ウクライナ旅行の旅程が決まるまで

ウクライナ旅行の日程その他の手配は、現地旅行会社とコンタクトをとり、担当者と相談しながら詰めました。
その気になればきっと費用がおさえられる旅先なのでしょうが、結局、利便さと快適さと少ない時間でたくさんのものを見たいという希望を優先させ、コストダウンははかれませんでした。
でも年に一回の贅沢だもん!

宿泊は、ウクライナでも最近たくさん出現しはじめたというプライベート・ペンションをちょっとは利用して、コストをおさえると同時に、現地の人との交流を楽しもうかな、と当初は思ったのですが。
結局、ホテルをとることにしました。
主に二ツ星から三ツ星のホテルで、スタンダードやエコノミーといった安い方の部屋。
観光しやすい場所にあることを優先させ、その次に値段を優先させたので、中にはソ連時代の香りがぷんぷん、とLonely Planetに書いてあったところもあります。

都市間の移動は、鉄道中心。
17日間の旅行で、帰国日の機内泊を除いて15泊のうち、5日分も寝台利用です@
一等車が2人用で、二等車が4人用。
一等車がある路線は一等車にしたため、三ツ星、ヘタすると四ツ星ホテルくらいの値段ですが(もしかしたら代理店の手数料込みの値段かもしれません)、寝ている間に長距離移動できるため、時間は有効に使えます@
ホテルは個室なので、多少、しみったれた部屋でも、部屋にシャワーとトイレがあればラクなので我慢できる、と思ったのですが、列車旅行は、ちょっとは快適にしたかったのです。

ちなみにウクライナ国鉄の切符は45日前から「購入」できるのですが、現地旅行会社の担当者さんは旅程が決まった段階で寝台車の予約をし、45日前から順次、購入手続をすすめてくれています。
そのためにすでに5月22日に、鉄道切符の分だけ支払をすませました。
でないと、7月のバカンスシーズンはすぐに予約が埋まってしまうそうです。
そもそもその心配があったので、現地旅行代理店を頼ることにしたのです。

ちなみにハンガリーやルーマニアでは、寝台車の同室者は同性にしてくれたのですが、ウクライナはランダムなので、男女混合の可能性ありです。
でもまあ、よく考えたら、2000年度にサンクトペテルブルクからモスクワへ寝台車を利用したとき、4人のうち私を除く3人が男性でしたっけ。

そして、旅程が決まった経緯です。

最初は、キエフ→リビブ(ウクライナ第二の都市で西欧チックなお洒落な古都)→クリミア半島→キエフ、という大まかな行程だけを決めました。
クリミア半島は、時間を稼いでできるだけたくさんの観光をするため、車をチャーターし、英語ガイドと一緒に回ることにしました。

すると、現地代理店の担当者から、ハイシーズンは7月16日からで、それまではまだセミ・シーズンなので、リビブでなくクリミアを先にすれば、ヤルタのホテルは少し安くなるとアドバイスしてくれました。
この順番にこだわりはなかったので、アドバイスに従って行程を、キエフ→クリミア半島→リビブ→キエフに変更することにしました。
そうでなくてもヤルタはリゾート地で夏は混むので、ハイシーズンよりセミ・シーズンの方がましかもしれませんしね。

そしてクリミア半島で行きたいところをピックアップし、優先順位をつけ、何日あれば回れるかと相談したところ、現地の担当者は、はじめ、5日間を提案しました。
私が、リクエストした場所を全部回るには「4~5日?」ときいたから、多い方にしたのかもしれません。

ただ、その提案ではヤルタで半日ずつ、計丸1日のフリータイムがありました。
でも、私はヤルタでそんなにのんびりしたくありませんでした。
ビーチで海水浴をするつもりもありません。
なので、ヤルタのフリータイム時間を短くしたいことと、そのついでにさらに行きたいところを新しく追加してみたら、結局、クリミア半島観光は4日で足りることにました。
車をチャーターする強みですね。

クリミア半島で私がぜひ行きたいとリクエストし、決定したところは以下のとおりです。

・バフチサライ宮殿。キプチャクハンの藩主の宮殿で、プーシキンが詩を読んで有名になり、バレエの題材にもなっているところ。
・バフチサライの近くの岩壁の教会と岩窟都市チュフート・カレ(Chufut-Kale)。
・ヤルタ会談の舞台のリバーディア宮殿と、ヤルタに近いアルプカ宮殿&ニキーツキィ植物園と、それから外観を見て写真をとるだけでいいので、ツバメの巣とよばれる絶壁にある館(中身はいまはただのイタリアンレストランらしいです)
・景色がよいという沿岸都市バラクラバ(Balaklava)とついでに近くのセバストポル(Sevastpol)港
・堅固な要塞のあるスダック(Sudak)とノーヴィ・スヴット(Novy Svit)の海岸洞窟

我ながら盛りだくさんです。自力で公共交通機関でまわるとしたら4日でなく、その倍以上はかかりますね。

ところでクリミア半島からリビブ行きの寝台車をよく見ると、25時間もかかっています。
ウクライナ鉄道はのろいってきいていたけど。
うーん、列車は飛行機よりは窮屈ではないかもしれないけれど、私は別に「世界の車窓から」のファンでもないし。

そのことを現地旅行会社の担当者に相談してみたところ、間にオデッサを入れてはどうか、と提案してくれました。
オデッサは行かなくてもいいかと思っていたのですが、それなら賛成です。

それから、位置的にはオデッサとリビブの途上に、コロミヤ(Kolomyya)という、とてもすばらしい民俗博物館とイースターエッグ博物館がある町があります。
ここはいったんオデッサからリビブ入りした後で、リビブから往復しなければならないのですが、往路は寝台車、復路は午後遅くの列車を利用することにしました。

ということで、こういう旅程になりました。

キエフ(3日間)→[寝台車]→クリミア半島(4日間)(シンフェロポリ着)→[寝台車]→オデッサ→[寝台車]→リビブ(1泊後)→[寝台車]→コロミヤ→リビブ(2日間)→[寝台車]→キエフ(2日間)

2009ukrainemap

当然ながら私好み満載の旅程。
コロミヤにこだわったあたりが、私らしいオリジナルでしょう@
クリミア半島はシンフェロポリという町が中継地で、鉄道の発着はここです。宿泊地のヤルタまで鉄道は通っていません。

クリミア半島が切れてしまっている地図ですが、水色のバツをつけたところがクリミア半島でガイドと回る観光予定地です。
赤丸で示したシンフェロポリから時計反対回りに、
・バフチサライ宮殿や洞窟都市チュフート・カレ等
・セバストポリ港
・バラクラバ
・ヤルタ近郊:リバーディア宮殿、アルプカ宮殿等
・スダック要塞とノーヴィ・スヴィット海岸洞窟

シンフェロポリからリビブまではだいたい鉄道路線図はこのあたりだろうとあたりをつけてなぞりましたが、キエフからシンフェロポリとリビブからキエフまでは、経由が分からなかったので適当です。

クリミア半島からリビブへは2晩続けて寝台利用なので、リビブに着いたらホテルには早めにチェックインし、シャワーを浴びてから観光を開始する予定です。
また、コロミヤへの1泊旅行は、リビブのホテルにスーツケースを預けて軽装で出かける予定です。
そのためにコロミヤ行きの前後のリビブのホテルは同じところにしたのですが、残念ながらコロミヤから帰ってきた後のリビブのホテルは第一希望ではとれませんでした。
でもそのことを現地代理店の担当者に相談したら、コロミヤから帰ってきて泊まるホテルであらかじめ荷物を預ってもらえるはずだとアドバイスしてくれました。
そうですよね、きっと。

ちょっと残念だったのは、カルパチア山脈の方は行けないこと、それから、ウクライナはかのソフィア・ローレン主演の「ひまわり」の一面ひまわり畑のロケ地といわれるのですが、そのひまわり畑は見る機会がなさそうなこと。
ひまわり畑はオデッサ近郊と、今回の旅程には全く対象にできなかった東の都市ドニプロジェルジンスク(Doniprodzerzhynsk)近郊にあるようですが、どちらもそれぞれの都市から車を使わないとアクセスできそうにありません。
列車移動の場合は夜中に通過することになるそうです。夜では車窓から眺めることもできません。

でも、一面のひまわり畑は去年のブルガリア旅行でたくさん楽しみました。写真もたくさん撮りました。
その写真集はこちらです。
2008年ブルガリア・ハイライトその8:夢にまで見たひまわり畑

それにひまわりは背が高いので、都合よいところに小高い丘があったりしない限りなかなか理想の一面のひまわり畑の写真は撮れません。
そういう写真を撮るなら、むしろ日本国内のひまわりの名所の方が撮りやすいんですよねー。

またその後、リビブ観光のうち1日は、近郊の城を効率よく回るため、現地ガイドを雇って車をチャーターすることになりました。
Olesk、Zolochiv、そしてPidgoretskという3つの城です。
リビブ観光は1人でできると思ったんですけどね~欲張ってしまいました。

というわけで、旅程は決まりました。
実はここまで決まったのは4月の中ごろでした。
いまや、出発まで、あと一ヶ月ちょっと!

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旅行前そろそろ1ヶ月ちょっとになって

早いもので、もうすぐ6月です。
年に一度のお楽しみの海外旅行出発まで1ヶ月ちょっととなりました。
ここ数年の私なら、念入りな観光情報収集に浸っているはずですが、今年はちょっとテンションが落ちています。
えーっ、もう6月になっちゃうの! まだなんにも集めてないのに。
という気持ちです。

もっとも4月半ばにはすでにぎちぎちに2週間の旅程を決めています。
テンション下がったのは4月末にメキシコから流行が始まった新型インフルエンザのせいです。
もしかしたら旅行に行けなくなるかもしれないという恐れを、国内の花巡り撮影散策に勤しむことで気持ちを紛らわせていたかもしれません。
いや、別に新型インフルエンザに関係なく、5月は花巡りに忙しかったかもしれません。
だって新しいカメラを買ったばかりでしたし、花の開花状況は、人間の新型インフルエンザは関係ないですからね。
手入れする人間が倒れてしまったら左右される園芸種もありますが。

もっとも去年のブルガリア旅行、一昨年のルーマニア旅行、それからその前のハンガリー&ルーマニア旅行のときに、やたら観光情報収集に張り切りすぎたかもしれません。
観光そのもののためではなく、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーについて知ることが楽しかったので。
それと、日本人の観光先としてはまだ比較的マイナーなところなので、積極的に情報を集めないと、情報が入りづらい事情もありました。
また、日本人観光客として人気な他の場所と比べると、観光インフラはやはり劣ります。
そんなところへ一人旅。
つまり事前の準備が、旅先での充実性を大きく左右するのです。

もっとも、なにを旅先での充実性と呼ぶかは考え方次第です。
いままでの私のように、観光情報をきっちり集め、観光スポットを効率良く回れることが真っ先に上がりますが。
調べておかなかったので行ってみたら休館中だった、とか、なにか迷ったりトラぶったりして時間を食ってしまった、とか。
ふつうに考えたらそれは失敗と呼びたくなりますが、ほんとうに失敗でしょうか。
休館中だったので仕方がなく、行くつもりのなかったところを回ってみたら、期待していなかったせいもあって、思った以上に楽しかった、良かった、ということもあるでしょう。
迷ったりトラぶったけど、トラブルが泥棒に合うとか命の危険にさらされるとかパスポートやお金のようななくすと非常に困るものをなくしたというのではない限り、小さな迷いやトラブルは、なんとかなるものです。
それをなんとかするまでの努力に自分で自分を褒めたくなることもあるでしょう。
見知らぬ人の親切が身に染みることもあるでしょう。
逆に、自分の間抜けさやうかつさに悔しくてたまらなくなったり、見知らぬ人に邪険にされたりいやな思いをして、非常に不愉快な気分になるかもしれません。
しかし旅が終わればそれも充実したエピソードに変わるものです。

