2007年夏 ルーマニア旅行23日間

約10ヶ月かけたルーマニア旅行記のINDEX

フォートラベルにアップしていた2007年のルーマニア旅行記が、先日やっと完成しました。
写真に対するコメントという形で作成していくタイプの旅行記です。
デジカメ持参2年目の旅行ということで、写真の枚数もそれまでと比べて格段に増えましたが、そのたくさんのデジカメ写真を駆使しての旅行記も作成が2年目ということで、凝ってしまいました、凝ってしまいました!
現地で撮った写真だけでなく、後からパンフレットの一部などを追加したりもしました。
第2週目のマラムレシュ地方とブコヴィナ地方については、帰国後、Metaneira社の写真満載の分厚い英文の書籍を購入して「復習」した内容を盛り込んだりしたものですから、我ながら本当に凝ってしまいました。

Metaneira社の公式サイト

ここで自己満足ではありますが、フォートラベルにアップした2007年ルーマニア旅行記のINDEXを作成してみました。
フォートラベルのINDEXは新しいものから載っているうえ、カテゴリー分類はなく、帰国後の花めぐりを中心とした国内旅行も100近くあるため(といってもほとんど近場の日帰りですし、近所の散歩もあり)、ルーマニア旅行記だけのINDEXとしては見づらいからです。

旅行記のタイトルはおおまかな内容が分かるようにつけています。
タイトルを読み返すだけでも、旅行の内容をだいたい振り返ることができます。
ただ、このタイトルのつけ方、時間がたって冷静な頭で読み返すと、我ながらクサイのばかりです@

その前にまずは、ココログの2007年ルーマニア関連記事INDEXから。

立案編
2007年ルーマニア旅行立案編その1:ルートを考える
2007年ルーマニア旅行立案編その2:最終ルート決定までの変遷

全体の感想
詳細旅程

各日各都市ごとの感想やエピソードをまとめたもの
2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その1
2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その2
2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その3

2007年ルーマニア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その1
2007年ルーマニア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その2

2007年ルーマニア旅行:ハイライト写真集(一日2枚ずつ選んでみました@)
2007年ルーマニア旅行:ハイライト写真集その2(もう一回やってみたくなったので@)

★フォートラベル旅行記のメインページ

第1日目:2007/07/08日
2007年ルーマニア旅行第1日目:プロローグはまたしてもシャルル・ド・ゴール空港から

第2日目:2007/07/09月
2007年ルーマニア旅行第2日目ブカレスト(1):旅の始まりは足の確保から(C.F.R.(国鉄旅行センター)にて)
2007年ルーマニア旅行第2日目(2):かつてバルカンのパリと呼ばれたブカレスト
2007年ルーマニア旅行第2日目(3):Batistei通りの正教会
2007年ルーマニア旅行第2日目(4)ブカレスト:緑がまぶしいヘラストラウ公園
2007年ルーマニア旅行第2日目(5)プカレスト:ルーマニアのフォークロアの宝庫・農村博物館・その1
2007年ルーマニア旅行第2日目(6)ブカレスト:後半も魅力たっぷりな農村博物館・その2
2007年ルーマニア旅行第2日目(7):まだ未整備の(?)もう一つの農村博物館

第3日目:2007/07/10火
2007年ルーマニア旅行第3日目(1):ブカレストからシナイアへの列車の旅
2007年ルーマニア旅行第3日目(2):美しい街並みのシナイア(城と僧院以外でも@)
2007年ルーマニア旅行第3日目(3)シナイア:城へ!
2007年ルーマニア旅行第3日目(4)シナイア:予想以上に感動したペレシュ城
2007年ルーマニア旅行第3日目(5):ペレシュ城内にて・その1
2007年ルーマニア旅行第3日目(6):ペレシュ城内にて・その2
2007年ルーマニア旅行第3日目(7)シナイア:魅惑のペリショール城+α
2007年ルーマニア旅行第3日目(8):シナイア僧院───シナイアの名の由来の僧院
2007年ルーマニア旅行第3日目(9)シナイア:ブチェジ山は、ぎりぎりセーフ!

第4日目:2007/07/11水
2007年ルーマニア旅行第4日目(1):シナイアからシビウへの列車の旅
2007年ルーマニア旅行第4日目(2)シビウ:大広場・小広場をめざして+雨あがりの帰り道
2007年ルーマニア旅行第4日目(3):シビウ本懐の広場めぐり
2007年ルーマニア旅行第4日目(4):教会もやっぱりシビウの魅力@
2007年ルーマニア旅行第4日目(5)シビウ:写真代とらないブルケンタール博物館

第5日目:2007/07/12木
2007年ルーマニア旅行第5日目(1):シギショアラ再訪1日目
2007年ルーマニア旅行第5日目(2):来ちゃいましたビエルタン@
2007年ルーマニア旅行第5日目(3):可愛いデニシュ村(シギショアラ近郊)
2007年ルーマニア旅行第5日目(4):短い晴れ間の午後のシギショアラ
2007年ルーマニア旅行第5日目(5)シギショアラ:夜景にドラキュラの雰囲気を求めて

第6日目:2007/07/13金
2007年ルーマニア旅行第6日目(1):シギショアラ2日目、朝の散策
2007年ルーマニア旅行第6日目(2):シギショアラからクルージ・ナポカへの列車の旅
2007年ルーマニア旅行第6日目(3):クルージ・ナポカの教会めぐり・その1
2007年ルーマニア旅行第6日目(4)クルージ・ナポカ:ルーマニア絵画たっぷりの国立美術館
2007年ルーマニア旅行第6日目(5):思ったより撮影意欲をそそられたクルージ・ナポカ(1日目の午後)

第7日目:2007/07/14土
2007年ルーマニア旅行第7日目(1):思ったより撮影意欲をそそられたクルージ・ナポカ(2日目の午前)
2007年ルーマニア旅行第7日目(2):クルージ・ナポカの教会めぐり・その2
2007年ルーマニア旅行第7日目(3)クルージュ・ナポカ:トランシルヴァニア民俗博物館
2007年ルーマニア旅行第7日目(4):クルージ・ナポカからバイア・マーレへの列車の旅
2007年ルーマニア旅行第7日目(5):バイア・マーレのびっくりな新市街

第8日目:2007/07/15日
2007年ルーマニア旅行第8日目(1)バイア・マーレ:花盛りの野外民俗博物館・その1
2007年ルーマニア旅行第8日目(2)バイア・マーレ:マラムレシュ地方の田舎の生活を垣間みて・野外民俗博物館・その2
2007年ルーマニア旅行第8日目(3)バイア・マーレ:墓地はまるで植物園
2007年ルーマニア旅行第8日目(4):旧市街はやっぱり絵になるバイア・マーレ
2007年ルーマニア旅行第8日目(5):バイア・マーレ旧市街でももれなく教会めぐり

第9日目:2007/07/16月
2007年ルーマニア旅行第9日目(1):世界遺産のスルデシュティ木造教会を訪ねて
2007年ルーマニア旅行第9日目(2):ピクニック&本物のマラムレシュへ
2007年ルーマニア旅行第9日目(3)マラムレシュ地方:ブデシュティからヴァド・イゼイへ
2007年ルーマニア旅行第9日目(4)マラムレシュ地方:心ゆくまで積みわらのある風景
2007年ルーマニア旅行第9日目(5)マラムレシュ地方:ヴァド・イゼイ村を散歩

第10日目:2007/07/17火
2007年ルーマニア旅行第10日目(1)サプンツァ:ついにやって来ました、陽気な墓
2007年ルーマニア旅行第10日目(2)サプンツァ:きりがないです、陽気な墓@
2007年ルーマニア旅行第10日目(3)サプンツァ:陽気な墓の彫刻家のアトリエ
2007年ルーマニア旅行第10日目(4)サプンツァ:スタン・マリアさんのお宅を訪ねて
2007年ルーマニア旅行第10日目(5):世界で一番高いサプンツァ・ペリ木造教会
2007年ルーマニア旅行第10日目(6):マラムレシュ───コウノトリもやってくる桃源郷

第11日目:2007/07/18水
2007年ルーマニア旅行第11日目(1):シゲット・マルマッツィエイの動物市場
2007年ルーマニア旅行第11日目(2)マラムレシュ地方:ブルサナ村の木彫り師のアトリエを訪ねて
2007年ルーマニア旅行第11日目(3)マラムレシュ地方:さまざまな木造建築の宝庫、ブルサナ修道院
2007年ルーマニア旅行第11日目(4)マラムレシュ地方:ボティザの司祭宅とカーペットと木造教会
2007年ルーマニア旅行第11日目(5)マラムレシュ地方:イザ川渓谷の田園風景
2007年ルーマニア旅行第11日目(6)マラムレシュ地方:今に残る最古のイェウド木造教会を訪ねて

第12日目:2007/07/19木
2007年ルーマニア旅行第12日目(1)シゲット・マルマッツィエイ:教会の多様さは民族のるつぼだったから
2007年ルーマニア旅行第12日目(2)シゲット・マルマッツィエイ:民俗博物館でマラムレシュ地方の復習を
2007年ルーマニア旅行第12日目(3)シゲット・マルマッツィエイ:社会主義時代の影の記憶の博物館
2007年ルーマニア旅行第12日目(4)シゲット・マルマッツィエイ:やっぱりここでも、野外博物館@

第13日目:2007/07/20金
2007年ルーマニア旅行第13日目(1)マラムレシュ地方:金曜市場に寄り道して
2007年ルーマニア旅行第13日目(2)マラムレシュ地方:祝日のミサはおめかしして───ドラゴミレシュティ修道院にて
2007年ルーマニア旅行第13日目(3)マラムレシュ地方:プリシュロップ峠を越えてスチャヴァ州へ(ブコヴィナ地方の歴史と修道院の解説付)
2007年ルーマニア旅行第13日目(4)ブコヴィナ地方:可愛いチョコネシュティ村
2007年ルーマニア旅行第13日目(5)ブコヴィナ地方:青のヴォロネツ修道院

第14日目:2007/07/21土
2007年ルーマニア旅行第14日目(1)モルドヴァ地方:赤のフモール修道院
2007年ルーマニア旅行第14日目(2)ブコヴィナ地方:イエロイッシュなモルドヴィツァ修道院
2007年ルーマニア旅行第14日目(3)ブコヴィナ地方:一番大きい緑のスチェヴィツァ修道院
2007年ルーマニア旅行第14日目(4)ブコヴィナ地方:マルジネア村の陶器工房に寄り道
2007年ルーマニア旅行第14日目(5)ブコヴィナ地方:ラストはこぢんまりなアルボーレ修道院&5つの修道院のまとめ
2007年ルーマニア旅行第14日目(6)ブコヴィナ地方:愉快(フモール)村とモルドヴァ地方の田園風景

第15日目:2007/07/22日
2007年ルーマニア旅行第15日目(1)ブコヴィナ地方:ほっそり優雅なドラゴミルナ修道院と牧歌風景
2007年ルーマニア旅行第15日目(2)スチャヴァ:静かな日曜のスチャヴァの街並み
2007年ルーマニア旅行第15日目(3)スチャヴァ:モルドヴァの歴史博物館
2007年ルーマニア旅行第15日目(4)スチャヴァ:外壁のフレスコ画が惜しい聖イオアン修道院
2007年ルーマニア旅行第15日目(5)スチャヴァ:近世の狩猟館跡の民俗博物館

第16日目:2007/07/23月
2007年ルーマニア旅行第16日目(1):スチャヴァからヤシへ、車窓の外にひまわり畑!
2007年ルーマニア旅行第16日目(2):月曜のヤシは教会めぐり・その1
2007年ルーマニア旅行第16日目(3):月曜のヤシは教会めぐり・その2
2007年ルーマニア旅行第16日目(4):月曜のヤシは教会めぐり・その3
2007年ルーマニア旅行第16日目(5):教会めぐりがてらに撮ったヤシ

第17日目:2007/07/24火
2007年ルーマニア旅行第17日目(1)ヤシ2日目:必見の文化宮殿
2007年ルーマニア旅行第17日目(2)ヤシ2日目:のんびり回ったヤシの街並み

第18日目:2007/07/25水
2007年ルーマニア旅行第18日目(1):通算5日目のブカレスト観光
2007年ルーマニア旅行第18日目(2):通算5日目のブカレストの街角で

第19日目:2007/07/26木
2007年ルーマニア旅行第19日目(1):通算6日目のブカレストの教会とシナゴーグめぐり
2007年ルーマニア旅行第19日目(2):通算6日目のブカレスト観光

第20日目:2007/07/27金
2007年ルーマニア旅行第20日目ティミショアラ(1):朝の勝利広場と自由広場
2007年ルーマニア旅行第20日目ティミショアラ(2):統一広場でまったりと
2007年ルーマニア旅行第20日目ティミショアラ(3):1989年革命記念博物館にて
2007年ルーマニア旅行第20日目ティミショアラ(4):2つの教会、正教聖堂とテケーシュ牧師の教会
2007年ルーマニア旅行第20日目ティミショアラ(5):街角さまざま

第21日目:2007/07/28土
2007年ルーマニア旅行第21日目(1):ブカレストの軍事博物館
2007年ルーマニア旅行第21日目(2):通算7日目のブカレスト

第22日目:2007/07/29日
2007年ルーマニア旅行第22日目:出国日の午前中、最後のブカレスト観光(完)

第23日目:2007/07/30月
帰国(旅行記なし)

2007年ルーマニア旅行23日間ホテル・レポート

★おまけ:2006年ハンガリーとルーマニア旅行のうち、ルーマニア旅行記のINDEX

2006/10/24火
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(1):城山城塞をめざして
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(2):ティルナヴァ・マーレ川沿いのルーマニアの教会
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(3):世界遺産の城山要塞散策
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(4):屋根付木造階段を上って山上教会と墓地へ
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(5):初めて見るルーマニアのお土産
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目(6)シギショアラ:カラフルな町並み

2006/10/25水
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(1):シギショアラからブラショフへトランシルヴァニア地方の鉄道の旅
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(2):ブラン城
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(3):ブランの紅葉と城のふもとの野外博物館
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(4):ブラショフ中央公園とルーマニア正教会
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(5):ブラショフ民俗博物館と美術館
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(6):ブラショフぶらぶら

2006/10/26木
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目ブラショフ2日目(1):中央公園のそばの墓地散策
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目ブラショフ2日目(2):11月15日大通りのルーマニア正教会
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目ブラショフ2日目(3):トゥンパ山へ
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目ブラショフ2日目(4):スケイ地区の聖ニコラエ教会と墓地
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目ブラショフ2日目(5):スケイ地区散策
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目(6):ブラショフぶらぶら2日目
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第19日目(7):水彩画カードで見るブラショフ

2006/10/27金
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目(1):ブカレストへの列車の旅
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目(2)ブカレスト1日目:メガロマニアの爪跡残るブカレスト
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目ブカレスト1日目(3):国民の館を見学
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目(4)ブカレスト1日目:ブカレストの正教会めぐり
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目(5)ブカレスト1日目:旧王宮付近散策+最終日に再び撮った Hanul lui Manuc
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目(6):ルーマニアのおみやげ・その2
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第20日目ブカレスト1日目(7):ブカレストの夜景を撮りに

