワックスもかけてピカピカにしてもらえた、と思えるくらいでした。

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ラヘマー国立公園のオアンドゥ村にて

(15)2010/07/18日 タリン観光2日目

タリン滞在3日目の観光は、旧市街のミュージーアムめぐりをしました。
まず真っ先に向かったのは、聖ニコライ教会です。
そこは、教会としては機能していなくて、ミュージーアム扱いされているところです。
タリンでは、聖ニコライ教会の「死のダンス」の絵をとても楽しみにしていました。
‘09~’10年版の「地球の歩き方」に一部写真が掲載されて、タリンで見られる中世芸術の一つとして大きく取り上げられています。
そのページには、「死のダンス」だけでなく、聖ニコラスと聖ヴィクトルの生涯を描いた主祭壇も紹介されています。
それも聖ニコライ教会にあります。

この日は1日曇りがちで、夕方には一時期強い雨が降りました。
後半、猛暑でうんざりし続けた今回のバルト3国旅行の中で数少ない天気のぱっとしない日でした。
でも、この日の観光ターゲットは屋内が中心でしたので、ちょうどよかったです。
戸外の撮影が一番楽しみなところで、曇りや雨というのはやっぱり残念ですもの。
それに、ふつう夏はあまり暑くないバルト3国は、室内にクーラーも扇風機もないところが多いので、暑い日の室内のミュージーアムめぐりは外を回るよりも蒸し暑くて閉口したりするのですが、曇りの日だったのでそういうことはありませんでした。
もっとも、午後に訪れたエストニア国立美術館のKUMUは現代建築なので、クーラーがよくきいていて、きっと暑い日でも快適だったでしょう。

さて、タリンで楽しみにしていた「死のダンス」の絵ですが、、ペストが大流行した中世ヨーロッパで流行った「死」がテーマの絵は、現存しているものはとても少ないそうです。
タリンの聖ニコラエ教会にあるのはその数少ない現存作品です。
どうりで、「死のダンス」の絵を見る機会があんまりないと思った!

思い起こせば「死のダンス」のテーマの絵に初めて魅せられたのは、1992年春のイタリア旅行でピサに行ったときです。
見た絵の記憶は薄れてしまったのですが、今でもあのときの感動はよく覚えています。
当時、立入禁止だったピサの斜塔よりも印象的でした。
死をテーマにした絵というのには、もともと怖いもの見たさで好奇心はあったのですが、あの絵を見て深く心をゆすぶられました。
まず理屈ぬきの感動があり、そのあとで、「死のダンス」のテーマの絵が好きな理由を考えてみましたが、理由はいくらでも挙げることができました。
平等ではありえない人間社会において唯一平等な「死」についての痛烈な皮肉と真理。
「死のダンス」にこめられたそんな哲学的とも諦念的とも逆に前向きともとれる世界観や、さまざまな階級の人々の切実な叫びに惹かれるんだと思います。
別の理由として、私自身の生への執着もあるかもしれません。

聖ニコライ教会の「死のダンス」も非常に面白かったです。
法王や王侯貴族のような身分制度の頂点の人間のみを痛烈に皮肉っていて、「死のダンス」にしては珍しいなぁと思ったら、農民や町民、貧乏人や物乞いなどのそれより身分の底い人々の部分は、単に失われてしまっていただけでした。
なぁんだ。
でもそれならそれで、違う階級の人々が扱われた部分もぜひ見たかったです。
特に、人物の下に書かれたその人物の、擬人化された死(骸骨の絵)に対するつぶやきや懇願の文句。これがとても面白いです。
絵にはラテン語で書かれていますが、聖ニコライ教会には英語解説もありました。

ほかに旧市街ではアダムソン・エリックソン美術館に行き、それからタリンのいわゆる山の手であるトームペアの丘へ上り、ロシア正教会と大聖堂を見学しました。
アダムソン・エリックソンなる画家───いや陶芸もジュエリー制作もやっているので画家というよりアーティストというべきでしょうか───は、よく知らないので、はじめこの美術館は別に見学しなくてもいいと思っていました。
でも、聖ニコライ教会のそばにあり、トームペアに行く途中にあるというロケーションは重要です。
それに外に貼ってあったポスターを見たら、ジュエリーも展示していると知り、ジュエリーを見るだけでも見学しがいがありそうだと思いました。
写真撮影OKでしたので、それも私にとってプラス・ポイントでした。
絵画自体、ものすごく!……というほどではないけれど、なかなか私好みでした。
そしてこの美術館を出るときに、館員のおばあさんにKUMU美術館の入場割引券をもらいました。
トームペアの丘から旧市街の見晴らしは良いのですが、この日はどんよりと曇っていて、空が真っ白でしたので、展望台めぐりはやめて、教会を見学しおえたあとは、さっさと丘を下りて、KUMU美術館に行くことにしました。
最近の私は、観光で美術館に行くことに固執しなくなったので、時間が足らなければ行けなくてもいいやと一度は思ったりしたのですが、せっかく割引券をもらったので、やっぱり行こう!ってね。

KUMU美術館は旧市街近くから1番トラムの終点のカドリオルクまで行って、そこから少し歩きますが、タリン1日目の自転車ツアーのときに回ったおかげで、道は分かりました。
その途中、自転車ツアーのときには気づかなかったバラ花壇を見つけてしまいました。
美術館の鑑賞時間が減ってしまう!───と頭では分かっていても、目の前の誘惑に負ける私@
ただ、花壇全体はすばらしかったけれど、一つ一つのバラはややピークすぎで、どうしてもバラの花の撮影をしたいというほどでもなかったし、バラ花壇全体を写真に収めることは到底できなかったので、時間のロスはそれほどありませんでした。
いや、バラ花壇をざっと見て回れたことは後悔していないので「ロス」といえないです。

KUMU美術館も特に写真代を払わずとも撮影OKです。
ミュージーアム見学は好きだけど、やはり写真が撮れるのと撮れないのとでは楽しさが段違いです@
写真の撮り方は、なるべくきれいに撮るという以外に、特に工夫や独創の余地はないです。
たまぁに一部だけ切り取るというやり方があるにしても。
たぶん、写真を撮ることで半ば、自分のものにしたような気分になれるせいで楽しいのかもしれません。
つまるところ、それで物欲が満たされるからでしょうね。

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KUMU美術館の作品のひとつ、ソ連時代の1969年のエストニアの絵画

(16)2010/07/19月 午前:タリン観光3日目&午後、出国・ヘルシンキ経由

プラン中のホテル探しのとき、最後の滞在地のタリンでは、スタッフの愛想が良い、という点を重視しました。
2週間余りの一人旅の後で、もうすぐ帰国となると、そろそろ里心がつくでしょうから、サービスは悪くなくてもスタッフが無愛想というところでは少しつらいかもしれない、と思ったからです。
そして、いよいよ午後にはタリンを去るという最終日。
里心なんて全然ついてなくて、まだまだ旅行していたかったくらいでした。
午前中1時間半ほどとれた最後のタリン観光が調子よかったせいもあるでしょう。
帰りの空港で、機内で、成田に着いて、スカイライナーの車内で。
午前中にタリンの石畳を歩いた記憶がまだ体に残っていて、ここまでタリンの旧市街から瞬間移動してしまったのではないか、と思えたくらいです。

また、今回のバルト3国旅行でも、出かける前にいろいろありました。
もともとロシア旅行のつもりだったのに、3月末のモスクワ・テロで泣く泣く行き先を変えました。
4月のアイスランド火山噴火によるヨーロッパの空港封鎖のときには、無事に旅行に出発できるのか、はらはらやきもきしました。
あのときは半年くらいヨーロッパの空の便は麻痺するのでは、という説まで飛び交っていました。
事態が落ち着いたあとも、またいつ、同じようなことになるか、と予断を許せませんでした。
だから、出発する前は、この旅行が無事にさっさと終わってくれないかと思ったものです。
17日間の旅行の間は本当に楽しかったし、じっくり楽しめたと思うけれど、振り返ればほんとにさっさと終わってしまいました(苦笑)。

話は前後しますが、タリンを去るフィンランド空港は14時45分発なので、最終日の午前中、タリン観光にあてることができました。
ホテルのチェックアウト時間は12時までなので、部屋に荷物を置いたまま、8時半頃から11時頃までタリン旧市街を回りました。

まずは、昨日は空がどんより曇っていて回る気がしなかったトームペアの丘に再び上りました。
空は、雲が引きかけているところでしたので、涼しげな淡い水色の空にちぎれ曇が浮かんだ、写真撮影には理想的な空模様でした。
ただし、展望台から旧市街を見下ろすアングルは、午前中は逆光でした(苦笑)。
でも、薄暗い曇りの日の真っ白な空よりは、明るく晴れた日の逆光の白飛びの空の方が、全体的に明るい写真がゲットできるので、ずっと私好みです。
そのほかに、このときに行こうと目をつけていた民芸品マーケットと、それからあと1つくらい教会見学&撮影がしたくて、聖霊教会を見学しました。

14時45分発のヘルシンキ行きのフィンランド航空は、タリンからヘルシンキまで1時間もかからないのに30分も遅れました(苦笑)。
ゲート前のカウンターには、乗継便に遅れそうな乗客が押し寄せていました。
係員の女性はそんな乗客に1人1人対応していました。ここでは何も手を打てないこと、乗継ぎは待ってくれることもあるし、代替便を探す努力はしてくれるはずであること、とにかくヘルシンキのカウンターに行かなくては何も対処できないこと。
そうやって一生懸命、あせる乗客をなだめていましたが、まだカウンター前に列が並んでいるのに、途中で、ぷいっといなくなってしまいました。
逃げたのかな(笑)。なんてネ@
幸い私は、ヘルシンキでの乗継は1時間50分ありました。
往路は55分で乗り継いだので、1時間以内の遅延ならあわてることもないと構えていることができました。
ヘルシンキから到着した便は、乗客を下ろすとすぐに私たちを乗せて折り返しました。
だから仕方がないのですが、座席にはお菓子やパンくずが残っていました(苦笑)。
ヘルシンキまでのフライトは、ほんとうにあっという間でした。
離陸後、ベルト着用サインが消えると同時にすぐにトイレに飛び込んだら、席に戻ったときにはもう機体は着陸の準備に入っていました(苦笑)。

乗継時間が30分も短くなったせいで、ヘルシンキ空港では買い物はゆっくりできませんでした。
職場や近所に配るおみやげとして、往路で目につけていたムーミンチョコを買うのがせいいっぱい。
でも、機内販売に頼るよりましでした。
エストニアもフィンランドもシェンゲン協定国なので、出国審査はシェンゲン協定国を出るヘルシンキで行われます。
つまり、もともとヘルシンキにいて出国する人も、ヘルシンキを乗継にする人も等しくヘルシンキで出国審査を受けるわけで、時間帯のせいもあるかもしれませんが、出国審査前は大混雑でした。
ゲート前に着いたときには、もう搭乗を開始していました。
ただ、日本に向かうジャンボ機のエコノミークラスの搭乗には30分は軽くかかります。
搭乗が始まったばかりだったので、あわてる必要はありませんでした。

帰りのフライトでは、もう旅行が終わってしまうなんて信じられない!───とさびしい気持ちになる一方で、機内映画には好みのものがいくつもあったので夢中になってしまい、あんまり感傷に浸っているヒマはありませんでした@
むしろ、スカイライナーの車窓からとても日本らしい田園風景を見たときに、一番感傷的になりました。

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旧市街を走る観光列車

1日ごとの感想おわり。

2010年バルト3国旅行の1日ごとの感想(写真付き)エストニア編・前編(タルトゥとヴィリャンディ)

エストニアにはタルトゥとヴィリャンディ1日ずつと、タリンには3泊半しましたので、原稿を準備しているうちに、記事が思った以上に長くなってしまいました。いや、いつものことなんですけど(苦笑)。
というわけで、まずはタルトゥとヴィリャンディの感想でひと区切りつけることにしました。

(11)2010/07/14水 ユーロラインでタルトゥ(エストニア第二の都市)へ

タルトゥはエストニア第二の都市なので、私の中では今でもなんとなく、第二都市同士でリトアニアのカウナスと並び立つ、というか、兄弟都市のような印象があります。
そのため、タルトゥでの観光は、カウナスと同じようにすれば上手くいくような気がしてしまいました。
でも、カウナスで自転車レンタルでの観光が上々だったからといって、タルトゥでも同じくらい上手くいくとは、そうは問屋が卸しませんでした。
カウナスのレンタル屋さんは町の中心、観光案内所のとなりにあり、営業時間が22時まででした。
昼にカウナスに着いて午後から1日レンタルしても、レンタル中にミュージーアムに回っても十分なくらい時間がありました。
それに対し、タルトゥのレンタル屋さんは、やや郊外にあって、私の足では観光案内所にある町の中心から15分くらい歩きました。
そして営業時間が18時まででした。
行くまでに小さなミュージーアム見学を2つすませておいたとはいえ、レンタルできたのはたったの2時間でした。

しかし、今から思えば、タルトゥもカウナスも、自転車レンタルをしなかった方が、いつも私が観光で優先するミュージーアムめぐりをもっと楽しめたでしょう。
どちらも首都ほどミュージーアムの規模が大きくなく数も劣りましたが、でも首都のミュージーアム以上に面白くて個性的なミュージーアムがたくさんありました。その意味では、カウナスとタルトゥは共通していました。
だけど、自転車レンタルをしていたせいで、レンタル時間にミュージーアムを回っていたらもったいない、という気分になったのは確かです。

もっとも、カウナスで楽しみにしていたミュージーアムは悪魔の博物館がダントツ一位で、それさえじっくり見学できれば、あとはまあ、あきらめるのは早かったです。
それにカウナスの面白そうなミュージーアムは新旧市街にやや分散していました。
それに対し、タルトゥでは、どれか1つか2つ、ダントツに楽しみというよりは、いくつものミュージーアムがみんな同じように楽しみでした。
そしてタルトゥの観光スポットは、カウナスの1/4くらいのエリアに集中していました。
興味深いミュージーアムの中には少し離れたところにあるのもありましたが、あまり移動せずとも、複数のミュージーアムの梯子はしやすい環境でした。
もちろん、だからといって、セントラルに集中していた興味あるミュージーアムを、半日でみんな回れっこないには変わりありませんけどね。

それから、カウナスよりタルトゥの方が、坂がきつかったです。
なによりも、観光ハイライトのトップといえるトーメの丘には大聖堂(その建物の半分はタルトゥ大学歴史博物館で、興味のあったミュージーアムの一つ)がありますが、それなりに勾配のある坂の上で、自転車でアクセスするより階段を上った方が近道でした。
もっとも結局自動車がとるルートをたどってうんと遠回りすることで、トーメの丘に自転車でアクセスできましたけどね。

でも、やっぱり自転車のおかげで、たとえ頑張れば徒歩で回れるところでもスイスイと移動できたのは、とても気持ちが良かったです。
滞在ホテルに近いバスターミナルの方まで足をのばし、もう終わりかけでしたが市場もちょっと見学して、アメリカンチェリーで喉を潤しました。
なぜアメリカンチェリーかって、あたりにとってもいい匂いが漂っていたんですもの。
ジューシーな果物の方が、ガブガブ水を飲むよりずっと喉が潤いました。
なによりもカウナスの曇りで涼しかった日と違って、タルトゥにいた日はよく晴れてとても暑かったですから。
カウナスもそうでしたが、タルトゥのセントラルは、公園や街路樹の緑豊かではあるものの、歩道や車道の太陽の照り返しはきつく、その意味ではやはりコンクリート都市なのです。
だから、あの暑さの中、てくてく歩くのは遠慮したかった気持ちもありました。

タルトゥで自転車レンタルする前に訪れたミュージーアムは、19世紀のタルトゥ市民の博物館とおもちゃ博物館です。
それから中にすてきな絵画(販売用)が展示されていた聖ヨハネ教会も見学できました。

おもちゃの博物館は非常に面白かったです。
写真不可なのですが、撮りたくてうずうずしたことが何度あったか。
もっとも撮影許可が下りていたら、見学に何時間もかけてしまったかもしれません。
展示は、当然ながら、自分が子供の頃だっていまの日本にだってあまり見かけないおもちゃが大半ですが、それでもどこか共通するおもちゃにはなつかしさを覚えました。
でも中には、世界的に有名なキャラクターのおもちゃもありましたし、アニメのセル画の展示もありました。
面白いものでは、大掛かりなドールハウスの中に、1階が居酒屋、2階が宿屋で、どうみても娼館としか思えないものがありました。
あれってほんとに子供のおもちゃなのでしょうか?
居酒屋で歌っていたストリッパーの人形はものすごくデフォルメされた戯画的な顔をしていましたけど。ま、子供にはそこまで分からないかな。
それから、人形を使ったアニメの撮影に使われたと思われる人形やその物語の場面のジオラマの展示もありました。指輪物語みたいな中世の神話っぽい内容のものでした。

聖ヨハネ教会では、写真を撮るなら15EEKという貼り紙がありましたが、払う相手がだぁれもいませんでした。
仕方がないのでパチリ!と1枚撮ったとたん、奥からすぐに人がすっ飛んできたのには、おかしくなってしまいました。
悪びれることなく、写真を撮りたいんですけど、とお金を渡しました@

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タルトゥのグルジア料理レストラン「グルージア・サートコンド」のかわいい内装

(12)2010/07/15木 ヴィリャンディ

旅行プラン中、リガからエストニア国内を経由してタリンまで出るルートをどうしようか探っているときに、Lonely Planetでヴィリャンディを見つけました。
エストニアで1番チャーミングな湖のある町ということで興味を抱きました。
逆にいうとそれ以外は特にこれといった観光スポットがないので、ヴィリャンディでは滞在そのものを楽しみました。
ここだけは、宿泊地をゲストハウスにしたのもそのためです。Booking.comのようなホテル予約サイトで選べるホテルが非常に少なかったせいもありますけど。
もっともバルト3国では、ゲストハウスといってもホテルとの差はほとんどないようですが、そういうところに1ヶ所くらい泊まりたかったので、ヴィリニュスは格好の場所でした。