それは人生も同じですね。
人生を旅にたとえたくなる気持ちがよく分かります。

でもやっぱり!
人間四六時中機嫌よくいられるものではないといっても、がっかりしたり、不愉快な気持ちになるのは、限られた貴重な海外旅行先ではあまり味わいたくないです。
それはある程度、念入りな下調べで回避できるのも確かでしょう。
楽しみな観光スポットなら開館時間やアクセス方法を、あまりに見どころがありすぎる対象だとしたら、見過ごして後悔しないようにハイライトを。
そして海外旅先での不快な思いをできる回避するには、郷に入っては郷に倣え。
外国人ゆえの無知のせいで先に現地の人に不快感を与えないこと、そして日本人との考え方や習慣の違い、国や公共施設のシステムの違いなどをあらかじめ知っていれば、随分違うはずです。
その違いに触れて知って、驚いたり戸惑ったりするのも、実は海外旅行の、一人旅の醍醐味でもあります。

といっても、今回のウクライナ旅行は、ルートづくりに必要な情報以外、そう必死に情報集めをしなかったわけをふりかえってみると。
去年一昨年その前と観光収集に躍起になっていたのは、ハンガリーはともかく、ルーマニアやブルガリアの観光情報は、日本語のものはあまりに偏りすぎていて、それ以外は少なかったからです。
でも英語で収集すれば、行く前も行ってる最中も帰ってきてからも読みきれないほどたくさんありました。
ウクライナ情報は、「地球の歩き方」はロシアのおまけでしょぼいけれど、Lonely Planetは分厚い1冊になっています。
ルーマニアやブルガリア情報を行く前にやっきに集めていたときにネットを頼りにしていましたが、Lonely Planetをきちんと読めば、ちゃんとと情報があった、なんてこともよくありました。
買ってあって手元にあるから安心してしまって、遠くの(ネット)情報ばかり追いかけていた気がします。
先に手にしているガイドブックからきっちり読みましょうよ。
これが日本語版、「地球の歩き方」だったりしたら、たしかに隅々まできっちり読んでいたでしょうけど。
日常的に英語に接してるとはいえ、やっぱり日本語の方が読むのは簡単ですからね。

それと今回も、要所要所、現地ガイドを雇うことにしていることも大きいです。
去年のブルガリア旅行のときもそうでしたが、ウクライナについて、本で調べる前に、ウクライナの人に聞く方が話が早いです。
それがその人の非常に偏った見方かもしれないけれど……ガイドという立場で外国人に分かりやすいように非常に表面的な話だったりするでしょうけど……別にウクライナを研究するための学術旅行ではなく、あくまで自分が楽しみたいだけの観光旅行だから、それでいいわけです。
あんまり詳しすぎたり専門的すぎたり白熱化した議論だと、私の方が引いてしまうでしょうからね。
行く前に調べ切れなかったことは、行ったあとでのおさらいで、「ああ、こういうことだったんだ」と分かるのでもいいではないですか。

でもせっかく買ったウクライナ会話集は、これは行く前にやらなくては意味がありません。
CD-ROM付きで結構なお値段なのに。
最低限キリル語は読めることと、英語が通じなくて困るところは防衛策を先にとってしまったこと(ウクライナ国内の移動手段の主な鉄道は現地旅行会社を通じて予約済み)、一部は英語ガイドに案内してもらうこと、それ以外の首都や第二の首都みたいな都会では、なんだかんだ英語でやっていけること。
そう思ってるから油断してます。
現地の基本的なあいさつはちゃんと覚えていくのが礼儀だと思いますし、人々とちょっとしたふれあいがスムーズに行きます。
そのレベルのロシア語なら大丈夫なので油断してます。はい。
なまじロシア語をひとことふたこと知ってるから、それにそっくりなウクライナ語とかブルガリア語とかごちゃごちゃになります。
やっぱり言葉はある程度ちゃんとやっていかなくちゃ。
日本に観光に来た外国人が「ありがとうございます」とたどたどしく言ったりしてると、我々日本人は微笑ましくなりますよね。
そんなささやかな温かいひとときを、私も少しでも自分にも相手にももたらしたいではないですか。
逆にあいさつのひとことも知らないせいで、「感じ悪い」と思われたくないです。

以上は、あくまで私の海外旅行観です。
断言しているようなところは、来月の自分への宣言みたいなものです。
でないと、先に安易な楽しみ(花巡り)を追ってしまいそうだから@
6月も花の誘惑が多いんですよ。そろそろアジサイに花菖蒲の季節です。
そこまでは例年どおり追っかけをしようと思うのですが、花巡りに比べると、特に語学はちょっと勉強っぽくなってしまって、つい後回しにしたくなります。

ホントは今回の記事で旅程を組むまでの試行錯誤を書こうと思ったのですが、旅行前の意気込みというプロローグだけでこんなに長くなってしまいました。
いったんここで筆をおきましょう。

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7月のウクライナ旅行の立案プロセス

2009年2月27日
(1)アエロフロートを代理店経由でウェブ予約
2009年3月4日
(2)アエロフロートのチケットを購入(代金振込み&決済)→3月末に発券
2009年3月18日
(3)ロシア・トランジット・ビザ申請を代理店に依頼
2009年3月27日
(4)ロシア・トランジット・ビザ申請いったん延期
(在日ロシア大使館側の手続や申請書類がころころ変わっている最中だったため)
2009年3月30日~4月17日
(5)現地代理店の担当者と旅程を詰める&ホテル予約手配
2009年4月27日~30日
・メキシコでの新型インフルエンザ感染ニュースからWHOの警戒レベル・フェーズ5に引上げ
2009年5月16日~18日
・国内2次感染確認から国内での感染拡大
2009年5月19日
(6)ロシア・トランジット・ビザ申請再開
2009年5月20日
・関東でアメリカからの帰国者の新型インフルエンザ感染確認
2009年5月22日
(7)ウクライナ国内の列車の切符を購入

どこにも出かけないこと。これがインフルエンザの有力な予防策の一つでしょうが、7月のウクライナ旅行の計画はすでに次のステップに入りました。
(7)の国内列車の切符の購入です。

ふりかえれば、日程が確定した段階で、大喜びでそのプロセスをそろそろ記事にしようと思った矢先に、新型インフルエンザのためWHOの警戒レベルがフェーズ5に引上げになってしまいました。
とても能天気に立案のプロセスの記事を書く気分ではなくなってしまいました。
いまも、せっかくの楽しい旅行計画が、今後の状況をみながら、不安との背中合わせです。
計画を進めれば進めるほど、万が一のときのリスクが大きくなりますから。
ちょうど次の決断をするタイミングで、新型インフルエンザの状況まで次の段階に入っているのが皮肉です。
今年はこのままウクライナ旅行を進めていくつもりですが、来年からは、フライトだけは早くおさえるものの、もっと直前までフレキシブルに対応できそうな旅行計画に切り替えた方がいいなと思い始めています。
となると、行き先は東欧でなくなる可能性が高いです。
それに実は来年から、まとまった休みがとるのは7月ではなく10月にシフトせざるをえなくなりそうです。
夏の東欧旅行は今年を最後にしばらくお預けになるでしょう。

旅行計画立案のこれまでをふりかえると。。。
上記のとおり、3月4日にフライトをおさえたあとから、具体的な日程を少しずつ検討しはじめました。
7月の旅行のために3月からです。
国内移動や人気のバカンスの地であるクリミア半島観光は現地旅行会社の助けを借りることに決めました。
なので、まずは自分のやりたいこと・行きたいところを明確にし、自分の中の優先順位をしっかり決める必要がありました。

また、ウクライナに限らず東欧では、魅力のある観光スポットは日本でそう有名ではありません。
だけど、ちゃんと調べればどんどん出てくるのです。
逆にいうと、ちゃんと調べないと何を楽しみに行ったらいいのか、見えづらくなります。
ツアーなら受身でいて、代理店が立てたプランで、ガイドさんや添乗員さんに与えられる楽しみを満喫すればよいでしょう。
個人ではそういうわけにはいきません。

Lonely Planetを研究して、大枠は決まりました。
首都キエフと第二の都市である古都リビブ、それからクリミア半島です。
ウクライナ旅行としては、かなり定番でしょう。

キエフとリビブは自分で回れそうです。
クリミア半島は、効率よく回るために、やはり車をチャーターし、現地ガイドを雇うことにしました。
そしてそれらの3つを結ぶ国内移動の手配も、現地代理店の助けを借りることにしました。
なにしろ、普通に列車や国内フライトの切符を買う場合、身分証明書(外国人の場合はたいていパスポート)を持って、窓口に行かなくてはなりませんから。
ウクライナに着いてから窓口に行ってみて予約がとれなかったら、計画がほぼすべて、ぱぁになってしまいます。

ちょうどここまで自分の中で決まったときに、フライトを決める前にコンタクトをとった現地旅行会社2社のうち1社から、3月30日にメールで連絡が来ました。
私が4月頃になったらまた連絡する、と書いたのを受けて、そろそろ決まりましたか、と連絡してきてくれたのです。
というわけで、その日から上記「(5)現地代理店の担当者と旅程を詰める&ホテル予約手配」のステップに突入しました。

この旅程を決めるプロセスは我ながらとても楽しかったのでぜひ記事にしたいと思っていますが、それは次の機会に。

ちなみに最終的に決まった旅程はこうなっています。

2009ukrainemap

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豚インフルエンザの沈静化を祈る

私の風邪は、たいてい喉から来ます。
この喉の痛みはヤバイ!───と思った翌日には、必ず熱が出たものです。
秋に海外旅行することが多かった数年前、日本より空気が乾燥しやすいヨーロッパで、旅疲れもあったでしょうが、2~3週間の旅行で必ず1度は風邪をひいて、熱を出していました。

でも一度、喉が痛くて、夜中に必死こいて、持参のイソジンで真っ赤にした液を、コップに何杯も何杯も、うがいをしました。
うがいだけで喉の痛みが去ったわけではないのですが、風邪という次のフェーズに進むことは回避でました。
そのときに身に染みました、うがいの大切さを。

ジュネーブ時間で4月27日、日本時間では今朝のニュースで繰り返していましたが、世界保健機関(WHO)が豚インフルエンザの警戒水準を、「人から人への感染」のレベル4へ引き上げました。
メキシコ旅行を取りやめたり、米国への旅行を考え直すハメになった人もいるでしょう。
旅行ならともかく、商用などで取りやめることもできない人だっているはずです。
いや、自分自身が動く必要がなくても、生活やビジネスに悪影響を受ける人だっているはずです。
一刻も早く沈静化して、これ以上、拡大しないことを祈ります。

個人レベルでは、まずは、もう冬じゃないから、って、うがいや手洗いをおろそかにしないことかな。
それと抵抗力が低い体調にしないことです。
自分は大丈夫だと思っても、身近に年寄りがいるから、気をつけなければ。

