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2010年秋 極東ロシア旅行4泊3日

写真でふりかえる2010年極東ロシア旅行:ハバロフスク2日目(完)

ハバロフスク2日目は、1日目に行きそびれた赤軍歴史博物館と国立極東博物館にはぜひ行きたいと思っていました。
それにはまた、どちらかというと駅に近いホテルから一時間かけてアムール川沿いまで歩かなくてはなりません。
ついでに同じロシア土産の店でお土産を買い足そうと思ったので、1日目と同じくムラヴィヨフ・アムールスキー大通りを通りました。

というわけで、2日目の歩いたルートは1日目とだいぶかぶってしまったので、1日目と違って写真枚数は減るだろうなと思ったのですが。
アムール川沿いに向かう途中、ディナモ公園の散歩を入れたのと、どちらの博物館も100ルーブルの写真代を払えば撮影OKでしたし、なにより昨日はアムール川沿いの散策中に曇ってしまったのに対して、ハバロフスク2日目は終日晴天でしたから、アムール川沿いの写真を撮り直しました。
おかげで1日目より撮った撮影枚数は多くなりました。

2010年9月19日(日)ハバロフスク2日目
撮影枚数:240枚(+ホテルで撮影した買ったものなどの20枚)
※前日の撮影枚数は226枚。

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カイダル子供公園に、チェブラーシュカとワニのゲーナ!
柵の外から撮影していたので、正面にまわれずこんなアングルですが。
このチェブラーシュカは可愛いです@

カイダル子供公園ってなんだろうなぁと思っていたら遊園地でした。
昨日の夜、この遊園地の脇を通ってホテルに戻ったとき、イルミネーションのおかげで明るくて夜道を歩きやすかったです。
そのあとすぐに暗い道が待ち構えていたのですが。

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ディナモ公園入口。

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ディナモ公園でついついクレオメとマリーゴールド花壇に夢中!

花だけを撮った写真は、日本だかロシアだか区別がつかなくなると分かっていても。
花好きの私は海外旅行先だからといって、花を全く撮らずに我慢できるはずがないのでした。

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ディナモ公園の恐竜の遊具とダリア花壇。

まだ朝早いのか……といっても10時すぎていましたが、このあたりにも人影がほとんどなくて寂しかったです。
でも昼近くになったら、子供たちや子連れの親子がきていて賑わっていました。
いや、通り抜けるつもりだったので、本当は昼近くまでいるつもりはなかったのですが……。

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ディナモ公園に可愛い彫刻が!

ロシア民話あたりを題材にしたと思われる彫刻群がありました。
寄ってみてよかった!

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いかにも童話に出てきそうなおじいさんと、その助手か仲間のキジ(?)とフクロウ(後ろ姿)。

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さんさんと輝く光を浴びた様子があまりに美しくて、撮ってしまいました、ただのオニタビラコ@
これもディナモ公園にて。
すでにクレオメ花壇と彫刻群で思ったより時間を食ったので先を急ごうと思っていたのに、今度は野花撮影に夢中になってしまいました。

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おやまぁ、赤いエノコログサ!
これもディナモ公園にて。

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ショック!
通り抜けるつもりだったディナモ公園なのに、最初に入ったゲートにところに戻ってきてしまいました(泣)。
ああ、方向音痴。

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激ウマなマロージュナヤ(アイスクリーム)、お洒落なムラヴィヨフ・アムールスキー大通りにて今日も立ち食い!

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ムラヴィヨフ・アムールスキー大通りのバス停留所。
もう明日は帰国かと思うと、こういうなんでもない街角撮影に萌えます。
日本に帰国してしばらくしたら、こういう写真もきっとなつかしく思えてくるはずだから。

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日差しがまぶしいアムール川。
昨日と違って空は青く、川の色も違って見えるので、晴天下でもう一度アムール川の写真を撮ることにしました。

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昨日は新婚さんがたくさんいたこのあたりですが、今日はなぜか軍人さんがぞろぞろ。
軍人にやたらカメラを向けたらトラブルの原因になりかねませんが、これくらいならいいでしょ@

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テラスからアムール川と対岸。

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アムール川を見下ろす展望台。
この川沿いの道を散策するのも気持ち良さそうです。

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輝くアムール川とロシア国旗が翻る遊覧船。

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赤軍歴史博物館。
入場料は150ルーブル、写真代は100ルーブル。
(2010年9月現在、1ルーブル=約3円で換算)

昨日の極東美術館みたいに、写真1枚につき200ルーブルというべらぼうな値段ではないので、好きなだけ写真を撮ることができました。
といっても、ロシア語オンリーで、もともと赤軍やシベリアのことをそんなに知らない私にとってチンプンカンプンの展示ばかりでしたが……。

ちなみにこの階段前の写真は、どうやら65周年記念式典のときのものらしいです。

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赤軍歴史博物館には軍事ポスターがたくさんあったので、それを撮りまくりました@
なんと書かれてあるか分からなくても、ポスターのイラストは雄弁です。
このポスター、手前の兵士に目が行きがちですが、背景の赤い人たちは一体……?
奥の中世の兵士はいいとしても、ドンキホーテみたいなおじいちゃんに、パン屋のおじさん!?

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これは読める!
さしずめ「ヨーロッパを自由に!」あたりかな。
女性がヨーロッパの擬人像なのでしょう。
それにしてはアジア系の顔つきをしているようですが。
その鎖を解き放つのは、ソ連かアメリカかイギリスか。

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赤軍博物館にはシベリア軍を題材にした絵も何枚か展示されていました。

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そして中庭には武器の展示。
小学生くらいの男の子2人を連れた親子連れも見学に来ていました。
親子で歴史の勉強か、えらいなぁと思ったら、これだけが目当てのようでした(笑)。
子供たちだけでなく、大人も戦車や砲台の前で記念撮影していました。

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次に国立極東博物館へ。
シベリアの自然を題材にしている博物館です。
入場料は300ルーブル、写真代100ルーブル。

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シベリア・マンモスの復元模型!

国立極東博物館にはほかにもたくさんの動物の剥製が、生息地のジオラマ風に展示されていました。
それはウラジオストクのアルセーニエフ博物館でも同じだったのですが、こちらの方が展示数は多かったです。

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シベリアで採れる鉱物の標本。
鉱物標本を見るのもだーいすき!

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アムール川の魚。これはアムールチョウザメかな?

