2008年夏 ブルガリア旅行17日間

2008年夏のブルガリア旅行記INDEX

2007年度のフォートラベル版ルーマニア旅行記作成には10ヶ月もかけてしまったのですが、2008年度のブルガリア旅行記は、ルーマニアより日数が約1週間短い17日間なのに、11ヶ月かけてしまいましたヨ。

フォートラベル版では国内の主に花を求めての日帰りプチ旅行の旅行記(実質、花の写真集ともいう@)も作成していますが、途中でそれに夢中になってしまって、ブルガリア旅行記の作成をお休みしてしまったからですね。

それと、コメントに書く解説に日本語の資料が少ないため、英語のパンフレットや英語版のサイトから文章を引っ張ってきて、それを自分なりに日本語に訳すという作業に夢中になったせいもあります。

次の旅行(2009年のウクライナ旅行)が迫ってきたがゆえに、最後の方はそんなに手間をかけている暇はなく、あわてて終わらせました。
もっとも最後の方のブカレストは、日本語でも資料やサイトがたくさんありますから、そんなに手をかけなくていいやと思ったのは確か@

現在は、フォートラベル版でウクライナ旅行記を作成中です。
フォートラベル版旅行記は写真にコメントを書き込む形で作成できるブログです。
もっとも、私のそれまでの海外の旅行記は、むしろコメントがメインでて写真を挿絵扱いしていたところがあります。
今回のウクライナ旅行記は、撮ってきた写真の数もハンパではないので、もっとさくさくっと手をかけずに作成しようかなと思っています。
終わらせることができないのが、一番中途半端で気持ち悪いですから。

でも、旅行記作成という名分で、旅行の復習をするのはとても楽しいし、旅の醍醐味、総仕上げでもあります。
ウクライナについては、事前に歴史などの下調べが足らなかったとひしひしと感じたので、旅行記はさくさくっと作成するにしても、せっかく旅行をきっかけに関心を抱いたことについては、ある程度きちんと調べて復習したいですね。

【ニフティのココログにアップした立案中の記事】
なんで東欧に行きたいんだろう
去年に比べると今年の旅行計画は手抜き?
海外旅行の持ち物リストを眺めながら

【ニフティのココログでの旅行レポート】
ブルガリア旅行から帰ってきました@(全体の感想)

2008年ブルガリア旅行の詳細旅程

2008年ブルガリア旅行:各日ひとこと感想(前半約一週間のガイド付の旅行)
2008年ブルガリア旅行:各日ひとこと感想(後半約一週間の一人旅)

2008年ブルガリア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その1
2008年ブルガリア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その2

2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第1弾(1日ベスト3~4)
2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第2弾(1日3~4枚ずつの続き@)

【フォートラトラベル版詳細旅行記】

2008年7月6日(日)
2008年ブルガリア旅行第1日目:プロローグは成田空港第1ターミナル南ウィングから(旅程一覧)

<ハイライト集>
2008年ブルガリア・ハイライトその1:ブルガリアのネコちゃん
2008年ブルガリア・ハイライトその2:ブルガリアのワンちゃん
2008年ブルガリア・ハイライトその3:ブルガリアのその他の動物
2008年ブルガリア・ハイライトその4:ブルガリアで食べたもの・その1
2008年ブルガリア・ハイライトその5:ブルガリアで食べたもの・その2
2008年ブルガリア・ハイライトその6:ブルガリアのバラ
2008年ブルガリア・ハイライトその7:熊手のような黄色い花
2008年ブルガリア・ハイライトその8:夢にまで見たひまわり畑
2008年ブルガリア・ハイライトその9:花と実り豊かな夏のブルガリア・その1
2008年ブルガリア・ハイライトその10:花と実り豊かな夏のブルガリア・その2
2008年ブルガリア・ハイライトその11:ソフィアの街角の彫刻
2008年ブルガリア・ハイライトその12:ブルガリアで泊ったところ・その1
2008年ブルガリア・ハイライトその13:ブルガリアで泊ったところ・その2
2008年ブルガリア・ハイライトその14(完):ブルガリアでゲットしたもの」

2008年7月7日(月)
2008年ブルガリア旅行第2日目(1):北へ、バルカン山脈を抜けて
2008年ブルガリア旅行第2日目(2):ベログラドチック要塞と奇岩群
2008年ブルガリア旅行第2日目(3):ベログラドチックの町と帰路のフォトストップ

2008年7月8日(火)
2008年ブルガリア旅行第3日目(1):リラ僧院への道とセパレヴァ・バニャ
2008年ブルガリア旅行第3日目(2):ブルガリア正教会の総本山、リラ僧院
2008年ブルガリア旅行第3日目(3):リラ山中のレストランからピリン山脈へ
2008年ブルガリア旅行第3日目(4):白い岩壁に囲まれたロージェンとメルニック(翌朝の散策も含めて)
2008年ブルガリア旅行第3日目(5):ブルガリアらしい博物館、最初のハウス・ミュージーアム

2008年7月9日(水)
2008年ブルガリア旅行第4日目(1):最近の聖人ババ・ヴァンガの教会とピリン山脈
2008年ブルガリア旅行第4日目(2):フォークロア色たっぷりなバンスコ
2008年ブルガリア旅行第4日目(3):車でラクラク、世界遺産のピリン国立公園
2008年ブルガリア旅行第4日目(4):1人歩きのバンスコとネオフィット・リルスキー博物館(ハウス・ミュージーアム)

2008年7月10日(木)
2008年ブルガリア旅行第5日目(1):花と動物に満足のロドピ山脈越え
2008年ブルガリア旅行第5日目(2):民芸品たっぷりのレストランとブルガリア第2のバチコヴォ僧院
2008年ブルガリア旅行第5日目(3):古き良きプロヴディフ旧市街散策
2008年ブルガリア旅行第5日目(4):古代ローマの香りあるプロヴディフ旧市街
2008年ブルガリア旅行第5日目(5):トラキア平原プロヴディフ郊外からバラのないバラの谷へ

2008年7月11日(金)
2008年ブルガリア旅行第6日目(1):カザンラック市内観光
2008年ブルガリア旅行第6日目(2):トラキア平原とシプカ僧院
2008年ブルガリア旅行第6日目(3):ローズオイル精製工場兼民俗複合施設を訪ねて
2008年ブルガリア旅行第6日目(4):ふもと小さな村のミニ散策とバルカン山脈越え
2008年ブルガリア旅行第6日目(5):リバリッツア村のフォークロア・コンクールへ

2008年7月12日(土)
2008年ブルガリア旅行第7日目(1):朝のリバリッツァ村散策と泊まれなかったプライベート・ルーム
2008年ブルガリア旅行第7日目(2):フォークロア・コンクール会場でインタビューを受けちゃった
2008年ブルガリア旅行第7日目(3):地図にも載っていないバルバンツィ村・その1
2008年ブルガリア旅行第7日目(4):地図にも載っていないバルバンツィ村・その2
2008年ブルガリア旅行第7日目(5):ドリャノヴォ僧院とバチョ・キロ洞窟
2008年ブルガリア旅行第7日目(6):バルカン山中の人口10人のペイナ村

2008年7月13日(日)
2008年ブルガリア旅行第8日目(1):バルカン山中のミュージーアム・タウン「ブジェンツィ村」
2008年ブルガリア旅行第8日目(2):子供の洗礼式を見学したソコロヴォ僧院
2008年ブルガリア旅行第8日目(3):シプカ再び、今度は自由の碑を訪問
2008年ブルガリア旅行第8日目(4):エタル野外民俗博物館・前編
2008年ブルガリア旅行第8日目(5):エタル野外民俗博物館・後編
2008年ブルガリア旅行第8日目(6):ガブロヴォのハイライト「ユーモア博物館」
2008年ブルガリア旅行第8日目(7):1人歩きの夕方のガブロヴォ

2008年7月14日(月)
2008年ブルガリア旅行第9日目ト
2008年ブルガリア旅行第9日目トリャヴナ(2)メインのデャド・ニコラ広場近辺
2008年ブルガリア旅行第9日目トリャヴナ(3)学校博物館でブルガリア美術を堪能
2008年ブルガリア旅行第9日目トリャヴナ(4)木彫りコレクションのあるダスカロフ・ハウス・ミュージーアム
2008年ブルガリア旅行第9日目トリャヴナ(5)猛暑でフーフーの残りの観光
2008年ブルガリア旅行第9日目(6):1人歩きの夕方のガブロヴォ・その2

2008年7月15日(火)
2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(1):ガブロヴォからのバスの旅

2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(2):グルコ通りから壮大なヤントラ川渓谷の中洲へ 2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(3):メインストリートから博物館エリアへ
2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(4):考古学博物館
2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(5):雨に降られたツァレヴェッツの丘
2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(6):後は買って食って寝るだけさ@

2008年7月16日(水)
2008年ブルガリア旅行第11日目(1)アルバナシ:石垣の並ぶ閉鎖的なミュージーアム・タウン
2008年ブルガリア旅行第11日目アルバナシ(2):コンスタンツィリエフ・ハウス・ミュージーアム
2008年ブルガリア旅行第11日目アルバナシ(3):煌びやかな聖誕教会とイコンの世界
2008年ブルガリア旅行第11日目ヴェリコ・タルノヴォ(4):サラフキナ・ハウス・ミュージーアム
2008年ブルガリア旅行第11日目ヴェリコ・タルノヴォ(5):イコン・コレクションがなかった民族復興期博物館
2008年ブルガリア旅行第11日目(6):ヴェリコ・タルノヴォぶらぶら2日目

2008年7月17日(木)
2008年ブルガリア旅行第12日目(1):ヴェリコ・タルノヴォからソフィアへのバスの旅
2008年ブルガリア旅行第12日目ソフィア(2):さすが首都らしき風格を感じた街歩き
2008年ブルガリア旅行第12日目ソフィア(3):古代・中世・近代の香りの教会群

2008年7月18日(金)
2008年ブルガリア旅行第13日目(1)ソフィアからコプリフシティッツァへ小旅行、予定の狂った行き帰り
2008年ブルガリア旅行第13日目(2)手軽にブルガリアの田舎を楽しめるコプリフシティッツァ前編
2008年ブルガリア旅行第13日目(3)手軽にブルガリアの田舎を楽しめるコプリフシティッツァ後編

2008年7月19日(土)
2008年ブルガリア旅行第14日目ソフィア(1)午前中の観光エリア東半分の撮影散策
2008年ブルガリア旅行第14日目ソフィア(2)慌てて国立歴史博物館に出かけた午後

2008年7月20日(日)
2008年ブルガリア旅行第15日目ソフィア(1)世界遺産のボヤナ教会見学後、フリーマーケットをぶらぶら
2008年ブルガリア旅行第15日目ソフィア(2)海外アートギャラリー(前)東洋アフリカ彫刻編
2008年ブルガリア旅行第15日目ソフィア(3)海外アートギャラリー(後)ヨーロッパ絵画編
2008年ブルガリア旅行第15日目ソフィア(4)大統領官邸前広場からツムデパート方面を回った夕方

2008年7月21日(月)
2008年ブルガリア旅行第16日目(最終日)出国日午前のソフィア見納め(完)

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2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第2弾(1日3〜4枚ずつの続き@)

ハイライト写真・第1弾では、なるべくその日の観光ハイライトに関係のある写真を選んだつもりでした。
第2弾では、もう少し自由に、直接観光ハイライトと関係ないところでも、写真として気に入ってるものを選びました。

これで一日ベスト6〜8を選んだことになりますが、お気に入りの写真はまだまだたくさんあります。
このハイライト写真集も、一日の撮影枚数が多い日はなかなか絞れませんでした。
なので、まとめて載せたときに少しはヴァラエティになるように選んだ……つもり。
お気に入りの写真って傾向が似てしまいますからね。

詳細旅行記を作成する予定のフォートラベルでは、もともと写真中心の旅行ブログを作成する場なので、今回アップしなかった写真もじゃんじゃんアップする予定です。
フォートラベル・INDEXのあるプロフィールページ

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2008/07/07月 ベログラドチック日帰り
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20080707_6550
バルカン山脈の橋のある景色

ベログラドチックへは、車でまともに走って片道3時間です。
うち3分の2くらいは、バルカン山脈を貫通する道路を走りました。
ほとんどトンネルはなくて、すばらしい山の景色が車窓から見られました。
しかし写真を撮るとなると、自然の中にアクセントが欲しいので、こういうところで車を止めてもらいました。
というより、橋のある景色って、やっぱり絶景です@

20080707_6557
路肩のひまわり

一面のひまわり畑の写真が撮りたい!───と、行く前からガイドに念押ししていて、現地ガイドは、カザンラックのバラの谷ならぬ「ひまわりの谷」でたくさん撮れる、と請け負ってくれました。
しかし、ベログラドチックへ向かう途上、たくさんのひまわりを見て矢も盾もたまらず。
でもこれは、別の風景を撮るために車を止めてもらったときのものです。
ひまわりが、雑草か野生の花のように路肩に咲いているなんて、さすが!

20080707_6690
あじさいとブドウ棚のあるお宅

道を聞くために運転手が車を止めたときに、そのおばあさんの家の庭を見せてもらいました。
これはピンクのあじさいと、あじさいに似た白いアロエがたくさん咲いていました。
また、ブルガリアのお宅では、このように涼をとるために、ブドウ棚を中庭や前庭によく作るそうです。
ブドウ棚のあるお宅がずらりと並ぶ町の風景は、とても牧歌的でした。

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2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ
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20080708_6710
ソフィア・ヴィトシャ山のホテルにて

ソフィアでの最初の2泊は、ソフィアを見下ろすヴィトシャ山のホテルに泊りました。
建物は2棟あり、この写真は朝食をとりに向かいの建物に行った帰り撮ったものです。
ブルガリアといえばバラ。
フランスへの輸出を含め、世界のバラオイルの90%を生産している国です。
オイル精製のための花はすでに摘み取られていて、7月のバラ畑はすでに一面緑ですが、街中にはまだまだたくさんのバラがありました。

20080708_6718
バラのあるお宅とおじいさんたち

ガイドが車窓の外にふと目をとめて、「見事なバラがあるけど、写真を撮りたい?」と言ってくれたので、ここでもしばし写真タイム。
バラだけの写真や小さな畑、すぐ近くの小川の写真なども撮りましたが、ここではブルガリアのおじいさんたちを一緒に撮った写真を。

20080708_6778
去年のルーマニアでも撮りたかった蜂の巣箱

去年はチャンスを逃しました。
この写真は、リラ僧院に向かう途中、リラ山脈で撮りました。
ブルガリアでもハチミツは名産です。
買って帰りたかったけど、瓶詰めは重いし、農家直売のパック詰めのようなものは漏れるのが心配でしたので、手が出せず。


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2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園
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20080709_7015
世界遺産の国立公園ピリン山脈の威容

バンスコに向かう途中で。
ブルガリアに山脈はいくつもあれど、ピリン山脈にだけは人が住んでいないそうです。

20080709_7113
ピリン山脈のスキーのリフト場で

比較的山の中で多くみられた鮮やかなピンクの花が、この写真の主役です。

20080709_7157
バンスコの町角で

歩いて回れそうな小さなバンスコの町中で、旧市街といいたくなるエリアがあります。
このような昔の建物を、レストランやホテルとして改装して保存しているエリアです。
この写真では1階部分しか写っていませんが、たいてい、1階が要塞のような石造りで、2階は木造です。
夕方7時ころに町を散策したときは、暑さが和らいだせいか、こんな風に家の前のベンチに座って世間話をしたり、縫い物をしたり、ぼーっと休んでいる人の姿をちらほら見かけました。

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2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
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20080710_7221
ロドピ山脈の、熊手のような黄色い花の群生地

この熊手のような黄色い花は、バルカンやロドピやピリン山脈のふもとでたくさん見かけました。
すっかり気に入ってしまいました。

20080710_7232
ロドピ山中の道路脇で草を食むウシ

黄色い熊手の花の群生地の写真を撮るために車を下りたとき、少し離れた丘陵地でウシを放牧していました。
群から離れたウシ3頭を、おじいさんが追いかけてきていました。
それにしても、ウシたちはこの巨体で、エサを求めて絶壁に近い坂を移動する足の、意外に速いこと!
丘陵地の群れの写真を撮ろうとカメラを構えたとき、ウシたちはあれよあれよという間にファインダーの外に広がってしまいましたっけ。
ちなみに群のほうは、おばあさんが見張っていました。

20080710_7268
今度はヤギ@

景色のよいところでまた車を止めてもらったら、今度はヤギの群れと出会いました。
このような黒ヤギさんがたくさんでした。
車が来ていなかったから良かったものの、道路へも構わず飛び出していきました。危ないね。

20080710_7363
プロヴディフのネペット・テペ遺跡から

プロヴディフは見どころがたくさんで、一人で出かけて1〜2泊したかったのですが、日程にそう余裕がなさそうでしたので、旧市街散策だけを旅程に盛り込んでもらいました。
どうせバンスコからカザンラックに向かう途上にありますから。
見下ろす街並みも、旧市街といってよいでしょう。
その旧市街の中の旧市街は、ハンパでない石畳の、細く曲がりくねった坂道ばかりでした。
雨が降ったら、無事に歩ける自信はありません。

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2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ
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20080711_7549
カザンラック郊外のラベンダー畑にて