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ウクライナ行きのフライトを決めるまで

はじめは西ウクライナのリビブIN、キエフOUTで、リビブとキエフ間の移動を省けば日程的に得するかと思いました。
でも、たぶん国内移動の切符手配などで現地旅行会社とコンタクトをとる必要があり、その旅行会社はキエフにあるので、いったんキエフ入りすることにしました。
それにやはり日本からのフライトは、キエフ往復にした方が選択肢があります。

ウクライナを次の旅行のターゲットに決めたときから、漠然とですが、ルート的に有利な航空会社はピックアップしていました。
ウクライナは直行便がないので、絶対その航空会社の国の空港で乗り継ぎをしなくてはなりませんから。

できればエールフランス系にしたいところです。
でないとせっかく貯まったマイルが、一度も利用しないうちになくなってしまいます。去年はエールフランスを利用しなかったから。
といっても、KLMならまだしも、エールフランスではパリまで行ってキエフに戻ることになります。
戻るのは私の本意ではないのに、エールフランスはその分のマイレージまで料金に加算されます。
その分、割高になるのです。

それともマイレージはあきらめて、希望のフライトでチケットをとりやすいところ、というのを優先しますか。

一番安くてルート的にも有利なのは、やはりアエロフロートらしいです。
でも、スカンジナヴィアやフィンエアのような北欧系の選択肢もありです。
少し高くても良いとするなら、オーストリア航空やルフトハンザも良いらしいです。
ひょっとしたらトルコ航空で、イスタンブール乗り継ぎ、というのも悪くないかもしれません。

そしていざ、希望の日程でフライトスケジュールを調べたところ。
もうすぐマイレージが使わずに一部切れるのを防ぐために、エールフランスとKLMをまず最初に調べたところ。
なんと成田発は夜で、現地着が翌日の昼です。一日損してしまいます。
エールフランスは帰国便は午後発がありますが、KLMは朝6時発という早朝です。
北欧系は、希望の曜日にフライトがありませんでした。
トルコ航空は乗り継ぎがあまりに不便で(往路は30時間だったかな)、やめました。
オーストリア航空やルフトハンザはやっぱりスケジュール的に都合よさそうです。

ただここまで調べ上げたあと、でもやっぱりエールフランスのマイレージを失効しないですむ航空会社を選びたくなりました。
私のマイレージを調べてみたら、東京と大阪間はかるく往復できるだけ、たまっていたんですよ。
それを利用しないのは悔しい……。
エールフランスのマイレージを失効させないためには、9月までにエールフランスかKLM、あるいはスカイチームのフライトを利用すればよいのです。

でも、エールフランスもKLMも翌日到着。
いつもの深夜到着よりは、昼間到着の方が、空港から市内へバス移動などがあり、白タクを避けやすいなど、いろいろ便利な点もあるかもしれませんが。
フライトのあと、ホテルのベッドで寝てから、旅先の一日目を開始したいという欲求もあり。

ではスカイチームでウクライナ行きに都合よいフライトがあるかチェックしてみたところ。
アエロフロートがあるではないですか。
しかも、往路は当日到着で、復路は最終日も観光できる午後出発。
希望どおりです@

というわけで、アエロフロートにすることにしました。
サイトから直接予約しようとも思いましたが、同時にネットで、代理店販売の航空券検索もしてみました。
アエロフロートからのサイトからの直接予約は、最初はうまくいかなくて、日本支社に連絡したところ、日本支社の方が送ってくれたURLからアクセスしたらうまくいきました。
でも、当然ながら会員登録してからでないと購入できません。
それと、エールフランスへのマイレージ加算がきちんとできるか心配になりました。
自分で別途、エールフランスに連絡しなくてはならないのかもしれません。

代理店販売の航空券検索で空席状況を問い合わせたところからの連絡もきました。
それによると、復路は午前発でした。
午後便の空席はなかったのか、と念のために問い合わせたところ、現地発午後では、モスクワでの乗り継ぎができない、という回答でした。

ええーっ、私が自分でアエロフロートのサイトで空席検索をしたら、現地発午後便があったよ~!
と思って、サイトでの空席検索結果のスケジュール表をよくよく見たら。
なんと、モスクワ着が20時、モスクワ発が19時半というスケジュールになっていました。
恐ろしい!
これでは帰りモスクワ乗り継ぎで一泊じゃないですか!
これで申し込んでなくて、よかったよかった。
でも、そのせいでネット購入は怖くなってしまいました。
実は、私はまだ、航空券の購入をネットでやったことがないのです。

やっぱり申し込みの際にいろいろ質問できる、人の手を介した予約の方がいいです。
というわけで、ネットで検索した代理店経由でチケットを購入することにしました。
エールフランスのマイレージ加算もお願いしてしまいました。
万が一のキャンセル料が可能か不可能か、いくらかかるか、入金の期限なども、事前に質問できました。
そういうのをサイトでチェックするのって、ちょっと手間だったから助かりました。
というか、自分で調べつつ、相手の回答と照らし合わせる方が安心できて。

私がとったのは、たぶん、早割チケットみたいなやつだと思います。
行き帰りの座席指定はできないのが残念ですが、モスクワまでなら今までのヨーロッパ行きに比べて近い近い!
希望通り通路側の座席がとれなくても、我慢しましょう。
また、事前に家でチェックインという特典もなさそうだけど。
でも成田空港発12時なので、余裕余裕。
私はいつも始発で家を出ることにしているから、成田に着くのが8時なんだもの。今度は多少遅らせるにしても、余裕をもって家を出るつもりです。
いまどきはそうかもしれないけれどeチケットだから成田空港での受け渡しでなく、事前にチケットを手にできます。
何枚もプリントアウトできますし、予約番号などを控えておけば、さらに安心@

そのあと、よく見ると帰りのモスクワでのシェルメチェボ空港でのトランジットが8時間半もあることが分かりました。

悪名高いシェルメチェボ空港。

実は私はすでにはるか昔(?)となった大学の卒業旅行と、2000年のロシア旅行で、アエロフロートとシェルメチェボ空港を利用しています。
学生のときは、金がなくても、一応時間と若さがありました。
そして庶民の私は、まだたかが学生の身分では、国内でも海外でも、金を出して得られるなんちゃってセレブな豪華な気分を味わったことがありませんでした。
つまり多少の不便は不便と思わなかった可能性があります。
9年前のロシア旅行では、往路でサンクトペテルブルグ行きの国内便に乗り換えるのにいろいろ焦ったエピソードは覚えていますが、国際空港にしてはしょぼかった印象しかありません。

というわけで、はじめは帰りの空港で8時間半でも、日記まとめたり、写真チェックしたりいろいろやることがあるから、我慢できるかなぁと思ったのですが。
ゆっくり座っていられるところを確保することから難しいことが分かり、そんな長時間、そんな快適でなさそうな空港で待機しているのがヤになってきてしまいました。
なので、思い切ってトランジットビザをとり、帰りにちょっくらモスクワ見学もできるようにしておこうと思いました。
モスクワから市内に出るのに、9年前と違って鉄道ができて便利になったというのも、勇気付けられました。

そのトランジットビザは、悩んだ挙句、高いお金を出して、フライトをとった旅行代理店に依頼することにしました。
自分で行けば無料ですむことは知っています。
でも、時間に縛られる勤め人たるもの、平日の午前中しか受付をしなくて、しかも1度ですまないというのは厳しいです。
というより、そういうことで貴重なお休みをつぶすくらいなら、これから春から夏へと、花の季節。大好きな花の撮影で費やしたいです。
あるいは何かのために、とっておきたいです。
残りの休暇が足らなくなって、旅行にいけそうになくなった、なんてマヌケなことはにはなりたくないですから。
会社が自分にかける一時間あたりの金が、月給を時給に換算した上に人件費や福利厚生費などをプラスしていくらくらいかと、ものすごくアバウトでも考えてみたら……。
代理店に依頼するのは高い!と思ったのですが、決して不当に高いわけではないと思いました。

高いお金を出してビザを手配しても、もしかしたらフライトの遅延などで、出られないことも覚悟しています。
でも、ビザがないと空港に閉じ込められるのは必須。
そのときに、ああ、やっぱりビザを取ればよかったと後悔しても遅いです。
下調べした限り、ビザはあくまで事前に日本で取るべきで、その場ではビザは発給してくれないようですから。

実はここまでが3月半ばには決まったことでした@
トランジットビザの手配だけは、3月末頃に在日ロシア大使館の方で申請書がスキャンできるよう様式に紆余曲折があって、一度用意した書類がムダになったりなどしたため、申請はこれからお願いします。
でも、旅行は7月ですし、ビザ申請に必要な時間は2週間だから、まだ全然、間に合います@

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私にとってのウクライナ旅行の難問

次の旅行先としてウクライナを考えた経緯は前回の記事に書いたとおりですが、女一人旅がしづらいところでは困ります。
という点から、ウクライナに飛びついた決め手は次の2点でした。
・短期観光にはビザがいらない。
・鉄道網が発達している。スピードは遅いらしいが。

ビザが要らなくなったということは、外国人観光客をなるべく受け入れようムードが少しでも高まっていくことが期待できます。
実際、それに伴って、宿泊客の外国人登録が緩やかになったとかなんだか詳しいことは忘れましたが、プライベート・ペンションがどんどん増えているようです。
ホテルなどもどんどん新しくできているようですが、代わりに価格は上がっていくでしょうが。
その価格を我慢してホテルを利用するのもいいですし、あらかじめ予約していかなくて現地でのホテルの選択肢が厳しくても、プライベート・ペンションという選択肢があるわけです。
宿泊のキャパシティが増えることになります。
あいかわらずロシアが招待制度をとっているらしいのに比べれば、個人旅行がしやすいです。

ところがいざ、一人旅をする観点から情報を集めていくと、私にとっては思ったよりハードルが高いことが分かりました。
一人旅のハードルの高さについては人によっていろいろでしょう。旅のスタイルに影響されます。
というわけで、私がざっくりウクライナについて情報を集めた中で、これは難問だ(ちょっと大袈裟@)、と思った点は次の2点です。

・タクシーは基本的に白タク。外国人とみると、ぼろうとする。それも欧米人びいきで、アジア人には高くふっかける傾向があるらしい。ウクライナ語かロシア語がぺらぺらでないと、交渉は厳しそう。
・7月はハイシーズンなので、ウクライナ人もみんなバカンスに出かける。黒海方面のオデッサやクリミア半島などは人気のリゾート地で、寝台車の予約はかなり早めにとらなくてはならない。

私はどうしても荷物が多くなってしまうのです。
重いスーツケースを持っての一人旅スタイルな上、実は腰痛持ちなので、荷物を持ったフル装備移動は、こまめにタクシーを利用するしかありません。
ウクライナの主だった都市も、観光エリアは鉄道やバスターミナルから何キロもあり、バスなどを利用しなくてはなりません。
そういうところは、私はタクシーを利用せざるをえないのです。
そして私は決して、白タクが多い東欧でのタクシーの利用が上手とはいえません(泣)。
ボラれて悔しい思いをしたことは多々ありました。
地方都市だとあまり神経質にならなくても良心的なタクシーに遭遇しやすいのですが、都会は白タクだらけ。生き馬の目を抜くってやつ?