2006/10/28土
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第21日目ブカレスト2日目(1):オペラ座近くの新旧2つのルーマニア正教会
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第21日目ブカレスト2日目(2):大統一教会と宗教グッズ・マーケット
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第21日目ブカレスト2日目(3):革命広場周辺+α
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第21日目ブカレスト2日目(4):オペラ座へ行こう!(朝と夜)

2006/10/29日
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第22日目ブカレスト3日目(1):ブカレスト最後の散策
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第22日目ブカレスト3日目(2):農民博物館(1)素朴ながらも美しい生活用品+α
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第22日目ブカレスト3日目(3):農民博物館(2)イコン・コレクション
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第22日目ブカレスト3日目(4):農民博物館(3)衣装・刺繍コレクション(完)

2006年ハンガリーとルーマニア旅行:【ホテル編ルーマニア】

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2007年ルーマニア旅行:ハイライト写真集その2(もう一回やってみたくなったので@)

今回のルーマニア旅行で撮った写真からハイライト写真を1日2枚ずつピックアップする───という作業が思ったより面白かったので、もう一回やってみることにしました。

全23日の旅程のうち、成田を出てブカレストに着くだけで終わった1日目と機内で日付変更を迎えた最後の日を除く21日分なので、計42枚。
今回も、いくらお気に入り写真を選ぶといっても、42枚そろいもそろって似たような写真にならないようにバランスも考えながら、ハイライト写真をピックアップしてみました。

これで一日に撮った写真から計4枚をハイライトとしてピックアップしたことになりますが、一日に100枚以上撮った日は、まだまだピックアップしたいハイライト写真がたくさんです。
他方、一日に20~40枚しか撮らなかった日などは、今回2枚ピックアップするのにも随分迷ってしまいました。

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7/09月 ブカレスト1日目
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ブカレストのシャルル・ド・ゴール広場
パリのシャルル・ド・ゴール広場と違って、ロータリーの真ん中にあるのは凱旋門ではありません@
あれ、ナンでしょね。

2007_07_09_best4_bucuresti
ヘラストラウ公園にて
このシカのそばには、ガチョウと七面鳥の像もありました。
童話か何かの登場人物でしょうか。

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7/10火 シナイア
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2007_07_10_best3_sinaia
Hotel Caraimanの裏の公園から
宿泊したHotel Caraimanも、お城みたいなステキな建物でした。

2007_07_10_best4_sinaia
ペレシュ城へ向かう道の屋台の1つ
これらのマグ、可愛らしくて気に入ってしまったのですが、旅程3日目、まだこれからたくさん移動があるので、買う代わりに写真を撮りました。
もしシナイアが旅程の最後の方だったら、これらの屋台できっと買い物をしたろうと思います。

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7/11水 シビウ
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2007_07_11_best3_sibiu
泊まり損ねたペンション Casa Baciu
予約していったのですが、前の宿泊者が延泊したため満室で、違うペンションに案内されました。
そのペンションからの迎えを待っている間に撮りました。
部屋の扉の前に私のスーツケースがあります(あれでもキャスター付のスーツケースです@)。

2007_07_11_best4_sibiu
時計塔から小広場を見下ろして
真正面にある大きな屋根のある家の、ネコの目のような明かりとりの窓がチャーミングでしょう@
こういう窓のある家はシビウだけではなかったのですが、シビウには確かにたくさんありました。

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7/12木 シギショアラ&ビエルタン
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2007_07_12_best3_biertan
ビエルタン要塞
写真では手前のピンクの壁の建物が目立ってしまっていますが、到着したときは、要塞教会のド迫力に感動したものです。

ちなみに猛暑で日本でもニュースになった今年(2007年)7月のルーマニアは、私が行ったときは、前日のシビウの日とこの日だけは、曇りがちで雨が降ったりして寒かったです。

2007_07_12_best4_sighisoara
シギショアラのシンボルの時計塔
ホテル(Casa cu Cerb)の部屋の窓から。
カラフルな屋根に魅了されました。

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7/13金 午前シギショアラ&午後クルージ・ナポカ
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2007_07_13_best3_sighisoara
真夜中3時に撮ったシギショアラの夜景
ドラキュラの生家のある旧市街の夜景を撮ろうと仮眠をとったら、目覚めたのが夜中の3時!
でも出かけてしまいました@
宿泊ホテルがこの時計塔のすぐ目の前だったからこそできたことです。

2007_07_13_best4_sighisoara
城山のカトリック教会を見上げて
昨日とうってかわって、お天気良し@

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7/14土 昼過ぎまでクルージ・ナポカ&夕方バイア・マーレ
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2007_07_14_best3_clujnapoca
クルージ・ナポカのお洒落なバロックの宮殿
現在はクルージ州の何か官庁の建物として使われているようです。

2007_07_14_best4_clujnapoca
クルージ・ナポカ駅にて
発車時刻の15分も前に到着したので(実はそれが時刻どおり)、この列車が私の前を通り過ぎるまで、自分が乗る列車だと気付かず、呑気に撮影していました@
(車体に掲示された行き先と列車番号で気付きました。)

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7/15日 バイア・マーレ2日目
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2007_07_15_best3_baiamare
野外博物館の木造教会
博物館に移設されても、この教会は現役でした。
私が行ったときは、日曜のミサが行われていました。

2007_07_15_best4_baiamare
野外博物館で結婚式を挙げたカップル
さきほどの博物館の教会が現役である証拠に、結婚式まで挙げていました。
後に現地ガイドにこの話をしたら、とても珍しいと言われました。

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7/16月 マラムレシュ地方1日目(w/現地ガイド)
(シュルデシュティ、ブデシュティの木造教会、ほか)
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2007_07_16_best3_maramures
なだらかな丘が続くマラムレシュ地方
ちなみに、中ほどに並んで植えられたつる性の植物は豆です。

2007_07_16_best4_children
ペンションのあるヴァド・イセイ村の子供たち
川まで散歩に行った帰りに、子供たちに囲まれました。
写真を撮ろうとしたら、みんなたちまち、こんな風に集まりました。
チームワーク、いいね@

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7/17火 マラムレシュ地方観光2日目(w/現地ガイド)
(サプンツァの陽気な墓とアトリエ見学、ほか)
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2007_07_17_best3_sapanta
サプンツァの陽気な墓のアトリエ
陽気の墓の創始者イオン・スタン・パトラシュ氏の住居兼アトリエだったところで、現在は後継者のドミートリィ・ポップ氏のアトリエとなっています。

2007_07_17_best4_stork
コウノトリ@
アフリカから渡ってくる4月頃は、この地方ではまだ暖炉が使われているため、コウノトリは煙突ではなく、電信柱の上に巣を作っています。
1つの巣に夫婦と子供3羽いるそうです。
そしてコウノトリの夫婦は、翌年も同じ巣に帰ってくるそうです。

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7/18水 マラムレシュ地方3日目(w/現地ガイド)
(イザ渓谷めぐり:バルサナ、ボティザ、イェウドの木造教会、ほか)
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2007_07_18_best3_sculptor
木造彫刻家の工房
木造の門を作っているところです。
現在のマラムレシュ地方は木造の家はどんどん廃れてしまっていましたが、家屋は他の材料で新築しても、門だけは伝統的な木造のものを取り入れているお宅がまだたくさんありました。

2007_07_18_best4_woodengate
ボティザの教会への門
マラムレシュ地方の伝統的な門……ですが、一般家屋では、人間用の小さな扉はこのように2つではなく1つです。
大きな門は荷車用です。

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7/19木 シゲット・マルマッツィエイ1日フリーデイ
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2007_07_19_best3_shiget
シゲット・マルマッツィエイの市庁舎
ずらっと歩道に駐車していた車は、ファインダーの外に追い出しました@

2007_07_19_best4_sheep
シゲット・マルマッツィエイの野外民俗博物館の子羊
みんな、エサの草を食べるのに夢中で、なかなか顔を上げてくれませんでした。
でも、少ないチャンスで一枚ゲット@

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7/20金 マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ&ヴォロネツ修道院(w/現地ガイド)
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2007_07_20_best3_girl
野外ミサに参加している少女たち
ドラゴミレシュティ修道院にて。
彼女たちのスカートはマラムレシュ地方の伝統的なものではなく、新しい流行のものだそうです。
でもこういう花柄のスカートをはいた女性の方が、伝統的な縞模様のスカートより圧倒的多数でしたね。

2007_07_20_best4_valley
マラムレシュ地方からブコヴィナ地方への移動途中の景色
この2つの地方は山脈で遮られていますが、移動の車窓からの景色は見ごたえありました。

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7/21土 ブコヴィナ地方の修道院めぐり(w/現地ガイド)
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2007_07_21_best3_moldvita
モルドヴッツァ修道院
クローバーのような形の平面図の丸味を帯びたところの外壁は、たいてい聖人像が描かれています。
上の方の列に描かれているほど、聖人としての階層も高いのです。
といっても、一番てっぺんの列に描かれているのは聖人ではなく、天使でした。

2007_07_21_best4_well
ブコヴィナ地方のお洒落な井戸
地方の村では上下水道が整っていなくて、井戸から水を汲んでいるところばかりでしたが、このあたりの井戸の、なんとお洒落だったこと!

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7/22日 ドラゴミルナ修道院(w/現地ガイド)&午後スチャヴァ
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2007_07_22_best3_suceava
スチャヴァの街角で見つけた正教会
中には入れず、名前も分からない教会でしたが、この大きなルドベキアの花と一緒に撮りたくなりました@

2007_07_22_best4_suceava
スチェヴァのメインストリート
日曜なので今は閑散としていますけどね。

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7/23月 ヤシ1日目教会めぐり計10ヶ所
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2007_07_23_best3_iasi
Barbo教会
Lonely Planetには紹介されている教会です。カトリック教会ですね。
ウェディングケーキのようなシャンデリアが可愛いでしょ@

2007_07_23_best4_iasi
正教聖堂
カトリック教会みたいな外観ですが、中身はすばらしい正教会のようです。
買ったパンフレットの写真によると……。
ルーマニアで一番大きな正教会だというのに……全面修復中で、中には入れませんでした(泣)。

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7/24火 ヤシ2日目(寝台列車泊)
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2007_07_24_best3_iasi
文化宮殿の床タイル

2007_07_24_best4_iasi
文化宮殿前の広場にて
EUまで0kmとあります@
ルーマニアは今年2007年1月にEUに加盟しましたものね。

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7/25水 ブカレスト2日目
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2007_07_25_best3_bucuresti
クレツレスク教会のロウソク置き
正教会にはこのように、死者と生者のためにロウソクを捧げるところがあります。
日本では線香を上げるのは死者に対してのみですが、ルーマニアでは(あるいは正教に限らずキリスト教では……かしら?)、こうして生きている人たちのためにもロウソクを捧げます。
ただ、火を使うので、火事を警戒して教会本体と少し離れたところにあります。
VIIとあるのは数字の7ではなくて、「生者」という意味のルーマニア語です。
そして奥の「MORTI」は「死者」の意味。

2007_07_25_best4_bucuresti
でっかいコカコーラの宣伝!
ロマーナ広場にて

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7/26木 ブカレスト3日目(寝台列車泊)
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2007_07_26_best3_bucuresti
大学広場近くのStudent Churchの入口
浮彫りのすばらしいこと!

2007_07_26_best4_bucuresti
共和国宮殿(国立美術館)
再訪しました。また行きたいくらいです。

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7/27金 ティミショアラ(寝台列車泊)
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2007_07_27_best3_timisoara
統一広場
喫茶店で休んでいるときに撮りました。

2007_07_27_best4_timisoara
テケーシュ牧師の教会
またはエリザベト教会
テケーシュ牧師とは、1989年のルーマニア革命のきっかけとなった、ハンガリー人牧師さまです。
最初はそうとは知らず、とにかくこの建物の美しさに惹かれました。

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7/28土 ブカレスト4日目
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2007_07_28_best3_militarymuseum
軍事博物館にて
あの羽のある自転車みたいな飛行機の祖先は、ブカレストの国際空港(ヘンリー・コアンダ空港)にもありました。

2007_07_28_best4_bucuresti
Silfidelor通りの正教会の入口
地下鉄Izvor駅で下りて、ホテル(Hotel Central)に向かう途中で見つけました。
あいにく中には入れませんでしたが、入口前の鮮やかな「最後の審判」の壁画に、ひととき猛暑を忘れました。
絵柄は、世界遺産のヴォロネツ修道院(ブコヴィナ地方)の外壁の「最後の審判」とそっくりでした。

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7/29日 ブカレスト半日観光&出国 パリ経由
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2007_07_29_best3_bucuresti
ブカレストで一番古いスタヴロポレオス教会

2007_07_29_best4_bucuresti
ヴラド・ツェペッシュ(ドラキュラのモデル)像のある旧王宮跡
中に入らなくっても、外から丸見えでした@

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7/30月 成田着18時
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写真なし@

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2007年ルーマニア旅行:ハイライト写真集(一日2枚ずつ選んでみました@)

旅行写真をパソコンに読み込ませる前に、ついに外付ハードディスクを買いました。
私のパソコンはMacのiBook(2002年出荷製品なので内蔵ハードディスクは30GB)です。
なので、ロジテック社のポータブル・ハードディスク(120GB)を買いました。

ハードディスクの容量が気になりだしたのは、去年こと2006年3月末に初めてデジカメを買ってからです。
それまでは、常に10GB以上の空き容量を確保するのはさほど大変なことではなく、それで満足していました。
パソコンでは、ネット以外では文書を書くのと、データベースくらいしか使っていないものですから。

デジカメで撮った写真をパソコンに読み込ませるようになり、どんどん容量が減っていくこと!
せっせとCD-Rに落としてハードディスクの空き容量を戻すようにしていましたが、この1年半ほどで、海外旅行分を除く国内での日常の写真だけで5~6GBを使っている計算になり、限界を感じてきました。

機械音痴の私は「食わず嫌い」なのですが、この外付ハードディスクもそうでした。
あれば便利だし、あれにもこれにも使えると夢想していても、なかなか手を出すきになれませんでした。

でも、清水の舞台を飛び降りて思い切って買ってみたら、思った以上に扱いは簡単でした。
バックアップもラクになったし、いままでやりたいと思っていてもハードディスクの容量が心配であきらめていたことなどができるようになりました。

というわけで、文庫本程度のサイズのポータブル・ハードディスクが、いま、とっても愛しいです@

そうしてルーマニア旅行写真をやっとパソコンに読み込ませましたが、ふと、このブログに、1日に撮影した写真の中から2枚ずつ選んでハイライト写真集の記事をアップすることを思いつきました。

選び出した写真は、たいていはその日の私にとってのベスト1&2の写真です。
でも中には写真そのものの出来より被写体を優先させたものもあります。

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7/09月 ブカレスト1日目
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2007_07_09_best1_bucuresti
ブカレストの凱旋門
赤い車も意図的にファインダーの中に収めましたよ。

2007_07_09_best2_bucuresti
ヘラストラウ公園の農村博物館
自然な村みたいでしょ。
ここはまだ整備されていないエリアだったみたいです。

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7/10火 シナイア
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2007_07_10_best1_sinaia
ペレシュ城
やっぱりシナイアといえば、これっ!