刈り入れをしていました。
写真を撮っていたら、少しプレゼントしてくれました。
花はすぐにぽろぽろ落ちてしまいましたが、いい香りを楽しめました。
カザンラックのおみやげ屋さんでは、バラ・グッズのほかに、ラベンダー・グッズもたくさんありました。
とってもいい香りだったので、ラベンダー・ソープを買ってしまいました。

20080711_7559
カザンラック郊外のひまわり畑と鉄塔とバルカン山脈

前日は夕日を受けて花びらが透き通るような、けだるげな色っぽさのあるひまわりをたくさん見ることができました。
翌日の本日は、昼間の明るい光の中で、元気いっぱいなひまわりをたくさん見ることができました。
写真としてメリハリをつけるために、鉄塔を入れてみました。

20080711_7647
バラ醸造所(Ethnographic Complex DAMASCENA)にて

展示されていた古い民芸品の写真を撮り、現代の醸造の機械を見せてもらったあと、ここで昼食を食べました。
バラ園があり、バラだけの写真も何枚か撮ってしまいましたが、これは、古いおけと一緒に撮って、雰囲気を出したつもり@

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2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ
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20080712_7783
リバリッツァ村のフォルクローレ・コンクールにて

午前中は逆光でちょっと撮りにくかったです。
この小さな村のコンクールに出場するため、全国から有志が集まるそうです。
前日は夜8時ころだったので、会場はずいぶん寂しかったのですが、コンクール2日目の朝は、人も車もどんどん集まってきました。

20080712_7796
練習中の子供たち

ガイドにお願いして写真を撮ってもよいか聞いてもらったところ、快く撮らせてもらえました。
子供たちはちょっと照れていました。
本当はこの子たちの舞台を見たかったのですが、予定がおしていたので見学は1時間ほどで切り上げました。

20080712_7798
バルカンの山男の扮装

この方もコンクール出場者です。
いったいどんな歌と踊りを披露したのでしょう。ぜひ見学したかったです。
手にしている棒の青りんごとパンは、朝食だそうです。
もちろん、本当に山に出かける場合です。

20080712_7934
絶壁の下のドリャノヴォ僧院

左が僧院の教会で、右が僧房などがある建物です。
教会の外壁には、1876年の4月蜂起のときの銃弾あとが残っていました。
1876年4月蜂起は、ブルガリア観光を豊かにする歴史知識のキーワードの一つだと思います。
オスマントルコから独立しようした蜂起ですが、時期早々で失敗します。そのオスマントルコ側の報復の残虐さがヨーロッパ諸国に知れ渡り、ブルガリアが世界から注目されるようになった事件です。
バルカン山中や町には、そういった独立のための戦いに関わると思われるモニュメントがたくさんあります。

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2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
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20080713_8086
ブゼンツィ村で、ブルガリアの伝統菓子を頂く

ブリャロ・スラートコ(=White Sweets)といって、砂糖菓子のようなものを冷たい水に漬けて食べます。
わざわざ水に漬けて食べる、というのが、とても不思議でした。
そのまま食べるととても甘いから水に漬けるのでしょうか。ガイドもそこまで分からず。
ひょっとしたら水で、少しでもおなか一杯にしたとか!?
今回の旅行では食べ物の写真もせっせと撮りましたが、これはトロヤン焼きの容器と、伝統的な文様のテーブルクロスが絵になるなと思って撮りました。

20080713_8142
シプカ峠の戦いのモニュメントから見下ろして

ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争最大の激戦地であるシプカ峠にあるモニュメントを見に行きました。
モニュメントのてっぺんからの見晴らしはサイコー!
シプカ峠の戦いのモニュメントはあちこちにあり、この写真にも2つ写っています。
3月3日の独立記念日には、このモニュメントの前で式典が行われるそうです。
標高が高いこともあり、3月は震えるほど寒いそうです。雪が残っていることもあるそうです。
真夏のこのときは、吹き付ける風もすがすがしく、てっぺんまでの階段でかいた汗があっという間に吹き飛びました。

20080713_8206
エタラ野外博物館にて

光に透けるブドウの葉が撮りたくて@
去年のルーマニア旅行ではあちこちで野外博物館めぐりをしましたが、ブルガリアではエタラだけでした。
それも2時間くらいで終わってしまったので拍子抜け。
建物の数は多かったのですが、川に沿って広がる細長い敷地は、あまり広く感じられませんでした。
ただし、伝統工芸の買い物をしたり、職人さんが制作するところを見学できたら、もっと時間雅必要だったかもしれませんね。
かわりにハウス・ミュージーアムはたくさん見学しました。
あちこちにたくさんハウス・ミュージーアムがあるのは、ブルガリア独特かもしれません。

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2008/07/14月 トリャヴナ日帰り
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トリャヴナの町角のはちみつ屋さん

自家製のはちみつ売りを道端でたくさん見かけたのですが、そちらは写真を撮る機会を逸してしまいました。
日よけ傘を立てかけた台に、瓶詰めあるいはパック詰めが積んである素朴なものです。
でも、町中の、こんな可愛いらしいはちみつ屋さんもステキです。
分銅の乗った測りも、なんともいえません。
飾りかな?

20080714_8409
学校博物館の中庭

風情のある建物でした。
ブルガリアは独立のための民族意識高揚のため、19世紀から学校教育に力を入れました。
というより、オスマントルコはブルガリア人に対し、同化政策に近いものをとっていたので、それまでブルガリア語での教育は確立させていませんでした。
昔の教室もありました。
初期の学校では、黒板ならぬ砂板(!?)を使っていました。
底の浅い四角い入れ物に砂を入れ、砂に文字を書いて覚えたのです。
砂を平らにならせば、何も消耗することなく、何度でも使えます。
この博物館には、寄贈によるアーティスト兄弟の作品展もあり、それもすばらしかったです。

20080714_8441
トリャヴナの伝統的な家

ここはハウス・ミュージーアムとして公開しているはずですが、月曜日なのでお休みでした。
月曜日はミュージーアムの休館率は高いですが、トリャヴナではほとんどが開いていました。
だからこそ安心して、この日程でこの日帰り旅行を組み込んだのです。

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2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
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20080715_8668
アッセン王モニュメントより

4人の騎馬像がありました。
躍動感のあるこの像を、空を背景にシルエット気味に撮ってみました。
ちなみにアッセン王は、ビザンチン帝国の支配をふりきって第二次ブルガリア帝国を建国した兄弟の一人です。
その首都は、ヴェリコ・タルノヴォでした。
第二次ブルガリア帝国は、最盛期には東欧の大半を支配しましたが、オスマントルコによって滅ぼされてしまいました。
というウンチクは頭に入れていましたが、モニュメントの4人の騎馬像のうち、どれがアッセン王で、どれがもう一人の兄弟のペーターで、あと残りが誰か、さっぱり分かりませんでした(笑)。

20080715_8863
ツァベレッツの丘からヴェリコ・タルノヴォを見下ろす

ツァベレッツの丘は第二次ブルガリア帝国の王城があったところです。
オスマントルコに破壊されてしまって、ほとんど何も残っていない遺跡ですが、ヴェリコ・タルノヴォ観光でお薦めの場所だけあって、なかなか風情がありました。
なによりも町を見下ろす見晴らしがすばらしいです。
よりによってそんな見晴らしがすてきな遺跡にいるときにだけ、ざーざーとにわか雨が降らなくても。。。
これは雨が降る少し前に撮りました。

20080715_8898
サモヴォドスカタ・チャルシャの黒猫

伝統工芸職人の店とおみやげ屋の集まるエリア「サモヴォドスカタ・チャルシャ」。
2匹の猫がじゃれていました。
どちらもはにかみ屋さんで、なかなか写真を撮らせてくれませんでした。

20080715_8902
後ろ立ちするネコ

サモヴォドスカタ・チャルシャで黒猫とじゃれていたネコです
葉っぱの中に気になるものがあったのか、ひょいと後ろ立ちしてくれました。
ネコってよくこのポーズをとります?
私にはとても珍しく、とっても可愛かったので、大急ぎでカメラを構えました。
幸い、ネコちゃんは、この後ろ立ちを何度かやってくれたので、なんとか上手く撮れました@

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2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ
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20080716_9037
石垣が延々と続くアルバナシ村

薪と一緒に。
曲がりくねった道すじにずうっと石垣が続く光景はなかなか独特で味わい深かったのですが、写真に撮るのは難しかったです。
ここは坂道になっていました。

20080716_9068
アルバナシから見えるヴェリコ・タルノヴォ

ほんのお隣なんです、アルバナシって。
タクシーやバスで15分でした。
ヴェリコ・タルノヴォ美術館で見た、ヴェリコ・タルノヴォを描いたブルガリアの画家の絵の中には、今にして思えばアルバナシからこんな風に見下ろして描いたと思われるものもありました。

20080716_9193
ヴェリコ・タルノヴォの石垣のネコ

逆光なので試しにフラッシュをたいてみたら、赤目になったので、ノーフラッシュで撮りました。
ちょっとシルエット気味になりましたが、それも悪くないか@

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2008/07/17木 ソフィアへ移動
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20080717_9477
市民庭園の噴水

なんだか楽しくなるポーズの彫刻です@

20080717_9542
ソフィアの黄金仮面の女神

車通りの激しい、ネディリャ広場近くの交差点にて。
金ぴかの仮面は、ちょいと不気味@

20080717_9579
大統領官邸の衛兵交代式

1時間ごとに行われるため、なんだかんだとシャッターチャンスがありました。
はじめは遠慮がちにカメラを構えていたのですが、他の観光客に励まされて(?)、だんだん近付いてしまいました。
もちろん、ジャマしない程度に。
近くで迷彩服の軍人さんが見ていますしね。
それにしても、湿度が低いとはいえ気温34度のソフィアで、この軍服はとっても暑そう。

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2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り
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20080718_9675
ソフィア駅構内にて

古い蒸気機関車が展示されていました。
ソフィア駅構内は、なかなか写真撮影意欲を刺激するところでした。
コプリフシティッツァ行きの鉄道に乗り遅れ、約1時間後のバスで行くことにしても、こんな風に駅前散策も楽しむことができて、1時間はちっとも長く感じられませんでした。

20080718_9710
コプリフシティッツァのカラフルな家

コプリフシティッツァにはあちこちにこんな可愛らしい家があり、これまで訪れたミュージーアム・タウンの中でもダントツに散策が楽しかったです。
ちなみに、ペイントされた家は青系統や赤・オレンジ系統が多かったですが、1軒だけ黄緑の家を見つけました。

20080718_9787
コプリフシティッツァの村の郊外の牧場

ハウス・ミュージーアムを探して道に迷い(迷うほど広い村ではなかったのですが、とにかく道を間違えたのです(泣))、村の外みたいなところに出てきてしまいました。
お気に入りの黄色い熊手の花に再会です。
馬が一頭いましたが、ファインダーの中に上手く入ってくれるほど近くではありませんでした。

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2008/07/19土 ソフィア観光
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20080719_9911
ソフィア市内巡回の観光バス

ソフィアの観光スポットを巡回し、一日券を買ったら、乗り降り自由というやつです。
ソフィアのちょっと楽しいワンシーンとして@

20080719_9925
懲りずにまたまた、アレクサンドル・ネフスキー寺院

通りかかれば何度でもカメラを構えてしまうアレクサンドル・ネフスキー寺院。
金きらドームが太陽の光を受けて、ますます輝いていました。

20080719_9935
ブルガリアの国会議事堂

思ったより規模が小さい建物と感じましたが、間口が狭いというか、後ろにかなり延びていました。
この日の午前は、こんな風に記念的な建物の写真をせっせと撮りました。

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2008/07/20日 ソフィア観光
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20080720_0075
海外アートギャラリーにて

「もう、いいかい」「まあだだよ」
アフリカの彫像は興味深いです@

20080720_0148
考古学博物館

元モスクだったという建物。
考古学博物館らしく建物の外にはローマ時代の遺跡が無造作に展示されています。
中世の建物らしい壁も風情がありました。
「地球の歩き方」の記述ではこの博物館見学にちっともそそられなかったのですが、とても見ごたえがある博物館でした。
トラキアからの出土品や各地の修道院から集めたフレスコ画は圧巻でしたし、世界遺産の「マダラの騎士」のレプリカもありました。

20080720_0167
高級デパート「ツム」

建物の様式の単純な連続をこんな風にちょっと乱して撮るのが好きです@
ここは、モスクワの「グム」みたいな存在でしょうか。
西欧と変わらぬブティックが並び、高級品ばかりで、ふつうのブルガリア人の年収ではとても手が出ないのだとか。
でもとてもきれいな無料のトイレがあります。
警備員さんもうじゃうじゃいますけどね。

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2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由
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20080721_0203
市民庭園の微笑ましい母子像

フォートラベルで、ソフィアの彫刻をテーマにした旅行記を一つ撮ろうと思って、積極的に彫刻の写真を撮り始めました。
微笑ましい親子の像を、ソフィア・シティ・アート・ギャラリーのカラフルな建物を背景に。

20080721_0220
聖ゲオルゲ教会

ソフィアでもっとも古いといわれている教会です。
初めて目にしたときは、周辺の建物がジャマ!と思ったのですが、見慣れてくると、この昔と現代のドッキングが不思議な空間を生み出している気がしてきました。
17日の午後は閉まっていて中に入れなかったのですが、この日の午前に見学できました。

20080721_0268
市民庭園の古風でお洒落なキオスク

これが、この旅行で撮った、最後から2番目の写真となりました。

第1弾と第2弾あわせて、1日4〜6枚?16日(初日を除いたので)、計96枚アップしました。結構な枚数になりましたね。
でも、これで全2,333枚のうちの約4%です。
ハイライトを選び、ココログに画像をアップしてURLを文章に貼り付ける作業もこれだけあるとなかなか大変でしたが、本人も楽しんでやりました@
この記事をアップした現在、帰国後まだ1週間ですもの。

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2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第1弾(1日ベスト3〜4)

去年のルーマニア旅行のときに、一日2枚ずつハイライト写真の記事2つを作成しましたが、それが結構面白かったので、今年もやってみることにしました。
17日間のブルガリア旅行から帰ってきてまだ1週間程度の今なら、旅先でつけた旅日記の写真メモのページをひっくり返さなくてもコメントが書けるかしら。

写真の枚数は、今年は去年よりずっと多いし、旅程が17日と短くなったので、ハイライトとして選び出す枚数は、1日3枚にしてみました。
ただし、1日の撮影枚数が200枚を超えた日は、3枚に絞り込むのが困難でしたので、4枚です。
実は、続けて第二弾もやるつもりなので、選んだ枚数は1日6〜8枚ということになるんですけどね。

ちなみに、去年は23日間で写真の枚数は合計1,926枚、1番多い日で162枚、1番少ない日(1日目を除く)で20枚でした。
それに対して今年は、合計2,333枚、1番多い日で246枚、1番少ない日は移動のみの初日は11枚で、それを除くと44枚でした。
1日の平均枚数は、去年は22日で割ると約87.5枚、今年は16日で割ると約145.8枚です。

選んだ写真はその日の観光ハイライトではなく、あくまで写真のハイライトです。つまりお気に入り写真。
気に入った場所でも、写真が撮れないところも多かったですから。
特に、教会は、撮影が制限されているところが多かったです。
また、博物館の展示品の写真からもいくつか選んでいますが、三次元の展示品の場合のみです。
絵画は、そのまんま、まるでポストカードでも作るみたいにファインダーに収めてしまっているので、どんなに気に入った絵画でも除外しています。
三次元の展示品の場合でも、カタログ写真みたいに撮ってしまい、写真の面白さとしてはどうよ、というのは選ばないようにしました。

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2008/07/07月 ベログラドチック日帰り
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20080707_6602
ベオグラドチックの奇岩と要塞

逆光なのが残念です。きれいな青空を背景にできませんでしたから。

20080707_6619
ベオグラドチック要塞の奇岩群

伝説によると、ここに僧院があり、そこの絶世の美女の修道女が恋をし、赤ちゃんもできたのですが、恋人と引き離されそうになったときに奇跡が起こり、すべての人間が岩と化したそうです。
その美女と子供を含めて。
そういわれると、奇岩はみな、人の姿に見えてきます。
ただ、その伝説のもととなった母子の岩は、見つけることが出来ませんでした。

20080707_6621
ブルガリアのメテオラと呼ばれるベオグラドチック

ギリシャのメテオラと違って、僧院はないです。
でもこのような岩壁を見れば、なるほどメテオラに例えられるのも、なんとなくわかるような気がします。
ただし、私はメテオラに行ったことがないので、詳しくないです。全然違っていたら、あしからず。

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2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ
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20080708_6795
リラ僧院の入口から

入口にこんな風に鹿の角の飾りがしてあったのが気に入りました@
でも、実は、このアングルで撮ることは、前から狙っていました。
旅行事前の下調べのたまもの!?