また、ウクライナ鉄道は、国外からでは事前予約できそうにないことが分かりました。少なくとも個人では。
切符の購入には、身分証明書、すなわちパスポートを提示しなくてはならないのです。
そして、切符は「予約」ではなく「購入」しなくてはならないようです。

寝台車利用の場合は、満席だとアウトです。
昼間の列車も、長距離の場合、座席が満席でも切符を売ってくれるのか疑問です。

なので、現地旅行会社か、日本の旅行代理店の個人手配旅行などを考える必要があるかもしれないと思いました。
そんな旅行会社をネットで検索しているときに、現地支店に日本人スタッフがいる、といった代理店を2ヶ所ほどみつけました。
ところが、片方はよくみるとHPで、個人旅行者のために鉄道の切符だけの手配はしていない、と断っていました。
ウクライナの短期旅行に観光ビザが不要になったあたりから、個人旅行者の問い合わせが増えたようですが、ウクライナの鉄道の切符の購入には身分証明書(要するにパスポート)の提示が必要だから、と書かれてありました。
そこはむしろ取材旅行や出張などのビジネス目的の受け入れが中心のところのようでした。
そしてもう片方は、担当者に電話したところ、昔は日本人の現地スタッフもいて個人旅行の手配もしていたが、今はそのスタッフもいなくなったこともあり、団体旅行の手配しかやっていない、と断られてしまいました。
口ぶりからすると、個人手配では採算がとれないせいでもありそう。

鉄道移動でなく、いっそ国内便を利用することも考えましたが、調べてみると、切符の購入の際に身分証明書が必要なのは、国内航空券も同じでした。

もしウクライナに行けても、2週間もキエフから移動できないのは困ります。
あるいは地方に出かけてしまって、帰国までにキエフに戻れないのも困ります。
移動手段が確保できそうだと自信がもてないと、安心してウクライナ往復のフライトを取る気になれません。
私は心配性なのです。

それに、できれば日程を決めて、ある程度は宿も予約してしまいたいです。
私は昔ならユースホステルに泊まりましたが、いまは、たまにペンションやプライベートルームを使うのもよいですが、基本はホテルの個室がいいのです。
なので、移動日が行く前に決まらないと、ホテルの予約ができません。

でもこの頃には、「なら、ウクライナはやーめたっ!」という気にはなりませんでした。
なんとかウクライナ旅行ができる「自信」をもてないか、あれこれ考えたり、情報を集めました。

タクシーの件は、多少、ボラれてもしょうがないでしょう。ちゃんと相場を覚えて、がんばって交渉するしかないです。
そして、仕方がないことはいつまでもくよくよしないことでしょう。
ボラれるといっても強盗にあうわけではないので、全財産や身ぐるみはがされるわけではありません。
ただ、ウクライナ人がまともに乗った場合より、たぶん2~3倍? あるいは7~8倍とか10倍とかとられるだけです。
……それもヤですけどね。もともとの運賃が安くったって。

移動手段の方は、現地に行ってから寝台車を予約するのはおそらく無理でしょう。
ウクライナの鉄道の切符は45日前からとれるのです。
2週間の旅行なので、現地に着いてとろうとするのでは、たとえ最終日の寝台車でも無理でしょう。
また、切符売り場の窓口の人は英語ができるとは限らないので(英語ができることが職員の採用条件ではないから)、スムーズに購入できないときには、ナニがトラブルなのか分からず、苦労することが考えられます。
ロシア語ができれば、かなり違うのかもしれませんけどね。私には無理。

列車がダメなら、長距離バスでもフライトでも選択肢を広げてみましょう。
「キーアビア」なるオフィスで、国内線航空券をその場で発券してもらえるそうです。
どのくらい希望通りにとれるかどうかは分かりませんが。

と思ったら、ネットで事前予約できる長距離バス会社を見つけました。AUTOLUX社です。
http://www.autolux.ua/english/
すべての便がネット予約できるわけではありませんが、利用価値はありそうです。
予約は2週間前からで、3つのみ、可能な路線は、キエフかキエフの国際空港からDnepropetrovsk, Kharkov, Lugansk, Lutsk, Lvov, Odessa, Poltava, Zaporozhe, Donetsk。そして、キエフへの帰路は、Donetsk, Kharkov, Odessa, Zaporozheからキエフあるいはキエフの国際空港行きと限られていますが、これにあわせて旅程を組むことは可能でしょう。

たとえばクリミア半島は泣く泣くあきらめれば。
キエフから黒海方面(オデッサ)に寝台移動できなくても、中間の中央ウクライナの都市に寄って、昼間移動にする手もあります。
移動距離を短くすれば、キエフやオデッサから、マルシュルートキという乗り合いタクシー(車体はミニバス)がいろいろくまなく走っているみたいです。
残念ながら「歩き方」ではウクライナはロシアの付録扱いですが、Lonely Planetをちょっとひっくり返したら、VinneytsyaとかUmanとかKamyanets-Podilskyとか、キエフとリヴォブ、オデッサをつなげられそうな途上に興味深い町があります。
それには、AUTLUX社のサイトで、少なくともキエフからリヴォブ行きと、オデッサからキエフに戻るバスが予約できるれば、なんとかならないかしら。
2週間前なら、長距離バスは行く前に予約できます。

と、いざとなれば自力で移動手段が確保できなくもないことを確認すると同時に、英語のメールでコンタクトできる現地の旅行会社を探してみました。
そして、キーワード検索で2社ほど見つけ、ホームページをチェックし、メールを出して問い合わせてみました。
ウクライナを一人旅をしたいのだけど、個人旅行の手配をしてくれるか、鉄道の切符や寝台車を事前予約してもらえるか、など。
すると2社とも、問題ない、と返事が帰ってきました。
鉄道の切符の購入にはパスポートが要ると思うのですが、旅行代理店だと何か手段があるのかな。あるいはパスポート番号などを知らせることになるのかな。

とにかく、その回答に気を良くして、ウクライナ旅行のためのフライトをとることにしました。
2社には、フライトをとったら再度連絡する、と返事をしました。

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次の旅行先を決めた経緯

そうだ、次のターゲットはウクライナはどうかしら。
───そう思いついたのは、早くも前の旅行が終わった翌月、2008年8月のことでした。
でもその段階ではまだ、今度の海外旅行先のターゲットリストに加わっただけでした。

2008年7月、17日間のブルガリア旅行に出発したときは、次の海外旅行もブルガリアにしようと思っていました。
私は行く前にどのあたりを回るか旅程を決めてしまうので、とりこぼした都市やエリア───黒海沿岸は来年にしよう、と思ったのです。
第2の都市プロヴディフも、ほんの駆け足程度に旅程に入れたので、足らないと思いました。

しかし、2008年度のブルガリア旅行は、前半7日間も現地ガイドと車をチャーターしてまわることにしたので、自分1人で行くなら、公共交通機関ではアクセスがそれほどよくなく3日はかかりそうなところを、1日で回れました。
ブルガリアではぜひ見たい、と思っていた山間の村や修道院は、かなり網羅できました。
念願の一面のひまわり畑も、ついに拝むことができました。
そんなわけで、旅行中からすでに、来年も同じ時期に旅行するなら、もうブルガリアでなくてもいいかな、と思い始めていたのは確かです。

首都ソフィアでは、ヴェリコ・タルノヴェからバスで到着した日の午後と、日本へ帰国する日の昼まで、正味3日間は観光にあてることができました。
1日は違う都市に日帰りしましたが、残りで、ソフィア市内で回りたいめぼしい博物館や教会は、だいたい回れてしまいました。
それで、ソフィアはもういいや、という気持ちになったのが決め手でした。
来年は違う国をターゲットにすることにしたのは。

というのも、フライトの関係で、首都にはどうしたって滞在することになります。
到着早々にさっさと次の都市へ行ってしまったり、違う都市に到着できるフライトを探す手がないわけでもないです。
でも、帰国前には余裕をもって出国の都市に戻ってきたいです。
それはきっと首都ソフィアになる確率の方が高いでしょう。
ところが、その首都ソフィアに、とりあえず未練はなくなってしまったのです。
数年後であればまた話は別かもしれません。
1番楽しみにしていたのに修復中で見学できなかった民俗博物館は、来年開館するアテもないし。

年に一回の海外旅行、それなら次は違う国に行ってみたい───!

というわけで、前回の旅行が終わった直後から、1年後の次のターゲットを模索していました。
まだ東欧に飽きていないし、旧ユーゴ諸国、今や日本人にも人気のクロアチアやスロヴェニアはまだ行ったことがありません。
あるいは2000年に9日間ほど旅行したロシア再訪もいいかもしれません。
あるいは、思い切って今度は、私にとって未知の北欧は?

2008年8月1日金曜日の夜、東京・渋谷文化村のザ・ミュージーアムで開催中の「ロシア・アヴァンギャルド展」を見に行きました。
開催予告されていたときから、ずっと見たいと思っていた展覧会です。
やはりチラシに載っていたマレーヴィチの作品が特に印象的でした。
グルジアのピロスマニという素朴派画家を知りました。
その会場には、展示作品の画家たちが活躍した場所を示した地図がありました。ロシアとその周辺諸国です。
それを眺めているうちに、ふと、ウクライナに行ってみたいなと思いました。
目に留まったのは、ウクライナの首都キエフという地名。

キエフは名前だけは馴染みがあります。
キエフ・バレエやキエフ・オペラのおかげで。
来日公演もいくつか見ました。
ウクライナも主に正教会の国です。正教会めぐりはとても魅力的です。
壁中のフレスコ画にイコンに豪華なイコノスタシス。観光客に名の知れない小さな町の教会は、正教会の方がカトリックより豪華なことが多いのではないかと思っています。
それから確かキエフには、世界遺産になっている大修道院があったはず。
そんな記憶もうっすらよみがえってきました。
また、2007年にルーマニアのマラムレシュ地方を旅行したときに、ウクライナという国名に少しだけ馴染みになりました。
ルーマニアとウクライナの国境となる川沿いで、ウクライナってどんな国なんだろうと思いをはせました。
というのも、かつてマラムレシュ地方は大きなエリアだったのに、ルーマニアとウクライナに分断されてしまったからです。
マラムレシュ地方の人々は国境に阻まれ、家族や友人が会うのも難しかった時代がありました。

私がウクライナに注目したのはその「ロシア・アヴァンギャルド」のときからです。
そうすると、意図的に探したのももちろんありますが、自然とウクライナに関する情報が、ぽつぽつと入ってきます。
ウクライナは「地球の歩き方」ではロシアの付録扱いですが、書店で立ち読みしてみました。
なんとウクライナは、2005年8月以降、短期の観光目的ならビザは不要ではないですか。
いまだにビザや招待状が必要なロシアよりもずっと個人旅行しやすそうです。
それにウクライナは、鉄道網が発達している国なのですね。
これはバスに頼らなくてはいけない国より私流の1人旅がしやすい国ということではないかしら。

いざ、ウクライナでは何を見ればよいか、というのは、これから出てくるでしょう。
「地球の歩き方」では付録扱いでも、Lonely Planetでは300頁ほどの立派な1冊丸々、ウクライナだけの本があります。
そもそも、東欧旅行の面白さは、それまで全く知らなかった観光魅力を自分で開拓していくところにもあるのです。
行ったことのない日本人がいくらでも観光魅力を思いつく国々と違って。
いわばマニアックな面白さ?