2007_07_10_best2_sinaia
ペリショール城
後継者の甥っ子夫婦と自分(カロル1世)の嫁さんと相性が悪くて、ペレシュ城に泊めてあげられないから建ててあげたんだとか。

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7/11水 シビウ
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2007_07_11_best1_sibiu
大広場

2007_07_11_best2_sibiu
民衆の壁と塔
この塔もステキなのですが、実は一番華やかな塔は、修復中の足場で台無しでした(泣)。

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7/12木 シギショアラ&ビエルタン
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2007_07_12_best1_sighisoara
時計塔を見上げて
時計塔は去年もいろんなアングルで撮影しましたが、このアングルでは撮っていません@
階段で遊んでいる子供たちが階段の真ん中に来る瞬間をずっと狙っていましたが……なかなかその瞬間は来なかったのであきらめてしまいました。

2007_07_12_best2_sighisoara
ティルナヴァ・マーレ川沿いのルーマニア正教会
この正教会は去年もいろんなアングルで撮りましたが、このアングルでは撮っていません@
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(2):ティルナヴァ・マーレ川沿いのルーマニアの教会

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7/13金 午前シギショアラ&午後クルージ・ナポカ
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2007_07_13_best1_clujnapoca
クルージ・ナポカのエロイロール大通り
空があんまりきれいだったので@

2007_07_13_best2_clujnapoca
勝利広場の正教会とアヴラン・イアンク(Avram Iancu)像のシルエット
ってだあれ?
「イアンク」ってハンガリー人名だと「ヤーノシュ」なんですよね。
オスマントルコの侵攻を食い止めた英雄フニャディ・ヤーノシュが、ルーマニアではイアンク・デ・フネドラ(Iancu de Hunedoara)になっちゃうんですよ。

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7/14土 昼過ぎまでクルージ・ナポカ&夕方バイア・マーレ
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2007_07_14_best1_clujnapoca
クルージ・ナポカの統一広場のマーチャーシュ王騎馬像
トランシルヴァニア地方は第一次世界大戦前まではハンガリー領でしたからね。
でもクルージ・ナポカの市長がハンガリー人嫌いの民族主義者で、さすがにこの像自体を撤去するのは反対されたので、せめてもということで「ハンガリー王」のという部分の文字を削りとってしまったのだとか。

2007_07_14_best2_clujnapoca
統一広場に面した建物
この電灯もポイントです@

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7/15日 バイア・マーレ2日目
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2007_07_15_best1_baiamare
バイア・マーレの新市街
共産主義時代らしい高層ビル!?

2007_07_15_best2_baiamare
シュテファンの塔と正教会
旧市街に行けばこんな美しいところもたくさん!

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7/16月 マラムレシュ地方1日目(w/現地ガイド)
(シュルデシュティ、ブデシュティの木造教会、ほか)
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2007_07_16_best1_woodenchurch
シュルデシュティの木造教会
ヨーロッパで一番高い木造教会、写真の中に入りきれませ~ん。

2007_07_16_best2_maramures
マラムレシュ地方
こういう積みわらのある風景を、たくさんたくさん撮ってきました@

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7/17火 マラムレシュ地方観光2日目(w/現地ガイド)
(サプンツァの陽気な墓とアトリエ見学、ほか)
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2007_07_17_best1_sapanta
サプンツァの陽気な墓
あこがれの陽気な墓!

2007_07_17_best2_washingmachine
川の水を使った木造の洗濯機
洗濯機として使わない場合は、水の流れを変えて、水車を動かすのです。

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7/18水 マラムレシュ地方3日目(w/現地ガイド)
(イザ渓谷めぐり:バルサナ、ボティザ、イェウドの木造教会、ほか)
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2007_07_18_best1_animalmarket
シゲット・マルマッツィエイの動物市場
暑くて動物たちもやや元気がなかったのですが。

2007_07_18_best2_barsana
バルサナ修道院の建物
どうです、この木造建築物!
ただしこれは教会ではなく、修道士がたったお1人で住む建物です。
修道女たちとは別の建物に住んでらっしゃるのです。

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7/19木 シゲット・マルマッツィエイ1日フリーデイ
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2007_07_19_best1_shiget
ウクライナ教会

2007_07_19_best2_shiget
ルーマニア正教会

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7/20金 マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ&ヴォロネツ修道院
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2007_07_20_best1_girl
マラムレシュ地方の伝統衣装を身につけた少女
白いブラウス(カマーシャ)と太い縞模様の巻きスカート(ザディエ)がそうです。
カメラを向けたら、ポーズをとってくれました。
奥のチビっ子ちゃんのようなスカートは、最近の流行だそうです。

2007_07_20_best2_voronet
ヴォロネツ修道院
「最後の審判」の壁画がある西面側から撮っています。
教会は日の昇る方角、つまり東に向かって建てられるので、これは後ろから撮ったことになります。

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7/21土 ブコヴィナ地方の修道院めぐり(w/現地ガイド)
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2007_07_21_best1_moldovita
モルドヴッツァ修道院
さきほどのヴォロネツ修道院で「最後の審判」の壁画のあった西面が、半分閉じられた空間に変化しています。
スチェヴッツァ修道院では、ここが完全に一室として中に取り込まれます。

2007_07_21_best2_sucevita
スチェヴッツァ修道院の「天使の梯子」のフレスコ画(北面)
北面の壁画はたいてい損傷が激しいのですが、これは良く残っています。

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7/22日 ドラゴミルナ修道院(w/現地ガイド)&午後スチャヴァ
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2007_07_22_best1_sheeps
ドラゴミルナ村の近くで
羊もヤギも、暑いので日陰に避難@
道路と反対側の木陰には、羊飼いも寝そべっていました。
この写真には写っていませんが。

2007_07_22_best2_museum
スチャヴァの民俗博物館
1階部分はこの建物が使われていた当時の中身が再現されていました。
とっても愛らしい博物館でした@

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7/23月 ヤシ1日目教会めぐり計10ヶ所
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2007_07_23_best1_iasi
ヤシの街角で
宣伝だらけのトラムと一緒に@

2007_07_23_best2_iasi
要塞修道院の教会
シンプルなようでいて、とても凝っていて、美しい……。

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7/24火 ヤシ2日目(寝台列車泊)
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2007_07_24_best1_iasi
文化宮殿内の階段

2007_07_24_best2_iasi
夜の聖ニコライ・ドミネスク教会
寝台列車に乗るためにホテルに戻ったときに撮りました。

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7/25水 ブカレスト2日目
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2007_07_25_best1_bucuresti
アテネ音楽堂
写真で見たことがあったのですが、こんな美しいとは思いませんでした。

2007_07_25_best2_bucuresti
奇妙な像
なんじゃ、こりゃ?

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7/26木 ブカレスト3日目(寝台列車泊)
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2007_07_26_best1_bucuresti
ブカレストのシナゴーグ
昔はあったんですよね、ユダヤ人のコミュニティ。

2007_07_26_best2_bucuresti
大学広場近くのStudent Church
モスクワの赤の広場の聖ワシリー寺院とはちょっとかんじが違いますが、同じくらいカラフルですよね。

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7/27金 ティミショアラ(寝台列車泊)
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2007_07_27_best1_timisoara
勝利広場
ハトがちょうどよい具合にファィンダーに入るまで粘りました。
苦心の一枚です。

2007_07_27_best2_timisoara
正教聖堂
1989年のルーマニア革命のとき、この大聖堂の前で大規模なデモと惨事が起きました。

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7/28土 ブカレスト4日目
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2007_07_28_best1_militarymuseum
軍事博物館の1989年ルーマニア革命記念の間
床タイルは脇役のはずですが@

2007_07_28_best2_militarymuseum
軍事博物館の中庭にて
でかかったですよ~迫力でした@

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7/29日 ブカレスト半日観光&出国 パリ経由
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2007_07_29_best1_bucuresti
スタヴロポレオス教会の窓と柵
こういう写真もいかが?

2007_07_29_best2_bucuresti
ルーマニア歴史博物館
正面からなら去年も撮ったので、思い切ってこんなアングルで@

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7/30月 成田着18時
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写真なし@

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2007年ルーマニア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その2

撮った写真を振り返っての分析の続き。
残りの2週目から最後まで。

・7/16月【86枚】(マラムレシュ地方1日目(w/現地ガイド))
(シュルデシュティ、ブデシュティの木造教会、ほか)

世界遺産に登録されている木造教会2つがこの日のハイライトといえますが、写真を撮るなら離れて撮るか、上空から撮りたかったです。近くからではあんまりうまく撮れないです。
なにしろシュルデシュティの教会は、木造建築としてはヨーロッパ一の高さを誇っていますし、ブデシュティの教会は周辺が狭くて、ファィンダーの中に収めづらかったです。
写真でいえば、ハイライトはやはり、積みわらのある風景です。
ガイドが見晴らしのすばらしいところで車を止めてくれて、同時にそのままキノコ狩りのピクニックにもなりました。

・7/17火【148枚】(マラムレシュ地方観光2日目(w/現地ガイド))
(サプンツァの陽気な墓とアトリエ見学、ほか)

たくさん写真を撮ったのは、当然、サプンツァの陽気な墓。
乱暴な言い方をすれば似たような絵柄の墓碑ばかりではあるのですが、何枚撮っても飽きず、我ながらしつこいくらいたくさん写真を撮りました。
それから陽気な墓の創始者イオン・スタン・パトラシュ氏の昔の家であり、後継者のドミートリ・ポップ氏のアトリエでも写真を何枚も撮りました。
他ににも、マリア・パトラシュさんのお宅や彼女が機織りしているところ、川の水を使う木造の洗濯機など、田舎ならではの写真も何枚も撮りました。

・7/18水【121枚】(マラムレシュ地方3日目(w/現地ガイド))
(イザ渓谷めぐり:バルサナ、ボティザ、イェウドの木造教会、ほか)

この日も絵になるところ、すなわち写真を撮りたくなるところをたくさん訪れました。
動物市場、木彫りの彫刻家のアトリエ、バルサナの修道院、ボディザやイェウドの木造教会(ともに世界遺産に登録)、ボティザの司祭の家など。
そして実際に写真をどんどん撮ってきました。
ボティザの司祭の家では、奥さんが伝統的なカーペット作りの名人で、家の中に飾られた可愛い絵柄のカーペットの写真を何枚も撮りました(おかげでそれで満足しまって、カーペットは買わなくていいか、なんて気分になってしまいました@)。
また、移動途中、何ヶ所かで車を止めてもらって、気になった対象や風景の写真も撮りました。
一ヶ所の撮影枚数が極端に多くなくても、一日としてはたくさん貯まりました。

・7/19木【106枚】(シゲット・マルマッツィエイ1日フリーデイ)

予想外に撮影枚数を稼いだのは、社会主義時代に知識階級や政治犯を収容した牢獄のメモリアル博物館です。
予定のうちだったのは、野外民俗博物館です。
それから屋内の民俗博物館でも写真代を払えば撮影OKでした。さすがに民俗博物館も3つめともなると、そうたくさん枚数を撮ったわけではありませんが。
シゲット・マルマッツィエイの町の写真はあまり撮りませんでした。バロックな建物が美しい市庁舎くらいです。
魅力的な村をたくさん見て、写真を撮ってきた後なので、町並みに対する撮影意欲は半減したかもしれません。
でも教会の写真は魅力的でしたので撮りました。内部も@

・7/20金【95枚】(マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ&ヴォロネツ修道院)

この日のハイライトは、ヴォロネツ修道院でしょう。
「ヴォロネツ・ブルー」と讃えられ、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画にも匹敵すると言われるヴォロネツのフレスコ画は、システィーナ礼拝堂よりもっと時代を下り、しかも外壁に描かれているのです。
もちろん、内部にもフレスコ画はぎっしりです。正教会はたいていそうです。
外壁に描かれているにもかかわらず、つい最近完成したかのような鮮やかな色合いには、まさに奇跡を見る思いでしょう。
でも写真でいうと、ヴォロネツ修道院はハイライトの1つにすぎません。
ドラゴミレシュティ修道院の特別のミサに参加しに着飾ってきた人々。特に、マラムレシュ地方の伝統衣装に身を包んだ少女たち。
マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ車で移動する途中の山間の景色。外壁のタイル模様が可愛い家が並ぶチョコネシュティ村。
仮に公共交通機関のアクセスが良くて自力でこの地方を回れたとしても、1人ではこういう写真を撮ることはなかなかできなかったでしょう。

・7/21土【124枚】(ブコヴィナ地方の修道院めぐり(w/現地ガイド))

外壁のフレスコ画で有名な5つの修道院のうち4つを回り、壁画の写真はしつこく撮りました。
教会全体を撮ったり、壁画が残っている壁面全体を撮ったり、有名な絵を撮ったり、一部だけハイライトして撮ったり。
それでも内部の壁画の撮影が許可されなかったのは残念!
感動したという記憶は残っても、ではそれが一体どんなだったかというのは、時と共に忘れてしまいますもの。
他にも、マラムレシュ地方とはまた違うブコヴィナ地方あるいはモルドヴァ地方の田舎の景色やら、陶器工房の写真やらも撮ったのですが、やはりこの修道院の壁画の写真が圧倒的に多いです。

・7/22日【89枚】(ドラゴミルナ修道院(w/現地ガイド)&午後スチャヴァ)

午前中のドラゴミルナ修道院訪問では、あまりたくさん写真を撮っていません。外壁に壁画がある教会ではないので、しつこく撮る必要はなかったし、内部の撮影はダメでしたしね。
ただ、修道院の周囲は小さな湖があったり、林に囲まれた静かなところで、羊飼いが羊や山羊を放し飼いにしているところを写真に収めたりしました。
午後、ガイドと別れて再び一人で回ったスチャヴァでは、初めて訪れた街なりに写真を撮っています。
セントラルにはあまり古都という雰囲気はありませんでしたけれど。

・7/23月【84枚】(ヤシ1日目教会めぐり計10ヶ所)

ヤシもセントラルには古都という雰囲気はあまりなく、共産主義時代の洗礼を受けていました。
しかしそんな街中にあって、あちこちに存在する教会とその周りは、建築時期にまでタイムトリップしたような静謐な雰囲気をとどめていました。ある種、異界!?
ただ、修復中の教会も多かったですよ~。
国立劇場も、バロックな建物とはいえ、それなりに写真映えしそうでしたのに、無粋なプレハブで覆われていました。
それでもそのプレハブをファィンダーの外に追い出すようにして写真を撮ってきましたけれど。

・7/24火【44枚】(ヤシ2日目(寝台列車泊))