20080708_6810
リラ僧院の教会の外回廊のフレスコ画

ルーマニアのフレスコよりは、色が明るいかんじがします。

20080708_6816
リラ僧院の教会

背景にチラッとリラ山脈が入りました。

ひとこと感想では、「予想どおり」とか「想像していたより小さかった」などと書いたリラ僧院ですが、それでも写真は、何枚撮っても飽きず、キリがないくらいでした。
たとえポストカードにありそうな写真、誰かが撮っていそうな写真になりそうであっても。

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2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園
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20080709_6954
朝焼けの白い岩壁に囲まれたメルニック

メルニックも、町そのものが博物館といわれるミュージーアム・タウンの一つです。
この写真は、朝食前に、ホテル近くの廃墟の上まで散策したときに撮りました。

20080709_7028
ピリン山脈ふもとのバンスコのペンションの窓から

ちなみにブルガリアの家屋の屋根は、見事にこういうオレンジの瓦ばかりでした。
古い家では、石そのものが屋根瓦として使われていたそうですが。

20080709_7139
ピリン山脈をドライブ

国立公園のピリン山脈は世界遺産です。
ここのドライブは予定外でしたが、そんなわけで回ってみました。

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2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
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20080710_7348
プロブディフの陶器の店で

陶器作りを実践してもらいました。
彼女のお店は新潮社の「東欧の郷愁」に紹介されています。
そのときに取材を受けた旦那さんは一年前に亡くなって、今は彼女が店を経営しているそうです。

20080710_7354
プロブディフ民俗博物館

ブルガリアの一番美しい建築様式といってよい、民族復興時代の様式の代表的な建物でしょう。
そうでなくても民俗博物館はぜひ見学したかったのですが、この日の予定は詰まっていて、プロブディフは旧市街散策のみということにしていたので、あきらめました。

20080710_7438
夢にまでみたひまわり畑・その1

プロブディフからカザンラックに向かう途上です。カザンラック州にかなり近付いたところです。
カザンラックのバラの谷は、この時期はひまわりの谷でもある、とガイドが言っていました。
まさにそのとおりでした!

20080710_7474
夢にまでみたひまわり畑・その2

バルカン山脈を背景に。
この日だけでひまわりを撮るために4度は車を止めてもらいました@
翌日は3度だったかな。
でも、車窓から見て、わぁ!───と感激したとおりに写真を撮るのって難しいです。

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2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ
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20080711_7573
金の玉ねぎドームを頂く、カラフルなシプカ僧院

ブルガリア正教会は、ドームは金ぴか玉ねぎではないですし、このようにカラフルではないです。
これは、ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争(1877〜1878)を記念して建てられました。
ロシアに感謝して建てられたため、ロシア正教会の教会なのです。
写真は左右非対称に撮っています。

20080711_7656
私が求めていたイメージぴったりのアセン村

カザンラック郊外の村です。
民俗的複合施設と銘打っているバラ醸造所を訪れた帰りに撮りました。
私がブルガリアで求めていた村のイメージぴったりでしたので、翌日のバルバンツィ村でもこういう写真が撮れるだろうと思いつつ、ガイドに撮影タイムを設けてもらいました。

20080711_7692
バルカン山脈2000メートル以上の頂上近くから

前半のガイドとの旅は、とにかく美しい山の景色がたくさん見られました。

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2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ
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20080712_7761
リバァリッツァ村のバラとベンチのある家

朝食前の一人散策中に撮った写真です。
ルーマニアでもそうでしたが、門の外にベンチがあります。
そしてルーマニアと同じく、ここは、座って道行く人を察をしたり、近所の人とおしゃべりする、小さな社交場だそうです。

20080712_7914
人口2名のバルバンツィ村

村には商店も郵便局もありません。舗装道路もありません。
もっとも、村に至る道は舗装されていました。地図には載っていない村だそうですが、さすがに村の入口には、看板がありました。
オスマントルコ支配時代の昔、こういったバルカン山脈の山間に、イスラム化を嫌ったブルガリア人が逃れてきて村を作り、後に独立をめざす革命闘士が隠まわれたりしたそうです。
残念ながら今ではこういった村は過疎化が進み、田舎での隠居生活をするにはまだ早い働きざかりの都会の人が、空家を買い取って週末の別荘とすることで、かろうじて存続しています。

20080712_8011
人口10名程のペイナ村

ペイナ村にはペンションが2軒ほどありました。
この日はこの村のペンションに泊り、夕食前に散策しました。
1本だけあった舗装道路は下水工事のためぐちゃぐちゃで、他はすべて砂利道でした。
バルバンツィ村より小さく感じました。人口がバルバンツィ村より多いのは、ペンションのせいかもしれません。
この村には、なぜか「日本通り」というのがありました。
日本人が住んでいたとか、下宿していた、というわけでもないそうです。

20080712a_7977
ペンションの子猫たち、幸せそうにお昼寝中

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2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
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ブジェンツィ村のメハナ

メハナとは、古いブルガリア語でレストランの意味だそうです。
屋根は、古い石そのものが瓦として使われています。
手前には、ブルガリアのお菓子ブリャロ・スラートコ(=White Sweets)を食べたカフェの看板をわざと入れています@

20080713_8111
ソコロヴォ僧院の教会

写真としてはちょっと日差しが強すぎましたが……。
近年修復が終わって、内部だけでなく外部のフレスコ画も美しくよみがえっています。
ここで小さな女の子の洗礼式が行われていました。
白いひらひらの服でドレスアップしてもらった女の子は、式の間、ずぅっと泣きどおしでした@
ガイドの妹さんも、洗礼したのは小さい頃でしたので、やっぱり泣いたそうです。

20080713_8204
エタラ野外博物館

民族復興時代の様式のカラフルなペイントの家がずらり。
それぞれ現在、マイスターの資格をもつ伝統工芸職人さんの店となっています。
タイミングが良ければ、実際に制作しているところも見学できます。

この日の夕方から現地ガイドと別れて、いつも一人旅が始まりました。

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2008/07/14月 トリャヴナ日帰り
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トリャヴナの革製品の店

学校博物館の1階が、伝統工芸職人の小さな店となっていました。
トリャヴナは木の彫刻・浮彫や革製品が名産です。

20080714_8460
すばらしいトロヤン焼き!

ブルガリアに実際に行くまで、トロヤン焼きにはちっとも興味がありませんでした。
写真で見て知ってはいたのですが、トロヤン焼きがあんなにステキだなんて、実物を目にするまでわかりませんでした。
鍋や皿は無理でしたが、コップや鈴などの小物は買って帰りました@

20080714_8495
ミュージーアム・タウンの名にふさわしい、トリャヴナの街角で

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2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
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20080715_8662
ヤントラ川中洲島にかかる橋から見た、アッセン王モニュメントと旧市街

17日間のうち、この日と翌日は曇り、一時は雷雨でした。
こんなに絵になる町を青空のもとで撮れなかったのは残念です。
しかし、代わりに逆光や強い日差しによる濃い陰には、あまり悩まされずにすんだかもしれません。

20080715_8715
旧市街から見た、ヤントラ川中洲島のヴェリコ・タルノヴォ美術館とアッセン王モニュメント

この前の写真は、あの橋から撮りました@

20080715_8732
オレンジ屋根が並ぶ旧市街

賑やかなメインストリートのニコラ・ピッコロ通りには、ところどころこんな風に旧市街を見下ろせるポイントがありました。

20080715_8742
考古学博物館の先史時代の土器

この壷の愛らしいこと!
写真代を払ってよかったです。
これは、女の人が頭に壷を乗せている図像だそうです。
後にソフィアの国立歴史博物館でも見ました。
ブルガリア特有かしら?

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2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ
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花と薪のあるグルコ通りの家

深い渓谷のヤントラ川に沿って北から東に延びるグルコ通りは、とても古い味わい深い石畳の通りでした。
でこぼこで、かなり歩きにくかったですけどね。
薪は、ブルガリアではまだまだ現役でした。
もちろん、冬の暖房用です。

20080716_9178
入り損ねた聖ニコラ教会のバラ

ここにたどり着く前に、職人さんの店やおみやげ屋がずらりのサモヴォドスカタ・チャルシャがあったりするから。。。
この写真は、窓枠が十字架のように見えるように撮れたところが気に入っています@

20080716_9202
グルコ通りのレストランの花車

ペンションも経営しているレストランです。
この日はここで夕食をとりました。
中も、古い民芸品が活用された、とてもステキな内装でした。

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2008/07/17木 ソフィアへ移動
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20080717_9547
旧共産党本部(正面)と官庁として使われている建物(左)

物々しい建物です。さすが首都!
青空の順光が写真には嬉しいです。

20080717_9570
おしゃれな国立劇場

市民庭園のそばにあります。
行きは逆光だったので、夕方、太陽の位置が変わってから撮りました。

20080717_9634
ソフィア名物、アレクサンデル・ネフスキー寺院

ソフィアでは、これは見なくちゃね!というスポットです。
露土戦争で戦士したロシア兵のための教会なので、ブルガリア正教会ではなく、ロシア正教会です。
夜7時直前、ぎりぎり中を見学できました。
これはそのときに撮ったものです。これで夜7時。
夏のヨーロッパの日照時間の長さはほんとうにありがたいです。

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2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り
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20080718_9705
トポールニッツァ川にかかる石橋と

20080718_9783
見事な民族復興時代様式のカプレシュコフ・ハウス

ハウス・ミュージーアムとして公開されている家の一つです。
中にはこんな風に建物の写真すら撮らせてもらえないのもあれば、写真代を払えば中を撮らせてくれるところもありました。
いや、たぶん、中の写真も撮らせてもらえなかったところも、写真代を払うと言ってみたら、もしかしたら撮らせてもらえたのかもしれません。

20080718_9845
リュトフ・ハウスの男性用ゲストルーム

ハウス・ミュージーアムとして公開されている家は、コプリフシティツッアに限らず、このようにトルコの影響を残したものが多いです。
絨毯が敷き詰められ、部屋の中央を囲む低い長椅子。
この写真では分からないですが、天井が美しい木細工だったりします。それはブルガリア独特かもしれません。
オスマントルコから独立後、ブルガリアの生活スタイルはどんどん西欧化していき、このような生活空間が廃れていきます。
だからこそ、いま、ハウス・ミュージーアムとして、ブルガリアのあちこちで保存・公開されているわけです。
ブルガリアではこういったハウス・ミュージーアムが見どころの一つです。

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2008/07/19土 ソフィア観光
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20080719_9902
聖ニコライ・ロシア教会

金の玉ねぎドームを抱くこの教会も、ソフィアではぜひ見なくちゃね!というスポットです。
ソフィア初日に夕方6時前ぎりぎりに見学できたのですが、ホテルに近かったので再訪し、ミサを見学することができました。

20080719_9999
再び、アレンサンデル・ネフスキー寺院

この教会は絵になるので、いろんなアングルで何度も撮ってしまいました。
逆光ぎみで白飛びしそうな空を、光を受けて透き通った木の葉で隠しました。

20080719_a0011
聖ソフィア寺院で結婚式

首都ソフィアの名の由来の寺院は、外見はとっても素朴。
週末は結婚式ラッシュでしょうか、夕方6時半頃から教会が閉まる7時まで、3組も行われていました。
教会見学がてら、このカップルの結婚式も見学させてもらいました。
豪華な司祭帽のようなものを司祭さまが新郎・新婦にかぶせたりなど、ブルガリア正教会スタイルの式は初めて見ました。
とても興味深かったです。
2階から聞えてくるコーラスもぞくぞくっとするほどすばらしく、まさに天上の調べでした。

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2008/07/20日 ソフィア観光
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20080720_0028
ボヤナ教会の13世紀と19世紀の増築部分

手前の一番古い11世紀の部分は、日陰が強くて、よく写らなかったものですから。
中のフレスコ画は、さすが世界遺産に登録されただけのことはあるというべきか。
イタリア・ネルサンスを凌駕した、中世のものとは思えない、すばらしいものでした。

20080720_0165
いまは機能していないトルコの温泉施設

ツム・デパートを出たら、隣にこんな色鮮やかな建物が目に飛び込んできました。
最初はこちらが、バーニャ・バシ・ジャーミヤ・モスクかと思ってしまいました。

20080720_0166
こちらこそ、バーニャ・バシ・ジャーミヤ・モスク

さきほどの温泉設備があるため、バーニャ(風呂)の名がついたそうです。
この内部は翌日見学しました。
この日はこの写真を撮った時点で夜8時近く、花より団子、早く夕食を食べに行きたくて気がせいていました。

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2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由
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20080721_0237
ショッピング・センター「セントラル・ハリ」

ブダペストの中央市場のようなものを想像していましたが、それよりおとなしめでした。
こうやって見下ろすと、似ていますけどね。
ずいぶんきれいな市場だなと思ったら、2000年に改装・復活したばかりのようです。
ツム・デパートに比べるとずっと庶民的で、私などほっとしましたが、出国のときに見送りにきてくれた現地ガイドいわく、ここはそんなに安いわけではないそうです。

20080721_0251
ジェンスキー・バザール(青空市場)の種や豆やドライフルーツ売り場

ジェンスキー・バザールはかなり広かったです。
その周辺の道沿いにも商店が並んでいたので、余計広く感じられました。
こういった種やドライフルーツはブルガリア人にはとても人気のようです。ソフィア市内でも、ここに限らず、屋台などちらほら見かけました。

20080721_0262
高級デパート「ツム」のお洒落なカフェ

お値段は高めですが、とてもきれいで落ち着けるし、ブルガリアのお金が余ってしまったので、最後にゆったり贅沢気分を味わいました。
すてきな絵画もたくさん飾ってありました。

以上のコメントを書くにあたって、写真メモはちょっとだけひっくり返してしまいました。
コプリフシテイッツアの5つのハウス・ミュージーアムは、名前を覚えきれていませんでしたし、どれがどれだか、すでに混乱してましたから。ははは。

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2008年ブルガリア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その2

残り後半一人歩き。
一人なでさらに気兼ねなく写真撮影に時間をかけることができましたが、良い撮影スポットは前半でかなり網羅しました。
とはいえ、新しい街に着けば、また撮影意欲がわくものです。
そのためヴェリコ・タルノヴォ初日など、1日の撮影枚数が200枚超えました。

(9)2008/07/14月 トリャヴナ日帰り【126枚】

トリャヴナを日帰りした後、夕方、レストランに向かいがてら、ガブロヴォで意外に写真映えするところを見つけたので、ガブロヴォでも結構写真を撮った一日です。
代わりに、トリャヴナでは、ミュージーアム・タウンの一つとはいえ、もう何ヶ所かすでにミュージーアム・タウンを周っていたので、若干撮影枚数が減りました。
それに、街角撮影って難しいですから。
家の並び方に雰囲気があるのですが、いざカメラを構えると、ファィンダーに入ってくるのはせいぜい2軒くらいですもの。
そうは言いつつも、ここでも、ここでも!としつこく撮った自覚はあります。

(10)2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ【206枚】

ヴェリコ・タルノヴォは、非常に絵になる街です。
ただ、一日ほぼずっと曇りだったのは、散策する上では涼しくてラクでしたが、写真を撮るのには残念でした。
観光の拠点のペンションは、あちこちで写真を撮りたくなる石畳のとても古いグルコ通りにありました。
なので、観光第一歩のツーリスト・インフォメーションに向かうまで、何枚も何枚も写真を撮ってしまいました。
同じような景色を、少しずつアングルを変えてしつこく撮ってしまったので、正直、似たような写真がたくさんあります。撮った本人には、印象ががらりと違って見えるのですが。
考古学博物館では写真代を払って、展示の写真を撮りました。先史時代の像や壷など、造形的に気に入るものがたくさんありました。
雨だったとはいえ、見晴らしのよいツァベレッッアの丘に行ったので、ちょっと上るたびに周辺の写真を撮っていました。
そしてこの日に、フォートラベルにアップする旅行記の中に、イヌ・ネコだけを集めたものを作ろうかと思いついたので、街中で目についたイヌ・ネコの写真を撮り足しました。
なるべく背景を工夫しながら。
見どころがたくさんだった上に、崖にはりついたようなすばらしい街の写真はしつこく何枚も撮ったので、200枚超えてしまいました。

(11)2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ【145枚】

午前中はアルバナシに行ったので、ヴェリコ・タルノヴォ2日目でも写真枚数は結構あります。
アルバナシもミュージーアム・タウンですが、ブルガリアの美しい昔の建物の代表である民族復興時代様式の家よりは、延々と石垣が続く家並みの印象が強い村で、いままでいくつか回ったミュージーアム・タウンとはだいぶ趣が違いました。
なので、家並みの写真は、いざ撮ってみると面白みのない写真になりがちでとても難しいのですが、しつこくチャレンジしたものです。
午後のヴェリコ・タルノヴォでは、グルコ通りでハウス・ミュージーアムを見つけました。「歩き方」には載っていませんでした。
ここで写真代を払い、写真を撮りました。家の内装だけでなく民芸品も撮影の対象となりました。
民族復興博物館でも、写真代を払って写真を撮りました。
ただ、この博物館で楽しみにしていたイコン・コレクションというのはありませんでした。がっかり。
本当はそれが目当てで高い写真代を払ったのですから。
ブルガリアがオスマントルコから独立するあたりまでの民族意識復活の歴史は、旅行のまえになんとか本を読んで概要をつかみかけていたので、前半の展示は意味が分かりました。
でも後半はほとんどスルーでした。

(12)2008/07/17木 ソフィアへ移動【132枚】

ヴェリコ・タルノヴォからソフィアへの3時半のバスの旅で撮った写真は、50枚以上あります。
山の景色に感動してカメラを構えたところもありますが、ガソリンスタンドや広告看板や工事現場など、記念的な写真も多いです。
そしてこの日の午後に、ソフィアの見どころは、中に入れないまでも外観はほとんど見ることができたので、せっせと写真を撮っています。
ただ、天気が良くて日差しが強かったので、建物の影の部分が真っ黒になってしまい、あまり満足して撮れたとはいいがたいです。
こういう場合はかえって日差しが和らぐ夕方の方が写真が撮りやすいです。
ソフィアの名物アレクサンデル・ネフスキー寺院は、場所を移動したりアングルを変えて何枚も何枚も写真を撮り直しました。
実はこの先何度も撮影のチャンスはあったんですけど、そんな未来は予測できないですし、最初の感動は大きいですから。