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いや、こっちがチョウザメかな?
チョウザメは、キャビアの親です@

魚の説明。
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2つ目のアショートル・アムールスキーがアムールチョウザメだと思うのですが。
ラテン語から調べてみました。
1つめのHuso dauricusはダウリアチョウザメ。
2つめのAcipenser schrenckiiはアムールチョウザメ。
どちらもチョウザメでした@

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2階はなにやら子供のための展示でした。

ちなみに2階ではシベリアクマの子供の映像もあって、非常に可愛かったです。
特に雪原を走る2匹の子グマ。時々ずべっとすべって腹ばいになる様子があまりに可愛らしくて微笑ましくて笑いがこぼれてしまいました。

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たぶん子供が描いた絵。
こういう題材を子供が描くって、なんか哀しいです。

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アムール川をロシアと清の間の国境に決めた1858年愛琿(アイグン)条約(1860北京条約)の調印の場面の絵だそうです。
真ん中の目立つ男性は、目抜き通りに名を残すムラヴィヨフ・アムールスキーです。
東シベリア総督で、1858年の愛琿条約でロシアの国土を極東に拡大したり、日本と樺太の国境線を決めたりした政治家です。
ウィキペディアフリー百科事典からの受け売り。

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絵のそばにあったアムール協定の説明。
ロシア語のみなので分からない~。
ここにある日付と、館員さんが「アムール協定」と言ってくれたので、それをヒントに調べました。
この説明は実際の文書と、その調印に使われたと思われるロシアと清の両国のペンが展示されていました。

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2つの博物館を見学し終えたあと、さきほどの展望台近くからアムール川を見下ろしたところ。

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テラスからアムール川を見下ろす。

明日は8時15分のフライトでハバロフスクから成田に帰国するため、6時にはホテルを出なくてはなりません。
なので、まだ明るいけど早めにレストランで夕食をとって、ホテルに戻ることにしました。

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中央緩衝帯が公園になっていたアムールスキー並木通りを通って明るいうちにホテルに戻りました。
夕方、地元の人たちもベンチでおしゃべりしたり、犬の散歩に来たりしていました。
ハバロフスク観光の最後の最後にいい散歩になりました。

ココログ版写真でふりかえる極東旅行記、おわり。

写真でふりかえる2010年極東ロシア旅行:ハバロフスク1日目

夜明け間もないハバロフスクに、ウラジオストクからシベリア鉄道で到着しました。
女車掌さんは車両の中でまだ薄着だった私を見て、「ハバロフスク、ホーラドナ!」と寒さにこごえるジェスチャーをしていましたが、関東なら10月の少し寒い日くらいでしたので、散策にはむしろ気持ちがよいくらいでした。
天気は、アムール川沿いを散策していた一時期だけ、曇った以外は、良い天気でした。
なので、時々汗ばむこともあったくらいです。
ハバロフスクは碁盤目のように道路がたてよこに整然としいるのですが、駅からアムール川へ伸びるたての道はほぼ平坦なのに対して、よこの道は坂道だらけでしたから@

2010年9月18日(土)ハバロフスク1日目
撮影枚数:226枚(+ホテルで撮影した買ったものなどの写真8枚)

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ウラジオストクからハバロフスクまで乗ったシベリア鉄道2等車両。
イルカのマークが可愛い、思った以上にきれいな車両でした。
迎えの人が集まっているようですが、さて、このうちの何人が白タクの運ちゃんでしょうか@

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朝のハバロフスク駅。
観光スポットが集中しているアムール川まで1.5kmほど離れているので、ハバロフスク駅前まで行ったのはこのときだけ。

滞在ホテルまでは駅から400mくらいでしたし、持参荷物は切り詰めていて軽かったので、ホテルまでテクテク歩きました。
駅前近辺の歩道はぼこぼこで、キャリーバックはガタガタいってましたけどね。
ただ、ホテルからアムール川まで1kmほどあったので、ハバロフスク観光2日とも、せっせと歩きました。
公共交通機関の路線がよく分からなかったので、利用できなかったんです(泣)。

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ホテルに向かいながら撮ったトラム。
元・社会主義国にはよくあることですが、運転手は女性です@

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ホテルに向かいながら撮ったミニバス。
なかなか可愛かったので@

バスにトラムにミニバス。あんなに公共交通機関がたくさんあったのに、全然利用できませんでした。
適当に乗車して、違うところに運ばれて、かえって余計に歩くことになるのを恐れたんです。
今年の夏のバルト3国旅行で、リガで一度そんな失敗をしたばかりでしたから。
バルト3国では英語が通じたけれど、ハバロフスクでは、いやロシアでは、公共交通機関の運転手さんたちが英語が話せることを期待してはいけません。

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中央市場を散策。
ロシアって、なぁぁぁんでもこういうキオスクで売ってるんですよね。
というか、お店がみんなキオスクみたいなんです。
ロシアは2度目だし、なぁぁぁぁんでもキオスクみたいな店で売っていたのはウクライナなどでもそうだったのですが、いちいち軽くカルチャーショックを受けます(でもそれが楽しい@)。

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そうはいっても、中央市場には広い体育館のような建物もあり、その中にはふつうに日本の生鮮市場のような売り場もありました。
サーモンとかイクラとか美味しそう!
アムール川でとれたものではないかしら。

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レーニン広場に向かう途中で見かけた新婚カップル。
この花嫁さん、ウェディングドレス、イカしてる@

金曜日のウラジオストクに続き、土曜日も結婚式日和でした。
あちこちで新婚カップルを見つけました。
でも日曜日にはぱたっといなくなりました。

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レーニン像が全然目立たなかったレーニン広場。
町歩きの目印にはなる広場です。
ここにも新婚カップルが記念撮影していました。
でも、おしゃれした祝い客もステキです。特に子どもたちがかわいらしい@

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レーニン広場にて、ハトを追いかけてたわむれる女の子。

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花壇や噴水があってとてもきれいに整備されたレーニン広場。
噴水の水は昼間は止まっていましたが、夜のライトアップのときには流れていました。

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ハバロフスク一番の目抜き通りムラヴィヨフ・アムールスキー通りで、マロージュナヤ(アイスクリーム)を食べる!
ロシアのアイスクリームはめっちゃくちゃ美味しいです。
ウラジオストクでは食べるのを忘れてしまいましたが(というか、街頭でアイスクリーム売りを見た覚えがないです)、ハバロフスクではチャンスを逃すまじ!(というか、この目抜き通りをはじめ、川沿いの公園などあちこちにアイスクリーム売り場がありました@)。

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美しい建物が並ぶムラヴィヨフ・アムールスキー通り。
この通りそのものが、ハバロフスク観光ポイントの一つです。

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アムール川に近い教会広場にて、ウスペンスキー教会。
空模様も写真を撮るのに理想的!