トラムを利用してもっと足を延ばせば町並み写真も増えたのでしょうけれど、さすがに2日目ともなると撮影枚数はぐっと減りました。
それにこの日のハイライトの文化宮殿内の博物館では撮影できませんでしたからね。
もっとも、やや高めの10レウを余分に払って、宮殿内部の写真は撮ることはできませんでした。
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
それにしても、同じ警備員さんに2度も「写真はダメ」と呼び止められて、「撮影代払ったよ~」と2度もチケットを見せるハメになりました。
数時間前に見た顔くらい、覚えててくれや。さっきも兄ちゃんの目の前でパチパチ撮っとったろぉ。しかも、東洋人はそう何人もおらんかったろうに。

・7/25水【40枚】(ブカレスト2日目)

この日のハイライトは去年行きそびれたルーマニア・コレクション美術館と、再訪の農民博物館です。
たっぷり時間を費やした2つの博物館の見学中は、写真を撮っていません。
前者はそもそも許可されていませんでしたし、後者は去年、さんざん写真を撮りましたから。
農民博物館の写真代は50レウと高いですからね。そのモトをつもりで去年は50枚以上写真を撮りましたが、今年はさすがに見るだけで満足することにしました。
といっても、これまでの旅行で去年に比べると意味が分かる展示が増えたので(そのはず@)、去年は写真を撮らなかったもので、改めて撮りたいと思った展示はいくつもありました。

・7/26木【40枚】(ブカレスト3日目(寝台列車泊))

「地球の歩き方」には載っていないステキな撮影スポットを見つけました。
1つは、大学広場近くの聖ニコラエ教会。Lonely PlanetにはStudent Churchとありました。ルーマニア語の英訳です。祀っている聖人は聖ニコラエです。
いままでルーマニアの正教会は、木造教会を除き、白っぽい清楚な印象の建物が多かったです。しかしこの教会は、とてもカラフルでお菓子の家のようでした。モスクワの赤の広場にあるワシリー寺院を連想しましたが、うーん、もっと似ている建物をどこか他で見たことがあるような気がします。
もう1つはシナゴーグです。ルーマニア政府観光局のHP(http://www.romaniatourism.com/bucharest.html)から情報を得ました。

出発前にちゃんと読んでいれば、住所から場所を検索して行ったはずですが、あいにく住所だけではどこにあるかはっきりしませんでした。すべての道路の名前が出ている地図を持っていませんでしたから。
かろうじてLonely Planetの地図である程度の位置が確認できたのでその周辺をうろうろしたところ、見つけることができました。内部の見学もできて写真も撮りました。
あとはショッピングしたり、国立美術館を再訪したりしていたので、撮影枚数は40枚どまりでした。

・7/27金【122枚】(ティミショアラ(寝台列車泊))

ティミショアラで、再び町並み撮影に燃えました。
統一広場、自由広場、勝利広場という3つの広場周辺が観光エリアといえます。
統一広場にはレンガの縞模様が美しい正教聖堂と、近代的なオペラ座の建物のほか、どことなくハンガリアン・アールヌーヴォーな建物に囲まれています。
自由広場はこじんまりとしていましたが、マリア柱像も周りの建物も撮影意欲をそそられました。
そして勝利広場は、さらに美しい広場でした。バロックな建物が多かったです。
そしてこれらの広場をつなぐ通り沿いにも、パステルカラーな美しいバロックの建物が並んでいました。
去年のハンガリー旅行では、こういう建物の写真をせっせと撮りましたっけ。
それから1989年革命記念博物館でも、おそらく子供が描いたと思われる革命のときの絵や、街のあちこちにある革命記念や犠牲者慰霊碑の模型やらの写真をせっせと撮りました。
1989年のルーマニア革命は、ティミショアラが発祥の地なのです。

・7/28土【41枚】(ブカレスト4日目)

ティミショアラへは、ブカレストのホテルに荷物を置いて出かけました。
そしてティミショアラから寝台車でブカレストに戻ってきましたが、ホテルにチェックインするには早すぎるので、ノルド駅から徒歩で行ける軍事博物館と中央市場に行きました。
軍事博物館では写真を撮らせてもらえますが、1枚1レウなので、ある程度、厳選して撮りました。
でも中庭の戦車やら戦闘機やらミサイルの陳列を見たときには、そんなことを忘れそうになりました。
幸か不幸か、それらはあまりにぎっしり並びすぎていたので写真にいいアングルを見つけるのが難しく、そう何枚も撮れませんでした。
中央市場では、野菜市は品物が豊富で、無造作な山積みぶりがあっぱれで、ぜひ写真を撮りたかったのですが……中央市場を見つけるまで少し手間取り、くたくたに疲れていたのと、どことなく注目を浴びていたせいで、カメラを構えにくく(まだ中央市場では日本人は珍しいのかしら?)、結局、写真は撮れませんでした。

・7/29日【20枚】(ブカレスト半日観光&出国 パリ経由)

観光できたのは午前中の2時間程度でしたから、ホテルから歩いて10~15分くらいのエリアくらいしかまわりませんでした。でも、この日の一番目当ては歴史博物館の再訪。
そこは去年も写真を撮ったりしたエリアなのですが、今年も何回かカメラを構えました。
歴史博物館を見学していた1時間余りは写真を撮れませんでしたから、その時間を差し引くと1時間未満。
その間に20枚撮ったのなら、結構、撮った方ですよね。
ちなみに、歴史博物館の宝物室の写真だいは70ドルでした。なんと最高記録!
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
しかし、宝石や宝物の美しさを写真に収めるには、そのための準備が必要なくらいなので、あきらめました。

・7/30月【なし】(成田着18時)

機内で日付が変わり、夕方に成田空港に着いたので、特に写真は撮りませんでした。

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2007年ルーマニア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その1

今回のルーマニア旅行で撮って来た写真は、2,000枚は確実に超えているだろうと思いましたが、結果は1,926枚でした。

514MBのメモリを6枚持参して、5枚目の3分の2くらいまで使いました。
写真のサイズ設定はA4サイズのプリントアウトに適したM1(2272 X 1764ピクセル)を標準としました。
それだと514MBのメモリで430枚くらい撮れるらしいので2,000枚を超えたと思ったわけなのですが、実際のサイズは写真によってまちまちなので、メモリ1枚で400枚を切ったものもありました。

23日間の旅程のうち最終日は成田到着のみなので合計の1,926枚を22日で割ると、1日の平均枚数は87.5枚ほどになります。
実際は以下のように、1番多い日で162枚、1番少ない日(1日目を除く)で20枚とバラつきがあります。

7/08日 2枚
7/09月 130枚
7/10火 162枚
7/11水 76枚
7/12木 76枚+夜景11枚=86枚
7/13金 87枚
7/14土 95枚
7/15日 128枚
7/16月 86枚
7/17火 148枚
7/18水 121枚
7/19木 106枚
7/20金 95枚
7/21土 124枚
7/22日 89枚
7/23月 84枚
7/24火 44枚
7/25水 40枚
7/26木 40枚
7/27金 122枚
7/28土 41枚
7/29日 20枚
7/30月 なし
 計1,926枚

ブカレストが続いた日程の終わりの方は、撮影枚数がぐっと減っています。
街並みの写真撮影に飽きたから、というわけではなく、むしろ写真撮影の許可されていない博物館に時間を多く割いたからです。
かと言って、外を歩き回っていたらたくさん写真を撮ったかというと、そうともいえないでしょうね。
一番撮影枚数が少ない7/29は、出国前の半日のみ観光できた日です。
撮影枚数が多い日は、どちらかというと撮影代を余分に払って博物館や宮殿内部の写真を撮った日が多いいです。
そういうのに関係なくたくさん写真を撮った日は、日程半ばのマラムレシュ地方やブコヴィナ地方の田舎めぐりのときですね。

日ごとに振り返って分析してみましょ@
23日分ともなると長くなるので、まずは最初の1週間。

・7/08日【2枚】(成田出国パリ経由ブカレスト到着)

空港と機内でほとんど一日が終わりましたから、この枚数の少なさは当然でしょう。
1枚目は乗継ぎで利用したシャルル・ド・ゴール空港で、2枚目はホテルの部屋の写真です。

・7/09月【130枚】(ブカレスト1日目)

ブカレストは再訪で去年も街並みの写真を撮っていますが、今回もブカレスト初日は、思った以上に撮影意欲に燃えました。
ブカレストは広いですから、去年こと2006年に正味2日過ごしたといっても、まだ歩いていなかったエリアがたくさんあったからでしょう。
でもこの枚数の多さの一番の原因は、ヘラストラウ公園の農村博物館です。
ルーマニア各地から伝統的な家屋や教会などを集めてきた野外博物館。ここでたっぷり写真を撮ったため、これだけの枚数になりました。

・7/10火【162枚】(シナイア)

シナイアは昔は貴族たちのリゾート地だったため、かつての貴族の館が並ぶ美しい街です。
ルーマニアの中でも一風変わっているとか。
だから散策中に目を引いた建物の写真を撮ったりしましたが、やはり枚数を稼いだのはペレシュ城内部の写真ですね。
写真代は決してお安くなかったので、元をとろうとバシバシ撮りまくりました。
撮影に夢中になるあまり、城内ガイドの説明が耳に入らなくて、まずい!と何度思ったことか。

・7/11水【76枚】(シビウ)

シビウではもっと街並みの写真を撮れるかと思ったのですが、歩いていて楽しい街並みって、その印象のままファインダーに収めるのは難しいですよね。
ビデオならともかく、この坂道がステキ!とか、このカラフルな家並みがイイ!とか思っても、一枚の写真に入りませんもの。
それと、この日は曇りがちで時々雨も降り、パッとしない天気でした。
空がどんよりしていると、街並みの魅力がややそがれます。
と言いつつも、そのわりには街角写真を結構撮った方です。
また、ブルケンタール博物館では、写真代を余分に払わなくても撮影OKでした。

・7/12木【76枚+夜景11枚=86枚】(シギショアラ&ビエルタン)

シギショアラは去年に続いて再訪ですし、写真スポットになるエリアは狭いのであんまり写真を撮らないだろうなぁと思っていましたが、車をチャーターして出かけた近郊のビエルタンの要塞教会と、その帰りに車を止めてもらって撮影したデニシュの村の写真で枚数を稼ぎました。
でもやっぱり、シギショアラの街は、去年も同じような写真を撮ったかも、と思いながらも、またカメラを構えずにはいられないところでした。
城山の中央広場に面したCasa cu Cerbに宿を撮ったので、夜景撮影にも励みました。持参した三脚が役立ったのはこの時のみです。
しかし、先に仮眠をしてしまって、目が覚めたのは夜中の3時。
それでも夜景撮影に出かけてしまいました@
だってシンボルの時計塔も、ドラキュラことヴラド・ツェペシュの生家も、ホテルのほんの目と鼻の先なんですもの。

・7/13金【87枚】(午前シギショアラ&午後クルージ・ナポカ)

シギショアラでは、前日、曇りや雨だったり逆光だったりしたため写真を撮るのをやめたところを、小の日の午前の光の中で改めて撮ったりしました。
クルージ・ナポカに着いた午後はよく晴れて青空が広がり、白い雲がいい具合にアクセントとなっていました。
そんな空の下、クルージ・ナポカのセントラルは、パステルカラーの可愛らしい街並みで、思った以上に撮影意欲に駆られました。
ただし午後の逆光であきらめたところもあります。そういうところは、翌日リベンジすることにしました。

・7/14土【95枚】(昼過ぎまでクルージ・ナポカ&夕方バイア・マーレ)

クルージ・ナポカでは、歩いたところは前日とほぼ同じなのですが、前日の午後に逆光で写真がうまく撮れなかったところで、改めて写真を撮り直しました。
また、トランシルヴァニア民俗博物館では、写真代を払って展示の写真も撮りました。
去年の経験から、ルーマニアの博物館のそういう写真代は入場料に比して非常に高いものだと思っていましたが、クルージ・ナポカの民俗博物館はそうでもありませんでした。
でも、写真代のモトをとろうと張り切らなくても、結構枚数を撮ってしまうものです。
バイア・マーレは夕方7時すぎに到着しました。日没は9時半頃なので、まだ昼間のように明るかったです。
ホテルは新市街ですが、その周辺の共産主義時代らしい、あるいはチャウシェスク趣味っぽい(?)、けったいな高層マンションに目をむきました。
だから記念に(?)、そういう建物の写真もちゃんと撮っています@

・7/15日【128枚】(バイア・マーレ2日目)

丘の斜面に展開していた野外博物館は、とても魅力的でした。
人があまり訪れないのか、草ぼうぼうで獣道がたくさんなのには閉口しましたが、花に溢れ、積みわらもあり、魅力的な家屋と共に絵になる風景ばかりでした。
撮りたいと思うアングルで逆光に悩まされることが少なかったのも幸いでした。
なにしろ木造家屋は、逆光だと真っ暗になってしまいますから。
それから、野外博物館の近くにあった墓地でも、たくさん写真を撮ってしまいました。

つづく。

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2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その3

今回のルーマニア旅行でぜひ自分のカメラで撮りたかったものに、あたり一面、見渡す限りのひまわり畑がありました。
こちらでご紹介されているような……。

ブログ「ルーマニアへ行こう!」より
「ひまわりを食べる」
http://go2rumania.exblog.jp/2416982

ガイドと車で回るマラムレシュ地方とブコヴィナ地方で、こういう写真を撮ることを楽しみにしていました。
ブカレストからマラムレシュ地方(バイア・マーレ)まで北上する列車の車窓からは、ひまわり畑を見かけたのはクルージ・ナポカからバイア・マーレの間でちょろっとだけだったので、ほんとうに一面のひまわり畑に出会えるのか、一抹の不安を覚えつつ。

ところが、ガイドに聞いてみたところ、なんと、どちらの地方も山のふもとにあって、ひまわりには寒すぎて敵していないため、ひまわり畑はないとのこと。
これにはがっかりしました。

なので今回のルーマニア旅行ではひまわり畑は見られないんだとあきらめていました。

ところが、3週目、スチャヴァからヤシに列車で移動したとき、後半、理想のひまわり畑がたくさんあったではないですか。
丘陵地帯に帯のように細長く広がっているところもあれば、あたり一面、見渡す限りひまわりが続くところも!