確かに選んだバスターミナルのそばのゲストハウスは、ホテルと銘打っていましたし、二ツ星から三ツ星くらいのホテルと大差ないかんじがしましたが、どことなく家族ぐるみで経営しているような雰囲気がありました。
主婦らしき人が1人いたほか、スタッフは若者でした。ふつうに雇われた従業員だったかもしれないですが、2人ほど、ひょっとしたらその主婦らしき人の子供かなぁと思わなくもありませんでした。
雰囲気からなんとなく。でもあくまで推測。

ホテルで自転車も貸してくれました。無料で@
Booking.comで予約したホテルは、無料・有料サービスの中に自転車レンタルとあっても、実際にレンタルをやっているところは1ヶ所もありませんでしたが、ここではホテル自身の公式サイトで自転車を貸すとあったので、期待していました@
町散策自体を楽しみにしていたので、できれば自転車で行動範囲を広げたかったのです。

また、ホテルで夕食をとったとき、同宿のフィンランド人女性たちとちょっとだけ親しくなれました。
ヴイリニュスはのどかな地方都市であるためと、そういうゲストハウスだったおかげではないかと思っています。
その人たちにヴィリャンディが、いま古典音楽フェスティバルの最中で、この日も午後10時からゲストハウスの近くの洗礼教会で、古典音楽コンサートがあることを教えてもらいました。
そして私が興味があるけど場所が分からないと知ると、一緒に連れていってくれました。

思えば実はこのフェスティバルの情報は行く前にエストニアの2010年度のフェスティバルのサイトを見つけて知っていました。
でも、その情報サイトは非常に見づらかったので、何がどこで開催されるのか、全くチェックできませんでした。
昼間自転車で町中を回っていたとき、観光案内所でチラシを見つけたのですが、エストニア語だけなので読めず、しょーがないとスルーしてしまいました。
ヴィリャンディは、7月下旬に開催されるフォーク・ミュージック・フェスティバルが世界的に有名で、このときはいつも静かな町の人口が観光客で何倍にも膨れ、宿も近隣の町も含めて予約しにくくなるといいます。
でも、その開催期間にはぶつかっていなかったし、宿はあっさり予約がとれたので、プラン中、フェスティバル情報は、それ以上あまり気にしなかったのです。

古典音楽コンサートは、プログラムもエストニア語だけなのでさっぱり読めませんでしたが、同宿のフィンランド人女性が少し教えてくれました。
どうもヨーロッパの古典音楽だけではなかったようです。
インドやアラブの国々の古典音楽もあると言っていました。いわれてみれば、そんな雰囲気の曲もあったかも。
でも中世ヨーロッパ音楽も十分エキゾチックだから、私には区別がつかなかったです(苦笑)。
演奏者のグループは世界的に有名で、彼女は随分昔からファンだったそうです。
いまではみんなおじいちゃんだけど、彼女がファンになったばかりの頃はまだ青年だったとか(正確には、Boysだったと言っていました。笑)。
プログラムの写真から、演奏者たちが中世の雰囲気に合った衣装で演奏するだろうと思ったので、あらかじめ撮影OKか確認し、音楽を鑑賞すると同時に撮影も楽しませてもらいました。
思った以上に演奏者たちは動きが激しく、特にリーダーらしきヴァイオリニストは、ヴァイオリンを弾いているというより、まるでダンスでもしているようでした。
なんとなく「屋根の上のヴァイオリン弾き」を連想してしまいました@

話は前後しますが、ヴィリャンディでの観光は、ガイドブックにあるものを当てにしてそれをなぞるように体験するのではなく、自分で面白いと思えることを探す形になりました。
と言いつつも、好奇心のままに自転車を走らせることと、なによりも良い撮影スポットをみつけられさえすれば、私にはおつりがくるほど楽しめます。
可愛らしい街並みというのは確かにそうでした。
写真を撮りたいと思える家屋がたくさんありました。
ただ、家屋撮影は、タイプはもちろん違うのですがリトアニアの海岸リゾートのパランガでもうたくさんやりましたので、きりがないと思ってヴィリャンディでは少し抑えました。
写真自体を抑えたのではなく、家屋以外を撮るようにしたというだけです@

町散策くらいが観光の楽しみということで、ヴィリャンディとパランガはなんとなく比べやすいです。
ヨーロッパの地方にどこにでもありそうでいながら非常に絵になるスポットは、ヴィリャンディの方がパランガよりずっとあった気がします。
パランガはリゾート地という雰囲気がもう少し前面に出ているかんじがしました。だからむしろ撮影スポットとしてはそういう雰囲気がないところの方に惹かれましたっけ。
ヴィリャンディも、池と呼ぶ程度の小さなものを含めて泳げる湖が町中にいくつかあるのでリゾート地ではあるのですが、絵になるスポットはもっと無造作に自然に存在しているかんじがしました。

ただし、パランガはほとんど平坦な土地でしたが、ヴィリャンディの中心部は緩やかな坂の上にありました。
湖のそばに行きたくて坂を下りたとき、戻るためには今度は坂道を上らなくてはならないのかと、ちょっとうんざりしました。
旅の前半、まだ疲れでたまっていなかったリトアニアでは、そのくらいの坂道なら自転車でも軽く上れました。
でも旅の後半のエストニアのヴイリャンディではとても無理で、自転車から下りて引くしかありませんでした。
どうしても外せない上り坂はなるべく勾配が緩やかな道を選びたいと思ったので、そのような車道を求めてどんどん郊外に出てしまい、自転車を下りて引いて坂を上ろうとしたときには、セントラルまで2kmも離れてしまいました。
この距離を歩かなくてならないとしたら、自転車を借りない方がいっそよかったのでは、とさえ思ってしまいましたが、幸い途中から自転車で進める程度の緩やかな坂になり、ほっとしました。

でもサイクリングでの町散策ですっかりくたくたになったので、夕食はLonely Planetで目をつけていたレストランをあきらめ、ホテルでとりました。
もっとも、ホテルに戻ってまずは部屋でひと息ついていたら、ザァザァ降りの雷雨になって、ぎりぎりセーフでした。雷雨は30分くらいで止みましたけど。
夕食は建物の中の半地下のレストランでとりましたのですが、外の方が涼しくて気持ちが良かったので、食後のコーヒーは中庭でいただきました。
そのときにとなりのテーブルに座っていたのが、コンサートのことを教えてくれたフィンランド人女性たちでした。
彼女らのそばを通るときにちょっと会釈して、「中は暑くて……」と私から話しかけたことが、しばしおしゃべりするきっかけになりました。

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あとで分かったことだけど、どうもコンサートの準備中で入れなかった聖パウロ教会。
この日は古典音楽フェスティバルの催し物として2ヶ所の教会でコンサートがありました。
こちらの教会では夜7時からでした。演目は確かヴィバルディとかバッハだったと思います。

つづく。

2010年バルト3国旅行の1日ごとの感想(写真付き)ラトヴィア編

リガは、暑かったです……。
ラトヴィアは4日間、首都のリガのみに滞在しましたが、ほぼ1日日帰りで近郊に出かけた日を含めて、リガの感想として真っ先に浮かぶのは、暑かったこと……。
いや、もちろん、これはリガの人にとって不本意で、東欧全体が異常気象だったせいなのですが(特にモスクワの猛暑は日本でもニュースに取り上げられていたようです)。
リガ=夏は暑い、というのは間違った図式が私の中に刷り込まれてしまいそうです(苦笑)。

1日ごとの感想のつづきです。

(7)2010/07/10土 リガ(ラトヴィアの首都)観光1日目&ルンダーレ宮殿ツアー

前日のパランガがこじんまりした町でしたので、リガの駅前の巨大さにはちょっと引きそうになりました。田舎のねずみの気分@
ホテルにチェックイン早々、ルンダーレ宮殿やトゥライダ城のツアーのチラシ2社分、部屋の中で見つけました。
ラトヴィアのベルサイユと呼ばれるルンダーレ宮殿はぜひ行きたかったし、ラトヴィアでのハイライトになると思ったのですが、公共交通機関を使って自力で行くとしたら1日がかりになりそうです。
ツアーが利用できるなら、そして宮殿について説明してもらえるなら、ということで、早速、ホテルのレセプションを通じて申し込みました。
三ツ星クラスのホテルとなると、こういうツアーの申込みがホテルですませられるのが嬉しいです。そしてツアーガイドがホテルまで迎えに来てくれることも多いです。

ただし、ルンダーレ宮殿がラトヴィアで第2位、トゥライダ城が第4位の観光地であっても、これらのツアーの参加者が毎日確保できるものでもないようです。
だからでしょうね、催行最少人数が2人というのが多いのは。
行く前にLonely Planetを参考にみつけたリガの旅行代理店のサイトでも、2人からの参加となっていました。
たぶん、たいていの人は自分の車かレンタカーで行くか、あるいはバルト3国を旅行する外国人観光客はまだまだ団体ツアーが主流だからではないかしら。
欧米団体ツアー客は多かったです。
ただ、私が見つけたツアーのチラシの片方には催行最少人数の規定がなく、1人参加でも受け付けてくれてホッとしました。
まさか私1人しか参加者がいなくて、ガイドと1対1になるとは思わなかったけれど@

ちなみにルンダーレ宮殿をラトヴィアで第2位、トゥライダ城を第4位人気の観光地と言ったのは、ルンダーレ宮殿のガイドです。
第3位は、リガ近郊の海岸リゾート・ユルマーレで、私がガイドにパランガから来たことを話していたせいか、ユルマーレのことをパランガみたいなところだ、と言っていました。
第1位は、もちろん、リガです。
そしてたぶん、第2位以下は、第1位とうーんと差がついているのではないかしら。
それくらい、ラトヴィアの見どころは首都リガに集中していると思います。

ツアー開始は15時からなので、それまでの半日は旧市街を回りました。
ガイドブックをひっくり返しながら、どこを回ろうか決めてホテルを出ましたが、旧市街にさしかかってまもなく、民族衣装を着て花束を持った高校生くらいの少女たちが数人、足早にどこかに向かっているのに遭遇しました。
見回すと、小学生20人くらいのグループが、まるで先生に誘導される遠足みたいにぞろぞろと、少女たちと同じ方向に向かっています。
なので、回ろうと決めていたところをとりあえず忘れて、好奇心の赴くままに少女たちの後をついていったら!
自由記念碑前のブリーヴィーバス大通りでなにやら祝典のパレードの最中でした。
こりゃいい写真が撮れる!と思って、30分くらい見学してしまいました。
ヴィリニュスの式典といい、リガのパレードといい、フォークロア好きの私にとって、今回の旅行はとてもついていました@

バルト3国の首都の中でリガが一番物価が安いらしいというので、買い物をするならリガかなぁと思っていました。
それと、よくあるフォークロアのおみやげ以外に、自分用に、ラトヴィアの7つのシンボルのシルバー・リングを買いたいと思っていました。
旧市街観光中にマーケットを見つけ、中世バルト民族のデザインをあしらったバルティック・ジュエリーの店を見つけて、またショッピングに興じてしまいました。
目当てのリング以外にもペンダント2~3個@

ヴィリニュスでのトゥラカイ城ツアーがとても良かったので午後のルンダーレ宮殿ツアーに期待していたのですが、運転手を兼ねたガイドの英語能力はトゥラカイ城ツアーのガイドほどではなく、そのせいでとても説明が聞き取りづらく、少しがっかりしました。
トゥラカイ城ツアーは運転手は別にいてガイドはガイド専任でしたので、行きの車内では目的地のトゥラカイ城の話だけでなく、ヴイリニュスのことやリトアニアの国の話も自主的にいろいろしてくれました。
私は実はそういうのも期待していました。
でも、今回のガイドは言葉少なかったです。運転中はもちろん、ツアー全体を通じて。
そして宮殿内での説明も、宮殿の複雑な歴史については詳しく話してくれましたし、一度は廃墟同然になってしまったのを、いかに苦労してここまで復旧したか、ということにはガイド自身も関心が高かったようですが、それぞれの部屋ごとの説明はほとんどなしでした。
しかも、ガイドは一番豪華な黄金の広間や白の広間を案内するのを忘れていました(泣)。

でも、現地ガイドと1対1というのは、去年のウクライナ旅行、一昨年のブルガリア旅行、その前のルーマニア旅行でどうしても自力で回るのは難しいところだけ取り入れていたので、ガイドの言葉が少なくても、聞きたいことを自分からどんどん質問するのには慣れています(かといって、そんなにたくさん質問できたわけでもないんですけど)。
それに1人では半日でルンダーレ宮殿のほか、バウスカ城跡や、メゾット宮殿の3点も回ることはとてもできないので、効率よく回れたということでは意義ありました。
もっとも、バウスカ城内は復旧がすんでいるところは現在は博物館になっていますが、見学したのは無料で見られる外観のみですし、メゾット宮殿のことはLonely Planetには、中のレストランかホテルを利用するのでなければわざわざ行くほどのところではない、などと辛口コメントが書かれてありましたけどネ。
バラ園がすばらしいフランス式庭園では少しだけ自由時間があって、ついつい大好きなバラ撮影に興じてしまいました@

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リガの市庁舎広場、聖ローランド像を中心に

(8)2010/07/11日 リガ観光2日目

リガもヴィリニュスのようにホテルは駅前にとりました。
旧市街の端にあたるので、バスで旧市街の反対側の端近くまで行き、観光しながら戻る方法をとろうとしました。
ところがヴィリニュスでは成功したその方法は、リガでは大失敗してしまいました。
ホテルのまん前に停留所があったのはいいのですが、たくさんのバスやトロリーバスが停まるところだったので、同時に何台もバスやトロリーバスがやってきてあわててしまい、乗るバスを間違えたのです。
車内はサウナ以上の蒸し暑さと汗くささで不快だっただけでなく、そのときに乗ったトロリーバスも、私の考えすぎかもしれませんが、他の乗客も運転手も、「なんでこんな外国人が乗ってるの?」「もたもたしてるなぁ」というオーラ(!?)を出しているような気がしたので、確認してから乗るということができませんでした。
間違えた!と気づいたときには、トロリーバスは旧市街をはるかに離れていました。
あわてて下りて、30分くらいかけて旧市街に戻るハメになりました(泣)。

はじめ自分がどこにいるかも分からなかったのですが、とにかくトロリーバスで来た方向をひたすら戻りました。
途中で見覚えのある通りの名前を見つけて、やっと自分の位置が分かりました。
少し余裕ができたので、近くの教会の中も見学して、撮影を楽しみました。転んでもただでは置きません!
そして再び歩き始める前に、旧市街までまだまだあるなぁと地図を眺めながらため息をついていたら、2人組の女性に「どうしましたか?」と声をかけられました。
親切はとってもありがたかったけれど、内心、どこにいるのか分からなくてあせっているときには誰も声をかけてくれず、もう自分の行く道が分かっているときに声がかかるのは皮肉でした。
とはいえ、それは、本気であせっていたときこそ、そういうそぶりを出さなかった私のケチな自尊心(?)のせいですけどね。

この日は朝っぱらからそんな失敗をしましたが、代わりに見学する予定のなかった教会を2つ見学することができました。
そのうちの1つはロシア正教の救世主生誕教会です。
中の撮影は不可でしたが、正教会は総じて、カトリックやプロテスタントの教会より豪華で見ごたえがあって、どことなくエキゾチックです。つくづく私好みだと思いました。

リガの大聖堂には3回も通ってしまいました。
でも、1回目はミサのために入れず、2回目は夜のオルガン・コンサートの準備のためか入れませんでした。3回目は、夜のオルガンとチェロ・コンサートのときだったのですが、コンサートの後にささっと大聖堂内を見学してやっと写真を撮ることができました。

国立歴史博物館は予定どおり見学できました。
ヴィリニュスの歴史博物館で見たような展示品もたくさんありましたが、あちらではどんなに気に入っていても写真に撮るわけにはいきませんでしたが、リガの歴史博物館で代わりに気の済むまで写真を撮ることができました。
また、改装が終わって開館していた聖ゲオルギ教会の工芸博物館には行けなくて残念でしたが、リーガの歴史と海運の博物館の見学と写真撮影は思った以上に面白かったです。

リガ大聖堂のオルガンは世界的に有名らしいのですが、そうでなくても教会で聴くパイプオルガンはすばらしいです。
コンサートは19時から1時間ほどで、プログラムは迫力がある曲とやさしい曲とがだいたい交互に組まれていました。
美しいメロディーのやさしい曲ももちろん良かったですが、体の中に音がわんわんと反響するような迫力ある曲や、背筋がぞくぞくっとするくらい厳かな曲の方はとても感動的でした。

ただ、19時からの大聖堂オルガン・コンサートに行きたくて、夕食がゆっくり楽しめなかったのは残念です。
いや、コンサートに行くつまりなら、夕食はもっと軽くすませるべきでした。
店員も店内も食器や小道具も徹底して中世をテーマにした、とてもステキなレストランに入ったのですが、そこで頼んだアヒルの肉の料理がボリュームがありすぎてありすぎて。
鳥の皮のねちゃねちゃした食感が子供の頃は苦手で食べられなかったのを忘れていた私も私ですが(今はもう食べられるはずなのに)、19時からのコンサートのために急いで食べようと口に詰め込むように食べていたから、味わうどころかせっかくの食事が苦行にすらなってしまいました。
愛想の良かった店員さんに、半分以上料理が残った皿を下げさせるのは、料理してくれた人にも料理されたアヒルさんにもとても申し訳なくて心が痛みました。

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ダックがボリュームありすぎて残してしまった、中世の雰囲気たっぷりのレストラン