というわけで、2008年の秋から冬にかけて、ゆっくりと少しずつ、ウクライナに関する情報を集めるようになりました。
やっぱりヤめた、と思ったり、他にもっと行きたい国が出てきたら、いつでも軌道修正すればいい、と思いながら。

でも結局、2009年4月に至る現在まで、軌道修正はしていません。
具体的に調べ始めて、思っていたのと違う、と思って挫折しかけたことはありますが、3月にフライト選びを始めたころは、もうターゲットはウクライナ、と私に定まっていました。
フライトを取る前に、自分一人で旅行できそうか、あるいは旅行会社などの手助けが得られそうか感触を確かめましたけどね。
あとは、私が覚悟(!?)を決めるだけでした@

というわけで、この後のフライト決定の経緯や旅程の話については後日、別の記事にしましょう。
久しぶりに書いたと思ったら、またもや長い記事になってしまったので。
ちなみに現在は、フライトは無事決まり、具体的な旅程を練っているところです。

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2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第2弾(1日3〜4枚ずつの続き@)

ハイライト写真・第1弾では、なるべくその日の観光ハイライトに関係のある写真を選んだつもりでした。
第2弾では、もう少し自由に、直接観光ハイライトと関係ないところでも、写真として気に入ってるものを選びました。

これで一日ベスト6〜8を選んだことになりますが、お気に入りの写真はまだまだたくさんあります。
このハイライト写真集も、一日の撮影枚数が多い日はなかなか絞れませんでした。
なので、まとめて載せたときに少しはヴァラエティになるように選んだ……つもり。
お気に入りの写真って傾向が似てしまいますからね。

詳細旅行記を作成する予定のフォートラベルでは、もともと写真中心の旅行ブログを作成する場なので、今回アップしなかった写真もじゃんじゃんアップする予定です。
フォートラベル・INDEXのあるプロフィールページ

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2008/07/07月 ベログラドチック日帰り
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20080707_6550
バルカン山脈の橋のある景色

ベログラドチックへは、車でまともに走って片道3時間です。
うち3分の2くらいは、バルカン山脈を貫通する道路を走りました。
ほとんどトンネルはなくて、すばらしい山の景色が車窓から見られました。
しかし写真を撮るとなると、自然の中にアクセントが欲しいので、こういうところで車を止めてもらいました。
というより、橋のある景色って、やっぱり絶景です@

20080707_6557
路肩のひまわり

一面のひまわり畑の写真が撮りたい!───と、行く前からガイドに念押ししていて、現地ガイドは、カザンラックのバラの谷ならぬ「ひまわりの谷」でたくさん撮れる、と請け負ってくれました。
しかし、ベログラドチックへ向かう途上、たくさんのひまわりを見て矢も盾もたまらず。
でもこれは、別の風景を撮るために車を止めてもらったときのものです。
ひまわりが、雑草か野生の花のように路肩に咲いているなんて、さすが!

20080707_6690
あじさいとブドウ棚のあるお宅

道を聞くために運転手が車を止めたときに、そのおばあさんの家の庭を見せてもらいました。
これはピンクのあじさいと、あじさいに似た白いアロエがたくさん咲いていました。
また、ブルガリアのお宅では、このように涼をとるために、ブドウ棚を中庭や前庭によく作るそうです。
ブドウ棚のあるお宅がずらりと並ぶ町の風景は、とても牧歌的でした。

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2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ
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20080708_6710
ソフィア・ヴィトシャ山のホテルにて

ソフィアでの最初の2泊は、ソフィアを見下ろすヴィトシャ山のホテルに泊りました。
建物は2棟あり、この写真は朝食をとりに向かいの建物に行った帰り撮ったものです。
ブルガリアといえばバラ。
フランスへの輸出を含め、世界のバラオイルの90%を生産している国です。
オイル精製のための花はすでに摘み取られていて、7月のバラ畑はすでに一面緑ですが、街中にはまだまだたくさんのバラがありました。

20080708_6718
バラのあるお宅とおじいさんたち

ガイドが車窓の外にふと目をとめて、「見事なバラがあるけど、写真を撮りたい?」と言ってくれたので、ここでもしばし写真タイム。
バラだけの写真や小さな畑、すぐ近くの小川の写真なども撮りましたが、ここではブルガリアのおじいさんたちを一緒に撮った写真を。

20080708_6778
去年のルーマニアでも撮りたかった蜂の巣箱

去年はチャンスを逃しました。
この写真は、リラ僧院に向かう途中、リラ山脈で撮りました。
ブルガリアでもハチミツは名産です。
買って帰りたかったけど、瓶詰めは重いし、農家直売のパック詰めのようなものは漏れるのが心配でしたので、手が出せず。


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2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園
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20080709_7015
世界遺産の国立公園ピリン山脈の威容

バンスコに向かう途中で。
ブルガリアに山脈はいくつもあれど、ピリン山脈にだけは人が住んでいないそうです。

20080709_7113
ピリン山脈のスキーのリフト場で

比較的山の中で多くみられた鮮やかなピンクの花が、この写真の主役です。

20080709_7157
バンスコの町角で

歩いて回れそうな小さなバンスコの町中で、旧市街といいたくなるエリアがあります。
このような昔の建物を、レストランやホテルとして改装して保存しているエリアです。
この写真では1階部分しか写っていませんが、たいてい、1階が要塞のような石造りで、2階は木造です。
夕方7時ころに町を散策したときは、暑さが和らいだせいか、こんな風に家の前のベンチに座って世間話をしたり、縫い物をしたり、ぼーっと休んでいる人の姿をちらほら見かけました。

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2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
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20080710_7221
ロドピ山脈の、熊手のような黄色い花の群生地

この熊手のような黄色い花は、バルカンやロドピやピリン山脈のふもとでたくさん見かけました。
すっかり気に入ってしまいました。

20080710_7232
ロドピ山中の道路脇で草を食むウシ

黄色い熊手の花の群生地の写真を撮るために車を下りたとき、少し離れた丘陵地でウシを放牧していました。
群から離れたウシ3頭を、おじいさんが追いかけてきていました。
それにしても、ウシたちはこの巨体で、エサを求めて絶壁に近い坂を移動する足の、意外に速いこと!
丘陵地の群れの写真を撮ろうとカメラを構えたとき、ウシたちはあれよあれよという間にファインダーの外に広がってしまいましたっけ。
ちなみに群のほうは、おばあさんが見張っていました。

20080710_7268
今度はヤギ@

景色のよいところでまた車を止めてもらったら、今度はヤギの群れと出会いました。
このような黒ヤギさんがたくさんでした。
車が来ていなかったから良かったものの、道路へも構わず飛び出していきました。危ないね。

20080710_7363
プロヴディフのネペット・テペ遺跡から

プロヴディフは見どころがたくさんで、一人で出かけて1〜2泊したかったのですが、日程にそう余裕がなさそうでしたので、旧市街散策だけを旅程に盛り込んでもらいました。
どうせバンスコからカザンラックに向かう途上にありますから。
見下ろす街並みも、旧市街といってよいでしょう。
その旧市街の中の旧市街は、ハンパでない石畳の、細く曲がりくねった坂道ばかりでした。
雨が降ったら、無事に歩ける自信はありません。

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2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ
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20080711_7549
カザンラック郊外のラベンダー畑にて

刈り入れをしていました。
写真を撮っていたら、少しプレゼントしてくれました。
花はすぐにぽろぽろ落ちてしまいましたが、いい香りを楽しめました。
カザンラックのおみやげ屋さんでは、バラ・グッズのほかに、ラベンダー・グッズもたくさんありました。
とってもいい香りだったので、ラベンダー・ソープを買ってしまいました。

20080711_7559
カザンラック郊外のひまわり畑と鉄塔とバルカン山脈

前日は夕日を受けて花びらが透き通るような、けだるげな色っぽさのあるひまわりをたくさん見ることができました。
翌日の本日は、昼間の明るい光の中で、元気いっぱいなひまわりをたくさん見ることができました。
写真としてメリハリをつけるために、鉄塔を入れてみました。

20080711_7647
バラ醸造所(Ethnographic Complex DAMASCENA)にて

展示されていた古い民芸品の写真を撮り、現代の醸造の機械を見せてもらったあと、ここで昼食を食べました。
バラ園があり、バラだけの写真も何枚か撮ってしまいましたが、これは、古いおけと一緒に撮って、雰囲気を出したつもり@

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2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ
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リバリッツァ村のフォルクローレ・コンクールにて

午前中は逆光でちょっと撮りにくかったです。
この小さな村のコンクールに出場するため、全国から有志が集まるそうです。
前日は夜8時ころだったので、会場はずいぶん寂しかったのですが、コンクール2日目の朝は、人も車もどんどん集まってきました。

20080712_7796
練習中の子供たち

ガイドにお願いして写真を撮ってもよいか聞いてもらったところ、快く撮らせてもらえました。
子供たちはちょっと照れていました。
本当はこの子たちの舞台を見たかったのですが、予定がおしていたので見学は1時間ほどで切り上げました。

20080712_7798
バルカンの山男の扮装

この方もコンクール出場者です。
いったいどんな歌と踊りを披露したのでしょう。ぜひ見学したかったです。
手にしている棒の青りんごとパンは、朝食だそうです。
もちろん、本当に山に出かける場合です。

20080712_7934
絶壁の下のドリャノヴォ僧院

左が僧院の教会で、右が僧房などがある建物です。
教会の外壁には、1876年の4月蜂起のときの銃弾あとが残っていました。
1876年4月蜂起は、ブルガリア観光を豊かにする歴史知識のキーワードの一つだと思います。
オスマントルコから独立しようした蜂起ですが、時期早々で失敗します。そのオスマントルコ側の報復の残虐さがヨーロッパ諸国に知れ渡り、ブルガリアが世界から注目されるようになった事件です。
バルカン山中や町には、そういった独立のための戦いに関わると思われるモニュメントがたくさんあります。

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2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
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ブゼンツィ村で、ブルガリアの伝統菓子を頂く

ブリャロ・スラートコ(=White Sweets)といって、砂糖菓子のようなものを冷たい水に漬けて食べます。
わざわざ水に漬けて食べる、というのが、とても不思議でした。
そのまま食べるととても甘いから水に漬けるのでしょうか。ガイドもそこまで分からず。
ひょっとしたら水で、少しでもおなか一杯にしたとか!?
今回の旅行では食べ物の写真もせっせと撮りましたが、これはトロヤン焼きの容器と、伝統的な文様のテーブルクロスが絵になるなと思って撮りました。

20080713_8142
シプカ峠の戦いのモニュメントから見下ろして

ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争最大の激戦地であるシプカ峠にあるモニュメントを見に行きました。
モニュメントのてっぺんからの見晴らしはサイコー!
シプカ峠の戦いのモニュメントはあちこちにあり、この写真にも2つ写っています。
3月3日の独立記念日には、このモニュメントの前で式典が行われるそうです。
標高が高いこともあり、3月は震えるほど寒いそうです。雪が残っていることもあるそうです。
真夏のこのときは、吹き付ける風もすがすがしく、てっぺんまでの階段でかいた汗があっという間に吹き飛びました。

20080713_8206
エタラ野外博物館にて

光に透けるブドウの葉が撮りたくて@
去年のルーマニア旅行ではあちこちで野外博物館めぐりをしましたが、ブルガリアではエタラだけでした。
それも2時間くらいで終わってしまったので拍子抜け。
建物の数は多かったのですが、川に沿って広がる細長い敷地は、あまり広く感じられませんでした。
ただし、伝統工芸の買い物をしたり、職人さんが制作するところを見学できたら、もっと時間雅必要だったかもしれませんね。
かわりにハウス・ミュージーアムはたくさん見学しました。
あちこちにたくさんハウス・ミュージーアムがあるのは、ブルガリア独特かもしれません。

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2008/07/14月 トリャヴナ日帰り
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トリャヴナの町角のはちみつ屋さん

自家製のはちみつ売りを道端でたくさん見かけたのですが、そちらは写真を撮る機会を逸してしまいました。
日よけ傘を立てかけた台に、瓶詰めあるいはパック詰めが積んである素朴なものです。
でも、町中の、こんな可愛いらしいはちみつ屋さんもステキです。
分銅の乗った測りも、なんともいえません。
飾りかな?