ただ残念なことに、列車がそのそばを通ることはほとんどありませんでした(泣)。

それに、たまに窓のすぐ外にひまわり畑が展開していても、列車は止まってくれませんから構図など選んでいる間もなく、ピント合わせすらロクにできないうちに、ひまわりの景色はあっという間に過ぎ去ってしまいます。

遠くの丘一面がひまわりで黄色く染まっているのを見て、車であのそばに近寄りたかったと何度、儚く願ったことか。
なまじあきらめていたところでしたので、悔しさが増しました。

移動中の車窓の外の景色でいえば、1週目にブカレストからルーマニアのほぼ中央を北上したときの列車の車窓からの景色と、2週目でマラムレシュ地方とブコヴィナ地方の田舎をまわっていたときのガイドの運転する車の窓の外の景色───後者は、ぜひ写真を撮りたいと思った場所に、車を止めてもらうことができました───をたっぷり堪能したため、3週目ともなると、眺めていて飽きないとはいえ、ひまわり畑以外は、敢えてカメラを構えたくなるほどではありませんでした。

3週目の移動は、残りのヤシとブカレスト間、そしてブカレストとティミショアラ間は寝台車を利用して昼間の時間を節約しましたが、やはり車窓の景色の変化を眺められなかったのは残念です。
特に、ブカレストとティミショアラ間については、「変化に富んだとてもすばらしい景色が展開するよ」と寝台の同室の女性が教えてくれました。「いまは夜間なので見ることはできないけれど、帰りはぜひ眺めていきなさい」と。
しかし実は3週目は日程に余裕がなかったため、ブカレストとティミショアラ間は往復とも寝台車利用だったんですよね。
ということを言い出せませんでした。

旅は常に選択の連続。
とはいえ、自ら選んだ道に後悔はしていなくても、選ばなかった方はどうだったんだろうと気になるものです。

ちなみにその彼女は仕事で一日だけティミショアラに出張で、「家族とできるだけ離れたくないから」往復寝台車利用ですっとんで帰るとのことでした。
もしかしたら帰りの列車でもハチ合わせないかしら、とチラッと楽しみにしていましたが、ティミショアラからブカレストへ向かう寝台車は確か2〜3本あったので、私より先にブカレストに戻ったのかもしれません。

7/22(日)午後【スチャヴァ】
日曜日の午後、街はとても閑散としていました。
ガイドブックの地図から想像していたよりはこじんまりとしていて、回りやすかったです(地図にはちゃんと縮小率が書いてあるでしょ、という声が聞こうそうです@)。
間違って行き過ぎてしまったこともありました。

といっても、見晴らしが良いという要塞の方までは行きませんでした。これはちょっと離れた場所にあり、そのつもりがなく見つけた要塞への道は、坂道を下ってまた上らなければならないものでした。
その前に少し勾配のある道を歩いていて、できれば坂道は避けたいと思っていたところだったせいもあり。

街を歩いているときに、電光掲示で現在の気温が39度と出ていました。
しかし、日陰を選んで歩くことができたし、教会の中や歴史博物館などはひんやりしていました。
それにやむえず日向を歩かなくてはならないときでも、湿気が低いですから、「39度? あらっ、思ったより平気じゃん」などと思ったりしました。

もっとも、スチャヴァはルーマニアの北西にあるためか、天気予報では気温がブカレストよりもいつも1〜2度は低めでした。
スチャヴァが39度ならブカレストは40度でしょう。
3日後からのブカレスト入りが密かに怖くなりました。

7/23(月)〜7/24(火)【ヤシ】
ヤシでは文化宮殿内にある4つの博物館(美術館、民俗博物館、歴史博物館、工芸博物館)を一番楽しみにしていました。
しかし月曜日は博物館はお休みです。
そのため一日目はせっせと教会めぐりをしました。
Lonely Planetにはお薦めの教会がたくさん載っています(「地球の歩き方」のルーマニア編は観光情報が少なすぎ!)。
結果として、教会全部で10ヶ所回りました。
うち9か所はすべて歩いてまわりましたが、かなり離れたところにある要塞修道院だけはタクシーで往復し、見学している間は待っていてもらいました。
片道車で10分くらいで、待機時間を含め、そして帰りは少し先のレストランまで送ってもらって合計で23レウ(1レウ=約55円で換算)。
タクシー代の安さには助かりました。

ただ、楽しみにしていた教会に限って、修復中だったりしました。
聖ニコラエ・ドムネスク教会はセーフだったのですが、三聖人教会と大聖堂がぁ……(泣)。
三聖人教会は、美しいレリーフ模様が施されているのにね垣間見られ、修復用の足場が組まれて台無し。あの足場がなかったらもっとどんなに感動したろうと思うと残念でした。

もっとも三聖人教会は中に入れただけまだましでした。
大聖堂の方は全面的に修復中で、中に入ることすらできませんでした。
ルーマニアで1番巨大な正教会であるヤしの大聖堂は、確かにとても巨大で、内部の巨大な空間もぜひ味わいたかったのに。
もちろん信者も入れません。代わりに同じ敷地にあった別の建物に、聖人の遺体が移されていて、みんなはこちらの建物におまいりに来ていました。
ルーマニア正教会は珍しく信者のためにいくつかイスが用意されているのですが(大半の信者はミサの間は立っていますが、お年寄りのためにイスが用意されているのだそうです)、その建物の中が薄暗くてあんまり涼しいものだから、イスに座らせてもらった後、しばしうたた寝してしまいましたっけ。

2日目の火曜日は念願の文化宮殿内の博物館めぐりをしました。
この日はここさえ観光できればそれで十分と思っていたのでゆっくり見て回りましたが、歴史博物館は一部閉鎖されていたようです。民俗博物館も思ったより展示が少なく、美術館にはたっぷり時間をかけたのですが、丸一日は必要ありませんでした。
なのであとはぶらぶら。
ホテルの目の前にあるショッピングモールに入ったり(ここは冷房がキンキンにきいていたので、少し涼めました@)、統一広場までぶらぶら歩きました。
トラムなど使えばコポウ公園の方まで足を延ばせたのですが、なまじホテルを1番の目当ての文化宮殿のすぐそばに取ったのでトラムの乗り方を必死になって覚える必要がなく、乗り方が分からないので利用する気になれませんでした。
つまり、切符は車内で買うのか買ってから乗るのか、とか、コポウ公園に行くのに都合のよい路線はどれか、など。
「地球の歩き方」にもLonely Planetにもそういう情報は一切ないんですもの。
だから徒歩圏内を散策。

ところでヤシでは、夕食を取ったレストランで、日本人女性と出会いました。
今回の旅行で出会ったほとんど唯一の日本人といってよいでしょう。
彼女はニューヨークに留学中で、ニューヨークでできたルーマニア人のお友達に誘われてルーマニアに来ていました。
この日は夜行の時間までどう時間をつぶそうかと思っていたのですが、おかげで久しぶりに日本語でおしゃべりに興じることができて、時間はあっという間に過ぎました。

7/25(水)〜7/26(木)【ブカレスト再び】
ルーマニア到着翌日の2日目に歩き回ったときは、ブカレストの街並みもなかなか美しく見ごたえがあり(建物の塗装がはげかかっていたり、足元に結構ゴミがたくさん落ちているのに目をつぶれば……)、かつて「東のパリ」と呼ばれた面影はあるじゃないの!と思ったものですが、古都の街並みの残るトランシルヴァニアの都市や美しい田園風景を見てきた後では、なるほど、ルーマニアの魅力って、首都じゃなくて地方だわ、としみじみ思いました。
ブカレストの中では一番美しいと思ったヴィクトリア大通りも、革命広場より北へ行くと、いかにも共産主義時代のビルが建ち並んでいました。

でもやっぱり博物館をはじめとする観光スポットの多さと博物館の展示の豊かさは、首都ならではです。

といっても、今回、ブカレストで過ごした日は結果的に全部で4日半となり、しかも去年も2日ほど費やしているので、博物館や教会などは再訪が多くなりました。
それはそれで、去年と比べて2度目というだけでなくもっとルーマニアについて知ることができたので、展示ももっとよく味わえるようになり、とても意義があったのですが。

今年初めて訪れた博物館(7/9月を含む):農村博物館、ルーマニア・コレクション美術館、軍事博物館、自然史博物館。
再訪:農民博物館、国立美術館、歴史博物館。
去年訪れたので今年は行かなかったところ:国民の館、衣装博物館(国民の館内)

ブカレストについては、観光案内は「地球の歩き方」もLonely Planetもどっこいどっこいだと思います。Lonely Planetでも物足りなかったです。
その点、ルーマニア政府観光局のHP(英語版)の情報はとてもよかったです。
おかげで、たとえばシナゴーグなど、思いがけない魅惑スポットのことを知ることができました。
Romania National Tourist OfficeのHP
http://www.romaniatourism.com/bucharest.html

7/27(金)【ティミショアラ】
立案当初は、フライトをブカレストIN・OUTでなく、ティミショアラINブカレストOUTで取ることも考えました。
でもいまでは、ティミショアラをブカレストを挟んだこの日程にして良かったと思っています。
ブカレストの街並みに魅力が感じられなくなり、写真の枚数も減ってきて、少し気落ちしていたところへ、ティミショアラという、セントラルはただ歩き回るだけでも麗しい建物が並ぶところに訪れることができて、また気分が一気に浮上しました。
下調べのときは、ティミショアラはオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあった時期の影響が街並みに色濃く残っていると知って、去年こと2006年にさんざんハンガリーを回ったのだから、いまさらハンガリーの影響の濃い街並みを見てもしょうがないなぁと思ったりしたものです。
しかし、実際には美しい街並みに感激しました。
そして思ったものです、やっぱりハンガリーって、街並みでいえばルーマニアよりはるかにきれいだったんだなぁ、と。
初めてデジカメを持参した去年は、街並みの写真を撮るのに、どんな写真を撮りたいか、どんな構図にするか、などと明確なビジョンを持って撮っていました。
それは初めてだからこそ意識的にいろいろ考えたということもあるかもしれませんが、やはりハンガリーの街並みの方がカメラを構えたくなる建物がたくさんありました。

もっとも、いまのハンガリーは、昔の要塞や城などは、ハンガリー人の反乱に手をやいたハプスブルグ家がせっせと破壊していったためあまり残っておらず、むしろルーマニアとなったトランシルヴァニア地方に多く残っているのです。
そのことを去年の旅行の下調べで知ったときから、ルーマニアにあこがれたんでした。

ティミショアラでは、楽しみにしていた歴史博物館や正教会の地下博物館などは、16時という閉館時間を失念していたので、行くことができませんでした。
先に行けばよかったんです。
でも、1989年革命記念博物館で思ったより時間を費やしてしまいました。
ここは無料なのでそれほどたくさんの展示はなかろうから、すぐに見学が終わるだろうと思ったのです。だから、近くに来たついでに先に回ったのです。
もしハンガリー人数人の男女のグループと鉢合わせなかったら、きっと建物の中の展示などを見ることができず、数分足らずで見学が終わっていたでしょう。
博物館のおじさんの説明はハンガリー語でしたので私にはチンプンカンプンでしたが、おじさんはハンガリー人のグループへの説明とビデオ上映を終えた後、私のために、1989年ルーマニア革命を取材した日本語のビデオを見せてくれました。
ってそれは、NHKスペシャルでしたけど。見逃した私には貴重でした。
ただ、あれは放送時間が45分もあって、おじさんはそろそろ帰宅したかったのか、パソコンからCD-Rにデータを落としてくれました。
ティミショアラを紹介する英語のビデオと共に。
ただ、それは私のパソコンで見ることができるのでしょうか。
実はまだ試していません。

7/28(土)〜7/29(日)午前【ブカレスト再び】
出国日の日曜日、フライトは15時台だったので、観光は12時で切り上げました。
10時少し前にチェックアウトをしてホテルを出たので、観光できたのは2時間です。
でも2時間でもなかなか有意義に過ごせました。
ガイドブックにも載っている2つの教会(去年は入りそびれたクルテアベケ教会と、再訪のスタヴロポレオス教会)と歴史博物館(再訪)を見学することができました。
歴史博物館では、宝物を心ゆくまでじっくり見たのは当然ですが、去年は駆け足で見るしかできなかったトラヤヌス帝の柱のレリーフも、去年よりは時間をかけて眺めることができました。
それに旧王宮付近には日曜日でも開いている民芸品屋があり、昼食分と空港までのタクシー代としてとっておいたルーマニア・レイを民芸品のおみやげに当ててしまいました@
昼食とタクシー代はどうしたかというと、昼食は観光を優先させて省きました。どうせ飛行機に乗れば、ブカレストからルーマニアのフライトの間に昼食がでるのです。
それから空港までのタクシーは、ホテルで契約しているタクシーを利用したのですが、最初はレイが余ったのでレイで支払うつもりでした。
でもホテルではユーロで価格設定をしており、実はレイに換算する方がやや不利だったのです。
レイを使い切ってしまったので、ユーロで支払いました。

7/29(日)午後出国パリ経由
7/30(月)成田着18時

以上、各日各都市の感想を週ごとに3回に分けてみましたが、この感想って「ひとこと」って言えますかしらね。

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2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その2

公共交通機関を頼りに都市間を移動し、観光は街を中心にいつも一人でトコトコと好きなように廻り、そしてたまには現地ツアーをまぜて、ガイドさんの話を聞きながら、個人ではアクセスしづらいところや、あるいは個人で簡単にアクセスできるところでもツアーバスで楽をする───そんな旅行スタイルを繰り返している私にとって、今回のルーマニア旅行の2週間目は、珍しく、現地ガイドにお任せの日々でした。

いや、現地ガイドを手配するときに、あらかじめ行きたいところのリクエストは出しておきました。

というか、マラムレシュ地方の木造教会やブコヴィナ地方の修道院(共に世界遺産に登録されている)めぐりは、車をチャーターしなければ、公共交通機関ではとても回れないところなのです。
近くまで行くバスも一日に何本あるかないか、乗り継ぐには接続が悪く、またそのバス停から目当ての場所まで何キロあっても歩くしかないか、あるいかヒッチハイク───それも荷馬車の可能性も高い───というハードなところなのです。

というか、それは世界遺産としていくら有名になったからといって、それらの教会や修道院はあくまで現地の村の人々の日常生活の一部となっている信仰のよりどころであり、人々にとって観光客誘致の対象では決してないということを意味するのでしょう。
同時に、観光客を誘致することによって村が潤うと分かっても、そのインフラを整えるお金がない貧しいところばかりともいえます。

そのようなところを回るため、はじめは「地球の歩き方」に書かれてあるように、拠点となる都市の現地旅行会社に飛び込んでドライバーと車をチャーターしようと思いましたが、より確実にするために、事前にメールでブカレストにある現地旅行会社に連絡をとって手配をお願いしました。

最初のうちは、どこに行きたい、あれをしたい、などとリクエストを出した上で具体的なプランを立てていたのですが、担当者と相談するうちに、「ある程度、ゆっくり時間をとれるなら、むしろおおまかなプランだけを立てて、あとはガイドと相談しながらフレキシブルに対応することにししたらどうですか」とアドバイスを受けました。
なにしろ、どちらも田舎めぐりです。
田舎で過ごす楽しみといえば、のどかな景色を楽しみながらのんびりすること、農家などを訪れたりすることも含まれます。
また、小さな村での市場や行事など、意外な楽しみや新しい発見があるかもしれません。

ということで、手配は事前にばっちりすませておきました!