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教会広場のモニュメント。

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いざ、アムール川沿いの「文化と憩いの公園」を散策しようと思ったら……なんだか急に曇ってきてしまいました(泣)。

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人がせっかく一時間かけてアムール川まで歩いてきたのに……。
でも、翌日、晴天下でのアムール川撮影もできましたが、いざ比べてみると、曇りは曇りで違う雰囲気の写真に撮れていていいかもしれない、と思い直しました。

ま、あくまで結果オーライですけどね。曇りと晴れと両方撮れたわけですから。

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楽しみにしていた極東美術館へ。
建物全体の写真を撮り損ねました。
写真撮影ができるかと楽しみにしていましたが、1枚なんと200ルーブル!
1ループル=約3円未満とすると、1枚撮影するごとに600円!
それはいくらなんでも……。

だた、期待していたほど作品数はありませんでした。
10年前とはいえ、モスクワやサンクト・ペテルブルクの著名な美術館を知っているので、無意識のうちにあそこまでの規模と作品を期待してしまったようです。

それに美術館の中では、なんと、コーラスの練習中だったんです。
美術館が開館中の時間帯に、コーラスの練習のためにピアノと部屋を貸し出すなんて、面白いですね。生徒は5~6人くらいでした。
もちろん、その部屋は立ち入り禁止ではなく、その部屋に展示されていた絵を鑑賞することはできました。
でも、ピアノやコーラスを素敵なBGMと思いたくても、何度も中断してはピアノを弾いている先生らしき人が注意しているので、気になってしまって落ち着けませんでした。

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美術館で鑑賞中に皮肉にも外が晴れてきたので、ミュージーアムめぐりはやめて、極東美術館を終えたらあと、アムール川沿いに戻りました。
ところが、戻ったら戻ったで、また曇ってきてしまいました。
タイミングが悪い……。
せっかく川沿いに戻ったので、遊覧船に乗ることにしました。
行く前にチェックした天気予報では、明日は天気がぱっとしないはずなので。
でも結果的には、翌日の方がとても天気がよかったです。

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遊覧船乗り場に向かって川沿いの散策道を歩きました。

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どれに乗ればよいか分からなくてうろうろ。
あくまでミニクルーズがしたいので、どっか遠くに連れて行かれたら困ります。
すると、日本人団体を乗せたあとに待機していたらしいロシア人ガイドが、日本語で私に「船に乗りたいんですか?」と話しかけてくれました。
そして、この船がそうではないかと教えてくれました。

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1時間のクルーズの前半は曇っていて、デッキに出ていたのでちょっと寒かったです。
だけどだんだん晴れ間が戻ってきて、風が強くてもぽかぽかと暖かくなってきました。

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アムール川です。アムール川ですよ~。

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あれはハバロフスク郊外でしょうか。
工場地帯と、それから妙にカラフルな団地のようなものが見えました@

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船から眺めたウスペンスキー教会と、「文化と憩いの公園」。
それにしても、文化と憩いの公園───ネーミングは冗談かとも思ったのですが、ちゃんとそう書かれた看板がありました。
いかにも社会主義時代のものらしいネーミングかもしれません。

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ミニクルーズもそろそろ終わり近くになったら、人がどんどんデッキに出てきました。

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クルーズのあとは、もうミュージーアムに入るには遅い時間だったので、栄光広場のスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂に向かいました。
こぢんまりして見えますが、大聖堂らしく、中はとても豪華でした。
ロシア正教会の教会は、祭壇と信者のいる場所を遮るイコンの壁───イコノスタシスが天井近くまで何層もあって豪華です。
でも、ルーマニアやブルガリア正教会の教会に比べると、壁にフレスコ画や模様はほとんど描かれていなくて、すっきりしたものでした。

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栄光広場の近くの第二次世界大戦犠牲者慰霊碑の一部です。
こういうモニュメントは絵になります。

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こちらも第二次世界大戦犠牲者慰霊碑です。巨大です。
黒い石の壁には犠牲者の名前が彫られています。
背後にスパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂が見えています。

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そろそろレストランに入りたくて、戻ることにしました。
その途中、プーシキン通りで見かけた家です。
あざやかな青に目が引かれ、生活感あふれる洗濯物に心がほわっとしました。

天気がよくて日差しがまぶしいと、こういうなんでもない街角が被写体としてたまらなく魅力的になります。

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夕食後の教会広場。
アムール川の彼方に美しい夕日が広がっています。午後8時近く。

女一人で旅行するのですから、夜の一人歩きは控えようと思っていました。ましてやロシアですもの。
ところが、夕食に入ったレストラン・ルースキーが、この日は給仕がものすごく遅くて、なんと2時間もかかってしまいました。
よくぞ2時間も辛抱できたと我ながら思いますが、日記を書いたり写真メモを書いたり、それから疲れていてうたた寝をしてしまったせいで、団体客もいて忙しかったから、たぶん、ほっとかれたんだろうと思います。
ちなみに翌日も同じレストラン・ルースキーで夕食をとったときには、そんなに待たされることなく1時間ですみました。

というわけで、この日は7時にはここに戻っていて、それから1時間かけて歩いてホテルに戻るつもりだったのに、そうすれば明るいうちにホテルに戻れるつもりでいたのですが、とんだ計算違いとなってしまいました!

でも、あんなに美しい夕焼け!
あんなのを見てしまったら、アムール川の夕景が見たくてたまらなくなり、寄り道することにしました。

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日没直前の教会広場のウスペンスキー教会。

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夕景を求めてアムール川の岸辺へ下ります。

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茜色の夕焼けにうっとり@

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ふりかえると、ウスペンスキー教会が光に囲まれていました。

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夜のレーニン広場もライトアップ@
歩道橋の上から撮りました。

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レーニン広場の両脇を固める小さい噴水とマリーゴールド花壇。

夜の9時すぎ。
教会広場からレーニン広場までのムラヴィヨフ・アムールスキー通りは、街灯も煌々と照らされていましたし、人も車もたくさん通っていたので、夜歩きといってもそれほど心配することはありませんでした。
ところが、そのあとからは、街灯が歩道の片方にしかなかったり、工事中で全くないところがあったりしたところもあって、ちょっと怖かったです。
でも、少し前をロシア人の女の子2人連れが歩いていたので、つかず離れず、でもぴったりと後をくっついていきました。

ハバロフスク2日目につづく。

写真でふりかえる2010年極東ロシア旅行:ウラジオストク編

今年二度目の正味3日の短期海外旅行を、ざっくりとピックアップした旅行写真で一日ごとをふりかえってみたいと思います。
ほぼ全ての写真を網羅した旅行記は、フォートラベル版でアップする予定です。
でも、あちらは旬の花を追いかけた国内旅行記を優先させがちなので、アップまでに時間がかかっちゃいそうだから、まだ旅行の余熱が私の中にあるうちに、こちらで先に、写真でつづるハイライト旅行記をさくっと作成します@

2010年9月17日(金)ウラジオストク観光
撮影枚数:223枚

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ホテル・ウラジオストクの部屋の窓から眺めた景色。朝の七時半頃で、夜明けを迎えたばかりです。
手前はスポーツ湾、奥はアムール湾。10階なので見晴らしがよいです。
となりの建物は銀行でした。
朝の散歩のあと、そこでユーロを換金しようと思ったのですが、10時ぴったりに営業が開始するのではなく、10時に社員が出勤するらしく(苦笑)(それとも営業開始は10時ではなかったのかな@)、窓口が開くのを待つ気にはならなかったので、建物内のATMでキャッシングしました。