(9)2010/07/12月 スィグルダとトゥライダ城日帰り

まこと机上のプランはあてにならないものです。
といっても、スィグルダ&トゥライダ城とツェースィスをこの日に梯子したかったら、リガのバスターミナルに着いたのが10時すぎなんて遅すぎました。
リガ滞在ホテルが駅前ホテルにしては朝食の時間が8時からと遅い、というのはただの言い訳。
この時点でツェースィス行きは無理だろうとあきらめました。
その分、早めにリガに戻ってきたら、リガ観光の続きをしようと思ったのです。
6時間のハイキングで筋肉にふるえがくるほど疲れてしまったので、それどころではありませんでしたけど。

私はハイキングは好きではないのに、まことガイドブックは誘惑の本です。
スィグルダの魅力に触れるにはスィグルダとトゥライダ間を歩いてみることが必要、とあったので、スィグルダの観光案内所で申し込もうと思えば申し込めた、汽車の形をしたミニバスを断ってしまいました。
でも、ささやかな観光ポイントがいくつかある、緑多い静かな地方都市を散策するのは気持ちが落ち着くなぁと、自分なりにハイキングを楽しむことができました。
ちょっと暑かったけれど、日ざらしになることはほとんどなく、やさしい木々の影に守られたハイキングでしたから。
特に、スィグルダからクリムルダへのロープウェイから見下ろした景色と、クリムルダからグートゥマニャ洞穴までのハイキングコースの景色は、別にバルト3国でなくてもどこかにありそうでしたが、それでも感動的でした。

グートゥマニャ洞穴の後からは車道の脇を歩きました。
ここの部分のハイキングは、それまでがすばらしかっただけに、萌えない!と思いましたが、幸い30分で目的地に到着しました。
実は、グートゥマニャ洞穴の上や、近くのボットン・トレイのそばに、木の階段があったのですが、すでに5時間近く歩いてきて疲れていたので、階段を上るなんてイヤッ!と無視しました。
車道を歩きながら、ひょっとしてあの階段を上がった先に、それまでのような徒歩専用のステキな山道がトゥライダまで続いていたのではないか、と後悔しました。
なので途中で木の階段を見つけたときに上ってみたのですが、行き止まりでした。損しました。
ただ、そのあとから、左足の膝裏がつりそうになったので、山道なんてとても無理だったでしょう。
車道脇は、散策の楽しさは減退しますが、アスファルトで平らな緩やかな坂なので歩くのにラクでした。

トゥライダ城は博物館保護区にあるのは知っていましたが、それがあんなに整備されたきれいな公園だとは思いも寄りませんでした。
野外民俗博物館のように古い民家が移設されているところもあったので、写真撮影のしがいがありそうでした。
でも、トゥライダ城とその城内の博物館めぐりに1時間近くかけ、あとは小さな教会と、「トゥライダのバラ」と呼ばれた美女トゥライダ・ルァザの墓参りだけで、民家の方は特に回りませんでした。
トゥライダからスィグルダに戻るバスは1時間に1本しかないのですが、トゥライダ城見学を終えたあと、急げばバスに間に合うちょうど良い時間だったからです。それを逃したら1時間後!
バス停に急ぐ前に、トゥライダのバラは見に行きました。
いや、トゥライダのバラ、トゥライダのバラ、と頭の中で繰り返していたせいで、お墓ではなく、バラを見に行ってしまいました(苦笑)。

トゥライダの悲劇は、行く前に図書館で借りた、原翔さんの「バルト三国歴史紀行」(彩流社)で知りました。
この本はバルト三国の歴史が非常に詳しいです。見どころについての記載もとても詳しいです。
歴史についてはあまりに詳しくて、行く前には一度読んだだけでは頭に入りませんでした。
帰国後も何度か読み返さないと頭の整頓ができそうにありません。
なにしろバルト三国の歴史は、地名もそうですが登場人物も、2005年のポーランド旅行のおかげで知った、ポーランド・リトアニア連合の成立のきっかけのリトアニア大公ヨガイラ以外は、全くなじみのない固有名詞ばかりでしたから。
音の響きにもなじみがなく、ヴィータウタス大公のことも、ヴィータウタスだかヴィーウタウタだか、最初のうちはなかなか頭に入らなかったくらいでした。
そんな私が知ったかぶりをできる程度には慣れるようになったのも海外旅行効果です@ 行こうと思ったからこそ、必死に覚える努力をしましたから(覚え切れたとは決して言わない(苦笑))。

この日のスィグルダからトゥライダまでの6時間のハイキングでは、最初のスィグルダのバスターミナル付近や目的地のトゥライダ博物館保護区を除くと、まっこと数えられるほどの人としかすれ違いませんでした。
観光という楽しみのために訪れたとはいえ人口密度の高いリガの都会の垢は、緑多い静かな自然の中で一度洗い流されたようなすがすがしい1日となりました。
さすがに足がつりそうになったときには、近くにだぁれもいないのはちょびっとだけ心細くなりましたけどね。

リガに戻った後は、夕食はバスターミナルのそばのSTOCKMANNというフィランド系の巨大なデパートの中の軽食店ですませました。
旧市街のレストランにはとてもとても行く元気は残っていませんでしたから。
クーラーがよく効いて現代的なきれいなデパートでは、食料品売り場のレジのそばですら、いかめしい顔つきの制服姿の警備員さんが目を光らせていました。
バルト3国って東欧というよりはずいぶん西欧に近いなぁと思っていても、そういうところで旧ソ連圏の東欧らしさを感じました。
だって単価の高いものを売ってるエリアならともかく、そこらのキオスクで買うよりもずっと安い食料品売り場ですよ?

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クリムルダからトゥライダまでのハイキングコースの一部

(10)2010/07/13火 リガ郊外野外博物館

東欧旅行に野外博物館散策は欠かせません!
フォークロアが好きでもたいして詳しくない私には、近代において住民を無視して国境がころころ変わった東欧の各国の野外博物館をめぐり歩いても、違いが分かるどころか、似たり寄ったりだなぁという感想を抱かざるをえません。
でも、1人ではなかなか行けない田舎の村を散策している気分になれるから、やっぱり好きなのです。
いくつかの家屋では、その当時の家具を再現した中も見学できます。
モデルハウスを見学するよーな楽しさ、あるいは等身大のドールハウスでも見るような楽しさに通じるかもしれません。
週末ではなかったのでこれといったイベントはありませんでしたが、ここは家屋のそばにいたスタッフが、みなその時代や地方にふさわしい服装をしていたので、とてもサービスがいいと思いました@

ただ、私がこれまで回ってきた東欧の野外博物館は、たいてい入口から建物が見渡せて、どのあたりを回ろうかルートを決めることができたのですが。
リガの野外博物館は松林の中に建物が点在しているので、見晴らしがききません。
それでも、メインストリートをまっすぐに行けば、すぐに建物が点在しているエリアに次々とたどりつくことができたはずです。
ところが私は、切符売り場で買ったマップを眺めながら、手前から順番に回ろうなどと考えたせいで、最初のうちは行けども行けども松林ばかりで、心細い思いをしました。
家屋と家屋の間にこんなに距離があるとしたら、ひととおり見学しおわるのに一体どのくらい時間がかかるのだろう、と。

また、最初に、私が着いたときにはもう帰ろうとしていた韓国人団体客とすれ違った以外、見学客はほとんどいなくて、これで経営は大丈夫なのだろうか、と余計な心配をしたりしました。
人に会わなかったのは、単に私が、メインストリート沿いから見学していたら回るのを省略しそうな離れたエリアから回ってしまっていたせいでした(苦笑)。
前日のスィグルダでのハイキングでも人と会わなかったのは確かですが、松林に囲まれた野外博物館の中では、松ぼっくりのがやわらかな土の上に落ちる音ですら、「動物か?!」とビクッとしたくらいの静かな世界でした。
なので、メインストリートに近い売店のところにやって来たときは、ほかに見学客が何人かいるのを見てほっとしました。
もっともその売店でミネラルウォーターを補給しようと並んだときに、グループ客のせいで順番がなかなか来なくてうざいっ!───と勝手なことを考えてしまうのは人のサガ?

この日もリガの旧市街を回っていたら、とても暑くて閉口したろうと思います。
松林が途切れたところでは目を開けていられないほど汗が吹き出ましたし、木漏れ日も、その言葉のイメージを返上したいくらい、強烈な光線でした。
野外博物館には11時に到着して5時間も過ごしてしまいましたが、前日のスィグルダのハイキング疲れが取れていなくて歩みがものすごく遅かっただけでなく、正直、暑そうなリガの街中に急いで戻る気がしなかったせいもあります。

ただし、買い物はしたかったので、目当ての店の営業時間に間に合うようには戻りました@
前日のトゥライダ城の塔の中にあったバルティック・ジュエリーの店で実は欲しいものが見つかったのですが、サイズが合わず、リガの旧市街にある本店を紹介されたからです。
あとで「地球の歩き方」をひっくり返してみたら、「リーガのショップ」に載っていました。
聖ペテロ教会の近くにあった、トルニス(Tornis)というお店です。
ここでもついつい、大人買い@

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野外博物館があるユグラ湖畔

つづく。

2010年バルト3国旅行の1日ごとの感想(写真付き)リトアニア編

ココログ版の2010年バルト3国旅行の感想のしめくくりのつもりでハイライト写真集の記事をアップしましたが、まだまだ記憶が新しいうちに、1日ごとの感想をざっくりと書いておくことにしました。
日によってはすでにアップした全体の感想や写真分析のところで書いた内容とかぶるかもしれませんが、あしからず。
せっかくなので1日1枚写真付きにしました。
長くなったので国ごとに分けました。

(1)2010/07/04日 成田発ヘルシンキ経由ヴィリニュス着

初めてのフィンランド航空とヘルシンキ空港を楽しみにしていましたが、フィンランド空港は最近利用した、同じくヨーロッパ系の中では比較的安いエールフランスなどと比べて、特に良いとか悪いとかはなく、たいして差はありませんでした。
エコノミークラスの席ですから、似たより寄ったりなのでしょう。
フライトアテンダントも職務に忠実な程度には愛想が良かったです。でも、フライトアテンダントが気になるほど無愛想だったフライトの経験は覚えありません。
機内食は美味しかったです。でも、美味しくない機内食を出すフライトの経験は覚えありません。
ただ、フライト時間が今までより短いせいか、2食目がサンドイッチ1個っきりというのは物足りなかったです。
また、エールフランスやルフトハンザは食事と食事の間にスナックやアイスクリームなどが自由にもらえましたが、フィンランド航空はなかったようです。敢えて確認はしなかったけれど、誰もそういうのをもらっている様子はなかったから。
ただしこれは最近の経費削減のため、別の航空会社で昔あったサービスが今も続いているかどうかは分からないので一概に比べられないでしょう。

行き先はリトアニアのヴィリニュスですが、入国審査はヘルシンキ空港で行われました。
入国審査後のヘルシンキの免税店エリアには、フィンランドらしい北欧を思わせる可愛い商品がたくさんありました。
職場の同僚たちへのおみやげは最終搭乗地で買うことにしているので、ムーミンのチョコレートを買おうと目をつけました。

ヴィリニュス到着後、いままでの東欧旅行と違ってまだまだ明るいうちにホテルにチェックインできたので、夕食を食べに旧市街に出られると期待していました。
でも、部屋で荷物を解きながら少し休んでいたら外はものすごい土砂降りになり、出かけるのはあきらめました。

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ヘルシンキ空港のムーミン・チョコとマグ@

(2)2010/07/05月 ヴィリニュス(リトアニアの首都)観光&午後:トゥラカイ城ツアー

トゥラカイ城へは自力でがんばって行こうと思っていましたが、ホテルでツアーのチラシを見つけ、それも午後発のツアーだったので、早速申し込み、参加することができました。
自力でバスで行くとしたら、バスターミナルから城までかなり歩くので、ツアーのおかげで効率良く回れたと思います。
それにこのような城見学は、ガイドに解説してもらった方がうんと面白くなりますし、城の歴史にからめて、この国の歴史にも触れることができます。
1人で回ると、私の場合、もうヨーロッパのお城は見慣れているので、今更ものすごく真新しいものはなく、ふうん、ふうん、ここはこんな風になっているのかぁ……程度の素通りに近くなってしまうはずですから。

トゥラカイ城ツアーガイドは15時5分前にホテルまで迎えにきてくれるというので、それまで旧市街を観光しました。
駅前からトロリーバスで国立博物館前まで行き、観光しながらホテルに戻るルートをとりました。
大聖堂とゲディミナスの丘の見学はスムーズに行きました。
1年ぶりの海外旅行の初日ですし、天気が良くて青空が広がっていて、なんでもないようなところでも写欲がそそられて非常に楽しかったです。
そのあと、旧市街のメインストリートのピリエス通りで、もう初日から、琥珀ジュエリーの買い物をしてしまいました。

その後は、見学したいと思っていた教会のほとんどが中に入れず、肩透かしが続きましたが、旧市街は散策するだけでも楽しいところでしたので、それになり楽しかったです。
そしてトゥラカイ城にツアーで出かけ、その後、旧市街の中心の旧市庁舎広場近くのレストランで夕食をとってホテルに戻るまでの帰り道も観光の続きも同然で、1日で2日分の観光をしたような盛りだくさんの気分になりました。

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ピリエス通りの琥珀や毛糸の帽子や靴下があるにぎやかな屋台

(3)2010/07/06火 ヴィリニュス観光2日目

この日は中世のリトアニア公国の最盛期を築いたヴィータウタス大公戴冠記念日の祝日でした。
そのことを知っていたけれど、祝日だから休館となる博物館があることを忘れていて、しまった!と思ったものです。
でも、ぜひ行きたいと思っていた、バロック彫刻の渦の聖ペテロ&パウロ教会は見学できましたし、祝日でも考古学資料展示館やリトアニア国立博物館は入れました。
これらの博物館は写真撮影不可なのが残念でしたが、特に中世から近代の展示物は興味深いものがたくさんでした。

そのあとは、大聖堂前広場で祝日の式典を見学しました。
はじめ、国立博物館から大聖堂前に戻ってきたとき、VIPが祝日のための礼拝に来ていたのか、大聖堂はものすごい警備で、見学客もぎっしりで、近寄りたいとは思いませんでした。大聖堂は昨日のうちに見学しておいて良かったと思ったくらいです。
でも、消防車みたいな梯子の上でテレビカメラが回っていて、なにやら仮設舞台に中世の服装をした人たちが登場して式典が行われていたので、どうしても好奇心を抑えられず、人込みを掻き分けて近付いてみました。
中世の服装の人たちをぜひ撮影したくて、良いアングルを探して少しずつ移動してだんだんと前の方に出られたのですが、そろそろ引き上げようとしていたさらに前の人が、カメラを構えてあがいている私の姿を見て、自分がいた位置に誘導してくれたのが、ちょっとしたことですが嬉しかったです。

30分ほど式典を見学した後に、旧市街散策を続けたのですが、ヴィリニュス大学と聖ヨハネ教会も祝日で入れなかったのはとても残念でした。
大学は、美しい図書館を見たかったのです。これも観光スポットに挙げられています。
あらかじめアレンジしていたのか、スペイン人の団体さんは大学の中に入っていったので、悔しかったです。
ひょっとして潜り込めるかもしれないと思ったのですが、警備員さんに止められてしまいました(苦笑)。

アーティストがたくさん住んでいて、共和国として独立宣言をしている、というユニークなウジュピス地区の散策で本日の観光を終わらせようと思ったのですが、期待が大きすぎたせいか、思ったよりつまらなくてがっかりしました。

ちなみに、ウジュピス地区に向かっていたときに、同じフィンランド航空でヴィリニュス入りした日本人女性と偶然、再会しました。
空港で市内へ出ようとしていたときに、先にテキパキと行動してアドバイスをしてくれた方です。
1人旅同士だと、これからの計画やこれまで見学したことなど、情報交換のおしゃべりについ花が咲きます。
その方は行く前に私のこのブログを読んでいてくれていたことを知り、照れくさくも嬉しかったです。

この日は1日曇りで時々小雨に見舞われましたが、ちょっと雨宿りすめばすぐに雨がやんだので、カサはほとんど必要ありませんでした。
まだ1年ぶりの海外旅行の2日目なので、天気の良し悪しにかかわらず、写欲にそそられることが多かったです。
写欲にそそられると、なんでもないただの散歩もぐんと楽しくなります。
その点、ウジュピス地区はあまり写欲がそそられることもなく、残念でした。

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国立博物館前のヴィータウタス像の前で記念撮影。これもヴィータウタス大公戴冠祝日のイベントの一つかな?

(4)2010/07/07水 カウナス(エストニア第二の都市)

カウナスは、訪れたい博物館がたくさんあって、プラン中から1日しか時間を割けないのはもったいないと思っていました。
でも、ここで、今回の旅行でできればやりたいと思っていたレンタルサイクリングが思ったよりスムーズに出来たので、実際には博物館めぐりよりも自転車で回ることを優先させてしまいました。

ただし、悪魔の博物館とチョルリョーニョス美術館はとても楽しみにしていたので、外しませんでした。
悪魔の博物館は面白くて面白くて、高い撮影代のモトをとるつもりもあって丁寧に撮影もしていたので、それほど大きくない博物館のわりには1時間15分もかけて見学してしまいました。

チョルリョーニョスについては、私は何も知らなかったので、代表的なアーティストを知るチャンスということで楽しみにしていました。
美術館では彼が描いた幻想的な絵を鑑賞しましたが、むしろ音楽家として有名な方です。
ミュージーアム・ショップにCDが販売されていたので買いたくなったのですが、どれが彼の代表的な音楽かもさっぱり分からないのでやめました。
ライブラリーで視聴できたようですが、この日、曇りで雨がちだったのに、チョルリョーニョス美術館をひととおり見学し終えたときに外が晴れてきたので、外に出たくてたまらなくなり、サイクリングを優先させました。

自転車であれば、日本のシンドラーと呼ばれている杉原千畝記念館にも簡単にアクセスできるかと思ったのですが、先に反対方向のカウナス城やサンタコスタ公園をサイクリングしたので、記念館の閉館時間過ぎてしまいました。
あとで建物だけでも見に行きました。
レンタル自転車の兄ちゃんは、半日たっぷりサイクリングできるなら、郊外のパジャイスリス修道院まで行ってはどうか、と薦めてくれました。
夕方になって、あとはサイクリングするだけになったので、パジャイスリス修道院まで行ってみようかと思ったのですが、川沿いのサイクリングコースは途中で工事中で行き止まりとなり、そこから行くには街中を迂回しなければならないことが分かりました。
川沿いを真っ直ぐ行けばすむと思っていたのに、街中の迂回コースでは道に迷って時間がかかりそうでしたし、夕方から出かけるにはやっぱり距離がありすぎたので、そこであきらめました。
代わりに建物だけでも……と思って見に行ったのが、杉原千畝記念館でした。

カウナスで接したのは主にホテルのスタッフとレンタル自転車屋さんとレストランの店員さんくらいで、どなたも観光客を相手にするのに慣れている人たちですが、とても愛想がよかったので、1日いい気分にさせてもらいました。
今回の旅行を通じてその後も、現地の人にはだいたい同じくらい愛想よく接してもらえました。
英語が話せないせいか苦手そうな顔をされたことはたまにあったけれど、外国人で不慣れだからといってイヤそうな顔をされたことはほとんどありませんでした。
それはもちろん、特にトラブルもなかったせいもあるでしょう。

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カウナスの旧市街のメインストリートも自転車ですいすい!