(13)2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り【135枚】

片道2時間半、帰路はバスが3時間遅れて、片道2時間。
というわけで、コプリフシティッツア散策は実質半日足らずです。もっともそれで十分ですが。
一つの村だけを回ったにしては、一日の撮影枚数は多かったと思います。
コプリフシティッツアでは6つのハウス・ミュージーアムのうち5つ訪れたのですが、そのうちの2ヶ所は撮影代を払って写真を撮らせてもらえました。
また、この日は8時40分の鉄道に乗り遅れ、バスターミナル周辺で1時間近く待って10時のバスでコプリフシティッツアに行ったのですが、中央駅やバスターミナル周辺散策もなかなか面白かったです。
鉄道駅はなかなか格好よかったです。
20枚くらいは写真を撮りました。

(14)2008/07/19土 ソフィア観光【67枚】

ソフィア観光3日目です。
聖ニコライ・ロシア教会、アレクサンドル・ネフスキー寺院やソフィア寺院といった、ソフィアの代表的な教会を訪れましたが、いずれも外観の写真は1日目に撮っていますし、内部撮影は禁止です。
午後はボヤナにある国立歴史博物館に行きましたが、これも展示の撮影は禁止です。
それから、ソフィア市内はあちこちの公園に面白い彫刻がたくさんあるのですが、夕方遅くに、その写真を集めてフォートラベルで1つの旅行記を作るのも面白いかと思いつきました。

(15)2008/07/20日 ソフィア観光【122枚】

海外アートギャラリーで写真代を払って展示写真を撮ったためか、ソフィア観光4日目でも1日の撮影枚数が増えました。
インドやビルマの仏像や、フランスの画家ロラン・オードの作品などの写真をせっせと撮りました。
日本の浮世絵もあり、何枚か写真を撮りました。あまりに有名な富岳三十六景の赤富士など、いくらなんでもそのままの写真を撮っても仕方がないので、展示室全体の写真と一緒に撮ってみました。
また、ソフィア市内の彫刻の写真も積極的に撮りました。

(16)2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由【44枚】

最後のソフィア観光では、ほぼ見どころの写真は撮りおわっていましたが、アングルを変えたり、前に撮ったのは夕方遅かったので、天気のよい昼間に再度撮ったりしました。
ショッピング・センターであるセントラル・ハリや、青空市場のジェンスキー・バザールでも、何枚か写真を撮りました。
ツム・デパートのカフェや、ホテルに戻る途中に再び通った市民庭園や国立劇場の前でもう一度撮り直した写真が、この旅行の最後の写真となりました。

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2008年ブルガリア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その1

今回の約2週間のブルガリア旅行では、去年の約3週間のルーマニア旅行よりも写真の枚数は減るだろうなと思いつつ、メモリは手持ちのものを全部持っていきました。
去年は514MBが6枚だったのに対し、今年は7枚です。
そして、去年は5枚目の3分の2くらい使いましたが、今年は6枚目の3分の2まで使っていました。
あとで読もうと説明看板などを撮ったものもありますが(それは去年も同じでした)、旅行日数が3分の2に減ったのに、合計枚数は去年の1,926枚に対して、今年は軽く2,000枚を超えて、2,333枚でした。

デジカメでの撮影に慣れれば慣れるほど、枚数が増えていくものかもしれませんね。
数年前は、旅先で1日100枚以上は撮る、という人の話を聞いて、びっくらこいたものです。
その私が、今年は1日200枚を超えた日が何日もありました。

もっとも国内で花の名所に行って写真を撮りにいく場合、花の状態にもよりますが、2時間もいれば120枚以上撮ることもざらになっていました。
しかし、花の場合は同じ花を対象に違うアングルでいろいろ撮ってしまうものです。
実は今年の写真は、それに似たようなところがありました。

特にガイドで車で連れて行ってもらって遭遇した撮影チャンスなど、念のためにたてとよこの両方で撮っておくというのも頻繁にやりました。
もちろん、メモリの節約のために、あとで液晶画面で確認して、これは写真としてどうか、と思うものは、せっせと削除しました。
それでも、パソコン画面で見た場合と違うことを考えて、同じ景色でもたてとよこといったアングルの違うものを残しておいたものが、今回は多かったと思います。

はじめてデジカメ持参で海外旅行に出かけた2006年などに比べると、もしかしたら削除せずに残しておこうと思った基準が甘くなっているかもしれません。
薄暗い室内でやっと撮った写真など、ピントが若干甘いかなぁと思っても、一応、残しておいたものなどがありますから。
ただしそれでも、パソコン画面で見る限りでは見苦しくないだろうと思える程度のものにしておいたつもりです。

ちなみに旅先にパソコンは持参していないので、写真の本当の出来がわかるのは、帰宅してから自宅のパソコンに読み込ませるまで、お預けなのです。

計2,333枚を、旅程17日のうち正味15日で割って平均をとると、一日155.53…となります。
ガイドと回った2日目からの前半で、1番多い日は246枚、少ない日は142枚です。
一人で回った後半は、1番多い日は206枚、少ない日は44枚です。結構極端です。

7/06日 11枚
7/07月 142枚(うち説明看板5枚)
7/08火 187枚(うち説明看板1枚)
7/09水 184枚(うち説明看板1枚)
7/10木 246枚
7/11金 177枚
7/12土 215枚(うち説明貼り紙1枚)
7/13日 193枚
7/14月 126枚(うち説明看板2枚)
7/15火 206枚(うち説明看板3枚)
7/16水 145枚(うち説明看板4枚)
7/17木 132枚
7/18金 135枚
7/19土 67枚
7/20日 122枚
7/21月 44枚
 計2,333枚

前半はガイドに車付で、小さい街や村だったとはいえ、1日にいくつも回ってもらえたおかげで、枚数が増えたともいえます。
後半で写真の枚数がぐっと減ったのは、ソフィア滞在2日目以降ですね。
さすがに同じ都市に2日以上いて、しかも1日目に主だった観光ハイライトを外側から拝むことができれば、2日目から枚数が減って当然でしょう。
今回は去年のルーマニアのように、博物館や教会内で写真が撮れたチャンスは少なかったですが、なかったわけではありません。
ただ、ブルガリアでは博物館は、オスマントルコ支配時代の末期から独立直後くらいの19世紀末の民族復興時代(英語ではBulgarian National Revival)の家を、内装も当時のまま保存して公開しているハウス・ミュージーアムが多いので、写真を撮るといっても枚数はそう増えませんね。

(1)2008/7/6日 成田発ミュンヘン経由ソフィア着【11枚】

移動に費やした一日ですが、11枚のうちわけは、成田空港で4枚、ミュンヘン空港で6枚、ホテルの部屋1枚です。
成田は第一ターミナルですがいままでと違って北ウィングだったので、空港内のオブジェを始め、初めて見るものもあったので写真を撮りました。
ミュンヘンでは、エコノミークラスにもカフェや紅茶の無料サービスがあったため、そのカウンターを撮ったり、飛行機を撮ったり……要するに、ヒマだったんですね。乗り継ぎに1時間以上あっても、次ぎのフライトのゲートは下りたゲートの目の前にあって5分とかからなかった上、ソフィア行きは55分も遅れたものですから。

(2)2008/07/07月 ベログラドチック日帰り【142枚】

観光したのは実質ベログラドチックの要塞と奇岩のみの1ヶ所でしたが、その車移動の途上、あちこちで車をとめて、撮影タイムをとってもらいました。
バルカン山脈を抜けるとひまわり畑がたくさん続いていたので、下りて近付いて撮ったりもしています。
ベログラドチック要塞の奇岩は、同じものであってもアングルを変えて何度もしつこく撮ってしまいました。
要塞からの周辺の見晴らしもすばらしかったです。

(3)2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ【187枚】

この日、一番たくさん写真を撮ったのは、やはりリラ僧院とその周辺ですね。
教会の中は撮影できなかったのですが、外壁のフレスコ画は有名ですし、教会を囲む僧房のある建物の美しさは何枚撮っても飽きないくらいでした。
リラ僧院はリラ山脈の中にあり、その途中の景色の良いところでも、たびたび車を止めてもらって写真を撮りました。
リラ僧院の後は、ピリン山脈にあるロジェンとメルニックに向かったのですが、ここの山の景色もすばらしかったです。
お気に入りのロジェン修道院は、遠く離れたところから建物の影を一枚、それから周辺の景色の写真しか撮れませんでした。
でも、メルニックで一人歩きしたときに、また写真枚数を稼ぎました。
初めて訪れたハウス・ミュージーアムてあるコルドプルロフ・ハウスでも、内部の写真を撮ることができました。地下ではメルニック名産のワインを頂きました。
このミュージーアムは夜8時まで開いていました。

(4)2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園【184枚】

最近聖人に列せられたバンガお婆さんゆかりの教会は、新しくてきれい過ぎたとはいえ、教会の中は、現代チックでしたがなかなか興味深く、写真を撮ることもできました。
そしてピリン山脈とバンスコの街歩きでたくさん写真を撮りました。
バンスコの街歩きで訪れたハウス・ミュージーアムであるネオフィット・リルスキー博物館でも、内部の写真を撮ることができました。
イヌの写真を撮り出したのは、バンスコからですね。
街中にやたら野良犬がいるのかと思ったら、ガイドいわく、冬にはレスキュー犬として大活躍する犬たちでした。

(5)2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ【246枚】

一日の撮影枚数が一番多い日です。なんといっても、ひまわり畑をたくさん撮りましたから。
カザンラックに近付いてきたばかりのときは、なんだか茶色く染まっていて、花びらに元気がなく、下を向いているひまわりばかりが目につきました。
このあたりは、もうひまわりのピークは過ぎてしまったのかと、非常にがっかりしました。
ところがさらにカザンラックに近付き、バラの谷に入ると、車の進行方向と反対向きに、元気に頭をもち上げたひまわりがたくさんでした。
後ろの窓から見て、あたり一面黄色いのにびっくりぎょうてん!
ひまわりが太陽の方を向くのって、うそですね。
どのひまわりも黄昏の斜光を後ろから浴びて、花びらが光っていました。
そんな、夢にまで見た以上のひまわり畑の写真を撮るために、3回も車を止めてもらいました。
他にも、ロドビ山中の見晴らしのよい景色とか、ヤギや牛たちとか、すっかり私のお気になったも熊手のような黄色い花の群生地や、菜の花に見えたラピッツアという花畑など、いろんなところで写真が撮れました。
プロブディフでの旧市街でもたくさん撮りました。

(6)2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ【177枚】

カザンラックの博物館では、歴史博物館以外では写真が撮れました。といっても、バラ博物館にバラ醸造所でのバラ・オイル醸造の昔と今の機械くらいでしたけど。
ただ、バラ醸造所はEthnographic Complex(民俗総合施設)といって、古い民芸品の展示もたくさんあり、バラ園がありましたから、それらの写真もたくさん撮っています。
そしてバラ醸造所のそばのアセン村で、私がブルガリアで求めていた、舗装道路のない、古びた家の並ぶ村の風景の写真も撮ることができました。
また、リバリッツァでは、フォークロア・コンクールの写真も撮りました。
ただ、途中で舞台の床が抜けて、出演者にけが人が出たため、この日、コンクールは予定より早く終了してしまいました。
翌日の朝もコンクールを見学し、写真を撮りましたが、舞台は逆光で、夜8時の方がずっと写真を撮りやすかったです。

(7)2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ【215枚】

私が抱いていたブルガリアのステレオタイプの村を3つも散策することができたので、その写真をたくさん撮っています。
お洒落な家や庭の多い、だいぶきれいなリヴァリッツア村、ほとんど廃村寸前、地図に載っていないというバルバンツィ村、そしてブルガリア人・アーティストが写生によく来るというペンションに泊まったペイナ村。
バルバンツィ村で招待されたガイドの家族の週末の家も、庭も家の中もカメラを構えたくなるところばかりでした。
ペイナ村のペンションでは、子猫が2匹いました。昼寝していたときの愛らしい姿を盗み撮りしただけでなく、2匹でじゃれているときも、せっせと追いかけてシャッターチャンスを狙いました。

(8)2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ【193枚】

ブジェンツィ村も、ミュージーアム・タウンの一つです。もっともここに住んでいる人はいなくて、ホテルにレストランやカフェばかりで、いわば野外博物館に近いところになっています。
シプカ峠の記念碑でも、建物の内部の展示はガイドが説明してくれたおかげで意味が分かったため、何枚か写真を撮ったりしましたし(意味が分からなければ興味が薄れるので撮る気になりませんものね。)、周辺の写真もたくさん撮りました。とにかく見晴らしが良かったですから。
エタラ野外博物館も写真を撮りに行ったようなものです。
夕方、ガブロヴォのホテルにチェックインしたあと、一人歩きで、見慣れればなんでもない街角でも興味が沸いて、カメラを構えました。
ユーモア博物館では写真撮影可能でしたから、ユーモアの意味が分かった展示などの写真を撮りました。それでずいぶん枚数を稼ぎましたね。
ちなみに、私が写真を撮っているのを見たせいか、館員さんが、企画展らしいポーランド人画家の絵のポストカードを20枚くらい、ただでプレゼントしてくれました。

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2008年ブルガリア旅行:各日ひとこと感想(後半約一週間の一人旅)

前半はガイドに案内され、エアコン付の車でラクし、歩くのは最低限でした。
そのため、後半いつもの一人旅を開始する前は、クソ暑い中、重い手荷物をもって歩ける自信がちょいとなくなりました。
でも、歩き始めると、これが私の旅のペースだ!と、すぐにいつもの調子を取り戻せました。
すなわち、方向音痴の自分を過信せず、何度も何度も地図を広げて現在位置を確認し、ブルガリア人のガイドにとってはきっと「なんでそんな写真を?」と思うようなところでも、面白ければじゃんじゃん写真を撮り、よって、目的地に着くのがめちゃくちゃのろい、というやつです@
でも、最近の東欧旅行では、街は見どころが詰まっているところが多く、「歩き方」やLonely Planet掲載の地図の縮尺が意外に大きく、地図から想像していたよりは、簡単に歩ける範囲であることが多かったりします。
早速の一人歩きでめざしたガブロヴォのユーモア博物館も、思ったよりすぐにたどり着きました。

【(8)2008/07/13日の夕方5時頃からガブロヴォ散策】

ガブロヴォという街は周辺へのアクセスが便利な代わりに、見どころというと「ユーモア博物館」くらいなのですが、これはなかなか面白かったです。
ガブロヴォ人のユーモアというのは、英語が併記されていてもどこが面白いのかさっぱり分かりませんでしたが、世界各国からのユーモアのイラストや、カーニヴァルの写真や扮装など、ユーモアに関係するさまざまな展示がほど良くまとめてあって、面白い博物館だと思いました。
館員さんが途中で説明しに来てくれたおかげもあります。
ガブロヴォの見どころは「ユーモア博物館」くらいと書きましたが、実際には街散策も興味深いところがありました。
初めて一人歩きを開始した都市ということもありますしね。
それまではブロブディフやカザンラックを除き、ほとんど田舎めぐりでしたから。

【(9)2008/07/14月 トリャヴナ日帰り】

朝、のんびりしていたので、ガブロヴォからミニバスで30分のトリャヴナへ行き、バスターミナルから徒歩でセントラルに着いたときには、10時40分頃にもなっていました。
トリャヴナは、街そのものがミュージーアムというミュージーアム・タウンのひとつで、19世紀末くらいの民族復興時代様式の家の中身を公開しているハウス・ミュージーアムもいくつかあります。
でも、ざっと観光する分には1〜2時間もあれば十分だったかもしれません。
つまり、前半のようにガイド付で車で回っていたら、私が自力でセントラルに着いた時間には、すでにトリャヴナ観光が終わっていて次の観光ハイライトに向かっていたかもしれないのです。
前半の車をチャーターして回る旅がいかに効率よいか、身に染みました。
といっても、ゆっくりゆっくりたどり着くことを楽しまなかったわけではありません。
言葉が分からなくてもミニバスの運ちゃんから切符を買い、ときには英語を話せる人に助けてもらい、バスターミナルから「歩き方」の地図を何度もひっくり返してセントラルに向かう過程。
ああ、ここがそうなのか、というエリアに着いたときの感動は、自力で着いただけにひとしおです。
それにトリャヴナのバスタなーミナルからセントラルへの道は、社会主義時代の匂いがぷんぷんのマンションが林立したり、道や塀が汚かったりせず、住み心地が良さそうな町並みでしたので、歩いていても楽しかったです。
ただ、午後4時でも真昼のような厳しい暑さだったので、当初は離れたところの小高い丘の上にあるというイコン博物館も含めてすべての見どころを制覇するつもりでしたが、挫折してしまいました。