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ホテルの朝食後、部屋の窓から見えたスポーツ湾沿いを散策に出かけました。
12時までにチェックアウトすればよいので、好奇心のままにアムール湾まで足を延ばし、往復で1時間の散歩になりました。

写真は、ホテルの前の海岸沿いのナーベレジナヤ通りからスポーツ湾を見下ろしたものです。
実はこのナーベレジナヤ通りは「地球の歩き方」によると、スキンヘッドの若者による暴力事件多発地帯として用心すべき3か所のうちの1か所でしたが、朝の散歩なので、見かけたのはたぶん同じホテルか近くのホテルに泊まっている中国人観光客の親父たちと、ジョギングや海水浴していた人くらいでした。

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スポーツ湾沿いのナーベレジナヤ通りで見つけた、くじらの壁画の家。

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スポーツ湾沿いのスタジアム前広場にて、とてもひとなつこかった猫ちゃん。
この猫ちゃんはあまりにひとなつっこくて、写真を撮ろうとすると足下に寄ってきてしまい、なかなか撮らせてくれませんでした(苦笑)。
可愛かったですけどね。
毛並みはつやっつやでしたし、きっと飼い猫でしょう。

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スポーツ湾に翻るロシアの国旗としゃれた街灯。
夏の海水浴シーズンならとてもにぎわっていたろうと思いますが、9月半ばはもうシーズンではないので、ずいぶん寂しげでした。

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スポーツ湾沿いの遊園地の遊戯。
手前はメリーゴーランドの一部。でも、奥の、なんともいえない目つきのイルカくんが撮影目当て@

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スポーツ湾のボート乗り場。
この寒そうな日でも、海水浴をしている人がいました。
でもぉ、遊泳禁止の看板を見かけたような気が。このあたりは構わないのかしら?

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ホテルのすぐそばにあった24時間営業の食料品スーパーです。
11時頃にホテルをチェックアウトしたあと、ホテルに荷物を預けてウラジオストク観光に出かけました。

ちなみにロシアのホテルでは荷物を預けるのに有料のこともあり、確か10年前の2000年にサンクト・ペテルブルクで利用したホテルもそうでした(そのときは寝台車でモスクワに行くことになっていたので)。
でも、ホテル・ウラジオストクでは特に料金をとられることなく、無料でした。

ウラジオストク観光は、Lonely Planet のお勧め Walking Tour コースをモデルに歩くことにしました。
まずはホテルからウラジオストク駅に向かいました。

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ウラジオストク駅にあった蒸気機関車。
中国人観光客がたむろしていましたが、彼等がこの蒸気機関車の前に立って記念撮影を始める前に大急ぎで撮影しました。

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ウラジオストク駅ではこれを撮らなくちゃね!
世界最長のシベリア鉄道の東の起点を示すキロポスト。
9288というのがシベリア鉄道の全長のキロ数です。

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帝政ロシア時代の香りを残す目抜き通りの一つ、アウレーツカヤ通り。
ちょっと新しく見える建物でしたが、戦後に建て直された建物であっても、帝政ロシア時代の建物を復元させているはずです。

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ウラジオストクの一番目抜き通りスヴェトランスカヤ通り沿いにある中央広場、あるいは革命広場にて、極東のソ連兵たちに捧げられたモニュメント。

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中央広場最寄りのスヴェトランスカヤ通り沿いの停留所にとまった市内バス。
このバスはちょっとおんぼろ@
東欧を旅行していれば驚くことではないですけどね。
もう少しきれいな車両も走っていました。

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スヴェトランスカヤ通りにて。
わぁ、これも華やかな建物だなぁと思ったら、グム百貨店でした。
買い物はハバロフスクで、と思っていましたが、グム百貨店の中のロシア土産は、ハバロフスクのグムよりウラジオストクのグムの方が品揃えは豊富でした。

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スヴェトランスカヤ通りで見つけた、しゃれたゴミ箱@

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ウラジオストクでは、ミュージーアムには2か所入ることができました。
一つ目は、潜水艦C-56博物館です。
最初はこのように展示室でした。

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潜水艦C-56博物館の後半は、実際に使われていた潜水艦の操縦室でした。
なにがなんだか分からなかったけれど、とにかくかっこよかったです@

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潜水艦C-56博物館の最後は、魚雷室でした。
奥の発射口には人力で仕込んでいたんですねぇ。

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次にスヴェトランスカヤ通りに戻ってプーシキン通りまでたどりつき、ケーブルカーで鷲の巣展望台へ。
乗車券は中で買います。6.00ルーブルでした。

行く前にガイドブックを眺めていたときには、鷲の巣展望台までかなり距離がありそうなので、歩くのがそう好きではない私は、市内交通機関を乗りこなせない限り、そこまで足を伸ばせないと思っていました。
でも、朝の散歩で意外に歩けてしまうことが分かったので、ケーブルカー乗り場まで向かう勇気が持てました。
Lonely Planetによると駅から鷲巣の展望台行きのケーブルカー乗り場まで1キロです。
ホテルからの距離を考えたら1.5~2キロくらいかな。
Lonley Planetのお薦めWalking Tourコースは片道ですが、私は観光が終わったあと、またホテルまで戻って荷物を受け取り、もう一度駅に行かなくてはなりません。
というわけで計3~4キロ散策したことになるのかな。
さらに、写真を撮りながらだと歩くペースが遅くなるので、駅からケーブルカー乗り場までLonely Planetに書かれた時間の倍かかりました。

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鷲の巣展望台から金角湾と新婚カップルの眺め@

金曜日と土曜日は結婚式日和らしく、ウラジオストク観光中のあちこちで新婚カップルを見かけました。
みんな教会で式を挙げたあと、町中の景観のよいところを回って記念撮影をするようですが、鷲の巣の展望台は特に人気スポットでした。
私が鷲の巣展望台にいたのは30分くらいだと思いますが、その間に新婚カップルと祝い客のグループを5~6組見かけました。

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鷲の巣展望台から眺めた金角湾に停泊する軍艦。
14倍ズームで撮影しました。

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鷲の巣展望台から眺めた金角湾と対岸。
これも14倍ズーム。

金角湾では鉄橋が建築中でした。
これらの写真にはその鉄橋は写っていないですが、完成したら景観が変わってしまうでしょうね。
かっこいいと思うか、せっかくの景観が悪くなると思うか……。

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鷲の巣展望台のすぐ下のギフトショップの看板の一部、愛らしいチェブラーシュカ@

