October 2018
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Recent Trackbacks

Categories

無料ブログはココログ

« 博物館シリーズ6──フンデルトヴァッサーのクンストハウス・ウィーン | Main | 博物館シリーズその8──マドリード駅の植物園 »

博物館シリーズその7──ポツダム広場のベルリンの壁

これだって、オープンエア・ミュージーアムと呼べば、博物館の一種のようなもの。
……とこじつけるのは、少し苦しいものがあるかしら。

博物館シリーズも今回を含めて、残すところあと2回になりました。
というのも、デジタル化した過去の旅行の写真をひっくり返すと、確かに博物館の写真は他にも撮ってはいるのですが、当時の私には面白いと思って撮っても、ここにわざわざ載せて紹介するほど面白味がないかもしれないと思って。

それくらいなら、ちょっと変則的なものを、これもミュージーアムよ、とこじつける方が面白い気がしてきました。
ここのところ、そういうのが続いていましたけど@

ベルリンの壁が1989年に崩壊する以前は、西ベルリン側は落書きがぎっしりでしたね。
落書きとくくるには失礼なくらい、アートなものばかりだったと思います。
壁が崩壊する半年前にベルリンを訪れているので、そんな賑やかな西ベルリン側と、一転して寂れた東ベルリン側と、両方から壁を見ています。
。。。残念ながら、もうだいぶ記憶は薄れてしまいましたけど。

2001年と2002年の秋に、約10余年ぶりにベルリンを再訪しました。

ベルリンに行こうと決めて、ガイドブックや本をあさったとき、「新生ベルリン」「変貌しつつあるベルリン」「ベルリンは、いま……」みたいなキャッチフレーズに、わくわくしました。

そのベルリンの中でも変貌の激しい一つに、やっぱりポツダム広場が挙がるでしょう。

1989年に、ベルリンフィルに隣接の楽器博物館を見に行くために訪れたポツダム広場は、草茫々の空き地が一面に広がっていました。
天下のベルリンフィルが、こんなに寂しい「郊外」にあるのかと(下調べの足らなかった当時はそう感じられました)、びっくりしました。

遠くに、壁も見えました。
いや、距離的にはそんなに遠くなかったのですが、何しろ、なんにもなぁい空き地だったので、心理的に余計に遠くに見えたようです。

2001年、ポツダム広場駅を出てすぐの、ソニーセンターをはじめとする、超高層の現代ビルが立ち並ぶ有様に、写真であらかじめ知ってはいたものの、びっくりしてしまいました。
あの草茫々が、こんなにお洒落な近未来都市になったしまったのか!って(大げさ(笑))

よっくみたら、当時もまだまだ、工事中のところや、開発途上の空き地がありましたけどね@

これから紹介するベルリンの壁の写真は、その翌年の2002年に撮影したものです。

壁がなくなってちょっと残念に思ったのは、あのアート空間がなくなってしまったのか、ということでした。

といっても、多少は残っていると知っても、敢えてそれを目的として探しに行くまでではありませんでした。
だってベルリンには他にたくさん誘惑があったんですもの@

なので、ポツダム広場駅にほど近いところに、こんな風にベルリンの壁の絵が残っているところを、それと知らずに見つけて、嬉しくなってしまいました。

鉄格子に阻まれてはいたのですが、写真を撮りました。

2002_BerlinWall-1.JPG

真ん中の可愛らしい絵は、平和の象徴のハトと……赤いイヌかな。
赤いイヌって何の象徴かしら。
イヌが手にしているのはボールかと思ったのですが、地球ですね。

その手前の二枚。

2002_BerlinWall-2.JPG

鉄格子に阻まれているので、ちょっとアングルがきついですが。

鉄格子の手前にコンクリートのかけらがあったので、その上に乗り、少しでも高い位置から撮って見ました。

2002_BerlinWall-3.JPG

2002年度は、チェックポイントチャーリーにも行きました。
閉館が20時と遅くまでやっていたので、ふらっと入ったというのが正直なところ。

チェックポイントチャーリーは既にベルリンの壁博物館となっていました。
既に、と感じたのは、壁のあった1989年当時は、まだちゃんと検問所だったはずなので。
(というか、検問所と博物館は、もうすでに建物は別でしたね。)

といっても、1989年の春の当時の検問も、東ベルリン観光のバスに乗っていたせいか、すでにそういう世情になっていたのか、やけに愛想のよい検問官が「みんな、元気か!」みたいな明るいノリで(いや、実際にはそんなことは言わなかったですけど)、「問題ある? ないよね?」みたいな確認程度でした。
(ガイドとはちゃんと話をして、メンバーを確認していたと思いますけどね。)

現在のチェックポイントチャーリーは、ベルリンの壁を超えようと人々の努力と悲劇と壁の歴史を紹介する博物館となっています。

パネルの説明には英語も併記されていたので、じっくりと1時間はかけて見学しました(それでも全部は読み切れませんでした)。

« 博物館シリーズ6──フンデルトヴァッサーのクンストハウス・ウィーン | Main | 博物館シリーズその8──マドリード駅の植物園 »

2002年秋 ドイツ旅行:ベルリン~フランクフルト横断20日間」カテゴリの記事

旅先の博物館シリーズ」カテゴリの記事

Comments

壁の絵が残されているところがあるわけですね。
私が95年にいったときには、ベルリン中央駅の近くだったと覚えていますが、壁が100mくらい残されていて、そのまま永久保存されるとか聞いていたんですけれども、それとは別ですね。ポツダム広場駅の近くということは。
壁博物館とチャーリーポイントの跡も同じときに見に行きました。すでに、ここに関所があったということは言われなければ誰も気づかないような感じでした。壁博物館では、私もかなり時間かけて英語の説明読みましたよ。小さな博物館の割には長居しました。
ソニータワーは建設が始まったころでした。今はどんな感じなのかな。もう一度、その変化を見に行きたいですが、いつのことになるやら。なにしろほかにも行きたいところがたくさんあるので、未踏地が優先されてしまうのです。

とんびさん、こんにちは。
コメントとありがとうございます。
ポツダム広場に残っていたこのベルリンの壁は、10mもなかったと思いますよ。
残っているのはほんのささやかでしたが、絵は鮮やかでした。
とんびさんもチェックポイントチャーリーの壁博物館に行かれたんですね。
そう、確かに小さな博物館ですが、壁のパネルを読んでいると、思った以上に時間をかけて見学してしまいますよね。
私もベルリンには2001年と2002年に足を踏み入れたきりで、この発言を書くためにしばらくぶりに当時のガイドブックを引っくり返したり、ネットで今はどんなかんじかなーと適当に検索してみたりしました。
私が撮ったのと同じ写真を掲載しているところも見つけたりして、なにげに嬉しかったです。
私は同じところを、まだまだ足りなかったのでもう一回、という行き方を最近しているのですが、とんびさん同様、未踏地に惹かれます。
最後に足を踏み入れてからもう2年以上たっているベルリンの「今」も、2年前とだいぶ様変わりしているかもしれません。なにしろベルリンですもの。
でも、今はもうちょっと東の方に心が引かれているので、気にかかってはいても、再訪は、あればですが、ずっと先ですね。

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52115/1718240

Listed below are links to weblogs that reference 博物館シリーズその7──ポツダム広場のベルリンの壁:

« 博物館シリーズ6──フンデルトヴァッサーのクンストハウス・ウィーン | Main | 博物館シリーズその8──マドリード駅の植物園 »