(5)2010/07/08木 パランガ(エストニア西海岸のリゾート地)

パランガで一番楽しみにしていた琥珀博物館は、サイクリングでの町散策の方が楽しくて、相対的に私の中で評価が下がってしまいました(苦笑)。
でもパランガは、サイクリングで町散策ができなかったら、あそこまで楽しめたかどうか。
海岸リゾート地なので、基本的には、ゆっくりしたり、家族で遊びに行くような町だと思うから。
琥珀のショッピングも実はひそかに楽しみにしていましたが、不作でした。
自転車で回るのが楽しくて、目をつけていた琥珀センターのようなところに行くのを忘れてしまいましたし、ヴィリニュスにごろごろあった、洒落ていて値段も手ごろなジュエリー店は見あたらず、屋台やおみやげ屋さんで売られている安価なものは、私が求めているものとは違いました。
もっともすでにヴィリニュスで初日に琥珀アクセサリーを買っているので、不作だからといってとてもがっかりしたというわけではありません。

パランガはあちこちに自転車レンタルがありました。
オフィスがなく、路上にあるところもたくさんありました。
Booking.comの情報と違って、ホテルでは自転車レンタルをしていなかったのですが(これはカウナスのホテルも同じでした)、借りるところには不自由しませんでした。
でも、自転車を返したあとに歩いてホテルに戻る都合上、ホテルに近いところで借りました。
ただ、そこでは自転車チェーンを貸してくれませんでした。
レンタルの兄ちゃんは、このあたりで自転車チェーンも貸すようなところはないよ、なんて言ってました。
それを確かめる気にはならず、チェーンなしで借りるしかありませんでした。
自転車を停めて建物の中に入るとき、スーツケース用に持参していた細いチェーンを気休めにつけていたのですが、最後に琥珀博物館を見学した後で、チェーンを外さずに走り出してしまったので、簡単にちぎれてしまいました(泣)。

自転車を借りるとき、チェーンを借りられないことと、保証のためにパスポートを預けなくてはならないと言われたことで、私がなかなか決断できないでいたとき、レンタル屋の兄ちゃんはちょっとあきれたような顔をしていて、そのときはちょっと感じ悪いなぁと思いました。
私の英語が、迷っているとなおさらたどたどしくなり、意志が通じにくかったせいもあったかもしれません。
でも、翌朝、偶然、すれ違ったときに、向こうが私に気づいて爽やかにあいさつしてくれたおかげで、ちょっとマイナスだった兄ちゃんの印象はきれいに払拭されました。
ちなみにレンタルするときにはパスポートを預けるのではなく、代わりに保証金として200リタス預けました。
海外旅行中にパスポートを手離すのはどうしてもイヤだったので、代わりの手段があってホッとしました。

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琥珀博物館のある宮殿の庭園にて、ラベンダー@

(6)2010/07/09金 クライペダ経由でニダ日帰り観光

ニダに無事にたどり着けるかどうか不安でしたが、前日にパランガの観光案内所でアクセス方法を確認し、それなら大丈夫そうだと安心して出かけることができました。
不安だったのは、パランガからクライペダへのバス移動、クライペダからスミルティネへのフェリー移動、そしてさらにスミルティネへのバス移動とニダにたどり着くまで3段階も踏まなくてはなりないのに、それぞれバスやフェリーが、都会の地下鉄ほど本数があるわけではないからです。あたりまえか(苦笑)。
だから、気になったのはあくまで時間でした。
でも、当日は、前日のパランガの観光案内所の人のアドバイスで妙に安心したせいで、20分や30分や40分待つのは気にならなかったです。
ただし、観光案内所の人が徒歩30分くらいと言っていたクライペダでのバス降車地点とフェリー乗り場まで4倍の2時間もかけてしまったときには、この調子で今日中に往復できるのか、とさすがにあせったものです。
でも、13時20分には無事にニダに到着しました。
ニダは小さな町ですし、ここも自転車レンタルはバスターミナルのそばにぞろぞろあって、自転車は簡単に借りられたので、3時間でも十分でした。
いや、ほんとはもう少しゆっくりしたかったですけどね。
もっと時間があったら、トーマス・マンの家博物館や地域自然博物館、漁師の家を使った民俗博物館なども見学できたでしょう。
ニダにしかないおみやげも物色できたはずです。

パランガに戻るのにさすがに最終バスとなるのは避けたかったので、同じく4時間かけてパランガに戻ることを考えて逆算し、自転車レンタルしたときにニダでの観光時間は3時間と決めました。
ニダからスミルティネに戻るバスは1時間に1本なので、3時間で足らなかったり、戻れなかったりしたら、4時間になります。
でも、博物館は別として、3時間で予定のところは回り切りました。
っかてきにパランガには20時頃に戻れたのですが、まだ暗くなるには2時間以上もあるので、そこから30分かけて徒歩でホテルに戻るのに全く不安はありませんでした。
パランガのバスターミナルのそばで8時から24時まで営業しているスーパーを見つけたので、ちょっと覗いたりする余裕すらありました。

ニダでの3時間のうち、一番楽しみにしていた白の砂丘は後半にあてることにしました。
でもそれまでに、可愛い風向計撮影、海岸沿いのサイクリング、トーマス・マンの家博物館の外観だけでも見に行くこと、それから変わった墓標の古い墓地見学……と順調に進んでいるようでいながら、時間はどんどんたっていきます。
白の砂丘に行くまでに何度何度も時計とにらめっこせざるをえなかったのは、ちょっと落ち着かなかったです。

白の砂丘は、トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだのが大いに納得できました。
確かに、プチ・サハラ気分を満喫できました。
サハラ砂漠には1997年にチュニジアを旅行したときに行ったことがあります。これも一人旅。
サハラ砂漠はほんーっとに地平線の彼方まで砂だらけで、ガイドと1対1で砂漠に出たときにしばらく1人でほっとかれた時間があったのですが、現代世界ではありえない無音の世界でびっくりしたものです。
ニダの砂丘は、すぐに終わりが見えるけれど、あたり一面が砂だらけのアングルはちゃんとありました。
それに崖のようになっていて、はるか眼下に松林と海岸があるというコントラストも印象的でした。
ぽつぽつと植物が生えているのは、いいアクセントになっていました。
さらさらの砂はとてもきれいで、流れる宝石のようでした。
ただ眺めるだけではもったいなくて、歩きやすいように板張りになっているところを出て、砂丘の上を30分ほど歩きました。
この日はそのために、歩きやすい運動靴でなく、室内履き用のサンダルで出かけました。
はじめは、砂の中ではサンダルを履こうがはだしだろうが同然だと思ってはだしで歩き出したのですが、砂は熱かったのでしばらくするとはだしでは耐えられなくなり、途中から砂だらけになろうとサンダルを履きました。
観光客が何人も砂丘を訪れていたわりには、砂丘の中に入ってしまう人は少なくて、しばし孤高の世界の世界に浸ることができました。

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ニダのかわいい風向計とオレンジ屋根

つづく。

2010年バルト3国旅行ハイライト写真集・後編

つづきはラトヴィアの首都リガ滞在3日目からです。
ここに載せる写真の選択は、後半の方が載せたいお気に入りがいっぱいあって悩みました。
撮影枚数自体は、旅行前半の方がテンションが高くて多いんですけどネ。
ラトヴィアに入ってから、思った以上に暑くて閉口しましたが、その分、天気は良くて、良い具合に雲が散った素敵な空模様に恵まれたため、特にひねりのきいていない写真でも、なんだか出来が良く見えてくるせいでしょうか@

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7/12月 スィグルダ&トゥライダ城へハイキング
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スィグルダの鍵広場にて。
3つの鍵は近隣のスィグルダ、クリムルダ、そしてトゥライダを象徴するそうです。

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スィグルダのルター派教会に展示されていた、ボタンだけで描かれた絵画の一枚。
白樺の林が湖にも写っている景色です。

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スィグルダの歩く杖広場にて。
ロープウェイの場所は地図でも標識でも分かりにくくて少し迷いましたが、この歩く杖公園を通り抜けたところにありました。
ロープウェイというラトヴィア語を知っていれば、もっと簡単に見つけられたでしょう。

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いまはレストランと一部行政のオフィスとなっていた新しい城。
中のレストランで冷たいジュースでひと息つき、トイレを借りることができました。

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スィグルダ側からクリムルダ側に向かうロープウェイの窓からガウヤ川を見下ろして。
曇っているわけではなく、こちら側は逆光でした。

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クリムルダからトゥライダ城へ向かうハイキングの途中の景色。

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スィグルダのバスターミナルから出発して徒歩で6時間かけて到着したトゥライダ城のあるトウライダ博物館保護区の入口。
到着したのは午後4時でした。

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トゥライダ城のほかにも民家が移設されていて広々とした公園になっていたトゥライダ博物館保護区。

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トゥライダでのハイライトともいえる、トゥライダ城の塔の上からの見晴し。

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7/13火 リガ野外博物館
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野外博物館の入口にいた猫。あくびをし終わった直後の顔@
ほんとはあくびの最中の顔が撮りたかったのですが、シャッターチャンスを逃しました。
今回のバルト3国旅行では動物写真を撮るチャンスはほとんどなくて、この猫ちゃんくらいでした。

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こんな松林に囲まれた野外博物館。
松ぼっくりがぽこぽこの小道。
人と出会うことも少なく、とても静かで、松ぼっくりが落ちる小さなポンという音に何度もびっくりさせられたくらいです。

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中庭に古井戸のある農家。

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雪ん子のようなかっこうをした可愛い建物は、1850年代のサマー・キッチン。
リガを含むラトヴィアの中央北部のヴィドゼメ地方の農家の中庭の建物。

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とんぼ~@
低い位置から教会を撮ろうとかがんでいたときに、後ろ姿ですがシャッターチャンスをゲットできました。

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1890年代の風車。いわゆるオランダ様式だそうです。
ロシア系農家のエリアにありました。

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7/14水 タルトゥ(エストニア第二の都市で大学都市)
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リガからタルトゥへ向かうバスの車窓から。
もうエストニアの国境を越えてかなりタルトゥまであと30分ほど、という頃に撮りました。
でもバルト3国のあちこちで、このように黄色い花に覆われた野原をたくさん見ました。
これは野花なのか、作物として咲かせている花なのか、不明。

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すてきな絵が飾られていた聖ヨハネ教会。

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タルトゥの19世紀の市民の家の博物館にて、キッチンの写真。
使ったことはない古い道具が並んでいますが、用法が想像つく、どこかなつかしさを感じさせるキッチン道具が並んでいました。

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タルトゥの街角で見つけた、どこかムクゲに似た花。

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旗らしきものがたくさんあったカールシルト橋。
エマユギ川に架かる橋の一つです。

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市庁舎のある旧市街の中心ラエコヤ広場にて、なにやらフェスティバル。
ただ、もう21時を過ぎていたし、くたくたでしたし、明日の出発は早いし、ホテルまでここから私の足で20分くらい歩くので、残念ながらゆっくり聴いている時間も気力もありませんでした。

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7/15木 ヴィリャンディ(エストニア南部の湖がいくつもある地方都市)
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ヴィリャンディの町中のイチゴのある公園。
どうやらヴィリャンディのシンボルはイチゴらしい?
こういうのがある一角がほかにもありました。

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小さな白いブラシのような花がたくさん@
こちらの芝生などに咲いている野花は人に踏まれる心配がないせいか、野花にしては茎が長く延びて堂々と咲いている花が多かったです。
上から見ると花だけが浮き出ているように見えて、クリムトが描くような草花いっぱいの野のイメージそのものでした。

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いまや水が枯れた堀に架かる木橋と聖ヨハネ教会。

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公衆トイレのチケットとバラ@
いやぁ、このトイレ・チケットがなかなかおしゃれだったもので、ついこんな写真を撮りたくなりました。

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城跡。
野外劇場になっていましたが、いまでも修復中でした。
この城跡から見下ろす湖の景色は見逃せません!

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真夏のうちから冬の準備、万端!?
庭で、家族総出で(?)薪を準備している家庭も見かけました。

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古典音楽フェスティバル中のヴィリャンディで、この日、22時から洗礼教会で行われた古典音楽コンサート。
同じゲストハウスに泊まっていたフィンランド人の女性たちにこのコンサートのことを教えてもらいました。
いくら夜が短いバルト3国でも22時ともなると暗くなってくるし、場所が分からなかったので、彼女たちに一緒に連れていってもらいました。
いわく、とても有名な古典音楽グループで、いまやたくさんCDを出しているし、その女性たちはずっと昔からファンだったそうです。

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7/16金 タリン(エストニアの首都)観光1日目
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タリン滞在中に何度も目にすることになった、一番保存状態が良いというヴィル門を、旧市街のカフェやレストランのにぎわいと一緒に。

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狭い路地から見える旧市庁舎。

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旧市庁舎のあるラエコヤ広場に馬車でやってきた、あつあつ新婚カップル@

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旧市街のすてきな街角。
タリンは日本人観光客も多いことが分かります。みんな夏に来るみたいですね。
北欧旅行のついでにタリンにちょっと足を伸ばす人も多いみたいです。
奥の白い建物はハンザ同盟時代の典型的な様式だと思います。

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自転車でまわるタリン・ツアーの最中。
第二次世界大戦記念碑に向かう途中ですが、自転車を走らせながら片手で撮った写真です@
参加者は私の他は前を走る男性2人。先頭を走るのはガイドです。

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これも自転車でまわるタリン・ツアーの最中に、自転車を走らせながら片手で撮った写真です。
ピリタ海岸沿いのサイクリングコースにて。
彼方には新市街が見えます。
もう少し右手には旧市街が見えていました。

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7/17土 ラーヘマー国立公園サイクリング
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国立公園でサイクリングを開始してまもなく見つけた小さな池の景色。
水場の景色は撮影しがいがあります。
こういうのは何か所もあるかなぁと思ったら、案外、水場はあまりなかったので、まだ走り始めたばかりでしたが、気が済むまで撮っておいて良かったです。

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サイクリング途中で目にした田舎の家。

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バス移動のときに車窓から見ていてずっと気になっていた、まるで巨大なチーズのように白いビニールで包まれた干し草が点在する光景。

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一面ピンクの花も、バス移動のときに車窓から見ていてずっと気になっていました。

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アティジャ村のおちゃめな一場面@

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ラーヘ村のバス停。

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バルト3国では少しだけ咲いていたビロードモウズイカ。
ブルガリアではものすごくきれいな群生がありました。
日本で見られるビロードモウズイカは花はぽちぼちでとても地味ですが、ヨーロッパのビロードモウズイカは同じ花と思えないくらいとても華やかです。

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日本と違って松林は下生えが薄いため、とても明るいです。
花撮影のために自転車を停めたときに目についた、下生えの中で輝いて見えた次の世代を担う若木。

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7/18日 タリン観光3日目
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タリンの山の手にあたるトームペアの丘にあった、おしゃれ(?)な公衆トイレ@

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現在は国会議事堂になっているトームペア城。
この日は曇っていたので、どんよりした空をファインダーにあまり入れないように、思い切って石畳をたっぷりファインダーの中に入れました。

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トームペアの丘のアレクサンドル・ネフスキー聖堂。
いかにもロシア正教会らしくキュートなドームが重なった可愛い建物でしたが、そのドームの一つは修復中で緑色の覆いがかぶさっていて邪魔でしたので、ズームして一部だけをとらえました。

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カリオドルク地区まで行くのに利用したトロリーバスのある景色。

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エストニア国立美術館であるKUMUにて、19世紀のタリンを描いた絵。

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7/19月 午前タリン観光&午後出国
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トームペアの丘にて、かわいいポットの看板を千切れ雲がすてきな空を背景に。
左手にちらっと見えているドームは、アレクサンダー・ネフスキー聖堂です。

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トームペアの丘の展望台から旧市街の城壁にある塔。
こうして見ると、まるで森の中のお城のようです。
彼方にはちらっとだけ、タリン港とバルト海の地平線が見えています。

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トームペアの丘を囲む城壁と、射的場。
ああいう中世風の射的場は、バルト3国旅行中、特に中世の城跡や中世の雰囲気が感じられる旧市街など、あちこちで見られました。

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トームペアの丘を囲んでいた城壁。
カフェになっていました。
あの木造の回廊もカフェの席の一部となっているようです。
朝、9時前なので、まだ観光客の姿はほとんどなく、人がほとんど入らないシャッターチャンスに恵まれました。
開店準備中のカフェの従業員を除いて@

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アダムソン・エリック美術館の看板。

おわり。

2010年バルト3国旅行ハイライト写真集・前編

これまでの記事でも詳細旅程やどんな写真を撮ったかの分析の記事で一日のハイライト的な写真をアップしましたが、それ以外で気に入っている写真をまとめてアップしたいと思います。
これまでアップした写真はどちらかというとその記事内容の旅程や写真分析に合った写真を選んでいましたが、今回はそういうのにこだわらず、写真として気に入っているのをアップすることにしました。
私の写真の出来が良いというよりは、単に被写体が良かったという写真が多いかもしれませんけどね。

1日5~6枚分をアップしたら長くなったので記事を前後編の2つに分けました。

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7/04日 成田発ヘルシンキ経由ヴィリニュス着
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成田空港のタリン行きフィンランド航空のゲートのカウンターにて。

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ヘルシンキ空港の免税店でとても惹かれた陶器。
行きは荷物が重くなるので当然控えましたが、マグカップは余るほどあるのにタリンで買ってしまったので、帰りも手を出すのを控えました。というわけで写真だけ@

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ホテルの窓から眺めた旧市街。
ホテルは駅前でしたが、旧市街は駅前のすぐそばにあり、窓からこのような旧市街が見えました。
どーんと目立つピンクの聖堂は、聖カジミエル教会です。
外観の写真は後日、近くでも撮りましたが、残念ながら中を見学するチャンスはありませんでした。
撮影した時間はホテルにチェックインして部屋に入ってすぐなので19時半くらいです。
フライト疲れで一時間くらい仮眠したら、残念ながら土砂降り雨が降ってしまい、この日は町に出ることができませんでした。

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7/05月 ヴィリニュス(リトアニアの首都)観光1日目&トゥラカイ城ツアー
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大聖堂のドームとヴィータウタス大公の彫刻をてっぺんに、周りに中世リトアニア公国の繁栄に尽力した大公たちのレリーフが描かれた記念碑。
初日だし天気が良いのであちこちで写欲がそそられました。

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旧市街にて。
ちょっと古風なテラスのある家と標識とのギャップが面白くて。
それにしてもこの標識の意味はいまいち分かりません@
赤い斜線が一本は行った禁止を意味すると思われる標識も後日見かけました。
するとこれは……歩行者も車も通るし子供が道路でボール遊びしてもOKの意味!?