しかし、実は不安もありました。

ガイドと2人きりで回るというのは、実は2度目です。
前回は1998年のイスラエル旅行のときです。エルサレム以外の3日間ほどは英語ガイド兼運転手と2人きりで回りました。

あのときは、そういうスタイルで旅行するのは初めてだったせいもあると思いますが、結構、気疲れしたものです。
英語がつたないのは多めに見てくれるから、そこはあまり障害にはなりませんでした。
いやいや、コミュニケーションというのは、語学力ではないと常々思っています。大事なのはハート、コミュニケーションしたいという思いと行動力ですよね。

私にとって結構大変だったのは、いつもテンションを一定以上に保たねばならぬというような義務感とあせりがあったことです。
なにしろ1対1ですからね。
ぼおーっと考え事をして黙っていると、「疲れたの?」とか「気分が悪いの?」
「気に入らない?」とかガイドに余計な心配をさせてしまいます。
なので、無理にテンションを上げることもしばしば。
そんな自分を道化のように冷たく観察しているもう一人をしょっちゅう感じていました。

今回は、ガイドと2人きりで回るのが7日もあります。
気づまりだったり、ガイドと会わなかったりとたらどうしよう、と気掛かりでした。
それによっては一番楽しみにしていて一番ハイライトを回るはずのこの2週目が台無しになります。
といっても、こればっかりは、始まる前から心配しても仕方がないので、開き直りました。

そして結果的には、ガイドはとても気さくで気のいい人で、7日間、いっしょに過ごしていても気づまりだったり、気疲れするということはなく、とても心地よく過ごすことができました。

ガイドがとてもプロ意識がしっかりしていて、外国人旅行者の扱いというのも熟知していて、そして博学で、ルーマニア人の人なっつこさも根底にあって、さらに自分の故郷をよく知ってもらいたいという気持ちに溢れていたからだと思います。
私の方にも、ガイドと1対1で回るのは2回目なので、なんとなく心構えができていたのではないかと思います。
ガイドが示してくれる田舎の楽しみ方を素直に受け入れる心の準備もできていました。

おかげで、いつもの私の観光スタイルではなかなか考えられない田舎めぐりの楽しみをたくさん味わってくることができました。

7/16(月)【マラムレシュ地方1日目】(w/現地ガイド)
(シュルデシュティ、ブデシュティの木造教会、ピクニックほか)

列車の旅で、車窓から積みわらのある風景を見かけては、せっせと写真を撮っていました。
ルーマニア人の画家の絵画の題材にもなっているその風景を、車窓からの慌ただしさとはうって変わって、心行くまでゆっくり写真に撮ることができました。
マラムレシュ地方は、第2次世界大戦後に3分の2がソ連に占拠され、そこが今はウクライナとなっています。
なので、マラムレシュ地方があまりに少なくなってしまったのでバイア・マーレの方も新たにマラムレシュ地方に組み込むこととし、それまで県庁所在地であったシゲット・マルマッツィエイがあまりにウクライナ寄りになってしまったので、バイア・マーレが新たに県庁所在地となったそうです。

ガイドにはバイア・マーレのホテルまで迎えに来てもらいました。
バイア・マーレに近い2つの木造教会シュルデシュティとブデシュティを訪れた後、山脈をぐるっと越えて、ガイドいわく「本当のマラムレシュ」に入りました。

途中のピクニックも楽しかったです。
写真撮影のために車をとめてもらったところで、ラズベリーとクランベリー摘み。それから、別のところでは、きのこを摘み@
周辺の村々は貧しいけれど、大地と自然はとても豊かなところだと感じました。

7/17(火)【マラムレシュ地方2日目】(w/現地ガイド)
(サプンツァの陽気な墓とアトリエ見学、ほか)

ハイライトはサプンツァの「陽気な墓」です。
この写真をどうしても撮りたくて、マラムレシュ地方に行きたいと決めたくらいです(世界遺産の木造教会は動機としてはその次@)。
墓碑とは思えない陽気なイラストとユーモラスな詩が有名なのですが、詩はもちろん、私には読めません。
イラストを見るだけでだいたい生前の人となりが分かるようになっているのですが、目をとめた墓碑の一つ一つ、ガイドが墓碑に書かれた詩を英訳してくれました。

サプンツァの「陽気な墓」やアトリエ見学が予定のうちの楽しみだとすれば、予定外で意外な発見や面白かったこととしては、「陽気な墓」の創始者イオン・スタン・パトラシュ氏の奥さんのマリアさんのお宅を訪ねたことと、マラムレシュ地方で200年以上も昔からの川の水を使った木造の洗濯機で実際にじゅうたんを洗濯しているところを見ることができたことでしょう。

マリアさんのお宅は、そうと知って訪れたのではなく、庭にとても伝統的な糸つむぎが置いてあって私が興味を示したので、ガイドがお家に方に声をかけてくれたのです。
マラムレシュ地方の伝統的なお宅の中や、伝統的な機織りの実演も見せてもらいました。
そうそう、マリアさんと牛たちの写真を送る約束をしているので、今週末にもプリントして送る手配をしなきゃ。
今日やっと、撮ってきた写真をパソコンに読み込ませるのが終わりました。

木造の洗濯機は、とっても面白かったです。
最初、もう使われていない洗濯機を見たのですが、ガイドに説明されても、使い方がいまいち分かりませんでした。
でも、実際に使われているお宅を見て、納得しました。
また、ガイドの家には、マラムレシュ地方を紹介したことで有名な「みやこうせい」氏のマラムレシュの写真集があって、その中にはこの木造の洗濯機の写真もあったのですが、最初に見たときには、よく分からずにスルーしていました。
ペンションに帰ってからまたその写真集を開き、「これがそうか〜!」とやっと理解できました。

7/18(水)【マラムレシュ地方3日目】(w/現地ガイド)
(イザ渓谷めぐり:バルサナ、ボティザ、イェウドの木造教会、ほか)

世界遺産に登録されている木造教会は7ヶ所ですが、マラムレシュ地方には村の数だけ木造教会があります。
私が訪れた木造教会はどれも世界遺産に登録されているものですが、それらを訪ねる途中で見かけた村々にもいつくも木造教会を見かけました。
月曜日に訪れたシュルデシュティとブデシュティ、そしてこの日に訪れたバルサナ、ボティザ、イェウドの木造教会のうち、建物として華やかなのはシュルデシュティとブデシュティです。

特にシュルデシュティは全てが木でできた建築物としてはヨーロッパで一番の高さを誇ってるとか。結構迫力がありました。
内部の木の壁に描かれた壁画など、保存状態がとても良かったです。

バルサナは古い方の教会は修復中で入れないとのことなので、新しい修道院の方に行きました。
たくさんの木造建築がそろった一大宗教センターというかんじで、見事でした。
短期間でここまで修道院を発展させることができたのも、修道女長さまの采配だそうです。

ボティザとイェウドの木造教会は、古いだけに、建物としてはかなりささやかでした。
また、内部の壁画など、雨水がしみ込んだりしてかなり薄くなっていました。
古いからこそ貴重な建物を見に行ったというかんじ。

イェウドの木造教会は残念ながら中には入れませんでした。
かわりに小窓から内部の写真を撮りました。
だってガイドが「ダメって言う人がいないから撮っちゃっていいよ」って言ってくれたんですもの。
肉眼で見るよりカメラを通してみた方が、壁画が鮮明でした。

7/19(木)【シゲット・マルマッツィエイ】(1日フリーデイ)

シゲット・マルマッツィエイの民俗博物館、野外民俗博物館に興味があったのですが、これら博物館めぐりは別にガイドの案内は不要だと思ったので、一日フリーデイとなりました。
しかし、ガイドのペンションはヴァド・イセイ村という、シゲット・マルマッツィエイの隣とはいえ、5kmほど離れています。
バスは通っているらしいのですが、バス停には時刻表もなく、ガイドも一日に何本走っているか分からないというので、往復は車で送ってもらうことにしました。

午前中は、シゲット・マルマッツィエイの教会めぐり、それから民俗博物館と、社会主義時代に知識階級や政治犯を収容していた牢獄が現在博物館となっているところを訪れました。
シゲット・マルマッツィエイの教会めぐりも結構楽しみにしていました。ルーマニア人だけでなく、ウクライナ人、ハンガリー人など、他民族が住んでいるため、ルーマニア正教会、ウクライナ正教会、ハンガリー人のためのカトリック教会、それから新教会など、さまざまな教会が集まっているのです。

午後は、街から3kmほど離れた野外民俗博物館に、街からタクシーで行きました。

野外民俗博物館めぐりは、今回の旅行で3ヶ所目です。ブカレストとバイア・マーレと、そしてこのシゲット・マルマッツィエイ。
規模と種類ではブカレストがダントツ(ルーマニア中から集めた民家や教会を展示しているのですから当然でしょう)、バイア・マーレは野外博物館の展示だけでなく自然が美しくて見ほれました。

さすがに3ヶ所目となると目新しさはあまりありませんでしたが、民家の写真を撮りながら丘陵地に並ぶ木造家屋めぐりはなかなか楽しかったです。

ただ、この日は午後からかなり暑くなり、風も吹かず、息苦しいくらいでひーひー言いながら回っていたのも確かです。
でも、せっかく来たのだからと根性で回りました@
写真もたくさん撮りました。

7/20(金)【マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ車で移動】&【ヴォロネツ修道院】

この日は12使途の祝日だそうで、人々は仕事を休み、みんないつもよりお洒落をして特別のミサを聞きに教会へ行っていました。
車窓から、そして途中で寄ったドラゴミレシュティ修道院に向かう人々のそんな華やかな姿を見るのも楽しかったです。

ドラゴミレシュティ修道院では、マラムレシュ州とサツマーレ州の司教長さまが野外で特別のミサを行っていました。一年に一回、この祝日だけ行われる特別のミサだそうです。
そのせいか、ガイドもカメラを持参していて、ミサを聞いている人々の間をぬって先頭近くまで行って、司教長さまの写真を撮っているし、ほかにも何人もの人が近くで堂々とカメラを構えているので、最初は遠慮していた私も撮らせてもらいました。
また、数少なかったのですが、マラムレシュ地方の伝統的な民族衣装を身に付けた女性たちもいましたので、写真を撮りました@

マラムレシュ地方とブコヴィナ地方は隣り合わせですが、山脈が立ちはだかっています。そのためここをつなぐ鉄道が走っていません。
車窓から眺める景色は壮観でした。
そしてガイドはその中でも特に見応えのあるところで、写真撮影のために車をストップさせてくれました。

ブコヴィナ地方に着いた後、外壁のフレスコが有名な5つの修道院のうちの一つ、ヴォロネツ修道院に行きました。
外壁のフレスコ画はブルーが基調で、「青のヴォロネツ」と呼ばれていて、システィナ礼拝堂のミケランジェロの壁画にも匹敵するとまでいわれているところです。
噂に違わぬ美しい外壁のフレスコ画、15世紀に描かれたとは思えないほどの色鮮やかさに感動しました。
5つの修道院の中ではここが一番見事だったかもしれません。

7/21(土)【ブコヴィナ地方の修道院めぐり】(w/現地ガイド)
(フモール、モルドヴッツァ、スチェヴッツァ、アルボレ修道院)

5つの修道院については、行く前にさんざん予習しましたが、どれがどれというのはどうしても混乱しがちでした。
実物を訪れてやっと頭の整理ができました。

そして実は、前日訪れたヴォロネツは西面の「最後の審判」、フモールは「エッサイの樹」や聖人伝、モルドヴッツァでは「コンスタンチノープルの包囲」、スチェヴッツァは「天使の梯子」が代表作のように紹介されていたので勘違いしていましたが、どの修道院も外壁のテーマはほとんど同じでした。
ただ、その修道院の中で一番見事に残っている例として、それぞれ上記のとおり挙げられていただけでした。
ヴォロネツにも、「コンスタンチノープルの包囲」はありましたし、フモールにもモルドヴッツァにもスチェヴッツアにも「最後の審判」がありました。それも大なり小なり構図も共通しています。

それにしても、ガイドが説明してくれなかったら、壁画を目にしていても、一つ一つの絵のテーマは見逃したでしょう。
「最後の審判」の解説もとても興味深かったです。
また、私は旧約・新約聖書については、そのものではなく解説本をたくさん読んだので、わりと内容を知っています。
ガイドがキーワードを言ってくれると、どのエピソードかすぐに思い出せます。
なので「日本人にしては聖書に精通している」と驚かれてしまいました、てへへ。
それでも最近はだいぶ忘れていたのですけどね。
家に帰ったらまだ読んでない解説本(手始めに、子供向けに書かれた英語のBibleなど)を読んで復習しようと思いました。

この日は、マルジネア村の陶器工房にも行きました。
世界でマルジネア村だけで作られているという黒い陶器のイースターエッグ入れを買ってきました。

7/22(日)【ドラゴミルナ修道院】(w/現地ガイド)

この日は午前中、スチャヴァに近いドラゴミルナ修道院に行き、そしてスチャヴァのホテルに送ってもらってガイドとはお別れとなりました。

ドラゴミルナ修道院へは、20年ほど前、ガイドがスチャヴァで働いていたときに、友人何人かと何時間もかけて歩いて行ったそうです。うひょーっ。
ガイドは今でも、20年前のスピードはでないにしても、同じくらいの距離を歩けると言っていました。
しかし、途中で修道院のそばの魚釣りから戻る途中と思われる若者2人が道を歩いているのを見かけました。
彼等も何時間もかけて歩いて自分の家に帰るのでしょう。
この一週間、時の流れが都会とは全く違う村にいましたが、やはりいちいち驚いてしまいます。
確か「旅の指さし会話帳」に、ルーマニア人はよく歩く、と書かれてありました(なので、ルーマニア人が「歩いてすぐ」というのは決してすぐではないのでご用心、みたいな注意が続きましたっけ)、いやぁ、確かにそうですねぇ。

ドラゴミルナ修道院は、外壁の浮き彫りが美しいはずの塔は修復中でした。ぐわーん。
外にフレスコ画がないのでちょっと物足りなく感じました。
でも、異様にほっそりとした建物は、ガイドの言う通り、建築的にも興味深いものでした。
日曜日なのでミサの最中です。
なのであんまり自由に歩き回れないのですが、でもイコノスタシス(奥の聖なる空間と信者のいる俗世を分けるイコンの壁)の前のイコンにお参りする人のために通路をあけておいてくれているので、結構中まで入れます。

以上が現地ガイドと回った2週目の感想でした。
つづく。

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2007年ルーマニア旅行:各日各都市ひとこと感想その1

帰国のためにホテルからブカレストの空港に向かうタクシーの運ちゃんは、ホテルで契約している英語の話せる人で、気さくなおっちゃんでした。
ルーマニア人は見知らぬ外国人にも人なっつこいな、と思うことはよくありましたが、この運ちゃんもそうでした。
その運ちゃんに、今まで回ったところでどこが一番良かったか聞かれたとき、私はすぐに答えられませんでした。
だって、それぞれに魅力があり、単純に比べづらかったんですもの。
観光客から見た街の魅力だけでなく、その日はどんな風に過ごしたか、現地の人とたとえささいでもどんなふれあいがあったか───そういうのも、評価を大きく左右しますからね。
体調や天候などもしかり。
だから「全部」と答えておきました@

というわけで、今、特に旅日記をひっくり返すことなく、まだ鮮明な記憶(たぶん)を頼りに、各日・各都市の簡単な感想を書いてみました。
全行程23日、訪れた街の数は、マラムレシュ地方とブコヴィナ地方の田舎を除く10ヶ所ほど。