【(10)2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ】

前日のガブロヴォからトリャヴナへのミニバス旅行もそうでしたが、ガブロヴォからミニバスで40分のヴェリコ・タルノヴォまでの道も、結構な山道続きで、なかなか楽しかったです。
ガブロヴォからのバスは、ヴェリコ・タルノヴォに2つあるバスターミナルのうち、セントラルから4kmくらいにある遠い方が終点なのですが、途中、セントラルを通ったので、タクシープールを見つけた次の停留所で途中下車しました。
そこからタクシーを拾って向かったペンションの場所は、ヴェリコ・タルノヴォの観光地ともいうべき、旧市街の中でもさらに古いグルコ通りにありました。
ものすごい石畳の古い通りで、こんなところでも車が通るんだ、ひえーっ!ってなかんじでした。
ペンションのテラスに居るだけで、ヴェリコ・タルノヴォの観光をしている気分になれる、結構な雰囲気のところに泊まることができました。
早速、一番楽しみにしていた美術館と考古学博物館に行ったのですが、その後、当初はちょっと歩くので行かないかな、と思っていたツァベレッツァの丘まで、意外に歩けてしまいました。
曇りがちで、涼しかったおかげかもしれません。坂道だらけで、上りは、勾配はそれほどなくても、はあはあ言いながら歩いてましたから。
ただ、ツァベレッツァの丘に着いたあたりからポツポツ雨が降りはじめ、一番見晴らしの良い頂点にたどり着いたときにザーザー雨が降ったのはいただけません。しかも、お金を払ってエレベーターで教会の塔に上ったときです。
その後、丘の休憩所でしばらく休み、上りはじめてから1時間たったので、そろそろ降りようってときに、きれいな夕日が出てきたのは悔しかったです。
天候はままならぬとはいえ、なんという皮肉。
すでに夕方5時半で、そろそろペンション方向に戻りがてら、夕食を食べに行きたいと思っていたので (昼食抜きで、おなかがグーグー言ってましたし@)、もう一度写真を撮り直しにいく気力はありませんでした。

【(11)2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ】

アルバナシ行きのミニバスの時刻表を前日のうちにツーリスト・インフォメーションで聞くのを忘れました。
いや、ツーリスト・インフォメーションはバス停に向かう途中にあったので、行く途中で聞いてみてもよかったのです。
最近、都市移動の時刻表は、旅行に出る前にネットでチェックしてから出かけていて、ツーリスト・インフォメーションを必要としていなかったので、そんな基本的なことをすっかり忘れていたことに気付いたのは、バス停に着いたときでした。
まさかバス停に時刻表がないとは思いませんでした。
ミニバスは1日に5〜6本程度ときいていました。
時刻表が分からなければ、待つのはきついです。
しばらく待って、行きは結局タクシーを使ってしまいました。
もっとも、「歩き方」にもLonely Planetでも、アルバナシへはタクシーで行く選択肢も挙げていました。
片道15分で5〜6レヴァ、円貨にしても500円程度なのです。
そして、ヴェリコ・タルノヴォのエリアを出たら、すぐにアルバナシでした。
アルバナシもミュージーアム・タウンのひとつです。石垣に囲まれた家が延々と続く、ステキだけれど閉鎖的な印象のある小さな村でした。
実際に大半は高所得者や有名人の家や別荘になっているそうです。あるいはレストランやホテル。
見どころは、教会とハウス・ミュージーアムのあわせて3ヶ所です。
うち聖誕教会は、これだけを見るためにアルバナシに行く価値があるといえるほど、すばらしいものでした。この教会には個人旅行者もツアーも頻繁に来ていました。
ただ、3ヶ所全部、自分の足でゆっくり回っても、一日も要りませんでした。
もっとも3ヶ所目はどうしても見つからず、人に聞いても分からないといわれ、何度も同じところをぐるぐる歩いてしまっていたので、あきらめました。
帰りは村の中心のバス停にミニバスの時刻表があったので、今度こそ時間を見計らい、ミニバスでヴェリコ・タルノヴォに戻りました。
そのときに分かったのですが、私がヴェリコ・タルノヴォのバス停に着いたときは、アルバナシ行きの午前のバスは終わっていました。
早々にタクシーにして、良かったのです。
というか、朝、のんびりしていないで、もっと早くに出かけていれば、ちっとも問題なかったんですけどねぇ。
夜9時すぎまで明るく、7時8時でも街中の写真は十分撮れたため、観光時間帯もやや夜型に傾いていました。

【(12)2008/07/17木 ソフィアへ移動】

ヴェリコ・タルノヴォからソフィアへのバスの旅は大変楽しかったです。
8時45分発のETAP社という私営のバス会社の快適な大型バスで、12時15分にはソフィアの中央バスターミナルに到着しました。
その間の3時間半のバスの旅で、やたら車窓の外の写真を撮りまくってしまいました。気に入らないのは後からどんどん削除しても、50枚以上、残ったくらいです。
ホテルにチェックインしてちょっと一息つき、ソフィア観光を始めたのは13時半でした。
ホテルはソフィアの見どころの真ん中くらいに位置していた上、ガイドブックの地図の縮尺はこれまた予想どおり大きかったため、市民庭園から始めてネデリャ広場まで行き、そして夕方はホテルを越えて聖ニコライ・ロシア教会とアレクサンデル・ネフスキー寺院までも、夕方7時、ぎりぎり見学できてしまいました。
ソフィアの見どころを大急ぎで回るとしたら、この半日で、すべてではないですが、だいたい回れてしまい、ちょっと拍子抜けしました。
もっと大都会かと思っていたものですから。
それに、実は一番楽しみにしていた民俗博物館が改装中で閉館だったのはがっかりでした。
国立美術館も1時間くらいで、あっけなく見学が終わってしまいました。
国立美術館と民俗博物館は、去年(2007年)のブカレストの方がずっと見ごたえありました。

【(13)2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り】

この日はトラブル続きだったといえばそういえるかもしれません。
しかし、旅先ではこの程度のことであれば、動揺していたら始まりません。
転んでもただでは起きない、あるいはイライラせず、あきらめて辛抱強く待つ姿勢が大事ですね、なんちゃって。
辛抱強く待てたのは、一日コプリフシティッツァの日帰りに費やす日と決めていて日程にゆとりがあったせいもあります。
まず、前日のうちにコプリフシティッツァ行きを、ソフィアのツーリスト・インフォメーションで情報をもらっておいたのですが、「歩き方」やLonely Planetの情報とは違って、中央バスステーションから出る直行便はないから鉄道で行くしかない、と言われました。
直行は朝に3本、夕方に3本あったのですが、ホテルの朝食が7時半からだったため、それを食べてから出発準備をする、などと呑気なことをしていたら、朝の3本目の8時40分の鉄道に乗り遅れてしまいました。
本日のコプリフシティツッアはあきらめなければならないと思ったのですが、念のために駅のとなりの中央バスステーションのインフォメーションで訪ねてみました。
すると中央バスステーションではなく、鉄道駅の前のもう一つのバスターミナルである「トラフィック・マーケット」の方から直行バスが出ているというではないですか。
それも一日8本で、朝6時から夜の21時まで、だいたい1〜2時間の間隔です。
どうもトラフィック・マーケットから出発するバスは時刻表がネットにアップされていないため、ツーリスト・インフォメーションでは情報が得られなかったようです。
おかげで、10時発のバスで行くことができました。片道2時間半です。
実はコプリフシティツァの観光ハイライトの村は鉄道駅から遠くて、そこからミニバスに乗らなくてはならないのですが、バスなら村の中心のバスターミナルに行ってくれます。
このときは、鉄道に乗り遅れてバスが利用できて、かえってよかったかも、と思ってしまいました。
もっとも、帰路はそうはいきませんでした。
16時50分発のバスに乗りたかったのですが、そのバスの到着が遅れた上、なんと故障してしまったようなのです。
運ちゃんは、「少しだけ待って(ミヌート、ミヌート)」と言っていましたが、結局、3時間も待つハメになりました。
その間に、同じバスターミナルに停まっていた鉄道駅行きのミニバスは出発してしまいました。
ミニバスは鉄道の発着に合わせて駅と村をつないでいたので、それに乗って鉄道を利用した方が、さっさとソフィアに戻れたかもしれません。
でもまさか、村に車が通りかかるのを待って部品を調達し、それから修理するつもりだったなんて、思いもしませんでしたから。
運ちゃんはしきりに携帯であちこちに連絡をとっていましたけどね。
しかし、何人かの男たちが手伝いながら、上半身裸になって、汗だくだく真っ黒になって修理している姿を見ていたら、文句は引っ込みました。
それに、実はその運ちゃんとバスは行きと同じだったのですが、行きはのんびり走っていたのに比べて、少しでも遅れを取り戻そうと、帰りは山道の曲がり角でやたらプープー警笛を鳴らしながら、がんがんスピードを出して走っていました。往路より30分は縮まりました。
そのくらいのスピードなら、前半のガイドとの車付きの旅行でドライバーが走っていましたから、怖くはありませんでした。小気味良かったくらいです。
そして途中でガソリンスタンドでガソリンを補給したとき、遅れたお詫びか、運ちゃんはサービスエリアでチョコレートを買ってきて、乗客みんなに振舞いました。
このあたりの大らかさ、いいなぁって思いました。
さすがにソフィアに着いたときは暗くなってしまったので、トラムかバスを使ってホテルまで戻るという計画はやめて、タクシーで戻ってしまいました。
というわけで、ソフィアではバスやトラムの利用の仕方は覚えずじまいになってしまいました。

【(14)2008/07/19土 ソフィア観光】

ソフィア観光2日目です。
滞在ホテルを起点にすると、ソフィアのみどころは、市民庭園から聖ゲオルギ教会、聖ネデリャ教会、考古学博物館やモスクなどがある西半分と、聖ニコライ・ロシア教会、アレクサンデル・ネフスキー寺院やソファイ寺院がある東半分とに分けられるのですが、まずは東半分に出かけました。
写真撮影散策も含めて、国会議事堂、解放者の像やソフィア大学も見に行きました。
この両方のエリアはバロック様式の館もあちこちにある、写真の撮りがいのあるきれいなところです。
ソフィア郊外の、社会主義時代の集団住宅や、建築中の建物がたくさんで、寒々しいかんじがするのと対照的です。
アレクサンデル・ネフスキー寺院の地下イコン博物館を見学し終わったあと、ふと「歩き方」を開いてみたら、明日の日曜日に行こうと思っていた国立歴史博物館が日・月閉館となっていました(実際には無休でした)。
トラキアの黄金宝物のある国立歴史博物館は、ソフィアで楽しみにしていた筆頭です。これに行きそびれてしまったら、悔やまれるでしょう。
国立歴史博物館は不便なところのあるのですが、とりあえずソフィア大学前でつかまえられるという、直行のミニバス21番を待ちました。
ところが行きは、最初の20分は反対側で待っていたとはいえ、1時間待っても目当ての21番バスは一向にやってきません。
ソフィア大学前の反対側の歩道にはバス停もなく、ましてやバス停があっても時刻表もない中、一体、いつまで待てばよいのか、やきもき。
1時間もたってバカらしくなったので、タクシーで行ってしまいました。
帰りはどうすればよいか、なぁんにも考えずに。
まさに行きはよいよい、帰りは怖い状態。でも、ド田舎にいるわけではないので、なんとかなるだろうと根拠のない自信をもって。
そしていざ帰ろうというときに、やはり途方に暮れました。
ミニバスがいったいどのくらいの頻度で運行しているのか、そもそもどこから乗ればよいかも、分かっていませんでしたから。
国立歴史博物館は、もと共産党員の別邸を使った、あたりは林だらけの何もないところにあります。
とりあえず、流しのタクシーがあれば、拾えばいいか、と車通りまで出てみました。地図もないので、走る車の陰を追いながら適当に見当をつけて。
車通りは、空席どころか客を乗せているタクシーすら走っていません。
電話でタクシーを呼べればよいのですが、それにはブルガリア語が話せなければなりません。
これはひょっとしたら、ヒッチハイクだの、博物館の前に停まっている団体ツアーに泣きついてバスに乗せてもらったりするしかないのかなぁ、と思っていたら、なんと、大通りに出て10分もしないうちに、ソフィア市内に戻る21番バスをつかまえることができました。
いやぁ、本当に幸運でした───行きは1時間待ってもつかまえられなかったことを思うと。

【(15)2008/07/20日 ソフィア観光】

内部のすばらしいフレスコ画で名高い世界遺産のボヤナ教会にはぜひ行きたいと思っていましたが、この教会も国立歴史博物館と同じく、ボヤナという、ソフィアを見下ろすヴィトシャ山のふもとの町にあります。
昨日の国立歴史博物館行きで苦労したのにちょっとこりて、前半の旅行でお世話になった現地ガイドがちょうどソフィアに来ていて、何かあったらいつでも連絡していいよ、と言ってくれたのに甘えて、車で案内してもらうことにしました。
ボヤナ教会はすばらしかったです。
教会の管理人のおじさんがしきりに、無名のボヤナの画家の手で書かれたこれらのフレスコ画は、イタリア・ルネサンスのジョットやミケランジェロより遥か昔のものなのだ、と強調していました。
フレスコ画の中でも新しい部分、といっても13世紀のものですが、その瞳の描き方はミケランジェロのヴィーナスにたとえられているそうです。
ボヤナの絵画がいかに西欧絵画を遥かに先駆けていたか、いかに革新的だったか。
東欧文化がいかに西欧文化に先駆けていたか、知れば知るほど驚きの連続であることが、東欧旅行の魅力ともいえるかもしれません。
まあ東欧は近代において、思いっきり西欧に追い抜かれてしまうんですけどね。
そのあとは、日程に余裕があるので、海外アート国立ギャラリーに行きました。インドやビルマの仏像など、ブルガリアに関係ないのですが、意外に面白かったです。
2階のフランス絵画も、ドラクロアだのヴェロッキオなど、よく知っている画家よりは、ロラン・ウード(Roland Oudot、1897-1981)という、ちょっとマイナーそうな画家の作品の方が、展示数も多かったこともあり、面白かったです。
考古学博物館は、「歩き方」の記述では全くそそられなかったのですが、これが意外に見ごたえありました。トラキアの黄金の出土品あり、ブルガリア各地から集めた中世の教会のフレスコ画あり。
あとでLonely Planetをひっくり返してみたら、自分でちゃんと、行きたいところの筆頭として星印をつけていました。忘れちゃうもんなんですねぇ(ため息)。

【(16)2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由】

フライトが6時なので、4時まで観光できる計算でしたが、10時半頃にチェックアウトして、2時すぎにはもういいやって気分になってしまいました。
ツム・デパートのきれいで美しく、ちょいとお高いカフェで一休みして、3時半には空港に行くためにホテルに戻りました。
この日には、行き損ねていた聖ゲオルギ教会、聖ペトカ地下教会と、バーニャ・バシ・ジャーミヤ・モスクを見学し、それでひととおりソフィアの見どころを押さえたことになります。
どれも見学にそう時間はかからないので、昼前には終わってしまいました。
なので、足らないおみやげを買い足す目的もあり、セントラル・ハリという最近復活したショッピング・センター、それからジェンスキー・バザール(青空市場)で買い物をしました。
そして帰りがてらのおみやげ屋で、またバラの化粧水だのハンドクリームだの、小さな民芸品のお人形さんなどを買って、ブルガリアのお金はほぼ使い切ってしまいました。
バラの化粧水やハンドクリームは、当初はあまり買う予定ではなかったんですけどね。
あまりにあちこちで見かけるので、かえって購買意欲が落ちていたところもありました。
というか、カザンラックの屋台で、一応、おみやげ用に最低限、買っていたので。
いざ、ブルガリアをもう去るんだとなったら、兌換性のないブルガリアのお金が余っていたこともあり、つい手が出ました。
しかし、カザンラックの屋台でバラの化粧水やパフュームオイルを買ったときに、ガイドにだいたい相場どおりの値段か確認したうえで買ったものの、覚悟していましたがソフィアで買う方がやはり安かったです。
おみやげ屋でなく薬局で買えば、もっと安かったかもしれません。
でも、海外では、よほど割高でない限り、購買欲がそそられて、目の前にあるときに買わないと、あとからそう買い物のチャンスがあるとは限らず、後悔するハメになることが多いんです。
……というのはいい訳です。

【(17)2008/07/22火 成田着】

乗り継ぎのフランクフルトから飛び立ってしばらく、窓の外では眼下の雲の海を夕日が黄金色に染めて、この世のものではないような美しい光景を目にすることができました。
いつも乗り継ぎは夜中だったので、ああいう光景を見るのは初めてかもしれません。
成田空港に着陸したあと、機体を出たところからむわっと蒸し暑くて、うげーっと思いました。
ブルガリアも暑かったけれど、日本の湿気の高さには閉口。この方がお肌には良いと分かっていても。
今回のフライトでは、行きの成田空港から乗り継ぎのミュンヘン空港、深夜到着のソフィア空港、そして帰りのソフィア空港も乗り継ぎのフランクフルト空港もがらん空きも同然でしたので、成田空港の混雑にはちょいとうんざりしてしまいました。
あまり大きくない空港では、乗客が途切れると、いったん入国審査の窓口が閉じたりすることがあります。深夜など特に。もちろん、遅れてきた人がいれば、また開けるんでしょうけどね。
なので、先にトイレに寄ったあと、成田空港のゲートからのあの長い廊下を、他の人の波に遅れないように急いで入国審査に向かったのですが……入国審査室のぎっしりの列に、何を慌てていたんだろうと、バカらしくなってしまいました。

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2008年ブルガリア旅行:各日ひとこと感想(前半約一週間のガイド付の旅行)

17日間の旅行なんて、すぎてしまえばあっという間ですね。
すぐに日常生活が戻り、旅の出来事は夢の彼方のようです。
そして感情が日常に戻ることを拒否しているのか、どこかまだぼーっとしていて、麻痺しています。
単なる時差ボケか、暑さボケかもしれませんけれど。

現地ガイドいわく、ここのところの温暖化でのせいで、ブルガリアの夏もとても暑くなったそうです。
去年(2007年)7月のルーマニア旅行中の猛暑は異常かと思っていましたが、今年のブルガリアはそれに劣らなかったです。
旅行前半の7月初旬は、山間部ばかりを移動していたにもかかわらず、40度近いときもありました。
後半は少し暑さがゆるみました。
天気予報を見ていると、ヨーロッパの首都でマドリッドに続いて高度にあるというソフィアは、首都にありがちなコンクリート・ジャングルにもかかわらず、予想最高気温は国内順位的には中ほどでした。
一方、後半一人旅を予定していたヴェリコ・タルノヴォは、ブルガリア中でも一、二の気温の高さでした(一番は黒海沿岸や、南のサンダンスキあたりでした)。
前半はエアコン付の車でガイドと回っていたので快適・ラクチンだったため、いざ一人旅でヴェリコ・タルノヴォの暑さには耐えられるか、毎日天気予報を見るたびに、おののいていました。
そうでなくてもヴェリコ・タルノヴォは坂だらけの街なのです。旧市街は、切り立った崖に沿って街が展開していますから。

もっとも、実際には、ヴェリコ・タルノヴォに滞在した2日間は、ぱっとしない天気でした。
曇りがちで、にわか雨が降ったときなど、カーディガンを羽織っていないと寒いくらいでした。
涼しくて歩きやすくて助かった反面、写真の背景が曇り空ばかりなのが残念です。
ただし、曇り空の方が、日陰が真っ黒にならずにすんで、晴れ空のもとより意外に写真が撮りやすかったかも!?