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トゥラカイ城の中庭から。
トゥラカイ城は湖上の城として外から見るのが一番といわれていますが、20世紀後半にかなり復興も進んだこのあたりは、内部からでも見応え、撮影のしがいがありました。

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トゥラカイの少数民族カライテの家。
リトアニアの中でもヴィリニュスとトゥラカイは少数民族がたくさんいる多民族の町だそうです。
カライテ民族のことを初めて知ったのは、去年のウクライナ旅行のクリミア半島の現地ガイドからです。
ユダヤ教の中でもトーラーのみを聖典として認め、タルムードを認めない一派なのでユダヤ教徒では異端とされているそうですが、見た目はムスリムに近く、戒律を厳しく守る民族だそうです。
彼等の祖先は、かつてリトアニアのヴィータウタス大公がクリミア半島でキプチャク・ハンと対戦したときに、クリミア半島からタタール人とともに捕虜として連れて来られた人たちだそうです。
カライム人の家は街道沿いに3つの窓があるのが特徴です。
現地ガイドいわく、3つの窓は一つは神のため、一つはヴィータウタス大公のため、そしてもう一つは友人たちのためのもので、とても友好的な民族なのだそうです。

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旧市街にて、ホテルに戻る途中。
旧市街のこんな風にふとした一角に写欲がそそられるすてきなところがたくさんありました。
特に看板は注目のしどころですね。
これは中世風の内装のレストランの看板だと思います。

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7/06火 ヴィリニュス観光2日目
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バロック彫刻の渦といわれている聖ペテロ&パウロ教会にて。
シャンデリアのモチーフはノアの箱船のようですが、舳先がちょっとノアの箱船のイメージではないですねぇ。

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聖ペテロ&パウロ教会内部の壁のレリーフの一つ。
本当にいくら撮っても撮っても飽きることがありませんでした。

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聖ペテロ&パウロ教会から旧市街へ戻る街道沿いで見つけた野花。
この花はこの夏のバルト3国旅行でよく見かけた花の一つです。たぶん、キキョウ科のソバナ。

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ヴィータウタス大公戴冠記念日の祝典にて。
真ん中の兄ちゃん、かっこいい@
後ろの画面にいろんなシーンが大写しされていました。

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ヴィータウタス大公戴冠記念日の祝典にて。
ヴィータウタス大公の記念碑のもとに、中世の騎士たち、勢ぞろい@

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聖アンナ教会にて。
ステンドグラスを撮影するにも、このようにシャンデリアの影と組み合わせて撮るのにハマった最初の写真です。
どちらにピントを合わせるか、バランスがなかなか難しくて苦労した一枚です。

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7/07水 カウナス(リトアニア第二の都市)
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独立広場の聖ミカエル教会のシャンデリアとドーム。
我ながら面白いアングルで撮れたと思っています@

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悪魔の博物館のコレクションより。
悪魔をテーマにした面白い作品が目白押しで、作品の写真だけでも90枚ほど撮ったくらいなので、これ!という一枚を挙げるのは非常に難しいです。
この彫刻はお酒で人間を堕落させる悪魔のテーマのところにありました。

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カウナスの市庁舎の上にあった意味深なシンボル。
なんかいいなと思ったので。
カウナスのシンボルが牛なのはカウだから? なんてだじゃれは関係ないと思いますけどネ。
602という数字の意味もよく分かりません。
KAUNOはたぶんリトアニア語でカウナスの意味だと思います。

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白鳥にたとえられる美しいバロック様式の旧市庁舎。
あいにくの曇天でしたが、空はとてもドラマチックでした。
露出を空にあわせると白い旧市庁舎が暗くなってしまうし、かといって旧市庁舎にあわせるとドラマチックな空模様が真っ白になってしまうしで、露出のバランスをとるのに苦労しました。

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サンタコス公園のネリス川とネムナス川の交差する地点で抱擁するカップル。
せっかく自転車レンタルをしてあちこちを回れるため、ぜひこの2つの川の交差する地点に行きたかったのです。
カップルがずっと居座っていて写真が撮れないなぁと思ったのですが、いい被写体になってくれました@@

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7/08木 パランガ(海岸リゾート)
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パランガの町角のどぎついくらいの愉快な遊園地。

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廃墟と絵画市。
パランガではサイクリングしながらこういった街角撮影をたっぷり楽しみました。

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町の中心の聖マリア教会のシャンデリアとステンドグラス。

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バルト海ビーチにて。

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海岸沿いの白い砂浜。

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7/09金 クライペダ経由ニダ日帰り
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パランガからクライペダへのミニバスを下りた広場。
バルト3国はまだまだバラの季節でした@
ここからスミルティネ行きのフェリー乗り場まで、途中で観光案内所に寄ったりして決して急いでいなかったけれど徒歩で2時間もかかってしまいました。
帰りは路線バスをつかまえました。

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クライペダの港ターミナルにて。
ニダに行くには、クライペダから内海のクルシュ海をフェリーでいったんスミルティネへ渡らなくてはなりません。
5分もかかりませんがフェリーは30分に一本。
なかなか面倒くさい行程ですが、なにもかも撮影対象になるので楽しかったです。

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ニダにて。クルシュ海にのびる桟橋。
この日は朝は小雨がぱらついていたのですが、総じて良い天気でした。
暑すぎず、湿度は低く、快適でした。
空模様はドラチックで、写欲がそそられました。
でも、翌日のリガから東欧とは思えない猛暑にうんざりさせられました。

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ニダではぜひ写真に撮りたいと思っていたキュートな風向計とすてきな家のある風景。
この風向計は行く前からぜひ撮りたいと思っていました。
できればこの風向計の模型も買いたいと思っていました。
木でできた模型は思ったより軽く、たためるので持ち運びに不便はしなかったのですが、一番小さいものでも思ったより大きくて、100ユーロもしたので、思い切って買う気にはなれませんでした。

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ニダの古い墓地のかわった十字架。
これも行く前からぜひ撮影したいと思っていたものです。

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ニダの白い砂丘。ニダで一番見たいと思っていたものです。
このようにぽつぽつと草が生えていましたが、確かに一面の白い砂丘を見ることができました。
トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだのもうなづけました。
砂の中を30分ほど散策しました。
はじめに砂丘を見渡せる一番高い位置にいましたが、砂丘に足がかりの杭が埋まっていましたので、急な坂の砂丘をすべり下りていきました。

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海に向かって絶壁になっていたニダの白い砂丘とクルシュ海。
砂丘の一番高いところまで上れるように階段があるのですが、それを使わずにまるで崖上りのようにするすると上ってきた母子がいてびっくりしました。

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7/10土 リガ(ラトヴィアの首都)観光1日目&ルンダーレ宮殿ツアー
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リガの観光を開始して早速遭遇した祝日のパレードの写真の1枚。

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リガの美しい旧市街の一角。
リガはユーゲントシュテール(アールヌーヴォー)様式の建物が散在する町ですが、そういう建物は新市街の方でしたので、見て回る時間や体力はありませんでした。
自転車レンタルができたら、回れたかもしれないですけどね。
しかし、旧市街は天気が良かったせいもあって明るく美しく、あちこちで写欲がそそられました。

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ラトヴィアのベルサイユと呼ばれるルンダーレ宮殿。
自力で行くとしたら途中から一日に数本しかないバスを使い、バス停からも相当歩くのでこの見学だけで一日がかりだったと思いますが、ホテルでツアー・パンフレットを見つけたので、リガ初日の午後に参加しました。参加者は私一人だけでしたけど。

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ルンダーレ宮殿の大理石の広間の美しい天井。
ルンダーレ宮殿は、外見はバロックの宮殿ですが、中は主にロココ様式です。
ラトヴィアのベルサイユと呼ばれても、さすがに本場のベルサイユほどの規模はないです。
近代以降の歴史では、宮殿は二回の大戦やソ連時代のときに軍の司令部や病院、学校などに使われたり、攻撃を受けたりして廃墟寸前となっていましたが、現在、どんどん修復が進められています。
ただ、あとから「地球の歩き方」を見返してみたら、ガイドは一番豪華な黄金の広間や白の広間を案内するのを忘れていました(泣)。

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ルンダーレ宮殿の中庭のバラ園のバラ。
イングリッシュ・ローズのレディ・エマ・ハミルトンです。
バラはちょっとピーク過ぎでしたが、撮影に耐えうるきれいな花がまだまだたくさんありました。
なかなかのバラ園でしたもの、撮影したい気持ちを抑えられっこありません@

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バラ園が広がるルンダーレ宮殿のフランス式庭園。
ヨーロッパの7月はまだまだバラの季節ですね。
去年のブルガリアやウクライナでもそうでしたし、ここに限らずバルト3国のあちこちでもバラ花壇でちょっとピーク過ぎの花が麗しく町を彩っていました。

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7/11日 リガ観光2日目
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リガの旧市街のあちこちで見かけた奇妙な自転車のオブジェとバスの停留所。

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リガの旧市街で見かけた、愉快な彫刻?

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ラトヴィア歴史博物館の特別企画?
おもちゃコレクションより。

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大聖堂の修道院を利用した、リーガの歴史と海運の博物館にて。
展示室に入る前の階段に飾られていたユニークな紋章もどき@
展示作品の中には、ときどきこのように手作り作品があって、微笑ましく思えました。
ダンボールで造られたツェースィスのお城の模型もありました。

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大聖堂のステンドグラスとシャンデリア。
大聖堂には午後7時からのオルガンとチェロ・コンサートのときにやっと中に入れました。
音楽を聴きながら、カメラを消音にして撮影@

つづく

2010年バルト3国旅行17日間で、どんな写真を撮ってきたか分析(写真付き)

今年のバルト3国旅行では、いままでの東欧の中では西欧っぽいのでエキゾチックさは少なかろうから写真枚数が減るかと思ったのですが、去年のウクライナ旅行と同じテンションで写真を撮りまくってしまいました。
でも、結果的には、去年のウクライナ旅行の2,708枚よりちょっと少ない2,695枚でした。
おそらく、去年よりはミュージーアムでの撮影が今年は少なかったのが一番の原因ではないかと。
今回のバルト3国旅行ではサイクリングをたっぷり楽しんだ分、サイクリング中ということでミュージーアムはいいやとスルーしたときが何度かありましたから。
写真OKのミュージーアムも去年より少なかったように思います。
代わりに、写真OKなミュージーアムで、撮影代が要らないところが多く、また、ウクライナのように入場料に比べるとかなり高い写真代を払わなければならなかったところは少なかったです。
ミュージーアム撮影が好きな私にとって、お得感がありました@

ちなみに、バルト3国はカトリックやプロテスタントが中心ですが、これらの教会も写真OKなところが多かったです。
正教会を見なれてしまうと、カトリックやプロテスタントの教会はやはり物足りないなと思わなくもなかったのですが、なんといっても教会はすばらしい美術品の数々の宝庫です。写欲をそそられるところはたくさんあってきりがなかったです。
でも、まあ確かにきりがなかったので、教会撮影のテンションは後半になると若干下がりましたけどネ。

7/04日 34枚
〈リトアニア〉
7/05月 277枚 うち説明1枚
7/06火 199枚 うち説明1枚
7/07水 259枚 うち14枚は説明
7/08木 167枚 うち説明や地図は2枚
7/09金 217枚 うち説明3枚
〈ラトヴィア〉
7/10土 176枚 うちバラの写真12枚
7/11日 223枚 うち説明9枚
7/12月 174枚 うち説明や地図は28枚
7/13火 154枚 うち説明や図解は22枚
〈エストニア〉
7/14水 146枚 うち説明9枚
7/15木 117枚 うち説明2枚
7/16金 170枚 うち説明2枚
7/17土 114枚 うち地図1枚
7/18日 197枚 うち説明2枚
7/19月 71枚

合計2,695枚

・一日平均は約168.4枚。
・空路移動のみの初日と観光は午前2時間半のみの最終日をのぞいた一日の平均は185枚。
・リトアニア5日間の平均は223.8枚。
・ラトヴィア4日間の平均は181.75枚。
・エストニア5.5日間の平均は148.2枚。

今回大活躍したカメラはCannonのPowerShot SX 210 ISです。
万が一の場合のために持参したセカンド機は同じシリーズの一年前の最新モデルのPowerShot SX 200 ISです。
210は、今年のゴールデンウィーク直前に200が故障で3週間ほど修理に出さなくてはならなくなったときに、ゴールデンウィーク中にカメラなしではとても耐えられなかったために買ってしまったものです。
210は200にない新しい機能もあって、いつもの花撮影のときに活躍した新しい機能はシーンモードのジオラマや魚眼モードでしたが。
こういったちょっと変わった効果が得られるモードは、日本にないから、とか、思い出になるから、という理由でシャッターを切る海外旅行先では必要ありませんでした。
逆に、今回、セカンド機にした200にあったのに210ではなくなってしまって残念に思っているスーパーマクロモードも、やはり海外旅行先では必要ありませんでした。
スーパーマクロモードが欲しいなと思うのは花撮影のときが多いから。
なので200と210のどちらをメイン機にしても良かったのですが、まあ、気分的に新しい方にしてみただけです。

ちなみに私の写真のサイズは2592x1944ピクセルを標準にしています。
ただし、あとでゆっくり読もうと説明や解説を撮ったときは、一段落画質を落として1600x1200で撮ったことが多いです。きれいな画質である必要はなく、読めればいいから。

以下は、どんな写真を撮ってきたかの分析です。

(1)7/04日【34枚】成田発ヘルシンキ経由ヴィリニュス着

いままでよりもフライトに時間がかからなかったし、バルト3国は今まで訪れた国以上に北にあって夜22時まで昼間のように明るかったので、到着日早々、夕方から街散策ができるかなと楽しみしていましたが。
残念ながらホテルにチェックインして間もなく土砂降りになったので、外に出るのはあきらめました。
なので、撮影した主な写真は、初めて訪れ、免税の可愛いものに釘付けになったヘルシンキ空港と、明るいうちに到着したヴィリニュス空港からいつもと違ってタクシーを頼らずバスでホテルに向かったその途上で記録と思い出のつもりで撮った写真です。

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まるで鉄道駅のようなヴィリニュス空港。
バルト3国の首都の国際空港はこじんまりしていてちょっとびっくりしました。

(2)7/05月【277枚】ヴィリニュス観光1日目&トゥラカイ城ツアー

とってもテンションが高くなっていた自覚があります。
なにしろ初日ですから@
トロリーバスに乗る行程や、ふとした街中でも写欲にかられて、じゃんじゃん撮りました。
それに初日の午後に早速、近郊のトゥラカイ城ツアーに参加できたせいもあります。
城内の博物館でもたくさん撮りました。

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トゥラカイ城の中庭にて。
トゥラカイはヴィリニュスの人々にとっても格好の日帰り行楽地なので、人が多かったです。

(3)7/06火【199枚】ヴィリニュス観光2日目

まずは息をのむほどのバロック彫刻群とのことでとても楽しみにしていた聖ペテロ&パウロ教会にトロリーバスを使って朝一番で訪れたのですが、ここで早速50枚ほど。
この日はヴィータウタス大公戴冠記念の祝日のために入れなかったミュージーアムや教会などがあって残念でしたが、大聖堂前で行われていた式典の写真を撮ることができました。
みなさん、ヴィータウタス大公時代と思われる中世の服装をしていた。
めったに撮れるものでもないので、何枚も写真を撮らずにはいられませんでした。
結果、ざっと44枚ほど。

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大聖堂前広場でのヴィータウタス大公戴冠記念の祝日の式典にて。
広場の仮設舞台上でさまざまな中世風の衣装のカップルが登場していました。