7/8(日)成田出国パリ乗継ブカレスト到着
数日前のイギリスの空港テロ未遂のせいか(機内への液体の持込が制限されるようになったきっかけの事件です)、あるいはたまたまか、景気の回復が見られて海外旅行者もまた増えて夏の成田空港は混むだろうとの予測に反して、意外と閑散としていました。
今回は、初めてPEXチケットを利用し、団体カウンターじゃないところで手続をするのもとても久しぶりです。
しかも、自宅のインターネットでチェックインをすませたので、手続はとても簡単ですぐに終わりました。
でも、ネット・チェックインの特典として、今さらネームタッグをもらってもねぇ。

7/9(月)【ブカレスト】
ルーマニアの中では、博物館などを別にして、街並みとしては見るべきところがほとんどないと言われるブカレスト。
いやいや、チャウシェスクのメガロマニアック・プランの犠牲と共産主義らしい無味乾燥な建築群の洗礼を受けたといわれてもなお、ブカレストは、かつて「東のパリ」と呼ばれた頃をうかがわせるものがあると思いました。
凱旋門も、我ながらなかなかきれいに写真が撮れたと思いますよ@
(いずれ写真の整理ができたらご紹介したいと思います。)
……まあ、実はこの日は、結局、そういうところしか歩かなかったせいもあったことに、後日、如実に気付かされるのですが。

7/9(火)【シナイア】
事前に得た情報による期待と覚悟に対して、現実はたいてい反比例するもの。
もっとも、ルーマニアのカレンダーの写真にいつも使われるというシナイア城の美しさには、すでに何枚も写真を見ていたにもかかわらず、感動しました。
しかし、内部見学についていえば、ガイドブックの記載から特に期待していなかったペリショール城の方かずっと気に入りました。
シナイア城も確かに豪華でした。どちらかというと木を多く使った落ち着いた色合いで、予想していたようなキンキラキラキラな派手さではありませんでした。
かといって、別にペリショール城がキンキラキラキラだったわけでなく、むしろアールヌーヴォー調のフェミニンな内装でした。
マリア王妃の趣味とインテリアデザインのセンスが発揮されたすばらしい空間でした。
ペレシュ城の方は写真代を払えば内部の写真も撮ることが出来たのですが(撮りまくりました@)、むしろペリショール城の方こそ写真を撮りたかったです。
マリア王妃の趣味といえばドラキュラ城モデルのブラン城にも大いに発揮されていますが、あれとはまたガラッとイメージが違います@
また、シナイアは坂の多さを警戒・覚悟していたのですが、駅前のホテルまでは、石段ではなく坂道を利用することができました。
ホテルからペレシュ城・ペリショール城・シナイア僧院の3大ハイライトへは、それほど坂を意識することなく、すんなり行けました。
なので、楽勝!───と思っていたら、ブチェジ山を登るケーブルカー乗り場への傾斜はとてもきつくて、ちょっとへたりかけました。
しかも工事中のさらさらの土と砂利道。

7/11(水)【シビウ】
曇りがちでときとぎ雨がパラつき、夕方はかなり強く降られた日でした。
上着をペンションにおいてきてしまったのを後悔したくらい、とても寒かったです。
行く前に聞いていたルーマニアの猛暑のニュースは、いったい、なんだったの!?───と思ったくらい。
といっても、風邪を引きかけそうになるほどではなく、引きかけたのは後日のもっと暑い日のホテルのクーラーが原因。
あの雨がなければ、もっと街を散策したかったです。
シビウの旧市街は、たしかに坂道や曲がりくねった小道のある街並みに魅力のある街です。
ネコの目のような明り取りの窓のある家も、去年こと2006年、ブラショフなどで何軒か目にしていましたが、シビウはたしかにそういう家が多くて、とてもユーモラスな印象がありました。
シビウの旧市街は、シナイアの貴族たちの元・別荘が並ぶ華やかさや、中世にタイムトリップしたようなシギショアラの旧市街と違って、中世から近代へのもう少し庶民的な、もっとドイツの街っぽいかんじがしました。
シビウもブラショフやシギショアラと同様、ザクセン人の街だった1つなので、ドイツっぽいというのは間違っていないでしょう。
そしてトランシルヴァニア地方にこそ、ある意味、昔のドイツの街並みが残されているとよく言われるのも、十分、納得できた街でした。

7/12(木)シギショアラ&ビエルタン
【シギショアラ】
今回訪れた10ヶ所の街の中では、ブカレストとヤシに続いて一番多く観光客を見かけた街かもしれません。
といってもルーマニア人の観光客も多かったと思います。日本人は見かけませんでした。
まあ、中世の雰囲気を保つ城山の上の旧市街やそのふもとのバロックな街並みのエリアも、もともとそれほど広くないうえに、観光客がたむろするところはごく一部ですからね。
そしてシナイアに続き、民芸品のおみやげ屋さんが多かった気がします。
というか、観光客の目のつきやすいところにある、と言うべきでしょうか。
少しは地方の民芸品を見てまわった今にして思えば、みやげ屋にあった民芸品は、シギショアラのあるトランシルヴアニア地方だけでなく、ルーマニア各地のものがある程度、とりそろえてあったように思います。
もっとも屋台の多くは、ドラキュラ・グッズ@
ちなみにシギショアラは去年こと2006年に訪れていて、再訪です。
見どころは狭いので観光するのに半日でも十分ですが、旅程の都合で組入れました。
でも、去年も写真はさんざん撮ったにもかかわらず、ちょっとしたアングルを違いで、性懲りもなく何回もシャッターを切っても飽きませんでした。そんな絵になる街です。
写真は、なるべく去年と同じにならないように努めたつもりですけれど。
ちなみにシギショアラは、あちこちめちゃくちゃ工事中でした。
ルーマニアが今年こと2007年の1月にユーロに加盟した影響でしょうか。

【ビエルタン】
シギショアラの山上教会には去年こと2006年には訪れましたが今回は行かなかったし、写真撮影が許可されなかったので記憶は曖昧ですが、ビエルタンの要塞教会の教会自体の内部については、山上教会に似ていた気がします。
バッチリ写真を撮ってきました。
ここは車をチャーターしなければ行けないので「地球の歩き方」にも載っている旅行会社Steauaにその日飛び込みで手配をお願いしましたが、「明日なら可能です」と言われました。
「明日はもうこの街にいないんです」と食い下がると、「20分後にまた来てください」と言われ、再び
行ってみたところ、なんとかムリにでも手配してくれたようです。感謝・感謝。
すでに他に子たちを案内することになっていたガイドに割り込ませてもらったようです。
ルーマニア人のティーンエージャーくらいの子3人を乗せた車がやって来て、英語の話せる運転手兼ガイドに案内してもらいました。
ちなみにパチパチ写真を撮っていたのは私だけ。他の子は一枚も撮っていませんでした。私って写真狂い?!
ビエルタン見学のあと、「他に行きたいところはないか?」と聞かれたので、シギショアラからの途上で見かけた素敵な村で車を止めてもらい、好きなだけ写真を撮らせてもらいました。
一回っきりでなく、何度も何度も車を止めさせて@
しかも車を降りたのは私だけ。

7/13(金)午後から7/14(土)昼過ぎまで【クルージ・ナポカ】
クルージ・ナポカも思ったより写真を撮りたくなるきれいな街でした。
いまから思えば、やっぱりハンガリーっぽいといえるかしら。
オーストリア・ハンガリー二重帝国の影響が色濃く残るパステルカラーなバロックな街並みでした。
バロック時代は建築ラッシュでもあったので、ヨーロッパを旅行していると、街並み目当てのところでは大半がバロックな街並みばかりですよね。
なので、下調べしているときは「またか」と思うのですが───やっぱり実物は美しいですわ。
このことは、このあとのバイア・マーレからは共産主義時代らしい建築がずらりと並ぶイマイチな新市街の印象も強烈だったために、余計に「ああ、美しい街だったな」と思うようになるのですが。
金曜日の午後と土曜の午前に観光したため、逆光でうまく撮れない建物などは翌日撮り直すことができました。
それから土曜と日曜は結婚式が多いですよね。
歩道を歩いていたら、信号待ちをしている車がやたらパープーパープーとクラクションを鳴らすので、「なんてマナーが悪いんでしょう」と思って見てみたら、どの車もリボンで可愛らしく飾られたり、風船がついていたりして、先頭の車には花嫁・花婿さんが後部座席に乗っていました。
にゃぁるほどね。
一方で、この街ではロマ(ジプシー)の物乞いをよく見かけました。

7/14(土)夕方から7/15(日)【バイア・マーレ】
ホテルは駅からほど近い新市街に取りました。
三ツ星ホテルで中に旅行会社があったりする、西欧並みの近代的ホテルといってよいでしょう、たぶんね。
土曜日の夕方にホテルに着いたとき、その周辺の街並みの共産主義的なマンション群に圧倒されました。
しかし、無味乾燥であるそれらのマンションも、日本のようにただ箱のようでなく、バルコニーやら出窓やらがいろいろぼこぼこ飛び出ているのが、私にはなかなか珍しく見えました。
あれはあれで面白かったです。
ほとんどのマンションが一階部分は店舗になっていて、きっと平日だったら賑やかなエリアだったでしょう。
大きなショッピングモールもあり、道路はとても広く、1ブロックがとても長く感じられた巨大なエリア。
翌日の旧市街への観光は、ホテルとの往復はタクシーを利用しました。
バスはあるらしいのですが、ホテルからそのバス停までの距離も、土曜日の夜に散歩したときの私にとつてはハンパな距離ではなく、ルーマニアはきちんとしたタクシーに乗ればとても安いので、タクシーにすることに決めてしまいました。
旧市街は心地よいサイズで、それなりに可愛らしい街で、ホッとしました。
しかし日曜日だったので、とても閑散としていて、半ば過疎化しかけてる町じゃないかと錯覚したくらいです。
公園などでは地元の人を結構見かけましたけど。
ここでもまた、結婚式カップルや、披露宴と思われる漏れ聞えるドンチャン騒ぎに、何度か遭遇しました。

以上が第一週目でした。
つづく

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2007年ルーマニア旅行:旅の概要一覧

今回の旅行の観光の内容一覧です。

7/08日 成田出国パリ経由ブカレスト到着
【宿泊:Hotel Central(ブカレスト)】

7/09月 ブカレスト1日目
【宿泊:Hotel Central(ブカレスト)】
・C.F.R(ルーマニア国鉄)オフィスで全行程の切符を手配
・現地旅行会社のオフィスに赴いて精算
・農民博物館
・ヘラストラウ公園

7/10火 シナイア
【宿泊:Hotel Caraiman(シナイア)】
 8:30発の特急列車でシナイア着10:00(時刻どおり)
・ペレシュ城
・ペリショール城
・シナイア僧院
・ケーブルカーでブチェジ山へ(1,400mポイントまで)
・カロル1世通りを散策

7/11水 シビウ
【宿泊:Pensiunea Tosca(シビウ)】※予約していたのはCasa Baciu
 8:04発の特急列車でシビウ着11:30(約10分遅れ)
・マゲル将軍通りのカトリック教会
・小広場・大広場等を散策
・大広場のカトリック教会
・インフォメーションでシギショアラ直行バスの情報を得る
・Huet広場の福音教会
・ブルケンタール博物館
・正教聖堂
・小広場の時計塔にのぼる
・うそつき橋
・Cetatii(中央)通りの民衆の壁・塔を眺める
・P. Onofrein通り〜Tineretului広場を通ってペンションに戻る

7/12木 シギショアラ&ビエルタン
【宿泊:Casa cu Cerb(シギショアラ)】
 6:00発のバスでシギショアラ直行5:35頃到着
(予定では8:54発の普通列車でメディアス(8:46着予定)まで行き、8:54発の急行で9:40着の特急列車を利用するつもりで切符も買っておいた。)
・城山広場の福音教会
・刑罰博物館
・時計塔
・中世武器博物館
・ビエルタン要塞
・Danes(デニシュ)村で撮影
・テルナヴァ・マーレ川近くの正教会(入れず)
・城山を散策してホテルに戻る
・夜中3時頃に城山の中央広場付近の夜景撮影

7/13金 クルージ・ナポカ
【宿泊:Hotel Capitol(クルージ・ナポカ)】
 12:04発の急行列車でクルージ・ナポカ着15:16(時刻どおり)
午前:シギショアラ観光
・テルナヴァ・マーレ川近くの正教会
・1918年11月1日通りを散策して城山のホテルに戻る
午後:クルージ・ナポカ観光
・ヴィクトール・バベス通りの正教会
・聖ミハイ教会
・国立美術館
・エロイロール大通りの正教会2つ
・Avram Iancu広場の正教聖堂

7/14土 クルージ・ナポカからバイア・マーレへ
【宿泊:Hotel Mara(バイア・マーレ)】
 15:30発の急行列車でバイア・マーレ着19:08(ほぼ時刻どおり)
午前:クルージ・ナポカ観光
・ヴィクトール・バベス通りの正教会(再訪)
・エロイロール通りの正教会(再訪)
・Avram Iancu広場の正教聖堂(再訪)
・トランシルヴァニア民俗博物館
夕方:バイア・マーレ
・ホテル周辺の新市街散策(ブカレスト通り、統一広場、トランシルヴアニア広場)

7/15日 バイア・マーレ2日目
【宿泊:Hotel Mara(バイア・マーレ)】
・野外村落博物館(ホテルからタクシーで向かった)
・民俗博物館
・自由広場とシュテファンの塔のあたりを散策
※県立美術館に入り損ねた(泣)
・聖ニコラエ正教会
(夕食後、ホテルまでタクシーで戻った)

7/16月 ガイドとマラムレシュ地方観光1日目
【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イセイ村)】
・シュルデシュティの木造教会
・ブルーベリー&クランベリー摘み(ピクニック)
・ブデシュティの木造教会
・Ocna Sugatagの塩湖周辺を散策
・マラムレシュの丘陵での写真撮影&マシュルーム摘み
・夕食後、ヴァド・イセイ村の川まで散策

7/17火 ガイドとマラムレシュ地方観光2日目
【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イセイ村)】
・サプンツァの陽気な墓とアトリエ見学
・農家を訪ねる(スタン氏の奥さんの家だった)
・サプンツァの建築中の木造教会見学
・シゲッツ・マルマッツィエイ散策&野菜市場
・水力粉曳き機
・水力洗濯機のあるお宅を見学

7/18水 ガイドとマラムレシュ地方観光3日目
【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イセイ村)】
・シゲット・マルマッツィエイの市場見学
・木彫りの門の彫刻家のアトリエ見学
・バルサナ修道院
・ボティザの司祭の家で昼食&カーペット・アトリエ見学
・ボティザの木造教会
・イェウドの木造教会(閉鎖中だったので窓から眺めた)
※時間が足らなくて、ポイエニレ・イセイの教会には行けなかった(泣)

7/19木 シゲット・マルマッツィエイ1日フリーデイ
【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イセイ村)】
・ウクライナ正教会
・カトリック教会
・ルーマニア正教会
・社会主義時代の被害者のメモリアル博物館
・民俗博物館
・野外民俗博物館

7/20金 マラムレシュ地方からブコヴィナ地方へ
【宿泊:Pension Corlatan(グラ・フモールルイ郊外)】
・村の市場見学
・ドラゴミレシュティ修道院の12使徒の日の特別のミサを見学
・プリシュロップ峠でコーヒーブレイク
・青のヴォロネツ修道院(「最後の審判」のフレスコ画が一番鮮明に残っている)