この看板にひかれて、ギフトショップに入ってみました。
だぁれもいませんでしたが、品数は豊富で、たぶんそんなに高くなかったろうと思います。グム百貨店などに比べれば。
訪れただけで店員のおじさんが喜んでくれて、なぁんにも買い物をしなかったのに、店内にあった有料トイレを無料で貸してくれました。
いや、かわいいチェブラーシュカのマスコットがあれば飛びついて買ったかもしれませんが、顔がビニールのタイプしかなかったから。
柔道着を着ていたのはちょっとかわいいなと思ったのですが、やや大きすぎたせいもあって、買おうという気にはなりませんでした。
実はチェブラーシュカのマスコットはすでにもってるんですもの、2つも。それ以上にかわいいのがあれば買いたいなと思っていただけで。

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鷲の巣展望台から駅前に戻る途中で出会った花嫁さん。

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鷲の巣展望台から駅前に戻る途中のフォーキナー通りで見かけた女の子の後ろ姿。
鞄にワンピースにストッキングがみんな紫がかったピンクで統一!
おしゃれな女の子でした。

実は鷲の巣展望台から降りたときに、雨が降り出しました。
私は傘をさしていましたが、この子は傘がなかったので、雨を避けるようにものすごく足早に歩いていて、あっという間に見えなくなってしまいました。

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ウラジオストクで2つ入ったミュージーアムのうち2つ目のアルセーニエフ博物館。
場所は中央広場の近くです。
郷土歴史博物館というところですね。
一階はシベリアの動植物の剥製などの展示、二階は歴史展示でした。
ウラジオストクでは町歩きを優先させたいと思ったので、行きにこの博物館のそばを通りかかったときには、帰りに時間があったら、とスルーしました。
ここに戻ってきたときにはまだ16時台でしたので、余裕で見学することができました。
ちなみにこの博物館内のカフェは、この日は結婚披露宴に使われていたようです。

このあとセルフレストランで夕食をとりましたが、ホテルに戻るときには、雨は横殴りでカサがさせないくらいでした。
ホテルは海岸沿いなので、朝から海岸から吹き付ける風がとっても強かったのです。
荷物が軽いし鉄道駅はホテルから軽く徒歩圏内なので、ホテルで預けた荷物を受け取ってから徒歩で鉄道に向かう予定だったのですが、あんなひどい雨になるとは計算外でした。
でも、少しホテルのロビーで時間をつぶしていたら、雨もだいぶ小雨になり、カサ要らずにまで止んで助かりました。
そして夜8時半のシベリア鉄道の寝台車でハバロフスクに向かいました。

ウラジオストクの1日は曇りでしたが、観光初日のハイテンションで、曇りにもめげずに我ながら驚くほど街並み撮影に萌えました。
雨が降り出してきたのはひととおり散策が終わったときだったのも、からくもラッキーでした。
さすがにカサをさしながらの町歩きでは200枚以上も写真を撮っていられなかったでしょうから。

ハバロフスク編につづく。

極東ロシアからただいま

連休を利用した2010/9/16~9/20までの4泊3日のウラジオストクとハバロフスクの旅行から戻ってきました。
9/16は午後に成田からウラジオストクまでウラジオストク航空で移動しただけ、9/20は早朝にハバロフスクから成田まで帰国しただけの日でしたので、4泊5日ではなく、4泊3日です。
旅程は、9/17金にウラジオストク観光、そしてシベリア鉄道を1泊だけ利用してハバロフスクへ移動し、9/18土と9/20日はハバロフスク観光です。
短い旅行でしたけど、期待どおりのことができて、トラブルもなく、充実していてとても満足できました。

01
<ウラジオストクとシベリアをつなげた鉄道の切符と、切符の封筒に同封されていたウラジオストクの絵はがきとウラジオストックの簡単な案内冊子>

気候は、ウラジオストクは日本の関東でいうなら10月くらい、ハバロフスクは11月くらいでしょうか。
肌着を身に付けずに長そでのブラウスの上に風を通さないウィンドブレーカーを羽織っていましたが、それば十分でした。
建物の中は予想どおり、ホテルもしかり、寝台車もしかり、窓を閉めてるとじんわりと蒸し暑いくらいでした。
といっても、日本のような蒸し暑さでは決してなかったです。
さすがに早朝到着したハバロフスクの朝は、キャリーバックを引きずってホテルに歩いて向かっているときには、手袋があってもいいなぁと思うくらいでしたし、駅前で写真を撮っていたときは、じっとしてると寒いなと感じました。
でも、歩いている分には平気でした。

02
<ウラジオストクからハバロフスクまでのシベリア鉄道4人用2等車両。
東欧の寝台車利用には慣れていますが、なかなかきれいな車両でびっくりでした。
男女の区別がないので私以外の3人は英語が通じないロシア人でしたけど、特に問題なし@
たった一晩ですしね。>

ウラジオストクでもハバロフスクでも町歩きを楽しみにしていたので、天気はとても気になりました。
で、実際には、ウラジオストクでは曇り、夕方は雨に降られましたが、ひととおり観光が終わったあとだったし、ホテルから鉄道駅まで歩いて向かうときにはほとんどやんでいたので、なんとか雨で苦労はせずにすみました。
ハバロフスクでは、一日目はときどき曇ったけれどほぼ終日晴れ、二日目は終日晴れ。
ハバロフスクは坂が多い町なのですが、坂道を上るときにはじわっと汗ばむくらいの陽気でした。
ただし、一日目にアムール川遊覧船に乗ったときは、一時間のうち前半は残念ながらくもってしまったので、吹きざらしのデッキはちょっと寒くて、首にはスカーフを巻いたくらいですが、それでもちょっときつい冷房の部屋に入ってるくらいでした。
幸い、後半は日が出てきたので、ぽかぽかと暖かくなりました。

03
<シベリア鉄道で到着した、朝8時前のハバロフスク駅前。
目の前には、シベリア開拓者のハバロフさんの彫像。
じっとしてるとちょっとだけ体が冷えましたが、ものすごく寒いというほどではありませんでした。>

今回はいままでの私の2~3週間の旅行と違って4泊3日と短いものでした。
ここ数年の2週間の旅行とどう違うかなぁと考えながら旅行をしていたのですが、旅先ではたいして変わらないという結論になりました。

大きな違いは行く前の準備です。
渡航先がロシアなので代理店に現地手配を任せてしまったせいもありますが、留守にする期間が短いので、留守宅の準備や、家族・職場への根回しも簡単にすみました@

そして旅行の荷物が軽くできたのがもう一つの大きな違いでしょうか。
空港との往復は到着が夜暗くなるし出発が早朝なので代理店経由で送迎を頼みましたが、ウラジオストクとハバロフスクの移動や駅とホテルの移動はキャリーバックで軽々と身軽でした。
ホテルでキャリーバックからものを出し入れするのも、ものが少ないので楽でした。

04
<ウラジオストクで利用したウラジオストク・ホテルの部屋と、荷物のタウンバッグとキャリーバッグ>

持ち歩いたキャリーバックは、ジャンボなら機内に持ち込めたサイズのはずです。
ウラジオストク航空は小型の機体なので荷物を預けましたが、そのときの重量はなくと6kg!
それに対していつもの2週間旅行だと、たいてい16~17kgになってしまうんです。