(4)7/07水【259枚】カウナス

カウナスでは悪魔の博物館の見学と撮影をとても楽しみにしていました。
画家ジムイジナヴィチウスが収集した悪魔の像を中心とした悪魔をテーマのコレクションの博物館です。
入場料に比べて撮影代はちょっと高かったせいあり、はりきって撮影してしまいました。113枚ほど。
そのうち13枚ほどは、あとでじっくり読もうと思って撮った説明ですけどね。
カウナスでは自転車をレンタルしたおかげでトロリーバスを使わなければなかなか回れないところまで広範囲に回ることができました。

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日本のシンドラーと呼ばれている杉原千畝記念館。
現在はヴィタウタス・マグヌス大学の日本学センターでもあります。
閉館時間はとっくにすぎていたのですが、建物だけ見たいと思って向かいました。
かなり分かりにくいところにあって、たどり着くまでちょっと苦労しました@
記念館のある通りには、何段もある階段を上らなくては出られませんでした。

(5)7/08木【167枚】パランガ

バランガは海岸リゾートです。
リゾートにあまり関心のない私がパランガを選んだのは、琥珀のみを扱った世界でも珍しい琥珀博物館と、リガ行きのフライトがある空港があったせいです。
確かにパランガはリゾート地らしくゲストハウスのようなホテルがぞろぞろでしたが、思わずカメラを構えたくなってきりがないくらい可愛い家がたくさんありました。
到着してすぐに夜まで自転車レンタルで町を回ったので、自転車にまたがりながらでもぱちぱち撮影することができました。

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滞在したホテル・プリエ・パルコー。
滞在ホテルからしてこんな可愛らしい建物でご機嫌でした@

(6)7/09金【217枚】クライペダ経由ニダ日帰り

プランの段階から、トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだ白の砂丘にはぜひ行きたいと思っていましたが。
パランガからはクライベダへは20分おきのミニバスで20分ほど、クライペダからスミルティネへは30分おきのフェリーで5分ほどですが、ホテルからパランガのバスターミナルまで徒歩で30分近く、そしてクライペダでもフェリー乗り場まで徒歩で2時間もかかってしまいました。
そしてスミルティネからさらにニダまで1時間に1本のバスで1時間もかかります。
片道4時間、我ながらよう出かけることができたと思います。
ニダ滞在は往復8時間に対して3時間だけでしたが、自転車レンタルできたおかげで広範囲に回ることができました。
もちろん、一番目当ての砂丘も@
この日の写真はそんなニダ行きの途上で撮った写真も多いです。

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クライペダとスミルティネを結ぶフェリー。

(7)7/10土【176枚】リガ観光1日目&ルンダーレ宮殿ツアー

パランガから朝8時45分のフライトでリガに到着しました。
観光のためにホテルを出て、旧市街にさしかかったら早速、なにやら祝日のパレードに遭遇しました。
どうやらリガの学校の生徒たちによるパレードのようでしたが、高校生くらいから小学生くらいの子供たちの大半が民族衣装っぽい服装で行進していて、非常に興味深かったです。
パレードで撮った写真は44枚ほど。
そして夕方から、ラトヴィアのベルサイユと呼ばれているルンダーレ宮殿ツアーに参加しました。といっても参加者は私だけでした。
宮殿内の写真も撮ることができました。
それからバラ園では、少しピークは過ぎていたけれど、バラの撮影もしてしまいました。やっぱり花は好きなんですもの。12枚ほどで我慢しましたけどネ。

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パレードの少年少女たち。

(8)7/11日【223枚】リガ観光2日目

この日の観光では、ラトヴィア歴史博物館とリーガの歴史と海運の博物館で撮影することができました。撮影枚数が多いのはそのためですね。

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ラトヴィア歴史博物館にて。
お城は段ボールでできていました。私が今回行き損ねたツェースィスのお城のようです。

(9)7/12月【174枚】スィグルダ&トゥライダ城日帰り

スィグルダに到着してからトゥライダ城までの6時間のハイキングの途中のちょっとしたスポットでもせっせと撮影をしていたので、思ったより枚数が多くなりました。
スィグルダは小さな町ですが、ちょっとしたスポットがいくつかあったので、撮影意欲がそそられたところは思ったより多かったです。
途中のハイキングでは白樺の林や、道ばたに咲く野花にもどうしても惹かれました。
やっぱり日本の夏の野花とは違うなぁと思って。

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静かでおだやかなスィグルダの町のルター派教会。

(10)7/13火【154枚】リガ野外博物館

一日の観光の大半が野外博物館でしたので、当然、写真のほとんどは野外博物館です。
いままで私が訪れた東欧の野外博物館は、同じくだだっ広くてももっと見晴しのよいところに建物が点在していました。
ところがリガの野外博物館は松林の中にあって視界がきかないため、どのくらい行けば目的の建物にたどり着くのか分かりづらかったですし、よく方向も間違えたので、いままで以上にスリル満点でした。
というか、途方に暮れたことが何度あったことか@

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野外博物館にて。
スタッフはみんな、建物にあわせて19世紀くらいの農村や漁村の人の服装をしていました。

(11)7/14水【146枚】タルトゥ

タルトゥのおもちゃ博物館はものすごく面白かったです。
もし撮影が可能だったら、きりがないくらいたくさんたくさん写真を撮ったでしょうね。
ホテルはバスターミナルのすぐそばに取りました。
巨大な建物が林立し、何車線もの大通りを走る車の排気ガスがのどに響いた近代都市のバスターミナル近辺でしたが、大学のある旧市街はこじんまりとしていて、戦後の復興も完了した、とてもきれいな街でした。
そんな街中を、自転車レンタルで回ったところをいろいろ撮った一日でした。

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市庁舎のあるラエコヤ広場

(12)7/15木【117枚】ヴィリャンディ

ヴィリャンディ・フォーク・ミュージック・フェスティバルのとき以外は静かな地方都市で、観光スポットは城跡や湖くらいなので、やはり撮影枚数は少なくなりました。
といっても100枚超えているので撮った方でしょう。
パランガを思い出させるかわいい家も多かったのですが、リトアニアとエストニアと国は違えどバルト3国は素人の私には似たところが多いため、さすがに家並み撮影でパランガのときと同じほどのテンションにはなりませんでした。

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ヴィリャンディのかわいいマークのある観光案内所の建物

(13)7/16金【170枚】タリン観光1日目

撮影枚数200枚は超えませんでしたが、ホテルはちょっとぜいたくして旧市街の市庁舎のある中心ラエコヤ広場のすぐ近くにとったため、ホテルを一歩出たそこからもう観光が始まったようなもので、撮影意欲がそそられる場所が目白押しでした。
旧市街の町並みの時代に合った中世の服装をした人たちもたくさんいて、ほんとにタイムスリップしたような気分になれました。
それ以上に私のような外国人観光客がうじゃうじゃいましたけどね。
それと、夕方から自転車でタリン郊外を回るツアーに参加できたおかげもあります。
ツアーガイドや他の参加者はそれほど写真撮影に興味がなくて、あまり待っていてくれなかったのですが、人が少ないところでは自転車のスピードを少し落とせば、走らせたまま片手で写真が撮れることが分かったので、それでかなり枚数を稼ぎました。
強烈な日差しの晴天で明るかったためと、手ぶれ補正機能のおかげです。

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ホテルを出てすぐの光景。
この塔はなにかなぁと思ったら旧市庁舎でした。

(14)7/17土【114枚】ラーヘマー国立公園サイクリング

写真撮影が楽しくて、それが海外旅行の一番の楽しみであっても、今回の旅行ではすでにかなり枚数を撮っていて、いい加減、そろそろ抑えようかと思っていたので、国立公園をひたすらサイクリングするこの日は100枚を切るかと思いました。
でも、サイクリングしながら撮影するのが好きなので、こんな道を走った、とか、標識を風景と一緒に撮ったり、バスでの移動のときに車窓の外の風景から気になっていた花の写真を撮ったり。
なので6時間のサイクリングで写真は100枚以上ゲットしていました。

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サイクリング途中の景色の一つ。
野外博物館では松林で視界が遮られたのに不安を覚えましたが、逆にこのサイクリング中では、このように視界が開けた野原よりも、日陰が多く先が見えない松林の方がほっとしたものでした。
たぶん、視界が開けていると、目的地がまだまだ先であることがいやおうなしに分かってしまうからでしょうね。

(15)7/18日【197枚】タリン観光3日目

エストニア美術を集めたKUMU美術館はフラッシュを使わなければ特に写真代を払わなくても撮影OKなので、知らない画家ばかりでしたが、ぱっとみていいなと思った絵や、バルト3国の風景や風俗をテーマにした絵を中心にたくさん撮ってしまいました。
というわけでKUMU美術館だけで、建物の写真数枚も含めて131枚ほど。
KUMU美術館は午後に出かけましたが、午前中に訪れたアダムソン・エリック美術館でもノーフラッシュなら撮影OKでした。
アダムソン・エリックという画家の作品のみを展示している小さな美術館でしたのでゲットした写真は25枚ほどですが。
この日は曇りがちでしたので、涼しくて回りやすいと思ったものの、やはり天気がよくて輝いていたときほどには、旧市街で撮影意欲は湧きませんでした。
展望台のあるトームペアの丘も上ったのですが、どんよりした空模様でいい写真がゲットできそうになかったのと、そろそろKUMUに向かいたかったせいで、展望台までは行きませんでした。

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KUMU美術館にて、エストニアの印象派画家Konrad Magiによるサーレマー島。
サーレマー島はプラン時に日程が足らなくてあきらめたところです。

(16)7/19月【71枚】午前タリン観光&午後出国

ホテルのチェックアウトは12時まででしたし、タリンからヘルシンキに向かうフィンランド航空の出発時間は14時45分でしたので、ホテル・チェックアウト前に8時半から11時まで旧市街の最後の散策をしました。
9時半から11時まで旧市街の最後の散策をしました。
8時前は観光客もまだほとんどいなくて静かで、天気がよくても気温はまだそれほど高くなかったため、前日、写真意欲がそそられなかったトームペアの丘の展望台を回りました。
旧市街は午前中は逆光だったのですが、それでも空がどんより白かった前日よりは撮影しがいがありました。
さすがにトームペアの丘だけで71枚も撮ったわけではなく、ほかに精霊教会の内部でも25枚ほど。

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タリンのトームペアの丘にある、わりとこじんまりした大聖堂。
ここは前日見学したのですが、そのときは曇りで、どんよりした空のもとでしか撮れませんでした。
しかも観光客もたくさんいました。
この日はすてきな空模様だった上、朝の9時前だったので、人がいない景色を撮ることができました。
車は邪魔ですけどね。

全体を通じて、バス移動などでもバスターミナルや車両、バスの停留所など、今までの旅行異常に丁寧に撮ってきました。また、ホテルの写真もいままでのように建物と部屋だけでなく、朝食の席などもきちんと撮影しました。
買ったみやげやゲットしたパンフレットなども、写真に撮っておきたいものは、だいたいその日のうちにホテルの部屋の中で撮ってしまいました。

2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)

2010年7月4日から7月20日までのバルト3国旅行の実際の詳細旅程です@

2010/07/04日 成田発ヘルシンキ経由ヴィリニュス着
・フィンランド航空の機内で見た映画「How to Train Your Dragon(邦題「ヒックとドラゴン」)」(日本語吹替えで)&「AVATAR」(見るのは2度目なので英語で)&アニメ「ムーミン」は途中まで
・ホテルに19時半にチェックインしてまだ十分外は明るい時間だったのに(暗くなるのは夜の10時過ぎ)、土砂降りで町に出るのは断念
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】

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フィンランド航空機内映画のアニメ「ムーミン」

2010/07/05月 ヴイリニュス(リトアニアの首都)観光&午後:トゥラカイ城ツアー
・国立博物館前広場からカテドゥロス(大聖堂)広場を散策
・大聖堂見学
・ゲディミナスの塔と丘の上の城博物館見学
・ピリエス通り散策&琥珀ジュエリー・ショッピング
・聖ヨハネ教会(入れず)
・聖ミカエル教会(入れず)
・聖アンナ教会(入れず)&ベルナルディン教会見学
・Amber Gallery Museumでショッピング&地下のミュージーアム見学
午後:トゥラカイ城ツアー参加
・トゥラカイ城と城内博物館見学
・レストランKibinieで名物のキビナイを食べる
ヴィリニュスに戻り
・市庁舎広場から聖カジミエル教会(入れず)、夜明けの門通りを散策
・聖三位一体教会(中は改装中で何もなかった)
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】

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トゥラカイ城

2010/07/06火 ヴイリニュス観光2日目
<ヴィリニュス創建者かつリトアニアの英雄ヴィータウタス大公戴冠記念日の祝日>
・聖ペテロ&パウロ教会見学
・工芸美術館(祝日で閉館)
・考古学資料展示館
・リトアニア国立博物館
・市庁舎広場からゲディミナス大通り散策(中央郵便局に向かったら改装中)
・大聖堂前広場で式典見学
・ピリエス通りのギャラリー見学
・ヴィリニュス大学と聖ヨハネ教会(どちらも祝日で入れず)
・大統領官邸前のダウカント広場でひと休み
・聖アンナ教会見学
・ウジュピス地区散策
・バスターミナル下見
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】

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英雄ヴィータウタス大公戴冠記念日の式典にて

2010/07/07水 カウナス(エストニア第二の都市)
・独立広場と聖ミカエル教会見学
<ここから自転車レンタル>
・悪魔の博物館見学&写真撮影
・チョルリョーニョス美術館見学
・聖ペテロ&パウロ大聖堂見学
・カウナス城(廃墟なので外観のみ)
・サンタコス公園でネリス川とネムナス川が交わる地点まで行く
・ネムナス川沿いから駅前まで自転車で散策
・杉原千畝記念館(外観のみ)
【カウナス泊:ホテル・ネリス改め、ホテル・パーク・イン(Park Inn)】

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悪魔の博物館の展示より

2010/07/08木 パランガ(エストニア西海岸のリゾート地)
<主にサイクリングにて街中散策>
・聖マリア教会
・バサナヴィチャウス通り
・バルト海岸と桟橋
・ヴィルテの丘のある公園(ヴィルテの丘までは行かず)
・琥珀博物館
【パランガ泊:ホテル・プリエ・パルコ(Prie Parko)】

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恋人たちが夕日を見に来るというバルト海にのびる桟橋にて

2010/07/09金 クライペダ経由でニダ日帰り観光
パランガからミニバス20分ほどでクライペダへ、そこからフェリーで対岸のスミルティネへ、そこから長距離バス1時間ほどでニダへ(片道4時間)
<主にサイクリングにて街中散策>
・海岸沿いと桟橋
・トーマス・マン博物館(外観のみ)
・民俗学的古墓地とルター派教会見学
・パルニデス砂丘(トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだ白い砂丘)散策
【パランガ泊:ホテル・プリエ・パルコ(Prie Parko)】

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ニダ名物のカラフル・キュートな風向計

2010/07/10土 Air Blaticでリガ(ラトヴィアの首都)へ
・自由記念碑前のブリーヴィーバス大通りのパレード見学
・聖ペテロ大聖堂見学
・聖ヨハネ教会(入れず)
・市庁舎広場の市庁舎とブラックヘッド会館(いずれも外観のみ)
・マーケットでバルティック・シルバー・ジュエリーのショッピング
午後:ルンダーレ宮殿ツアー参加(参加者たった一人!)
・ルンダーレ宮殿見学
・庭園散策
・バウスカ城跡(外観のみ)
・メゾットネ宮殿(外観のみ)
【リガ泊:ホテル・イリーナ(Iriena)】

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リガで見たパレード

2010/07/11日 リガ観光2日目
<トロリーバスを乗り間違えてしまい、旧市街に歩いて戻る>
・ブリーヴィーバス大通りとゲルトルーデス通りの交差点近くの教会見学
・救世主生誕大聖堂(ロシア正教会)見学
・大聖堂は12時~14時までミサのために入れず
・聖母受難教会見学
・英国教会見学
・国立歴史博物館見学&写真撮影
・リーガの歴史と海運の博物館見学&写真撮影
・大聖堂オルガンとチェロ・コンサート鑑賞
・聖ペテロ教会前のブレーメンの音楽隊の像を見に行く
・ガレリヤ・セントゥルス(デパート)を見に行く(食品売り場でミネラルウォーターを買うついで)
【リガ泊:ホテル・イリーナ(Iriena)】

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華やかな市庁舎広場

2010/07/12月 スィグルダとトゥライダ城日帰り
<スィグルダ>
・鍵広場と歩く杖公園
・英国プロテスタント教会&塔見学
・新宮殿(現在はレストラン)と旧城跡(現在は野外劇場)散策
・ロープウェイでガウヤ川を渡る
<クリムルダ>
・トゥライダス通り沿いの散策道でハイキング
・グートマニアラ洞窟見学
<トゥライダ>
・トゥライダ城博物館保護地区見学
<バスでスィグルダまで戻る>
【リガ泊:ホテル・イリーナ(Iriena)】

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トゥライダ城

2010/07/13火 リガ郊外野外博物館
・ラトヴィア民族野外博物館見学(11時から16時半)
・聖ペテロ教会近くの店Tornisでバルティック・ジュエリーのショッピング
【リガ泊:ホテル・イリーナ(Iriena)】

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風車を写生する女の子たちと

2010/07/14水 ユーロラインでタルトゥ(エストニア第二の都市)へ
・聖ヨハネ教会見学
・タルトゥの19世紀の市民の家の博物館見学&写真撮影
・タルトゥおもちゃ博物館見学
<ここから自転車レンタルで街中散策>
・エマユギ川沿い散策
・市場散策(夕方なのでもうほとんど閉店)
・KGB監獄博物館(外観のみ)
・トーメの丘の天使の橋と悪魔の橋と半分廃墟の大聖堂(外観のみ)
【タルトゥ泊:ホテル・タルトゥ(Tartu)】