7/21土 ブコヴィナ地方の修道院めぐり
【宿泊:Pension Corlatan(グラ・フモールルイ郊外)】
・赤のフモール修道院
・緑のモルドヴッツァ修道院(「コンスタンチノープルの包囲」が一番鮮明に残っている)
・天使の梯子の壁画のあるスチェヴッツァ修道院
・マルジネア村の黒の陶器工房見学&ショッピング
・アルボレ修道院

7/22日 午前ガイドとドラゴミルナ修道院&午後スチャヴァ
【宿泊:Hotel Gloria(スチャヴァ)】
・ドラゴミルナ修道院とミサを見学
午後:スチャヴァ観光
・カトリック教会
・歴史博物館
・聖ドミトル教会(入れず)
・民俗博物館
・Domnitelor教会
・ミラウツィ教会

7/23月 ヤシ1日目
【宿泊:Hotel Moldova(ヤシ)】
 8:07発の急行列車でヤシ着10:02(ほぼ時刻どおり)
・聖ニコライ・ドムネスク教会
・三聖人教会
・シュテファン大公通りのカトリック教会
・正教聖堂
・聖Sava教会
・アルメニア教会
・使徒ペテロ・パウロ教会
・要塞教会(タクシーで往復。見学中に待機していてもらった)
・ゴリア修道院
・モルドヴァ正教聖堂
※月曜日で博物館は休みなので教会めぐり計10か所

7/24火 ヤシ2日目
【宿泊:一等寝台列車】
 23:37発の急行列車(寝台)でブカレスト着6:06(30分遅れの6:20頃に到着)
・文化宮殿(歴史博物館・工芸博物館・美術館・民俗博物館)
・ショッピングモール・モルドヴァ
・ドソフティの家
・シュテファン大公通りから統一広場まで散策
・レストランで在ニューヨークの日本人女性とルーマニア人女性とおしゃべり

7/25水 ブカレスト2日目
【宿泊:Hotel Central(ブカレスト)】
・クレツレスク教会(2006年に訪れているので再訪)
・聖ペテロ・パウロ教会
・イタリア教会
・ルーマニア・コレクション美術館
・農民博物館(2006年に訪れているので再訪)
・大学広場のギャラリー

7/26木 ブカレスト3日目
【宿泊:一等寝台列車】
 22:45発の急行列車(寝台)でティミショアラ着7/27の6:50(30分遅れの7:20に到着)
・ヴィクトリア通りの正教会
・百貨店ヴィクトリアでショッピング
・聖Vineri通りのシナゴーグ見学
・統一広場のミュージックショップでショッピング
・大学広場近くの聖ニコラエ教会(Student Church)
・国立美術館(2006年に訪れているので再訪)

7/27金 ティミショアラ
【宿泊:一等寝台列車】
 22:50発の急行列車(寝台)でブカレスト着7/28の7:26(ほぼ時刻どおり)
・勝利広場と正教聖堂
・自由広場
・統一広場
・美術館(ダリ展と常設展)
※民俗博物館は予測していたが改装中で閉鎖
・1989年革命記念博物館
※バナト博物館・勝利広場の正教聖堂の地下博物館は閉館16時だったので入れず(泣)
・テケーシュ牧師の教会(エリザベス教会)
※テケーシュ牧師は、1989年ルーマニア革命のきっかけとなったハンガリー系牧師

7/28土 ブカレスト4日目
【宿泊:Hotel Central(ブカレスト)】
・軍事博物館
・中央市場散策
・Silfidelor通りの正教会(入れず)
・自然史博物館
・ウニリャ百貨店でショッピングと夕食

7/29日 ブカレスト半日観光&出国 パリ経由
【機内泊】
・ヴィクトリア通りの正教会
・スタヴロポレオス教会(2006年に訪れているので再訪)
・旧王宮跡(入らずに柵越しに覗いた)
・民芸品ショップでショッピング
・クルテアベケ教会
・ルーマニア歴史博物館(2006年に訪れているので再訪)

7/30月 成田着18時

ブカレストで計4日半もありましたが、やはりブカレストからの日帰り旅行計画を立てておいても良かったかなと思わなくないです。
もっとも、2006年に訪れて気に入った博物館をもう一度ゆっくり再訪できたのも、とても有意義な時間でした。

また、ハイライトのマラムレシュ地方・ブコヴィナ地方にゆっくり日程をとったため、ティミショアラへは往復とも夜行列車で時間を稼がなくてはならなかったことと、ティミショアラからアラドなどの日帰り旅行を盛り込めなかったのは、やっぱり残念でした。
寝台車で同室だった人によると、ブカレストからティミショアラへの列車の車窓からの景色は変化に富んでいてとても美しいとのことです。
でもブカレストから列車で7時間半〜8時間半もかかりますからねぇ。
間にいくつか都市を入れて日を分けないとね。

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2007年ルーマニア旅行:行ってきました@

7/30の夜に3週間のルーマニア旅行から帰国しました。
予定どおりの旅程を無事にこなし、そして楽しんできました。
今回、たっぷりと地方旅行をしたおかげで、ルーマニアの魅力はやはり地方や田舎にあると思いました。
おかげで地方旅行から戻ってきたブカレストの魅力があせてしまいました@
といっても、博物館の充実ぶりは、桁違いなので、その点ではやはり首都万歳!なのですけど。

列車もきちんと予定どおりに乗れて、寝台車も予定どおり、ヤシからブカレスト、それからティミショアラ往復で使いました。
ティミショアラ行きはホテルにスーツケースを預けて身軽になって@

ただし、シビウからシギショアラの移動は、乗り換えの必要な鉄道はやめました。
シビウの旅行案内所でシギショアラ行きの直行バスの情報をもらい、朝6時発のバスでしたが、がんばって4時に起きて支度をして、バスで直行しました。
実は鉄道の切符はすべて二日目のブカレストで買ってしまったのですが、シビウ・シギショアラ間は無駄になってしまいました。
でもバス代はとっても安かったですし、鉄道も、全行程いっぺんにはらったのでこの間はいくらか分からないのですが、直行の便利さを考えたら、保険料と思って目をつぶれる値段だと思います。
朝早すぎたのでペンションで朝食はとれませんでしたが、サンドイッチを作っておいてもらえました。

宿泊は、シビウのペンションだけは、そのまえに泊まっていた家族が延泊したため一杯で、予定のところに泊まれませんでしたが、かわりのペンションを紹介されました。
比べることはできませんが、十分満足できるすてきなペンションでした。
ほかはちゃんと予定どおり。特にトラブルなしです。
トラブルというほどではないですが、スチャヴァのホテルではクレジットカードマシンの接続が悪くてキャッシュで払えと言われ、あのとき支払えるだけのキャッシュが手もとになかったら、予定の列車には乗れなかったろうと思うとちょっとドキッとしましたが。

2週目のガイドと二人きりの六日間は、予想していたとおり、今回の旅行のハイライトとなりました。
なにしろ、レンタカーで旅行できない私にとって、車をチャージしなければ、ヒッチハイクしか手段のないところ。ルーマニアの物価の安さに助けられて、英語ガイド兼運転を車代とあわせて一日70ユーロで手配することができました。
とっても優秀なガイドで、物知りで、とても気のいい人で、一緒に過ごしていても窮屈に感じることはありませんでした。
どんな質問にも、外国人だから知らなくて当然と丁寧に答えてくれました。その回答から、彼がとても物知りで教育のある人だと分かりました。
そして、ふつうに旅行していたらなかなか出会えないいろんな魅力を紹介してくれました。
田舎のふつうのお宅を訪問させてもらえたのも、ガイドがいればでしょう。
19世紀からかわらぬ伝統的な生活スタイルを見せているお宅を見つけ、そこの住人に話しかけて訪問させてもらったり。
シャイな私には、たとえルーマニア語がぺらぺらでも、そんなことはできませぬ@

寝台車も無事予約がとれたことは先ほども書きましたが、2人部屋で、同室になった女性たちとも気持ちよく過ごせました。
ちなみにルーマニアでは一等寝台が2人部屋なのです。
私はふつうの鉄道では二等車をとりましたが、寝台だけは一等寝台にしました。
二等寝台やクシェットはどうか知りませんが、コンパートメントの中に洗面台があったり、車両にシャワー付きのトイレがあったのは助かりました。
なにしろ、ティミショアラ往復は、連続2晩、寝台利用でした。
立案していたときは、そりゃあ多少きつい日程だけど、最後なんだから2晩くらいなんとかなるだろうと軽く考えていました。

しかし、よく考えたら、真夏なのです。一日、何度も何度も全身、汗だくだくになるのです。
2日も風呂に入らなかったらどうなる!?
きっと臭ったでしょう。きゃーきゃーきゃー。
一日の終わりで十分汗臭かったんですから。
いくら服の替えを持参したからといって。

シャワーで汗を流すことができただけでも、幸いでした。
水のようなシャワーを揺れる車内で浴びながら、「ああ、気持ちがいい、気持ちいい」と独り言をとめることができませんでした。

私が旅行中は、ルーマニアの猛暑が日本でもニュースになっていたことを、日本からの電話で聞きました。
その日の最高気温は、ブカレストで40度、ティミショアラで41度でした。
しかし幸い私はそのとき、少しはましな北にいました。
私がいたスチャヴアでは、日中は39度でした。
湿気が低いので、日陰を選ぶと、かなり涼しいです。
39度なんて、日本で夏場に外を出歩くことに比べたら、まだまだずっと過ごしやすじゃん!とうそぶいておりました。

ただし、ヨーロッパは、夏もそれほど暑くならないため、冷房設備が整っていないところが多いです。
冬の寒さの厳しさの方が人々にとって関心が高いのです。
特にルーマニアの北部など。
道路のアスファルトが溶けていました。
あのあたりはインフラがまだまだ整っていないせいもあってアスファルトそのものの質も悪いのです。
車のタイヤはまるで水の上を走っているような音をさせましたし、車からおりると、足下がぐにゃりといって、粘土みたいに足型ができてしまいました。
田舎では、動物たちが元気がありませんでした。
上下水道のインフラが整っていない村も多いため、このまま雨が降らないと水不足になるとガイドが言っていました。

そして北のマラムレシュ地方の村のペンションで、とても寝苦しい晩もありました。
自分で歩くよりは、車で回っている方が、知らず知らず日光をたくさん浴びているんですよね。
その晩は、シャワーを浴びてひといきついたあと、体から火を吹いてるのではないかと思うくらい、暑くて暑くて死にそうでした。

でもその日くらいだったですね。
のど元過ぎれば熱さを忘れる。。。というか、自室に扇風機はあってもクーラーがない私の場合、真夏の朝の身支度は汗びっしょりになることはよくあったので、こんなものか、と我慢することはできました。
たまに「エアコンついてます」という張り紙を入口に出している店やカフェがあったのですが、これがエアコンがついてる状態というのか!?というくらい、弱冷房どころ微微微弱な冷房。
といいつつ、近代的なショッピングモールやブカレストの博物館の中には、きんきんに冷房がきいていて寒いくらいのところもありました。

まあ、何か月も計画をねって、お金をかけて、そして苦労して休暇をもぎとり、わざわざルーマニアまで旅行してるんですもの。
なにごとも良い方に良い方に考えたいものです@

トラブルらしいトラブルも特にありませんでした。
2週間目に左足を、3週間目に右足をひねった以外。
でも走れないですが、歩くにはとりあえず大丈夫でした。
ただし、足首があまりよく動かないので、運動靴をはいたりぬいだりするときは、ひーひー言ってました。

冷房のあるホテルで体を冷やしたせいか、風邪をひきかけましたが、本格的にひくまえになおりました。
のどがいがらっぽくなったのですが、ルーマニアは喫煙者が多いときいていたわりには、あまりたばこの煙にあわずにすんだのも幸いしました。

忘れ物は、一つだけしました。
垢擦りタオルを、ヤシのホテルに。

はじめ、SDメモリを忘れたことに気付いて、大慌てで部屋に戻ったところ、ルームキーパーが確保していて、私の姿を見て気付いて渡してくれました。
でもバスルームの垢擦りタオルのことまでは互いに気付かなかったようで。
あれで体をこすらないと、なんだから体を洗った気がしないですよね。
ヤシのホテルをチェックアウトするときに限って、最後の部屋の点検を怠りました。ううむ。

タクシーは、スーツケースが重いためと、ルーマニアではタクシー代が安くて、市民の足となっていることもあり、駅とホテルの往復とあわせて20回以上使いましたが、そのうち2回はボラれました。
たいていは、良心的なタクシーばかりです。ちゃんとした公式のタクシーを利用すれば。
一回目は、シギショアラに着いてホテルに向かうとき。
ちょっと多いなぁと思ったのですが、こんなものかなと首をひねりつつ自分を納得させていましたが、ホテルからシギショアラに向かうときはその半額でしたので、やっぱりボラれたかなぁと思わなくもないです。
それとも早朝値段?
それからブカレスト。
あんなに用心していたのに、相場もちゃんと勉強していたのに、ヤられました。というか、流されました。
ちょっと文句を言って、言われたタクシー代よりちょっとだけまけさせましたが、やはりかなりボッタクらられました。哀しい〜。
ブカレストは地下鉄と徒歩で十分歩き回れるので、去年も今年も、自分でタクシーを拾うのは一回ずつしかないので、今度は賢くなるぞ〜とリベンジする機会はありませんでした。
ホテルから空港は、ホテルに手配してもらいましたから。
ああ、くやし。
ロマーナ広場やノルド駅付近は、ぼったくりタクシーばっかりが留っていて、まともなタクシーはほとんどいないんじゃないかしらと思ったくらいです。
もっとも、それから町中を走ってるタクシーに目を光らせるようになったのですが、ちゃんと1kmあたり1.4レウというまともなレートのタクシーばかりでした(車体に料金表示がしてあります)。
しかし、中には、料金を2種類表示しているのもありました。
まともなレートとボッタクリレートと。
ああいうのに乗ってしまうとどうなるんでしょうね。
いずれにせよ、ちゃんとまともなレートであることを車体で確認してから乗るべきでした、あ〜あ。

という失敗はあったにしろ、トラブルの中ではかわいいものでしょう。
もっと深刻なトラブルには出会わず、もっとなくすと困るものを忘れたりなくしたりせずに無事に3週間を過ごすことができました。

それにしても、ルーマニアの田舎のすばらしかったこと。
時の流れが違いました。
心が洗われるような時間を過ごすことができました。
といいつつ、夕食の席でガイドと互いに仕事の話をしているうちに、旅行前にためていた仕事上のストレスと文句を全部たれながしちゃったんですけどね。
逆にガイドは、そういう会社に使われる立場がいやで、資格をとって一人で仕事をし、ストレスフルな都会生活をやめて田舎で過ごしているのですが、私が田舎ではなく都市生活を好み、会社づとめをしていることも、一つの選択肢だとして認めてくれたおかげで話をしやすかったです。
まあ、あの愚痴のたれながしも、心がすっきりした一因でもありますな@

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