今回は短い旅行だから、持参しなくても我慢できるだろう、と、いつもの持ち物リストを大胆に削除しました。
その2週間旅行でも、実際には旅先で使わうことなく、用心のために持参しただけになっていた荷物があったりします。
だから、今回のことを教訓に今度からもう少し荷物が減らせたらいいなと思いました。
といっても、ふだんのそのへんのお出かけや通勤、あるいは国内の花散策でもなんか荷物が多くなってしまう私なので、むずかしいかな。

05
<ハバロフスクの街角の花壇で撮った、アイスキャンデーのようなケイトウ。
この写真だけだとどこで海外だろうが日本の近所だろうが変わらなく見えてしまうのですが、花の撮影が好きなので、ついつい@>

もっとも、長い旅行も短い旅行もあまり大きく変わらないと思った最大の理由は、今回はウラジオストクもハバロフスクも、さくっと観光するには一日で十分ですし、エクスカーションを予定していなかったし、旅行先が、思い立ったらほいほいと身近な都市へ出かけたりしづらいロシアだったからかもしれません。

でも、長い旅行も観光資源がそうあふれているとはいいがたい東欧を旅行する限りは、一人旅で観光案内所がないような町でも充実した観光がしたいがために、私はいつも、一日のおおざっぱな観光予定はきっちり決めて旅行しているので、そのせいも大きいと思います。
つまり、あらかじめ決めた旅程をなぞるか、それをベースに現地でちょっと改編する形で一日一日を組み立てていくので、長くても短くてもあまり変わらないようです。

これが、たとえばロンドンやパリのように、行きさえすれば、犬が歩けば棒に当たるように観光資源があふれ、何日滞在していても見どころが尽きず、郊外旅行も、公共交通機関を頼るしかなくても、思い立ったら前日くらいに計画してふらっと行けるくらいインフラも整ったところだと、あまりに短い滞在では、やっぱり足らない足らないと不満に思うのかもしれません。

06
<帝政ロシア時代の香りのある建物群はすてきだったけど、ものすごーい渋滞していたウラジオストクの目抜き通りスヴェトランスカヤ通り>

ただ、2週間も旅行していると、離れた国まで何か国も大移動している場合ならともかく、私は1か国じっくり型なので、その国に到着したテンションは、旅のなかばでは慣れてくるせいで少し下がります。
要するにカルチャーショックや驚きが減るからです。

で、旅のおわりが近付いてくると、名残惜しさともうすぐ日本の日常生活に戻らなくてはならないことで、テンションが再びあがります。
と同時に、出国までの細かい心配、フライトのことや税関やみやげのこと、それから現地通貨を使いきるか再両替えするか、といったことで半分頭がいっぱいになってきます。
買ったおみやげをどう使うか、誰にあげるか、どんな土産話をするか、そして旅行の片づけや日常生活に戻るまでのことも考えて、楽しくなったりちょっと寂しくなったり。

07
<買ったおみやげの一部。左はパレフ風の絵のブローチ。左はホフロマ風の絵柄のマグネット。
日程が金・土・日なので、土日はなんにも買い物ができないかと危ぶんでいましたが、ウラジオストクもハバロフスクも、ロシアみやげがあるようなお店は土日もやっていました。
これはウラジオストクのグム百貨店で買いました。>

いつもそんなパターンなのですが、今回は旅行期間が短かったおかげで、真ん中のテンションを下がる時期がすっぱりなくなって、旅行はじめのテンションがあがった時期のまま、次の日にはもう旅のおわりの心境で、テンションがあがりっぱなしという状態でした。
長い旅行と短い旅行の一番の違いはそこだったかもしれません。
その証拠に、旅行写真の枚数が一日平均200枚を超えました。
4泊3日でおよそ800枚。
それに対してこのあいだのバルト3国旅行17日、正味14日半では2700枚ほどでした。

どんな写真を撮ったかというと、まず一日目は、出国だけの日でも楽しまなきゃ損!ということで、成田空港から機内の写真だけで100枚も超えてしまいました。
30回以上も成田空港を利用して海外旅行をしているのに、いまさら100枚以上も写真が撮れるテンションに、自分でも驚きです。

ちなみに今回はじめて成田空港の展望デッキに出てみました。そして飛行機の写真にハマる人の気持ちがよぉっく分かりました。
出国の時間が来なければ、延々と撮影していたかったくらいです。

08
<たぶんビギナーズラック!?
成田空港の展望デッキで2枚目に撮れた、離陸直後の飛行機。
でも、このあと飛んでる飛行機の写真は2枚程度で、ほかはみんな、サテライトに向かってのろのろ移動している飛行機の写真くらいしか撮れませんでした。>

そしてここ数年の2週間の旅行だと、旅のはじめは一日の撮影枚数が200枚を超えるのですが、中頃になると100枚前後に落ちたりします。
今回はそれがなかったし、もともとウラジオストクでもハバロフスクでも町中散策&撮影を楽しみにしていたので、一日200枚を軽く超えてしまいました。

もっともハバロフスク二日目は、結局一日目と大差ない道筋を回ったのですが、赤軍歴史博物館と国立極東博物館では撮影代を払って写真が撮れたので、それで100枚近く稼いでしまいました。

博物館といえば、ハバロフスクもウラジオストクも展示の説明はロシア語オンリーでした。
美術館の絵ならともかく、歴史展示など、実はシベリアのことはよく知らないし日本人抑留のことや赤軍のこともよく知らないのでチンプンカンプンでした。
それでも視覚的に面白いのがたくさんあるので、写真は撮ってしまうんですねぇ。
おかげで、チンプンカンプンな博物館でも、十分に楽しめました。

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<赤軍歴史博物館にて。たぶん日本人シベリア抑留兵の品々>

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<赤軍歴史博物館の中庭に展示されていた武器の一部>

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<国立極東博物館のジオラマ風の動物剥製の展示より、たぶんアムール虎?>

ちなみに、ミュージーアムの中で一番楽しみにしていたのは、ハバロフスクの極東美術館です。
でも、思っていたほどコレクション数はなくて、拍子抜けしてしまいました。
やはりミュージーアムの規模はモスクワやサンクトペテルブルクの方が圧倒的で、比べ物にはなりません。
しかも、写真撮影ができるかと思ったら、一枚につき200ルーブル!
博物館の入場料はだいたい100ルーブル前後で、1ルーブル=3円くらいで換算していました。
入場料と比べても円換算した金額から考えても、一枚ごとに200ルーブルというのは高すぎです。
それにシーシキンやレーピン、スリコフやアイヴァゾフスキーなど、日本でも有名なロシアの大家の絵は確かにありましたが、1~2枚っきりで、どちらかというと小品でした。
西欧絵画も、スペインやフランドルやフランスなど粒ぞろいではありましたが、有名な作品は少なく、フランスも印象派以前でした。
ブリューゲルも確かにありましたが、A4サイズの横くらいの小品でした。