20080714_8409
学校博物館の中庭

風情のある建物でした。
ブルガリアは独立のための民族意識高揚のため、19世紀から学校教育に力を入れました。
というより、オスマントルコはブルガリア人に対し、同化政策に近いものをとっていたので、それまでブルガリア語での教育は確立させていませんでした。
昔の教室もありました。
初期の学校では、黒板ならぬ砂板(!?)を使っていました。
底の浅い四角い入れ物に砂を入れ、砂に文字を書いて覚えたのです。
砂を平らにならせば、何も消耗することなく、何度でも使えます。
この博物館には、寄贈によるアーティスト兄弟の作品展もあり、それもすばらしかったです。

20080714_8441
トリャヴナの伝統的な家

ここはハウス・ミュージーアムとして公開しているはずですが、月曜日なのでお休みでした。
月曜日はミュージーアムの休館率は高いですが、トリャヴナではほとんどが開いていました。
だからこそ安心して、この日程でこの日帰り旅行を組み込んだのです。

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2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
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20080715_8668
アッセン王モニュメントより

4人の騎馬像がありました。
躍動感のあるこの像を、空を背景にシルエット気味に撮ってみました。
ちなみにアッセン王は、ビザンチン帝国の支配をふりきって第二次ブルガリア帝国を建国した兄弟の一人です。
その首都は、ヴェリコ・タルノヴォでした。
第二次ブルガリア帝国は、最盛期には東欧の大半を支配しましたが、オスマントルコによって滅ぼされてしまいました。
というウンチクは頭に入れていましたが、モニュメントの4人の騎馬像のうち、どれがアッセン王で、どれがもう一人の兄弟のペーターで、あと残りが誰か、さっぱり分かりませんでした(笑)。

20080715_8863
ツァベレッツの丘からヴェリコ・タルノヴォを見下ろす

ツァベレッツの丘は第二次ブルガリア帝国の王城があったところです。
オスマントルコに破壊されてしまって、ほとんど何も残っていない遺跡ですが、ヴェリコ・タルノヴォ観光でお薦めの場所だけあって、なかなか風情がありました。
なによりも町を見下ろす見晴らしがすばらしいです。
よりによってそんな見晴らしがすてきな遺跡にいるときにだけ、ざーざーとにわか雨が降らなくても。。。
これは雨が降る少し前に撮りました。

20080715_8898
サモヴォドスカタ・チャルシャの黒猫

伝統工芸職人の店とおみやげ屋の集まるエリア「サモヴォドスカタ・チャルシャ」。
2匹の猫がじゃれていました。
どちらもはにかみ屋さんで、なかなか写真を撮らせてくれませんでした。

20080715_8902
後ろ立ちするネコ

サモヴォドスカタ・チャルシャで黒猫とじゃれていたネコです
葉っぱの中に気になるものがあったのか、ひょいと後ろ立ちしてくれました。
ネコってよくこのポーズをとります?
私にはとても珍しく、とっても可愛かったので、大急ぎでカメラを構えました。
幸い、ネコちゃんは、この後ろ立ちを何度かやってくれたので、なんとか上手く撮れました@

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2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ
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20080716_9037
石垣が延々と続くアルバナシ村

薪と一緒に。
曲がりくねった道すじにずうっと石垣が続く光景はなかなか独特で味わい深かったのですが、写真に撮るのは難しかったです。
ここは坂道になっていました。

20080716_9068
アルバナシから見えるヴェリコ・タルノヴォ

ほんのお隣なんです、アルバナシって。
タクシーやバスで15分でした。
ヴェリコ・タルノヴォ美術館で見た、ヴェリコ・タルノヴォを描いたブルガリアの画家の絵の中には、今にして思えばアルバナシからこんな風に見下ろして描いたと思われるものもありました。

20080716_9193
ヴェリコ・タルノヴォの石垣のネコ

逆光なので試しにフラッシュをたいてみたら、赤目になったので、ノーフラッシュで撮りました。
ちょっとシルエット気味になりましたが、それも悪くないか@

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2008/07/17木 ソフィアへ移動
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20080717_9477
市民庭園の噴水

なんだか楽しくなるポーズの彫刻です@

20080717_9542
ソフィアの黄金仮面の女神

車通りの激しい、ネディリャ広場近くの交差点にて。
金ぴかの仮面は、ちょいと不気味@

20080717_9579
大統領官邸の衛兵交代式

1時間ごとに行われるため、なんだかんだとシャッターチャンスがありました。
はじめは遠慮がちにカメラを構えていたのですが、他の観光客に励まされて(?)、だんだん近付いてしまいました。
もちろん、ジャマしない程度に。
近くで迷彩服の軍人さんが見ていますしね。
それにしても、湿度が低いとはいえ気温34度のソフィアで、この軍服はとっても暑そう。

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2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り
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20080718_9675
ソフィア駅構内にて

古い蒸気機関車が展示されていました。
ソフィア駅構内は、なかなか写真撮影意欲を刺激するところでした。
コプリフシティッツァ行きの鉄道に乗り遅れ、約1時間後のバスで行くことにしても、こんな風に駅前散策も楽しむことができて、1時間はちっとも長く感じられませんでした。

20080718_9710
コプリフシティッツァのカラフルな家

コプリフシティッツァにはあちこちにこんな可愛らしい家があり、これまで訪れたミュージーアム・タウンの中でもダントツに散策が楽しかったです。
ちなみに、ペイントされた家は青系統や赤・オレンジ系統が多かったですが、1軒だけ黄緑の家を見つけました。

20080718_9787
コプリフシティッツァの村の郊外の牧場

ハウス・ミュージーアムを探して道に迷い(迷うほど広い村ではなかったのですが、とにかく道を間違えたのです(泣))、村の外みたいなところに出てきてしまいました。
お気に入りの黄色い熊手の花に再会です。
馬が一頭いましたが、ファインダーの中に上手く入ってくれるほど近くではありませんでした。

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2008/07/19土 ソフィア観光
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20080719_9911
ソフィア市内巡回の観光バス

ソフィアの観光スポットを巡回し、一日券を買ったら、乗り降り自由というやつです。
ソフィアのちょっと楽しいワンシーンとして@

20080719_9925
懲りずにまたまた、アレクサンドル・ネフスキー寺院

通りかかれば何度でもカメラを構えてしまうアレクサンドル・ネフスキー寺院。
金きらドームが太陽の光を受けて、ますます輝いていました。

20080719_9935
ブルガリアの国会議事堂

思ったより規模が小さい建物と感じましたが、間口が狭いというか、後ろにかなり延びていました。
この日の午前は、こんな風に記念的な建物の写真をせっせと撮りました。

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2008/07/20日 ソフィア観光
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20080720_0075
海外アートギャラリーにて

「もう、いいかい」「まあだだよ」
アフリカの彫像は興味深いです@

20080720_0148
考古学博物館

元モスクだったという建物。
考古学博物館らしく建物の外にはローマ時代の遺跡が無造作に展示されています。
中世の建物らしい壁も風情がありました。
「地球の歩き方」の記述ではこの博物館見学にちっともそそられなかったのですが、とても見ごたえがある博物館でした。
トラキアからの出土品や各地の修道院から集めたフレスコ画は圧巻でしたし、世界遺産の「マダラの騎士」のレプリカもありました。

20080720_0167
高級デパート「ツム」

建物の様式の単純な連続をこんな風にちょっと乱して撮るのが好きです@
ここは、モスクワの「グム」みたいな存在でしょうか。
西欧と変わらぬブティックが並び、高級品ばかりで、ふつうのブルガリア人の年収ではとても手が出ないのだとか。
でもとてもきれいな無料のトイレがあります。
警備員さんもうじゃうじゃいますけどね。

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2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由
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20080721_0203
市民庭園の微笑ましい母子像

フォートラベルで、ソフィアの彫刻をテーマにした旅行記を一つ撮ろうと思って、積極的に彫刻の写真を撮り始めました。
微笑ましい親子の像を、ソフィア・シティ・アート・ギャラリーのカラフルな建物を背景に。

20080721_0220
聖ゲオルゲ教会

ソフィアでもっとも古いといわれている教会です。
初めて目にしたときは、周辺の建物がジャマ!と思ったのですが、見慣れてくると、この昔と現代のドッキングが不思議な空間を生み出している気がしてきました。
17日の午後は閉まっていて中に入れなかったのですが、この日の午前に見学できました。

20080721_0268
市民庭園の古風でお洒落なキオスク

これが、この旅行で撮った、最後から2番目の写真となりました。

第1弾と第2弾あわせて、1日4〜6枚?16日(初日を除いたので)、計96枚アップしました。結構な枚数になりましたね。
でも、これで全2,333枚のうちの約4%です。
ハイライトを選び、ココログに画像をアップしてURLを文章に貼り付ける作業もこれだけあるとなかなか大変でしたが、本人も楽しんでやりました@
この記事をアップした現在、帰国後まだ1週間ですもの。

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2008年ブルガリア旅行:ハイライト写真集・第1弾(1日ベスト3〜4)

去年のルーマニア旅行のときに、一日2枚ずつハイライト写真の記事2つを作成しましたが、それが結構面白かったので、今年もやってみることにしました。
17日間のブルガリア旅行から帰ってきてまだ1週間程度の今なら、旅先でつけた旅日記の写真メモのページをひっくり返さなくてもコメントが書けるかしら。

写真の枚数は、今年は去年よりずっと多いし、旅程が17日と短くなったので、ハイライトとして選び出す枚数は、1日3枚にしてみました。
ただし、1日の撮影枚数が200枚を超えた日は、3枚に絞り込むのが困難でしたので、4枚です。
実は、続けて第二弾もやるつもりなので、選んだ枚数は1日6〜8枚ということになるんですけどね。

ちなみに、去年は23日間で写真の枚数は合計1,926枚、1番多い日で162枚、1番少ない日(1日目を除く)で20枚でした。
それに対して今年は、合計2,333枚、1番多い日で246枚、1番少ない日は移動のみの初日は11枚で、それを除くと44枚でした。
1日の平均枚数は、去年は22日で割ると約87.5枚、今年は16日で割ると約145.8枚です。

選んだ写真はその日の観光ハイライトではなく、あくまで写真のハイライトです。つまりお気に入り写真。
気に入った場所でも、写真が撮れないところも多かったですから。
特に、教会は、撮影が制限されているところが多かったです。
また、博物館の展示品の写真からもいくつか選んでいますが、三次元の展示品の場合のみです。
絵画は、そのまんま、まるでポストカードでも作るみたいにファインダーに収めてしまっているので、どんなに気に入った絵画でも除外しています。
三次元の展示品の場合でも、カタログ写真みたいに撮ってしまい、写真の面白さとしてはどうよ、というのは選ばないようにしました。

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2008/07/07月 ベログラドチック日帰り
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20080707_6602
ベオグラドチックの奇岩と要塞

逆光なのが残念です。きれいな青空を背景にできませんでしたから。

20080707_6619
ベオグラドチック要塞の奇岩群

伝説によると、ここに僧院があり、そこの絶世の美女の修道女が恋をし、赤ちゃんもできたのですが、恋人と引き離されそうになったときに奇跡が起こり、すべての人間が岩と化したそうです。
その美女と子供を含めて。
そういわれると、奇岩はみな、人の姿に見えてきます。
ただ、その伝説のもととなった母子の岩は、見つけることが出来ませんでした。

20080707_6621
ブルガリアのメテオラと呼ばれるベオグラドチック

ギリシャのメテオラと違って、僧院はないです。
でもこのような岩壁を見れば、なるほどメテオラに例えられるのも、なんとなくわかるような気がします。
ただし、私はメテオラに行ったことがないので、詳しくないです。全然違っていたら、あしからず。

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2008/07/08火 リラ僧院からメルニックへ
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20080708_6795
リラ僧院の入口から

入口にこんな風に鹿の角の飾りがしてあったのが気に入りました@
でも、実は、このアングルで撮ることは、前から狙っていました。
旅行事前の下調べのたまもの!?