そして最後の都市ソフィアに滞在していた4日間は、予想最高気温は、連日だいたい34度でした。
最低気温は17度だったかな。
しかし、ヨーロッパは日本に比べ、とても湿度が低いです。もちろん、ブルガリアも例外ではありません。
あちらの34度って、日本での体感温度では5〜6度は低いのではないかしら。

帰国した7/22を含め、ここのところ関東の最高気温も30度を超えていますね。
うだるような暑さで、時差ぼけがなくても、ぼーっとしてしまいます。
確かにソフィアの街を歩いているときは、汗だらだらで、太陽がカンカンで、息苦しいほどでした。
しかし、湿度が低いため日陰に入ればずいぶん過ごしやすかったですし、夕方6時くらいになると、だいぶ涼しくなりました。
暗くなるのが9時半近くだったので、6時から、さあ、街の写真撮影散策だ!とハリキッても、時間は十分にありました。
この日照時間の長さが、夏の旅行のいいところですね。

同じ34度、日本の自宅の冷房のない自室で過ごした昼間は、汗だらだらどころか、湯水のように流れていました。

前置きがまた長くなってしまいましたが、各日のひとこと感想を、まだ記憶が鮮明なうちに、まとめてみました。

【(1)2008/7/6日 成田発ミュンヘン経由ソフィア着】

この日はひたすら移動の一日です。
ここ数年、エールフランス利用で成田空港の同じ第一ターミナルの南ウィングばかりだった私ですが、同じターミナルとはいえ、北ウィングは初めてでした。ずっと改装中でしたしね。
ちょっぴり新鮮で、成田空港から写真を撮ってしまいました。
この日の成田空港はあまり混んでいませんでした。出国審査もたいして並びませんでした。帰国日の混雑と対照的でした。
ちょいとお高いルフトハンザ利用は初めてなので、ちょっと期待していたのですが、エコノミーなので、エールフランスと大差ありませんでした。
食事の間の軽食に、カップラーメンがなかったのは残念。飛行機の中で食べるあれ、結構美味なんですよね。
往路は、各座席に液晶テレビがついていなかったのも残念でした。
シートテレビだと、好きな映画を好きなときに見ることができますから。
ただ、機内映画は、たまたまこのときだけのことかもしれまれせんが、エールフランスより好みのものがたくさんでした。
往路では、「スパイダーウィックの謎」と「ライラの冒険 黄金の羅針盤」を見ました。
ちなみに帰路では、「紀元前1万年前」を見ました。
どれも日本語吹替えで見たので、いずれレンタルビデオで借りて、もう一度字幕てで、自宅の見やすいもっと大きな画面で見たいです。

【(2)2008/07/07月 ベログラドチック日帰り】

奇岩で有名なベログラドチックに、車で片道3時間で往復しました。
ソフィアの北に広がるバルカン山脈を抜けていきます。
ドライバーが行きと帰りで違う道を通ってくれました。
バルカン山脈の景色はとても素敵だったうえ、初日ということもあり、あちこちで写真撮影のために車を止めてもらいました。
そのせいか、実際には片道4時間はかかりました。
ベログラドチックの要塞自体はあまりたいしたことはなく、拍子抜けしました。
しかし、キノコのようにニョキニョキ延びた白い奇岩群には感動しました。1999年のスペイン旅行で、バルセロナから日帰りしたモンセラットを思い出しました。
ちなみに、バルカン山脈を抜けたなだらかな丘陵部では、夢のようなひまわり畑のオンパレードでした。
もともと現地ガイドにひまわり畑の写真を撮りたいと希望していた私です。2回ほど写真撮影のために車を止めてもらいましたが、帰路は時間がだいぶ押してしまったこともあり、「カザンラックの方がたくさんある」といわれて、ぐっと我慢しました。

【(3)2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ】

セパレヴァ・バニャ村での間欠泉というのは楽しみにしていたのですが、村は村でも新しい町のようにとてもこぎれいで、間欠泉の周りはきれいに整備されていて、噴水のようになっていました。
これはかなりがっかりしました。トイレ休憩に寄ったようなものだと思ったくらいです。
ガイドいわく、前に行ったときには、泉は地面からそのまま吹き出ていたそうです。
その状態の方が面白かったでしょうに、残念です。
この日のハイライトはリラ僧院でしたが、これは行くまでにネットでたくさん写真を見て、たくさんの人の旅行記を読んできてしまっていたためか、予想どおり、というかんじでした。
想像していたよりは小さかったです。
ネットでよく見かけた、あの鮮やかなフレスコ画は、教会の周りをぐるりととりまく建物にあるかと思っていたので、教会の外壁だと知ってちょっと驚きました。
だからこの日、一番気に入ったのは、ロジェン修道院の方です。
そこに至るまでの山道も、白い岩肌の山々がとても美しかったです。
修道院の中庭はとっても可愛らしく、教会の内外のフレスコ画はとてもすばらしかったです。
特に、入口の脇の外壁にあったフレスコ画が、ルーマニアのブコヴィナ地方の修道院、ヴォロネツの「最後の審判」と、スチェヴィッアの「ヤコブの梯子」によく似ていたのには驚きました。
撮影制限が厳しく、修道院の外側ですら撮ってはいけないというのは残念でしたが、後に買ったブルガリアの写真集に、ロジェン修道院の可愛らしい中庭の写真がありました。

【(4)2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園】

最近聖人に列せられた奇跡のお婆さんババ・バンガゆかりの教会見学は、ちょいと退屈でした。
最近できた教会だけあって、きれいすぎたんです。
ふと思ったのが、ブルガリアの人にとっては、このようにきれいに整備された教会こそ、自慢したいのかもしれない、ということでした。
でも実は私がブルガリアに期待していたのは、崩れかかったような、年季の入った古い建物だったりします。
とはいえ、教会なら内部のフレスコ画は修復済みできれいに見える方がいいに決まってるのですから、私もたいがい勝手なことを言ってますけどね。
バンスコの街は、ピリン国立公園のふもとにあるため、スキーシーズンはとても混むそうです。
夏はやや閑散としていて、落ち着けたといえます。
バンスコのような街は、ガイドと歩くよりは一人歩きの方が楽しいと思いました。
私が街角の写真撮影をしようとするたびに、ガイドはちゃんと待ってくれるのですが、待たせているかんじが、ちょっと窮屈でした。
なので、夕食の前の一休みの時間に、案内を断って一人で散策してみました。
ピリン国立公園は予定外でしたが、時間が余ったので連れて行ってもらいました。
世界遺産の山脈なので、話のタネになるかな、と思って。

【(5)2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ】

この日のハイライトは、やっぱりひまわり畑の撮影ですね!
一面のひまわり畑の写真が撮れるのは、何もブルガリアに限りません。
でも、その可能性があった他の国を旅行したときに実現できなかったので、余計に憧れが募っていました。
たとえば去年のルーマニア旅行。2週目にやはりガイドと車で田舎めぐりを予定していたときに撮れるかととても期待していたのですが、その地方は北すぎてひまわり畑はありませんでした。
その後に、列車移動のときの車窓の外に次から次へとひまわり畑が見えてきたときは、泣きたくなるくらい残念な思いをしました。
2007年ルーマニア旅行第16日目(1):スチャヴァからヤシへ、車窓の外にひまわり畑!
それがやっと叶ったのです@
実は、この日だけでなく、翌日も、翌々日も、何度もしつこくひまわり畑で写真撮影のために車をストップしてもらいました。
近寄ってみるとひまわりはとても背が高くて、チャンスはたくさんあっても、車窓から見た印象のまま、一面花で黄色い様子を撮るのは、とてもむずかしかったからです。
もっといい写真が撮れないか、何度も足掻いてしまいました。結局、一番イイ写真は、最初に撮れたものの気がしなくもありません。
他のみどころについては、バチコフスキ僧院またはバチコヴォ僧院については、ブルガリア国内第2の修道院であっても、内部の壁画は暗くてあまり良く見えなくて、時間がなければわざわざ行くほどのことがない、といった個人評もありました。
そのせいで多大な期待をしなかったおかげか、確かに内部の壁画は見づらかったのですが、年季が感じられて雰囲気があり、思ったより気に入りました。
ブロブディフは、当初は一人で回るつもりでした。
しかし後半一週間の日程で回るのは厳しいと思ったせいと、どうせカザンラックへ移動する途上にあるので、旧市街散策だけを予定に入れてもらいました。
旧市街は予想どおりなかなかステキでしたが、小高い丘に展開する曲がりくねった石畳の坂道は、ハンパでなく歩きづらかったです。
プロブディフで民俗博物館に寄れなかったのは残念でした。

【(6)2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ】

現地旅行会社の担当者に私は博物館見学が好きだと事前に伝えておいたおかげか、イスクラ歴史博物館は丁寧に見て回ることが出来ました。
トラキア人の墳墓については、去年の11月に「世界不思議発見」で取り上げられて知ったものです。
見学できたのはレプリカの方でしたが(オリジナルは修復中で見学不可)、壁のひびまでオリジナルそっくりに丁寧に再現してあるだろうことがよく分かりました。
ただ、思ったより小さかったです。4〜5人も入ったら満員でしょう。声もわんわん響きました。
また、あの番組ではトラキア平原をヘリで見下ろしていましたが、車で地上を走っていても、まだ発掘されていない墳墓があちこちにあるのがよく分かりました。
バラ博物館はあっさりしていましたが、毎年カザンラック出身の女性から選ばれるバラ・クイーンの写真や、バラ祭りの写真は興味深かったです。
どちらも、今の職場で仕事を続けるなら、その時期にブルガリア旅行なんてしていられないから、生では到底見られないはずのものです。
バラの香水醸造所は、カザンラックの周辺の村にいくつかあるそうですが、その中で一番新しくてきれいなところに案内してもらいました。舗装道路もないような村はずれにありました。
そこでまず、現代のバラ香水醸造の施設を見学しました。
そして、バラ園に囲まれながら昼食をとりました。
また、Ethnographic Complex(民俗総合施設)と銘打っているだけあり、昔の民芸品の展示もたくさんあり、民俗博物館を見学しているようでした。
今回、ブルガリア旅行では民俗博物館自体には恵まれなかったものの、こういう施設や民芸品をたくさん陳列したレストランや各地のハウス・ミュージーアムで、十分代わりになりました。
私が興味を示すと、ガイドが一つ一つ説明してくれましたし、ミュージーアム以外ではいくらでも写真が撮れましたしね。
バラの時期ではないカザンラックは見所があんまりないと思っていましたが、どうしてどうして、なかなかなものでした。
村の醸造所には一人では行けないですが、歴史博物館やトラキア人の墳墓はセントラル内でしたし、カザンラック市内には他にも興味深いところがありました。

【(7)2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ】

リヴァリッツァというバルカンの山中の小さな村で、昨日とこの日にフォークロア・コンクールをやっていました。
現地旅行会社に民族舞踊を見る機会が欲しいとリクエストしておいたことが、ここで実現できたわけです。
ガイドはしきりに、出演者は素人だと言ってましたが、ブルガリア全国から集まってくる有志だけあって、なかなか良かったと思います。
リハーサルで練習している人たちの歌声や躍りも見ものでした。
一日中見学しているわけにはいかなかったので1時間くらいで中座しました。
舞台はおばあちゃんたちばかりでしたが、近くで練習していた民族衣装の子供たちの写真を撮らせてもらいました@
そのコンクール会場の近くで、地方新聞記者からインタビューさせてほしいと申し込まれてしまいました。
あんまり乗り気ではなかったのですが、ガイドという通訳がいて、こんな機会はめったにないと思い、受けてみました。
乗り気でなかった理由は、私の頭の中はブルガリア旅行についても民族舞踊についてもミーハーなことしかなかったので、記者が満足するような答えができるとは思えなかったためです。
でもまあ、そつなく回答したかな。
私の回答に対して、ガイドの通訳がとても長かったので、適当に補足してくれたのかもしれません(笑)。
また、この日は、ブルガリアということで独断と偏見で抱いていたまさにイメージどおりの村を散策することができました。
リヴァリッツァ村はそれなりの規模と機能を備えた村でしたが、バルバンツィ村は人口たった2名、ペンションが村に2軒ほどあったペイナ村でも、人口は10人程度だとガイドが言っていました。
バルバンツィとペイナはどちらも、村に商店すらありませんでした。
ただしそのような廃村寸前のところでも、ヴェリコ・タルノヴォといった都市から車で30分程度なので、都市に住む人が週末に訪れるための別荘として昔の家を買い取っていたりするようです。
バルバンツィ村では、ガイド自身のそのような週末の家に招待してもらいました。

【(8)2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ】

一番のハイライトで何時間もかかると楽しみにしていたエタラ野外民俗博物館は、2時間くらいで見学が終わってしまいました。
たぶん自分ひとりでのんびり回ってもそんなものだったでしょう。
行って楽しめたのは確かですが、思ったより規模が小さかったのには拍子抜けしました。
東欧の野外博物館の中でいままで一番規模が大きく充実していたのは、やはり2006年に訪れたハンガリーのセンテンドレの野外博物館がダントツですね。
一人でのんびりまわったとはいえ、4時間でも回りきれませんでした。
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第7日目(6):センテンドレの野外博物館(1)大平原(Alfold)+農場
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第7日目(7):センテンドレの野外博物館(2)西部低地+南・西ドナウ川地域
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第7日目(8):センテンドレの野外博物館(3)バラトン湖高地地方
一方、シプカ峠の記念碑は、たいして期待していなかった分、なかなか楽しかったです。
記念碑の頂点に上るまで、内部にいくつか、シプカ峠の戦い(ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争最大の激戦)ゆかりの展示がありました。
説明はブルガリア語だけでしたので、一人だったらほとんど素通りしたでしょうが、ガイドがひとことずつ説明したくれたおかげで、意味が分かったのが良かったです。
そしてもちろん、巨大な記念碑の頂点からの周辺の見晴らしはすばらしかったです。
また、時間が余ったので行くことができた、ソコロヴォ僧院近くのバチョ・キロ洞窟は、鍾乳洞の美しい3層の洞窟でした。
私はこういう洞窟めぐりも結構好きみたいです。

この日の夕方4時すぎにガブロヴォのホテルにチェックインして、現地ガイドとお別れしました。
そしてそこから、いつもの一人旅の始まりです。
長くなってしまったので、続きは次の記事に@

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2008年ブルガリア旅行の詳細旅程

7月6日から22日までの17日間のうち、7日の月曜日から13日の日曜日の夕方までは、現地旅行会社に希望を出して旅程を組み、ガイドと一緒にエアコン付きの車で回りました。

13日の夕方から21日の月曜日の午後まで、いつものペースで一人で旅行しました。
ただし、20日の日曜日の午前中だけ、もう一度同じ旅行会社のガイドに案内を頼みました。

以下が詳細旅程です。

2008/7/6日 成田発ミュンヘン経由ソフィア着
【宿泊:Hotel Jasmin(ソフィア・ヴィトシャ山中泊)】

2008/07/07月 ベログラドチック日帰り
【宿泊:Hotel Jasmin(ソフィア・ヴィトシャ山中泊)】
・バルカン山脈を超えて、ブルガリアのメテオラといわれる北のベログラドチック要塞へ片道3時間
(ただしベログラドチックに僧院はなく、要塞の遺跡のみ。スペインのモンセラットにたとえられる奇岩がハイライト)
行きと帰りでルートを変えてもらい、各地で写真撮影ストップ。

2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ
【宿泊:Hotel Bolyarka(メルニック泊)】
ヴィトシャ山からリラ山脈を越えて、ピリン山脈へ
・セパレヴァ・バニャで間欠泉を見る
・リラ僧院(世界遺産)
・ロジェン修道院
・メルニック散策(一人で散策)
 コルドプルロフ・ハウス・ミュージーアム見学