というわけで、予定をこなすような観光の仕方をしていても、いや、だからこそ、期待していたのが逆に期待はずれだったり、たいして期待していなかったことやあきらめていたことが実現したりなどの現場での番狂わせはいつもあって、それこそが面白いといえば面白いかもしれません。

あきらめていたけど実現したものの筆頭は、ハバロフスクでのアムール川の夕景の撮影です。

ハバロフスクのホテルは、アムール川より徒歩だと一時間くらいあるところになってしまったので、暗くなって一人歩きをしないためには、明るいうちにアムール川の岸辺を去らなくてはなりません。
でも、夕食に、クレジットカードが使えて、「歩き方」にも載っているしホテル・ツーリストにも近いから日本人団体客もくるようなレストランを選んでしまったら、サービスがとても遅くて二時間もかかってしまい、すっかり暗くなってしまいました。
暗い夜道の一人歩きはちょっとおっかなかったけれど、予定外の夜景が見られて撮影できたのは、期待していなかっただけに思わぬもうけというかんじです。

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<アムール川の夕景>

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<アムール川の岸辺に立つウスペンスキー教会と、アムール川沿いの「文化と憩いの公園」の街灯>

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<夜のレーニン広場。噴水は、夜のライトアップのときだけ水が出るようです。>

もちろんこれもあくまで結果オーライ。

夜道といっても土曜の夜九時なんて町中に人々が溢れていて、目抜き通りは街灯が明るくて心配はなかったのです。
ただし、ホテルはちょっと外れているところにあったので、ホテルの近くではひとけがなくて、ぎょっとしました。
バス通りなので明るいかと思ったら、途中で広い工事中のエリアがあって、そのあたりは街灯もなくて暗かったんです。
ただ、私の前を現地の女の子二人連れが歩いていたので、離れてしまわないように一生懸命あとをくっつけていきました。

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<ハバロフスクのホテル・ベルサイユ。
どちらかというと駅前に近く、観光スポットが集中しているアムール川沿いまで、私の足で徒歩で一時間かかりました。
はじめはアムール川沿いのインツーリスト・ホテルを申し込んでいたのですが、団体優先らしいこのホテルの予約OKの回答がぎりぎりまで来なかったんです。
ハバロフスク市内にはたくさんのバス、ミニバス、トロリーバスが走っていましたが、停留所が分からず、結局がんばれば徒歩圏内ということで、がんばって歩きました。
このホテル自体は外国人団体ツアー客向けではないため、フロントも鍵おばさんも英語が話せず、ロシア語のみでしたが、特にトラブルがなければそれでも支障はないですし、団体客に遭遇することなく落ち着けましたし、ウラジオストクのホテル・ウラジオストクよりはずっと部屋がきれいでした@>

今年は2度目の旅行を計画:次は極東ロシアに行きます@

例年、私の海外旅行は1年に1回じっくりですが、今年2010年は2度目の海外旅行を予定しています。
9年16月(木)~9月20日(月)までのたった5日間、いや、正味3日間ですが、ウラジオストク&ハバロフスクに行ってきます@
あと1週間です!

このウラジオストクとハバロフスクの極東ロシア2都市の旅行はいままでの私の旅行スタイルとちょっと違うんです。
本人にとってはちょっとどころか、たくさん違うつもりですけど。

まず、なんといっても日数が少ないです。
1週間未満の海外旅行なんて、いままでの私には考えられませんでした。
やってみたいと思ったことはあるけれど。ふらっと週末に海外旅行っていうのを。
それにはやはり、フライト時間が短くないと厳しいです。
今回、ウラジオストクとハバロフスク旅行を計画する気になったのには、ウラジオストク航空が成田空港からの直行便を飛ばすことになったことが大きいです。

日程が短いので、いつものように半年以上じっくりプランを熟成させるような旅行ではなく、ちょっと気軽に海外へ!っていうスタイルのつもりです。

気軽に行けるのも、下調べはそんなに念入りにしなくてすんでいるのも、旅程が短いだけでなく、一度行ったことがある国というのが強みになっています。
それにロシアだからということもありますが(ビザが必要ですしバウチャー旅行だから)、手配は旅行代理店任せの手配旅行です。

なにしろ、いつものようにじっくりプランを立て、じっくり復習(旅行記をアップ)するスタイルの海外旅行は、今年はもう7月にバルト3国旅行でかないましたから。
そのバルト3国旅行のフォートラベル版旅行記の完成まできっとまた1年近くかけてしまうと思うのに、そんなにじっくりプラン作り&復習する旅行を年に2度も計画するのはとても無理です。
今回のウラジオストクとハバロフスク旅行は、プランづくりは代理店に手配してもらってラクをし、たった3日なので帰国後も旅行記もさくさくっと終わらせたいな、と思っています。

ただ、旅行代金は、この行き先なので、中国や韓国などもっと安くいけるところにくらべると割高です。
ちょっと気軽に。。。という予算ではないです。

また、今回の旅行は、周りへの宣伝はあんまりしていません。
いままでうんと前から回りに宣伝=根回ししていたのは、旅行期間が長いからです。
旅行期間が長いってことはそれだけ留守中に回りの人に迷惑をかけてしまうわけですもの。
家族にも9月に入ってから初めて伝えました。
「フライト時間は1時間だし、4泊しかしなくて、正味3日間だから」というところを強調して、ロシアという国名を出さなかった。。。なんて、ちょっとあざといかな?
仕事も2日休んで連休を伸ばす程度なので、職場での根回しや準備も、2日休むための通常レベルです。

それから、いつも荷物が多すぎる私ですが、今回はできるだけ少なくする努力をしたいと思います。
身軽がなにより!
と思っていても、これができないのが私。
でも、今回はたった4泊と思えば、今まで旅先に持参していても、なくてすませられるもの、我慢できるものってたくさんあるんじゃないかしら。
と、持ち物リストを見直しているところです。

実は、この今年2度目の海外旅行を決めたのは、6月でした。
7月のバルト3国旅行に出かける前です。
今年の海外旅行はもともとロシアのつもりでしたから、旧ソ連圏に強い旅行代理店に手配の手伝いをしてもらっていましたが、結局、行き先をバルト3国に変更したため、その代理店には航空券の手配だけ頼むことになりました。
その残金を旅行代理店に残金を払ったときに、同じ代理店に今回のウラジオストクとハバロフスク旅行を申し込みました。
だから申し込んだのは出発前3ヶ月前になります。
でも、この時期だからそのくらいでないと、フライトがおさえられないと思ったから。
やはり海外、そしてロシア。
ふらっと行くつもりでも、ふらっと計画できたわけではありません@

決めたきっかけは、代理店の人に、ハバロフスクやウラジオストクにも急に興味が沸いたともらしたから。
ロシア旅行を中止したけど、いつか極東ロシアも行ってみたい気持ちになった、と。
そうしたら、成田から直行便で、週末を利用して気軽に出かける個人ツアーがある、と教えてくれたのです。
それでつい乗り気に。。。