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古い市場の前のブタの像

2010/07/15木 ヴィリャンディ
<主にサイクリングにて街中散策>
・聖ヨハネ教会見学
・城跡と見晴らし
・夜、洗礼教会で古典音楽フェスティバル鑑賞
【ヴィリャンディ泊:ホテル・エンドラ(Endla)(ゲストハウス)】

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城跡から湖を見下ろして

2010/07/16金 タリン観光1日目
・旧市街散策しながらCityBike社へツアー申込みに行く
・エストニア国立歴史博物館(2011年5月まで改装中で閉館)
・旧市街でショッピング
・ラエコヤ広場
・旧市庁舎と博物館見学&写真撮影
・工芸美術館
夕方17時から:自転車ツアー「ようこそタリンへ」に参加(20時まで)
<停まって説明を回った観光スポット>
・ふとっちょマルガリータ
・タリン港
・カドリオルク宮殿&公園
・大統領官邸と衛兵交代式見学
・歌の原
・第二次世界大戦記念碑
・ピリタ川とピリタ修道院
・ピリタ通りの海岸沿いのサイクリングコース
・ルサルカ像
【タリン泊:ホテル・バロンズ(Barons)】

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ラコヤエ広場に馬車でやってきた新婚カップル

2010/07/17土 ラーヘマー国立公園サイクリング・ツアー
・エストニア古代墓地跡
・コーギ池の滝
・パルムセからサイクリング開始(12時40分頃から17時30分まで)
<経由した主な村>
・パルムセ&宮殿(外観のみ)
・サガディ&宮殿(外観のみ)
・アティジャ村
・ヴェルギ村
・ヴォース村
・ヴィル・ケスケス村
【タリン泊:ホテル・バロンズ(Barons)】

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松林が続くラーヘマー国立公園

2010/07/18日 タリン観光2日目
・聖ニコラス教会見学&弦楽四重コンサート鑑賞
・アダムソン・エリック博物館見学&写真撮影
・トームペアの丘へ(アレクサンダー・ネフスキー寺院見学、大聖堂見学)
・カドリオルク公園
・KUMU(エストニア国立美術館)見学&写真撮影
【タリン泊:ホテル・バロンズ(Barons)】

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中は西欧美術館となっているカドリオルク宮殿

2010/07/19月 午前:タリン観光3日目&午後、出国・ヘルシンキ経由
・トームペアの丘の展望ポイントを回る
・民芸市場でショッピング
・市庁舎のトーマスおじさんの写真を撮る
・聖霊教会
【機内泊】
・帰りの機内で見た映画:ティム・バートン監督の「Alice in Wonderland」(日本語吹替えで)&「Clash of the Titan(邦題「タイタンの戦い」)(日本語吹替えで)&アニメ「ムーミン」

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トームペアの丘から旧市街を見下ろす

2010/07/20火 成田着

どこが一番良かったか、と友人たちに何度か聞かれました。
甲乙付けがたし、と言いたいところですが、各国ごとに敢えて1つずつ挙げるとすると、我ながらようやった、と思えたところが、成就できた喜びもあって、印象に強く残りました。

まずはリトアニア。
ホテルを出て到着まで4時間かかったニダです。
実はちゃんとガイドブックを読んでいなかったため、スミルティネからさらにバスで1時間もかかると事前に気づいていたら行っていたかどうか@
でも可愛い風向計はぜひ見てみたい、写真を撮りたいと思っていました。
海岸沿いのサイクリングは気持ちがよかったです。
そしてトーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだ白い砂丘散策は非常に楽しかったです。

次にラトヴィア。
やはり片道6時間もかけてハイキングしたトゥライダ城行きでしょう。
ハイキングがそう好きでない私がようやったと自分で自分を褒めたくなりました。
でも、途中の小さなスィグルダやクリムルダの町は静かで可愛らしく、自然も美しかったです。
途上では白樺のある林の風景や道端にたくさん咲いている花の撮影にもいそしんでしまいました@

最後のエストニア。
ラーヘマー国立公園のサイクリング・ツアーですね。
本当はバスでハイライトに連れて行ってくれるようなラクなツアーをねらっていました。
ツアーは最低2人からの参加なのですが、私以外にもすでに参加者がいたおかげで、1人でも加わることができました。
しかし、1人で参加したということは、ほとんど人のいない林や野原の国立公園を、6時間、たった一人で集合地点まで向かわなくてはならないのです。
それはさすがに心細かったので、ガイド付きのミニバス・ツアーというのに申し込んだのですが、それが実はほとんどハイキングだと直前で気づきました。
てっきりミニバスに乗りっぱなしで、ちょこちょこと宮殿見学するようなツアーだと思っていたので、私はハイキング・スタイルではありませんでした。
うんざりするような暑い晴天の中、それならいっそサイクリングがよいということで、直前で切り替えました。
サイクリングとなればガイドなしで自分1人です。
でも、車道を走ったし、ほとんど一本道でしたので、あんまり道に迷わずにすみました。
いや、ガイドからもらった地図は非常に簡単なものでしたので、三叉路や交差点ではどっちに進んでよいか迷ったのですが、もう少し先に進めばめざす村の看板が見つかるだろうと不安をおさえて進んだり、交差点はビーチの近くでしたので現地の観光客をつかまえて道を聞くことができました。
もう少し時間の余裕があれば、時々あった脇道を寄り道して、民話をテーマにした彫刻公園とか、海岸沿いを見ることもできたはずですが、そういうのがちっともできなかったのは残念です。
でも、撮影のために何度も何度も自転車を停めて、写真を100枚以上もゲットしていたので、時間の余裕がなかったせいです。
だから、どちらも……というのは欲張りでしょう@

2010年バルト3国旅行の全体の感想(後編)

今回の旅行で私にとって特に印象に残ったハイライト3つ、フェティバルとサイクリングとハイキングのうち、3つめのハイキング。

私はハイキングはそう好きではないのに、ラトヴィアのトゥライダ城に行くのにスィグルダから片道6時間もかけてハイキングしてしまいました。
もちろん、途中でちょこちょこ見どころを回って寄り道したせいもあります。
でも大半はハイキングでした。
そして6時間かけて到着したのが午後4時でしたので、そのまま徒歩で戻ったら首都リガに戻る最終バスに間に合わないおそれもあったし、気力も体力も尽きていたので、帰りはバスを使いました。
もともとは「地球の歩き方」のアドバイスに従って、行きはバスかタクシー、帰りは徒歩にするつもりでした。
だって「スィグルダの魅力に触れるには、どうしてもこの間を歩いてみることが必要」ってあったんですもの。
なので、観光スポットだけ回る汽車の格好をした観光ミニバスがなくもなかったのですが、片道だけでも歩くことを選択しました。
ただし、観光案内所の人のアドバイスは、行きに徒歩で向かい、帰りにバスを使うことでしたので、そうすることにしました。
考えてみたら、それで正解でした。
だってその日のハイライトのスィグルダ城が最後に待ち構えていたからこそ、途中でヘタりそうになっても頑張って歩き続けることができたんですもの。
いや、ほとんど誰ともすれ違わなかったし、流しのタクシーもないし、バスも1時間に1本でしたので、前に進むしかなかったのですが、最後の方は足がつりかけたので、片足を引きずるようにして歩いていました。
これが帰りが歩きだと、先にハイライトを回ってしまうので、途中でちょこちょことした見どころは寄る気にならなくなったかもしれません。

もう1ヶ所、ハイキングといえるのは、野外博物館めぐりです。
もともと3ヶ国ともソ連時代に伝統的な農村が破壊されてしまったため、そういうのを味わいたければ野外博物館めぐりをするしかなく、できれば3ヶ国とも1ヶ所ずつ回りたいと思っていました。
プランの段階で時間が足らなくなり、リガとタリンの野外博物館の2ヶ所だけ回ることにしました。
広大な土地に点在する移設された昔の家屋を見て回るので自ずとハイキングになります。
でも、それぞれ半日くらいですむだろうと思っていたのに、リガ郊外の野外博物館には5時間半かけてしまいました。
前日のスィグルダ城行きの6時間ハイキングの疲れがとれていなかったため、歩みが非常に遅かったせいですが、我ながら5時間半もようかけて回ったと思います。
代わりに、これで野外博物館めぐりはおなか一杯の気分になったので、タリンの野外博物館はもういいやという気分になり、行きませんでした。

というわけで、全体をふりかえると、今回の旅行のハイライトはフェティバルとサイクリングとハイキングの3つとなり、私の好きなミュージーアムがそこに入りませんでしたが、ミュージーアムも、ここ最近の私の東欧旅行に比べると、ずっと充実していたといえます。
なにしろ正味14.5日間のうちに首都が3ヶ所もありましたから。
やはり首都には良いミュージーアムがそろっていますし、第2の都市や大学都市も訪れましたので、粒よりの面白いミュージーアムがたくさんありました。
もちろん、そのため回れ切れなかったり、閉館日なので回れなかったりしたところがたくさん残ってしまい、心残りとなりました。
でも、見たいところは一通り回れて思ったより観光に時間がかからなかったというよりは、心残りがある方が、どうやら充実感が上がるみたいです。

それから教会見学も好きなのですが、やはり東方正教会の方が圧倒的に豪華でエキゾチックで素敵だなぁと思いました。
バルト3国の主流な宗教はカトリックやプロテスタントです。
でも、ロシア系の人口も多いので、ロシア正教会も何ヶ所か見学することができました。
そして、つくづく、カトリックやプロテスタントよりも見学しがいがあるなぁと思ったものです。
ただ、ロシア正教会はどこも内部の撮影は不可でしたが、カトリックやプロテスタントでは特に撮影を禁止されていないところが多かったです。
おかげでカトリックやプロテスタント教会の方がずっと良い被写体が得られたため、ロシア正教会の見学以上に楽しめたのは確かです。

バルト3国での食事は……私はここのところ毎年東欧ばかり旅行しているので、正直言って、似たりよったりです。
隣国で見たような食べ物が、多少の味付けや仕上げの違いはあるのでしょうけれど、名前を変えて出てきているかんじです。
美味しくないとはいわないですが、つくづく日本はいろんな料理のレストランがあるなぁと思いました。
もっとも旅先ではなるべくその国の伝統料理を食べるようにして、中華や日本食だの、その国にとってのエスニック料理を避けたせいもあるでしょう。
そうそう、バルト3国の首都では日本食レストランがあちこちにありました。結構繁盛しているようでしたヨ、現地の人や欧米系の観光客で。
東欧の伝統料理というと圧倒的に家庭料理で、外食産業の歴史はそれほど長くないと聞いています。
だから、伝統料理のレストランばかり狙うと、似たような食べ物になってしまうのは仕方がないのでしょう。
スープは総じて美味しかったです。
食事のときにたくさん水を飲む私は、スープは食べやすいし好きなのです。
特に思った以上の猛暑でうんざりしていたので、冷たい赤カブのスープはとりわけ美味でした。
そしてスープに付け合せでくるふかしたジャガイモの、なんと甘くて美味しかったこと!
バルト3国の主要な食べ物はジャガイモらしいですが、ジャガイモってこんなに美味しかったっけ? と目が覚めるような思いでした。

ヴィリニュスで食べた冷たい赤カブのスープと付け合せのふかしたジャガイモ
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赤カブ・スープはたいていこのようにショッキングピンクです。
添加物のせいじゃぁありません@

伝統料理は試したのですが、残念ながら口に合わないものがありました。
リトアニアには飛行船ツェッペリンが名前の由来のツェッペリナイというジャガイモの中に挽肉が入った料理があるのですが……挽肉を包んだ周りのジャガイモがペースト状になっていて、私の好みではありませんでした。
哀しいけれど、一度食べて懲りました。
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それから、スープが好きなので、夕食はたいていスープ、メイン、そして食事のコーヒーというプチ・コースにしていたのですが。
スープにはたいていパンやジャガイモの付け合せがあり、食欲旺盛なはずの私でもそれでかなりおなかがふくれてしまいました。
なので、リガでのことですが、とてもステキな中世レストランに入ったのですが、メインに頼んだダックが思った以上に量がありすぎたし、甘いジャムのようなソースも私の口には合いませんでした。
途中から食べるのが苦行になり、申し訳ないけれど残してしまいました。

この料理です。
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この写真の右手、布に包まれたものはパンです。
スタッフも中世の人の格好をしていて、内装はもとより小道具もすべて中世風に統一された、とてもステキなレストランでしたのに、選ぶ料理を間違えてしまっていい思い出にならず、残念です。

その後も肉料理はやはりおなかがもたれたので、旅の後半では、メインは魚料理ばかり注文しました。

ほかに全体の感想というと、今回は最近の私の旅行先と違って英語の通用度が高かったので、いろいろなところで非常にラクだと感じました。
旅行の準備期間もいつもよりも短かったですし、3ヶ国も回って3ヶ国とも全く違う言語でしたので、覚える時間はなくて、現地で使えたのだってせいぜい、下記の2つだけです。
・こんにちは=ラバディアナ(リトアニア語)、ラブディエン(ラトビア語)
・ありがとう=アチュー(リトアニア語)、パルディエス(ラトビア語)、アイタ(エストニア語)
3ヶ国目のエストニアでは、特にタリンなど外国人観光客がうじゃうじゃいた旧市街をメインに回ったため、無理にエストニア語を使う気になれず、話しかける際の「こんにちは」や「ありがとう」ですら、実はほとんど英語ですませてしまいました。

また、旅行に必要な簡単な単語すら覚えていくヒマがありませんでした。
たとえば、入口・出口、営業中・閉店や、お店の名前の単語など。
これらは数日旅行していればイヤでも覚えるものですが、4~5日で次の国に移動したため、現地でも覚えるヒマがありませんでした。
外国人観光客が多い首都の旧市街の中以外は、首都であっても3ヶ国とも意外に看板や標識や貼り紙に英語が併記されていませんでした。
でも、読めなくても、必要なら通りがかりの人に聞けば、たいてい英語が通じたので大丈夫でした。
3ヶ国とも人々はとても親切で観光客に対するホスピタリティたっぷりでした。
地図を広げてじーっと見ていると、かなりの頻度で「どうしましたか」「なにかお手伝いしましょうか」と声をかけられました。
方向音痴の私は道がこれであってるだろうと思っていても何度も地図を確認しないと気がすまないので、そのように声をかけられても「大丈夫です」と答えるしかないときには、目立たないように確認しようと注意したくらいです@
(いや、ほんとはあからさまに観光客であることを回りにアピールしないためにも、地図は目立たないように確認すべきなのですが、どうやったって私は不慣れな観光客にしか見えなかったでしょうから、地図を見ていようが見ていまいが大差なかろうと開き直っていました(苦笑)。)

ただし、ラーヘマー国立公園をサイクリング中の6時間は、時々すれ違う車とごくごくたまぁにすれ違った私と同じサイクリング観光客以外、ほんとに見事にほとんど人と出会わなかったので、途中で三叉路にぶつかったとき、知らない単語だらけの標識の中でどれが地名なのか、あるいはただの普通名詞なのかすら区別がつかなくて閉口してしまいました。
方向音痴の私は三叉路や交差点は苦手なのです。
でも結果的に道を間違えることなくちゃんと集合時間までに集合場所にたどり着いたので、結果オーライ、戸惑ったことも、旅行をなつかしく思い出す調味料のようなものです。

良かった点をたくさん挙げましたが閉口した点もいくつかあります。

まず、期待していたよりは暑かったこと。
帰国後の梅雨明けの日本の猛暑の方がやはり暑いなと思ったのですが、バルト3国ではもっと涼しい夏が過ごせるかと期待していたものですから。
自転車での観光をできるだけしたかったのも、徒歩だと暑くてたまらなかくてうんざりしたせいもあります。
自転車であれば少なくとも風を感じることができます。
湿度が日本よりずっと低いので日陰は涼しいですが、その分、日向の直射日光はきついです。
そのせいで、気をつけていたつもりでも、おでこや首筋が日焼けのせいでがさがさになってしまいました。
ホテルに戻ったあと、一生懸命クリームなどでマッサージしたのですが全然良くならず。
でも、蒸し蒸ししてたまらない日本に戻ってきたあとでは、一日で随分肌の状態が良くなりました。
つくづく、日本の湿度の高さは肌を守ってくれているんだなぁと思いました。
湿潤な日本に空気に守られているので、ヤワになっているともいえますけどネ。

また、バルト3国に限らないのですが、ヨーロッパ、特に私が最近回っている東欧は、むしろ冬の寒さの方が厳しい国が多く、夏の猛暑はここ最近の異常気象であるため、夏に少しでも涼しく過ごすことが日本よりずっと苦手なんだなと思いました。
建物の中が蒸し暑くて、風通しが悪いです。
飛行機を除き、長距離バスや市内バス、トロリーバス、トラムといった公共交通機関の蒸し暑さは地獄でした……。
一歩足を踏み入れただけで、むっと汗が吹き出ました。
クーラーがかかっていても暑すぎてほとんど利かない上、車両は窓がほとんど開かない構造なのです。
涼しい旅ができると期待していたユーロラインですら、車内の温度表示を見たら、外の方が車内より涼しかったりして、かえってイライラしたものです。
そして今回の宿泊ホテルのほとんどは、クーラーはもとより、扇風機がないところばかりでした。
くつろぎたいホテルで、立ってるだけで汗だらだらというのは厳しいものがあります。
日焼けでほてった体を室内で冷やすことができないので、体の内側から熱がカッカして苦しかった日もあります。

それでも朝晩は涼しいので、窓を全開すれば、だいぶ良くなったときもありました。
代わりに、地方都市はともかく、首都では外の喧噪がすごかったです。
特に最後の都市タリンでは旧市街の中にホテルを取りましたから、夜中すぎまで一晩中、酔っ払いの怒鳴り声や叫び声の奇声がBGMでした。
それでも疲れていて眠れてしまう私ですけど……やはりケンカしてるような怒鳴り声や女性の悲鳴みたいなのは、耳にして気持ちのいいものではありませんでした。
それに窓を全開しっぱなしって、ホテルの部屋はだいたい3階以上でしたけど、無用心でいい気はしませんでした。