20080708_6810
リラ僧院の教会の外回廊のフレスコ画

ルーマニアのフレスコよりは、色が明るいかんじがします。

20080708_6816
リラ僧院の教会

背景にチラッとリラ山脈が入りました。

ひとこと感想では、「予想どおり」とか「想像していたより小さかった」などと書いたリラ僧院ですが、それでも写真は、何枚撮っても飽きず、キリがないくらいでした。
たとえポストカードにありそうな写真、誰かが撮っていそうな写真になりそうであっても。

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2008/07/09水 バンスコとピリン国立公園
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20080709_6954
朝焼けの白い岩壁に囲まれたメルニック

メルニックも、町そのものが博物館といわれるミュージーアム・タウンの一つです。
この写真は、朝食前に、ホテル近くの廃墟の上まで散策したときに撮りました。

20080709_7028
ピリン山脈ふもとのバンスコのペンションの窓から

ちなみにブルガリアの家屋の屋根は、見事にこういうオレンジの瓦ばかりでした。
古い家では、石そのものが屋根瓦として使われていたそうですが。

20080709_7139
ピリン山脈をドライブ

国立公園のピリン山脈は世界遺産です。
ここのドライブは予定外でしたが、そんなわけで回ってみました。

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2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
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20080710_7348
プロブディフの陶器の店で

陶器作りを実践してもらいました。
彼女のお店は新潮社の「東欧の郷愁」に紹介されています。
そのときに取材を受けた旦那さんは一年前に亡くなって、今は彼女が店を経営しているそうです。

20080710_7354
プロブディフ民俗博物館

ブルガリアの一番美しい建築様式といってよい、民族復興時代の様式の代表的な建物でしょう。
そうでなくても民俗博物館はぜひ見学したかったのですが、この日の予定は詰まっていて、プロブディフは旧市街散策のみということにしていたので、あきらめました。

20080710_7438
夢にまでみたひまわり畑・その1

プロブディフからカザンラックに向かう途上です。カザンラック州にかなり近付いたところです。
カザンラックのバラの谷は、この時期はひまわりの谷でもある、とガイドが言っていました。
まさにそのとおりでした!

20080710_7474
夢にまでみたひまわり畑・その2

バルカン山脈を背景に。
この日だけでひまわりを撮るために4度は車を止めてもらいました@
翌日は3度だったかな。
でも、車窓から見て、わぁ!───と感激したとおりに写真を撮るのって難しいです。

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2008/07/11金 カザンラック観光、シプカ僧院からリバリッツァ村へ
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20080711_7573
金の玉ねぎドームを頂く、カラフルなシプカ僧院

ブルガリア正教会は、ドームは金ぴか玉ねぎではないですし、このようにカラフルではないです。
これは、ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争(1877〜1878)を記念して建てられました。
ロシアに感謝して建てられたため、ロシア正教会の教会なのです。
写真は左右非対称に撮っています。

20080711_7656
私が求めていたイメージぴったりのアセン村

カザンラック郊外の村です。
民俗的複合施設と銘打っているバラ醸造所を訪れた帰りに撮りました。
私がブルガリアで求めていた村のイメージぴったりでしたので、翌日のバルバンツィ村でもこういう写真が撮れるだろうと思いつつ、ガイドに撮影タイムを設けてもらいました。

20080711_7692
バルカン山脈2000メートル以上の頂上近くから

前半のガイドとの旅は、とにかく美しい山の景色がたくさん見られました。

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2008/07/12土 バルバンツィ村、ドリャノヴォ僧院からペイナ村へ
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20080712_7761
リバァリッツァ村のバラとベンチのある家

朝食前の一人散策中に撮った写真です。
ルーマニアでもそうでしたが、門の外にベンチがあります。
そしてルーマニアと同じく、ここは、座って道行く人を察をしたり、近所の人とおしゃべりする、小さな社交場だそうです。

20080712_7914
人口2名のバルバンツィ村

村には商店も郵便局もありません。舗装道路もありません。
もっとも、村に至る道は舗装されていました。地図には載っていない村だそうですが、さすがに村の入口には、看板がありました。
オスマントルコ支配時代の昔、こういったバルカン山脈の山間に、イスラム化を嫌ったブルガリア人が逃れてきて村を作り、後に独立をめざす革命闘士が隠まわれたりしたそうです。
残念ながら今ではこういった村は過疎化が進み、田舎での隠居生活をするにはまだ早い働きざかりの都会の人が、空家を買い取って週末の別荘とすることで、かろうじて存続しています。

20080712_8011
人口10名程のペイナ村

ペイナ村にはペンションが2軒ほどありました。
この日はこの村のペンションに泊り、夕食前に散策しました。
1本だけあった舗装道路は下水工事のためぐちゃぐちゃで、他はすべて砂利道でした。
バルバンツィ村より小さく感じました。人口がバルバンツィ村より多いのは、ペンションのせいかもしれません。
この村には、なぜか「日本通り」というのがありました。
日本人が住んでいたとか、下宿していた、というわけでもないそうです。

20080712a_7977
ペンションの子猫たち、幸せそうにお昼寝中

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2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
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ブジェンツィ村のメハナ

メハナとは、古いブルガリア語でレストランの意味だそうです。
屋根は、古い石そのものが瓦として使われています。
手前には、ブルガリアのお菓子ブリャロ・スラートコ(=White Sweets)を食べたカフェの看板をわざと入れています@

20080713_8111
ソコロヴォ僧院の教会

写真としてはちょっと日差しが強すぎましたが……。
近年修復が終わって、内部だけでなく外部のフレスコ画も美しくよみがえっています。
ここで小さな女の子の洗礼式が行われていました。
白いひらひらの服でドレスアップしてもらった女の子は、式の間、ずぅっと泣きどおしでした@
ガイドの妹さんも、洗礼したのは小さい頃でしたので、やっぱり泣いたそうです。

20080713_8204
エタラ野外博物館

民族復興時代の様式のカラフルなペイントの家がずらり。
それぞれ現在、マイスターの資格をもつ伝統工芸職人さんの店となっています。
タイミングが良ければ、実際に制作しているところも見学できます。

この日の夕方から現地ガイドと別れて、いつも一人旅が始まりました。

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2008/07/14月 トリャヴナ日帰り
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トリャヴナの革製品の店

学校博物館の1階が、伝統工芸職人の小さな店となっていました。
トリャヴナは木の彫刻・浮彫や革製品が名産です。

20080714_8460
すばらしいトロヤン焼き!

ブルガリアに実際に行くまで、トロヤン焼きにはちっとも興味がありませんでした。
写真で見て知ってはいたのですが、トロヤン焼きがあんなにステキだなんて、実物を目にするまでわかりませんでした。
鍋や皿は無理でしたが、コップや鈴などの小物は買って帰りました@

20080714_8495
ミュージーアム・タウンの名にふさわしい、トリャヴナの街角で

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2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
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20080715_8662
ヤントラ川中洲島にかかる橋から見た、アッセン王モニュメントと旧市街

17日間のうち、この日と翌日は曇り、一時は雷雨でした。
こんなに絵になる町を青空のもとで撮れなかったのは残念です。
しかし、代わりに逆光や強い日差しによる濃い陰には、あまり悩まされずにすんだかもしれません。

20080715_8715
旧市街から見た、ヤントラ川中洲島のヴェリコ・タルノヴォ美術館とアッセン王モニュメント

この前の写真は、あの橋から撮りました@

20080715_8732
オレンジ屋根が並ぶ旧市街

賑やかなメインストリートのニコラ・ピッコロ通りには、ところどころこんな風に旧市街を見下ろせるポイントがありました。

20080715_8742
考古学博物館の先史時代の土器

この壷の愛らしいこと!
写真代を払ってよかったです。
これは、女の人が頭に壷を乗せている図像だそうです。
後にソフィアの国立歴史博物館でも見ました。
ブルガリア特有かしら?

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2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ
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20080716_9114
花と薪のあるグルコ通りの家

深い渓谷のヤントラ川に沿って北から東に延びるグルコ通りは、とても古い味わい深い石畳の通りでした。
でこぼこで、かなり歩きにくかったですけどね。
薪は、ブルガリアではまだまだ現役でした。
もちろん、冬の暖房用です。

20080716_9178
入り損ねた聖ニコラ教会のバラ

ここにたどり着く前に、職人さんの店やおみやげ屋がずらりのサモヴォドスカタ・チャルシャがあったりするから。。。
この写真は、窓枠が十字架のように見えるように撮れたところが気に入っています@

20080716_9202
グルコ通りのレストランの花車

ペンションも経営しているレストランです。
この日はここで夕食をとりました。
中も、古い民芸品が活用された、とてもステキな内装でした。

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2008/07/17木 ソフィアへ移動
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20080717_9547
旧共産党本部(正面)と官庁として使われている建物(左)

物々しい建物です。さすが首都!
青空の順光が写真には嬉しいです。

20080717_9570
おしゃれな国立劇場

市民庭園のそばにあります。
行きは逆光だったので、夕方、太陽の位置が変わってから撮りました。

20080717_9634
ソフィア名物、アレクサンデル・ネフスキー寺院

ソフィアでは、これは見なくちゃね!というスポットです。
露土戦争で戦士したロシア兵のための教会なので、ブルガリア正教会ではなく、ロシア正教会です。
夜7時直前、ぎりぎり中を見学できました。
これはそのときに撮ったものです。これで夜7時。
夏のヨーロッパの日照時間の長さはほんとうにありがたいです。

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2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り
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トポールニッツァ川にかかる石橋と

20080718_9783
見事な民族復興時代様式のカプレシュコフ・ハウス

ハウス・ミュージーアムとして公開されている家の一つです。
中にはこんな風に建物の写真すら撮らせてもらえないのもあれば、写真代を払えば中を撮らせてくれるところもありました。
いや、たぶん、中の写真も撮らせてもらえなかったところも、写真代を払うと言ってみたら、もしかしたら撮らせてもらえたのかもしれません。