2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園
【宿泊:Hotel Sema(バンスコ泊)】
・ババ・バンガ教会見学(ルピテ地方)
(最近聖人に列せられた、幼い頃に盲目となったが、国の未来を予言したり人の病気を治したり等、数々の奇跡を起こしたお婆さんゆかりの教会)
・バンスコ散策
 聖トロイツァ教会
 ネオフィット・リルスキー博物館
・ピリン国立公園(世界遺産)ヴィフレン山や樹齢1300年の木を訪問
・バンスコ散策
 パイシー・ヒレンダルスキー像のある広場からニコラ・バルツァロフ広場まで(一人で散策)

2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
【宿泊:Hotel Roza(カザンラック泊)】
ピリン山脈、リラ山脈、ロドピ山脈、スレトナ・ゴラ山脈、バルカン山脈の5つを目にするか、山越えをした一日。
・ピリン山脈ふもとのバンスコを出発、リラ山脈との間で花の写真撮影
・バチコフスキー僧院
・プロブディフ旧市街散策
 ネペット・テペ遺跡
 聖コンスタンティン・エレナ教会
 ローマの円形劇場跡
・バルカン山越え
・カザンラックのバラの谷でひまわり畑を撮影

2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ
【宿泊:Hotel Sveta Ekaterina(リバリッツァ泊)】
・カザンラック
 イスクラ歴史博物館
 トラキア人の墳墓(レプリカの方)
 バラ博物館
・シプカ僧院
・スコヴェレヴォ村のバラ醸造所(Ethnographic Complex DAMASCENA)
・アセン村で写真撮影
・バルカン山越え(カロフェル町は上から見たのみ)
・リヴァリッツア・フォークロア・コンクール見学

2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ
【宿泊:Peina Complex(ペイナ泊)】
・リヴァリッツア村散策(一人で散策)
・リヴァリッツア・フォークロア・コンクール見学
・地方新聞記者のインタヴューを受ける
・リヴァリッツァのペンションを訪問
・バルバンツィ村散策
・ドリャノヴォ僧院とバチョ・キロ洞窟
・ペイナ村散策(一人で散策)

2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
【宿泊:Hotel Balkan(ガブロヴォ泊)】
・ブジェンツィ村散策
・ソコロヴォ僧院
・シプカ峠の記念碑
・エタル野外民俗博物館
ガブロヴォ散策(ここから現地ガイドと別れて一人旅)
・ユーモア博物館

2008/07/14月 トリャヴナ日帰り
【宿泊:Hotel Balkan(ガブロヴォ泊)】
・聖ゲオルゲ教会
・聖ミカエル教会とイコン博物館
・学校博物館
・ダスカロフ・ハウス・ミュージーアム
・ペトコとペンチョー・スラヴェイコフ父子ハウス・ミュージーアム
ガヴロヴォに戻って、歩行者天国のラデツキー通りからパルマ・ヴィ広場〜聖トロイツァ教会〜聖ボゴロディツア教会周辺まで散策(民族復興時代様式の家の残る地区を散策)

2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
【宿泊:Hostel Pashov(ヴェリコ・タルノヴォ泊)】
・グルコ通り(ペンションのある場所)
・アッセン王モニュメント
・ヴェリコ・タルノヴォ美術館
・考古学博物館
・民族復興期博物館は火曜日お休み
・聖処女降誕教会
・ツァベレッツァの丘
・サモヴォドスカタ・チャルシャ散策
・ブルガリアの母広場から新市街のブルガリア大通り前の市場まで散策

2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ
【宿泊:Hostel Pashov(ヴェリコ・タルノヴォ泊)】
・コンスタンツィリエフ・ハウス・ミュージーアム
・聖誕教会
・アルバナシ・バレス(外観のみ)
午後ヴェリコ・タルノヴォに戻り
・グルコ通りのサラフキィナ・ハウス・ミュージーアム
・民族復興期博物館
・近現代史博物館
・サモヴォドスカタ・チャルシャで買い物
・聖ニコラ教会(着いたのが18時だったので入れず)

2008/07/17木 ソフィアへ移動
【宿泊:Hotel Slavyanska Beseda(ソフィア泊)】
・市民庭園
・聖ゲオルギ教会(入れず)
・聖ネデリャ教会
・大統領官邸前を通り過ぎて、セルディカ遺跡のある地下道を通り
・国立美術館
(一番楽しみにしていた民俗博物館は改装中で閉館(泣))
・シティ・アート・ギャラリーの画家の肖像展
・大統領官邸前の衛兵交代式
・聖ニコライ・ロシア教会
・アレクサンダル・ネフスキー寺院
夕食のあと国立オペラ座の前を通ってホテルに戻る

2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り
【宿泊:Hotel Slavyanska Beseda(ソフィア泊)】
・オスリコフ・ハウス・ミュージーアム
・デベリャノフ・ハウス・ミュージーアム
・被昇天教会
・トドール・カプレシュコフ・ハウス・ミュージーアム
・リュベン・カラヴェロフ・ハウス・ミュージーアム
・リュトフ・ハウス・ミュージーアム

2008/07/19土 ソフィア観光
【宿泊:Hotel Slavyanska Beseda(ソフィア泊)】
・聖ニコライ・ロシア教会再訪&ミサ見学
・アレクサンデル・ネフスキー寺院地下イコン博物館
・ボヤナの国立博物館
・アレクサンデル・ネフスキー寺院再訪
・ソフィア寺院

2008/07/20日 ソフィア観光
【宿泊:Hotel Slavyanska Beseda(ソフィア泊)】
・ボヤナ教会(世界遺産)(ガイドに車で案内してもらった)
・海外アート国立ギャラリー
・考古学博物館
・大統領官邸前の衛兵交代式(再び。今度は最初から最後まで)
・ツム・デパート散策

2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由
【機内泊】
・聖ゲオルギ教会
・聖ペトカ地下教会
・バーニャ・バシ・ジャーミヤ
・セントラル・ハリで買い物
・ジェンスキー・バザール(青空市場)で買い物
・ツム・デパートのカフェでひと休み
夕方ソフィア出国

2008/07/22火 成田着

日程からすると最後にソフィアに正味3日かけたのはちょっと多かったかもしれません。
ソフィアは見どころが思ったより近くて、歩ける範囲にあったせいです。
ただし、3日費やしたおかげで、目をつけていたところはすべて回れました。
ついでに、ホテルはその見どころの真ん中に位置していたため、見どころを2か所に分けて日をかえて出かけることができました。
前日に行き損ねたところを翌日また出かけることができました。
ただし、ソフィア観光を徒歩ですませられた代わりに、バスやトロリーバスを使う機会はありませんでした。
コプリフシティツィアに日帰りで出かけたとき、中央バスステーションや鉄道駅周辺までは、行きは時間がなくてタクシーを使いました。
帰りは夜遅く暗くなったため、駅前のトラムもバスもホテルの近くを通らないせいもあり、やはりタクシーを使ってしまいました。

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ブルガリア旅行から帰ってきました@

〈プロローグ〉

7月22日の14時すぎ、ルフトハンザで成田空港に到着しました。
いままでの旅行はいつもヨーロッパのエアラインを限定に、それでもなるべく安いところ、具体的にはエールフランスとかKLMとか英国航空を利用していました。
それに比べるとずいぶん高いルフトハンザは初めてです。

でも、高いからといって、エコノミークラスである限り、大差ないですね。
予想はついていたけれど。
ただ、日程と時間帯がとても都合良かったんです。
まあ、それが安全性と信頼性の次に一番大事なポイントかもしれません。
ただし、実は往路の7月6日のルフトハンザは、乗り継ぎのミュンヘン発のフライトに、理由はよく分からないですが、何本もキャンセルが出ていました。
幸い、ソフィア行きは無事でした。

今回、ルフトハンザだけでなく、アエロフロートも候補に入れていました。
安いアエロフロートにしなかったのは、希望に日程にフライトがなかったことと、アエロフロートはフライトの遅れが多かったりするといった噂を耳にして、モスクワでの乗り継ぎが上手くいかなくなり、日程が狂ったりするのを心配したためです。
後者は気にし過ぎだったかもしれません。
ルフトハンザでも、当日のキャンセル便があんなに出ていたのですから。

ブルガリアには日本から直行便がないので、どこかで乗り継ぎをしなければなりません。
今回のルフトハンザの場合、往路は7月6日(日曜)12:25成田発で、ミュンヘンでの乗り継ぎは1:40、ブルガリアの首都ソフィア到着は22:15分。
帰路は21日(月曜)のソフィア発18:10で、フランクフルトでの乗り継ぎは1:10、そして成田着が翌日22日(火曜)の14:50の予定でした。
去年のルーマニア旅行のとき、パリ乗り継ぎが遠いにもかかわらずエールフランスを利用して、帰りの乗り継ぎにパリで6時間もあったことを考えると、なんと効率が良いことでしょう!
ただし、バリのシャルル・ド・ゴール空港のその帰路の乗り継ぎでは、楽しく買い物ができました。
何度もエールフランスを利用していたにもかかわらず、日本行きのフライトが出るターミナルで買い物ができたのは初めてでしたから。

今回は、タイムスケジュールが、往路は余裕をもって家を出られ、乗り継ぎ時間が少なくてすんだだけでなく、乗り継ぎが往復ともにめちゃくちゃ楽でした。
だって、飛行機をおりたゲートの目の前やすぐ隣に、次のフライトのゲートがあったんですもの!

かわりに、あんまり買い物は楽しむことはできませんでした。
そんなにお店はなかったし、ブルガリア旅行をするのに、ドイツのお土産を特に買いたいとは思いませんでしたからね。
なんといっても、ユーロの高いこと!
行きはキャッシュでユーロを買うのに、1ユーロ=171.79円もしました。
去年の約165円で高止まりするかと思ったのに、とほほです。
帰国したときのレートは、173円くらいに値上がりしていました。
でもユーロから円貨に換金する場合は、約165円なんです。ぶーぶー。
ユーロの現金は200近く残っていましたが、そのまま持ちかえってきてしまいました。

ちなみにブルガリアでの現金調達は、クレジットカードを使ってATMキャッシングです。
カードでの買い物は、ヴェリコ・タルノヴォのギフトショップで1回のみです。
ホテルは、ホステルを使った1回のみ、自分でメール予約して現金で支払いましたが、残りは現地旅行会社を通じて手配してもらったので、支払いはすべて現地旅行会社に行いました。

〈全体の感想:前半1週間のガイド付と専用車での旅〉

前置きが長くなってしまったので、サブタイトルをつけてみました@

いつもは自分一人で旅行する私ですが、今回のブルガリア旅行は、前半1週間は、現地旅行会社に行きたいところの希望を述べてルートづくりを一緒にしながら、宿泊とガイドを手配してもらい、一緒に専用車で回りました。
理由は、いままで3週間の旅程が2週間に縮まったこと、ブルガリアはとても山がちな国で、バスの路線はくまなくあっても、リラ僧院をはじめとするハイライトは必ずしも本数が多いわけでもなく、公共交通機関での移動には時間がかかること、ルーマニアで現地ガイドと車で田舎めぐりをしたのが非常に気に入り、ブルガリアでもぜひ、一人で公共交通機関では到底回れない田舎を回りたかったこと、などです。

これが2〜3人のグループならともかく、一人でガイドと車を独占状態です。
正直、高くつきました。
しかし、大変満足できる旅でした。
ガソリンが値上がりしている中、一週間ずっと車であちこちというこの上ない贅沢。
希望どおり、一人では絶対行けないような田舎めぐり。
中には人口がたった2人、郵便局も店もない村もありました。
泊まったところも、小さな村のペンションもありました。
少人数専用ならではの旅行会社らしいきめ細かさと日本人旅行者慣れしたサービス。
危険さえなければ途中好きなところで車をとめてもらって、何度も撮影タイムがとれました。

車は、エアコン付きでした。
温暖化でここのところ東欧の夏はものすごく暑く、ブルガリアでも例外ではありませんでした。
前半は山ばかり回っていたので、それでも気温がほかの地方より少しは低かったのかもしれませんが、40度近いときもありました。
外に出れば暑いけれど、すぐに冷房で涼むことができました。
ちなみに、去年のルーマニア旅行の田舎めぐりのガイドの車は、エアコンはありませんでした。

また、いつも荷物の重い私、今回も3週間から2週間に旅行期間が縮まったからとはいえ、たいして軽くできなかったのですが、前半一週間はスーツケースを自分で運ぶことはなく、重いタウンバックも、見学中はドライバーが車にいましたから、荷物を置いていけました。
楽でした。
持参するのは、カメラと旅の記録のルーズリーフノートと……それから、ポケットティッシュね。
ブルガリアは噂どおり、トイレに紙がある方が大変、珍しかったですから。
そして山奥や田舎ばかり回っていたので、古いトイレにも何度か遭遇しました。
いわゆるトルコ式のしゃがむタイプで(和風とは逆向きにしゃがみます)、さすがに「ぼっとん」ではなく水洗でしたが、紙は流すと詰まってしまうので、そばのくずかごに捨てるというやつです。
初日に早速、そのトイレに遭遇したときは、つい、記念に写真を撮ってしまいました、わはは。
だって、そんな古いトイレだとは思わなかった、ちょいとすてきな、ちゃんとしたレストランだったんですもの。田舎だったとはいえ。

話はそれましたが、車で入れるぎりぎりのところまで連れて行ってくれて、歩くのは最低限でした。非常に楽でした。
ツアーってそういうものかもしれませんが、私一人なので小型バンでしたから、大型バスより小回りがきいたと思います。
しかも一人参加なので、待ち時間ほとんどなし。
写真を撮るにしても見学するにしても、私自身が満足いくまで気兼ねなく時間をかけることができます。
そして自分の興味ないところはあらかじめ旅程から外してもらうか、さっさと立ち去ることもできます。

というわけで、いつも一人旅の私は、いたれりつくせり状態、甘やかされてる気分で、なんともこそばやく、もったいないくらいでした。
なにしろ、旅行者は私一人ですから、ガイドもつきっきりですものね。
夕食も一緒にとりました。
典型的なブルガリア料理を注文してくれました。
ドライバーはともかく、ガイドは朝の9時ごろから夜の9時近くまで私にくっついていて、超過労働もいいところだったと思います。
もっとも、ガイド自身も一緒に自国のハイライトを楽しんでいましたし、ホームページを更新するために写真を撮っていました。
私が希望したところの中には、その旅行会社でもいままで案内したことがないという新しいところもあったようです。
ちなみに、少人数専門の小さな旅行会社とはいえ、多くて20人のグループを案内したこともある、30年くらいの歴史のある旅行会社だそうです。

後半は一人で旅行しましたが、専用の車付きの旅行がいかに効率良いか、身にしみました。
一人でやっとエクスカーションで日帰りできたところを、前半のペースでいえば、午前中に見学が終わってしまい、そのまま午後、別のハイライトをさらに1〜2箇所、回れただろうな、と思いました。
つまり、この1週間でまわったところは、公共交通の便数の少なさ、不便さもありますが、一人で行ったら一か月かけても回れなかったでしょう。
そして、一週間限定にしたとはいえ、行きたいところを好きなだけ盛り込みました。
同行したガイドには、「ブルガリア旅行は初めてなのに一番いいところを選んだね」と言われました。
詳細旅程は次の記事に書きます。

前半の旅行で何が一番感動したかというと、そうですねぇ、一面のひまわりと、たくさんの自然と田舎ですね。
夢のようなひまわり畑をたくさん目にしました。
何度も何度も車を止めて、写真を撮りました。
夏のヨーロッパは花にあふれています。
ひまわり以外の花もたくさん撮りました。
残念ながらバラの谷のバラはみんな花を摘んだ後で一面緑だったのですが、町中にたくさんのバラがありました。
それこそ、ブルガリアのシンボルはバラよ!と人々が主張しているのではないかと思うくらい、個人宅だけでなく、たくさんの街路樹ならぬ街路薔薇がありました。
そして、車移動で山中を走っているときは、視力が良くなるのではないかしら、と思うくらい、車窓の外で緑をたくさん目にしてきました。

また、ブルガリアは牧畜の国ですが、放牧されている馬も牛もヤギの写真も撮れました。
残念ながら、羊とロバはチャンスがなかったですね。
去年のルーマニア旅行でもそうでしたが、コウノトリもたくさん見かけました。
こういうときに3年前に買った古いコンデジの性能の限界を感じますね。
巣にいるコウノトリの写真は撮れましたが、ちっちゃくしか撮れていないと思います。
それから、町中にはたくさんのネコとイヌがいました。
ルーマニアでは野犬の恐さをちょっと警戒していたので、ブルガリアでも、ときどきどっきりしました。
しかし、むしろワンちゃんたちは人間を警戒していましたね。
むらむら撮影意欲が沸いて、イヌ・ネコをついつい追いかけて写真を撮ったりしました。
でも、ネコはともかく、ワンちゃんは、そーっと近付かないと逃げられてしまうことも多かったです。
ああ、でも、イヌやネコの写真をたくさん撮ったのは、むしろ一人旅の後半でした。

〈全体の感想:後半1週間の一人旅〉

今回は鉄道は使わず、バスの旅ばかりでした。

前半のガイドとの旅はガヴロヴォというブルガリアの真ん中にある都市のホテルのチェックインで終わり。
というのも、そこからなら、トリャヴナへの日帰り旅行と、ヴェリコ・タルノヴォへの移動が簡単だからです。

トリャヴナは、ブルガリアの19世紀頃の民族復興時期(いわばブルガリアン・ルネッサンス)のすばらしい家並みが残る「ミュージーアム・シティ」と呼ばれる町の一つです。
このミュージーアム・シティめぐりは、ブルガリア観光のハイライトの一つといえます。
ガブロヴォからミニバスで30分くらいです。バスは一時間おきくらいにでています。