しかし、暑くて文句を言いたくなったということは、すなわち晴天には恵まれたということです。
17日間の旅程で曇り、あるいは曇りがちだったのは最初の2日間と最終日だけでした。
ヨーロッパらしからぬ(!?)土砂降り雨は3度ありましたが、どれもホテルに戻った夜間でした。
外での観光がメインなので晴れてほしいと願った日の朝、ぱらぱら小雨が降ったりしましたが、観光地に着いたら快晴でした。
晴れていて青空が広がっていると風景写真が何割増も美しく撮れるので嬉しいです。
もっとも、快晴で喜んでいられたのは最初のリトアニアだけで、ラトヴィアを回りだした1週目の後半あたりから東欧全体で猛暑に見舞われて、曇りで涼しい日がなつかしくなったりしました。
それに街中の撮影は、あまり日差しが強すぎると影の部分が真っ黒になってしまうので、かえって薄曇りの方が都合よかったりします。
とはいっても、晴れていた方がやっぱり色彩は明るく写欲もそそられ、たとえ逆光でも全体的に明るい写真が撮れたので、写真撮影の点からいえば、やっぱり晴れに軍配があがりますね。

あと、もう1点、全体の感想として閉口したのは、車の排気ガスがきつかったことです。
これは東欧ではまだ、バルト3国であっても日本ほど排気ガスに配慮した車が普及していないようです。
ただ、旅行前に風邪をひいてしまって喉をやられ、旅行中も喉の調子が良かったとはいえないので、いつもよりも排気ガスが喉に響きました。

でも閉口した点というのは、たとえそう何度もあったわけでなくても印象に残りやすいところがあります。
ふりかえれば良かった時間、楽しめた時間と思い出の方が圧倒的に多かったです。

最後におみやげの話。
アクセサリーが大好きな私にとって、バルト3国の琥珀アクセサリーはウィンドウ・ショッピングだけでもとても楽しかったです。
もちろん、購入もしてしまいました。
シルバー・ジュエリーが主でしたので、値段も手ごろでしたから。
でも琥珀アクセサリーは実はすでにたくさん持っているんです。
かつて2000年に旅行したロシアでちょこっと、そして2005年に旅行したポーランドではいくつも買ってしまいましたから。
それなのに性懲りもなく@
だって私の目には、バルト3国の、特に屋台でなくちゃん店構えしているジュエリーショップの琥珀アクセサリーは、ロシアはもとよりポーランドよりもずっとデザインが洗練されているように思えたから。
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そして3ヶ国の首都の中でも1番物価が安いといわれているリガでは、歴史博物館に展示されているようなバルト古代民族のアクセサリーをあしらったバルティック・ジュエリーがとても魅力的でした。

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ラトヴィアの7つのシンボルのリング。

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左の馬は8~13世紀くらいの古代バルト民族のアクセサリーの意匠を模したもので、右は健康のシンボルだそうです。

また、民芸品のおみやげも、可愛いいものが多くて楽しかったです。
マトリョーシュカをはじめ、ロシアやウクライナでも見たようなおみやげもいくつもありましたけど。
最後の訪問都市のタリンは一番物価が高いといわれていたので、なるべくおみやげに手を出すまいとしたのですが、アクセサリーはすでにヴィリニュスやリガで買っていたので我慢できましたが、それ以外のおみやげは結局ほとんどタリンで買ってしまいました。
私好みの可愛いおみやげがたくさんあったのはタリンの旧市街でしたし、もうすぐ旅行も終わりでこれ以上の移動もないので多少荷物が増えてもいいとなればね。

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バイキング人形は北欧民族のおみやげかなぁと思ったのですが、エストニアの古代民族は陸の民と海の民、すなわちバイキングだというので、いや、あまりに可愛いので買ってしまいました@
それから、真夏に買うにはちょっと暑苦しいけれど、毛糸のセーターや靴下や帽子も、民芸品のおみやげとしてメジャーです。

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こちらは甥っ子姪っ子のおみやげに買った毛糸の帽子。

でも、タリンの旧市街でも、気に入ったおみやげだからといって、すぐに飛びついて買うことはせず、いったんはぐっと我慢して、他の店との値段比較をしました。
似たようなものがあちこちで売られていますから。
タリン滞在ホテルは旧市街の中心、旧市庁舎のあるラエコヤ広場のすぐそばでしたので、タリンではいつも通るホテルに近い界隈が一番おみやげの物価が高いことにすぐに気づきました。
中には全く同じものなのに空港の店よりも高いものもありました。

また、タリンに入る前にヴィリャンディという地方都市で買った人形は、タリンの一番高いところではヴィリャンディでの3倍近い値段で、びっくりしました。
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全体の感想おわり。

2010年バルト3国旅行の全体の感想(前編)

当たり前のことですが、訪れる国によって、そこがどんな観光資源を提供してくれるかによって、観光スタイルは変わります。
変わるといっても本人の志向そのものはそう簡単に変わるわけではないので、端から見ると大きな違いはないかもしれませんが、本人にとっては大きいです。
今回のバルト3国旅行のハイライトは、私にとってとても意外なものとなりました。
印象に残ったという意味のハイライトですが、それは、フェスティバルとサイクリングとハイキングです。
自分の中で空白の東欧の歴史を知るきっかけにしたいということで旅行先を選び、そしていまは写真撮影が一番の楽しみとなっている私にとって、これらの3つがハイライトとなったのは我ながら信じられない気分です。

まずはフェスティバルについて。
フェスティバルや祝日は、旅行先で遭遇できればそれはいい思い出になるかもしれませんが、どちらかというとしたい旅行の予定が狂わされるので、できれば避けていました。
というのも、フェスティバルや祝日の日は、ミュージーアムなどの観光スポットがお休みになることがありますし、観光客を大勢迎え入れる余力のある都会はともかく、地方都市では宿泊の予約がとりにくくなるし、宿泊代が跳ね上がることが多いからです。
例えば、今回旅程に入れたエストニアのヴィリャンディはふだんは静かな地方都市なのですが、毎年7月後半に開催されるヴィリャンディ・フォーク・ミュージック・フェスティバルは世界的に有名らしく、このときは大勢の観光客が訪れるため、近隣都市を含めて宿泊地の確保が難しくなるそうです。
だから今年のこのフェスティバルの開催日は私の帰国日以降で、バッティングすることはないと知って、ほっとしたものです。

でも、リトアニアの首都ヴィリニュスとラトヴィアの首都リガでフェスティバルとバッティングしました。
ヴィリニュス観光の2日目の7月6日は、ヴィリニュス創建者ともいえるリトアニアのヴィタウタス大公の戴冠記念日でした。
おかげで、楽しみにしていたミュージーアムのいくつかは祝日で閉館となっていて泣けました。
また、リガに着いたその日は、自由記念碑に続くブリーヴィーバス大通りでパレードが行われていました。
でも、どちらもフェスティバルやパレードを見学することができて、ふつうに旅行していたらなかなか撮れない民族衣装を着た人たちの写真がたくさんゲットできました。

また、世界的に有名なフォーク・ミュージック・フェスティバルがバッティングすることなくほっとしたヴィリャンディでは、古典音楽フェスティバルの最中でした。
ただし、これはフォーク・ミュージック・フェスティバルほどメジャーではないようで、このフェスティバルにバッティングしたからといって宿をとるのに苦労したり、街中とりわけ人があふれかえっていたというようなことはありませんでした。
いや、観光客は多かったですが、大小いくつもの湖で泳げる地方都市の夏ならこのくらいいてもおかしくないだろうという程度で、首都に比べればずっと人口密度は低かったです。
ヴィリャンディは唯一、ゲストハウスに泊まったところですが、ヴィリャンディが古典音楽フェスティバルの最中であることは同じゲストハウスの女性たちに教えてもらいました。
インフォメーションやあちこちにあったチラシはエストニア語オンリーでしたので、私には読めず、無視してしまったのです。
そして深夜に教会で開催された古典音楽コンサートに一緒に連れていってもらうこともできました。
そのコンサート会場の教会は泊まっていたところから徒歩5分程度の近いところだったのですが、いくら夜が短いエストニアでも真っ暗になってしまう夜10時からでしたから、1人ではとても行く気になれなかったでしょう。

次にサイクリング。
そもそも海外旅行で自転車をレンタルしてサイクリングしたのは初めてです。
でも、今回のバルト3国旅行ではサイクリングができるかもしれないと旅行前から期待はしていました。
「地球の歩き方」の「旅の準備と技術」の「国内の移動」にレンタルサイクルについて書かれてあったせいで、観光手段に自転車が利用できたらいいなぁとその気になったのです。
もっとも私はすごくサイクリングが好きというほどではなく、歩くより自転車で移動できる方がずっと距離が移動できるから、という程度です。
それでも、海外旅行先で自転車レンタルをしたことはなかったし、レンタル料金の相場もシステムも事前にはあまり分からなかったので(直前でサイトを見つけたところはありましたけど)、レンタルできるところがあっても借りないかもしれないと思っていました。
でも結果的には、17日間の旅程で正味14.5日の観光で、1日数時間から半日と幅はあったものの、なんと半分近くの7日間も自転車レンタルを利用できました。
2番目に訪れた町カウナス(リトアニア第2の都市)で無事にレンタルできた後、徒歩でなく自転車で観光することにハマってしまったのです。

実は自転車レンタルをする可能性を考えて、余分に持参した荷物があります。
「地球の歩き方」のアドバイスに従って用意した座席カバーもその一つです。
日本の自転車より座席が固いことがあるというので。
でも、考えてみたら、人種が違っていてもお尻の筋肉の堅さはそう変わるものでしょうか。
バルト3国でレンタルされている自転車の座席は日本の自転車とそう変わらなかったので、せっかく持参した座席カバーは使わずじまいでした。

ただし、背の高さ、もとい足の長さはそうはいきませんでした。
身長164cmある私でも、毎度、座席を低くしてもらうことになりました。
中には一番低くしても足が届かない自転車もありました。そのレンタル自転車屋さんで一番気に入った自転車でしたのに。
というのも、バルト3国でレンタルされていた自転車は、前からまたいで乗れないタイプや、ペダルを後ろに回転できないタイプが多かったのです。
レンタルサイクリングしたのはリトアニアとエストニアですが、私にとって不慣れなタイプのそういう自転車はエストニアで特に多かったです。
いまから思えばリトアニアで借りた自転車は乗りやすかったです。

前からまたいで乗れない自転車は、うんと傾ければなんとか乗れましたが、ペダルを後ろに回転できないということは、こぎ始めのペダルの位置の自由がきかないので非常に乗りづらかったです。
しかも、中には前ブレーキがろくにきかず、ペダルを後ろにすることでブレーキをかける自転車もあったのですが、それに気付かなかった私は足で地面を蹴って自転車を止めていました。
下り坂では非常に恐かったです。
それでも、自転車で回るのをやめなかった私も私ですが@

借りた自転車の写真をアップします。

・カウナスでレンタルした自転車
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レンタル屋さんの営業時間が22時まででしたので、24時間レンタルで11時55分から19時10分頃まで7時間半ほどレンタルしました。
おかげでレンタル中に美術館を2ヶ所回ることもできましたし、トラムを使わなければ徒歩ではなかなか回れない範囲まで回ることができました。
かの有名な杉原千畝さんが滞在したもと領事館を使った博物館は、入館時間には間に合わなかったのですが、建物だけは見に行くことができました。
とても閑静な住宅地の中にあり、とても意外な気がしたものです。
荷物のリュックは最初は背負っていましたが、途中で荷台のバネで押さえ、リュックの紐を座席の下にくくりつけれることで荷物を背負わずにすみました。
一応、荷物は最低限にして軽くはしたのですが、時間がたつと軽くてもどんどん肩に食い込んできて辛くなってきたものですから。

・パランガにてレンタルした自転車
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パランガにはレンタル自転車があちこちにあふれていました。セグウェイもメジャーでした。
営業時間が21時まででしたので、24時間レンタルで14時すぎから20時20分まで6時間レンタルしました。
この自転車は前からまたいで乗ることができたし、ペダルも後ろに回転するので使いやすかったのですが、自転車が汚れていたので、チェーンをかけようとするたびに手が汚れてしまうのに閉口しました。
また、レンタル屋さんはチェーンを貸してくれなかったので、持参していた自分のスーツケース用のチェーンを代わりに使いました。
でも、スーツケース用のチェーンは自転車チェーン代わりにするにはあまりにももろくて、最後の方でチェーンを外すのを忘れて走り出してしまって、ちぎれてしまいました(泣)。
チェーンを外さなくても自転車が走れたので、していた意味はほとんどなかったですね。

・ニダにてレンタルした自転車
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滞在ホテルから到着するまで片道4時間もかかったので、13時40分から16時50分の3時間レンタルして、自転車でニダの町を観光しました。
この自転車が一番使い勝手が良かったです。前からまたいで乗ることも、ペダルも後ろに回転することもできたし、チェーンをかけるたびに手が汚れることはなかったですし。
ニダにも自転車レンタルはあちこちにたくさんあり、ここではレンタル屋さんでチェーンだけでなく、荷台にカバンをくくりつけるロープも貸してもらえました。
ニダの町はクルシュ海岸沿いに長細く伸びているため、トーマス・マンの家の博物館から彼が「北のサハラ」と呼んだ白の砂丘まで、徒歩では相当歩くことになるのですが、自転車のおかげですいすいと移動できました。

・タルトゥにてレンタルした自転車
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タルトゥのレンタル屋さんは旧市街から若干離れたところにあったので、行く途中で小さめの博物館を2ヶ所寄りました。
レンタル屋さんの営業時間は18時まででしたので、15時50分から17時50分までの2時間だけレンタルし、これでタルトゥの町を観光しました。
タルトウではホテルにチェックインしたとき部屋にはまだ入れなかったため、タウンバックからリュックに荷物を入れ替えることができず、荷物もさほど減らすことができなかったのですが、荷台のバネとカバンの紐を短くして座席にからめることで、なんとか荷台にくくりつけることができました。
タルトゥは坂道がきつい町でした。
でもニダなどでは坂道もへいちゃらでしたので、きつく感じたのは、旅行も後半に入っていて、旅の疲れもたまっていたせいもあると思います。
この自転車は前からまたいで乗ることができず、ペダルが後ろに回転しない一番使いづらいタイプでしたが、ハンドルでのブレーキングはしっかり利いたので助かりました。

・パランガにてゲストハウスで無料で貸してくれた自転車
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この自転車はペダルが後ろに回転せず、ハンドルでのブレーキングは甘く、ペダルを後ろに回転させることでブレーキをかけるタイプでした。
車が来るので止まろうと思ったときにブレーキがきかずにひやひやしたものです。
パランガのような地方都市ではどちらかというとマナーが良い車が多く、車の方で先に止まっていてくれたので助かりました(苦笑)。
また、パランガは大きな湖に向かって緩い坂に町が広がっていたため、下り坂は特に怖かったです。
前に人が歩いているようなところの下り坂では、自転車が止まらずにぶつかることを恐れて、自転車から下りて転がしました。
人がいない下り坂は、足で地面を蹴ってスピードを落としながら走りました。
そんな思いをしつつも、自転車の方が広範囲をラクラク、荷物をしょわずに回れるので、ずっと快適でした。

・タリンにてCityBike社の自転車ツアー「ようこそタリンへ」に参加したときに借りた自転車
Img_4740
夏は17時出発のツアーもあったため、それまで徒歩でタリン旧市街を1人で観光し、17時から20時くらいまで、タリン郊外の観光スポットをガイドに先導されながら自転車で回りました。
ちなみにツアー参加者は私以外は男性2人でした。なので、歩行者や車などの障害がないところでスピードを出してぐんぐん進んで行くこと、行くこと!
前からまたいで乗れませんでしたが、ペダルも後ろに回転できたので、さほど乗りにくいとは感じなかったため、なんとか追いつけましたが、私の自転車をこぐペースは思ったより遅いようだと思い知らされました。
と言いつつ、実は私は写真を撮りたくて自転車をたびたび停めたからいつもラストになってしまったんですけどね。
時には自転車を停めずに、少しスピードを落として片手でパチリ! とやりました@
とても天気が良くて夕方でも昼間のように明るかったおかげでしょうか、そんな無茶な撮り方をしても、ピンボケしなかったなんて、すばらしいです。
もちろん、カメラの手ぶれ防止機能のおかげも大きいです。

・タリンにてCityBike社のラーヘマー国立公園サイクリング・ツアーに参加したときに借りた自転車
Img_4889
もともとはミニバスでのツアーに申し込んでいましたが、むしろハイキングがメインのツアーだと直前になって気づいたので、サイクリングに切り替えました。
なにしろ観光スポットにミニバスで連れていってもらえると思っていたので、荷物を軽くしたり、リュックにしなかったものですから。
それに徒歩よりもむしろサイクリング日和の、きつすぎるくらいの快晴の日でしたから。
自転車は前日と同じタイプのものを選びました。
ツアー開始は9時でしたが、ラーヘマー国立公園内の町パルムセに着いたのは昼すぎで、サイクリング開始は12時30分となり、17時30分頃に集合時間に到着しました。
10分遅れたのですが、私たちツアー参加者や自転車を運んでくれたミニバンも同じ時間に集合場所に到着したので、遅れたことになりませんでした@

こんなミニバンで自転車を運びました。
手前に借りた自転車を借りたヘルメットと一緒に写しました。
Img_5066
私はランチタイムもトイレタイムも取らずにひたすら走りました。
ただし、写真を100枚以上撮ったので、100回くらいストップしながら走っていたせいでしょう、ペースは他の参加者よりも遅かったです。
他の参加者がランチを取っている間に時間が稼げたわけです。
おかげで5時間を超過した頃になると、もう足腰がガタガタで、写真ストップで自転車を下りると、乗るのに覚悟が要るくらいにへとへとになっていました。
最後の方は、集合時間に遅れまいという気力で完走できたようなものです。

つづく。

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