20080718_9845
リュトフ・ハウスの男性用ゲストルーム

ハウス・ミュージーアムとして公開されている家は、コプリフシティツッアに限らず、このようにトルコの影響を残したものが多いです。
絨毯が敷き詰められ、部屋の中央を囲む低い長椅子。
この写真では分からないですが、天井が美しい木細工だったりします。それはブルガリア独特かもしれません。
オスマントルコから独立後、ブルガリアの生活スタイルはどんどん西欧化していき、このような生活空間が廃れていきます。
だからこそ、いま、ハウス・ミュージーアムとして、ブルガリアのあちこちで保存・公開されているわけです。
ブルガリアではこういったハウス・ミュージーアムが見どころの一つです。

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2008/07/19土 ソフィア観光
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20080719_9902
聖ニコライ・ロシア教会

金の玉ねぎドームを抱くこの教会も、ソフィアではぜひ見なくちゃね!というスポットです。
ソフィア初日に夕方6時前ぎりぎりに見学できたのですが、ホテルに近かったので再訪し、ミサを見学することができました。

20080719_9999
再び、アレンサンデル・ネフスキー寺院

この教会は絵になるので、いろんなアングルで何度も撮ってしまいました。
逆光ぎみで白飛びしそうな空を、光を受けて透き通った木の葉で隠しました。

20080719_a0011
聖ソフィア寺院で結婚式

首都ソフィアの名の由来の寺院は、外見はとっても素朴。
週末は結婚式ラッシュでしょうか、夕方6時半頃から教会が閉まる7時まで、3組も行われていました。
教会見学がてら、このカップルの結婚式も見学させてもらいました。
豪華な司祭帽のようなものを司祭さまが新郎・新婦にかぶせたりなど、ブルガリア正教会スタイルの式は初めて見ました。
とても興味深かったです。
2階から聞えてくるコーラスもぞくぞくっとするほどすばらしく、まさに天上の調べでした。

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2008/07/20日 ソフィア観光
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20080720_0028
ボヤナ教会の13世紀と19世紀の増築部分

手前の一番古い11世紀の部分は、日陰が強くて、よく写らなかったものですから。
中のフレスコ画は、さすが世界遺産に登録されただけのことはあるというべきか。
イタリア・ネルサンスを凌駕した、中世のものとは思えない、すばらしいものでした。

20080720_0165
いまは機能していないトルコの温泉施設

ツム・デパートを出たら、隣にこんな色鮮やかな建物が目に飛び込んできました。
最初はこちらが、バーニャ・バシ・ジャーミヤ・モスクかと思ってしまいました。

20080720_0166
こちらこそ、バーニャ・バシ・ジャーミヤ・モスク

さきほどの温泉設備があるため、バーニャ(風呂)の名がついたそうです。
この内部は翌日見学しました。
この日はこの写真を撮った時点で夜8時近く、花より団子、早く夕食を食べに行きたくて気がせいていました。

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2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由
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20080721_0237
ショッピング・センター「セントラル・ハリ」

ブダペストの中央市場のようなものを想像していましたが、それよりおとなしめでした。
こうやって見下ろすと、似ていますけどね。
ずいぶんきれいな市場だなと思ったら、2000年に改装・復活したばかりのようです。
ツム・デパートに比べるとずっと庶民的で、私などほっとしましたが、出国のときに見送りにきてくれた現地ガイドいわく、ここはそんなに安いわけではないそうです。

20080721_0251
ジェンスキー・バザール(青空市場)の種や豆やドライフルーツ売り場

ジェンスキー・バザールはかなり広かったです。
その周辺の道沿いにも商店が並んでいたので、余計広く感じられました。
こういった種やドライフルーツはブルガリア人にはとても人気のようです。ソフィア市内でも、ここに限らず、屋台などちらほら見かけました。

20080721_0262
高級デパート「ツム」のお洒落なカフェ

お値段は高めですが、とてもきれいで落ち着けるし、ブルガリアのお金が余ってしまったので、最後にゆったり贅沢気分を味わいました。
すてきな絵画もたくさん飾ってありました。

以上のコメントを書くにあたって、写真メモはちょっとだけひっくり返してしまいました。
コプリフシテイッツアの5つのハウス・ミュージーアムは、名前を覚えきれていませんでしたし、どれがどれだか、すでに混乱してましたから。ははは。

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2008年ブルガリア旅行:どんな写真を撮ってきたか分析・その2

残り後半一人歩き。
一人なでさらに気兼ねなく写真撮影に時間をかけることができましたが、良い撮影スポットは前半でかなり網羅しました。
とはいえ、新しい街に着けば、また撮影意欲がわくものです。
そのためヴェリコ・タルノヴォ初日など、1日の撮影枚数が200枚超えました。

(9)2008/07/14月 トリャヴナ日帰り【126枚】

トリャヴナを日帰りした後、夕方、レストランに向かいがてら、ガブロヴォで意外に写真映えするところを見つけたので、ガブロヴォでも結構写真を撮った一日です。
代わりに、トリャヴナでは、ミュージーアム・タウンの一つとはいえ、もう何ヶ所かすでにミュージーアム・タウンを周っていたので、若干撮影枚数が減りました。
それに、街角撮影って難しいですから。
家の並び方に雰囲気があるのですが、いざカメラを構えると、ファィンダーに入ってくるのはせいぜい2軒くらいですもの。
そうは言いつつも、ここでも、ここでも!としつこく撮った自覚はあります。

(10)2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ【206枚】

ヴェリコ・タルノヴォは、非常に絵になる街です。
ただ、一日ほぼずっと曇りだったのは、散策する上では涼しくてラクでしたが、写真を撮るのには残念でした。
観光の拠点のペンションは、あちこちで写真を撮りたくなる石畳のとても古いグルコ通りにありました。
なので、観光第一歩のツーリスト・インフォメーションに向かうまで、何枚も何枚も写真を撮ってしまいました。
同じような景色を、少しずつアングルを変えてしつこく撮ってしまったので、正直、似たような写真がたくさんあります。撮った本人には、印象ががらりと違って見えるのですが。
考古学博物館では写真代を払って、展示の写真を撮りました。先史時代の像や壷など、造形的に気に入るものがたくさんありました。
雨だったとはいえ、見晴らしのよいツァベレッッアの丘に行ったので、ちょっと上るたびに周辺の写真を撮っていました。
そしてこの日に、フォートラベルにアップする旅行記の中に、イヌ・ネコだけを集めたものを作ろうかと思いついたので、街中で目についたイヌ・ネコの写真を撮り足しました。
なるべく背景を工夫しながら。
見どころがたくさんだった上に、崖にはりついたようなすばらしい街の写真はしつこく何枚も撮ったので、200枚超えてしまいました。

(11)2008/07/16水 アルバナシ日帰り&ヴェリコ・タルノヴォ【145枚】

午前中はアルバナシに行ったので、ヴェリコ・タルノヴォ2日目でも写真枚数は結構あります。
アルバナシもミュージーアム・タウンですが、ブルガリアの美しい昔の建物の代表である民族復興時代様式の家よりは、延々と石垣が続く家並みの印象が強い村で、いままでいくつか回ったミュージーアム・タウンとはだいぶ趣が違いました。
なので、家並みの写真は、いざ撮ってみると面白みのない写真になりがちでとても難しいのですが、しつこくチャレンジしたものです。
午後のヴェリコ・タルノヴォでは、グルコ通りでハウス・ミュージーアムを見つけました。「歩き方」には載っていませんでした。
ここで写真代を払い、写真を撮りました。家の内装だけでなく民芸品も撮影の対象となりました。
民族復興博物館でも、写真代を払って写真を撮りました。
ただ、この博物館で楽しみにしていたイコン・コレクションというのはありませんでした。がっかり。
本当はそれが目当てで高い写真代を払ったのですから。
ブルガリアがオスマントルコから独立するあたりまでの民族意識復活の歴史は、旅行のまえになんとか本を読んで概要をつかみかけていたので、前半の展示は意味が分かりました。
でも後半はほとんどスルーでした。

(12)2008/07/17木 ソフィアへ移動【132枚】

ヴェリコ・タルノヴォからソフィアへの3時半のバスの旅で撮った写真は、50枚以上あります。
山の景色に感動してカメラを構えたところもありますが、ガソリンスタンドや広告看板や工事現場など、記念的な写真も多いです。
そしてこの日の午後に、ソフィアの見どころは、中に入れないまでも外観はほとんど見ることができたので、せっせと写真を撮っています。
ただ、天気が良くて日差しが強かったので、建物の影の部分が真っ黒になってしまい、あまり満足して撮れたとはいいがたいです。
こういう場合はかえって日差しが和らぐ夕方の方が写真が撮りやすいです。
ソフィアの名物アレクサンデル・ネフスキー寺院は、場所を移動したりアングルを変えて何枚も何枚も写真を撮り直しました。
実はこの先何度も撮影のチャンスはあったんですけど、そんな未来は予測できないですし、最初の感動は大きいですから。

(13)2008/07/18金 コプリフシティッツァ日帰り【135枚】

片道2時間半、帰路はバスが3時間遅れて、片道2時間。
というわけで、コプリフシティッツア散策は実質半日足らずです。もっともそれで十分ですが。
一つの村だけを回ったにしては、一日の撮影枚数は多かったと思います。
コプリフシティッツアでは6つのハウス・ミュージーアムのうち5つ訪れたのですが、そのうちの2ヶ所は撮影代を払って写真を撮らせてもらえました。
また、この日は8時40分の鉄道に乗り遅れ、バスターミナル周辺で1時間近く待って10時のバスでコプリフシティッツアに行ったのですが、中央駅やバスターミナル周辺散策もなかなか面白かったです。
鉄道駅はなかなか格好よかったです。
20枚くらいは写真を撮りました。

(14)2008/07/19土 ソフィア観光【67枚】

ソフィア観光3日目です。
聖ニコライ・ロシア教会、アレクサンドル・ネフスキー寺院やソフィア寺院といった、ソフィアの代表的な教会を訪れましたが、いずれも外観の写真は1日目に撮っていますし、内部撮影は禁止です。
午後はボヤナにある国立歴史博物館に行きましたが、これも展示の撮影は禁止です。
それから、ソフィア市内はあちこちの公園に面白い彫刻がたくさんあるのですが、夕方遅くに、その写真を集めてフォートラベルで1つの旅行記を作るのも面白いかと思いつきました。

(15)2008/07/20日 ソフィア観光【122枚】

海外アートギャラリーで写真代を払って展示写真を撮ったためか、ソフィア観光4日目でも1日の撮影枚数が増えました。
インドやビルマの仏像や、フランスの画家ロラン・オードの作品などの写真をせっせと撮りました。
日本の浮世絵もあり、何枚か写真を撮りました。あまりに有名な富岳三十六景の赤富士など、いくらなんでもそのままの写真を撮っても仕方がないので、展示室全体の写真と一緒に撮ってみました。
また、ソフィア市内の彫刻の写真も積極的に撮りました。

(16)2008/07/21月 ソフィア観光&午後出国フランクフルト経由【44枚】

最後のソフィア観光では、ほぼ見どころの写真は撮りおわっていましたが、アングルを変えたり、前に撮ったのは夕方遅かったので、天気のよい昼間に再度撮ったりしました。
ショッピング・センターであるセントラル・ハリや、青空市場のジェンスキー・バザールでも、何枚か写真を撮りました。
ツム・デパートのカフェや、ホテルに戻る途中に再び通った市民庭園や国立劇場の前でもう一度撮り直した写真が、この旅行の最後の写真となりました。

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