別に代理店の人もすぐ次の旅行にと思って薦めたわけではないと思いますが、いつか、っていつ? と思ったら、今年の秋でいいじゃん!と思ったのです。
やはり今年、ロシア旅行をあきらめたことが心残りでした。
だから、行き先は違うけど、やっぱりロシアに行きたくなってしまったみたいです。

ただ、日程は5日間ですが、行きは午後便で夜にウラジオストックに到着し、帰りは早朝8時の便でハバロフスクを出るので、観光できるのは正味3日間です。
そして代理店の手配旅行となりました。
もし「ウラジオストク&ハバロフスク4日間の旅」の方を選べば主催旅行となったし、うまくすれば到着後の午後と出発日の午前中に観光ができたかもしれないです。
でも、それはあくまで、うまくすれば、ですし、月曜出発で木曜帰国というから、土日の休みが全く使えません。

それで土日と祝日の月曜を利用して木曜日出発の5日間という希望を出したら手配旅行扱いになったのですが、主催旅行の代金とそう極端に違いはなかったので、5日間の手配旅行に決めました。
ただし、フライトスケジュールが、行きが午後便で帰りが早朝便だから、5日間とはいえ、正味3日間になってしまいました。
まあ、主催旅行の4日間プランに比べたら、3日ともフル1日観光に使えるだけ有利ですけど。

それに、考えてみたら、前日までふつうに出勤してフルタイムで仕事をする予定なので、木曜日にゆっくりと家を出るのはラクですし、月曜の朝に帰国すれば、翌日からまた出勤できます。
なにしろもう若くないですから。体力は過信できません。

ウラジオストクとハバロフスク間はシベリア鉄道に乗ります。
もっとも、シベリア鉄道かぁ、という感慨はあまりありません。寝台で1泊するだけですもの。
それであれば、10年前の2000年のロシア旅行で、サンクト・ペテルブルクからモスクワまで「赤い矢」号に乗ったことがあります
そのときの記憶からすると、たぶん、去年2009年のウクライナ旅行のときの鉄道の旅とそう大差はないんだろうなぁと思っています。
ただし、ウクライナ鉄道ではほとんど2人部屋の1等をとりましたが、今回は4人乗りの2等車両です。

それにしても、日程が短くて、しかも代理店にほとんど手配をお任せできる手配旅行って、準備がほんとにラクチンでびっくりです。
お財布さえ許せば、年に何回も行ける感覚が分かりました。
といっても、今回の私の場合は、行ったことがある国でなんとなく勝手が分かること、一人旅はもう慣れていること、そして代理店の人がレスポンスの良い優秀な人である、という条件もそろっていたおかげです。

たとえば、5~6日間くらいなら、ウズベキスタンに行ってみたいなぁと思ったのですが。
おとなりのキリギスの情勢が予断を許さないようですし、ほとんど行ったことがないエリアの中の行ったことのない国ですから、やっぱりしっかり構えてじっくり下調べして、自分自身でプラン作りをしてから行きたいです。

それから旅行代理店の人は、いい旅行会社、いい担当者に当たりました。
例えば、なんかちょっと疑問点があったりした場合も、1人で悩んだり、クチコミとかに投稿して広く回答を求める必要はなく、具体的なプランの手配をしてくれている担当者に質問すればすみましたから。
そしていつもこちらの期待以上に丁寧な回答をいただけました。


おかげで、今年2度目の海外旅行は、旅行する意志と日程だけ代理店の人に伝えてからバルト3国旅行に出かけ、帰国後はその旅行記をせっせと作成しながら、国内の花散策も出かけた上で、着々と進めることができました。
というわけで、行く前であってもあれもこれもとやりたいことがあるので、こちらに時間をかけるのはほどほどになってしまいます。
でも、旅を楽しく充実したものにするのに必要なことはちゃんとやります。
じゃなくちゃ、もったいない@

その他のカテゴリー

*【INDEX】 | *【旅程一覧】 | *旅の準備編 | 1986年夏 サンフランシスコ・ホームスティ3週間&ロサンゼルス観光3日間 | 1987年夏 イギリス・ブライトン・ホームスティ3週間&ロンドン観光3日間 | 1988年春 ロンドン・ホームステイ3週間&ヨーロッパ旅行10日間 | 1989年春 ヨーロッパ旅行(仏・伊・独・アムステルダム・英)30日間 | 1990年夏 韓国旅行(ソウル・慶州・釜山)7日間 | 1991年秋 ヨーロッパ美術旅行(英・ベルギー・独・ウィーン・伊・仏)25日間 | 1992年春 イタリア旅行(ローマ・ペルージャ・フィレンツェ周辺) | 1992年秋 北京と西安旅行8日間 | 1993年春 北イタリア旅行(ミュンヘン・ヴェネチア・ジェノバ周辺)16日間 | 1993年秋 ロンドン旅行9日間 | 1994年冬 カッパドキアとイスタンブール旅行8日間 | 1995年春 南イタリア:マルタとシチリアをめぐる旅15日間 | 1997年春 ローマとナポリ・チュニジア旅行20日間 | 1998年秋 イスラエル旅行11日間 | 1999年秋 スペイン旅行22日間 | 2000年秋 サンクト・ペテルブルクとモスクワの旅12日間 | 2001年秋 ドイツ旅行:ベルリン~ミュンヘン縦断18日間 | 2002年秋 ドイツ旅行:ベルリン~フランクフルト横断20日間 | 2003年夏 オーストリア旅行15日間 | 2004年夏 中欧旅行 (ブダペスト・ウィーン・チェコ)20日間 | 2005年夏 プラハとポーランド旅行20日間 | 2006年秋 ハンガリーとルーマニア旅行23日間 | 2007年夏 ルーマニア旅行23日間 | 2008年夏 ブルガリア旅行17日間 | 2009年夏 ウクライナ旅行17日間 | 2010年夏 バルト三国旅行17日間 | 2010年秋 極東ロシア旅行4泊3日 | 2011年夏 コーカサス3国旅行15日間 | 2011年秋 ウズベキスタン旅行1週間 | 2012年秋 中央アジア旅行11日間 | 2013年夏 ロシア旅行18日間 | 2014年夏 ドイツ旅行18日間 | 2015年夏モスクワ再訪旅行13日間 | 2016年夏 ロシア黄金の環めぐり14日間 | 2018年夏 シベリア・ヤクーツクとサハ共和国7日間 | 中欧旅行食べ物特集 | 写真による旅行記2004年中欧旅行(ブダペスト・ウィーン・チェコ) | 旅先のおみやげシリーズ | 旅先のショーウィンドウ特集 | 旅先の動物シリーズ | 旅先の博物館シリーズ | 旅先の店内シリーズ | 旅先の植物シリーズ