その後、ブルガリア旅行でいえば、リラ僧院の次に人気といえるヴェリコ・タルノヴォに2泊しました。
ガブロヴォからミニバスで40分くらいです。バスは一時間半おきにでています。
ヴェリコ・タルノヴォの町自体もハイライトといえますが、そこから同じくミュージーアム・シティの一つ、アルバナシへは、ミニバスで15分です。
ただし、このミニバスは一日に5〜6本しかなかったので、行きはタクシーを使いました。
タクシーでも、5〜6レバ、ユーロではだいたいその半分の2.5〜3というところ。これを日本円に1ユーロ=約170円で換算しても、日本でのタクシーの初乗りより安いです。
帰りはミニバスを使いました。

そしてヴェリコ・タルノヴォから最後の目的地ソフィアへもバスの旅です。
公営・私営バスともに何本もあるようです。
私は町から遠いバスターミナルまで行かず、町中の私営バス会社のオフィスから、エアコン付のとても快適な大型バスで移動しました。

と、具体的に書きましたが、つまり、一人旅をしたこのあたりは、移動は便利でほとんど問題ありませんでした。
その確信をもった上で作った旅程でもあります。

ちなみに、ソフィアから日帰りしたコプリフシティッアという、これまた人気のミュージーアム・シティは、行き帰りともにちょっとトラブルがありました。
でも、結果的に効率が悪くなったことも、すべて何事も経験、こういうこともあるさ、しょーがないよ、と早々にあきらめ、自分なりに有効な時間のつぶし方ができました。

スーツケースを持ったフル装備は重かったですが、ホテルとバスターミナルまでタクシーを使ったり、ホステルのオーナーに車で送ってもらったりしましたし、ミニバスにもちゃんと荷物置き場はありました。
去年のルーマニア旅行で一度だけ使ったミニバス移動(シビウからシギショアラ)ではミニバスに荷物置き場はなく、座席にぎゅうぎゅうに詰めていたことを思うと、荷物置き場がちゃんとあるということは、ずいぶん気が楽でした。

一人歩きを始めてすぐは、今までガイドに通訳してもらっていたので、お勘定だの、コーヒーにミルクが欲しい、だの、ごくごく簡単な必要な旅行会話のブルガリア語すらとっさに出てこないことにショックを受けました。
切符を買うにしても、ブルガリア語でまくしたてられて、最初はちょっと腰が引けました。

これでもにわか勉強とはいえ、行く前に2週間くらい、一日15分程度でしたが、「エクスプレス・ブルガリア語」のCD-ROMで、ちょっとだけブルガリア語を勉強していったのです。
これはわざわざ買ったのではなく、自宅の近くの公共図書館に、なぜかエクスプレス・シリーズのマイナーな言語の中でブルガリア語だけあったのです。

これが、ガイド付の旅行で甘やかされていた結果だな、と思いました。
覚えていたつもりでも必要性がなかったり実践しないと、言葉はなかなか使えないものです。
言葉の通じない相手とのコミュニケーションに臆しないことも。

まあ、半日で慣れましたけどね。
ブルガリアの人はひとなつこくて、気が良い人が多かったですから。
せちがらいソフィアの、たとえばタクシーの運ちゃんは別でしたけど。
一度、ソフィアの中央バスターミナルのタクシープールの運ちゃんに、何かまくしたてられて乗車拒否されたときは、わけがわからなかったですし、ムッとしました。
しかも、その運ちゃんに導かれるようにして、もう少しでボッたくりタクシーに乗ってしまうところでした。
もっともソフィアでも、ホテルや店の人や、ちょいと暇そうな博物館の人は愛想良かったです。
日本語を勉強しているんだ、という女性がよく話しかけてきて(そういえば女性ばかりでしたね)、中にはジプシーには気をつけなさい、と忠告してくれたりしました。

また、海外での一人旅の気軽さは、捨てがたいものがあります。
地図を確認しながら、迷ったり確信を持ちながら、てくてく歩くのは楽しいです。
街角はいつも絵になるところとは限らないです。
街角で目にして、あれは何?───と思ったときに、答えをくれるガイドはいないので、帰国してた後もずっと分からずじまいのものもあります。
写真を撮りたいところを見つけるまでに、何度も地図で場所を確認し、せっせと歩かなければなりません。
天気に恵まれたのが幸か不幸か、汗だらだらになって。
だからこそ、苦労した後に、これがそうか!と見つけた喜びは、楽して連れていってもらえるより大きいです。
また、ガイドがここぞと薦める、誰もが写真に撮りたくなるところだけでなく、自分の目で面白いと思ったものを発見しやすいです。
いうなけば、風景を写真に撮る手軽さと、自分でスケッチしてみるとの違いといえるかもしれません。
写真や絵という残った記録を、旅先の思い出と記憶にたとえるのであれば。

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海外旅行の持ち物リストを眺めながら

海外旅行の荷物のパッキングは、いつも出発一週間前の週末にやることにしています。
今度のブルガリア旅行の出発は7月6日の日曜日。
パッキングは6月29日の日曜日中にすませました。
クレジットカードだのデジカメだのコンタクトだの眼鏡だの、毎日持ち歩くもの以外はすべて詰め終わりました。
若干、買い足さなくてはならないものがでましたが、出発までの日、あるいは出発前日、あるいはモノによっては出発の日の成田空港でも、余裕をもって調達できます。

そのパッキングの準備とチェックに使った今年の持ち物リストを眺めていると、長年悩んだり工夫してきたつもりの経緯やエピソードがいろいろ思い浮かんできます。
持ち物リストは、語学研修ホームスティとして初めて海外旅行に出かけた1986年のときから、パッキングが終わったあと、きちんと清書してリストとして完成させてきました。
その次からは、前回のリストを更新したり、変更を加えたりしながら、パッキング終了とともに完成させ、旅の最中の持ち物の確認と次回の旅行のために、きちんと清書してきました。
途中からパソコンを導入して以来、清書もアップデートも楽になりました。
私の持ち物リストは、そんな風に長年かけてブラシュアップしてきたものです。

腰痛というバクダンもちの私。
なのに、旅慣れていくうちに、身軽になるどころか、どんどん荷物が重くなってきている気がしなくもありません。
それには、この長年かけてブラシュアップしてきた持ち物リストも一因かもしれません。
必ずしも荷物を軽くすることを優先させたわけではなく、旅先で、あれば便利なグッズをどんどんリストに加えていったからです。

しかし、いまや、快適さと時間と安全は金で買うしかないとうそぶく私。
実際、ユースホステルのような共同部屋や安宿に満足できず、やったことはないけれどバックパッカーは到底私のスタイルではなく、そして若者と言うには厳しい年齢に達しているので、旅先で快適に過ごすグッズで荷物が重くなるのも、ある意味、仕方がないことかもしれません。

かといって、旅先で年齢に見合う洒落た格好をしているかというと、そうでもないんですけどね。
いつも、手洗いでよれよれになったTシャツとジーンズ。
しかし、観劇にはそれではみっともないので(天井桟敷でもない限り)、こぎれいな格好も1着分は持参します。
今年は、乾きにくいTシャツという基本スタイルはやめることにしました。
前半1週間は現地ガイドと行動するので、もう少し洒落たカットソーに切り替えてみることにしました。

そんな風に、私流儀の持ち物リストも、この先、まだまだ変わっていくでしょう。
日常生活をとりまく品物も変れば、当然、旅先の持ち物リストも影響を受けます。

以下、今回の持ち物リストを眺めながら、自分なりの留意点や特徴を、思いつくまま順不同に挙げてみました。

<現地調達をなるべくしなくてすむようにする。>

だから荷物が重くなるんですよね。
分かっていても、やめられない(笑)。
いや、そもそも、通勤の荷物も、ごく近場に出かけるだけでも、「何をそんなに持ち歩く必要があるの?」と知り合いには首を傾げられてしまうくらい、いつも荷物の重い私です。
出かけ先でコンビニなどに飛び込んで買わなくてすむように、と考えてしまうせいかもしれません。
ましてやめったに行かない海外旅行、限られた時間は現地調達で費やさず、なるべく観光に割けたいです。
それに、足らないものが必要なときにすぐに調達できるとは限りません。
ショッピングエリアと観光ハイライトが離れていることがあります。
店の営業時間を優先させて観光ハイライトの方をあきらめるなんて事態には陥りたくないです。
買い物ついでに、町やスーパー散策も楽しむことも可能かもしれません。しかし、なくて困るものを調達する目的で行くよりは、気持ちに余裕をもって、楽しみのために行きたいものです。
ただし、スーパーや市場などは、実際に必要な買い物をしに行く方が「参加」する気分になれます。
特に買い物はないけれどぶらつく、というのは、第三者気分で、やや味気ないという面もなきにしもあらず。

<文房具は有り余るほど持参する。>

旅先で詳細な日記やメモをつける私にとって、文房具は必須です。
新品のボールペン1本は軽く使い切ってしまいます。
ガイドブックにマーカーで印をつけたり、Lonely Planetにシャープペンでアンダーラインを引いたり、文章を囲んだりするのも好きです。
しかも、小さくて消耗品で単価は安い文房具って、なくしたり落としたりしやすいです。
私は旅のメモ帳としては、A5サイズのルーズリーフノートを使っています。
ルーズリーフノートの残り少なくなったときの心もとなさ!

また、レシートや入場券の半券は、昔は帰国してからスクラップノートに貼り付けていたのですが、2〜3週間分まとめてやるのは意外に面倒くさく、また時間がたつにつれ何のレシートか半券か忘れてしまうも多いので、今では旅先で、だいたい1〜2日以内に、A5サイズの無地のルーズリーフノートに貼り付けています。
そのためのミニ・ホッチキスや糊も必須です。
瞬間接着剤も必須です。スーツケースの一部がちょいと取れてしまったときなど、応急処置に役立ったことがあります。

文房具は一式、筆記用具入れに入れてふだんはスーツケースの中ですが、列車などの待ち時間にちょちょいとレシートや半券のスクラップノート作りをやれるよう、スーツケースのポケットにもホッチキスや糊を入れておくようにしています。
もちろん、予備のボールペンもシャープペンも赤ペンも油性ペンも蛍光マーカーも、スーツケースとタウンバックの両方のポケットに入れておきます。

ちなみに、昔は、発展途上国の地方や田舎を旅行すると、子供たちがボールペンを欲しがるので余分に持っていてあげると喜ばれる、と言われていたものです。
実際、1997年のチュニジア旅行では、何度かねだられました。
今はどうでしょうね。

<時計も余分に持っていく。>

公共交通機関を利用するため、時間厳守です。
目覚まし時計も必須です。
いつも一人旅なので、寝坊したって起こしてくれる人はいません。
(ホテルのモーニングコールは利用しますけどね。)

腕時計は、私はいつも緩めに装着するため、一度、落としても気付かなかったことがありました。ひやっとしましたね。
なくしたのが博物館の中で、チケット売り場の人が預かっていてくれたから助かったものの。
また、腕時計の電池交換の時期は、必ずしも旅行直前とは限りません。
といっても、電池交換に1,050円もするので、切れていないのに交換する気にはなれません。
なので、万が一旅先で電池が切れた場合のためにも、複数あると安心です。
具体的には、今回は、腕時計は3つ、目覚まし時計は2つです。
ちなみに去年(2007年)から海外専用の携帯を持参することにしました。それには目覚まし時計機能もありますから、目覚まし時計は実質3つになるのかな。

<薬は現地調達しない。多少の風邪や体の不調を押しても旅を続けられるようにする。>

最近は7月に旅行するのでなくなったのですが、秋に旅行していたときは、毎回一回は風邪の洗礼を受けていました。
乾燥した空気のせいで喉がやられやすいのです。そうすると、悲しいことにほぼ100パーセント、熱が出ます。
喉がいがらっぽい!と思ったときに、うがいを励行して、なんとか未然に防いだことはあります。
日常生活でも微熱程度では仕事を休みませんから、風邪薬は必須です。
どちらかというと解熱効果のある、イブプフェロン入りの風邪薬。

それから、腰痛持ちなので、腰痛対策の薬やグッズも必須です。
湿布や消炎剤・薬は3種類以上持参します。
サロンパスのような安いもの(ちょっとつらい程度ならこれで十分)、のバンテリンなど液状消炎剤でインドメタシン入り、医者の処方する湿布に使われているというフェルビナク剤入りの高価な湿布、そして、飲み薬。
それから、オムロン低周波治療機器。体に電気をびりびりーってやつです。
また、ふだんからコルセットをしています。夏は蒸れます(泣)。

<いつとちょっと違うサプリ>

私はほとんどサプリ狂です。
ふだんは不足しがちだと思うビタミン等のほかに、コラーゲンとかコーエンザイムQ10とか大豆イソフラボンとか、お肌の曲がり角を気にするものを多く口にしています。

でも旅先では、そんなにぞろぞろ持っていくのもなんなので、ビタミンC、ビタミンB-complex、ビタミンE、そしてふだんは不足することを心配する必要のない鉄分に絞りました。
風邪の引き始めは特にビタミンCはたくさん必要です。

猛暑だった去年(2007年)から、暑さ対策のサプリもリストに加えました。
日焼けしたときに積極的にとると良い栄養素が、ビタミンC、ビタミンE、カロチン、ビタミンB2、亜鉛、セレン、アミノ酸(L-システィン)とのことです。
それから暑さに負けないスタミナをつけたいため、にんにく熟成黒酢も加えてみました。

今年はそんな暑さ対策は不要かなと思ったのですが、どうやらブルガリアは暑いようです。
つい先日も、日本ではせいぜい最高気温が27度のところ、現地の人によると32度だと言っていました。
ううーん。
あちらは湿度が低いので体感温度はもっと低く感じられるとは思いますが。

ただ、サプリを持参するようになって、ビタミンCの果物や鉄分の乳製品を求めてスーパーや市場を徘徊する必需性が減りました。それもちょっと寂しいですね。
もっとも、乳製品といえば、今年のブルガリアは、そう、ヨーグルトの国です@
鉄のサプリをリストから外してもよかったかも。

<なくして惜しいものは持参しないようにする。100円グッズも多用>

数年前、ドイツ旅行でユースホステルを利用しようと日本のユースホステル協会に登録しに行ったとき、協会の人が話していたのがとても印象に残っています。
同室の人が必ずしも豊かな国の人ばかりとは限りません。
そういう人たちをムラムラと刺激するような高級品も、なるべく持参しないか、とにかく目につくようにしないことが盗難防止になると言っていました。

宿泊先は個室であっても、この原則は有効でしょう。
それに旅先は移動の連続ですから、忘れ物や落し物がそうそう出てくるとは限りません。

その結果、100円ショップで買ったものが増えました。
小銭入れ、目覚まし時計、巾着袋やポーチ、手鏡やくし。
消耗品も、携帯するのに不都合でないものは積極的に利用しています。
文房具、洗顔料、ローション、ウェットティッシュ、綿棒やコットン、靴消臭スプレー、防水スプレー。
そんなところですか。
シャンプーやボディシャンプー、化粧水、粉洗剤、うがい薬などは、ふだん使っている家庭用お得サイズから詰め替え容器に入れて持参しています。
コンタクト液も、今回は約1ヶ月分の120mlのうち1/3ほど使ったものを持参することにしました。

<読み物>

旅の資料は、読み切れないほど持参しています。
しかし、それらを読んでいると「お勉強」をしている気分になります。
好きなジャンルや読みやすいノウハウものが読みたくなることがあるんです。
一度だけ、荷物を軽くする目的で、旅に関係ない読み物を持参するのをやめたときがあります。
禁断症状に苦しみました。

<私の持ち物リストの特長───有効期限のメモがある。>

モノによっては、旅のパッキングをすることで、いわば棚卸し作業になりますからね。
期限切れのものを持ち歩いても仕方がないですし、パッキングの前に新しいものをそろえておくと、パッキング当日の作業がスムーズになります。
有効期限のメモがあるものは、クレジットカード、薬、予備電池などです。
もちろん、パスポートの有効期限も、番号とともにも控えてあります。

<リストから消えたもの───ポータブルオーディオと携帯用湯沸かし器>

ポータブルオーディオとは、私の場合はいまだにウォークマンです。MDですらないです。
たくさんのCDからのお気に入り曲集のようなものを、過去にたくさんカセットで作ったものですから。
昔はふだん歩いているときにいつもウォークマンで音楽を聴いていました。
その頃は、お気に入り曲集を一日に聴けない日があったら、とても我慢できないと思っていました。
しかし、旅先では歩きながら聴くのは、注意散漫になるので治安上よくないですし、ホテルに戻ってから意外とバタバタして、ゆっくり音楽を聴くこともなくなりました。
テレビのあるホテルに泊まることも多くなったので、分からないまでも現地語の放送を聴いて、耳を慣らしたいと思うようになりました。
旅先でウォークマンを手放してから、日常生活でもウォークマン浸りの生活はやめるようになりました。

湯沸かし器は、日本でもミネラルフォーターを買うのが当たり前になったこの頃では、ミネラルウォーターを買うお金くらいケチっても仕方がないと思うようになったせいもあります。
そのため、旅先でホテルの水道水をわざわざ煮沸して飲むことはなくなりました。
夜、ホットコーヒーが欲しくなるときもありますが、我慢です。
インスタントコーヒーセットを持参するくらいなら、旅先でレストランやカフェで楽しんだ方がいいです。

<ないと意外とイライラするもの───爪切りと毛抜き>
言わずもがな@

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